【基本ルール】
全員で殺し合いをしてもらい、最後まで生き残った一人が勝者となる。
勝者のみ元の世界に帰ることができる。
ゲームに参加するプレイヤー間でのやりとりに反則はない。
ゲーム開始時、プレイヤーはスタート地点からテレポートさせられMAP上にバラバラに配置される。
プレイヤー全員が死亡した場合、ゲームオーバー(勝者なし)となる。
【スタート時の持ち物】
プレイヤーがあらかじめ所有していた武器、装備品、所持品は全て没収。
ただし、義手など体と一体化している武器、装置はその限りではない。
また、衣服とポケットに入るくらいの雑貨(武器は除く)は持ち込みを許される。
ゲーム開始直前にプレイヤーは開催側から以下の物を支給され、「デイパック」にまとめられている。
「地図」「コンパス」「筆記用具」「水と食料」「名簿」「時計」「ランタン」「ランダムアイテム」
「デイパック」→他の荷物を運ぶための小さいリュック。詳しくは別項参照。
「地図」 → 舞台である島の地図と、禁止エリアを判別するための境界線と座標が記されている。
「コンパス」 → 安っぽい普通のコンパス。東西南北がわかる。
「筆記用具」 → 普通の鉛筆と紙。
「水と食料」 → 通常の成人男性で二日分。
「名簿」→全ての参加キャラの名前のみが羅列されている。写真はなし。
「時計」 → 普通の時計。時刻がわかる。開催者側が指定する時刻はこの時計で確認する。
「ランタン」 → 暗闇を照らすことができる。
「ランダムアイテム」 → 何かのアイテムが1〜3個入っている。内容はランダム。
【禁止エリアについて】
放送から2時間後、4時間後に1エリアずつ禁止エリアとなる。
禁止エリアはゲーム終了まで解除されない。
【放送について】
0:00、6:00、12:00、18:00
以上の時間に運営者が禁止エリアと死亡者、残り人数の発表を行う。
基本的にはスピーカーからの音声で伝達を行う。
【舞台】
http://www29.atwiki.jp/galgerowa?cmd=upload&act=open&pageid=68&file=MAP.png 【作中での時間表記】(0時スタート)
深夜:0〜2
黎明:2〜4
早朝:4〜6
朝:6〜8
午前:8〜10
昼:10〜12
日中:12〜14
午後:14〜16
夕方:16〜18
夜:18〜20
夜中:20〜22
真夜中:22〜24
【NGについて】
・修正(NG)要望は、名前欄か一行目にはっきりとその旨を記述する。
・協議となった場面は協議が終わるまで凍結とする。凍結中はその場面を進行させることはできない。
・どんなに長引いても48時間以内に結論を出す。
NG協議の対象となる基準
1.ストーリーの体をなしていない文章。(あまりにも酷い駄文等)
2.原作設定からみて明らかに有り得ない展開で、それがストーリーに大きく影響を与えてしまっている場合。
3.前のストーリーとの間で重大な矛盾が生じてしまっている場合(死んだキャラが普通に登場している等)
4.イベントルールに違反してしまっている場合。
5.荒し目的の投稿。
6.時間の進み方が異常。
7.雑談スレで決められた事柄に違反している(凍結中パートを勝手に動かす等)
8.その他、イベントのバランスを崩してしまう可能性のある内容。
【首輪】
参加者には生存判定用のセンサーがついた『首輪』が付けられる。
この首輪には爆弾が内蔵されており、着用者が禁止された行動を取る、
または運営者が遠隔操作型の手動起爆装置を押すことで爆破される。
24時間以内に死亡者が一人も出なかった場合、全員の首輪が爆発する。
実は盗聴機能があり音声は開催者側に筒抜けである。
放送時に発表される『禁止エリア』に入ってしまうと、爆発する。
無理に外そうとしたり、首輪を外そうとしたことが運営側にバレても(盗聴されても)爆発する。
なお、どんな魔法や爆発に巻き込まれようと、誘爆は絶対にしない。
たとえ首輪を外しても会場からは脱出できない。
【デイパック】
魔法のデイパックであるため、支給品がもの凄く大きかったりしても質量を無視して無限に入れることができる。
そこらの石や町で集めた雑貨、形見なども同様に入れることができる。
ただし水・土など不定形のもの、建物や大木など常識はずれのもの、参加者は入らない。
【支給品】
参加作品か、もしくは現実のアイテムの中から選ばれた1〜3つのアイテム。
基本的に通常以上の力を持つものは能力制限がかかり、あまりに強力なアイテムは制限が難しいため出すべきではない。
また、自分の意思を持ち自立行動ができるものはただの参加者の水増しにしかならないので支給品にするのは禁止。
【予約】
したらばの予約専用スレにて予約後(
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/8775/1173505670/l50)、三日間以内に投下すること。
原則三作以上投下した書き手のみ、二日間の予約延長が認められる。
2/6【うたわれるもの 散りゆくものへの子守唄】
○ハクオロ/●エルルゥ/●アルルゥ/●オボロ/○トウカ/●カルラ
3/3【AIR】
○国崎往人/●神尾観鈴/○遠野美凪
2/3【永遠のアセリア −この大地の果てで−】
○高嶺悠人/○アセリア/●エスペリア
2/2【Ever17 -the out of infinity-】
○倉成武/○小町つぐみ
1/2【乙女はお姉さまに恋してる】
○宮小路瑞穂/●厳島貴子
4/6【Kanon】
●相沢祐一/○月宮あゆ/○水瀬名雪/○川澄舞/●倉田佐祐理/○北川潤
1/4【君が望む永遠】
●鳴海孝之/●涼宮遙/●涼宮茜/○大空寺あゆ
1/2【キミキス】
●水澤摩央/○二見瑛理子
4/6【CLANNAD】
●岡崎朋也/○一ノ瀬ことみ/○坂上智代/○伊吹風子/●藤林杏/●春原陽平
2/4【Sister Princess】
○衛/●咲耶/○千影/●四葉
3/4【SHUFFLE! ON THE STAGE】
●土見稟/○ネリネ/●芙蓉楓/●時雨亜沙
2/5【D.C.P.S.】
○朝倉純一/●朝倉音夢/●芳乃さくら/○白河ことり/●杉並
3/7【つよきす -Mighty Heart-】
●対馬レオ/●鉄乙女/○蟹沢きぬ/●霧夜エリカ/○佐藤良美/●伊達スバル/○土永さん
2/6【ひぐらしのなく頃に 祭】
○前原圭一/●竜宮レナ/○古手梨花/●園崎詩音/●大石蔵人/●赤坂衛
1/3【フタコイ オルタナティブ 恋と少女とマシンガン】
●双葉恋太郎/○白鐘沙羅/●白鐘双樹
【残り29/63名】 (○=生存 ●=死亡)
▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽
(おかしい?どうして奴は距離を詰めてこないんだ?)
追いかけっこの始まりから暫くして悠人はおかしな事に気付いた。
先ほどから気配は感じているが、銃声が鳴り響かないのだ。
もしかして、弾が尽きたのか?
それとも接近戦に持ち込む気なのか?
(いや、それなら一気に距離を詰めてここで勝負に出てもおかしくない)
しかし、即座に悠人は後者の説を否定する。
おそらくは銃弾の装填に手間を食っているのかもしれない。
だとしたらこれは反撃のチャンスともいえるが、悠人は頭を振ってそれを否定した。
もし、こちらが好機と見て接近すれば逆に撃たれる可能性もあるし、あるいは襲撃者の狙いがそこにあるのかもしれない。
ならば、当初の予定通り森のどこかにある拓けた場所へ向かうしかない。
(あれは…………ッ!!見つけた!!)
そう思った時、目の前に悠人が求める理想の場所が見えてきた。
既に暗くなった森の中で月光の差し込む場所。
敵の姿を確認し、反撃する上での絶好のポジション。
その場所を悠人は走りぬけ、来た場所の反対側に隠れる。
あとは、あの場所へ襲撃者が来るのを待つだけだ。
暫くして、足音が徐々に近づいてくる。
そして遂に、月光の下に襲撃者が姿を現した。
月光が襲撃者の姿をあらわにする。
オレンジの髪をポニーテールにし、ウィンドブレーカーをまとい、右手に拳銃を握り締めた少女。
やはり夜の為、顔立ちまでは確認できないがおおよその姿は確認できる。
(あいつか……俺たちを狙ってきたのは……。髪型、服装どっちも初めて見る参加者だな……)
もし、ここでネリネが“献身”を手にしていれば悠人も襲撃者の正体が誰であるのかすぐ気が付いたかもしれない。
だがこの時ネリネは“献身”をディパックの中にしまっており、デザートイーグルだけを装備していた為、悠人も彼女の変装に気付かなかったのだ。
(どうした……早く来い……。どうした……?)
襲撃者の様子を伺っていた悠人は、こちらに銃を向けていた彼女が一歩もこちらへ近づかないのを怪しむ。
少女は先ほどから何か周囲を見渡すかのような仕草を見せている。
そして、1分も経たないうちにその場を離れ元来た道へと歩いていった。
(!? もしかして、こっちの策がバレたのか?それとも千影の方へ向かうつもりか?だったら!)
思わずその場から立ち上がろうとする悠人。
が、その時悠人は初めてその場の「異変」に気が付いた。
周囲の風景はタダの森だ。
しかし、それまで走ってきた場所と此処では違うものがある。
それは「匂い」――
草木と土の匂いに混じってほんのりと甘い匂いが漂っているのだ。
どこか酒にも似た独特の香り……。
(これは……もしかして油か!?)
恐らくこの辺りには軽油や灯油あるいはアルコールの類が撒かれているのだろう。
(もしかして、俺は知らず知らずの間にここへ誘導されていたのか?つまり餌に食いついたのは、あいつではなく俺だったってことか!?)
そして、襲撃者が此処を離れたという事はこれから何がなされるのかというのを悠人は瞬時に理解した。
(拙い、すぐここを離れないとッ…………あれは!!!!!)
その場から逃げようとした悠人は、次の瞬間自分のいる方向に向かって飛来する物体を見て絶句した。
放り投げられたもの。
それは支給品のひとつである「ランタン」だった――
悠人が絶句している間にもランタンは地上に向かって急速に落下し――
地上にぶつかると同時にガラス部分の破片を撒き散らしながら砕け――
周囲一帯に炎の海を作り出した――
(あれは……山火事?……いや、違う!)
その炎は、悠人の帰りを待つ千影のいる場所からも確認できた。
それが自然発火により生じたものではないことを火災に詳しくない千影もすぐ理解した。
この殺人ゲームが始まってから山火事が起こったことなど一度もない。
恐らくは襲撃者が火を放ったのだろう。
(悠人くんが、危ない……!)
悠人の危機を察した千影は“時詠”を手にその場から立ち上がる。
多分、襲撃者が火を放ったのは悠人を罠に嵌めたからとしか考えられない。
ならば自分が悠人を助けに行くしかないのだ。
ここを離れる前に悠人は「戻ってくる」と言った。
そして「19時半までに戻らなければホテルに行け」とも言っていた。
だが、ゲーム開始から衛を保護してくれただけでなく、今自分の身を守ってくれている彼が危機的状況にあるのを無視する事はできない。
それに、彼の言うとおり一人でホテルに向かいそこから更に病院で衛と再会し、ことの経緯を話せば彼女はどう思うだろうか。
自分に残された姉妹、その最後の一人が悲しむところを見たくは無いという気持ちが彼女の悠人との約束を破らせたのだ。
(タイムアクセラレイトが使えなくても、他の魔法は使える……。だから、悠人くん持ちこたえてくれ……)
もし、いつものクールな千影ならば悠人との約束を反故にする様なことはせず、ここに留まるか南へ向かったはずだ。
しかし咲耶の死と襲撃者の出現、更には山火事の発生という突発的な事象が連続した事により彼女の冷静さは明らかに普段より欠けていた。
なにより、ここまでの行動で精神的にも肉体的にも疲労していたのも大きい。
そして、今から自分のとる行動がどれほど愚かな事なのか、千影は知らない。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽
「うっ、糞っ……まさか火攻めで来るかよ……」
周囲が炎に覆われた状況で、悠人はなんとかして千影の元へ戻ろうとしていた。
幸い、撒かれた油の絶対量が少なかったのか最初に燃え上がったあとの火勢は幾分弱まっている。
だが最初に放たれた炎は周囲の木々を燃やし、更に拡大を続けている。
そんな中で悠人は自分の迂闊さを呪った。
相手が自分を誘い出しているとなぜ早く気が付かなかったのか、これでは博物館の時に罠を仕掛けて
待ち構えた時の襲撃者と同じではないのかと。
(とにかく、千影のもとへ戻らないと……このままでは蒸し焼きにされてしまう……)
必死で火の海からの脱出を図ろうとする悠人。
それでも、思ったように火の弱いところを見つけだしても次に火勢が弱いところを探して移動するのに手間取る。
実際に悠人が移動した距離は本人が思っているほど進んではいなかった。
(逃がしませんよ……これが来るとは思ってもいないでしょう……)
その様子を遠巻きに見ていたネリネが見逃すはずも無い。
ディパックから“献身”を取り出したネリネは温存するはずの魔力を一時的に送り込み、
総仕上げに用いる「ある物」を悠人のいる方角へと放り投げた。
(あと少しで抜けられる……あと少しだ……)
一方の悠人はあと少しでこの火炎地獄から抜けられると思っていた。
その目線は炎につつまれた周囲の風景と自分の足元しか見えていない。
更に、ランタンが放り込まれたときと同じ事がもう一度起こるという事を考えられず「上からの脅威」にまで気が回らなかった。
(よし、あと数歩だ…………待っててくれ千影…………ッ!)
本当にあと一歩のところまで来た事に安堵する悠人。
しかし、現実はあまりにも残酷でありすぎた。
「なっ何ッ!!」
物体が飛来する音に思わず目を見張る悠人。
そして、それに続く銃声とその直後に銃弾を受けて弾ける物体。
物体が弾けると同時に傘の様に拡がる火炎。
勢いづいた火炎が一斉に悠人と周囲の森へと降り注ぐ。
「ギャアァァァァァァァァァァァッ!!!!」
言葉にならぬ悠人の絶叫。
かくして惨劇は更なる拡大再生産をされるに到る――
「どうやら、仕留めたみたいですね……」
炎の中から絶叫が聞こえるのをネリネは炎の及んでいない場所から確認した。
一気に勢いを盛り返したあの炎の中では恐らく生きてはいまい。
それにしてもホテルのときに続いて上手くいったとネリネは思う。
数発の銃弾と、ホテル内の探索で入手したものがこれほどまでに役立つとは思いもしなかったからだ。
ネリネが用いたもの、それは火炎瓶を作るために入手した一斗缶入りの灯油だった。
以前、あの男――悠人――によって博物館の地下室へ閉じ込められた経験からネリネはそれ相応の罠を準備しなければならないと思っており、
その結果として用いたのが火攻め、所謂「火計」だったのである。
一時的に二人の監視を打ち切ってその場を離れたのは、灯油を現在炎上している場所へ撒くための為であり、その後は灯油が蒸発する前に
事を進める必要があった。
そして、想定していた場所まで悠人を後方から追いたてて先ほど拾ったランタンに火を灯し投げ込んだというわけだ。
更にそれだけに留まらず、逃げられることを考えて“献身”で己の体力を増幅し、もう一つの一斗缶をハンマー投げの要領で投げ込み
デザートイーグルで撃ち抜いたのである。
案の定、撃ち抜かれた一斗缶は爆発するかのように炎上した灯油を撒き散らし新たな炎の海を作り出してくれた。
あの男ももはや生きてはいないだろう。
(さて、それでは千影さんのところに向かいましょうか……?その必要はないみたいですね)
千影の元へ向かおうとしたネリネは、こちらに近づいてくる足音に気が付いた。
明らかに焦っているのか大きな足音を立てている。
この状況で大きな足音を立てて、しかもこちらに来る人物といえば彼女しかいないと判断したネリネはその場に身を隠し
ディパックから更にある物を取り出した。
あとは、彼女があの永遠神剣を使わなければどうにでもなると思いながら。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽
「あああ……、こんな……こんなことって……こんな事になるなんて!!」
現場に到着した千影、その表情には明らかに彼女らしからぬ狼狽の色が強く出ていた。
あたり一面火の海――そんな光景を見たら誰だって普段の表情など吹き飛ぶだろう。
ましてや、その中に自分の知り合いがいると知っていればなおさらだ。
「悠人くん……!悠人くん!!」
自分や衛にとっての信頼に足りる保護者の名を叫びながらも火の海に飛び込めずにいた千影はその場に崩れ落ちる。
まさか、咲耶の死に続いてこんなことになるとは思いもしなかった。
(第三回放送のとき神社にいるのは危険と感じたからあえて西へと向かったのにこんな事になるなんて――――!)
千影の精神は後悔に打ちのめされる。
恐らくあの炎の中ではさしもの悠人も生きてないだろうと千影は思う。
(そうだ、今は悠人くんが言っていた様に南――ホテル――を目指そう。悠人くんが助けられない以上は彼の遺志を無駄にしてはいけないんだ)
こうなってしまった以上はもう仕方が無い。
そう思った千影はヨロヨロと立ち上がり、南を目指そうとする。
背後からネリネが千影に襲い掛かったのはその時である。
彼女が炎の海に気を取られている間に音を立てぬよう近づいたネリネは千影の真後ろに立つと彼女を羽交い絞めにかかった。
(後ろからっ!?しまった……)
未だにショックから立ち直れない千影に抗う術はなかった。
“時詠”を取り落とした千影は、ネリネを振り払えないまま更に口元へ何か柔らかい布の様なものを押し付けられる。
本能的に酸素を求めた千影は思いっきり布越しに空気を吸い込もうとする。
ところがその直後、急激に意識が喪失しはじめた。
(これは、もしか……して麻酔……薬……!? だ、だ……めだ……意……識……が……)
必死で意識の喪失に抗う千影だったが、やはり運命は悠人だけではなく彼女にも残酷であった。
結果、千影はネリネにより羽交い絞めにされた状態のまま気を失ったのである。
「終わりましたね……」
“時詠”を拾い上げ自分のディパックに放り込んだネリネは、更に千影のディパックを肩からかけ、そのまま千影を肩に担ぐ。
全てが上手くいった。
予定と違うのは千影を殺さなかった事ぐらいだ。
ネリネの手にはホテルから奪った麻酔薬をしみこませたハンカチ――これもホテル内のテナントエリアにあったものだ――が握られていた。
“献身”による体力の増幅を行なわずに他の方法で彼女を無力化するにはこの方法しかなかった。
最初は千影に一度は振り払われるかと思っていたが、背後に立ってもこちらの存在に気がつかないところでこのまま実行しても問題ないと判断し、
結果として成功したということだ。
本来ならここで殺して魔力を奪うところだが、ネリネは方針を変更していた。
それは、彼女の事由を奪った状態で生かしたままにすることで自身の魔力を供給する「器」にすればという考えが生まれたからだ。
「自分の魔力の回復が遅いならば、他の方法で補えばいい」と考えていたネリネだが、千影を自らの供給源にすればいいというわけだ。
(あとは博物館を目指すだけ……。そしてここに人が来る可能性もありますから……)
そう考えたネリネはもう一度千影に麻酔薬を吸引させた後、“献身”を取り出し魔力を送り込む――
直後、ネリネは千影を担いだままとても常識では考えられない速度で森の中を北に向けて一気に走り出した。
魔力は大幅に消耗するが、この場を一気に離脱するにはこれが一番の方法だった。
なにより消耗した魔力は千影から奪えばいいだけのことである。
しかも身体機能の増幅で体力・脚力だけでなく夜間の視力や聴力も向上している。
おかげでこの場所に向かって誰が来るのかという足音すらすら分かった。
ネリネはそれらの人物を回避しながら北にある博物館を目指す。
そして遂に入手した千影の永遠神剣――
これがあれば、あの千影が神社で用いた能力――バケモノじみた瞬間移動――を用いればトウカに勝てる。
楓の仇を取れる。
そんな気持ちすら湧き上がってきた。
だが、ネリネは容赦も慢心もしない。
稟はもういない。
ならば、どんな事があろうとも優勝し帰還する。
戦って戦って戦い抜き、これから死にゆく死者の死に様を覚え、そして心へと刻み付ける。
ネリネは強い意思を――いや意思という名の炎を――胸に秘めて走り続ける。
今はただひたすらに――
▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽
(炎……)
その光景は神社を目指していた舞にも見えていた。
あと数十歩も歩けば神社の境内に入るところで見えた火柱。
それは舞の興味を引き付けるには十分なものだった。
一瞬、あの炎が見えた場所へ行こうかとも思う。
だが、その前にこのまま神社に踏み込むのにそれはどうかと舞は迷った。
まだここが禁止エリアとなるには時間がある。
ならば境内まで入り千影の存在を確認するのが先だ。
いるならばここで仕留めればいいだけの話。
いなければ他の参加者を殺してから武器を奪う。
当初の方針通りだ。
だが、本当にそれでいいのか?
一瞬そう思う。
なぜならあの炎は境内からも見える筈。
それならば、隣のエリアに移動し神社から火元へ向かう他の参加者を狙うという手もあるのではないのか?
そこに千影がいれば幸いだし、いなければ他の参加者を殺すだけ。
方針に変わりは無い。
ただ、場所を少し変えるだけに過ぎないのだから。
何も禁止エリアの指定時刻ギリギリまでここにいる必要はどこにもない。
そう思い直した舞は境内まであと一歩のところで引き返し、西へ向かうことにした。
だが、なんという皮肉だろうか。
彼女の探している千影が火柱の近くにいながら、彼女が向かう事にはもうそこにいないというのは……。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽
「うっ……まったく……危ないところだった…………ブハッ!」
炎がようやく収まり始めたとき、一人の男が土と灰と煤にまみれた姿をあらわした。
「よく助かったものだな。まさかあんな手を使ってくるとは思わなかった……」
男の正体は悠人だった。
死んだと思われていた彼はネリネによる火攻めから奇跡的に生き延びたのだ。
(あの倒木がなければ完全に死んでいたな……)
悠人が生き延びられたのは幸運以外の何ものでもなかった。
炎の傘が降り注いだとき、絶叫をあげたものの間一髪いや半髪の差で悠人はそれを回避できた。
そしてその直後、彼はそこから逃れる為あえてもと来た道を引き返した。
だが、火勢が強まった事で脱出するべき道は閉ざされ、それに呼応するかのように周囲の火勢も増した為、
本当にもう駄目だと思っていたのだ。
その時彼の目に入ったのが一本の巨大な倒木と地面の間に生じた僅かな空間だった。
未だに火が回ってないそこに注目した悠人はすぐさま地面の土を掘り返し、ようやく自分一人が入れる空間を
作るとディパックを放り込み、自分もそこへもぐりこんだのである。
そうして、炎が収まるまで貝の様に目を閉じ耳を塞いで炎が自然に鎮火するのを待っていたのである。
おかげでこうして生き延びることができたということだ。
上着は所々焼けてしまったが、酷い火傷も殆ど負わずこうやって生きているのは幸いとしか言いようがなかった。
運良く炎を逃れた悠人はそこでようやく千影の事を思い出す。
(そうだ、千影はどうしただろうか?まだ待っていてくれるだろうか?)
その前に時間は?と思い時計をディパックから取り出し時刻を確認する。
時計の針は19時半を過ぎていた――
(参ったな……。これじゃ無事にホテルへ向かってくれたか見当がつかない)
だが、ボヤボヤしているとここも禁止エリアに指定される。
今は彼女が無事にホテルへ向かったと思うしかないだろう。
そう考えた悠人はディパックを手にするとまだ煙がくすぶり続けるそこを後にして南へ向かって走り始めた。
まさか悠人も難を逃れている間に当の襲撃者によって千影がさらわれたとは思ってもいなかった。
襲撃者については自分を標的にしていたことから恐らく死んだと判断してこの場を去ったと思っていた。
そして自分が禁止エリアの隣にいることも気付かずに悠人は南を目指す。
しかし、このエリアにいた誰もが気付かなかったことが一つある。
それは火元から少し離れた場所に千影が持っていたPDAが転がっているということ。
そう、倉田佐祐理の死体写真を写したそれが画面上へ表示された状態のままで誰かが手にするのを待つかのように放置されていることに。
これが誰の手に渡るのか、そしてソレを手にした人間が次にどんな行動へ移るのかはその時になるまで分からない……。
【C-4 森(マップ中、西端)/1日目 夜19:30頃】
【ネリネ@SHUFFLE! ON THE STAGE】
【装備:永遠神剣第七位“献身” 登山用ブーツ 双眼鏡】
【所持品1:支給品一式×6 IMI デザートイーグル 2/10+1 IMI デザートイーグル の予備マガジン10 九十七式自動砲 弾数2/7
S&W M37 エアーウェイト 弾数0/5 出刃包丁@ひぐらしのなく頃に 祭 コンバットナイフ イングラムM10(9ミリパラベラム弾32/32)
イングラムの予備マガジン(9ミリパラベラム弾32発)×7 ベネリM3 0/7+1 永遠神剣第三位『時詠』@永遠のアセリア −この大地の果てで−】
【所持品2:トカレフTT33の予備マガジン10 洋服・アクセサリー・洗髪剤いずれも複数、食料品・飲み物多数】
【所持品3:朝倉音夢の生首(左目損失・ラム酒漬け) 朝倉音夢の制服 桜の花びら コントロール室の鍵 ホテル内の見取り図ファイル】
【所持品4:謎ジャム(半分消費)@Kanon、『参加者の術、魔法一覧』、四葉のデイパック】
【所持品5:C120入りのアンプル×8と注射器@ひぐらしのなく頃に、ゴルフクラブ、各種医薬品】
【所持品6:銃火器予備弾セット各100発(クロスボウの予備ボルトのみ残数80/100)、 バナナ(フィリピン産)(2房)】
【状態:肉体的疲労小・魔力消費中、精神的疲労小、腹部に痣(消えかけ)、左腕打撲、右耳に裂傷、左足首に切り傷(いずれも治りかけ)、非常に強い意志】
【思考・行動】
0:現在“献身”を用いて身体能力を強化し、千影を担いだ状態で北に向かって全力疾走中。
1:C-4からC-3へ移動して博物館を目指す(その途中で永遠神剣の持ち主を発見したら倒して魔力を回復する)。
2:稟の遺体を持ち帰り、楓や亜沙、他の参加者の最後を忘れぬ為に優勝を目指す。
その途中であった人間は皆殺し(戦い方は一撃離脱・ゲリラ戦中心、出来る限り単独行動している者を狙う) 。
3:ハイリスク覚悟で魔力を一気に回復する為の方法、或いはアイテムを探す
4:千影を魔力の回復源として用いる(当然体の自由は拘束等で奪う)
5:トウカを殺し、楓の仇を討つ
6:純一に音夢の生首を浸したラム酒を飲ませ、最後に音夢の生首を見せつけ殺す
7:つぐみの前で武を殺して、その後つぐみも殺す
8:桜の花びらが気になる
【備考】
現在は髪を鮮やかなオレンジに染め、黒の髪留めでポニーテールにしています。
私服(ゲーム時の私服に酷似。ただし高級品)に着替えました。(汚れた制服と前の私服はビニールに包んでデイパックの中に)
私服の上からウィンドブレーカーをはおっています。
ネリネの魔法(体育館を吹き飛ばしたやつ)は使用不可能です。
※これはネリネは魔力は大きいけどコントロールは下手なので、 制限の結果使えなくなっただけで他の魔法を使えるキャラの制限とは違う可能性があります。
※永遠神剣第七位“献身”は神剣っていってますが、形は槍です。
※永遠神剣第七位“献身”は制限を受けて、以下のような性能となっています。
永遠神剣の自我は消し去られている。
魔力を送れば送る程、所有者の身体能力を強化する(但し、原作程圧倒的な強化は不可能)。
魔力持ちの敵に突き刺せば、ある程度魔力を奪い取れる。
以下の魔法が使えます。
尚、使える、といってもウインドウィスパー以外は、実際に使った訳では無いので、どの位の強さなのかは後続の書き手に委ねます。
アースプライヤー 回復魔法。単体回復。大地からの暖かな光によって、マナが活性化し傷を癒す。
ウィンドウィスパー 防御魔法。風を身体の周りに纏うことで、僅かな間だけ防御力を高める。
ハーベスト 回復魔法。全体回復。戦闘域そのものを活性化させ、戦う仲間に力を与える。
※古手梨花を要注意人物と判断(容姿のみの情報)
※音夢とつぐみの知り合いに関する情報を知っています。
※音夢の生首はビニール袋へ詰め込みラム酒漬けにした上、ディパックの中に入れてます。
※魔力が極端に消耗する事と、回復にひどく時間がかかる(ネリネの魔力なら完全回復まで数日)という事に気が付きました。
※トウカと、川澄舞(舞に関しては外見の情報のみ)を危険人物と認識しました。
※千影の“時詠”を警戒。ただし“時詠”の能力までは把握していません。
※魔力持ち及び永遠神剣の持ち主を献身で殺せばさらに魔力が回復する仮説を思いつきました。
※ある程度他の永遠神剣の気配を感じ取れます。
※桜の花びらは管理者の一人である魔法の桜のものです。
※見取り図によってホテルの内部構造をかなり熟知しています。
※回収したディパックは武器を入れたものに丸ごと突っ込んで移動に支障が無いようにしています。
※悠人(外見のみ、名前は知らない)は死んだか重症を負ったと思っています。
【千影@Sister Princess】
【装備:なし】
【所持品:支給品一式、銃火器予備弾セット各100発(クロスボウの予備ボルトのみ残数80/100)、
バナナ(フィリピン産)(2房)】
【状態:現在気絶中、左肩重傷(治療済み)、肉体的疲労中、魔力消費小、精神的疲労極大、スカートに裂け目、咲耶の死に対する深い悲しみ】
【思考・行動】
基本行動方針:襲ってくるものには手加減しない。時詠の能力使用は極力控える。衛が生きている以上はゲームに乗らない。
0:気絶中(ネリネに担がれたまま北へ移動中。本人は気づいていません)
1:咲耶くん、そして悠人くん君まで……
2:鷹野の発言に強い興味。
3:永遠神剣に興味
4:北川潤、月宮あゆ、朝倉純一の捜索
5:魔力を持つ人間とコンタクトを取りたい
6:『時詠』を使って首輪が外せないか考える
7:もう一度舞に会いたい
※千影は『時詠』により以下のスキルが使用可能です。 但し魔力・体力の双方を消耗します。
タイムコンポーズ:最大効果を発揮する行動を選択して未来を再構成する。
タイムアクセラレイト…自分自身の時間を加速する。他のスキルの運用は現時点では未知数です。 詳しくはwiki参照。
またエターナル化は何らかの力によって妨害されています。
※未来視は時詠の力ではありません。
※四葉とオボロの事は衛と悠人には話してません(衛には話すつもりは無い)
※千影は原作義妹エンド後から参戦。
※ハクオロ、トウカ、悠人を強く信頼。
※悠人は死んだと思っています。
【C-4 森(マップ南西)/1日目 夜19:30頃】
【高嶺悠人@永遠のアセリア −この大地の果てで−】
【装備:今日子のハリセン@永遠のアセリア、トウカの刀@うたわれるもの、ベレッタM92F(9mmパラベラム弾14/15+1)】
【所持品:支給品一式×3、バニラアイス@Kanon(残り9/10)、予備マガジン×4、暗視ゴーグル、FN−P90の予備弾、電話帳】
【状態:疲労中程度、手足に軽い火傷(行動に支障なし)、左太腿に軽度の負傷(処置済み・歩行には支障なし)、「時詠」に対する恐怖、土と灰と煤で全身に汚れ、上着は所々焼損】
【思考・行動】
基本方針1:千影を守る
基本方針2:なんとしてもファンタズマゴリアに帰還する
0:今は時間までに南へ移動し、ホテルに向かい千影と合流する。その後病院へ。
1:北上した襲撃者を警戒。
2:国崎往人に対するやり切れない感情。
3:衛、千影を含む出来る限り多くの人を保護。
4:ゲームに乗った人間と遭遇したときは、衛や弱い立場の人間を守るためにも全力で戦う。割り切って容赦しない。
5:ネリネをマーダーとして警戒
6:地下にタカノ達主催者の本拠地があるのではないかと推測。しかし、そうだとしても首輪をどうにかしないと……
【備考】
※バニラアイスは小型の冷凍庫に入っています。
※衛と本音をぶつけあったことで絆が強くなり、心のわだかまりが解けました。
※アセリアに『時詠』の事を話していません。
※千影が意図的に西へと移動した結果、隣のC-4エリアにいることにまだ気付いていません。
【D-4 森(神社直前)/1日目 夜19:30頃】
【川澄舞@Kanon】
【装備:ニューナンブM60(.38スペシャル弾5/5) 学校指定制服(かなり短くなっています)】
【所持品:支給品一式 ニューナンブM60の予備弾32 バナナ(フィリピン産)(3房)、ブラウニング M2 “キャリバー.50”(ベルト給弾式、残弾45) 】
【状態:疲労(中)、肋骨にひび、腹部に痣、肩に刺し傷(止血済。痛いが普通に動かせる)、太腿に切り傷(止血済。痛いが普通に動かせる)、後頭部にたんこぶ】
【思考・行動】
基本方針:佐祐理のためにゲームに乗る
0:隣のC-4エリアに移動し、他の参加者や千影が来るのを待つ(千影がいたら支給品を確認する。それ以外の時は皆殺しにし、武器を奪う)。
1:佐祐理を救う。
2:全ての参加者を殺す。ことりも殺す。
3:相手が強い場合、多人数の場合は無理はしない。
※C-4南側で火災が発生しました。神社にいた人間には見えた可能性があります。
神社だけに限らず、周囲1マス離れたエリアからは見えた可能性があります。
※C-4の南側(火災を逃れた場所)に倉成武のPDA@Ever17-the out of infinity-、倉田佐祐理の死体の写真が転がってます。
※倉田佐祐理の死体の写真は額の銃痕が髪の毛で隠れた綺麗な姿。
撮影時間(一日目夕方)も一緒に写っています。
「やっぱり、どこからどう見ても古手神社だよなぁ……」
神社内の探索を終えた圭一は腕を組んでこの場所についての考察をしていた。
やはりというべきか、この場所は確かに圭一が知っている古手神社だった。
似ているのではない、全てが古手神社そのものとしか言いようがない。
鳥居や境内の様子といった外観から、感じられる空気や雰囲気まで正しくあの雛見沢の地にある神社のままだ。
それは古手神社そっくりに作れられたというより、古手神社をまるごとこの島のこの地に移植したような感じである。
神社自体は半壊しているがおそらくそれは何者かがここで戦闘を行った証拠であろう。
地面に晒された赤い血の水溜りと転がっていた二つの死体(勿論手厚く埋葬した)はここで行われた戦闘が如何に激しいものであったかを如実に表している。
朱に塗られた鳥居に手をついた。
手のひらを通して得られる感触はやはり圭一の記憶の中にあるものと全く同じ。
だが、圭一の最大の疑問はこの神社が本物なのかそっくりに作られた贋物なのかということではない。
何故、古手神社である必要があるのか? ということである。
世界の何処に位置するかも分からないこの島において、参加者の出身地と縁のある建造物を造る意味などあるのだろうか。
もちろん主催者があの鷹野三四である以上、何の意味もない余興である確率も高い。
だが、主催者の――鷹野三四の何かしらの意図を感じるのも気のせいだとは思えない。
「圭一、調べ終わった?」
さらなる考察を続けようとした圭一の背に、白鐘沙羅の声が届いた。
振り返り沙羅の方を見ると、美凪もすぐそばにいた。
「ああ、終わった」
「やっぱり圭一の知ってる神社なの?」
「ああ」
とりあえず考察を一時中断させて美凪と沙羅の方に歩み寄ろうとしたとき、ついにそれはきた。
今まで優先すべき事項が山積みになっていたため無理やりそれを押し込んでいたが、ついに我慢し切れなかったようだ。
それは人間の三大欲求の一つ、食欲。
いかな屈強な猛者といえど食べ物を摂取せずに生きていられるわけがない。
人は、いや生きとし生けるものは空気と水と食料その他諸々があって初めて生きていられるのである。
昔の偉人はこんな言葉を後世に残してくれた。
『腹がへっては戦は出来ぬ』と。
脳から発せられる欲求に今まで知らん振りしていたが、ついに脳は強硬手段を用いて現状の打破を要求してきた。
かくして空腹に耐えかねた圭一の腹部から大きな声が響く。
同時につられたのか圭一だけでなく美凪と沙羅の腹も鳴った。
「…………」
「…………」
「…………」
一瞬、気まずい雰囲気が境内に漂う。
その後の三人の反応はそれぞれ違うものだった。
圭一は三人の混声合唱に大爆笑し、沙羅は不覚をとった自分を恥じ、美凪はポッと頬を染めた。
「ぷっ、だっはははははははははは!」
「ううう……な、なんていう不覚ッ……」
「……ハングリーで賞を三人全員に進呈……」
「あっはははははははは! ありがとう遠野さん、貰っておくよ。 じゃあ食事にでもするか? 神社のことも食事中に話すから」
異論を唱えるものなど勿論いなかった。
◇ ◇ ◇
三人は石段に腰を下ろして茜色に染まる夕日を見ていた。
左から順に圭一、美凪、沙羅という風に並んでいる。
もちろん当初の目的である食事とこの神社についても話合いながら、だ。
「じゃあ、この神社は圭一の知ってる古手神社そのものなのね?」
「はぐっ……ああ」
沙羅の質問に圭一は味気のしないパンをかじりながら答えた。
同時に先程一人でしていた考察も交える。
「まあ確かにこんな島に参加者の出身地にある建物を移植するからには何か意味があるんでしょうけどね」
「あの祭具殿に何かあるのかもしれないな……」
この神社の敷地内には無論あの古手神社の開かずの祭具殿もあった。
数々の祭具を収められたそこは、雛見沢の地に住んでいるものにとって侵してはならない神域。
雛見沢を実質支配している園崎家と公由家の者でさえ中に入ることは出来ない。
祭具殿に入る資格があるのは古手家のものだけ。
そして古手の血を引く者は今となっては古手梨花唯一人のみ。
中にどんな祭具が入っているのかは古手梨花しか知らないのだ。
もちろん古手家の者しか入ってはいけないというのは雛見沢での掟であって、この島でまでそんなしきたりに捉われる必要性は皆無。
圭一は好奇心も手伝って真っ先にこの祭具殿に入ろうとした。
だが圭一の侵入を阻んだのが祭具殿の入り口にかけられている南京錠である。
いや、それを南京錠と呼ぶには語弊が生じるかもしれない。
普通の南京錠は真鍮や銅でできているのが一般的だが、その錠は真鍮や銅などを材質としていないのが明らかだった。
圭一たちはこの錠の鍵を持っていない。
必然的に祭具殿の侵入方法は泥棒や盗人のように鍵を壊すしかないのだがそこからが問題であった。
なにしろ剣で切断しようとしても、周りに音が響くのを承知で銃を使っても、その鍵には傷一つつかなかったのである。
銃弾をも弾く金属、それは特殊な合金なのか圭一たちには想像も出来ない未知の物質が使われているのかも分からない。。
ならば圭一たちに残された最後の手段は残った一発の手榴弾しかないのだがこれも断念せざるを得なかった。
祭具殿の外部の構造は全て木造で圭一が雛見沢にいたころと何の変わりもない。
しかし、違った点が唯一つ。
それは中に入るための全ての扉が、何者の侵入も許さないかのように重くて冷たい金属の扉に差し替えられていたことである。
その見た目は南京錠に使われてる金属と全く同じもの。
銃弾をも通さない金属が手榴弾の一撃は通用してしまった、そんなお粗末な話は有り得ないだろう。
防衛堅固の鉄壁と化した祭具殿に侵入する残された方法はどこにあるかも分からない鍵を使用して正攻法で入るしかない。
「でも鍵はどこにあるんでしょう?」
「それが問題だよなぁ……」
「んぐっんぐっ、罠の可能性もあるわよ」
口の中に残ったパンをペットボトルの水で押し流した沙羅が口を開く。
たしかに如何にも何かあると思わせて罠に填める方法は考えられることだ。
苦労して鍵を手に入れていざ錠を開けたら、中には毒ガスや爆弾が入っていて気付いたときにはあの世にいっていた、というのはえげつないやり方だが効率的だ。
「かもなぁ……鷹野さんは一体何を考えているんだ?」
圭一はまた一口パンを口にほお張って呟く。
その一言で沙羅は自分が圭一に聞きたかったことを思い出した。
そもそも自分が前原圭一と会いたいと願っていたのは、主催者鷹野の知り合いらしき少年前原に鷹野の素性と関係を聞きたかったからである。
圭一が寝ていたり、自身が救急車の運転で忙しかったりして伸ばし伸ばしにしてしまったが今が好機だ。
祭具殿に関しては現状以上の情報は得られないだろうし話題を転換することにした。
「そういえば圭一、アンタ鷹野のこと知ってんの?」
「ん〜……知ってるといえば知ってるな」
返事はイエスだがどこか曖昧な響きだった。
沙羅はそんな圭一の様子を気にせず続きを促す。
「教えて、あの糞女は一体どういう人物なの?」
「……あまりアテにならないと思うぞ」
「いいから、聞かせて」
やはり曖昧な口調で答える圭一に沙羅は語調を強めた。
「……分かったよ。 鷹野さんは……」
「うんうん」
腰かけていた石段から立ち上がり圭一の方に体全体が傾く。
「入り江診療所の……」
「診療所?」
診療所などという予想外の単語を耳にして沙羅は眉をひそめる。
「看護婦だ」
「はあ?」
足の力が抜け、あやうく石段の一番下まで転がり落ちるところだったが、美凪が支える。
「……」
「で?」
「終わり」
「はあ!?」
期待はずれとかいう問題ではない。
あの鷹野が如何に悪行三昧を重ねてきた悪党か知りたかったのに、看護婦というなんとも平凡な職業だったとは誰が想像できようか。
絶対泣かすと決めた女の素性は単なる看護婦でした、などと言われて頷けるものか。
例え神や仏が納得しようと白鐘沙羅は納得出来ない。
沙羅の憤慨が噴出し、圭一に食って掛かる。
「なわけないでしょうが! なぁにが看護婦よ!? 単なる看護婦がこんな摩訶不思議なことできると思ってんの!?」
「だからアテにならないって言っただろ。 確かに鷹野さんはどこか得体の知れないところはあったけど正真正銘看護婦だ」
「いやいや、どこかの秘密結社の親玉だって言われた方がまだ納得できるわよ」
この時間軸の圭一は未だ鷹野の正体を知らないため、鷹野は人畜無害なただの看護婦という仮の姿しか知らないのだ。
鷹野の正体は沙羅の言うとおり所謂秘密結社? の親玉であるのだが、今の圭一はそんなこと知りようがない。
鷹野の正体を知っているのは関係者を除けば古手梨花と古手梨花から話を聞いた北川潤たちくらいだろう。
「仮に鷹野さんが秘密結社の親玉で看護婦の姿は世を欺く姿だとしても、前原さんのような一般人がその正体を知っていたらおかしいと思いますが……」
「うっ……」
美凪の冷静なツッコミを受けて沙羅が一瞬黙りこくるが、すぐに気を取り直して話を進める。
「とっ、とにかく鷹野が秘密結社の親玉だろうとそうでなかろうと、こんなことをできる存在なのか聞きたいのよ!」
「それは100%ないって言いきれる」
鷹野の素性を聞かれたときと違って今度は明確に返事をした。
継ぎ目のない首輪を取り付けたり、こうも簡単に大勢の参加者を拉致したりするのはまだ常識の範囲内の出来事と言えよう。
だが最大の問題は一箇所に集まっていた参加者を瞬時に移動させたテレポート技術だ。
テレポートなんてのは現代科学の粋を結集しても夢のまた夢の技術。
しかも彼らは参加者をSFでよく見かけるような転送装置も使わずに、それこそ呼吸をするかのように、腕を一振りするだけでごく自然に島全体へとバラバラに転移させたのである。
任意の場所に好きな物や人を転送できる技術なんてものが確立されれば世界の勢力図は大きく塗り替えられるだろう。
戦場では敵の背後や基地の内部に少数の人数を送り込むだけで勝利することが出来る。
いや、悪用すれば戦場に限らずあらゆる集団、果ては国家でさえも容易く制圧することが出来るに違いない。
そんなオーバーテクノロジーを彼らは何に用いたのか。
世界制服なんて簡単かつ分かりやすい理由ではない。
少数の人間を殺し合いをさせるというなんともかわいらしい手段――参加させられた人はたまったものではないが――に用いたのだ。
「人を瞬時に遠くへと移動させる方法なんて今の技術では有り得ない。 十中八九鷹野さんのバックには黒幕がいる」
「それも私達の理解を超えた技術を持った存在……ですね」
全員が示し合わせたように黙ってペットボトルの水を飲んだ。
この殺し合いの黒幕とはいかなる存在か想像しただけで喉が渇きを覚えた。
ペットボトルの水はたしかに三人の口の中に入っていったが渇きが消えることはない。
楽しかったはずの食事の空気が一瞬にして冷たくなった。
まだ出会ってもいない黒幕の存在に彼らは僅かな恐れを抱いていたのである。
それも無理はない。
彼らの想像通りこのゲームの真の黒幕はまさに人知を超えた存在なのだから。
◇ ◇ ◇
『貴方達に神の祝福がありますように……』
そう言うと放送は終わった。
圭一と美凪の顔が悲しみの色に染まる。
またもや自分らの知人が死んだのだ。
圭一にとっては赤坂衛は大石と梨花の知人の刑事ということくらいしか知らない赤の他人も同然の存在。
だが、だからといってその死を軽いものとして捉えることなどできるはずがない。
そして赤坂に限らずまた多くの人が死んだのだ。
前回の死者の半分しか死んでいないが、裏を返せばそれは一度に大量に人が死ぬ機会が失われたこと、つまり参加者の数がいよいよ減ってきたということである。
圭一は第一回放送が終わったときと同じように悲しみを怒りに変えて鳥居にひたすら拳を打ちつけていた。
「くそっ、またか……また人が一杯死んだのか」
もう残り30人。 まだ半分も残ってる? それは逆に言えばもう半分しか残ってないということ。
自分は最善をつくしてきたと、圭一は胸を張って言える。
だが現実の風当たりは厳しくこの島に来る前からの友人もこの島に来てからの仲間も次々と失っていった。
圭一が得たのは最善の方法が最良の結果をもたらすとは限らないというごく当たり前の教訓だけだ。
佐藤良美はいまだ自分の声に耳を貸さず人を利用し、殺し続けている。
頼れる年上だった倉成武も今はいない。
岡崎朋也たちは戦火の中でその命を散らせて逝った。
鷹野三四はさぞかし圭一のピエロっぷりを楽しんでいることだろう。
「なんて無力なんだ……俺は」
尽きぬ後悔を胸に一つ、また一つと鳥居を殴りつける圭一を止めたのは第一回放送のときと同様に美凪……ではなく沙羅だった。
圭一の行為を咎めるように沙羅は圭一の腕を押さえて無言で首を振る。
圭一は沙羅の腕を振り解き、再び鳥居に拳を打ち付ける行為を続けようとしたが沙羅の目を見て止めた。
沙羅の目を見れば、沙羅が何を言わんとしているかは聞かなくても分かる。
それはきっと第一回放送が終わった後に美凪が言ってくれたことと同じことだろうから。
『自分の無力を嘆き、自分を傷つけても何も変わりはしない』
あのとき美凪が言ってくれた言葉を思い出して、圭一は目を閉じて高ぶった意識を落ち着かせることに集中した。
「ふぅ……落ち着いた。 ありがとな、沙羅」
「礼はいらないわ。 当たり前のことだし」
どこか照れくさそうに言う沙羅に圭一は大きな笑みを作ってみせる。
沙羅はやっぱり照れくさそうに圭一から顔を背けた。
礼を言われることに慣れてない人間は概して人の行為を素直に受け取れないものだ。
沙羅もまたそんな環境で育ったのかと沙羅の生い立ちに想像を巡らせようとして、圭一は美凪もまた知人が死んだことを思い出していた。
美凪の方へ振り返ると、美凪はもう悲しんでおらずしっかりと西に沈む夕日を見つめていた。
「遠野さん……」
「はい?」
「その……知り合いが死んだんだよな?」
「はい」
「悲しくはないのか?」
「……いいえ」
美凪は西の空を見ながら首を振った。
大切な知人が死んだのに悲しくはないとは一体どういうことだろう。
だが美凪のどこか憂いを秘めた表情から察するに言葉通りの意味とも思えない。
鷹野三四が言っていた通り、今日は100点満点をつけたくなるような真っ赤な夕日が西の空に沈もうとしていた。
圭一の方を見ず、ただひたすら夕日を見続ける美凪は今何に思いを馳せているのだろうか。
圭一も沙羅も美凪のさらなる言葉を根気よく待ち続けた。
………………そうして幾許かの沈黙の後に、ようやく美凪が口を開いた。
「悲しくないといえばちょっと嘘になるかもしれません。
神尾さんは……私と一緒でこの島で一人で生きていくことなどとても無理な方です。
今このときまで生きていられたのはおそらく傍に守ってくれる人がいたからでしょう。 私の傍に前原さんがいてくれたように。
きっと、神尾さんの死も傍にいてくれた人が私の分まで悲しんで泣いてくれたんだと思います。
なら、私がもう悲しむ必要はないのではないかと……そう思いました。
それに……何故かは分かりませんが、神尾さんは笑顔で逝くことが出来た、そんな予感がするんです。
だから、私も悲しむのは止めて笑顔でい続けようと思いました」
美凪はそう言い終えて大きく息をついたあと、笑顔を作った。
今言った自分の言葉を嘘にしないように。
まさかその観鈴を殺したのが他ならぬ国崎住人であるとはさすがに美凪も想像は出来ない。
だがそれでも神尾観鈴は笑顔で死ぬことのできたこの島で最も幸福な死者の一人に違いないだろう。
「そっか」
そこまで言われては神尾観鈴がいかなる人物か知らない圭一と沙羅は何も言い返せなくなる。
むしろ、どちらかというと寡黙な美凪をここまで饒舌にさせる神尾観鈴という存在に圭一は改めて興味を持ったほどだ。
本体ならこのまま神尾観鈴とはどのような人物か聞き、その話題で盛り上がることもあったかもしれない。
だが今は神尾観鈴の人となりを美凪に聞く時間的余裕はない。
「だったらすぐにこのエリアから離れよう。 時間はあるけど速めに移動すべきだ」
それぞれの気持ちの整理がついた三人が次にやることはもう決まっている。
禁止エリアに指定されたこの場所から一刻も早く離れることだ。
ここがいかなる場所かを知っている圭一がこの地を訪れてすぐの放送で伝えられた事項。
あまりにもタイミングがよすぎる禁止エリアの指定。
やはりこの場所には、あの祭具殿にはなにか隠されているのだろうかと嫌でも考えざるを得ない。
レナや詩音が先にここを訪れていた可能性だってある。
しかし、レナも詩音も第一回放送を前にして死んでしまっている。
彼女らがいつ死んだかも圭一は分からない。
殺し合いが始まってから放送までギリギリ六時間生きていたかもしれないし、始まって五分と経たずに死んだ可能性もある。
だが、どちらにせよ六時間で出来ること、移動できる距離には限りがある。
他の知り合いについてもこの同じ考えが出来るといえよう。
この島の施設全てを見て回るのは一日がかりでも難しいだろう。
梨花や先ほど死んだ赤坂も神社を訪れた可能性は低いという結論に達した。
ならば、残されたが圭一がこの神社の謎を解き明かすしかないだろう。
いつか必ずここに戻ってくると圭一は決心する。
障害はまだまだたくさんある。
禁止エリアに侵入するには首輪を外さなければならないだろうし、自分達には首輪を外す方法も技術も持ってない。
なによりその前に佐藤良美を初めとする殺し合いに積極的に参加している者たちを止めるのも忘れてはならない。
どれも高い壁となって圭一たちの前に立ちふさがるが、今まで通りにチームワークを駆使していけばやっていけば問題ない。
そう、そのはずだ。
「前原さん、行きましょう」
先に石段を降りていく沙羅と美凪を追いかける。
この島では多くのものを失ったけど、得られたものだって沢山ある。
その最たるものが美凪と沙羅の二人の少女だ。
非日常の中で出会った日常の欠片、圭一は命を賭してそれを守り抜く決意を改めてした。
◇ ◇ ◇
石段を全て降りた後は近くに停車させていた救急車に乗った。
運転手はここに来たときのように沙羅が務める。
圭一と美凪もまたここに来たときのように後部の方へ乗り込んだ。
しかし、いざ発進というときになって次の目的地をどうするかという問題が生じた。
元々この神社で待ち受けることになっていた土見稟はやはりというべきかその命を落としてしまっている。
何処かへ行くアテもない、かといって禁止エリアのせいでこのままゆっくりこの地に留まることも出来ないというなんとも微妙な状態に陥っていた。
「とりあえず東の方に戻ろう。 武さんと合流できる可能性もある」
圭一の一声で当面の目的地が決定した。
美凪も沙羅も武には未だ釈然としない思いを抱いているが、信頼しているリーダーの決定事項に逆らうつもりはない。
それに武が本当に敵だったのか真偽を確かめるというのは存外悪い選択肢ではない。
仮に敵だったとしても、足の速さでは文明の利器を利用しているこちらの方が圧倒的に有利だ。
美凪も沙羅も圭一の意見に頷いた。
「じゃあ行くわよ」
未だ慣れぬ救急車の運転をするため、沙羅は慎重にアクセルを踏んだ。
救急車がゆっくり、じっくりとスピードを上げていく。
動き出してしまえばあとは信号も障害物もないペーパードライバーに優しい平坦な道が続くだけだ。
周囲の様子も見ていくために比較的低速で運転が続けられる。
車内は沙羅が前方に注意し、圭一が右と後方を、美凪が左を見ていく構図となった。
道中、車内が沈黙に包まれて重苦しい空気になることを避けるためか、三人は顔の向きだけは己が持ち場を保ちつつ、今後の行動方針を論じ合っていた。
「で、武が見つからなかったらどうするの?」
「……西の方へ行ってみるのもいいか」
「沙羅ちゃんもまだ新市街の方には行ってないんですよね?」
「まあね」
「じゃあ決まりだな」
彼らは見事倉成武を見つけることができるだろうか?
その答えはもうすぐ分かることになる。
◇ ◇ ◇
俺は焦りながら走っていた。
怪我のことなんて気にしちゃいられない。
傷口自体はもう塞がっているものの、それでも一歩踏み出すたびに体全体に痛みが走り出す。
だが、俺は止まるわけには行かない。
俺は傷の治療もせずにキュレイの治癒力に任せたままにしている。
出血自体は止まっている。 ならあとはキュレイに任せてればいい。
つぐみの監禁場所を教えるために佐藤良美が提示した『前原圭一』を殺すという条件。
その契約を果たすために圭一が今確実にいると思われる場所、神社へと急いで急行しないといけないのだ。
だがその神社のあるエリアは主催者鷹野によって禁止エリアに指定されてしまった。
全く余計なことをしてくれたものだ。
ここで圭一に他の場所に移動されたら俺にはやつらを殺すチャンスと確率がグッと減ることになる。
しかも時間が経てば経つほどこの島のどこかに監禁されているつぐみの命も危なくなる。
走る、ただひたすら走る。
思えばこの島に来てから忌々しいことばかり続いている。
自分よりも年下の少年少女たちにいいように騙されていたこと。
愛する小町つぐみを人質にとられた上に体のいい操り人形にされていること。
そして俺の目的を阻害するかのように定められた今回の禁止エリア。
全てが許しがたいことだ。
こんな殺し合いに放り込まれたからには、皆が手を取り合い一致団結せねば主催者である鷹野には抗うことなど出来ないであろう。
だが圭一たちは自己の保身に走ることしか考えず、俺は奴らが生き延びるための駒にされた。
佐藤良美だってそうだ。
己の目的のために平気で人を傀儡にする。
今も後ろから俺の様子を覗いているのだろう。
放送が終わってしばらくしてから俺の後を追い続ける気配を感じている。
俺が約束どおり圭一を殺すかを遠くから高みの見物でもしようとしているんだろう。
約束なんかなくたって俺は圭一を殺してやるから心配するな、と大きな声で叫んだが返事もせずにひたひたと俺の後をついてくるだけだ。
全く以って許し難い悪党たちだ。
人の善意につけこむ利用するような連中を野放しにしていいわけがあろうか、いや、ない。
そんな連中は俺が*してやる。
あんな連中は*されたって仕方がないゴミ以下の価値しかないような存在だ。
圭一たちも、瑞穂たちも、つぐみを助け出した暁には良美もそのターゲットだ。
豚のように、何の意味もなく、無慈悲に*してやる。
操り人形だっていつまでも操り人形のままではないということを思い知らせてやる。
欺瞞と嘘に満ちた行いをする人間には必ず裁きの鉄槌が落ちることを証明してやる。
そこまで考えて俺は走る行為と思考を停止させた。
森の中に一本だけ続いている道を走っていた俺の目の前に探していたものが見つかったからだ。
エンジン音を轟かして走るその救急車は間違いなく俺がつい数時間前まで運転していたもの。
まさかわざわざこちらの方に来てくれるとは、この島に来て初めて俺に訪れた幸運かもしれない。
しかも向こうもこちらに気付いて車から降りてきてくれた。
「武さん!」
圭一を先頭に美凪と沙羅が走ってくる。
嬉しそうな顔しやがって……ガキ三人で生きていくのは難しいと思って一度捨てた駒を回収にでも来たのか?
そんな善人面しなくたってこっちはもうお前達の正体は分かっているんだ。
今その仮面を剥がしてやる。
沈み往くお天道様にその醜悪な素顔をさらけ出させてやる。
奴らはまだ俺が騙されたままだと思っているのか警戒もせずに近づいてきた。
さあ始めろ倉成武、嘘吐きを裁く断罪の儀式を。
そして*せ。 愛する人を守るために。
「武さん、無事だっ……なっ!?」
圭一の言葉が終わる前にその手に持っている金属バットを弾き飛ばしてやった。
そして圭一の頚動脈をなぞるように首筋に剣をつきつけてやる。
「どういうことなんだ? 武さん?」
首筋の近くにある冷たい金属を見ながら圭一が現状を信じられないかのように声を震わせた。
同時に沙羅と美凪も同じような表情をしている。
まさか操り人形に牙を剥かれるとは思っていなかった、三人ともそんな表情だ。
今まで騙されていた溜飲が少し下がる思いがした。
と同時に人を騙すという行為の快感も覚えた気がする。
なるほど、確かにこれは一度癖になると止められないものかもしれない。
信頼しきっていた人物を次の瞬間絶望の淵に叩き落すことによって得られるカタルシス。
それはどんな極上の美酒でも味わうことの出来ない愉悦だ。
だが例えそれがどんなに甘美なものであろうと人はそれに手を染めてはならない。
人を人とも思わないような行為は大昔から理屈云々を越えた普遍の禁忌とされている。
そんなことも分からずに非道な行為に手を染めたこの三人は裁かれねばならないのだ。
そして俺もまたそんな行為に手を染めてはいけない。
騙されたから騙し返す、それはこいつらのような卑怯者のやることだ。
騙されたから、騙されることの辛さを知っているからこそ俺は卑怯な手は決して使わない。
「武さん! 答えてくれよ! 武さん!」
「……二人とも、武器を捨てろ」
圭一の言葉を無視して後ろの二人に警告する。
思ったよりもアッサリと二人は武器を地面に捨てた。
どうやら仲間を思う気持ちくらいはあるみたいだ。
人を騙すような卑怯者は圭一を捨てて一目散に逃げ出すかと思っていただけに少し意外だ。
「意外だな。 俺はまたお前らが圭一を置いて逃げ出したりするかと思ったよ」
「武さん! どうしたんだよ!」
「やっぱり敵だったのね?」
「違う」
「武さん、俺の言うことに答えてくれ!」
「違う?」
「俺のことを騙していたのはお前達だろうが」
「あのときも同じようなことを言っていたわね。 何のことよ?」
「武さん!!」
「黙れ」
ピーチクパーチク小鳥のように喚く圭一を黙らせるために圭一の首に添って軽く剣を引いた。
圭一の首に赤い線が刻まれて一瞬の後にそこから血が吹き出る。
頚動脈は傷つけないように浅く斬っただけだから出血の量も少ない。
だがそれは圭一を黙らせるには十分な効果があったようだ。
「俺はつぐみを人質にとられている」
「え!?」
「島のどこかに監禁されたつぐみの居場所を教えてもらう条件は一つ。 圭一を殺すことだ」
「なんで圭一を?」
「つぐみを人質にとった女は圭一の命をご所望らしい」
「……なるほど」
「分かるか? どうやっても俺達は戦うしかないんだよ」
沙羅だけでなく圭一も美凪もつぐみを人質にとった女に心当たりがあるようだ。
当然といえば当然だ。
そんな非道なことをして、かつ圭一に私怨のある女など一人しか思い当たらないだろうから。
しばらくして美凪が口を開いた
「……佐藤さんがそう言ったんですか?」
「ああ」
「佐藤さんがつぐみさんを捕らえているという確証はありますか?」
「ない、けどそうじゃない確証だって無い」
「なら、まずは佐藤さんに真相を問いただすことが必要です」
「必要ないさ。 つぐみの件がなくても俺はお前達を殺したいんだよ」
「何でよ?」
何でだと? どこまで人を馬鹿にすれば気が済むんだ。
それともそれは素で言ってるのか?
「俺を騙していた屑がッ! いい加減その善人面を止めろ!」
「だからそれが分かんないのよ! 騙すってなんのことよ!」
「そうか……あくまでもとぼけるんならそれでいい。 死ね!」
墓場まで嘘を持っていくというならそれでいい。
墓石には嘘吐きの眠る墓、とでも書いてやる。
圭一の首に突きつけた剣で頚動脈を切り裂いて終わり。
残った二人も殺して万事解決。
良美がつぐみの居場所を知っているなら万々歳。
良美の言っていることが単なる俺を操るための嘘だったら……良美も殺して再びつぐみの捜索を再開すればいい。
そう、これで全てが終わるはずだった。
どういう事態に転んでも俺が損するはずはなかった。
圭一がいつの間にか俺の剣を両手で握り締めていさえしなければ――。
「遠野さん、沙羅。 俺を置いて逃げるんだ」
「何言ってんのよ圭一!」
「それはできません」
「無理だな」
この剣が錆付いたなまくらなら時間稼ぎもできるかもしれないが、この剣はなまくらどころかかなりの業物だ。
俺が少し剣を動かすだけで圭一の両の指は10本とも宙を舞ったあと地面に吸い込まれていくだけだろう。
あとはもう一撃加えてやるだけで終わりだ。
そうしなくても放っておくだけで出血多量で死ぬに違いない。
武器もあらかじめ圭一たちの手の届かない範囲に投げて捨てさせている。
どう考えてもチェックメイトだ。
「俺を徒手空拳で倒すつもりか?」
「そんなこと考えちゃいないさ」
「なら何を?」
「時間稼ぎさ」
迷いのないまっすぐな瞳だ。
人を騙していたくせによくそんな目が出来る。
「させると思ってんのか?」
「させるさ」
「時間稼ぎできるとしても僅かな時間だけだろう?」
「10秒あれば二人とも車に乗って逃げれる」
「10秒じゃ無理だな」
「じゃあ30秒もたせるように頑張らないとな」
苛立たしい。
そのまっすぐな目を止めろ。
卑怯者は卑怯者らしく己の罪を懺悔しながら死ね。
「遠野さん、沙羅。 俺が命を懸けて二人が逃げる時間を作ってみせる。 だから二人はその間に――」
「何ヒーローぶってんのよ! そんなことして私達が喜ぶと思ってるの!」
「そうです! そんなこと言わないで下さい!」
「まだ俺が死ぬって決まったわけじゃない」
「それがヒーローぶってるって言ってるの! 私はアンタのヒロイズムに付き合うつもりはないわ!」
なんだ、この光景は?
「武さん……前原さんを殺すなら、先に私を殺して下さい」
「遠野さん! 何を!」
「ちょっと! 美凪まで何言ってるの!」
なんだ、この状況は?
「先に私が殺されれば、前原さんの逃げる時間が出来ます」
「馬鹿なことは止めなさい!」
「馬鹿なことではありません」
いつのまにか圭一を押しのけて美凪が俺の目の前に来ていた。
さあ、私の命を奪って見せろといわんばかりに自身の喉元に俺の剣の切っ先を誘導している。
「さあ、どうぞ。 武さん」
「遠野さん! 止めるんだ!」
「沙羅ちゃん、前原さんを引っ張ってでもここから逃げてください」
「出来るわけないでしょ!」
「大体武さんの狙いは俺なんだ! 遠野さんが命を張ったって意味が無い」
俺はいつから奪う側に回った?
「私、年上ですから……お姉さんは年下の子を守るものです」
「そんなこと今は関係ない!」
「…………レディーファースト?」
一体いつから俺はこうなった?
「それも関係ないでしょ!」
「……えっと」
「どんな理由だろうと遠野さんが死ぬ必要は無いだろう!」
「……だったら…………だったら!」
美凪の目一杯に涙が溢れた。
とても俺の同情を買うための演技とは思えない。
「どんな、どんな理由なら私に前原さんを……守らせてくれますか!?」
「遠野さん……」
「本当は理由なんてどうでもいいんです! 私はただ、大切な人の、前原さんの死ぬ姿を見たくないだけなんです!」
「美凪……」
「守られてばかりはいやなんです! 私にも前原さんを守らせてください!」」
これでは俺の方が悪ではないか。
こいつらは人を騙してきた自己の保身しか考えてない極悪人のはずだ。
なのに、何故こうもお互いを庇いあってる?
奴らは一つ一つの動作にも嘘偽りのない誠実さがあり、演技には見えない。
お互いを庇い合う圭一と美凪の立ち位置こそ自分が望んでいたのではないか?
弱き者の盾となることを俺は誓ったはずじゃないのか?
ガリッ
俺のやっていることは間違いではないのか?
ガリッ
俺は一体何をやっている?
ガリッガリッ
もしかして俺はとんでもない思い違いをしているんじゃないか?
ガリッガリッ
◇ ◇ ◇
圭一たちが気付いたときにはすでに武は剣から手を離し、濁った瞳であらぬ方向を見据えたままひたすら喉を掻き毟っていた。
それは奇跡といっても良い状況だった。
H173の進行を阻むキュレイウイルスの僅かな抵抗。
それが武の信じる心を一時的に取り戻したのだ。
体の外部へとあふれ出る殺意と狂気を無理やり体内に押しとどめることによって今の状況が造りだされているのだ
しかし、傍から見ている圭一たちにとってはそんなこと知るはずもない。
あまりにも異常な光景、まるで危ないクスリでもキメたような武の姿に圭一たちはただただ圧倒されるばかり。
だがその中で沙羅だけは武の一挙手一投足を注意深く見ていた。
武の動き、武の状態、それらが何故か沙羅の頭の中にある何かを連想させるのだ。
「もしかして……H173!?」
「H173って……沙羅ちゃんが言っていたあの?」
よく考えれば武の行動は沙羅の持っているフロッピーディスクに記されていた情報とほぼ完全に一致するではないか。
喉を掻き毟るという行為なんかはフロッピーに書いてあった症状そのものだ。
騙すという言葉にやたらと敏感に反応していたのも人が信じられなくなるという症状に当てはまる。
しかも、あのとき武が出て行ったときも沙羅と美凪は丁度H173の話をしていたのだ。
「何だよ、H173って?」
あの時寝ていた圭一が疑問を口にする。
沙羅は何故あのときに武の行動と言葉から彼の異常を察知してあげられなかったのだろうか、と後悔した。
人が信じられなくなるという荒唐無稽な内容をフロッピーの情報を見た自身が信じていなかったせいで今こんな事態になっている。
鷹野三四の使う超常現象の数々を目の当たりにしていながらどうしてこの情報は信じなかったのだろう。
もっと早くに気付くべきだったのだ。
主催者鷹野三四があり得ない現象の数々を引き起こしている以上、あり得ない情報、事象など無い、ということを。
「説明する暇は無いわ。 とりあえず武を抑えて!」
「お、おう! 分かった!」
武を取り押さえることを圭一に命令して沙羅は地面に落ちていた武器とデイパックを回収していた。
沙羅は自分のデイパックの中身を開けて目当ての品を取り出した。
フロッピーディスク、これがあれば、今一度このディスクの中身を見れば、武が治る方法が見つかるかもしれない。
C120を打てば症状は緩和するとデータ内には記されてあった。
C120がいかなるものか、H173についての基本的情報ももう一度調べなおす必要がある。
だが武を如何に納得させて連れて行くかが問題だ。
H173は人の言うことが信じられなくなるという恐ろしい症状がある。
ならば黙ってついて来いなどと言ったところで大人しくついてきてくれる可能性は薄い。
少々手荒だが気絶させて移動するという方法もありだろう。
丁度武は武器を落としてしまい、圭一と美凪の二人がかりで押さえ込んでいる。
後は武の後ろに回り込んで後頭部に強めの打撃を与えれば気絶させられるかもしれない。
慎重に、気付かれないように武の後ろに回り込む。
足音を消し、忍び足でゆっくりと近づく。
沙羅が持っていた剣を強く握り締め武の後頭部に振り下ろそうとした次の瞬間、銃声が一帯に響いた。
銃声は沙羅の遥か後方から聞こえてきた。
その場にいた全員が銃声の中心地点に目をやると、そこには巫女装束に銃というアンバランスな武装と衣装を身に着けた女がいた。
水色の髪の毛と真っ赤な夕日に映える巫女装束を身に着けた少女は佐藤良美。
元仲間同士を戦わせるという非情な行為を思いついた張本人である。
武の活躍を期待して入手したオペラグラスを使って遠くから監視していたのだが、武の余りの不甲斐なさに自身も戦闘に介入することを決定したのである。
「また会ったね、圭一君」
「佐藤さん……」
圭一の力が抜ける。
武が美凪も振りほどいて自身の武器を回収した後走り出した。
圭一たちの元へ? ――否。佐藤良美の方へである。
圭一は目の前の光景が認められなかった。
小町つぐみを助けるために圭一たちを殺すという武の話を聞いてなかったわけではない。
でも、それでも圭一は武のことをを信じていた。
きっと武は自分達の元へ帰ってきてくれると。
お互いの背中を守りあって戦ったあのときが戻ってくるとなんの確証もなく思い込んでいた。
だが、その現実は自分が思い描いていた光景とは正反対の絵を映し出していた。
佐藤良美の横に並んで改めてこちらの方へ走ってくる倉成武。
かつて仲間として戦った戦友が今度は憎き宿敵とともに現れた。
敵として。
「嘘だろう。 武さん……」
「前原さん、ここは逃げましょう」
呆然としていた圭一の意識を美凪の一言が現実に引き戻す。
人数はこちらの方が勝っているとはいえ、相手はあの佐藤良美と倉成武。
両者の身体能力の凄さはあるときは友として、またあるときは敵として戦った圭一が一番よく知っている。
それにくらべてこちらはいたって平均レベルの人間ばかりだ。
間違いなく一人分の人数の差などものともせずに攻めてくるだろう。
「けど! 武さんが!」
「武は今は説得できないわ!」
H173のせいで狂気のままに動いている武は攻撃できないし、説得も出来ない。
しかし、向こうは気兼ねなくこちらを攻撃してくるのだ。
佐藤良美が向こうの戦列に加わった今、殺さないように上手く気絶させることは難しい。
悔しいがここは撤退するしかないのだ。
食い下がる圭一を説得して救急車へと押し込むと、美凪は残った一発の手榴弾を投げる。
上手く良美らの手前に落ちたそれは美凪の目的どおり正確に足止めの役割を果たしてくれた。
茜色の空に響く爆発音と閃光。
続く沙羅の銃の牽制射撃。
爆発が収まり再び武と良美が走り出そうとしたときは既に三人とも救急車に乗り込み急発進させていた。
「武さん!」
「圭一!」
窓から顔を出した圭一と車に向かってくる武が互いの名前を呼び合う。
「必ず助ける!」
「必ず殺してやる!」
「圭一! 危ないから窓から顔を出さないで!」
最後の悪あがきに良美が銃を何発か撃ってきたが車体にも当たることなく無駄な消費となる。
二人の姿が完全に見えなくなってから圭一たちはようやく安心することが出来た。
といっても運転している沙羅は明確な目的地があるかのように進路をある一方に定めていた。
「何処に行ってるんだ?」
「図書館よ、あそこにはパソコンから本まで色々あるわ。 そこでもう一度フロッピーを調べる」
「H173について調べるんですね?」
「そうよ、フロッピー以外にも図書館の蔵書の中にH173に関しての記述がある本もあるかもしれないわ」
「武さんが治る方法が書いてあるのか?」
「それを今から調べに行くのよ」
沙羅はアクセルを一層強く踏み込み救急車がスピードを上げた。
ふと燃料のメーターをみるともうかなり少なくなっていることに気付いた。
(これは図書館に行くまでギリギリ持つか持たないかね……。 どこかにガソリンスタンドとかあるといいんだけど)
◇ ◇ ◇
「やる気あるの? 武さん?」
森の中にある道の上で無くなった銃弾を補充しつつ、良美が問いただす。
遠くからオペラグラスで武の動きはずっと見ていたが無様なものだった。
圭一のバットを弾き飛ばしたあたりのシーンではそれこそ見ていただけの良美も武によくやったと言ってやりたくなった。
だがその後は正直どう贔屓目に見ても合格点はやれないような失敗ばかり。
武のあまりの不甲斐なさに動く気はなかった良美自身までもが戦闘に参加したのだ。
「それともまだ仲間を殺す決心がつかない?」
だが結局それも失敗して無駄な弾を消費しただけ。
良美はこの人物を自分の駒として利用することを思いついたときはさぞかし名案だと思っていたが、それが間違いだったことを理解した
もう少し様子を見て、使えないようなら処分方法も考えなくてはならないだろうと思考をめぐらせる。
「つぐみさんの命が惜しくないの?」
小町つぐみという倉成武を従わせている絶対的なカードをちらつかせる。
これがある限り倉成武は佐藤良美の操り人形になるしかないのだ。
「……それがどうした?」
今まで良美に対して沈黙を保ち続けていた武が口を開いた。
しかもその内容はともすれば良美への反逆の意思アリと取られかねない危険な言葉だ。
倉成武は常に佐藤良美のご機嫌伺いをせねばならない存在、そのはず。
飼い犬に手をかまれた気分になり、良美は不快な気分になる。
「言葉遣いに気をつけたほうがいいよ? 私の気分一つでつぐみさんの運命は決まるんだから」
躾のなってない犬には主人が誰かを教えるために徹底的に教育する必要がある。
良美は小町つぐみの命という魔法の鎖を倉成武の首にかけた。
さあその無礼な態度を改めろ。
佐藤良美の忠実な犬であることを今ここに再度誓え。
「お前に言われなくても圭一たちは俺が殺すさ。 でもな……お前に一つだけ聞きたいことがあるんだ」
「何?」
武は先ほどの圭一たちとの邂逅において美凪が言っていた台詞が妙に心に残っていた。
それは本来なら真っ先に良美に聞かねばならないこと。
自身が良美の操り人形に甘んじる為に必要な最低限の情報だ。
何故今の今までそれを聞こうという考えを持たなかったのか武は自身の不明を恥じていた。
良美の返答次第でこの主従関係はすぐにでも絶たれることになるだろう。
良美の返答が武の予想していたものの時のために密かに剣の柄に手をかけていた。
「小町つぐみの外見、服装、髪の色、その他なんでもいい。 お前が知っている小町つぐみに関する情報を教えろ」
次の瞬間、良美の右手に握られた銃が武に狙いをつけ、撃とうとした。
自身の嘘が見破られたことを察してすぐに障害の排除へと行動を移したのである。
だが、良美の行動は完全に武の予測の範疇内。
良美よりも先に動いていた武は剣の鞘で良美の手に握られた銃を叩き落し、次の瞬間には鞘から白刃の剣を抜き、良美に切りつける。
完全に良美の行動を呼んだ上に完璧なタイミングで繰り出された永遠神剣『求め』の白い一閃。
体を両断するはずだったその一撃を良美は神がかり的な反射神経をもって避けるが良美の左手の小指だけは逃げられなかった。
鮮血と共に地面に散るは佐藤良美の体の一部だったモノ。
さらなる武の斬撃を良美はデイパックから取り出した刀で受け止めていた。
会心の一撃を避けられ、打つ手を欠いた武が僅かに良美と距離をとる。
小指を切断されたのにも関わらず、良美は痛そうな素振りも見せずに武の方へ不敵な笑みを作った。
「やっぱりな、嘘だったか」
「気付くのが遅いよ」
「楽しいか? 人を騙して?」
「悔しかった? こんなに簡単に騙されて」
「減らず口を……」
武が正眼の構えを取る。
決してこの女を生かしておくわけにはいかない。
共通のターゲット前原圭一の命を横取りされないように、また、つぐみや他の参加者が生きていく上でもだ。
この女は悪意を撒き散らし、戦いや憎しみの連鎖を生み出す元凶なのだ。
「お前はここで俺が殺す」
「できないよ」
そう言った瞬間、良美はどこか覚束ない動作で残った最後のダイナマイトを取り出し武の方へ投げつける。
森の中へ身を隠して武は爆発をやり過ごし、再度道へと出たときにはすでに良美はかなり遠くまで離れていた。
無論それだけなら追いかける選択肢もあったが先ほどから良美は武の追撃を防ぐようにしきりに銃をこちらの方に撃ちながら逃げていく。
この距離であたるとは思えないが気にせず突き進むのもまた躊躇われる。
銃のような飛び道具を持たない武は良美を結果として逃がすことになった。
小指から流れる血を辿られていくのを防ぐために血の跡も残さないようにしている。
追跡は不可能だろう。
◇ ◇ ◇
逃げられたか。
指一本落とされても顔色一つ変えずに挑発してきたあの女。
ここでなんとしても良美は殺しておきたかったが、しょうがない。
ならば圭一たちの追跡に移るとしよう。
幸い救急車の向かった方向から奴らの次の目的地は容易に想像できる。
「なんだこりゃ?」
早速移動を開始しようとするが良美がいた場所のすぐ近くに多くの物が落ちていた。
それは参加者全員につけられている首輪と……何の変哲も無い鍵だ。
その他にも少女の写真が入ったロケットやら帽子やらも落ちている。
多分良美がダイナマイトを取り出す際にデイパックから落としたんだろう。
良美のデイパックに首輪とかが入っていたのは俺も知っている。
こんなもの落としたことに気付かないとは余程焦っていたんだろうか?
「首輪は貴子のものに違いないが……これはなんだ」
これはなんだという言い方はちょっと語弊が生じる。
鍵、それは何処からどう見ても鍵だ。
鍵の用途は鍵の掛かったものをあけること。
では一般的に鍵がかけられるものとは何なのか。
宝の入った箱、秘密の部屋への入り口、色々ある。
正直個人の私物なのか支給品なのか判断がつかない。
もしこれが支給品ならかなり重要なアイテムである可能性が高い。
「まあ持っていて損はしないだろ」
全部デイパックに放り込んだ。
厳島貴子、この島で俺とつぐみを除いた中で唯一人マトモな人物だった。
彼女は俺がちょっと目を話した隙に殺されてしまった。
俺のせいで死んだといっても過言ではない。
「こっちの首輪は大切に扱わせてもらうぜ」
貴子には申し訳ないがこの首輪は俺とつぐみがこの島から生きて脱出するために必要な道具だ。
つぐみに渡せば必ず首輪を外すために役立ててくれる。
貴子への感謝と追悼の意を示すためデイパックから貴子が生前つけていたリボンを取り出し、右手首に巻きつける。
みんなで帰るつもりだった。
一人でも多くの人間と共に、だ。
だが貴子のような数少ない良識のある人間はどんどん死んで、圭一や良美のようなやつらしかこの島には残っていなかった。
今度はもう迷わずに*す。
先ほどの戦いでは再び奴らの茶番に惑わされるところだったがもう迷いはしない。
貴子の首輪を見た。
首輪を外す方法もここからの脱出方法もみんなで探していくつもりだったが、ここからは俺一人でやるしかないだろう。
まずはこのカメラの中に入ってる使用済みのフィルムを見てみるか。
幸い次の目的地にはカメラのフィルムを現像することもできそうな施設、学校だ。
圭一たちは病院のロビーに志を同じくするものには学校で会おう、という主旨の張り紙をしていた。
車の向かった方向からして圭一が学校へ行く可能性は高い。
「行くか」
東に、夕日に背を向け歩く。
天を仰ぎ、茜色の空を見る。
この空の色と同じ名前を持った女はさっきの放送までに死んだらしい。
話した期間があまりにも短すぎるためどうかは判断しかねるが、ひょっとしたらあいつも貴子のような正常な思考を持つ人間だったのかもしれない。
陽平や瑞穂は今頃どうしているんだろうか?
神社が禁止エリアに指定されたせいで二人に会えることが難しくなった。
あいつらとももう一度会ってみたい。
会ってどうするか? 決まってる。 *すんだ。
裏切り者は、人を騙して利用するような奴らはたとえ女子供であろう容赦せずに*してやる。
◇ ◇ ◇
「痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い……」
かつて私の小指があった場所からとめどなく溢れる赤い命の源。
私は商店街で手に入れた包帯を巻かれたそれを見ながら一人涙していた。
武さんと対峙していたとき何事もなかったかのように振舞っていたのはやせ我慢だ。
指を切断される激痛がなんとも無いわけが無い。
手早く武さんから離れるためにダイナマイトを使用した。
激痛に歪みそうになる顔を誤魔化すために笑顔を作ることに専念していたからか手の動きが震えてしょうがなかったのを思い出す。
その際色々と他の荷物が落ちてしまったみたいだが、首輪を失った以外に特に問題は無いクズ支給品ばかりだ。
首輪は対馬君やエリーが生きていれば首輪を解除するための重要な道具として大事にしていただろう。
だが二人が死んだ今、首輪は特別な意味を持たなくなり一個の爆弾程度の価値しかなくなった。
あの場を離れるための出費と思えば安くは無い。
「痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い……」
ちょっと前まで私の操り人形だった人間に牙を剥かれた。
それだけならまだしも指を切り落とされたのである。
十本あった指が九本しかない。
言葉にすれば簡単だが、実際に自分の手を見てみるとそれ以上に精神的ショックが強い。
失くした肉体は小指一本という人間の体積から言えば取るに足らない量だ。
けど指を切り落とされたという精神的な痛みはその何十倍にも膨れ上がる。
圭一君といい武さんといいあの集団は自分を苛立たせる人間が多い。
理想を吐き続ける圭一君。
そんな圭一の精神的支えである遠野さん。
完璧な包囲網を敷いていたのに裏切って圭一達の陣営についた沙羅ちゃん。
今しがた自分に牙を剥いた武さん。
あの集団には苦汁を舐めさせられてばかりいる。
憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い。
今すぐに飛んでいって彼らを一人一人惨殺したいが対馬君の口癖を思い出す。
テンションに流されるな。
そうだ、一時のテンションに流されて大きな流れに乗り損ねてはならない。
彼らのことは憎いし、更なる手駒を用意して彼らを襲う方法もある。
しかしそれは下策。
いつまでも圭一君たちに拘っては大局を見誤ってしまう。
彼らの向かった先はおそらく学校、または図書館方面。
なら私は敢えて別の方向に行き、いつものように人を利用して、殺していこう。
圭一君たちのことで一杯になった頭を冷やす上でも丁度良い。
大丈夫、圭一君にはきっとまた会える。
私と圭一君はもう一度己が武器を交えるときが来る、そんな予感がする。
小指からの出血も止まってきた。
涙も収まってきた。
移動を開始する分にはもう何の問題もない。
さあ、行こう。
私は確かな足取りでその場を後にした。
【D-5 森/1日目 夜中】
【佐藤良美@つよきす -Mighty Heart-】
【装備:S&W M627PCカスタム(8/8)、地獄蝶々@つよきす、破邪の巫女さんセット(巫女服のみ)、ハンドアックス(長さは40cmほど)】
【所持品:支給品一式×3、S&W M36(0/5)、錐、食料・水x4、タロットカード@Sister Princess、
大石のデイパック、 S&W M627PCカスタムの予備弾45、肉まん×5@Kanon、虎玉@shuffle、オペラグラス
日本酒x1(アルコール度数は46)、発火装置、医療品一式】
【状態:左肩に銃創、重度の疑心暗鬼、巫女服の肩の辺りに赤い染み、左手小指損失】
【思考・行動】
基本方針:あらゆる手段を用いて、優勝する。
1:あらゆるもの、人を利用して優勝を目指す
2:いつか圭一とその仲間を自分の手で殺してやりたい
【備考】
※メイド服はエンジェルモートは想定。現在は【F-4】に放置されています。
※ハクオロを危険人物と認識。(詳細は聞いていない)
※千影の姉妹の情報を得ました(名前のみ)
※名雪の第三回放送の時に神社に居るようにする、の情報を得ました
(禁止エリアになった場合はホテル、小屋、学校、図書館、映画館の順に変化)
※ネリネを危険人物と判断しました(名前のみ)
※大空寺あゆ、ことみのいずれも信用していません。
※大石の鞄に、未確認支給品が1個入っています(武器ではない)
※大石の支給品の一つは鍵です。 現在は倉成武が所有
※商店街で医療品とその他色々なものを入手しました。 具体的に何を手に入れたかは後続書き手任せ。ただし武器は無い)
※次に何処へ行くかは後続の書き手さん任せ。 但し北東(主に学校、図書館方面)にはいかない
【D-5 森/1日目 夜中】
【倉成武@Ever17】
【装備:投げナイフ2本、永遠神剣第四位「求め」@永遠のアセリア、貴子のリボン(右手首に巻きつけてる)】
【所持品:支給品一式 ジッポライター、富竹のカメラ&フィルム4本@ひぐらしのなく頃に
ナポリタンの帽子@永遠のアセリア、可憐のロケット@Sister Princess、首輪(厳島貴子)、鍵】】
【状態:L5侵蝕中。中度の疲労。極度の疑心暗鬼。頭蓋骨に皹(内出血の恐れあり)。頬と口内裂傷。頚部に痒み。 脇腹と肩に銃傷。刀傷が無数。服に返り血】
【思考・行動】
基本方針:つぐみ以外誰も信用する気はない
1:とりあえず学校へ行き圭一たちがいるなら殺し、いないならフィルムを調べる
2:つぐみを探す
3:圭一たちと良美を殺す。 今度はもう躊躇しない
4:陽平と瑞穂にもう一度会いたい
【備考】
※キュレイウィルスにより、L5の侵蝕が遅れています、現在はL3相当の状態で疑心や強いストレスによって症状はさらに進行します
※前原圭一、遠野美凪の知り合いの情報を得ました。
※富竹のカメラは普通のカメラです(以外と上物)フラッシュは上手く使えば目潰しになるかも
※永遠神剣第四位「求め」について
「求め」の本来の主は高嶺悠人、魔力持ちなら以下のスキルを使用可能、制限により持ち主を支配することは不可能。
ヘビーアタック:神剣によって上昇した能力での攻撃。
オーラフォトンバリア:マナによる強固なバリア、制限により銃弾を半減程度)
※キュレイにより少しづつですが傷の治療が行われています。
※所有している鍵は祭具殿のものと考えていますが別の物への鍵にしても構いません
【F-4 住宅街/1日目 夜中】
【前原圭一@ひぐらしのなく頃に祭】
【状態:精神安定、右拳軽傷、体全体に軽度の打撲と無数の切り傷、左肩刺し傷(左腕を動かすと、大きな痛みを伴う)】
【装備:悟史のバット@ひぐらしのなく頃に】
【所持品:支給品一式×2、折れた柳也の刀@AIR(柄と刃の部分に別れてます)、キックボード(折り畳み式)】
【思考・行動】
基本方針:仲間を集めてロワからの脱出、殺し合いには乗らない、人を信じる
0:図書館へ行く
1:美凪と沙羅を守る
2:知り合いとの合流、または合流手段の模索
3:あゆについては態度保留、但し大石を殺したことを許す気は今のところない。
4:良美、ハクオロを警戒
5:いつか祭具殿の中へ入りたい
【備考】
※宮小路瑞穂、春原陽平、小町つぐみの情報を得ました
※救急車(鍵付き)のガソリンはレギュラーです。現在の燃料は残り少し(図書館へ着くころにはなくなるくらい)です。
【遠野美凪@AIR】
【状態:軽度の疲労】
【装備:包丁】
【所持品:支給品一式×2、救急箱、人形(詳細不明)、服(詳細不明)、顔写真付き名簿(圭一と美凪の写真は切り抜かれています)】
基本方針:圭一についていく
1:図書館へ行く
2:知り合いと合流する
3:佐藤良美を警戒
※宮小路瑞穂、春原陽平、小町つぐみの情報を得ました
※武がH173に感染していることに気が付きました
【白鐘沙羅@フタコイ オルタナティブ 恋と少女とマシンガン】
【装備:永遠神剣第六位冥加@永遠のアセリア −この大地の果てで− ワルサー P99 (8/16)】
【所持品:支給品一式 フロッピーディスク二枚(中身は下記) ワルサー P99 の予備マガジン8 カンパン30個入り(10/10) 500mlペットボトル4本】
【状態:軽度の疲労・強い決意・若干の血の汚れ】
【思考・行動】
基本行動方針:一人でも多くの人間が助かるように行動する
1:図書館へ行き、フロッピーディスクをもう一度調べる
2:H173の治療法を探す
3:首輪を解除できそうな人にフロッピーを渡す
4:情報端末を探す。
5:混乱している人やパニックの人を見つけ次第保護。
6:最終的にはタカノを倒し、殺し合いを止める。 タカノ、というかこのFDを作った奴は絶対に泣かす
【備考】
※FDの中身は様々な情報です。ただし、真偽は定かではありません。
下記の情報以外にも後続の書き手さんが追加してもOKです。
『皆さんに支給された重火器類の中には実は撃つと暴発しちゃうものがあります♪特に銃弾・マガジンなどが大量に支給された子は要注意だぞ☆』
『廃坑の入り口は実は地図に乗ってる所以外にもあったりなかったり(ぉ』
『海の家の屋台って微妙なもの多いよね〜』
『H173を打たれても早めにC120を打てば症状は緩和されます(笑)』
少なくともこの4文はあります。
H173に基本的な情報や症状についての情報が載っています
場合によってはさらに詳しい情報が書いてある可能性もあります
※“最後に.txt .exe ”を実行するとその付近のPC全てが爆発します。
※↑に首輪の技術が使われている可能性があります。ただしこれは沙羅の推測です。
※港には中型クルーザーが停船していますが、エンジンは動きません。
※パソコンに情報端末をつなげるとエンジンが動くというのはあくまでも沙羅の推測です。
※図書館のパソコンにある動画ファイルは不定期配信されます。現在、『開催!!.avi』のみ存在します。
※隠しフォルダの存在を知りました。実際にパソコン内にあるかどうかは書き手さんにおまかせ。
※武がH173に感染していることに気が付きました
…………女の人の声がする。
聞いたことのある声だけど、どこで聞いたのだっけ。
小さい声だし、ところどころ途切れていて、すごく聞きづらい。
何て言っているのか気になって、“誰”って聞いてみた。
返事はなくて、女の人は一方的に何かを喋り続けている。
少しして、……それが放送だって気付いた。
おかしいな? 何でこんなに聞こえづらいのかな。
でも、そこで思い出した。
おかしいのは放送じゃなくて、ボクのほうなんだ。
多分、もうボクの耳は……、
ううん、耳だけじゃないか、もう、ボクの体はほとんど壊れちゃってるんだね。
さっきまで体中が痛くてしょうがなかったのに、今はもうほとんど痛くないや。
その代わり、もう、首を動かすことさえ出来そうにないみたい。
まだ、目と口は何とか動かせるのかな。
試しに声を出してみたけど、
「ぅ…」
とても小さな声で、それしか聞こえなかった。
“うぐぅ”って言ったんだけど、これじゃあ、祐一くんにボクだって気付いてもらえないかな。
それで、何もやることがなくなっちゃった。
だから、まだ流れていた放送を、何となく聞いた。
あんまり聞こえなかったけど、多分ボクの名前は呼ばれなかったと思う。
まだ、ボクは死んでいないという扱いみたい。
ボクがいうのも変だけど、もう、ほとんど…同じだと思うんだけどなあ。
よく聞こえなかったけど、今回は5人くらい死んだみたい。
圭一君や美凪さん、武さんに名雪さん、それから……佐藤さんも呼ばれてなかった……と思う。
圭一君達……は、大丈夫かな……
名雪さんは、ボクがやった傷が悪化していないといいけどな……
佐藤さんは…………、もうボクが考えてもしょうがないか。
もう、ボクは、……助からない。
ボクを助けてくれる人は、もう、どこにもいない。
今のボクを見ても、きっと……助けようと思わないと思う…。
死体と間違われて埋められたら……どうしようかな。
でも、そんな心配も、あんまり長く考えなくてもいいのかな
気が付いたら、静かになっていた。
少しして夕日が落ちて、辺りは急激に暗くなってきた。
暗くなるのが普通よりも早いような気がして、死ぬときは辺りが暗くなっていくって話を何となく思い出した。
今のボクに関係あるのかわからないけど、……ううん、もうどっちでもいいのかな。
ボクには、もう何も出来ない。
このまま、のんびりと死………………そう、死ん、でいくだけ。
“この人形は、三つだけなんでも願いをかなえてくれるんだ”
“遅いよ、祐一くん”
“ごめん、ちょっと遅れた”
“ちょっとじゃないよ。たくさんだよ”
“さあ、楽しい人形劇の始まりだ”
“それなら良かった。改めて自己紹介をしておこう……私は鉄乙女だ。お前、名前は?”
“私を、助けてくれるか?”
“あゆちゃーーーん!”
“な、名雪さん!”
“無事でよかったよぉ〜”
“うぐぅ。名雪さんも〜”
“あ、あのぉ〜つ、月宮さん?”
“駄目だよ大石さん。あーん”
“ふむ。高望みはしていなかったが、これはありがたいな”
“え、ええ。そう、ですね”
“うぐぅ……料理出来なくてごめんなさい”
“お前には感謝している”
“おっ、気がついたのか、っておわ!!”
“……えっちですね、前原さん”
“怖くても逃げちゃ駄目。 一番怖いのは罪から目をそらして生き続けることだから。”
“……”
“逃げるのは簡単。 けど今逃げたら後で一生後悔する”
「ゃ……」
いやだ
「…ぃた…、…ぃぁ……」
まだ、……死にたく…………ないよぉ……。
あの楽しかった時間に……戻りたい。
何でボクは、ボク達は、こんなところで……殺されなくちゃいけないの?
ボクは、死にたくない!
まだ、生きていたい!
誰でもいい! 誰でもいいから!
だから! だから……ボクを……助けて……よ…………
「死にぁく……ないよぉ……」
心の底から、そう思った。
もう叫ぶ事も出来ないけど、今のボクの精一杯の叫び。
誰にも届かない、届いてもどうしようもない叫び。
勿論、叫んでも何も変わらなかった。
,
辺りは相変わらず静かなままで、
いつの間にか夕日も沈んでいた。
虫の声一つしない、とても静かな場所で、
ボクはようやく、本当にどうしようもないのだと思った。
そして、悲し…と、…しさと、情…なさと、…望感と、……と、…さ…、とにか…色々な……に包…れていた時……。
「ならば、汝の全てを奉げると誓うか」
知らない誰かの声がした。
◇ ◇ ◇ ◇
我が、その声の持ち主のところへ向かったのは、気まぐれだった。
我は、ある契約者の願いによってこの場所を創り上げ、その奥深くで時を待っていた。
かつて、遥か過去の我に届いた声により、あの者と契約を交わした。
その後、あの者が新たに望んだ契約。
それは我にとって、行う価値のあるものだった。
,
,
我の空蝉や、子供達。
異なる世界に存在する、かつて居たヒトと同じ生命体。
及び多少の差異がある、近似種。
果ては、全く違う理によって生み出された肉に依らない存在。
それらを集め、殺し合わせる。
それは、元々の行いの縮図。
だが、それよりも遥かに多くの可能性に満ちたもの。
ゆえに、我はこの地を模写し、切り離した。
様々な世界から、可能性を集めた。
ある力を持った存在を招いた。
強力な敵対者を退けた。
そして、その時手に入れた、敵対者の力の一部、及び同種の力、
集めた者達に関係のあるもの、
彼らに科せられたくびきを解き放つしくみ、
そして我の下へ到達するための鍵を彼らに与えた。
そうして、かなりの力を失ったが、舞台は完成し、契約者の手に委ねた。
その後、とても短い時間ではあるが、眠りにつく事にした。
契約者を退け、誰かが我の下へ到達するか、
この地の仕組みに敗北し、契約者が我の下へ来るか、
その時まで、待っているつもりだった。
しばらくして、声が聞こえ始めた。
今の契約者が我を呼んだ時と、同じくらいの呼びかけは、かなりの数、聞こえていた。
だから、我はそれに満足しつつも、動くことはなかった。
,
,
だが、その中にいくつか、気になる声が存在した。
そして、その中の一つ、他とは明らかに異なる……強いて言えば音階を持つ声が、最大の、そして恐らく最後の望みを発した時、
我はその声の持ち主の前に立っていた。
◇ ◇ ◇ ◇
「成る程、肉の体ではなく、精神が肉体の形状を持っているのか。
それ故に、純粋な精神の発露が、直に声となって届いた……と。
肉に依らない存在として妖精には注目していたが、このような形態の存在という選択肢もあるのか」
男の人(?)が何かを言っていた。
その声は、なぜかはっきりとボクの耳に届いていた。
言っている内容はまるでわからないけど、ボクに向かって言っているのだけは分かった。
「ぁ…れ」
「我は、この地において必要以上の干渉を禁じていた。
だが、汝は意思を伝えるという面において、他の固体よりも遥かに優れた存在だ。
ゆえに、『我が現れる』という行為が、汝という固体の持つ特徴によるものとすれば、我が干渉する事こそが汝の必然、ということになるのか」
……何を言っているのかな……。
誰? って聞いたのに意味が分からない答えが返ってきちゃった。
「我との契約を望むならば、対価として汝の全てを奉げよ。
汝はいかなることがあっても、我の下、この地の最奥部まで来るのだ。
そうすれば、先ほどの願い、叶えてやろう」
先ほどの……願い……?
「ぉ…を……ぇく…ぅの」
ボクは、死にたくない。
ボクを助けてくれるの?
,
「望むなら、奉げよ、汝の全てを。
髪の毛一本から血の一滴に至るまで。
魂さえも我に奉げると誓え」
捧げる?
ボクの全てを?
ボクの全てなんて、もうほとんど壊れてるのに?
それだけ誓えば助けてくれるの?
た っ た そ れ だ け の こ と で ?
,
「ぅん……ちぁ……よ、だぁら」
“だから助けて”って言う前に
「ならば誓え」
男の人(?)が言った。
その後は、なんでか自然と声が出た。
「髪の…毛一本ぁ…ら、…の一滴に至…まで……、そぃて、この魂を差し出しぁす」
「契約は交わされた」
ボクの声に答えて、男の人(?)が言ったとたん、
「……うぐぅ?」
体がなんだか軽くなった。
あれ?
と思わず体を起こしてみたら、さっきまで全然動かなかったのに、今はとても自然に動いた。
全然痛みも感じなかった。
それで、
「治って……る?」
服は相変わらず血でぐちゃぐちゃで、あちこち擦り切れたり破れたりしているけど、
体の何処を動かしても、全然痛く感じない。
それに、さっきまでほとんど壊れていた耳も、目も、声も、今は自然に動いてる。
「治って……る!」
もしかして、ううん、間違いない!
ボクの体は治ってる!
どこも壊れてないし、痛くも無い、全然血も出ていない。
ボクの体は健康そのものだ!
ボクは、……ボクは、…助かったんだ!
,
「契約は履行した、後は汝が約束を果たすのみだ」
心の底から、喜びがあふれ出そうになったときに、その声が聞こえた。
それで、ようやくそこにいる人に気が付いた。
「……天使……さま?」
ボクよりも大分年上の男の人がいた。
なんだか変わった服を着ている。
そして、背中から大きな羽が生えていた。
「天使? ……汝らの信仰上の存在か。
否。 我はウィツァルネミテア。
そのように呼ばれるもの。
その分身だ」
ういった……何?
よく分からないけど、天使さまじゃないの?
見た目は間違いないんだけどな。
「えっと、その、ウッタリ……?さん、その、助けてくれて有り難うございます」
よく分からないけど、お礼を言っておいた。
「その名は汝が他者に告げることは禁じられている。
現在の肉体はかつてディーと呼ばれていた固体。
ゆえにディーと呼ぶが良い」
なんだがまたよく分からない事を言った。
よくわからないけど、ディーさんって呼べばいいのかな?
なので、もう一度お礼を言おうとしたら、
「それに礼は不要だ。
我はただ契約を行ったのみ。
ゆえに、汝が行うべきは礼ではなく、契約の履行だ」
そう言われた。
,
,
契約……?
そう言えばさっき、助ける代わりに契約をしろって言われたんだっけ。
えっと確か……ボクの全てを奉げる……とか。
さっきはそれこそ必死だったから、なんとも思わなかったけど、全てを奉げるってどういうことだろう?
「うぐぅ……全てを奉げるって、ボクは何をしたらいいんですか?」
よく分からないから聞いてみた。
えっちなことじゃないといいな。
「否、汝は既に『 全 て を 奉 げ た 』のだ。
汝の全ては既に我の物であり、汝は契約に従い、我の下に来る義務がある」
……やっぱりよくわからない。
ボクがこの人の物って言われても、具体的にどういうことなの?
それに我の下、って言われても、……目の前にいるよ?
「うぐぅ……、ボクはあなたの目の前にいるよ?」
「ここではない。
汝は我の眠る地、この地の最奥部まで来る義務がある。
契約者を打ち倒すか、
この島の理に従い、他者を殺し尽くすか、
どのような方法をとろうと、汝は我の下まで来なければならない」
他者を……殺し尽くす……?
そうだ、
忘れてた、
ボクは、
ボク達は、
この島で、殺し合いをさせられているんだ。
え……?
でも、今の言い方は?
殺し尽くして、それで会いに来い?
え……その、じゃあ………………ま…さか……、
「あ、あなたは、鷹野って人の……仲間…なの?」
そんな、まさか、ちがうよね、
「否」
うん、そうだよ
「我はその契約者、鷹野という固体に力を与えたもの。
あの者の願い、我に価値を齎しうるものの為にこの地を作り出し、汝らをこの地に招いたもの」
……ね……。
…………う…そ…。
じゃあ、この人が、ボク達をこんなところに連れてきたの?
ボク達に殺し合いをさせているの?
ボクや名雪さんが苦しんでいるのも、
乙女さんや大石さんや……祐一君が死んだのも、
全部、この人のせい?
「う、」
あれも、これも、全部、全部、全部全部全部全部全部全部全部。
この人のせい?
,
「う、う、う、」
この人が、この人が、この人さえ、この人さえいなければ?
「ううううううううううううううううううううう」
この人さえイナケレバ?
目の前が真っ赤になっていく。
のどが渇いてる。
体中が震えている。
叫ぶのを抑えられそうにない。
そして、ボクの体が一つの行動を起こしそうになったとき。
「やめておけ」
それで、終わり。
それで、ボクは動けなくなった。
それだけで、ボクは、ボクの体が理解した。
ボクは、この人に、逆らえない。
ボクの全ては、この人に奉げられていることが、理解できた。
ボクには、従うことしか出来ない。
ボクが逆らえば、……そこでボクは、死ぬ。
「理解したか。
ならば、契約を履行せよ」
ボクが動けないでいると、男の人――ディーさんはそういってボクから離れようとした。
「待って!」
だから必死で呼びかけた。
「ボ、ボクは、何をすればいいの?」
ボクは何をすればいいの?
どうすれば死なないですむの?
,
「先ほども言ったはずだ。
我の下へ到達せよ。
この地の理に従い、他者を殺し尽くすか、
この地の理に逆らい、契約者を退けるか、
他者を殺すか、協力するか、従えるか、従うか、欺くか、いかなる方法でもかまわない。
必ず、我の下へ到達せよ。
その時に、我は汝という存在を選択肢に入れよう」
他の人を殺して…?
そんなこと、出来ないよ……。
じゃあ、協力して……?
“謝る? 今さら何を謝るの? 大石さんと乙女さんを殺したこと!? 私も殺そうとしたこと!?”
“謝る必要なんてないんだよ……。 許すつもりなんかないんだからね!!”
…………出来るはず……ないよ。
「で……できませ……」
その先は言えなかった。
言ってしまったら、ボクは終わってしまう。
,
,
そんなボクにかまわずに、話は終わりとばかりにディーさんは去っていこうとする。
だから、
「な、なにか、そ、そうだ、何か下さい!
ボクが貴方のところまで、行けるようになりそうな物を!」
何でもいいから必死で叫んだ。
それを聞いて、ディーさんは振り返って、冷たい目でボクを見た。
とても、冷たい目。
それだけでボクは喋れなくなった。
「汝という固体には興味はないが、汝の存在は稀有だ。
我としても契約の履行を望む。
故に」
そこでスッと手を伸ばして、
「この地の北西、工場という施設に到達せよ。
契約者ならば、そこで力を手に入れられる」
それだけを言うと、今度こそディーさんはボクの前から姿を消した。
,
,
そうして、ボクは一人になった。
「どう……しよう…………」
逃げる事は出来ない。
他の人に頼ることは出来ても、事情は話せない。
それじゃあ、誰もボクを受け入れてくれない。
そもそも、頼れそうな人なんていない。
助けを求めたら、もっと過酷な場所に放り出された。
「工場……だっけ」
ボク達を、こんな目に合わせた張本人。
そんな人に縋りたくない。
でも、ボクにはもう他に縋るものなんてない。
もう他に、ボクには選択肢なんてないのだから。
,
,
,
【F-5 平原・トロッコの近く(マップ左)/1日目 夜】
【月宮あゆ@Kanon】
【装備:背中と腕がボロボロで血まみれの服】
【所持品:支給品一式】
【状態:健康体、ディーと契約】
【思考・行動】
0:どうしよう
1:工場に行く
2:誰か助けて(でももう頼れないかも)
3:お腹へった
【備考】
※契約によって傷は完治。 契約内容はディーの下にたどり着くこと。
※三回目の放送の内容を知りません。
※悲劇のきっかけが佐藤良美だと思い込んでいます
※名雪の第三回放送の時に神社に居るようようにするの情報を得ました
(禁止エリアになった場合はホテル、小屋、学校、図書館、映画館の順に変化)
※土見稟(死体)はあゆの隣にある血だらけのトロッコの中。
※契約によって、あゆが工場にたどり着いた場合、何らかの力が手に入る。
(アブ・カムゥと考えていますが、変えていただいてかまいません)
※ディーとの契約について
契約した人間は、内容を話す、内容に背くことは出来ない、またディーについて話すことも禁止されている。(破ると死)
※ディーは、強い求めがあった場合、姿を現す可能性あり。
,
(お腹がすいたな・・・)
とぼとぼ、と引き裂かれた服を押さえ、下着を手で隠しながら歩く少女が一人。
白河ことりは神社から当初、南西の方角へと向かっていた。
神社で千影を待つ予定だったのだが、その前に服を探しに行きたかった。そんなわけで神社の中を探してみたのだが、見つからず。
仕方なしにホテルへと向かうことにした。すぐ行って往復で戻れば、まだ第三回放送には間に合う、と。
だが、やはり懸念してしまうことがあった。
見知らぬ男に強姦されかけたこと、赤坂が恐らく死んでしまったこと、そして殺したのがこの島にきて初めての友達の可能性。
短時間であまりのことが起き、どれもこれもが一生思い出したくないほど、悲しいことだった。
くじけそうになるたびに、一生懸命、その言葉を口にした。
頑張ります、と。
こんなことには負けないんだ、って。あまりにも酷いことばかりだったけど、決して折れないんだって言い聞かせた。
しかし、やっぱり口にするのと行動するのは別々のことらしく。
気づいたときにはホテルから僅かに右にずれ、進路は地図上の山頂と書かれたエリアへと足を進めていたことに気づいたのは夕刻だった。
「・・・バナナはちょっと食べ飽きたかな。他には・・・?」
正確には食べ飽きたわけじゃない。
バナナを見ると、舞をどうしても思い出してしまう。照れながらも友達と言ってくれた舞と、殺すと断言した舞が重なる。
それがどうしようもなく遣る瀬無くて、バナナは食べたくなくなった。しばらくは見たくもなかった。
せっかくなので回収した支給品を開ける。
中には特別、ことりに支給されたバナナのような明確な食べ物はあまり入ってなかった。
ただ唯一、何故か半分に分けられた七色のパンにジャムが『此処こそが我が居場所』と言わんばかりに鎮座している、妙な物体を発見。
「・・・せっかくだから」
何かの気分転換になるかもしれない。
そんな軽い気持ちのまま、小さな口で一口かじるようにして、あの伝説のバイオ兵器を咀嚼した。
「ん・・・外はゴワゴワ、中はネバネバ。不思議な食感の上に重なるジャムの交響曲が・・・んあっ」
突如、少女の口から飛び出すには有り得ないような、悲鳴にもならない叫びが漏れた。
視界が歪む。まるで毒でも入っていたかのような破壊力、明滅する自分の瞳に思わず倒れこみかけた。
気分転換なんて生易しいものじゃない。これはパンという名前の、パン以外の何かだと、ことりはこの食物の危険性を悟った。
それにジャムの威力も凄い。考えうる限り、最悪の組み合わせ。それは絶望と栄光の軌跡が為す最強のデュエット。
この存在の前には全てが平伏する。ここまで行き着くには何度も苦労と挫折を味わっただろう、そんな素晴らしい一品。
問題なのは、これが食べ物として機能していないということだ。合掌。
「う、う〜〜〜・・・」
まるで突然、高熱に見舞われたような、そんな体調。
急に生理が始まったとか、そんな類の話じゃない。まるで誰かツインテールの赤い悪魔に指差されたような、そんな感覚。
ともかく、このままでは意識を失いかねなかったので、近くの山小屋に避難することにした。
幸い、山頂と記されているからには休憩地点は設置済みだった。疲労に足をふらつかせながら、ことりはその扉を開いた。
(山小屋の中は意外に奇麗・・・これなら、掃除しないでも横になれるかな)
残念ながら、ことりが期待していた服はなかった。赤坂のときのように、作業服でもあればよかったのに。
そんなことを思い出して、また涙が出てきた。強引に目じりを拭って、ことりは木造のベンチの上で横になった。
(あ・・・ちょっと、意識が・・・)
突如、どっと疲れが押し寄せてきて、ことりは睡魔に抗うことなく夢の世界へと旅立った。
◇ ◇ ◇ ◇
『り・・・とり・・・』
何やら気持ちのいい浮遊感の中に私はいた。
まるで揺りかごに揺られているような、そんな優しい感覚。この島に来て久しぶりの安息だった。
誰かに呼ばれているような気がする。緩やかな波の中に浮かぶような感覚に酔いしれながら、私はその声に耳を傾ける。
『ことり・・・ことり、起きてくれ』
(え・・・?)
それは有り得ないことだった。
あの声を忘れられるはずがなかった。諦観の中、ほんの一瞬だけの期待した姿がそこにあった。
瞳を開ける。目の前に飛び込んできたのは、優しげで穏やかに微笑んでいる彼の姿。その光景に涙がこぼれた。
(赤坂さんっ・・・!)
奇跡だと思った。もうほとんど諦めていた人が、私の前に立っている。
以前のように直視したくないブリーフ一丁でも、作業員のような服でもない。スーツ姿の赤坂さんが穏やかに笑っていた。
思わず飛びつこうとして、気づいた。
私の体が動かないことに。疲れが極限まで溜まっていたのだろうか、まるで白河ことりという存在は視点だけになった感覚。
それでも嬉しくて、必死に呼びかける。あまりの嬉しさに心が温かいものに包まれていくような気がして。
(よかったっ・・・よかったよぉ、赤坂さん・・・生きてた、生きてたんだ・・・)
思えば赤坂さんが約束の時間にこれないだけで、死んだなんて短絡的に考えたのが悪かったんだ。
きっと何か理由があって、時間通りに目的地につくことができなかったんだ。
例えば・・・そう、戦いの最中に服が破れてしまって、また新しい服を探しに行かなくちゃいけなかったとか。ほら、スーツ姿なんだから。
でも、喜ぶ私を前に赤坂さんは悲しそうな顔をする。それは本当に、申し訳なさそうな、そんな笑みだとようやく気づいた。
『ごめん、僕はことりに謝りに来たんだ』
(え・・・?)
何を言ってるんだろう。
ああ、そうか。約束の時間までに来れなかったことを謝るってことか。そんなの気にしなくていいのに。
やっぱり、葉っぱ一枚の赤坂さんに物を投げたのがいけなかったのかな。また物を投げられると思ったんだ。
確かにこれ以上はもう、素っ裸になるしかないからね。あっ、そういえば私もとんでもない格好してるんだったっけ?
『あのとき、あの男から君を護れなくてごめん。きっと恐い思いをしただろうに』
確かに、恐かった。
体の底から恐怖した。嫌悪感と一緒にごちゃまぜになって、あのまま舞が来なければ酷い目に合わされていた。
でも、そんなのはもう吹き飛んだ。また赤坂さんと一緒にいられるんだ、こんなに嬉しいことなんてない。
『約束通り、待ち合わせの場所に行けなくてごめん』
そんなの、どうでもよかった。
私の中で赤坂さんの存在はこんなに多くを占めていた。何もかもを忘れて嬉しくなるほど、悲しみよりも遥かに大きい喜び。
一度失ったと思ったとき、ようやくそれに気づいた。
この地獄の中で私を支えてくれた。こんな酷いことが許されるような無法地帯でも、私に笑顔を教えてくれた。日常を感じさせてくれた。
謝らないでください。私は全然気にしてませんから。
だから、だから・・・そんな、悲しい顔をしないでください。
でも、赤坂さんはやっぱり申し訳なさそうな顔をして。
今度は笑みすら浮かべられずに。私に勢いよく頭を下げて謝罪した。
―――――もう僕には、君を護ることができない。
(あ・・・)
何を言われたのか、分からなかった。
護れない、一緒にはいられない。悲しそうな顔でそんな悲しい言葉を紡いでいた。
どうして、何故。
私が今まで足手まといだったから、だから一緒にはいられない?
本当にそれは悲しいし、悔しいけど。もしもそれならどんなに救われたことだろう。それなら少し残念そうな笑顔で、別れを受け入れられるのに。
(だったら・・・)
何を言われたのか、分からなかった?
違う、分かっていた。こんなに都合のいいことはない。今までこの島に来て、そんな奇跡はなかった。そんなことは理解していた。
救世主だと思った舞でさえ、私を殺そうとした。そんな酷い現実。だから、本当はこれだって心のどこかでは分かっていたんだ。
(だったら、どうしてっ・・・今更こんな形で、出てきたんですかっ・・・!!)
慟哭のような悲鳴、私の本当の気持ちとは裏腹に流れる黒い感情。
赤坂さんは悲しそうな顔をして、もう一度頭を下げる。その姿がたまらなく悲しくて、切なくて、苦しかった。
『・・・ごめん』
(っ・・・この島に来てから、ぬか喜びばっかり・・・っ・・・せっかく立ち直れそうだったのに・・・せっかくっ・・・)
思い出になってしまった貴方の笑顔。
それを糧にして、頑張ろうと決めたのに。頑張るんだって決めたのに。
一度、期待してしまった。そしてやっぱり、裏切られたんだ。
『だけど、ことりを悲しませると分かってても謝りたかった。それだけが心残りだった』
(うあっ・・・ああ・・・)
悲しかった。
悔しくて涙が出た。結局、私は何もしなかった。赤坂さんのために何もして上げられなかった。
ただ、護られていただけ。その結果、赤坂さんは殺されてしまったんだ。
それでも、逢いにきてくれた。こんな不安定な形だけど。もしくは私の弱い心が生み出した幻かも知れないけど。
死んだ後も気にかけてくれた。それら全てが夢だと割り切って、私はこの一瞬を楽しむことにした。
笑わないと。泣いてはダメだ、それじゃあダメなんだ。赤坂さんが悲しそうな顔をするのは、どうしてなのかを思い出さなくちゃ。
(私は・・・赤坂さんに助けてもらいました。それで、十分です)
『うん・・・もう時間がないんだ。あの舞って女の子のこと、救ってあげてくれ。僕には、彼女を助けることができなかった』
(はい、約束です)
快く頷いて笑顔を見せる。
きっと無理な笑み。悲しそうな顔のまま、赤坂さんと同じような笑みかもしれない。泣き笑いなのかもしれない。
でも、精一杯の笑顔で赤坂さんを安心させてあげないと。
なにか、赤坂さんの後ろのほうが凄く騒がしいような気がする。
知らない女の人が『さあ、これから出発。まずはあのオウムからだ』などと言い、不特定多数の人間が含み笑いを浮かべている、ような。
赤坂さんがそんな彼らを私の視線から隠すように、苦笑いを見せながら目の前に立つ。
『じゃあ・・・もう、お別れだ』
(赤坂さん)
『うん?』
視界がぼやける。
名残惜しいけど、どうやら私は覚醒しようとしているのだと漠然と理解できる。
これが今生の名残。
あのときは恐怖に彩られたまま、そのままお別れになってしまった。だから、この薄氷の上にいるような奇跡の中で。
私たちは綺麗なお別れの仕方をしよう。
(最後は笑って、お別れしましょう?)
『・・・そうだね。じゃあ、ことり』
赤坂さんはハッとしたな顔をした後、静かな湖畔で見せてくれたような穏やかな笑顔を浮かべて。
『頑張って』
弱い心が生み出した幻想だったかも知れないけど。私たちは奇麗に、笑ってお別れをすることができた。
―――さようなら―――
―――ありがとう―――
最後に私たちは笑いあって、私は自然とそんな言葉を口にしていた。
◇ ◇ ◇ ◇
「・・・あ」
山小屋で私は目を覚ました。
気づいて目元に手をやる。涙でひどい顔になっていた。こんな顔を見せていたと思うと、少し恥ずかしかった。
相変わらず状況は変わってない。
私は未だ一人ぼっち。服はボロボロで、どうしようもないくらい悲しい気持ちもそのままだ。
だけど、私は頑張ろうと決めた。頑張ってと応援された。
『それでは始めましょう、今回も私が担当させてもらうわ』
びくり、と体が跳ね上がる。
この声はあの、悪魔の放送の主。この惨劇の主催者たる、あの鷹野という女性の声!
慌てて時間を確認すると、時刻は午後18時を回っていた。
もし、後少しでも起きるのが遅かったら私はこの放送を聞き逃していた。赤坂さんが言った『時間がない』とはこのことだったのか。
幸い、まだ放送は始まったばかり。
私は大急ぎでメモと筆記用具を取り出し、鷹野の言葉を一字一句逃さずに聞き止める。
『鳴海孝之――――涼宮茜――――咲耶』
咲耶・・・千影さんの姉妹のうちの一人。
大丈夫かな、千影さん。そんなことを考えながら私は、朝倉くんの名前が呼ばれないことを祈った。
『時雨亜沙――――赤坂衛、以上、七名よ』
赤坂さん。やっぱり死んでしまったんだ。
ほんのちょっとだけの可能性を信じたかったけど、それでも前もって赤坂さんが知らせてくれたから衝撃は少なかった。
笑ってお別れすることができた。それで十分、後はもっと頑張ることを考えないと。
『大切な人を殺されたそこの貴方、その気持ちを忘れずにいつまでも大切になさい』
その言葉に私の心が一瞬だけ、黒くなった。
私は大切な人を殺された。他ならぬ友達、舞によって。
確証はない。だけど、きっとそうなんだと漠然と理解していた。それはとても悲しいこと、そして悔しかった。
『そして憎みなさい。貴方の大切な人を殺した人物を。 その気持ちは必ず貴方を動かす原動力となるわ。憎しみほど生きる力になる物は無いのよ』
それは違う、と断じることができる。
鷹野三四、きっと貴女のような悪魔には理解できない。こんな気持ちを理解することも、奇跡を信じることもできやしない。
私の中に憎しみはない。私を動かす原動力はそんな、悲しいものじゃない。
きっと、以前の私だったら為す術もなく崩れ落ちていた。この島の初めての友達、舞を憎んだ。きっと許すことなんてできなかった。
「鷹野三四、貴女にはきっと分からない。だから笑っていられるのよ」
声なんて届かない。そんなことは理解しているが、それでも口にしたくなった。
赤坂さんが夢の中に出てきた。きっと、私が悲しむことをしって、前もって心の準備をする時間を与えてくれたのだ。
なんて、優しい人。自分を殺しただろう舞のことを、彼はどんな言葉で私に頼み込んだのかを思い出した。
『あの舞って女の子のこと、救ってあげてくれ。僕には、彼女を助けることができなかった』
ただひとつの恨み言もない。ただ救いたいという気持ちがそこにあった。
そんなことを呼びかけられて、何を憎めというのだろう。鷹野、きっと貴女にはそんな経験はないのでしょうけど。
貴女は憎しみにしか原動力に変えられるものがなかった。だから、そんなつまらない言葉ばかりが出てくるのだ。
私は素敵な奇跡に触れられた。こんな足手まといで無様な女を、最後の最後まで気にかけてくれた。
原動力は憎しみなんかじゃ、決してない。
この願いが、この約束が、この想いが、こんなにも素晴らしい宝物が、こんなにも優しい人たちの言葉が。
私の心を救ってくれる、大切な勇気に変わってくれるのだから。
「・・・・・・い」
これで参加者は半数を切った。
状況は最悪だ。私がこの島で逢えた人は僅かに四人。赤坂さん、舞、千影さん、坂上さん。
そして私の以前からの知り合い。朝倉くん、音夢さん、芳乃さん、杉並くん。
以前からの知り合いのうち、朝倉くんを除いた全ての知り合いが命を落とした。そして私を護ってくれた赤坂さんまで亡くなった。
舞は佐祐理さんのために殺し合いを肯定し、千影さんや坂上さんにもあれから逢うことはできない。
現況は一向に好転する様子はなく、ただ時間と共に一人、また一人と消えていく。そう、私たちは未だ、この無法地帯で震えている。
「負けないっ・・・」
だから、どうした。
私は頑張ると決めたんだ。状況が悪いなら、自分から動いて好転させていけばいいんだ。
まずは当初の予定通りホテルに行こう。服を確保して、そして朝倉くんと千影さんを探す。それが私の基本方針。
確か、神社が禁止エリアに指定された。その場合も、千影さんはホテルにスライドすると言っていた。だから丁度いい。
「絶対、負けるもんかっ・・・!」
私は改めて荷物を確認し、窓の外を見る。
やけに明るかった。放送から一時間強、思っていたより勇気を思い出すのに手間取っていたらしい。
問題なのはすでに時刻は午後7時を回っているということ。それなのに外が明るいとはどういうことだろうか。
「行こうっ・・・!」
いずれにせよ、確認のためにもこの山小屋から出て行かなくちゃいけない。
荷物をまとめ、下着の露出した服を手で押さえながら立ち上がる。そうして山小屋から出て行き、ホテルを目指そうとした、その瞬間だった。
時刻は夜、太陽は隠れてしまい、星空と月が私たちを見下ろす暗黒の世界の中で。
灼熱と煉獄の真っ赤な世界が、遠く、北の森に展開していた。
◇ ◇ ◇ ◇
「ど、どういうこと・・・?」
あまりのことに白川ことりの頭が真っ白になる。
炎は燃え盛っていた。火の回り具合はここからでは分からないが、普通の山火事なんかじゃないことは理解できる。
火のないところに煙は立たない。つまり、あそこには誰かがいる。
どうしてそんなことをするのか。参加者を誘き寄せるためか、それとも誰かを抹殺するためか。考えられるのはそれぐらいしかない。
(つまり、あそこに人殺しがいる・・・?)
炎は凄まじい勢いで命を飲み込んでいた。
木々に燃え移り、油でも仕込んでいたのか異常な速度で燃え広がっているのが、少し遠くのことりにも理解できた。
あれほどの紅蓮の炎、巻き込まれたら一溜まりもない。まず間違いなく、犠牲者が出ただろう。
どうやら、ことりが荷物をまとめているときには既に炎は踊り狂っていたらしい。
少しずつ沈静化に向かっている煉獄の光景を、ことりは呆然と見つめていた。
やがて、半刻が経過しただろうか。ハッと意識を取り戻し、ようやくこれからの自分の身の振り方を考えることに頭を費やすことができた。
(もしものために、武器を用意しないと・・・こんなことをする相手に、竹刀じゃ足りない)
それが意味すること。
白河ことりは相手を殺す覚悟をする、ということだ。自衛のためとはいえ、今まで撃ったこともない銃を撃たないといけない。
神社で拾った数々の支給品。ベレッタ M93Rという名の凶器を取り出した。
もちろん、このまま炎の中に突っ込んでいくつもりはない。一刻も早くここから離れて、殺人者を警戒しなければならない。
まずはホテルに行かないといけない。ことりは業火がようやく沈静化していく森に背を向けて――――
「っ・・・!」
咄嗟に山小屋に身を隠した。
やっぱり、炎の向こう側が気になる、と一瞬だけ後ろを振り向いた。だから、気が付くことができた。
紅蓮の炎を背景にして、こちらに歩いてくる男の姿に。
影になっていて彼の顔は見えない。だが、ことりはその姿を見て彼を敵だと断じた。
(あの人が・・・あの火災を引き起こした人っ・・・?)
どうやらこちらには気づいていないようだ。
青年の服装は所々が焼け焦げ、煤まみれになっている。身長はやや長身、ボサボサ頭が火風に揺れていた。
あれだけの煉獄の被害者が、その程度で済むはずがない。だとするならば、やはり彼は炎を使って参加者を焼き殺そうとしたのか。
そんな疑心、そして警戒がことりの心を決めた。
殺すのか、そんなことができるのか?
そんな問いかけを自身に打ち立ててみる。結果、私は結局人を殺すことなんてできないような気がした。
だけど、彼が舞と同じように人を殺すというのなら、止めないといけない相手だ。
もう逃げないんだ。もう戦えないなんて言ってられないんだ。ことりはようやく、相手を制する覚悟を決めた。
相手は姿かたちから考えても、何度も戦いを潜り抜けてきた猛者。
真正面から戦う選択肢なんて、ありえない。ことりは少し様子を見た後、そっとその場を離れることにした。
◇ ◇ ◇ ◇
「おいおい・・・」
高嶺悠人はあの灼熱地獄から生還したあと、真っ直ぐに南を目指していた。
千影がホテルで待っている。神社の近くだろうから、そのまま南に進めばホテルへと辿り着くことができるはずだ。
実は、千影が意図的に方角をずらしたために、ホテルとは僅かにずれた方向へと歩いているのだが、悠人はそれに気づいていない。
「・・・・・・や、山小屋って」
さすがに、山小屋の存在に気が付く。ようやく感じた違和感が、疑問が流れ込んでくる。
思えば、なかなか神社には着かなかった。千影に言われるまま案内されてきたが、どうやら目的地からずれていることに気づく。
地図を広げると、近場に山頂と記されている。どうやらこの近辺に自分はいるらしい。
(おいおい、千影・・・やっぱり西に行き過ぎてたみたいだぞ)
なにやら心配になってきた。まさか、千影が方向音痴だったとは。
そんな考えを悠人は巡らせていた。正直、衛の姉である千影を疑う気持ちは微塵もなかった。彼らは仲間なのだから。
まさか意図的に西へと進んでいったとは思わないだろう。
そんなことに頭を悩ませていたからこそ、一度は前方数十メートルに立っていた白河ことりに気づかなかった。
再び悠人が前を向く頃には、既にことりは森の中へと入ってしまっている。
それに気づけなかったのは明らかに失態だ。もしも彼女が殺し合いに乗っていたなら、その隙を見逃すはずがない。
(結局、時詠からは意図せずして離れることになったか。良かったのか、悪かったのか)
永遠神剣はあくまでも、その特別な力を使わなければマナを一気に吸い取られることはない。
その点、ただの大剣である『存在』や槍の『献身』はそのまま使えば、最悪の事態になることはないだろう。
だが、『時詠』は違う。あれは明らかにその特異性を生かして戦うしかない武装。だからこそ、悠人はそれを敬遠していた。
死ぬのが恐ろしいわけではない。
妹のためなら戦争の道具になることを選んだ。その結果、死ぬことだって覚悟していた。
問題は意思のない操り人形・・・そう、あの時の黒いハイロゥに染まったアセリアのような存在になる、という恐ろしさだ。
(いや、意思は残るかもしれない。だけど、体の自由は確実になくなる)
もしも、『時詠』を使って暴走を引き起こし、黒いアセリアと同じ状態になったなら。
意識の奥で閉じ込められながら、黙々と親しい人間を屠る鬼のような存在に変貌する。
しかもその体は時限爆弾のようなもので、マナがどんどん失われていく。参加者を殺し、犯し、マナを吸い取って延命するしかない。
その結果、ハクオロや瑛理子、往人や瑞穂、アセリア。
護ると誓った残りの二人の姉妹・・・衛と千影の命を、最悪の形で奪おうとする悪鬼が誕生する。
残った悠人の意識は、その光景をただ眺めるしかない。それはなんという悲劇だろうか。
それだけが恐ろしかった。
誰かを護りたい、と思う心と裏腹に行われる惨劇。ただ、仲間を裏切ることだけが辛かった。
もしもそうなったとき、彼らは容赦なく自分を止めることができるだろうか。
説得も懐柔も無意味な人形を相手に、一片の容赦もなく殺してくれるだろうか。その答えは恐らく、否だ。
ハクオロなら決断を下してくれるかもしれない。アセリアなら侮蔑の視線と共に切り捨ててくれるかもしれない。
(だけど・・・衛は)
きっと、悠人を殺すことに反対するだろう。
悠人もそんな自分を衛に見られたくはなかった。自分の手で今まで護ってきた衛を殺すなんて、やりたくなかった。
地図を見ながら、方向を転換する。
目指すは東にあるホテル。そこに移動しようと進行方向を変えたところで、悠人はそれに気が付いた。
(あれは・・・ランタン? あそこにまだ参加者がいるのか?)
正直、一時間ほど前に火炙りにされかけた悠人にとって、炎は天敵と言ってもいい。
一応、油の匂いを確認した。どうやら、自分の服に染み付いているぐらいで、あたりに撒かれている様子はない。
ランタンはふらふらと左右に、一定に動いている。まるでこちらに合図を送っているようにも見えた。
(千影かも知れない、行ってみよう)
今度こそは用心に用心を重ねながら、周囲に気を配りながら近づいていく。
あたりは真っ暗で遠くに見えるランタンの炎だけが道しるべだ。悠人自身、デイパックの中から明かりを取り出す気はなかった。
それでは相手に位置を教えているようなもの。
悠人はゆっくりと慎重に進みながら、そのランタンのすぐ近くまで来た。
まだランタンを掲げている人間の姿は見えない。本来ならすぐ近くまで近寄らなければならないのだが。
(これの出番だな)
取り出したのは暗視ゴーグル。あの時、ネリネという少女と共に襲ってきた女の支給品。
夜の闇でも、これならよく見える。悠人はそれを装着し、そうしてランタンを見た後、舌打ちした。
(っ・・・しまった、誘き寄せられたか)
ランタンに人影はない。
木の枝にリボンか何かで結んでランタンを吊るし、それを激しく左右に揺らしていた。
これなら相手の位置が分からなくても、ランタンに近づいた時点で居所が知れる。後はそこを狙って銃か何かで狙えばいいのだ。
ランタンの揺り幅から言って、本当につい最近の仕掛け。それも数分前までの罠といえる。
つまり、これを仕掛けた人間はすぐ近くで息を潜めて、悠人がランタンに近づくのを待っているというのだ。
だが、相手も悠人が暗視ゴーグルを持っているのは計算外だったはず。
右手で刀を握り、相手の気配を探ることにした。動きがなければ、何かしらの行動を起こすだろう、と信じて。
しかし、どうやら向こうもこちらの存在に気づいているらしく、反応はなかった。
鳴かぬなら、鳴かせてみせようホトトギス。悠人はゆっくりと、左手に構えた銃・・・ベレッタM92Fをランタンへと向けた。
◇ ◇ ◇ ◇
(来ない・・・)
私はランタンの明かりとその周辺が見渡せる森の中で息を潜めていた。
右手には銃。詳しい方法は分からないけど、引き金を引けば撃つことができることはわかっている。
あくまで自衛用。本当ならこんな武器は使いたくないけど、初めて一人で戦う相手は殺し合いを肯定した強敵だ。
竹刀や果物ナイフなんかで何とかできる相手じゃない。男と女で体力や腕力に差があるのは、知らない男に襲われたときに痛いほど実感した。
あのランタンには二重の意味がある。
まず、殺し合いに乗っているかどうかの最終確認。もしも相手が銃を持っていたなら、ランタン目掛けて発砲してくるはず。
私の視界はランタンによる炎だけ。それ以外にこの暗闇で動く術はない。
相手が殺し合いに乗っていないなら、ランタンに目掛けて呼びかけているはずだ。それなら、私も安心できた。
だけど、近づいてくる足音はあるのに。まったくランタンに呼びかける気配はない。むしろ息を殺して、まるで獲物を狙う獅子のようだ。
(やっぱり、あの男の人は殺し合いに乗ってるっ・・・)
そうとなれば、どうするか。
いくら殺し合いに乗っているからといって、私に人を殺すことができるのか。多分、赤坂さんはそれを望まない。
だけど、この島で多くの人たちが命を落とした今、自分が次に放送で名前を呼ばれる可能性もある。要するに、殺されるということ。
きっと参加者の中には人殺しに躊躇している間に、殺されてしまった人もいるだろう。死にたくなければ戦わないといけない。
覚悟を決めろ。まだ死んではいけない。
私はこの命を赤坂さんに救ってもらった。結果的には舞にも救ってもらった。
こんなところで死んだら、赤坂さんは何のために死んだのか。犬死なんて、そんな酷いことを容認するわけには行かないんだ。
(私は、戦う・・・!)
何とかして相手の後ろを取ろう。ランタンに注意が向いている間に、後ろから銃を突きつける。
少しでも不振なそぶりを見つけたら、容赦なく撃つんだ。
殺し合いをやめるよう、説得もしたい。そのためには、自分にとって優位な立場に立っておかなくてはいけないのだから。
ドォンッ!!
耳を劈く銃声に、体が強張った。
同時にランタンが破壊され、あたりを暗闇が包み込む。この瞬間、私の中であの男が殺人肯定者であることが決定した。
相手は銃を持っている。こちらも銃を持っている。
装備は互角、お互い暗闇の中に立っている状況も互角・・・そして私には次の手だって考えている!
◇ ◇ ◇ ◇
俺は銃でランタンを破壊した。
こうすれば相手は何らかの行動を起こすはず。俺なら、どんな行動をとるか。
1、作戦の失敗を予知し、この場から立ち去る。
2、無謀を承知で、この暗闇の中で戦いを挑む。
3、意表をつく第三の作戦が存在する。
もしも逃げようとするなら、一番俺にとって都合がいい。暗闇は俺には通じない、後ろから相手を捕まえるだけだ。
戦うというなら、よほどの相手でない限り、俺は負けない。戦争を勝ち抜いてきた高嶺悠人というエトランジェの絶対の自負だ。
まして、状況は絶対的にこちらの優位。この暗視ゴーグルがあるかぎり、俺が負ける道理はない。
問題は第三の可能性、二重の策。
あの煉獄の炎のように、確実にとどめを刺してくるような、恐ろしい罠。身をもって知った恐ろしさだからこそ、警戒する。
(ん、あれはっ・・・懐中電灯?)
真っ暗闇の中、一条の光が暗黒を切り裂いた。
俺の潜んでいる方向よりも、やや向こう側。どうやら懐中電灯の光らしく、かつてランタンがあった場所に光を当てている。
普通に考えれば、なんて愚かなことか。
この暗闇で自分の居場所を知らせてしまうなんて、そんな愚かなことをするだろうか。
俺はその可能性を否と断じた。
恐らくあの光は、さきほどのランタンと同じ罠。懐中電灯のほうに襲い掛かれば、今度はそこに向かって銃が向けられるだろう。
(こんな作戦を使うってことは、相手は俺の居所を把握していないってことだな・・・見つけた!)
さすがに茂みの中にある懐中電灯を撃つ、なんて器用はことはできない。
だけど、やはり装備の差が明暗を分けたようだ、と。
俺は暗闇に紛れてその場を離れようとしている女の子を発見し、息を殺して接近することにした。
そうして数秒後、確実に必至と思われる地点で、俺は仕掛けることにした。
◇ ◇ ◇ ◇
次の策、などと銘打ったが、実のところは苦し紛れの作戦だった。
懐中電灯と発炎筒で相手を撹乱し、どれかに敵の姿が映ればその後ろに接近する、そんな作戦。
それでもどうしようもなかった場合は、暗闇を利用してこの場から逃亡を図る。
確実な手を使わないと、私のように戦い慣れをしていない人間など一瞬で殺されてしまうだろう。
殺し合いは止めたい。
だけど、死ぬわけにはいかない。何度も言い聞かせているが、まだ死んではいけないんだ。
赤坂さんの願いどおり、舞を助けなきゃいけないんだ。救ってあげてくれ、と言われたのだから、それまでは。
「っ・・・!!」
足音が、大きくなった。
今までゆっくりと獲物の様子を伺う肉食動物が、物音を立てながら疾走する理由。
それは獲物を狩ると決めた、その一瞬に他ならない・・・!
(気づかれた・・・そんな!)
敵はいつの間にか背後に。
銃を構えながら振り向こうとする――――けど、間に合わない。なんて絶望的なまでの絶対さ。
この暗闇の中、視界は数メートルしか見えない状況下。私が彼の存在に気づいた頃には、もう勝敗は決していた。
銃は撃鉄をおろされることなく、男の手によって叩かれる。
そのまま地面に押し倒され、両の手は男の左手によって拘束された。その腕力は私が両手に力を込めても、振り払えるものじゃなかった。
あの時と同じだ。
知らない男に抵抗する術もなかったあの時と。ただ恐怖に怯え、泣き喚いていたあの時と。
「・・・動くな」
「っ・・・」
首筋には刀が押し付けられている。
その絶対の殺気を持ってして、私の思考は白く染まっていく。何も考えられない。
男はゴーグルをかけていた。それが暗視ゴーグルだと気づいたときには、無念で目を閉じるしかなかった。
あの作戦は相手も暗闇で視界が悪いのが、絶対条件。
装備の差が互角だ、と。そう思い込んでしまった時点で、私の敗北は決まっていたようなものだったのか。
これから私がどうなるのか、わからない。
ただひとつ、分かっていることがあるとすれば。
これはあのときの焼き増しで、また私は絶体絶命の危機に陥ってしまったということだけだった。
◇ ◇ ◇ ◇
(これは・・・)
最初にこの少女を押さえ込んだあと、俺はまるで鈍器で頭を殴られたような衝撃に襲われた。
思わず息を呑んでしまう。少女の服―――恐らくはどこかの学園の制服だろう―――は、縦に真っ二つに裂けていた。
胸元からは下着が露出し、そんな彼女を無理やり押し倒している俺は、パッと見た感じ、確実に性犯罪者っぽい何かになっている。
(ひどいな・・・)
どんな目にあったのか、想像に難くない。
その証拠に少女の瞳は明らかに恐怖に彩られている。これから殺されるかも、という類とはまた別の、悲しい感情。
抵抗はしているが、それすらも希薄だ。腕力ではこちらが上なのだ、と悟りきっている。
彼女を保護するべきだ――――良心的な自分が語る。
保護するべき人間を一人でも多く保護するのが、自分の基本方針のひとつなのだから。
彼女は殺したほうがいい――――容赦しない自分が説得する。
殺し合いに乗った人間は割り切って容赦しない。それが自分の基本方針のひとつだったはずなのだから。
――――さて、彼女はどちらに該当するのだろう?
「・・・名前は?」
「・・・・・・・・・」
「俺は高嶺悠人、殺し合いには乗っていない。君の名前を教えてくれ」
息を呑む音が聞こえた。どうやら、少し吃驚した様子だった。
だが、警戒している。そしてそれは俺も同じだ。どんな意図だろうと、相手は殺し合いに乗った疑いのある少女なのだから。
「白河・・・ことり。私も殺し合いには乗ってません」
「何だと!?」
思わず怒鳴ってしまって、ことりがキュッと目を瞑る。
その名前は千影から聞いたとおりの名前。つまり、俺たちが保護する予定の少女の名前だ。
もしかしたら俺は、とんでもない勘違いをしているんじゃないだろうか。
だけど、確認はとっておきたい。もしかしたら名を騙っているだけかも知れないし、殺し合いに乗っている可能性もなくなったわけじゃない。
「・・・あ〜、怒鳴ってごめん。じゃあことり、確認だけど・・・千影って名前に聞き覚えは?」
「千影さんを知っているんですか!?」
「・・・やっぱりか。はぁ・・・」
その反応で、俺は自らの失態に頭を抱えた。
こんなこと、千影に知られたらどんな文句を言われるだろうか。まさか保護対象人物を襲ってしまうとは。
そっと両手を離してことりを解放すると、俺は自分の額に一撃、拳骨をくれたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇
再び山小屋へと私は戻ってきた。
今度はもう一人、千影さんの仲間と自称する高嶺悠人さんという人と共に。
信用できるかどうか、分からない。あのとき押し倒されたときに心を読めば良かったかも知れないけど、恐怖でそんなことができなかった。
もし、もう一度あの見知らぬ男に蹂躙されるような光景が出てきたら、気が触れてしまうかも知れなかったから。
(だけど、私を解放する理由なんてないし・・・千影さんのことも知ってたし、大丈夫かも)
そんな想いとは裏腹に、高嶺さんは私の姿を一瞥した後、頬を掻きながら視線をそらした。
今更ながら気づいたが、私はすごい格好をしているんだった。気づいて、顔が真っ赤に紅潮していくのが分かった。
「その・・・ことり、その格好は、目に毒かも」
「あ、あはっ・・・色々、ありまして」
苦笑するしかない。高嶺さんも私も、ようやくそんなことに気づいた。
本当に色々あったんだ。赤坂さんの服を探しているうちに、色々あって・・・今は私が服を探すなんて、ユニークなことだ。
まったく・・・本当に・・・面白い・・・こと・・・だ。
「す、すごい格好ですよね・・・ほ、ほんとに・・・色々、あったんです」
笑おうとして、笑えない。
色々な気持ちがごちゃ混ぜになってしまって、どうしようもない感情に心が縛り付けられてしまって。
「あ・・・」
そんな私がよほど哀れに見えたのか、それは分からない。
高嶺さんは突然立ち上がると、私に何かを渡してきた。
私の前に差し出されたのは、高嶺さんがさっきまで着ていた上着だった。
所々焼けてしまっている。私がキョトンと差し出されたそれを見ていると、高嶺さんは複雑そうな顔をしたまま言った。
「かなり汚れてボロボロだけど、使ってくれ。俺のサイズならことりの体、全部包めるはずだから」
半分、押し付けるような形で私に上着を羽織らせる。
これを着ていれば、もう下着の露出なんて気にしなくていい。少なくとも、新しい服を手に入れるまでのものにはなってくれる。
高嶺さんの瞳を見上げると、申し訳なさそうな顔で私に語りかけてくれた。
「その・・・何があったかは聞かない。だけど、情報は欲しい。できる限りのことでいいから教えてくれ。
ああ、だけど、なんていうか・・・ごめん、俺には気の利いた言葉が出てこない。だけど、無理はしなくていいからさ」
その言葉だけで、十分だった。
赤坂さんといい、高嶺さんといい、どうしてこんなに優しいんだろう。
私は高嶺さんを人殺しと勘違いして襲おうとしたのに、こんなにも精一杯の優しさが無性に嬉しかった。
「えっと・・・そうだ。お腹すいてないか? 確か俺の支給品の中に・・・あった、バニラアイス」
「あ・・・」
「甘いものは好きかな?」
こくり、と頷いた。デイパックから飛び出てくる小型冷蔵庫のシュールな光景に少し驚いていたりする。
それから、二人でバニラアイスを食べながら少しずつ情報交換をしていくことになった。
◇ ◇ ◇ ◇
まず、驚いたのが首輪に盗聴器がついている件。
さっきの放送のとき、どうやら知らずに挑発していたらしい。少し冷や汗を流しながら、筆談を行うことにした。
アイスクリームは甘くて、頭が少しキーンとして、懐かしかった。少しだけ涙が出た。
まずは私の話から。
神社で千影さんと再会の約束をしたこと。智代という参加者が殺し合いに乗った参加者を殺し尽くすと言っていたこと。
そして赤坂さんとの出逢いと別れ。
私が他の参加者に強姦されかけ、舞によって救われて。でも舞に殺されかけ、赤坂さんによって助けてもらったこと。
高嶺さんはそんな私に大変だったな、と慰めながらバニラアイスのお代わりを差し出した。
多分、言葉が見つからないんだと思う。私は無理やりにでも明るい笑みを見せながら、舞の時のように返礼としてバナナを差し出した。
それと心が読めることも告白した。
まず信じられるかどうかが不安だったけど、高嶺さんは有り得ない話じゃないと信じてくれた。
「ま、俺の知り合いのことを考えると・・・一概に有り得ない、なんて言えないかな」
「どんなお知り合いが?」
「水の妖精だったり、雷ビリビリの女友達だったり、ロリペド生臭坊主だったり、マナを寄こせとうるさい剣だったり・・・あ、涙出てきた」
「え、えっと・・・大変だったんですね」
次は高嶺さんの話から。
どうやら参加者たちで対主催者連合を結成しているらしい。参加者は高嶺さんを含めた8名だ。
高嶺さん、千影さんに加えてハクオロ、二見瑛理子、国崎往人、衛、宮小路瑞穂、アセリア。皆、主催者に対抗するために行動している。
瑞穂さんとアセリアさんとは喧嘩別れのような形になってしまったけど、困っている人のために動いているのだから問題はない。
そしてゲームに乗った参加者の情報。
高嶺さんを火攻めにした参加者の身体的。そしてネリネという参加者のことや、アセリアさんが舞と交戦したことも。
また、高嶺さんはこんなことを尋ねてきた。
「エルルゥ、倉田佐祐理、エスペリア、アルルゥ、神尾観鈴。彼女らの名前に心当たりはあるかな?」
「え・・・?」
それは、既に放送で死んでしまったとされる参加者たちの名前。もっとも、佐祐理さんは生きているらしいけど。
とにかく、その質問に私は答えることにした。
「あの、佐祐理さんのことなら・・・私の友達の、一番の親友だったそうです・・・」
「そう、か・・・」
少し天を仰ぐようなため息。
それを不審に思い、その意図を問いかけようとした矢先、私は高嶺さんの言葉に耳を疑った。
「落ち着いて聞いてほしい。この五人は既に死んでいるわけだけど・・・殺した犯人が、俺たちの仲間になっている」
「えっ・・・!?」
「複雑な感情はあるだろうけど、どうか今は恨みを忘れて欲しい。一人でも多くの仲間が必要なんだ。裏切らないのは俺が保障する」
それは、一体、どういうことなのだろうか。
意味は二つある。対主催者連合の人間が、人殺しを肯定していたというのだろうか。そんな莫迦な話があるのだろうか。
それに、殺したって・・・佐祐理さんは生きているはずなのに。一体、何がどうなっているというのか・・・
「あ、あの・・・さ、佐祐理さんは生きてるって・・・鷹野三四が、そう言われて・・・私の友達が、舞が・・・」
「舞って・・・アセリアと戦った女子高生のことか!ということは・・・ことり、詳しく教えてくれ!」
「え、えっと・・・佐祐理さんは生きてるって主催者が教えて、助けて欲しければ全ての参加者を殺せと言われたって・・・」
「っ・・・なんて、こったっ・・・!!」
悔しそうに高嶺さんが床に拳を叩きつける。
これはつまり、どういうことか。まさか、舞は騙されているだけなのか。主催者によって口車に乗せられているだけなのか。
そんな・・・そんな酷いこと、有り得ない。舞がどんな決意のもとでその選択を選んだのかも、分からないのに・・・!
「ほ、本当に佐祐理さんは死んだんですか? な、何かの間違いだとかっ・・・」
「いや、俺たちで確かに公園に埋葬した。間違いなく、佐祐理は死んでいるんだ。だから、これは―――!」
「舞は、ただ騙されているだけ・・・?」
最悪のシナリオだった。
舞はその口車に乗せられ、今も命を懸けて人殺しをしている。だというのに、本当はもうそれも無駄なんて。
説得しないと、舞を。そんなことをやる意味なんてないことを伝えないと。
「ことり、俺と一緒に来てくれ。このことを、他の仲間にも伝えないといけない」
手を差し伸べられる。
この手を掴めば、私はまた誰かに護ってもらえる。少なくとも一人よりは安全な状態になれる。
「・・・・・・です」
「ことり・・・?」
だからこそ、容易にはその手を掴むことができなかった。
「ダメ、なんです・・・高嶺さん、私・・・一緒には行けませんっ・・・」
どうして、と問う高嶺さんの怪訝そうな顔。
すごく申し訳ない気持ちになる。本当ならあまり言いたくない自嘲の言葉が、次から次へと口から飛び出していった。
「高嶺さん、私と一緒にいたら、ダメなんです・・・それだと、きっと後悔する。
このまま高嶺さんと行動を共にしたら、高嶺さんもいなくなってしまうんじゃないかって・・・そう思うんです。
私が足手まといだから、高嶺さんや赤坂さんのような優しい人たちが死んでいく・・・私だけ、のうのうと生きているっ・・・
私はまるで――――疫病神みたいな存在じゃないですか。
頑張る、頑張ろうと何度も決めるんですけど・・・それでも怖くって。
さっきだって高嶺さんを誤解してしまうし、それに私はひどい人間なんです。足手まといになると分かってても、逢いたい人がいるんです。
諦めたはずなのに、その人に逢いたくて高嶺さんを利用しようとするかも知れない・・・それに、それに・・・」
ダメだ、さっきから言動が支離滅裂になってしまっている。
感情がうまく制御できない。こんなこと、高嶺さんに話してもしょうがないのに。また、自己嫌悪の感情が支配する。
なんて非道、なんて無様。
朝倉くんに逢いたい。恋をしていた、好きだった人に逢いたい。
そんなどうしようもない、今は考えるべきではない感情が氾濫して。私は本当にどうしようもなくなってしまって。
「だから、私は・・・!」
「ことり、まずはその考えから改めてもらうぞ」
「え・・・?」
高嶺さんはそんな言葉と共に、手を差し出した。
握手しろ、というのか。そんな疑問が一瞬の後に崩壊する。これはつまり、こういうことなのだ。
『俺の心の中を覗いてみろ』
293 :
代理投下:2007/09/12(水) 01:36:58 ID:dzGzDlhn
私の特異能力を全て承知した上で、自分の伝えたいことは全てこの中にあると言っている。
どんな光景が広がっているのか、それは分からない。
だけど、断れる雰囲気ではなかった。何より、そうしなければいけない、と高嶺さんの瞳が語っていた。
「・・・いいんですか?」
「俺を信用してもらうためにも、と言いたいところだけど。もしかしたら逆効果になるかもしれない」
それでもいいなら、と。
そんな高嶺さんの覚悟に後押しされるような形で、私は高嶺さんの心を読み取らせてもらった。
◇ ◇ ◇ ◇
「うっ・・・うう・・・」
私はさっきまで吐いていた言葉に後悔していた。
高嶺さんの心を読み取る際に、少しずつ高嶺さんは自分の過去について話してくれた。
両親を失い、引き取り先でも両親を失ったこと。
ただ唯一の肉親である妹や親友も含めた人間と共に、異世界へと飛ばされてしまったこと。
妹を人質に取られ、殺し合いを強要されたこと。
目つきの悪い青年が高嶺さんに言葉を投げかける。
―――――疫病神、と。
―――――お前のせいで周りの人間が不幸になるんだ、と。
「あ・・・あああ・・・」
悲劇のヒロインを気取っていたつもりはなかった。
だけど所詮は、命ある者の甘えだった。目の前で気まずそうにしている高嶺さんは、もっと酷い現実の中を生きてきたんだ。
疫病神と蔑まれて、大切な肉親のために何人もの人らしき存在を殺してきた。
私なんかよりもずっと悲痛な人生。同じぐらいの年なのに、彼はそんな生活に身を置くしかなかったのだ。
「わ、たし・・・なんて、ことを・・・」
「ことり、君は疫病神なんかじゃない。そして足手まといでもない」
静かに語る高嶺さんの声が、妙に荘厳に聞こえてしまう。
反論は一切、許されなかった。私ごときが口を挟めるような雰囲気ではなかった。
「衛って子がいたんだ。この島に来て、ずっと俺のパートナーとして一緒にいた女の子だ」
知っている、それも高嶺さんの心から流れてきた。
まるで大切な妹と同じような存在。決して武器をとって戦おうとはしなかったけど、それでも問題はないと高嶺さんは口にしていた。
きっと、私と赤坂さんの関係とよく似ている。その子は本当に前向きで、強い人だった。
「衛もことりと同じように、自分を責めていた。護れなかった、足手まといだった、迷惑ばかりかけていたんだって。
だから、俺はあの時と同じように説得するぞ。それが正しいことだって信じてるから。
ことりが責められることなんて、何もない。
少なくとも赤坂って人は、ことりに救われていた。足手まといなんて思わなかった。だから命を懸けられた。
ことりが、ことりだったから赤坂さんは護ろうとしたんだ。
衛も泣いていた。夢の中で死んだ二人の知り合いに逢ったんだって。
俺には残念ながら経験はないけど・・・きっと、思えばそれが形になるかも知れないな。ことりにもそんな経験、ないか?」
あった。赤坂さんは逢いにきてくれた。
衛って女の子と私は境遇まで良く似ていた。ただひとつ、私は弱くてその子は強かった。
「衛もことりと同じように、自分を責めていた。護れなかった、足手まといだった、迷惑ばかりかけていたんだって。
だから、俺はあの時と同じように説得するぞ。それが正しいことだって信じてるから。
ことりが責められることなんて、何もない。
少なくとも赤坂って人は、ことりに救われていた。足手まといなんて思わなかった。だから命を懸けられた。
ことりが、ことりだったから赤坂さんは護ろうとしたんだ。
衛も泣いていた。夢の中で死んだ二人の知り合いに逢ったんだって。
俺には残念ながら経験はないけど・・・きっと、思えばそれが形になるかも知れないな。ことりにもそんな経験、ないか?」
あった。赤坂さんは逢いにきてくれた。
衛って女の子と私は境遇まで良く似ていた。ただひとつ、私は弱くてその子は強かった。
「忘れろとは言わない、悔やんでもいい。
でも、自分を責めるな。誰かのためなんて強迫観念に押されて行動しようとしないでほしい。
救ってもらった命は、二人分尊い価値があるんだ。そこで自分を責めることは・・・赤坂って人が選んだ道を侮辱することなんだ。
きっと、ことりにはもう分かっている。
それでも自分が許せないから、そんな風に自分を傷つけようとするんだ。だけど、それを赤坂さんが望むとは思えない」
言葉が出なかった、反論する気概すらなかった。自然に涙が頬を伝っていた。
高嶺さんは『俺にはこんなことを言う資格なんてないかも知れないけど』なんて気持ちのまま、私の心を救おうとしてくれていた。
「優しい人だったんだろ、赤坂さんは」
「っ・・・っ・・・は、い」
「逢いたい人はまだ生きてるんだろ? いいじゃないか、それで。利用するんじゃなくて協力するんだ。それでいいじゃないか」
「うっく・・・はいっ・・・」
「ことりは足手まといなんかじゃない。誰かの心の助けになれるんだ。今度は、その逢いたい人の助けになればいいじゃないか」
私の浅はかで愚かな願いを、高嶺さんは全肯定してくれた。
足手まといなんかじゃない。自分を責めるな。朝倉くんの助けになってあげられるんだ、と。
今の私が心の底から欲しい言葉を、ひとつひとつ語ってくれる。
絶対的な赦し。罪と思い込んだものへの救罪。なんて、優しい言葉なんだろう。ただ、涙するしかなかった。
「っ・・・逢いたい、朝倉くんに逢いたいよぉ・・・」
「ああ、そうだ。それでいい。朝倉って奴を捜すためにも、千影と合流しよう。ことり、それでいいな?」
「・・・はい、はいっ・・・!」
涙は後から、後から零れてくる。
不幸だった? そんなはずがない。私は不幸なんかじゃ、絶対にない。
赤坂さんと出逢い、護ってもらった。高嶺さんに優しく諭され、赦してもらった。こんな私が不幸なはずがない。
朝倉くん、逢いたいよ。
私はこんなにも幸せ。朝倉くんはどうかな、私のように頼りになる人と一緒にいるかな。
きっと、また逢える。朝倉くんも音夢さんを失って悲しいはず。さすがに、その後釜に入ろうなんてことは思わない。
でも朝倉くんが私と同じように苦しんでいるのなら、今度は私が支えになってあげないと。とは言っても、朝倉くんは強いから大丈夫かな。
「さあ、まずは千影に逢いに行こう。目的地はホテル、行こう」
「はい!」
私たちは荷物を取りまとめ、しばらくお世話になった山小屋を後にすることを決めた。
その途中、高嶺さんに護身用としてハリセンを差し出された。
何でも振ると雷が出せる優れものらしい。半信半疑だったが、断る理由はない。相手が絶対に死なない強力な装備だそうだ。
試し撃ちをしたかったが、あまり力が残ってないらしく。もって後3発らしい。大事なところで使うように、と言われてしまった。
「それにしてもことり、結構荷物が多いな・・・」
「はい・・・神社で死体を見つけて、悪いと知りつつデイパックを回収してきました」
「まあ、しょうがないよな。ハリセンの代わりに幾つか、俺のデイパックに入れてもいいかな」
「ええ、どうぞ」
改めて支給品を物色する。
本当に色々と入っている。そういえば懐中電灯は回収したけど、あの誰かのリボンだけは壊れたランタンと一緒にあのままだ。
私の持っている銃を高嶺さんは貸してくれ、と言われて渡す。弾数を確認して、顔をしかめていた。
「ことり、2発しか入ってないぞ・・・これで誰かと戦おうなんて論外だ。替えの弾を貸してくれ」
「は、はい」
高嶺さんは銃を扱いは慣れてないらしく、四苦八苦しながらも銃に弾を装てんしてくれる。
他にも色々な支給品をしらみつぶしに捜し、いくつかは高嶺さんが持ち歩くことになった。
「これは・・・重いな。でもアセリアなら扱えるかも知れない。これを貰おうかな、後は懐中電灯と発炎筒を」
「そういえば高嶺さん、これがなんだか分かりますか? 鉄塔の近くで拾ったんですけど・・・」
「虹色の羽? いや、心当たりはないけど・・・珍しい色の鳥でも、この島にはいるのかもしれない」
荷物の整理が終わる。
ナイフの柄だけとか、昆虫図鑑とか、虹色の羽とか必要ないものは捨てようかと思ったが、せっかくなのでデイパックの中に詰めることにした。
デイパックの中に、武器を入れたデイパックと不必要なものを入れたデイパックを入れた、という形だ。
その後は簡単に軽食を取って、その後でホテルへと向かうことが決まった。
私は朝倉くんを捜し、舞を説得する。佐祐理さんはもういないんだって、それを伝えなくちゃいけないから。
何度も心の中で、くどいほどに呟いた言葉。それをもう一度、反芻する。それが私に勇気をくれるのだから。
赤坂さん――――私、頑張ります。
遠い遠い空の向こう側、星空が輝く向こうの世界。
あの優しい笑顔で見えた気がした。
追記。
「そうだ、ことり。これも貰っていいかな、ちょっと珍しくって。七色のパンだなんて」
「えっ・・・え、え、ああああ・・・た、高嶺さん、それは・・・兵器ですよ!」
「うん? 平気・・・? まあ、いいや。とにかくいただきます」
「あ、あわ、あああ・・・」
ぱくり、私が止めるのも聞かず、あのバイオ兵器を高嶺さんは口にしてしまった。
ドキドキしながら、私はその様子をじっと観察する。怖いもの見たさというものかもしれない。
「うーん・・・外はゴワゴワ、中はネバネバ。不思議な食感の上に重なるジャムの交響曲が・・・んごぱっ」
「た、高嶺さん!」
あ、なんか既視感(デジュヴ)。
「しっかりしてくださいっ、まさか毒でも・・・?」
食べた私が言うのもなんだが、有り得ない話と言えないところが恐ろしい。
高嶺さんは奇声を上げたあと、少し俯いたまま静止している。恐る恐る尋ねる私に、彼はこんな言葉を口にした。
「・・・いや、何の問題もない」
ああ、それは良かった。どうやら致死量に至るほど、酷いものじゃなかったみたいだ。
冷静に考えれば当然なんだけど、私もあれをほんの一口食べただけで、ダウンしてしまったから何とも言えない。
とにかく、さすがに百戦錬磨の高嶺さん相手には、さほど効力を発揮することはできなかったのか。
さすが高嶺さん。私は一口でもダメだったのに、残る半分を全部食べても平気だなんて!ある意味、痺れるし、憧れた。
「あの川を渡ればいいんだろう?」
それはきっと三途の川だ。
そんなことを漠然と思い浮かべた瞬間、洒落にならない事態であることに気が付いた。
私は必死になって高嶺さんの背中を摩りながら呼びかけるが、ぶつぶつと高嶺さんは不穏の言葉を続けていくだけだ。
「だめえっ、その川を渡っちゃダメーーーっ!!!」
「やあ、エスペリア。そっちは賑やかだな。他の参加者の夢に潜り込むだって? 俺も混ぜてくれよ」
「混ざっちゃダメですっ、赤坂さんの二の舞です!!!」
なんてことだろう。まさか一撃で致命傷なんて。凄まじい切れ味だ。
明後日の方向を向きながら悠人さんは独白している。
というか、そのエスペリアという名前は既に亡くなった犠牲者の名前だ。これは本格的に笑っていられない。
こうなれば心臓を何度も叩いて何とかするしかない。ただ、無心に高嶺さんに戻ってきてもらうため、私は慌てて心臓マッサージを展開した。
「うん、渡し賃? 六万円だって? 莫迦なことを、三途の川の渡し賃は六文と相場が決まって・・・はっ!!?」
よかった、蘇生成功。
こうして命がまたひとつ、救われたのでした。
【C-5 森(マップ東)/1日目 夜中】
【高嶺悠人@永遠のアセリア −この大地の果てで−】
【装備:トウカの刀@うたわれるもの、ベレッタM92F(9mmパラベラム弾13/15+1)】
【所持品1:支給品一式×3、バニラアイス@Kanon(残り6/10)、予備マガジン×4、暗視ゴーグル、FN−P90の予備弾、電話帳】
【所持品2:カルラの剣@うたわれるもの 散りゆくものへの子守唄、懐中電灯、発炎筒(×2本)、単二乾電池(×2本)】
【状態:疲労小程度、手足に軽い火傷(行動に支障なし)、左太腿に軽度の負傷(処置済み・歩行には支障なし)、「時詠」に対する恐怖、土と灰と煤で全身に汚れ】
【思考・行動】
基本方針1:千影とことりを守る
基本方針2:なんとしてもファンタズマゴリアに帰還する
0:ことりと共に時間までに東へ移動し、ホテルに向かい千影と合流する。その後病院へ
0:臨死体験なんてチャチなもんじゃ、断じてなかった・・・頭がどうかなると思った
1:北上した襲撃者を警戒
2:国崎往人に対するやり切れない感情
3:衛、千影を含む出来る限り多くの人を保護
4:ゲームに乗った人間と遭遇したときは、衛や弱い立場の人間を守るためにも全力で戦う。割り切って容赦しない
5:ネリネをマーダーとして警戒
6:地下にタカノ達主催者の本拠地があるのではないかと推測。しかし、そうだとしても首輪をどうにかしないと……
【備考】
※バニラアイスは小型の冷凍庫に入っています。
※衛と本音をぶつけあったことで絆が強くなり、心のわだかまりが解けました。
※アセリアに『時詠』の事を話していません。
※千影が意図的に西へと移動したことに気付いていません。方向音痴だったと判断。
※ことりが心を読む力があることを知りました。
【C-5 森(マップ東)/1日目 夜中】
【白河ことり@D.C.P.S.】
【装備:今日子のハリセン@永遠のアセリア 風見学園本校制服(縦に真っ二つに破けブラジャー露出) その上から悠人の上着を羽織る(所々焼け焦げている)】
【所持品1:支給品一式x4 バナナ(台湾産)(4房)、発炎筒(×2本)、懐中電灯、単二乾電池(×4本)】
【所持品2:竹刀、ベレッタ M93R(21/21)、鉈@ひぐらしのなく頃に祭、クロスボウ(ボルト残26/30)、ヘルメット、ツルハシ、果物ナイフ】
【所持品3:虹色の羽根@つよきす-Mighty Heart-、ベレッタ M93Rの残弾1、 昆虫図鑑、.357マグナム弾(40発)、スペツナズナイフの柄 】
【状態:疲労(小)、精神的疲労、レイプ未遂のショック(やや薄れ始めている)、軽い頭痛】
【思考・行動】
基本方針:ゲームには乗らない。最終的な目標は島からの脱出。
0:た、高嶺さん・・・だから、それはよくないって言ったのに・・・
1:悠人と共にホテルに行き、千影と合流。
2:朝倉純一、千影の探索。
3:仲間になってくれる人を見つける。
4:朝倉君たちと、舞と、舞の友達を探す。
5:千影の姉妹を探す。
6:舞の説得。
7:服が欲しい。
※虹色の羽根
喋るオウム、土永さんの羽根。
この島内に唯一存在する動物、その証拠。
【備考】
※テレパス能力消失後からの参加ですが、主催側の初音島の桜の効果により一時的な能力復活状態にあります。
ただし、ことりの心を読む力は制限により相手に触らないと読み取れないようになっています。
※ことりは、能力が復活していることに気づきました。
※第三回放送の時に神社に居るようにする(禁止エリアになった場合はホテル、小屋、学校、図書館、映画館の順に変化) つもりですが、 状況によってはどうなるか分かりません。
※坂上智代から、ボイスレコーダーを発端とした一連の事件について、聞きました。
※音夢ルートからの参加
※悠人を強く信頼、衛にも興味。
※エルルゥのリボンはC-5地点に放置。すぐそばに壊れたランタンがあります。
タイトル 破滅の詩。
――――二人の囚人が鉄格子の窓から外を眺めたとさ。一人は泥を見た。一人は
星を見た。
フレデリック・ラングブリッジ 『不滅の詩』
「う……ここは……?」
森の中で起きた惨劇からどれぐらいの時間が経過したのか。
ネリネによって拉致された千影が目覚めた場所。
そこは暗い闇の中だった。
(そうだ……。私はホテルを目指そうとして背後から襲われて……気を失ったん
だ……)
直前の出来事を千影は思い出す。
放送で咲耶の死を知った後、悠人と共に休んでいたところへ銃声が響いたのが始
まり。
悠人は偵察に向かう前「ここで待って19時半にまで戻らなかったら先にホテル
へ行け」
と言い残した。
それが、彼と交わした最後の言葉になるとは思いもしなかった……。
悠人の言ったとおりに帰りを待ち続けた結果、襲撃してきた参加者の罠にはめら
れた彼は
炎の海に呑まれ、そして……帰らなかった。
その後、炎の海の前で愕然とした千影は単身ホテルに向かおうとして立ち上がっ
た時、背後から何者かに襲われ、麻酔をかがされて気を失った。
当たり前だけど、それからのことは何も覚えていない……。
「なんで……こんなことになってしまったんだろうね…………わからないよ……
咲耶くん
……悠人くん……」
不帰の人となった二人の名を呟く千影。
自分は放送の時、神社にいるのは危険という予感からあえて西へ移動して隣のエ
リアへ入った。
それがあの時点での最良の選択と思えたから、少しでも不吉な予感から逃れたか
ったから。
だけど、放送で咲耶が死んだ事を知って衝撃を受け倒れそうになった。
最初は咲耶の死が自分の中で膨れ上がってた不吉な予感と考えていたけどそうで
はなかった。
その後に起こった悠人の死、あれはあまりにも衝撃的だった。
きっとあの時感じた不吉な予感はこの全てだったに違いないのだろう……。
そうしている間にも目が闇に慣れて周囲の様子が見えてくる。
床はコンクリート、闇の中で機械類が整然と配置されている様子から、ここは地
下室の様に思えた。
「どう見ても……ホテルじゃないね……。とりあえず……ここを出ないと……う
あっ!?」
その場から動こうとした千影は、ようやく体の自由がきかないことを知る。
体がロープか何かで縛られ、飼い犬みたいに壁か柱につながれていた。
解こうにも後ろ手にきつく縛られていて自分の力ではどうにもならない。
足についても同じで、足首のところで縛られ歩く事はおろか満足に立つ事もでき
なかった。
だが、仮にこの拘束が解けても千影が逃げる事は難しい。
なぜなら今の千影は何もまとわぬ生まれたままの姿、すなわち全裸なのだから。
(私の服を持っていくなんて……酷いことをするね……。だけど……この肩の傷
は……
どういうことかな……?)
神社でネリネによって負わされた左肩を見ると、そこに巻かれている包帯は新し
い物に換えられていた。
襲撃者がゲームに乗っているならば、とっくにあの場で殺している筈。
なのに、自分を全裸にしながら包帯を巻きなおすとはどういうことだろうか。
千影が疑問に思っていると、不意に正面にある扉が開く。
扉は閉じられ、スイッチが押される音と共に部屋の照明である蛍光灯が点灯し、
部屋の状況と入ってきた者の姿が明らかになる。
入ってきた人物の姿を足元から上へと見上げた千影は、その顔を見たとき思わず
息を呑む。
一瞬置いて千影は、できることなら遭遇したくなかったある人物の名を口にして
いた。
「ネリネ……くん……?」
肩からディパックを提げ、手には槍を握り締めた黒髪の少女がそこにいた。
千影は思う。
彼女は本当にネリネか?彼女の髪の色は青かったはず。
だけどあの長い耳、一度見たら忘れない形の耳は間違いなく彼女と同じだし、手
にしている
槍も彼女が持っていた永遠神剣と同じものだ。
なにより、ゲームに乗った彼女が自分を手当てした理由からしてわからない。
千影の頭の中でそんなことがグルグル回っていた時、少女が口を開いた。
「ええ、またお会いできましたね。千影さん」
その声を聞いて千影は自分の予想、それも最悪のものが当たってしまったと思っ
た。
おそらく髪が黒いのは染めたのだろう。
だが、それ以上になぜ自分を一思いに殺さず拉致という手段で連れ去ったのか、
ここはどこなのか等、知りたいことはいくつもあった。
だから、千影は再び口を開きネリネに質問する事にした。
「教えてくれないか……。どうしてあの時……私を殺さず連れ去ったんだい……?それに……ここは一体どこなのかな……?」
「気を失っていた千影さんには分からないことだらけでしょうね。いいでしょう
。私が順を追って教えてあげましょう」
千影の弱弱しい姿を見たネリネはその姿に満足したのか、静かに笑ってみせると
口を開いた。
「まず、ここは博物館です。千影さんのいる場所は地下室の一番奥にある機械室
……」
自分が閉じ込められた場所でもあると、ネリネは言わなかった。
それは不名誉だからではなく、単に千影の質問の事項に含まれてなかっただけの
こと。
「私を……さらった理由は……なんだい?」
「簡単なこと、千影さんにはこれから私の魔力を回復する為の『器』になっていただこうと思いましてね」
「それは……私の魔力を奪い取るということかい……?ならばあの時……永遠神剣で一突きにしていれば……なぜ?」
千影にはこの点が分からなかった。
神社でネリネの槍が刺さったとき、魔力が吸収されたことから永遠神剣で攻撃されれば魔力を奪われるのは確かだった。
今回も魔力が目的だったならば、気を失っている間に永遠神剣で一突きにすれば魔力を全て奪い取れたはずなのに。
「まだお分かりになりませんか?私は『器』と言いました。要するにこれからの千影さんは私に必要な魔力を供給し続けていただこうと思うのです」
千影の疑問に対して、ネリネはストレートに返した。
要するに「自分の道具として魔力を供給し続けろ」ということだ。
何も魔力を得るのに魔力持ちの人間を殺す必要は何処にも無い。
だったら、生かしたまま従属させ魔力の供給源にしてしまえばいいだけ。
生きている以上、魔力は確実に回復するからだ。
千影の魔力がどれぐらいの時間で回復するのか分からないが、魔力の絶対量が自
分より少ない分回復も早いのではないかとネリネは推測していた。
魔力の量が少なかったら回数で補えばいい――
単純だが、ネリネはこの様に考えていたのである。
「私は……、ネリネくんの物には……ならないよ……。魔力を……どれだけ奪わ
れてもね……」
ネリネの言葉に千影は当然の如く反発する。
だが、ここまで姉妹を含めて多くの知り合いが死に、少し前にも悠人の死を目の
当たりにした事から
千影の精神はボロボロもいいところで、声のトーンも神社で会った時と比べて明
らかに落ちていた。
そんな千影の様子を見たネリネは、反発された事に腹を立てるどころか嬉しそう
に笑ってみせる。
「そうやって今のうちにせいぜい強がってられることですね。そのうち嫌でも私
に従いたくなりますから」
確かにネリネは笑っていたが、目は笑っていなかった。
彼女は、千影に一度永遠神剣を用いた驚くべき瞬間移動で攻撃を回避された経験
から、この期に及んで反抗する千影を警戒していた。
いくらあの短剣型の永遠神剣が自分の手元にあるとはいえど、反抗するからには
まだ何か隠し玉があると思って警戒した方がいい。
だが、色々とやりたい事もある。
休憩して体力と魔力を少しでも回復し、次の戦いに備える必要もあるからだ。
そう思ったネリネは千影に背を向けると扉の方に向かう。
だが、途中で振り返ったネリネは千影に向かって口を開いた。
「また千影さんを暗闇の中で一人にしますけど、私もやりたい事がありますから
我慢してくださいね。それから」
次にネリネは自分のディパックからある物を取り出す。
その物体を見た千影は、衝撃を受けた。
「次にここへ来るときには、この永遠神剣についても詳しく教えていただきたい
ものですね」
ネリネの手に握られていたのは“時詠”だった。
なんということだろうか。恐らくこの島において最上位に位置するであろう永遠
神剣が最悪の参加者の手に渡ってしまったのだ。
(大変なことになったね……よりによって“時詠”をネリネくんに奪われるなん
て……)
普通なら喜びいさんで永遠神剣を使いそうにも思えるが、ネリネはやはり警戒し
ているのか“時詠”をまたディパックにしまいこんだ。
地下室の照明はスイッチを切られ、扉が閉じられる。
再び室内を暗闇が支配した……。
336 :
名無しくん、、、好きです。。。:2007/09/15(土) 00:04:00 ID:w3ePgZPi
ここで、話は戦闘後から博物館に到着するまでの時間帯にさかのぼる。
悠人は自分の仕掛けた火攻めで死亡ないしひん死の重症をおったと判断したネリネは、気絶した千影を担ぎ上げ“献身”の力で身体能力を増幅させると、北へ向かって一気に走りぬいた。
博物館前に到着したネリネは千影を近くの植え込みに隠すと周囲を歩き回り、誰もいないのを確認して千影を担ぎ敷地内へと踏み込んだのだ。
館内は昼間にあの男女と戦ったとき同様真っ暗で唯一1階の事務室だけ明かりが
点いていた。
最初はそこに誰かいると思ったネリネだったが、結局そこは無人であった。
そこから荷造り用のロープを入手したネリネは地下室へ向かい、自分が閉じ込められた機械室へ千影を放り込み、全裸にした上でロープを用いて締め上げると今度は館内の探索にうつった。
2階3階と探索し、誰もいない事を確認したネリネだがここに自分たち、ここで殺した朝倉音夢とあの男女以外の人間がいたという痕跡は発見できた。
それは、いまだ1階の展示ホールに転がっている音夢の首無し死体。
確か音夢の首を切り取った時、首輪はそのままにしていたはずだ。
だが、死体を見たところ首輪はなかった。
大方、誰かが持ち去ったのだろう。
何の目的で持ち去ったのかは知らないが、そんな事はネリネにとってどうでもよかった。
そして、ホール内にポツンと置かれた箱。
最初はそれが何なのかわからず、警戒していたが見たところ爆弾でもなさそうであった為、ネリネは思い切って回収してみた。
箱を開いてみると中に入っていたのは銃の弾丸だった。
ネリネはすぐに銃が無いかと周囲を見渡したが銃本体はなかった。
(そういえば、森の中で弾の無い銃を拾いましたね。もしかしてこれがあの銃の弾でしょうか?)
ネリネの発想はかなり単純なものだったが、実はこれがまたドンピシャだった。
とりあえず、弾丸の入った箱をディパックにしまいこんだネリネは、その後事務室とつながっている給湯室のシンクで髪を染めるオレンジの染髪剤を洗い落とし、新たに黒の染髪剤で染め直した。
移動中も思ったが、やはりこれからも暗闇での戦いやゲリラ戦を中心にする以上は地の色である青でも目立つ。
だから今後、ネリネは余程のことが無い以上は髪の色を黒や茶といった目立ちにくい色で通すつもりだった。
亜沙への哀悼を示す上で一度は緑に髪を染めたいとも思ったが、それは別の機会にしようと決めたネリネは、小休止のあと千影のいる地下室へ向かったのである。
再び、時間は現在に戻る。
千影と少しだけ話したネリネは、地下室を出て博物館の屋上に上がり、入手した
千影の支給品の一つである銃火器予備弾セットと自分のディパックから銃器を取り出し、弾薬の装填を行なっていた。
(これで当分弾に困る事はありませんね)
苦労しながらも、デザートイーグルのマガジンに弾を装填し終えたネリネは、先
ほどより多少慣れた動作で、9ミリパラベラム弾をホテルで撃ち尽くしたイングラムの空マガジンへと装填する。
続いてに、あの戦闘に先立って森の中で回収したベネリM3にショットシェルを装填し、作業は終わった。
どの銃にどの弾が合うのかを探すのが一番の苦労だったが、そこは予備マガジン
に入っている弾丸を見ながら予備弾薬を見比べて発見し、その弾だけが入っているケースを取り出すことで解決した。
最後のベネリについては最初から弾が入ってなかったが、館内で回収した弾丸が
合うのではと考えて装填したところこれがぴったりだった為、装填を終えた後に予備弾セット
から同じ弾の入ったケースを取り出し、先の2丁と同様に銃器を入れるディパックへ収めた。
残る2丁の銃、九七式自動砲とS&W M37 エアーウェイトについては装填を後回し
にしたが、これは、今後どの銃の使用頻度が高くなるか考えた結果後回しにしただけである。
武器の準備は確実に整いつつあった。
これからどうするか。
ネリネは残った二丁の一つ、九七式自動砲へ予備弾丸を装填しながら考える。
予備弾丸が手に入ったことで弾薬の不足に悩む事はなくなった。
もっとも、何が起こるか分からない以上大事に使うに越したことはない。
とりあえずは、千影から手に入れた永遠神剣について本人に聞く必要があるだろう。
もしかつての自分ならば後先を考えずに使用していただろうが、ここでは一つの小さなミスが後々大きな失策につながる恐れがある。
この先も一人で戦い続けることを考えれば焦りは禁物。
その為にも千影から詳しい話を聞き出す必要がある。
(ですが、あの態度では素直に話してくれそうにもないですね)
地下室から出る前に、千影が自分へ反抗する言葉を口にしたことからそれは明らかだ。
簡単な尋問では口を割らないだろう。
“献身”で手足を切り裂いたり銃で撃ち抜くという手もあるが、彼女は貴重な魔力の供給源だ。
今後も連れ移動する際に担いでいてはこちらの体力がもたない。
だが、今のままでは隙を見て逃げられる可能性も十分ある。
(そのために服を脱がしたのですが、それでも逃げるときは逃げるでしょうね……)
はてさて、どうするべきか。暫く考えたネリネはある方法を思いついた。
ならば、心を壊すというのはどうだろう――
単純に言えば、千影の眼前で彼女の親しい友人や知り合いを拷問にかけ、ジワジワと嬲り殺しにするのだ。
目の前で自分の知り合いが殺されるというのを見せつけられたらあのクールな千
影も
たまらず悲鳴を上げるだろう。
あとは頃合いを見て話を聞き出せばいいという算段だ。
(ですけど、千影さんの知り合いを今から捜すのは骨が折れますね……)
この場合、これが最大のネックだった。
やはり、拷問にかけるべきかとネリネは思いながら弾薬の装填を中断し、屋上か
ら
双眼鏡で周囲の状況を伺う。
その時、ネリネは博物館に近づいてくる二つの人影を見つけた。
見つからぬよう、屋上の床に伏せたネリネはそのまま目を凝らして人影の正体を
見極める。
(……あれは、確かトウカさん……。そう、楓さんの仇……)
双眼鏡の向こう側に見えたのは自分の仇敵とも言うべきトウカ、そしてその10
0メートルほど
後ろを歩く長髪の女性――坂上智代――だった。
(どうやらあの後ろにいる女性がトウカさんの後を付けているみたいですね)
様子からして、二人が仲間という可能性は低い。
むしろ、長髪の女性がトウカを尾行し、隙をうかがっている様に見える。
あの二人は恐らく敵対しているというのがネリネの判断だった。
(二人ともこちらに気付いてないみたいですね……そういえばトウカさんは……)
そう、トウカは神社で千影を逃がす為に一人残って自分と楓に戦いを挑んできた。
彼女と千影がそれなりに強い信頼関係で結ばれている可能性は極めて高い。
トウカを捕らえられれば、先ほど考えた千影に対する精神的拷問という策も不可
能ではない。
だが、神社での戦いぶりを考えればこれだけの装備があっても苦しいだろうとネ
リネは思う。
トウカは自分と楓による攻撃、剣に対して槍と拳銃という装備の不利を覆して楓
を倒した人物であり、ネリネ自身も“献身”による身体能力の強化をはかったところで勝
てる確率は五分五分と考えていたほどだ。
ここで奇襲するべきか、それとも機をうかがうか……。
これまでの戦いは万全の準備を整えて攻撃を仕掛けたが、今回は必ずしも万全とはいえない。
何より、このままどちらかに博物館へ入られたらそれはそれで困りものだ。
(とりあえずは、様子を伺いましょう。それからでも遅くはありません)
それに、あの長髪の女性がトウカを狙っている可能性も十分にある。
もし、二人が戦闘に突入し血みどろの殺し合いを演じるなら頃合を見て介入するのもありだろう。
そういうことを考えながらネリネは、一旦ここは様子見にする事とした。
この時点でトウカと智代は自分たちがネリネによって監視されているのに気づい
ていない。
トウカは春原陽平を切り殺し、智代と袂を分かった事によりどこか喪失感を味わ
いながらもハクオロや千影を探していた事に加えてここまでの疲労もあって警戒感が鈍って
いたし、智代は智代で、ハクオロをはじめとするすべての参加者に対する殺意が異様に膨
れ上がった状態でようやく発見したトウカだけを見てたことにより「自分が第三者に見られ
ている」という考えにいたらなかった。
二人にすれば、最悪のタイミングとしか言い様がないだろう。
そんな二人を双眼鏡で見ながら、ネリネは一瞬夜空を見上げた。
月と星の輝く夜空を。
その中に一際輝く星を見つめながら思う。
あれはきっと自分を勝利に導く星に違いないと。
それは、同時刻に地下室の千影が漆黒の闇の中で絶望に浸っていたのとあまりに
も好対照であった。
――――二人の少女が同じ建物から未来を見つめたとさ。一人は勝利を見た。一
人は絶望を見た。
【C-3 博物館・屋上/1日目 夜中】
【ネリネ@SHUFFLE! ON THE STAGE】
【装備:永遠神剣第七位“献身” 登山用ブーツ 双眼鏡】
【所持品1:支給品一式×6 IMI デザートイーグル 10/10+1 IMI デザートイ
ーグル の予備マガジン10 デザートイーグルの予備弾92発
九十七式自動砲 弾数2/7 九十七式自動砲の予備弾100発 S&W M37 エアーウェ
イト 弾数0/5 コンバットナイフ 出刃包丁@ひぐらしのなく頃に 祭
イングラムM10(9ミリパラベラム弾32/32) イングラムの予備マガジン(9ミリパ
ラベラム弾32発)×8 9ミリパラベラム弾68発
ベネリM3 7/7+1 12ゲージショットシェル127発 永遠神剣第三位“時詠”@永遠
のアセリア −この大地の果てで−】
【所持品2:トカレフTT33の予備マガジン10 洋服・アクセサリー・染髪剤いずれ
も複数、食料品・飲み物多数】
【所持品3:朝倉音夢の生首(左目損失・ラム酒漬け) 朝倉音夢の制服 桜の花
びら コントロール室の鍵 ホテル内の見取り図ファイル】
【所持品4:謎ジャム(半分消費)@Kanon、『参加者の術、魔法一覧』、四葉の
デイパック】
【所持品5:C120入りのアンプル×8と注射器@ひぐらしのなく頃に、ゴルフクラ
ブ、各種医薬品】
【所持品6:銃火器予備弾セット各100発(クロスボウの予備ボルトのみ残数80/100
)、 バナナ(フィリピン産)(2房)】
【状態:肉体的疲労小・魔力消費中、精神的疲労小、腹部に痣(消えかけ)、左
腕打撲、右耳に裂傷、左足首に切り傷(いずれも治りかけ)、非常に強い意志】
【思考・行動】
0:現在はトウカと智代(智代については名前知らず)について様子を伺う。
1−1:千影から“時詠”をはじめとする情報を聞き出す為、自分に従属させる
方法を探る。
1−2:“時詠”の情報が得られるまでは武器として用いるつもりはない。
2:稟の遺体を持ち帰り、楓や亜沙、他の参加者の最後を忘れぬ為に優勝を目指
す。
その途中であった人間は皆殺し(戦い方は一撃離脱・ゲリラ戦中心、出来る限り
単独行動している者を狙う) 。
3:ハイリスク覚悟で魔力を一気に回復する為の方法、或いはアイテムを探す
4:千影を魔力の回復源として用いる(当然体の自由は拘束等で奪う)
5:トウカを殺し、楓の仇を討つ
6:純一に音夢の生首を浸したラム酒を飲ませ、最後に音夢の生首を見せつけ殺
す
7:つぐみの前で武を殺して、その後つぐみも殺す
8:桜の花びらが気になる
【備考】
現在は髪を黒に染め、黒の髪留めでポニーテールにしています。
私服(ゲーム時の私服に酷似。ただし高級品)に着替えました。(汚れた制服と前の
私服はビニールに包んでデイパックの中に)
私服の上からウィンドブレーカーをはおっています。
ネリネの魔法(体育館を吹き飛ばしたやつ)は使用不可能です。
※これはネリネは魔力は大きいけどコントロールは下手なので、 制限の結果使え
なくなっただけで他の魔法を使えるキャラの制限とは違う可能性があります。
※永遠神剣第七位“献身”は神剣っていってますが、形は槍です。
※永遠神剣第七位“献身”は制限を受けて、以下のような性能となっています。
永遠神剣の自我は消し去られている。
魔力を送れば送る程、所有者の身体能力を強化する(但し、原作程圧倒的な強化は不可能)。
魔力持ちの敵に突き刺せば、ある程度魔力を奪い取れる。
以下の魔法が使えます。
尚、使える、といってもウインドウィスパー以外は、実際に使った訳では無いので、どの位の強さなのかは後続の書き手に委ねます。
アースプライヤー 回復魔法。単体回復。大地からの暖かな光によって、マナが活性化し傷を癒す。
ウィンドウィスパー 防御魔法。風を身体の周りに纏うことで、僅かな間だけ防御力を高める。
ハーベスト 回復魔法。全体回復。戦闘域そのものを活性化させ、戦う仲間に力を与える。
※古手梨花を要注意人物と判断(容姿のみの情報)
※音夢とつぐみの知り合いに関する情報を知っています。
※音夢の生首はビニール袋へ詰め込みラム酒漬けにした上、ディパックの中に入
れてます。
※魔力が極端に消耗する事と、回復にひどく時間がかかる(ネリネの魔力なら完
全回復まで数日)という事に気が付きました。
※トウカと、川澄舞(舞に関しては外見の情報のみ)を危険人物と認識しました。
※千影の“時詠”を警戒。ただし“時詠”の能力までは把握していません。
※魔力持ち及び永遠神剣の持ち主を献身で殺せばさらに魔力が回復する仮説を思いつきました。
※ある程度他の永遠神剣の気配を感じ取れます。
※桜の花びらは管理者の一人である魔法の桜のものです。
※見取り図によってホテルの内部構造をかなり熟知しています。
※博物館についても歩き回ったため、最初に比べて内部構造を把握しています。
※回収したディパックは武器を入れたものに丸ごと突っ込んで移動に支障が無いようにしています。
※悠人(外見のみ、名前は知らない)は死んだか重症を負ったと思っています。
【C-3 博物館・地下機械室/1日目 夜中】
【千影@Sister Princess】
【装備:なし】
【所持品:なし】
【状態:現在全裸、ロープにより拘束中、左肩重傷(治療済み)、肉体的疲労中
、魔力消費小、精神的疲労極大、咲耶の死に対する深い悲しみ】
【思考・行動】
基本行動方針:襲ってくるものには手加減しない。衛が生きている以上はゲーム
に乗らない。
0:拘束中。拉致されたことと“時詠”を奪われたことで精神的ショック大。
1:咲耶くん、そして悠人くん君まで……
2:鷹野の発言に強い興味。
3:永遠神剣に興味
4:北川潤、月宮あゆ、朝倉純一の捜索
5:魔力を持つ人間とコンタクトを取りたい
6:『時詠』を使って首輪が外せないか考える
7:もう一度舞に会いたい
※千影は『時詠』により以下のスキルが使用可能です。 但し魔力・体力の双方を
消耗します。
タイムコンポーズ:最大効果を発揮する行動を選択して未来を再構成する。
タイムアクセラレイト…自分自身の時間を加速する。他のスキルの運用は現時
点では未知数です。 詳しくはwiki参照。
またエターナル化は何らかの力によって妨害されています。
※未来視は時詠の力ではありません。
※四葉とオボロの事は衛と悠人には話してません(衛には話すつもりは無い)
※千影は原作義妹エンド後から参戦。
※ハクオロ、トウカ、悠人を強く信頼。
※悠人は死んだと思っています。
【C-3 博物館周辺/1日目 夜中】
【トウカ@うたわれるもの 散りゆくものへの子守唄】
【装備:舞の剣@Kanon(少々の刃こぼれ有り)】
【所持品:支給品一式】
【状態:全身に軽い打撲、胸に中度の打撲、右脇腹軽傷(応急処置済み)、精神的
疲労大、中度の肉体的疲労、若干視力低下中(催涙スプレーの影響)】
【思考・行動】
基本方針:殺し合いはしないが、襲ってくる者は容赦せず斬る。
0:博物館に入るかどうかは次の書き手さん任せ。
1:ハクオロと千影、千影の姉妹達を探し出して守る。
2:ネリネを討つ。
3:次に蟹沢きぬと出会ったら真偽を問いただす。
【備考】
※『声真似』の技能を持った殺人鬼がいると考えています。
※蟹沢きぬが殺し合いに乗っていると疑っていますが、疑惑は薄れています。
※ハクオロは無実だと判断しました。
※ネリネに監視されていること、智代に尾行されていることに気づいていません。
【坂上智代@CLANNAD】
【装備:永遠神剣第七位『存在』@永遠のアセリア−この大地の果てで−】
【所持品:支給品一式×3、サバイバルナイフ、トランシーバー×2、多機能ボイス
レコーダー(ラジオ付き)、十徳工具@うたわれるもの、スタンガン、
催涙スプレー(残り2分の1)、ホログラムペンダント@Ever17 -the out of
infinity-
】
【状態:疲労大、血塗れ、重度の精神的疲労、左胸に軽度の打撲、右肩刺し傷(動
かすと激しく痛む・応急処置済み)、両腕共に筋肉痛、
左耳朶損失、全ての参加者に対する強い殺意】
【思考・行動】
基本方針:全ての参加者を殺害する。
0:トウカを尾行し、隙あらば襲撃し殺害する。
1:何としてでもハクオロを殺害する。
2:トウカも殺害する。
3:ハクオロに組し得る者、即ち全ての参加者を殺害する。
【備考】
※トウカを襲撃するかは次の書き手さんまかせ。
※トウカの後方100メートル辺りから追尾中。
※ネリネに監視されていることに気づいていません。
※ネリネと舞を危険人物として認識しています。
※『声真似』の技能を持った殺人鬼がいると考えています。
※トウカからトゥスクルとハクオロの人となりについてを聞いています。
※永遠神剣第七位"存在"
アセリア・ブルースピリットが元の持ち主。両刃の大剣。
魔力を持つ者は水の力を行使できる。
ウォーターシールド…水の壁を作り出し、敵の攻撃を受け止める。
フローズンアーマー…周囲の温度を急激に低下させ、水分を凍結させ鎧とする。
他のスキルの運用については不明。
「落ち着いたかい?」
「はい……」
自らの問いに対して返ってきた言葉は肯定こそ示していたが、内なる動揺を完全に隠せては居なかった。
心配をかけまいと必死に虚勢を張ろうとして張れなかった、それが今の返答だ。
本当ならもう少し気の利いた言葉をかけるべきなのかもしれないが、こればかりは衛自身に踏ん切りをつけて貰わなくてはならない。
ハクオロはそれ以上何も言わずに、衛の手を握る力を少しだけ強くした。
ハクオロたちは当初の予定に沿って学校に到着し、内部の様子を探ろうと門を潜ったところで第三回目の放送を聞いた。
これまでより死者の数は減っていたが、それは生き残っている参加者という分母が減っただけの話であり、決して喜ばしい話ではなかった。
いや、むしろ凶報であった。少なくとも二人目の姉妹、咲耶を失った衛にとっては……。
(ふむ、どうしたものか……)
ハクオロは衛の手を握ったまま、視線を窓の外へとやった。
いつの間にか昇ってきた月が、空にぽっかりと浮かび、月明かりで教室内を照らし出している。
放送が終わると同時にその場にくず折れた衛をどうにか校内の教室の一室まで連れて行き、どうにか落ち着かせる事が出来たのだが、
それでもだいぶ時間を食ってしまったようだ。
(学校か……私が観鈴と出逢ったのも此処だったな……)
――神尾観鈴、
ハクオロがこの狂気に魅入られた島で最初に出逢ったパートナーであり、もう二度と逢うことの出来ないパートナーだ。
観鈴の放送を聞いて駆けつけたのに、この風貌と刀を持っていたことで勘違いされ、思いっきり悲鳴を上げられるという最悪の出逢いだったが、
今思い返してみると、あれがハクオロにとって最良の出逢いであったように思える。
観鈴と出逢ってから、観鈴が死ぬあの時まで、観鈴の見せる笑顔や陽気さに一体何度救われただろうか?
共に行動した時間こそ短かったが、エルルゥやアルルゥ、オボロ、カルラといった大切な仲間たちが次々と命を落としていった中で、
復讐心に駆られず、修羅に落ちることなくこれまで生きてこられたのは間違いなく観鈴のおかげだったといっても良い。
その観鈴の名前も先ほどの放送で呼ばれた。
自らの目の前で死んでいくのを見ていたから、呼ばれるのはあたりまえなのかも知れないが、やはり受け入れがたいものがあった。
それでもどうにか堪えたのは衛という守るべき相手が居たからであり、一人であったならどうなっていたのか予想も出来ない。
(そういえば……、あの時ここにいたあの四人はどうなったのだろう?)
観鈴と共に学校を脱け出したあの時、学校にはあと四人の参加者が居た。
青年その青年に寄り添っていた二人の少女、そしてその一団と向き合っていた翠髪の少女――。
参加者が当初の半分を切った今、彼らが全員生き残っている可能性は低い。もしかしたら全員既に死んでしまっている可能性もある。
最初来た時はなかった土を掘り返した跡が校門前にあったが、あの中の誰かがあそこに埋葬されているのかもしれない。
あの時は、あの四人が殺戮者かも知れないと考えていた上、一刻も早く学校から抜け出すことを第一としていたが、
もし、あの時、あの一団との接触をとっていたらどうなっていたのだろうか?
あの四人の中に殺戮者が誰一人として居なかったのなら、もっと早く、もっと強力な対主催連盟を作れたのかもしれない。
結局ああいう形で欺いてしまった以上、どうにもならないのだが、再びこの地を踏んでいるとそんなことを考えてしまう。
「……さん! ハクオロさん!」
そんなことに思いを馳せていたハクオロは衛の呼びかける声で我に返った。
見れば、握ったままの手を引きながら、衛がこちらの顔を覗き込むようにして見ている。
「はっ!? す、すまない。 少し考え事をしてしまってな……」
「考え事?」
「い、いや、なんでもない。 こっちの話だ。 それより、もう大丈夫なのか?」
顔を拭いたのか涙のあとは残っていなかったが、目は真っ赤で泣き腫らした顔のままだ。
それでも衛はさっきより落ち着いた様子で答えて見せた。
「うん、ボクは大丈夫だよ。 それに悠人さんや千影ちゃんたちを待たせるわけにもいかないもん」
「……そうだな。 此処には誰もいないようだし、次にいこうか」
そうだ。今はやるべきことがある。
観鈴のことは今でも思い出さずにはいられないし、あの四人のことも気にはなるが、今はやるべきことがあり、守るべき子がすぐそばにいる。
いつまでも過去を顧みているわけにはいかないのだ。
ハクオロは観鈴やあの四人のことを頭の隅に追いやると、衛の手を引いたまま、校舎を出た。
と、その時だった。道を挟んだ向こう側から一人の少女が茂みを掻き分けながら飛び出てきた。
身に着けている服は泥であちこちが汚れていて、足をもつれさせるようにしながら、それでもどうにか走っている。
走って襲い掛かってくるというよりは明らかに何かから逃げているようにハクオロには思えた。
完全に信用できるわけではないが、あの子を保護すべきだ――と、ハクオロは咄嗟に判断した。
「おーい! そこの君! 一体どうしたんだ!?」
「!!!?」
追っ手が気になるのか、後ろを振り返っていた少女はハクオロの声につられるようにこちらを振り向き、驚愕の表情を浮かべてその場に急停止した。
何故少女が立ち止まったのか、いまいち理解できなかったが、ハクオロはこれと似たような場面を思い出し、努めて優しい声で少女に呼びかける。
「あー、いや、別にこんな風貌だからといって、君をとって食おうとかそういうわけではないぞ。 ただ私は君を保護したくて……」
「嘘なの!! そんなこと言ったって騙されないの!! 貴方が……貴方が四葉ちゃんを殺したくせに!!!!」
「「!!!?」」
その少女――一ノ瀬ことみの一言はハクオロにとっても衛にとっても予想外の一言だった。
◇ ◇ ◇
パワーショベルとの追いかけっこと言う洒落にならない状況を倒木の間を潜り抜けるという荒業で引き離し、どうにか学校へとたどり着いたことみは
突然聞こえてきた声の方を振り返って愕然とした。
忘れもしない最初にここを訪れた時に自分たちを騙し観鈴をさらっていった男の放送と、それを追っていった四葉が殺されたあの時のこと。
そして、その直後、恋太郎が一時失明するに至った暴発事故の際、大石蔵人という男から聞いたその男――ハクオロの特徴。
放送越し故、多少聞こえ方は違ったが、あの時の声で間違いない。そして、目の前にいるのは大石から聞いた特徴通りの仮面の男。
その傍らにいた少女は神尾観鈴ではなかったが、それは当たり前だ。神尾観鈴はさっきの第三回放送でその名前が呼ばれている。
大方、あの少女も観鈴と同じようにさらっていった子なのだろう。
「あー、いや、別にこんな風貌だからといって、君をとって食おうとかそういうわけではないぞ。 ただ私は君を保護したくて……」
その言葉が聞こえた時、ことみは自分の中で何かがはじけたのを感じた。
と、同時に自分自身でさえ驚くほどの叫び声が口から吐き出されていた。
「嘘なの!! そんなこと言ったって騙されないの!! 貴方が……貴方が四葉ちゃんを殺したくせに!!!!」
「「!!!?」」
ハクオロと傍らにいた少女の表情が明らかに驚愕のソレに染まる。
ことみはそれを自らの犯行が此処で晒されたのと、相手がそうだと知らずに騙されていた為だと判断した。
やはり四葉を殺したのはハクオロだったのだ。
「ちょっ、ちょっと、待ってくれ!! 四葉というのは衛の姉妹の四葉か!? それなら私は会ってな……」
「そんな訳ないの!! 四葉ちゃんは……四葉ちゃんは放送で私たちを放送室におびき出したあの時、真っ先に貴方を追って行って殺されたの!!
今でも此処で、この校庭で永眠っている四葉ちゃんの前でよくそんな嘘がつけるの!!!!」
「!!?」
「ねむってるって……そこに埋められてるのは四葉ちゃん……なの?」
愕然とするかのように声を失うハクオロと、呆然と聞き返してくる少女。
(ああそうか、あの子は四葉ちゃんの知り合いなんだ……)
そういえば『衛の姉妹の四葉』とハクオロが言っていた。きっとあの子は四葉ちゃんの姉妹なのだろう。
それが分かるとさらに怒りが沸々とわいてくるのをことみは感じた。
ハクオロは四葉の命を奪っておいて、その姉妹の衛を騙してつれまわしている。
そう思うと、もうことみは自分を止めることが出来なかった。今の今までどうにか押さえ込んでいたものが、一気にあふれ出してくる。
「そうなの! あそこで永眠ってるのは四葉ちゃんなの!! そこの貴方、ハクオロが殺した四葉ちゃんが!!!
四葉ちゃんも恋太郎さんも亜沙さんもみんな良い人だったのに……皆で協力して鷹野を倒して脱出しようって、そう言いあってたのに!!!
あの時から、あの時から何もかもが狂っちゃったの!! 貴方が放送で私たちを騙して、四葉ちゃんを殺したあの時から!!
四葉ちゃんが死んでからの私たちは坂を転がり落ちるだけだったの!! 恋太郎さんが死んで、亜沙さんも死んだ!
その上私まで騙して殺そうとするの!? そんなことさせないの、私は騙されないの!!!」
一気にまくし立てながら、自分はなんて嫌な子なのだろう、とことみは思った。
四葉を殺害と、恋太郎の失明に至った暴発事故はハクオロの手によるものだが、他は違う。
亜沙の死はともかく、恋太郎の死は芙蓉楓をとめることが出来なかった自分の所為なのだ。
それすらもハクオロの所為にして、罵倒を浴びせ続けている。
だが、そんな自己嫌悪もハクオロの次の一言で一気に消えうせた。
「いや、だから四葉を殺したのは私では……」
この期に及んでまだ白を切ろうというのか!? それならば更なる事実を突きつけるまでだ。
「そういえば大石って人にもわざと暴発を起こす銃を渡したりしてるの! あの所為で私たちは疑われて恋太郎さんが失明までしてるの!!」
「大石? それに銃、だって……」
今度こそハクオロの顔が蒼くなったのをことみは見逃さなかった。
これで確定だ。諸悪の根源はハクオロで間違いない。
となればやることはただ一つ、凶悪犯ハクオロからあの少女、衛を救出して一緒に逃げるのだ。
「衛ちゃん! その人のそばにいちゃいけないの! だから私と一緒に……」
だが、ことみがそれ以上の言葉を言うことは出来なかった。
キャタピラの耳障りな音と共にまるで地獄の底から響いてきているような声がその場に割り込んだからだ。
「見ぃ〜つけた〜」
「!!!」
そこに誰がいるのか振り返らずとも分かる筈なのにことみは振り返らずにはいられなかった。
その視線の先にあったのは予想通りの凶悪マシーン。一時は引き離した水瀬名雪の操るパワーショベル。
それを見た瞬間、ことみは脱兎のごとく駆け出していた。
屋根に付けられた2灯の前照灯が校庭を煌々と照らし出ているため操縦席は良く見えなかったが、やはりそこの席に座る主は狂気じみた笑みを浮かべているのだろう。
「くっ!!」
「逃さないよぉぉぉぉぉぉぉ!! みんなみーんな皆殺しぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!」
四葉の姉妹である衛をハクオロの手から救い出したい所だが、ハクオロとパワーショベルの両方を同時に相手にすることなど出来るわけもない。
元々パワーショベルに対抗できないから逃げていたのだから、今の問答は折角の貴重な時間を浪費しただけに過ぎないということにことみは今更ながら気づいたのだ。
(校舎内に逃げる? ダメなの、あんなの相手じゃ建物の中はむしろ危険……他に逃げ道は……!?)
再びトップスピードで駆け出したことみの脳裏には以前此処に来たときの事が浮かび上がってきた。
もっと正確に言えば、亜沙と出逢ったあのとき、あの時、亜沙は一体 “何処から中庭に乱入してきた?”
(ありがとう亜沙さん! 私、何が何でも生き延びて、脱出して見せるの)
心の中で今は亡き亜沙に感謝しながら、ことみは中庭へとその針路を向けるのであった。
◇ ◇ ◇
突然のパワーショベルの乱入はハクオロにとっても、衛にとってもまさに青天の霹靂であった。
余りの急展開についていくことの出来なかった二人だが、ことみが弾かれたように走り出すのを見て二人もまた駆け出していた。
もといた、校舎の中へと……。
手は先ほどまでと同様結ばれたままだが、その力はいまいち弱くなっていた。
突然の襲撃もそうだが、なによりさっきまでの言葉が二人の心に重く圧し掛かっていたのだ。
(なんと言うことだ……)
少女、ことみの言葉を思い出しながらハクオロは自身の顔から血の気が引いていくのをひしひしと感じていた。
あの時の四人はやはり、誰一人として殺し合いに乗っていなかった上、その内の一人は衛の姉妹の四葉であったというのだ。
さらに四葉は学校を抜け出した自分たちを追いかけて殺されたというのだ。
ハクオロとしては学校を出たところで校外で観鈴の放送を聞きつけたか、偶然通りかかった殺戮者に殺されたのだろうとあたりを立てたが、
目の前の少女は明らかにこちらを殺戮者と決めてかかっており、説得はきわめて難しいように思えた。
衛がいる手前、あの時すぐにでも疑惑を晴らしたいところだったが、さらに大石の銃のことを持ち出されては流石のハクオロと言えど、なんと言っていいのか分からなかった。
(まさかあの銃が暴発を起こすとは……)
あの銃がそんな欠陥品だったとは手渡したハクオロ自身知らなかったことだ。
第一あれは拾い物なのだからそんなことを確認している余裕も時間もなかった。
だが、事実として銃は暴発を起こし、少女と同行していた青年が失明したと言う。おそらく銃を撃ったであろう大石も怪我をしただろう。
少女はその後、大石がどうなったのかまでは語らなかったが、もしどうにか歩ける程度の怪我であったなら別個に移動したのだろう。
そしてもし、大石が殺されるか息絶えるその時まで他の参加者に「暴発する銃を押し付けたハクオロという男がいる」と言いふらしていたとしたら?
そうだとしたら明らかにまずいことになる。同じ主催に対抗する仲間を募るどころか、殺戮者と勘違いされて逃げられるか、襲われかねない。
(私は……私は一体どうしたらいいのだ?)
.
(四葉ちゃんを殺したのがハクオロさん? そんな……そんなことって……)
少女、ことみの言葉に衛は何がなんだか分からなくなっていた。
ハクオロさんと最初に出会ってから数時間、ほとんど別行動をしていた時間の方が長かったとはいえハクオロの人となりはなんとなくだか分かっているつもりになっていた。
最初に出会ったとき、ハクオロさんは観鈴さんと瑛理子さんが一緒だった。
二人とも凄くハクオロさんのことを信用していて、その時から頼りがいのある人なんだな。と思っていた。
再度合流した時には観鈴さんが亡くなった直後で、そこには観鈴さんや、ハクオロさんの知り合いのエルルゥさんとアルルゥちゃん、悠人さんの仲間だったエスペリアさんを殺した往人さんがいた。
本当なら、今すぐその場で往人さんを殺したいほど憎らしく思っていた筈なのに、ハクオロさんはそれを赦した。
皆で手分けして仲間を探すことになって、悠人さんや千影ちゃんたちと分かれてから今までずっと一緒に行動してきた。
さっきの放送で咲耶ちゃんの名前が呼ばれて、ショックを受けたとき、優しく慰めてくれた。
かけてくれた声こそ少なかったけど、握り続けていた手の暖かさが何よりも雄弁に語りかけてくれたし、それが力強かった。
本当に信頼できる人なんだなって思った。
だけどあの人は四葉ちゃんを殺したのがハクオロさんだと言う。
ハクオロさんの人柄を考えれば到底信じられない話だけど、今にも泣き出しそうな顔で心のうちに溜めていたものを一気に吐き出すようにまくし立てるあの人が嘘をついているようには思えない。
そして何より、さっきからハクオロさんの様子が明らかにおかしい。
最初のうちは否定しようとしていたけど、今はただ顔を蒼くして黙っているだけだ。
それは事実を突きつけられて愕然としているようにも、ありもしない濡れ衣を着せらてどう答えていいのか分からないだけの様にも見える。
今までの経験から言えば、ハクオロさんは白だと信じたい。誰も殺してなんかいないと信じたい。
でも、四葉ちゃんと一緒に行動していたと言うあの人の言葉も嘘だと決めてかかることなんか出来ない。
(ボクは……ボクは一体どうしたらいいの?)
【E-4 学校(西棟一階)/1日目 夜】
.
【歩く死亡フラグと恋する少女】
【思考・行動】
1:ショベルカー(名雪)から逃げる。
2:学校・住宅街を経由して病院へ
【ハクオロ@うたわれるもの】
【装備:Mk.22(8/8)、オボロの刀(×2)@うたわれるもの】
【所持品:投げナイフ×2、ビニール傘、ランダム支給品2(確認済み、武器ではない)
支給品一式×3、予備マガジン(8)x4、スーパーで入手した品(日用品、医薬品多数)、タオル、陽平のデイバック】
【状態:精神疲労、激しい戸惑いと後悔】
【思考・行動】
基本方針:ゲームには乗らない。
0:どうしたらいいんだ?
1:衛を守りつつ、ここから逃げる。
2:学校・住宅街を経由して病院へ
3:仲間や同志と合流しタカノたちを倒す。
4:トウカがマーダーに間違われるようなうっかりをしていないか不安。
5:悠人の思考が若干心配。(精神状態が安定した事に気付いてない)
6:少女(ことみ)からの疑いを晴らしたい。
【備考】
※校舎の周辺の地形とレジャービルの内部状況を把握済み。
※中庭にいた青年(恋太郎)と翠髪の少女(亜沙)が殺し合いに乗っていなかったことと、既に死んだことを知りました。(次回以降特記の必要ありません)
.
.
.
。
【衛@Sister Princess】
【装備:TVカメラ付きラジコンカー(カッターナイフ付き バッテリー残量50分/1時間)】
【所持品:支給品一式、ローラースケート@Sister Princess、スーパーで入手した食料品、飲み物、日用品、医薬品多数】
【状態:精神状態は正常、疲労軽程度、思考混乱、僅かだがハクオロに疑心暗鬼】
【思考・行動】
基本方針1:死体を発見し遙や四葉の死に遭遇したが、ゲームには乗らない。
基本方針2:あにぃに会いたい
基本方針3:悠人さんがいなくてもくじけない
0:ハクオロさん、信じていい……よね?
1:ハクオロと一緒にショベルから逃げる。
2:別れたメンバーを心配。
3:ハクオロの足手まといにならぬよう行動を共にする。
4:ネリネをマーダーとして警戒。
【備考】
※悠人の本音を聞いた事と互いの気持ちをぶつけた事で絆が深まりました。
※TVカメラ付きラジコンカーは一般家庭用のコンセントからでも充電可能です。充電すれば何度でも使えます。
※ラジコンカーには紐でカッターナイフがくくりつけられてます。
※医薬品は包帯、傷薬、消毒液、風邪薬など、一通りそろっています。軽症であればそれなりの人数、治療は可能です。
※日用品の詳細は次の書き手さんにまかせます。
【E-4 学校校庭/1日目 夜】
【一ノ瀬ことみ@CLANNAD】
【装備:なし】
【所持品:なし】
【状態:肉体的疲労極大、腹部に軽い打撲、精神的疲労小、後頭部に痛み、激しい憎悪、深い悲しみ】
【思考・行動】
基本:ゲームには乗らない
0:とにかく逃げる(現在の目標は中庭の例の場所で名雪をまいて、図書館方面へ逃走)
2:今後必要な物を集める為に商店街へ向かう
3:身体を休ませる
4:神社から離れる
5:工場あるいは倉庫に向かい爆弾の材料を入手する(但し知人の居場所に関する情報が手に入った場合は、この限りでない)
6:鷹野の居場所を突き止める
7:ネリネとハクオロを強く警戒
8:ハクオロの手から衛を救いたい。
※ハクオロが四葉を殺害したと思っています。(ほぼ確信しました)
※首輪の盗聴に気付いています。
※魔法についての分析を始めました。
※あゆは自分にとっては危険人物。良美に不信感。
※良美のNGワードが『汚い』であると推測
【水瀬名雪@kanon】
【装備:槍 手術用メス 学校指定制服(若干の汚れと血の雫)けろぴーに搭乗(パワーショベルカー、運転席のガラスは全て防弾仕様)】
【所持品:支給品一式 破邪の巫女さんセット(弓矢のみ(10/10本))@D.C.P.S.、乙女と大石のメモ、乙女のデイパック】
【状態:疲労小、右目破裂(頭に包帯を巻いています)、頭蓋骨にひび、発狂】
【思考・行動】
0:目の前のカトンボを全員叩き潰す
1:全参加者の殺害
2:月宮あゆをこれ以上ないくらい惨いやり方で殺す
【備考】
※名雪が持っている槍は、何の変哲もないただの槍で、振り回すのは困難です(長さは約二メートル)
※古手梨花・赤坂衛の情報を得ました(名前のみ)
※ハクオロという人物を警戒(詳細は聞いていないし、現在目の前にいるのがハクオロだとは気づいていない)
※千影の姉妹の情報を得ました(名前のみ、よって目の前にいるのが衛だとは気づいていない)
※乙女と大石のメモは目を通していません。
※自分以外の全ての人間を殺し合いに乗った人物だと思っています。
※パワーショベルの最高速度は55km。夜間なのでライトを点灯させています。
またショベルには拡声器が積まれており、搭乗者の声が辺りに聞こえた可能性があります。
※第三回放送はまるで聞いていません。
【校舎見取り図】
学校の建物配置は以下の通り。
┌─────────────────────
│ ┌──────────────┐
│ │ 校舎(東棟・4階) │
│ └──────┰───────┘
。 . ┃渡り廊下(1・2階)
│ ┌──────┸───────┐
│ │ 校舎(西棟・4階) @ │
│ └─━─────────━──┘
│ ┌─━─┐A
│ │ 体 │
│ │ 育 │
│ │ 館 │ B
│ └───┘ ↓正門
@ … ハクオロ&衛
A … ことみ
B … 名雪on theパワーショベル
━ … 出入り口(他にもあるかも…)
─ … フェンス
。 … 亜沙が侵入に使ったフェンスの穴
「……鷹野様、緊急事態です」
「――何。まだ……放送の時間までは大分あるはずよ」
メインモニターに座っている数人いるオペレーターの中で、最も若い男が大声で鷹野の名前を呼んだ。
鷹野は特に何をしていた訳でもない。
眼を閉じ、虚空を眺め、脳内でこれから先の展望図を描いていただけ。
BGMはスピーカーから流れて来る様々な声。
怒り、悲しみ、恐怖、喜び、狂気、不安、欲望、嫌悪、羞恥、絶望、そして憎悪。
島内は複雑な感情の波で満ち溢れている。
そんな"生きた"声に耳を傾け、その空間に浸っていたのだ。
鷹野はそんな至福の時間を邪魔され、怪訝な表情のま部下に視線を送った。
「朝倉純一、小町つぐみ、蟹沢きぬの三名が山頂に設置された電波塔の存在に気付いたようです」
「…………あら、もう?」
笑った。先程までの不愉快な表情は何処吹く風な雰囲気で。
途端に彼女が見せたのは艶美でそして、身の毛も弥立つような怪しげな微笑。
何がそんなに嬉しいのか。顔面にゆっくりと刻まれた喜色の皺は室内の人間を威圧するには十分過ぎるものだった。
電波塔。
C-5エリアの山頂付近に聳え立つソレは参加者の首輪と島内の通信を管理する最重要施設だ。
そもそも衛星を使用した位置探査システムでさえ、"現代の科学力"に秀でた人間の力を借りなければならなかった。
故に首輪を管理するためにそれ専用の施設を建造する事は必須とも言えた訳だ。
管理施設を複数設置するプランも持ち上がりこそしたが、舞台として用意された島に適当な場所が無いという理由で見送られた。
結局、取られた手段は中央の山頂に島内全てをカバーする電波塔を建築する事。
――そして。
「お薬、沢山プレゼントしたはずなのに。――フフフ、桜の力も弱まっているのかしら」
入江機関が製造した薬物と『枯れない桜』の力、そして深層催眠。
これらの力を併用して行われる意識の操作。
つまり『島のど真ん中に怪しげな塔が立っているのに、それをまるで気にしなくなる』という趣旨の暗示を全参加者に施したのだ。
「まぁ……いいわ。ところで、最初に気付いたのは誰?」
気圧されていた部下達が一斉に正気に戻った。
鷹野に報告した男(彼は小町つぐみを中心に彼女が所属するチームを担当している)が若干上擦った声で答える。
「はいッ。盗聴の結果によると小町つぐみ、であります」
『小町つぐみ』という名前を聞いた瞬間の鷹野は、一瞬非常に納得した感のある反応を示した。
つまり緩やかな肯定と受諾。
だがその直後、彼女はとある事を思い出す。
そして自らの記憶が間違いである事を祈るような、絶妙な顔付きで部下に一つの質問をぶつけた。
「……ねぇ、彼女以前も似たような事をしでかして無かったかしら」
「確か……数時間前程前、突然脈絡も無しに『これならゲームを潰せる』という旨の発言をしていたはずです」
「その時は言葉の意味が分からない、って理由で見逃したのよね」
「はい、あの時は鷹野様も『誰にでもうっかりする事はある』と申されていました」
「……百貨店でも似たような事、あったわよね?」
「はい、堂々と我々の――『東京』と『山狗』の話をしていたかと」
カリカリと軽く頭を描きながら目を伏せ、考え込む鷹野。
「……困ったわね。あまり積極的な介入はしたくないのだけれど。
内容も内容だし……何度もこんな気の抜けた行動を取られるのは、ね。
とりあえずここは投与した薬物をこんなに早く克服する辺りさすがキュレイ種、と褒めておくべきなのかしら」
「キュレイ種、でありますか」
男は聞き慣れない単語に思わず首を傾げ、その言葉を反復する。
そんな彼の反応が面白かったのだろうか、鷹野は口元を歪め途端に饒舌になる。
「……そうよね、知らないわよねぇ。くすくす……まだサンプルをうちの人間が夢中になって調べてるくらいだもの」
「サンプル……?」
「つまり純粋なキュレイ種たる小町つぐみの血液ね。フフフ……凄いのよ、コレ。
テロメアの無限回復、不老不死、代謝機能の著しい上昇、DNAの書き換え、あらゆる病気・ウィルスに対する抗生。
そう、例えばね……彼女何歳ぐらいに見える?」
モニターに映された小町つぐみの映像を横目に鷹野がそんな質問を投げ掛ける。
黒真珠色のしっとりとしたロングヘアー、若干釣り上がった目尻。
若い。どう見ても十代かそこらの少女にしか見えない。
その場にいた誰もが鷹野の質問、そして言葉の意味に少なからぬ疑問を抱いた。
「ええと……倉成武と夫婦なんですよね。でも、二人とも大分若いようですし……少し上澄みして二十歳くらいでしょうか?」
「四十歳」
「え?」
「四十歳よ、彼女。ちなみに二児の母。あなたより大分年上ね……くすくす」
「な……は……えッ!?」
瞬間、聞き耳を立てていた他の部下からも驚きの声が上がる。
それは当然、公式サイトのランキングでギャンブルに講じていた人間も含めての話だ。
所詮、彼らはカタログスペックだけを見て賭け事をしていたに過ぎない。
参加者達の詳しい情報まで十分に把握している人間は、この空間の中に鷹野三四を除けば誰一人として存在しなかった。
騒然となる室内。それもそうだろう。
賭けの対象、もしくは情欲を含んだ視線で見ていた少女が、まさか自分達よりも年上もしくは同年代だと知らされたのだから。
そんな部下達の喧騒を尻目に鷹野は眼を細め、独特の雰囲気のまま言葉を紡ぐ。
「ふふふ、お喋りはコレくらいにしておきましょう。さてと……ここは"盗聴"には気付いているチームなのよね?」
「は、はい。確証はまだ得られていませんが、おそらく間違いないかと。
加えて"脱出"を念頭に置いていると思われる不可解な行動パターンを取っています」
正気に戻った男が慌しくコンソールを操作すると、モニターに彼らのゲーム開始時から現在までの移動ルートが映し出された。
二つの光源が午前の段階でD-3エリアにおいて接近、そして接触。
島の北部を大回りに移動、その後真っ直ぐに南下。途中で蟹沢きぬと合流。
特に他の人間との交わりを避けている訳では無いようだが、明らかに他とは異なった進路を取っているのは明らかだ。
「どの盗聴器も健在?」
「はい。朝倉純一、小町つぐみ両名は正常に作動中。ですが……蟹沢きぬの盗聴器だけは機能を停止しています」
「……そう、ちゃんと盗聴器が作動しているグループなのよね、ここは。
とはいえアレだけは桜と例の機械技師が作ったインターフェイスの弊害、ね。
ゲームに意外性を盛り込む手段としては中々面白かったけど……。
短距離とはいえ、あの程度の特殊空間跳躍に盗聴器が耐え切れないなんて予想外」
そう憎々しげに呟く彼女の視線はモニター中央の地図、H-7エリアを見つめていた。
事は十二時間ほど前まで遡る。
契約者の戯れで設置された「海の家」の特殊義体、『メカリンリン一号』を介して行使される特殊移動装置を参加者の一人アセリア・ブルースピリットが初めて使用した時に起こった。
それまではどんな些細な独り言でさえ完全に拾い上げていた盗聴器が、彼女の空間転移と同時に機能を停止したのだ。
初めは単なる誤作動かと予測していたが、同様の事態が数刻前、月宮あゆ・蟹沢きぬが海の家を使用した時にも発生したのだ。
詳細は一切不明。首輪の製作者に問い合わせても「えー知らないよ、そんなの」の一点張り。
幸い首輪の根源的な機能である遠隔爆破装置と衛星測位システムに支障こそ無かったものの、予期せぬ失態であった。
「しかし鷹野様……どうなさるおつもりですか? この段階でアレの存在に気付いた以上、野放しと言う訳には……。
ですがあまりコチラから手を下す展開は望ましくないとも……」
男の表情には迷いがあった。
それもそのはず、ゲーム開始時に鷹野は自らの口で首輪を爆破する条件として"脱出しようとした場合"という条項を挙げている。
だが真相は違う。
ゲームに乗らない参加者が大多数を占める事など初めから予想通りなのだ。
加えて"首輪の解除や主催者側に牙を剥く参加者が現れる事"も分かっている。
なにしろこのゲームは初めから『最低限、脱出の可能性を残す』と言う大原則の元、行われているからだ。
参加者に施された暗示も特別な事をしなくても、ある程度の時間が経てば自然と解けるようになっている。
――もちろんその時点でまだ生存者がいる、という保障は無いが。
その他にも例えば工学や科学に関するトップクラスの知識を持つ人間、首輪の解析を可能にする道具やプログラム。
愛用の武器を手に入れ万が一真っ向勝負になった場合、戦闘訓練を積んだ兵士でさえ瞬殺されかねない実力者。
そして島内に無数に残された複雑怪奇な謎解き。
『最後の一人になるまで殺し合え』という趣旨からは明らかに外れる要素が多過ぎる。
男には鷹野が何を考えているかなど、まるで分からない。
彼が知り得ている事実は自分達、そして鷹野の上に黒幕らしき人物が存在する事。
『桜』という謎の存在の力を借りている事。
そしてその人物の意思が、このゲームにおいて非常に大きなファクターを占めている事。
これはそもそも鷹野が一人単独でこのようなプログラムを開催する意図が分からない、という理由から流れた実しやかな噂ではあるのだが。
それだけ、たったそれだけなのだ。
だが彼が無知な訳ではない。
事実この司令部に所属する人間の大半が彼と同じような情報しか持ち合わせていないのだから。
鷹野三四の真意とは一体何なのか。
それを理解出来ている人間などおそらくこの司令部の中には存在しない。
せいぜい技術部の主任か、鷹野の身近な人間。可能性があるとしてもコレくらいだろう。
最悪彼らでさえ、その事実を把握していない事も十分に考えるられる。
「……そうねぇ、少し腑抜けてる人達に気合を入れ直して欲しいところかもねぇ……」
鷹野は顎に指を這わせ、少しの間モニターを眺めていた。
視線の先には朝倉純一、小町つぐみ、蟹沢きぬの三名。
いや、彼らは物陰に隠れてしまっているので正確には身体の一部分しかこの角度では見る事が出来ないのだが。
室内カメラもそれなりに設置されてはいるが、やはり衛星を使った監視がベース。
あまり多くのカメラを設置してもソレを処理する為の人間が圧倒的に不足しているのだ。
「仕方ないわ、首輪を爆破しなさい」
室内の空気が、凍りついた。
だがそれは『人間が死ぬ』というこれから予想される未来に気を病んだからではない。
そもそもこの部屋にいる人間の大半は既に"死"に関する感覚が麻痺してしまっている。
ほとんどが自分の娘と同じぐらいの子供が泣き喚こうが、血を流して死のうが笑ってソレを受諾出来るような者ばかりだ。
数少ない"まともな"(だがこの空間では極めて異端な)人間も、この殺戮遊戯を止める術を持たない自らの非力を呪う事しか出来ない。
そう、沈黙の理由はただ一つ『ゲーム開始後の管理者介入による参加者の離脱』に対する拒否感であった。
俗に言う"見せしめ"として亡くなった二人の男女。勿論彼らがソレに選ばれたのは紛れも無い偶然だ。
彼らがもしも普通にゲームに参加していれば強いリーダーシップを発揮し、グループの中心になっていたかもしれない。
だがソレは所詮仮定に過ぎない。
未来は極めて不鮮明なもの。あの時点では予測こそ出来ても、確定的な予言を下す事など出来るはずもない。
だが今回のケースは違う。
既にゲームが開始してから二十時間余りが経過。
人数も半分を割り、一部の参加者に戦力や期待が集中する事態が発生している。
そしてこの状況下における反ゲーム派グループの首輪を爆破すると言う行為は、この戦力バランスを一気にゲーム派へ傾けるのに十分な効果を持つ事が容易に推測出来た。
「な……鷹野様、本気ですかッ!?」
「フフフ……私、冗談は嫌いなの。知ってるでしょ?」
「しかし積極的な参加者への関与は極力控えるように忠告されているはずでは……ッ!!」
報告をした男が慌てて鷹野に詰め寄る。
そう、男の発言はある意味的を得ている。
大した情報を持たない一オペレーターである彼でさえ、『極力ゲームへの介入は控える』という原則を理解している。
ならばソレを設定した鷹野が理解していないはずも無い。
それなのに何故? 男の胸中は疑問で一杯だった。
「くすくす……だって仕方ないじゃない。山頂の電波塔はこの殺し合いにおける根幹なんだもの。
アレは参加者にとって"存在してはいないもの"じゃなきゃならないの……まだね。
それにね……一応、ミス。"三回目"でもあるし」
鷹野の独特で人を謀るような笑い方。
低い特徴的なモーター音と多くの人間の呼吸音、猥雑で耽美でそれでいて複雑怪奇。
限りなく静寂に近いその空間に彼女の笑い声だけが響く。
確かに、ぼんやりと『脱出出来ればいいなぁ』などと考えているグループが犯す失態。
一方で『計画的に脱出する』と考えているグループが犯す失態。
同じ失言、失敗であったとしてもその意味合いは大きく異なる。
例えばどこか抜けている参加者の暗示が早期に解け、同行者に向けて「おい、あの塔は何だ?」と尋ねたと仮定する。
しかし、この度に首輪を爆破していたのではゲームにならない。
そのグループにアレを脱出と結び付けられる者が居なければそのまま見逃すだろうし、居たとしても警告を与えるなど、時期と状況によって柔軟に対応出来る。
だが何度もミスを繰り返すようだと流石に処分を考えなければならない。
歯の抜けた獣は淘汰されるべき、ソレは自然界の掟とも言える。
「ゲームを壊したいのなら、壊すその瞬間までルールには従っている振りをしてもらなわければ困るのよ。それが原則。
不思議な事について話す時、相談事をする時は筆談、もしくは音の出ない手段で……そこが線引きでしょ?
"脱出しようとした場合、首輪を爆破する"って、ちゃんと言ってあるんだから」
「とはいえ三人が山頂の電波塔に気付いたのはあくまで偶然であって――」
男は必死で食い下がる。
ここまでしつこいと周囲で成り行きを見守っている人間もこの彼の態度に疑問を持ち始める。
どうして、彼がここまで鷹野の決定に異を唱えるのか分からないのだ。
確かに彼は『賭け』には乗っていない。
彼がギャンブルに講じている姿を見た人間は誰一人としていないのだ。
彼はそこまで正義感に溢れた人間だったのか。
それとも自分が担当していた参加者に情でも移ってしまったのか。
そしてソレは、自分達の直属の上司である鷹野三四に真っ向から立ち向かえる程力強いものなのだろうか、と。
「――三人? ……ああ、あなた何か勘違いをしてるみたいね」
「か……勘違い、ですか」
目の前の部下を冷めた眼で見つめていた鷹野が彼の発言を聞いて「ああ、なるほど」と言う表情を見せた。
それは自分と相手における意見の相違。
根本的に話している土台が違った事を悟ったものが見せる特徴的な台詞。
「いくら私だって参加者が半分を切った段階でほとんど孤立しているチームを丸ごと爆殺させたりしないわ。
だってつまらないじゃない、そんな結末。
……うん、どちらにしろ電波塔の存在は脱出ロジックとして欠かせない要素だものね。
今回だけは、対価一つで手を打ってあげましょう。……ね、コレならあなたも納得出来るわ、きっと」
■
【……なるほど、ソレがつぐみの推理か】
【ええ。二人が見せた"完全に塔の存在を認識してない"ような素振り。そして"今は"実際に塔を認識出来ているという事実。
この二つが導き出す結論はただ一つだけ――】
【暗示、ねぇ……本当にそんな事する意味あんのかよ】
カニの台詞につぐみは小さく頷く。
『暗示』、俗に言う催眠術というものと良く似ている。
だが単純に全ての参加者に暗示をかける、というやり方ではムラが出来る可能性が高い。
このような精神に働き掛ける技術は個人差が強過ぎるのだ。
既に想像に近いがこの暗示を強化する意味で何か薬物を使用したのではないか。
つまり幻覚剤に近い精神に強い影響を及ぼす薬を。
それがつぐみの推理だった。
【そうね……あの塔には何か重要な役割があってそれを隠す為、って言うのが一番考え易いかしら】
【だな。立地的な事を考えると電波関係が一番素直な考えかな……】
ピッ
「え……」
それは誰の声だったのだろう。
分からない。その瞬間、三人ともが呆気に取られてしまった。
一人が、ペンを落とした。
カツン
乾いた音。
ピッピッ
止まない電子音。
周りは海、空には月。
特別な施設などほとんどない無音空間に小鳥のさえずりに似た不可解な音が響いた。
ピッピッピッ
「これはまさか……」
つぐみは思わず自分の首輪を握り締める。
全く聞き覚えのない音だ。
だけど分かる。全身の感覚が警鐘を鳴らす。
これは――首輪が爆発する時の音だ。
ピッピッピッピッピッピッピッ
「おい!! これって……ッ!!」
きぬも自分と同様に首輪を握り締めながら叫ぶ。
分かっている。彼女もコレが一体何の音なのか、直感的に理解しているのだ。
ピッピッピッピッピッピッピッピッピッピッ
音はどんどん大きくなる。
鼓膜が無機質なその音で一杯になる。
残響、余韻。耳が痛い。
つぐみときぬは顔を、見合わせた。
――なぜなら、その音は自分達以外の首輪から鳴り響いていたのだから。
「純一ッ!!!!」
「ヘタレッ!!」
ピッピッピッピッピッピッピッピッピッピッピッピッピッピッピッピッピッ
「……ごめんな、二人とも。俺、ここまでみたいだ」
電子音を響かせる首輪の主は笑いながら、そう呟いた。
そして二人から少し距離を取ると、まるでゴールした瞬間のマラソンランナーのように空を、天を見上げた。
両腕を思いっきり伸ばし、全てを抱きしめるような、そのまま背中から地面へ落ちて行きそうなポーズを取る。
何故アナタはそんなに笑っていられるのだろう。
どうしてこれっぽちもアナタは慌てていないのだろう。
想定される未来は絶対的な死。
裏返る事のない『死神』
大空には金色に光る月。
『月』
タロットにおける大アルカナの十八番目。
その意味は【不安】【混沌】【曖昧】
――違う。
大きく胸を張り、仰け反るように空を見上げる純一にとって月は普段とは"逆位置"
つまり【明瞭】そして……【混沌の終わり】
何故アナタは全てを受け入れたような顔で笑うのだろう。
「つぐみ、後は頼んだぞ。……きぬ、つぐみに迷惑かけるんじゃないぞ」
「純一……ッ!!」
「駄目、きぬ!! 行っちゃ駄目なの!!」
つぐみは純一の元に駆け出そうとするきぬを必死で抑える。
手を離せば今すぐにでも彼女は飛び出してしまう。そんな事をしても、もはや結末は変えられない。
そんな事になったら悲しむのはきぬ自身。
わざわざ自分達と距離を取った、純一の意思を裏切る事になる。
「……ことり、ごめんな」
ピッ
「見ないでッ!!!!」
つぐみはきぬの小さな身体を自分の胸に押し付けた。
彼女はゲームが始まる時にも目の前で親友を殺されている。
これ以上、彼女に辛い光景を見せたくは無かった。
……ん?
……アレ。
電子音が、止んだ。
しかし特別な音、要するに何かが爆発する音が聞こえてこない。
おかしい。ホールで少女が首輪を爆破された時、爆発の規模は小さかったが確かに"ボン"という音が響いた。
つぐみは恐る恐る顔を上げる。
――爆発、しない?
機械のさえずりが終了してから数秒が経過。もう少しで二桁になる。
ちなみに純一は先程のポーズのまま天を見つめている。
このままCMに入ったら絶好の"引き"になりそうなくらい決まっている。
少し、カッコいいかもしれない。
……。
数十秒が経過。そろそろ一分だ。
時計も一回りする。さすがにきぬも痺れを切らしてつぐみの胸から顔を上げた。
ちなみに純一は未だ先程のポーズのまま天を見つめている。
これは……鷹野三四がもしや、緩急を付けているのだろうか。
私達がホッとした所をいきなりズガン。確かにショックは大きいが、イマイチ締まらない気もする。
…………。
数分が経過。そろそろ三分だ。
カップラーメンを作るのにも手頃な時間。いい加減、馬鹿馬鹿しくなって来た。
ようやく、ここで純一が例のポーズを崩す。
そして一言。
「爆発……しなかったみたい」
語尾に『テヘッ☆』とでも付ければ少しは可愛げがあっただろうか。
緊張の糸がプツンと切れる。空気が、一気に軽くなる。
つぐみはヘナヘナとその場にへたれ込む。
純一も自分が死ななかった事にやはり安心しているのだろう。口元には若干の笑みが零れた。
しかし何だかんだで事態は丸く収まった。
清々しいほどのブラフという結末。一件落着だ。
そう約一名、感動や安堵とは違った感情に肩を震わせている少女を除いた話ではあるが。
「ふ、ふ、ふ、ふ……」
「ふ?」
「ふざけんな、ボケえええええええええ!!!!!」
「ぶ……ちょ、蟹沢……タンマ」
「歯ぁ食いしばれッ!!!!」
結局、純一に炸裂したのは首輪に仕込まれた爆弾……では無くて、きぬの鉄拳だった。
「なーにが『二人とも。俺、ここまでみたいだ』だよ!! このド阿呆が!! お前は新世界の神にでもなったつもりか!!」
「やめ、痛、げふ……手加減し……」
「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねッ!!!!」
つぐみはマウントポジションのままボコボコにされる純一と拳を振り上げるきぬをボンヤリと見つめていた。
その光景は『君がッ!泣くまでッ!殴るのをやめないッ!!』という感じ。
……泣いても許して貰える保障は無いが。
少なくともしばらく彼女の鉄拳制裁が止む事は無いだろう。
そして、噛み締めるようにつぐみは胸の中でその結末を唱えた。
首輪は、爆発しなかった、と。
「――お取り込み中、申し訳無いんだけれど」
「「「ッ!?」」」
結論を出すには――早過ぎた。
灯台の展望台の一つ上のフロア、つまりは光源のある方向から聞き慣れた声が響く。
「名演技だったわねぇ。思わず私も感動しちゃったわ」
「ぐ……」
「鷹野ッ!! てめぇよくもフカヒレを、レオをスバルを、皆を……ッ!!」
鷹野三四。声を聞いた機会は数回しかないものの、おそらく一生忘れないであろう相手。
天井に備え付けられたスピーカーに向けてきぬが啖呵を切る。
「……蟹沢さん。"今回"はあなたには用は無いの。少しだけ黙っていて貰えるかしら」
「な、なんだと、コラ!! ボクを舐めんじゃねぇ!!」
「――今日はね、二つお話をしに来たの」
「おい、ボケ!! 鷹野この野郎、ボクの話を聞けッ!!!」
「……きぬ、いいからちょっと静かにして」
放っておけば一時間だろうと怒鳴り続けそうなきぬを制止すると、つぐみはキッとスピーカーを睨み付ける。
どこか他の場所から自分達を見ているであろう、鷹野に向けて。
「話してもいいかしら。昔々、あるところに可愛らしい十二人の姉妹がいました。
彼女達は仲も良く、一人の兄と一緒に十三人で毎日楽しく暮らしていました」
「はぁ? いきなり何を……」
「……きぬ」
「う……わーったよ」
つぐみがジロリときぬに目配せ。
そのムードに気圧されてさすがにきぬも無駄口を止めた。
純一は黙ったまま、じっとスピーカーから流れる声に耳を傾けている。
「ですがある日、姉妹の中から"四人"だけが選ばれ、小さな島でとあるゲームに参加する事になりました。
――最後の一人になるまで殺しあう、"バトルロワイアル"という名前のゲームに」
「!?」
小さな島で行われるゲーム。
これは……もしや、ある参加者のグループの事を言っているのだろうか。
瞬間、三人ともが『名簿の中の特徴的な四つの名前』を思い出した。
『衛』『咲耶』『千影』『四葉』……名簿で苗字が書かれておらず、名前だけが記されていた四人を。
「姉妹は必死に生き抜こうと頑張りました。ですが所詮は非力な少女。
一人はボウガンで額を貫かれ、一人はアルコールを頭からかけられ生きたまま火を付けられて殺されました。
生き残った残りの姉妹も、一人は服から何まで持ち物を全て奪われ、暗闇の中で捕らえられています。
もう一人はほのかな恋心を抱く相手と別れ、ある反ゲーム派のチームリーダーと行動を共にしています。
ですが、目の前に現れた少女が突然こう言ったのです。『その男はあなたの姉妹を殺した犯人よ!!』と」
鷹野の話は壮絶だった。思わず三人は息を呑む。
一体この話の何処までが真実なのかは分からない。
だがこれが例の四人の話だとすると確かに、二人は既に放送で名前が呼ばれている以上、全くの虚構だと決め付ける訳にもいかなかった。
「ね……可哀想でしょ。この子達。それにね、もう一つあるのよ。彼女達の残りの姉妹の……」
「――何が、何が言いたいのッ!! 鷹野三四!!」
業を煮やしたつぐみが鷹野を怒鳴り付ける。
彼女の怒りはもっともだ。
鷹野の話は確かに他の参加者の情報、という視点から見れば有意義なものであったがソレに全く必要性を感じない。
「フフフ……怖いわねぇ、小町つぐみ。
……いいえ、年上なんだからつぐみさん、と呼んだ方がいいかしら。
でも彼女達の一番上の姉に火を付けて殺したのが、あなたの大切な人――倉成武だと知ったらどう思う?」
「――嘘、でしょ。そんな出任せに引っ掛かると思ってるの?
武は何があってもゲームに乗るような人間じゃない。そんな事は私が誰よりも理解している」
つまり鷹野は暗にこう言いたかったらしい。
『倉成武はゲームに乗っている、しかも非力な少女を残酷な手段で殺める事も辞さない、最悪の形で』
だが、つぐみにまるで動揺は見られなかった。
強固という言葉では表し切れないくらい、完璧な信頼が両者の間にはあった。
「フフフ、信頼してるのね、彼の事。
さてと……朝倉くん。実はね、あなたに一つだけ聞きたい事があるの」
「……言ってみろ」
「ねぇ朝倉くん、あなたは小町つぐみと初めて会った時、こう言ったはず。
『この島で殺し合いに乗ってる人間を止め、この島で生きてる人間全員でこのゲームから脱出する』と」
「……それがどうした」
ぶっきらぼうに返答する純一の声色は不機嫌の一言。
鷹野に対する生理的な嫌悪感が彼の全身から溢れ出していた。
「素敵よねぇ、理想論や世迷い言なんて単語じゃ言い表せないくらい素敵。
でもね、コレを知って同じ台詞が口に出せるかしら。
――少し前、あなたのたった一人残った最後のお友達、白河ことりさんが男の人に襲われたの」
「……ッ!! ことりが……だと」
"白河ことり"の名前を出され、純一の表情が一瞬で曇る。
狼狽。高い身体能力を持ち合わせる倉成武と違い、彼女は何の力も持たない少女に過ぎないのだ
「くすくす、勿論ただ襲われたって訳じゃないわ。……分かるでしょ、あなたも男の子なんだから」
「な……ま……さか」
"男の子"というキーワードに純一が酷く反応する。
隣で鷹野の言葉を聴いていたつぐみときぬが顔を見合わせた。
「アレは見物だったわぁ。私も少しだけ興奮しちゃったもの。
……まぁ、部下達の熱狂振りの方が物凄かったけれど。
ことりさんの悲鳴が木霊する度、衣服が破かれていく度、ドンドン室内のボルテージが上がって行く様は凄かったわねぇ」
「そん……な……でも、ことりは……」
隣できぬが「え……マジで」と小声で吐き出すように呟いたのをつぐみは聞き逃さなかった。
ここまで言われればどんな馬鹿だって何が起こったか分かる。
要するに純一の探し人、白河ことりは男にレイプされたと言いたいらしい。馬鹿馬鹿しい。
もちろん真っ赤な嘘である可能性は非常に高い。
身近な人物の不幸を捏造する事で精神的なショックを与える――卑劣な手だ。
だがどう考えても口から出任せに決まっている発言も、純一にとっては相当なショックだったようだ。
確かに、つぐみには武が殺し合いに乗らないという確信があるが、純一にはことりが襲われない確信を持つ術は無い。
嘘だと分かっていても否定材料が足りない。
考えれば考えるほど、深みに嵌って行く。
「……ことりさんは"生きて"はいるわよ。でもね……"死んだ方が幸せ"って言う考え方もあるの。
今頃は男の人と森の中のホテルに向かっている頃かしら……くすくす」
「嘘……だ」
ホテル。これまた具体的な単語が出て来たものだ。――そして酷く生々しい。
しかもここ、灯台から行こうと思えば十分に行ける距離だ。
必死にスピーカーから流れる声を否定する純一が痛々しく見えた。
「……私が言いたかったのはソレだけ。
そうね、二人の言う通り全部嘘……嘘よ、フフフ。気にする必要なんて無いわ。
じゃあ、"言葉"には気をつけて。"次"は無いわよ、二人とも」
■
「……少し、やり過ぎだったのでは」
「……フフフ、どうしてかしら? 私は"何一つとして"嘘は言っていないじゃない」
「まぁ、それは確かに。ですが白河ことりが今ホテルに向かっているのは鳴海孝之に襲われた後高嶺悠人に保護されたため。 それに襲われてる最中だって、激高している人間ばかりだったじゃないですか」
天性のアイドル的素養。
そんなものが本当にあるかどうかは知らないが、確かに白河ことりは独特のオーラを持っている。
つまり一方的に見る側の人間、大衆を熱狂させる才能だ。
それはこの司令部でも同じ事で、彼女に熱を上げている人間は他のどの参加者よりも多い。
故に白河ことりが鳴海孝之にレイプされかかった時、司令部では複数の人間が暴動を起こしかかる事態にまで至った。
最悪、暴走し掛かった彼女の担当オペレーターに鳴海孝之の首輪が爆破されてしまう――その寸前まで。
彼らが言うには綺麗なまま殺されるならばまだいい。
だが鳴海孝之のような最低の下衆に彼女が犯されるのだけは我慢ならなかったらしい。
衣服が破かれる度に上がるのは歓声などでは無く悲鳴、という訳だ。
結局見かねた鷹野の一喝と救世主・川澄舞の登場によって、事態はなんとか収拾したのだが。
「……忘れたわ、そんな事は」
「それに倉成武が咲耶を殺害したのは彼女がゲームに乗った人間だったからで……。
まぁ、今となっては彼も"殺す"立場に回っている訳ですが」
確かに倉成武は咲耶を殺した。これは紛れも無い事実だ。
だがソレは何人もの人間が入り乱れての大乱戦の結果であり、仲間を守るための精一杯の行動であった。
「しかし何故、蟹沢きぬに対して何も言わなかったのですか? 彼女の知り合いもまだ何人か――」
「蟹沢さんの盗聴器は壊れているから。――彼女が何を"喋って"も私にはソレを裁く権利は無いわ。
大体……彼女の知り合いにはもう碌な人間が残っていないもの。皮肉な事にね」
そう言われて、男は納得した。
一人はゲームに乗った人間、そしてもう一人はゲームに乗った鳥。
確かにマトモな知り合いは皆無だ。
しかも既に蟹沢きぬは佐藤良美に対して不信感を抱き始めている。
「それと……どうして警告に留めるだけでなく、あんな間を置くようなやり方を取ったのですか?」
「例えば……そうね。あなた、煙草は吸う?」
「た、煙草ですか? まぁ一応それなりには……」
煙草。あまりに突拍子も無い例えに男は曖昧な解答を述べる事しか出来なかった。
「それじゃあ、禁煙する人の『最後の一服』と言えばイメージが湧くかしら」
最後の一服。
それは長年煙草を吸い続けた人間が、健康などを理由に禁煙する際に吸う最後の一本の煙草を差す。
大概にしてこの"禁煙"という行いは成功しないため、実際には本当のラスト、とは行かない場合が多い。
「――平穏よ」
「平……穏?」
「私はあの子達に"最後の平穏"をあげたかったの。
見たでしょう? 首輪が爆発しないって分かった瞬間の三人が見せたほっとした表情」
男は鷹野の言葉に寒気を覚えた。
言葉面だけを見れば、その言葉は慈愛や同情と言った憐憫の感情に満ちているように見えただろう。
だが真実はもっと別。
最後の平穏、それはつまり彼らにはもう心が休まる瞬間は訪れないと宣言しているに等しいのだから。
「それが……鷹野様の言う『対価』なのですか」
「くすくす、ただ私は不協和音をばら撒いただけ。あとは勝手にあの子達が昇華させてくれるわ。
崩れる時は硬い砦ほど呆気ないもの。私は"何一つとして"嘘はついていないわ。
一つでも真実に辿り着いた時……あの子達が被った"嘘"の仮面は剥がれ落ちる。
後は何もかもが自然と崩れていくわ……フフフ」
【司令室/1日目 夜中】
【鷹野三四@ひぐらしのなく頃に 祭】
【状態:????】
【思考・行動】
基本思考:ゲームを完結させる
1:???
【備考】
※「海の家」における移動機能を使用した場合、首輪に備え付けられた盗聴器は壊れます。
現在【アセリア】【蟹沢きぬ】【月宮あゆ】【土見稟】の4名の首輪は盗聴機能停止中。
よってディーがあゆに接触した事実を鷹野達は知りません。
※C-5に設置された電波塔(支給された地図には載っていない)によって、島内の通信と首輪の制御を行っています。
※入江機関が独自に開発した薬物と初音島の枯れない桜の力、暗示によって、参加者に『山頂にある電波塔を意識しなくなる』暗示をかけています。
スピリットであるアセリア、キュレイウィルスのキャリアである倉成武はこの暗示が早期の段階で解ける可能性があります。
ちなみに土永さんの暗示が簡単に解けたのは彼が動物だからです。
小町つぐみ、蟹沢きぬ、土永さんはこの事実に気が付きました。
【C-8 平原/1日目 夜中】
【カニとクラゲと暫定ヘタレ】
基本思考:ゲームを止める
基本方針1;座礁したフェリーを確認後、教会、船着場、病院の順番で行く。
基本方針2;その最中でゲームに乗ってないものと合流できたら合流する。
基本方針3;またそのなかで暗号文、廃抗別入り口、禁止エリアでカモフラージュされた何か、電力の供給源、首輪の解除方法、の手がかりも見つける
【備考】
※佐藤良美とネリネをマーダーとして警戒しています。 鳥も参加してる事も知りました。
※盗聴されている事に気付きました
※雛見沢症候群、鷹野と東京についての話を、梨花から聞きました。
※鷹野を操る黒幕がいると推測しています
※自分達が別々の世界から連れて来られた事に気付きました
※つぐみ達の車にキーは刺さっていません。燃料は軽油で、現在は約三分の二程消費した状態です。
※山頂に首輪・脱出に関する重要な建物が存在する事を確認。参加者に暗示がかけられている事は半信半疑。
※山頂へは行くとしてももう少し戦力が整ってから向かうつもり。
【小町つぐみ@Ever17 -the out of infinity-】
【装備:スタングレネード×9、ミニウージー(16/25)】
【所持品:支給品一式x2 天使の人形@Kanon、バール、工具一式、暗号文が書いてあるメモ】
【状態:健康、】
【思考・行動】
基本:武と合流して元の世界に戻る方法を見つける。 ゲームを終わらせる。
1:ホテルに行くべきか悩んでいる。
2:武を探す。
3:ゲームに進んで乗らないが、自分達と武を襲う者は容赦しない
4:圭一を探す(見つければ梨花達の事を教える)
【備考】
赤外線視力のためある程度夜目が効きます。紫外線に弱いため日中はさらに身体能力が低下。
参加時期はEver17グランドフィナーレ後。
※純一 とは音夢の死を通じて絆が深まりました。
※音夢とネリネの知り合いに関する情報を知っています。
※北川、風子、梨花をある程度信用しました。
※投票サイトの順位は信憑性に欠けると判断しました。
※きぬを完全に信用しました。
※鷹野の発言は所々に真実はあっても大半は嘘だと思っています。
【蟹沢きぬ@つよきす-Mighty Heart-】
【装備:拡声器】
【所持品:竜鳴館の血濡れのセーラー服@つよきす-Mighty Heart-、地図、時計、コンパス
支給品一式x3、投げナイフ一本、ハクオロの鉄扇@うたわれるもの 散りゆくものへの子守唄、
麻酔薬入り注射器×2 H173入り注射器×2、炭酸飲料水、食料品沢山(刺激物多し)】
【状態:強い決意、両肘と両膝に擦り傷、左手指先に切り傷、数箇所ほど蜂に刺された形跡、首に麻酔の跡、疲労小】
【思考・行動】
基本:ゲームに乗らない人間を助ける。ただし乗っている相手はぶっ潰す。
1:鷹野がむかつく。
2:圭一、武を探す
3:病院に行った後、宮小路瑞穂達を探す。
4:ゲームをぶっ潰す。
5:よっぴーに不信感。
【備考】
※仲間の死を乗り越えました
※アセリアに対する警戒は小さくなっています
※宣戦布告は「佐藤」ではなく「よっぴー」と叫びました。
※つぐみを完全に信用しました。つぐみを椰子(ロワ不参加)に似てると思ってます。
※鷹野の発言は所々に真実はあっても大半は嘘だと思っています。
【朝倉純一@D.C.P.S.】
【装備:釘撃ち機(20/20)、大型レンチ】
【所持品:支給品一式 エルルゥの傷薬@うたわれるもの オオアリクイのヌイグルミ@Kanon】
【状態:精神疲労・強い決意・血が服についている】
【思考・行動】
基本行動方針:人を殺さない 、殺し合いに乗ってる人間を止め全員での脱出
0:ことりが……嘘だろ?
1:ホテルが気になる
2:つぐみと蟹沢で武を探す。
3:つぐみと蟹沢を守り通す
4:ことり、圭一を探す。
5:さくらをちゃんと埋葬したい。
純一の参加時期は、音夢シナリオの初キス直後の時期に設定。
※つぐみとは音夢の死を通じて絆が深まりました。
※北川、梨花、風子をかなり信用しました。
※蟹沢を完全に信用しました。
※自分自身をヘタレかと疑ってます。
※鷹野の発言は所々に真実はあっても大半は嘘だと思いたい。
「うおぉぉぉ!! すげー何だこの景色」
「……夜の灯台ってこんな風になるんだな」
純一ときぬは灯台の光源の真下に設置された展望台から見える景色に歓声を上げる。
つぐみはそんな二人を尻目に小さな溜息をついた。
気苦労。
一言で表現するならば、その単語に尽きる。
なにしろ本来ならば目と鼻の先ぐらいの距離のはずのA-7エリアからここにやってくるまで、丸々一時間も使ってしまったのだ。
しかも"車"という移動手段を確保していながら。
まぁ、それもこれも全部乗っていた車が故障してしまった為、ソレを平地まで押して来たからなのだが。
あの車を手に入れたのは、まだつぐみがネリネや音夢と一緒にいた頃まで遡る。
それなりの距離を走ってこそいたが、燃料切れにはまだまだ遠い。
だが深い森、しかもあそこまで足元のおぼつかない地形を走ったのは初めてだった。
ジープや四輪駆動の車と言うわけでも無く、軽油を燃料にして走るオンボロ車なのだから少し無理をさせ過ぎてしまったのかもしれない。
森の中腹辺りで完全に機能停止してしまった車を置いていこうという意見も出たのだが(主にきぬから)、さすがにその判断を下す勇気はつぐみには無かった。
まず第一にこれから先、私達は相当長い距離を移動しなければならないという事。
ルートこそ確定ではないが、少なくとも島の東部に位置する病院辺りまで足を伸ばす予定。
時間が掛かり過ぎる為、またきぬが「海の家にはポンコツしかいねーよ」などと言っていた為、海の家はルートからはずした。
しかし"足"となる乗り物は絶対必要である。
そしてそう易々とキーが刺さったままの車を入手出来る訳がない事も拍車を掛ける。
これに燃料がしっかりと入っている確立、故障などの問題無く走行できる確立。
これらの要素を掛け合わせれば、あの時点で車が確保できたのは奇跡に近かったとさえ言い切れる。
(でもまぁ……こんなご褒美があるなら、アレだけ苦労した価値はあったかもしれないわね)
「おい、ヘタレ! 見てみろよ、あそこ何か跳ねたぜ!」
「……どこだよ。気のせいじゃないか?」
無邪気にはしゃぐ二人の姿を視界の中に収めながら、つぐみはそんな事を思った。
ここまで辿り着くのに紆余曲折あったものの、それが報われたような気分になってくる。
――第三回定時放送。
つぐみと純一の知り合いで名前を呼ばれた者は一人のみ。
百貨店で出会った少女、古手梨花の探し人である赤坂衛だけであった。
だけど、あの子。蟹沢きぬが見せた一瞬の深い、悲しみの表情。
出会い頭につぐみ達に問い掛けた『土見稟』という名前。
その二つが導く答えは一つだけ。
――大切な人間の死、その結論に辿り着くために何の障害も無かった。
一言だけ、「やっぱりあいつ……」そう呟いたきぬの口元。震える肩。
伏目がちに地面を見つめる視線。前髪で隠れてよく見えない目元。
つぐみと純一はしばらく何も見ていない振りをするしかなかった。
■
島の最南端A-8エリア。太陽が完全に顔を隠し、黒色の壁紙で空が覆われた時間帯。
潮の臭いと絶え間なく鳴り続ける波音の中、この真っ白い塔は立っていた。
地図で何があるのかは分かっていたが、実際に足を運んでみると中々立派な代物で驚かされた。
そもそも灯台と言っても様々な種類がある。
天を貫くような高さを誇るものから、祠か何かと勘違いしてしまいそうになるくらい低いもの。
材質もコンクリートから木造、石造り、レンガと多岐に渡る。
この島の灯台は現代的なコンクリート造りのようだ。高さも意外とあって、30mから40mと言った所だろうか。
塔の内部にある程度の生活空間が作られているのも印象的だった。
「……まったく、二人とも。ここに何しに来たか、ちゃんと考え……!?」
自分達が今どんな空間にいるのかを忘れ、"海側"の風景にエキサイトしている二人を嗜めようと視線を散らした瞬間。
つぐみの眼に"全く今まで見た事の無いもの"が飛び込んで来た。
「……なに……あれ?」
山側。丁度自分達が立っている場所から見ると北東にキラリと光る建物が建っているように見えたのだ。
眼を凝らす。
そこにあったのは――
「……塔?」
結構な高さを誇の山の丁度山頂付近に黒く染まった塔が立っているのを発見したのだ。
塔。英語にすればタワー。
タロットにおける大アルカナの十六番目。モチーフは有名なバベルの塔。
やはり絵柄として言えばマルセイユ版のやけにファンシーな―それだけに不気味な―、塔から人が落下している映像が浮かぶ。
正位置であろうが、逆位置であろうが不吉なカードである事に変わりは無い。
その意味は【崩壊】【災害】【悲劇】など最悪なものばかり。
もっとも『塔』と聞いて、いきなりマイナス方向に話を持っていくのはいくらなんでも有り得ないのだが。
島全体を見渡せる位置にある事、真っ黒いカラーリング。
そんな要素だけで何故か重苦しい支配的なイメージを受けてしまった。
加えて山頂の南西の方角。微妙に光って見えるのはB-6エリアに設置された「鉄塔」だろうか。
どうやら「鉄塔」というのは送電設備を備えた鉄塔、という意味だったらしい。
つまりはアレが電力を供給する為の重要な設備になっている、という事か。
これは山頂にある塔を含めて調べてみる価値がありそうだ。
……ん。
あれ。
ちょっと、待って。
可笑しい。変だ。だって――
つぐみは浮かれているバカップルにしか見えない二人に向けてある一つの質問を投げ掛ける。
直線にして数メートル。声を張り上げれば十分に届く距離だ。
「ねぇ二人とも! あの山の上に何か立っているの、見えるわよね?」
「………………はぁ? クラゲ何言ってんだよお前。何もねーじゃんアソコ」
「え……カニ!! あなた視力は――」
「ボケ、両眼とも2.0だい!! ド近眼バカと一緒にするんじゃねぇ!!」
否定。何一つ淀みの無い完全なNO。
嘘。
そんな馬鹿な。
思わずつぐみはカニの隣に立っている純一を、縋るような視線で見つめた。
「純一は……見えるわよね?」
「……いや、俺も同意見だ。…………山の上には"何も"無いぞ?」
頭をハンマーか何かの鈍器で思い切り叩かれたような感覚。とんでもない衝撃をつぐみは受けた。
二人はまるで嘘や冗談を言っているようには見えない。
その返答は自分達の解答に疑問どころか、確信を持つ必要性すら感じていない。
完璧なまでの素の答え。彼らにとって今の行動は、ただありのままの事を喋ったに過ぎないのだ。
確かに今は丁度二十時を回った所。夜の帳が降りて完全に外は暗闇の世界。
"今は"赤外線視力を持つ自分でなければ、アレの存在には気が付かないのかもしれない。
――だけど。
思わずつぐみは左腕の時計を確認する。時刻はそろそろ十九時半になろうとする辺り。
もうすぐゲーム開始から二十時間が経過する訳だ。
そして思い出す。
ゲームが始まって、最初に出会った襲撃者をやり過ごしたその後の自分の行動を。
そう、自分は確かに『山頂とコンパスを使って方角を確かめて』から新市街地へ向かったのだ。
――あんな塔なんて……記憶に、無い。
「おかしい、有り得ない……二人ともちょっとこっちに来て!!」
「わ、ちょ、おい!! 引っ張るんじゃねーよクラゲ!! 襟を掴むなって!!」
「つぐみ、どうしたんだ、一体……?」
つぐみは未だに状況がまるで理解出来ていない様子の二人を無理やり展望台の最北端に引っ張って行く。
……いや、自分も似たようなものか。
十分に今在る現実と自分の中の記憶が結び付いていない。
記憶の欠落? 馬鹿な、そんなはずは無い。
だって今、塔は確かに目の前に見えるのだから。
「ほら、よく見て二人とも!! あそこにうっすらと光ってる黒い塔があるでしょう!!」
「はぁ〜? ……やっぱり何もねぇじゃん。クラゲ、いくらUFOとクラゲの形が似てるからってソレを見間違うってどうなのよ」
「……純一ッ!!」
「変……だぞ、つぐみ。お前らしくも無い……いきなりそんな事を言い出すなんて」
「――っ!!」
なんで、どうして、そんな馬鹿な。
目の錯覚? 少し遅い白昼夢?
違う、自分は正常だ。至ってノーマル。どこもおかしな所なんて無い。
それとも何か、妙な病原菌にでも感染して頭に疾患でも出来てしまったのか。
いやそれもNOだ。だって自分にはどんなウィルスも効かないのだから。
(……おい、ヘタレ。クラゲ、どうしちまったんだよ? 落ちてる菓子でも拾って食ったのか?)
(俺が知るかよ。それにヘタレとか言うなって)
衝撃に打ちひしがれるつぐみの目の前で、堂々と二人が内緒話をしている。
内容もまるで隠せていないのに。
多分、この二人はバカというよりもお人好しなのだろう。
その証拠に奇妙がるよりも心配するニュアンスの方が強い。
(ヘタレはヘタレだろうが。……塔、なんて無いよな)
(ああ……確かにあそこには何も――ッ!?)
「つぐみッ!! 塔!!」
「……え?」
「おい、蟹沢。よく見ろ、じっと眼を凝らして離すんじゃないぞ」
「ちょ、おい、ヘタレ!! こら、顔を掴むな!! レディにはもっと優しく接しろ……って? ありゃ?
変……だな。確かに……なんか立ってんじゃん」
「良かった……でも何で……」
つぐみは思わず胸を撫で下ろした。
気付いた。やっと二人が塔の存在を認識してくれた。
……アレ。
妙だ。
『どうして、三人ともじっと注視するまで塔の存在に気が付かなかった』のか。
そして『どうして三人ともこんな時間になるまで、あの塔の存在に気付かなかった』のか。
……これは、もしかして。
つぐみは急いで自分のデイパックから筆記用具を取り出すと周りから盗み見されないように体勢を低くする。
そして純一とカニにもしゃがむように合図を送る。
紙にペンで文字を殴り書きすると無言でソレを二人に突き付けた。
【二人とも、今から気付いた事を話すわ――紙とペンを用意して頂戴】
■
『参加者の皆さん、定時放送の時間が来たわ。
この時間まで生き残れた人は今日という日の夕日をしっかりと目に焼き付けておくことをお勧めするわ。
明日のこの時間まで生きていられる保証なんてないのだから』
「うっ……うん……?」
頭に響く面倒で苛立たしい声に、金色の髪の少女が目を覚ます。
場所は商店街、とある店の一室で少女――――大空寺あゆは目を覚ました。
期限は最悪、気分は最低。彼女を知る者が今の彼女を見たのなら、確実に近寄ろうとはしないだろう、そんな顔。
のそり、と気分悪そうにデイパックからメモと筆記用具を取り出した。
核弾頭と形容できるほど爆発しかけのあゆは、ふらつく頭をフル回転させて現状を把握する。
『今日は100点満点をつけたくなるような素晴らしい夕日よ。冥土の土産には丁度良いんじゃないかしら?』
「あん……? 夕日ぃ……?」
窓の外を面倒くさそうに見やる。それは見事な黄昏だった。
見る者は思わず感嘆のため息をつきそうな、鷹野の言うとおり100点満点の夕焼け。
未だかつて、ここまで素晴らしい夕日を見たことはない。そう呟く者だっているかもしれないほどの、落日。
だが、あゆにとってこの光景は感動するような代物じゃなかった。
見ていて気分が滅入る。こんな湿っぽいものは元々好きじゃなかったが、今の彼女には何を見ても腹立たしい。
御託はいらなかった。どうせ自分には関係のないこと。
大体、黄昏なんて見ていたら気分が沈んでいくというものだ。あゆは苛立たしげに髪を掻き毟っていた。
『それでは始めましょう、今回も私が担当させてもらうわ。
くすくすくす……そろそろ私の声も聞き飽きてきた頃かもしれないけど、今回は我慢してね。もう少ししたら別の人間にも放送させるから……』
「ふん……他にも仲間がいるって、暗に警告してんのか……?」
この場合の別の人間とは、下っ端とは別の奴。鷹野の協力者か、もしくは黒幕でもいるのか。
ある意味、当然の再確認。今更眉を潜めるようなものじゃない。
あゆは気分が悪そうに胸を上下させ、うつ伏せに寝転がりながらメモにペンを走らせていく。
禁止エリアが発表された。
いずれもあゆの現在地とはまったく、関係のない場所。興味なさそうにとりあえず、書き込んでおく。
(神社と……百貨店、ねえ)
鷹野は主要な建物のあるエリアを禁止したくない、そう前置きしながらもこの二つを指定した。
それはどんな意味を持つだろうか。恥ずかしがりやなウサギさんを連想する。
何故か佐藤良美と一ノ瀬ことみがウサギの格好をして野山を跳ねていたので、とりあえず想像の中で撃ち殺しておいた。
『それに、あまり一箇所に人が集まられても困るしね。
楽しくないじゃない? そんなの。
血で血を洗うのがこのゲームの本質なのよ。
今回指定された禁止エリアは、貴方達が参加させられたこのゲームの主旨を忘れないように釘を刺す意味もあることを教えておくわ』
その言葉は有力な情報だ。
今の鷹野が言うには、神社と百貨店には参加者が一同に集まっているということになる。
もちろん、殺し合いに乗った人間と殺し合いを止める人間の両方なら、主催者はニヤニヤしながらその地獄を眺めるだけだろう。
だが、禁止エリアに指定してわざわざ分散させた。それはどういうことか。
『じゃあ、次は死亡者の発表ね。
大丈夫、今回は死人も少ないから貴方の大切な人が死んだ確率も低いわ。
もし、大切な人が死んだりしたら……その時は運がなかったと素直に諦めましょう。
――第二回放送から今までの六時間で死亡したものは』
死人が少ないと言っても、すでにこの島で出逢った知り合いが二人死んでいるだろうことは予測している。
一抹の期待も抱かなかった。そんなもの、抱くだけ辛かった。
自分は夢想家じゃない。こんな地獄をまざまざと見せ付けられて、どうして希望を抱くことができるのだろうか。
そうして数秒後、ただ現実だけを突きつける放送がクライマックスを迎えた。
『大切な人を殺されたそこの貴方、その気持ちを忘れずにいつまでも大切になさい。
そして憎みなさい。 貴方の大切な人を殺した人物を。
その気持ちは必ず貴方を動かす原動力となるわ。憎しみほど生きる力になる物は無いのよ』
「ああ、そいつだけは同意してやるさ……鷹野」
予想通りの答えの中に、不意打ちのように突きつけられた衝撃。
あゆの中には憎悪が宿り、思わず店の中にあった何の意味もない時計を黄昏の映る窓へと投げつけた。
ガラスが割れる音も気にならなかった。何もかもが気に入らなかった。
(時雨……悪かったね。あたしゃ、やっと出来た仲間を見殺しにしちまった)
分かっていた。あの状況で時雨が生き残る可能性は1%も存在しないことは。
だから何の期待も望みも抱かなかった。だから名前が呼ばれたときも、『ああ、やっぱりか』などという冷めた感想しかなかった。
そのはずなのに、急激に虚しくなってしまった。空っぽになった心の中に、憎しみという黒い感情が支配していった。
何故か。
覚悟していたはずなのに、どうしてあゆはその覚悟を崩されてしまったのだろうか。
それは時雨亜沙の名前が呼ばれる直前の出来事。彼女の名前にだけ意識が行っていたために起こった、奇襲だった。
『神尾観鈴――――鳴海孝之――――』
「え・・・?」
驚いた。名前を呼ばれたことに驚いてしまった。
あんな糞虫と、あんなヘタレと、さんざんに罵倒していながら。うざったい奴だと思っていたあの男が。
それでも、結局見捨てることはしなかった、この島で唯一あゆの古参の知り合いだったあの男が。
死んだ、殺された、名前を呼ばれた、どうせ逃げ回りながら生き延びているだろうと、疫病神みたいにも思っていたのに。
がくり、とうな垂れてしまった。覚悟を突き崩されてしまった。
その彼女に追い討ちをかけるように、時雨亜沙の名前が呼ばれた。それが更にあゆを打ちのめす。
「ふっ、あははは……はははははははは……!」
どうして嘆く、と自問する。
どうして哂う、と自問する。
どうして怒る、と自問する。
鳴海孝之が生き残る保障なんてどこにもなかった。
結局、自分はあのヘタレには出逢えなかった。ずっと命がけの殺し合いを演じてきたのだ。
いくら出逢っていたとしても、きっと逃げ遅れて殺されていただろう。どうせ同じなんだ、とあゆは自分に言い聞かせる。
「はははははは、あははははははははっ!!!」
大体、あのヘタレが死んだからどうだというのだ。
相沢祐一が死んだときも、何の後悔も抱かなかった。月宮あゆを見つけたときは殺すことも助けることもしなかった。
時雨亜沙を見捨てたときも、後悔はしたが泣くことはしなかった。
なのに、何故笑う。何故怒る。何故嘆く。どうして涙が出てくる。
あんなヘタレが死んだからどうだと言うのだ。
それは大空寺あゆには関係のないこと。所詮、鳴海孝之はここでくたばる程度の男だった、それだけのことだ。
「うっ……うぁぁぁっ……!」
だから、全て忘れてしまえ。
そんな些細なことに心を痛める暇はない。だから、この痛みは全てどこかに放出してしまえ。
吐き気に顔を歪ませながら、腹を痛めながら、あゆはこの島で唯一の世界の知り合いに別れを告げるかのように。
『それじゃあ、次の放送は六時間後よ。
この六時間を生き残れば貴方達はめでたくこのゲームが始まって24時間生き抜いたことになるわ。貴方達に神の祝福がありますように……』
「うぁぁぁあああああああああーーーーーーーっ!!!!」
憎悪と悲しみを全て、何もかも、大空寺あゆの悲しみで天を穿つように。
一切の打算も、余裕も、考えもない無垢な絶叫を。
もはや届かない数々の人々。死んでしまった仲間の時雨亜沙や殺されてしまった知り合いの鳴海孝之に向けて叫んだのだった。
◇ ◇ ◇ ◇
「……少し、冷静じゃなかったさね。反省せにゃ」
商店街、今度は放送を聞いた店からかなり離れた店へ。
さっきの絶叫を聞いて、殺し合いに乗った参加者が集まってくるかもしれない。冷静さを取り戻したあゆはその場を離れていた。
本来、ここには爆弾を作りにきたという名目のために訪れたのだが。
やはりというか、さっぱり爆弾を作り方が分からない。信管とか、その類があれば化学反応による簡易的なものが作れたのだが。
残念ながら、爆弾という強力な武装は諦めないといけない。少なくとも参加者を警戒しながら、爆弾の道具を探すことは出来ない。
(ま、本来の目的はその参加者なわけだけどさ)
商店街のような場所なら、参加者が集まっている可能性が高い。
爆弾はついでに、本当は他の参加者と合流するためにここに来たのだ。もちろん、目的は明白。
佐藤良美と一ノ瀬ことみ。
無害な振りをして参加者を殺していく外道ども。真正面から襲い掛かってくる奴らよりも非道な下種。
彼女らを抹殺して時雨亜沙の……仲間を仇を取る。そのためならどんなことでもやるつもりだった。
とはいえ、あゆが知らないだけで他の参加者も同じような方法を取っているかもしれない。
誰も信じない。よほどのお人好しじゃないかぎり、あゆは他の参加者を信用しない。
孝之はどんな死に様を迎えたのだろうか。どの道、殺したのは殺し合いを肯定した奴らだ。なら一緒に殺せばいい。
(いや、むしろ……もうこうなったら優勝を目指してやろうか)
知り合いは誰もいない。
仲間は死んでしまった。この島で自分があったのは敵しか残っていない。
誰も信じることが出来ないのであれば、出逢う人間を片っ端から殺して行ってやろうか。
鷹野も言っていただろう。
『血で血を洗うのがこのゲームの本質だ』、と。ならばこの選択だって間違っちゃいないはずだ。
だが、まだ半分も参加者が残っている。
これは脱出派にしてみれば『もう半分しか』……優勝派にとっては『まだ半分も』という考えに至るだろう。
そこを言えば、もはや大空寺あゆは思考からして既に後者だった。
(まぁ……たとえ殺し合いに乗ったとしても、勝つ確率は薄いのが現状かね)
もしもあゆの体調が万全だったら。
そして時雨亜沙に逢っていなければ遠慮なく殺し合いに乗っていたかもしれない。
だが、この二つの要因があゆを修羅の道に踏ませることを躊躇わせていた。
(ちっ……こんなときに。予定日にはまだちょっと早いんだけどね……)
腹部を押さえながらぼやく。
さっきから少し熱っぽいし、まるで何かの病原菌に感染したような気分。くらくらと頭が揺れる。
風邪の初期症状のような体調。このときだけは毎回、自分が女であることを恨めしく思ってしまう。
生理だ。
年頃の女にとって避けては通れない、憂鬱な出来事。
月経というのが正式名称らしいが、そんな豆知識はどうでもいい。生理痛のおかげで気分は最悪だった。
あと二日は猶予があったはずで、あゆは別に生理不順というわけでもない。
ただ今回はこのときだった、というだけ。重くはないのだが、生理痛が生じるということは軽いわけでもない。
だから爆弾材料の探索を打ち切って、適当な店の売り物を勝手に拝借。そうして少し休眠を取っていたところで、あの放送である。
決して戦えないわけじゃない。
普通に走ることも出来るし、銃を撃つことも出来る。だが、不安材料が降ってわいたかのように現れると面倒だった。
(ま、数時間眠ってりゃ、体調は回復するさね)
もうひとつは亜沙のことだった。
確かにこの島にはあの二人のような悪魔が徘徊している。だが、同時に亜沙のような優しい人間がもういないとは言えない。
(甘い奴らはもう、ほとんど死んじまったさ……あの糞虫みたいに。だけど、もしかしたら)
亜沙のように、見ず知らずの自分を逃がしてくれたような奴もまだ生き残っているかもしれない。
このまま全員殺しつくすということは、第二第三の亜沙も全て殺してしまうということだ。それはさすがに躊躇われる。
心の何処かではその存在を期待した。だけど、きっとあんなに優しい人間は皆、最初に死んでしまっているんだと心は諦めていた。
それにあの二人の悪魔を殺すために、他の参加者を利用しようと思っていた。
いや、協力でもいい。とにかくどんな手を使ってでもあの二人を殺すと決めたのだ。
しかし、仮に他の参加者と協力して二人を殺したとして、その後に明確な脱出方法が優勝しかないとしたら。
(はっ……あたしもあいつらと同じ穴の狢かい)
乾いた笑いを見せる。それだけにはなりたくない、と心の中で吐き捨てた。
まあ、月宮あゆを見殺しにした時点で善良な人間とは言いがたい。それしかないならそれでもいいか、と思ったそのとき。
ふと、そういえば名前を呼ばれなかった人物について不思議に思った。
(月宮あゆの名前が……呼ばれてない……?)
あの怪我なら一刻も持たない。そう思って放置していたのだが、まだ死んでいないのか。
ふと、何か嫌な予感が背中に張り付いた。冷や汗がべったりとシャツに染み込んでしまっている。
どうせ、放送の時間までは生きていただけのこと。そんな簡単な答えが、どうしようもなく間違っているような気がする。
これを人は虫の知らせというのだろうか。
「参ったね……本気で化けて出てこないでくれよ?」
どうせ届かない呟きと共に、心の中で冥福を祈る。
鳴海孝之、時雨亜沙、そして……もう間もなく命尽きるだろう、月宮あゆに向けて。彼女が復活したことを知らずに。
◇ ◇ ◇ ◇
「しかし、本当にこないね……どうやらハズレを引いたみたいだ」
商店街で警戒すること、数十分。
休むことすらせずに警戒していた時間は無駄に終わった。
おかげで体調は悪化の一途を辿っている。こういうときには無理をせずに休むのが一番の回復方法なのだが。
(正直、この状況で寝てられるか……とは思うがね)
でもこのまま動くほうがずっと危険のような気がする。
丁度、誰も商店街にはいない。そしてほぼ一日この地獄で戦い抜いてきた自分なら、無用心な足音ぐらいなら飛び起きれる自信あり。
おそらく百貨店と神社には参加者が集まっていたはずだ。
しかも百貨店には主催者に対抗しようとする連中がいた可能性が高い。だが、禁止エリアに指定されたのだから意味はない。
もし商店街を禁止されたら、すぐにその場を立ち去る。きっと他の参加者も逃げ出すに決まってる。なら、問題ない。
(すぐに出発できるようにはしておくさ……確か、ランタンがなかったかね)
店の中を荒らす。とりあえず百円ライターと懐中電灯をデイパックの中に放り込み、準備を完了。
とりあえず鷹野に邪魔された休眠をもう一度取ろうと、その店の奥……ちょうど、生活できそうなくらいのスペースに身を預ける。
コンビニやスーパーなどは下手な一軒家よりも生活するには便利だ。
ここに留まり続けるつもりは更々ないが、それでも体を休めるのに便利とも言える。ようやく吐いた息に、疲れていることを自覚した。
睡眠を取ったほうが有効だ。
この島では不安と恐怖で眠れない輩が大勢いるだろう。その中で眠れる時間が取れた自分は運がいいと思うべきか。
そんな、何でもないことを考えながら大空寺あゆは瞳を閉じた。
ほんの一時間、二時間程度。たったそれだけの時間を、どうか安寧に過ごさせてほしい。少しだけ、今から目を逸らす僅かな猶予を。
(佐藤、一ノ瀬……まだ死ぬんじゃないよ。アンタらのような下種な糞虫はあたしが殺すんだからさ……)
そういえばハクオロとかいう奴も殺し合いに乗っているんだっけか、そんな独白を続ける。
なら殺す。ハクオロの仲間がいたなら、そいつもきっと人殺しだ。
ひょっとしたら孝之を殺したのはハクオロなのかも知れない。もしくはハクオロの仲間かも知れない。
殺し合い肯定者が手を組まない、などとは考えられない。現に佐藤良美と一之瀬ことみが手を組んで亜沙を殺したのだから。
(殺し合いに乗って、亜沙のような優しい奴を殺して回るような奴らは……)
意識が遠ざかっていく。
ほんの一瞬だけ許された安息の中でなお、大空寺あゆの憎悪は激しく燃え滾っていた。
(あたしが皆、殺してやる)
【G-5 商店街(どこか適当なお店)/1日目 夜】
【大空寺あゆ@君が望む永遠】
【装備:S&W M10 (6/6) 防弾チョッキ】
【所持品:予備弾丸11発・支給品一式 閃光弾セット(催涙弾x1)ホテル最上階の客室キー(全室分) ライター 懐中電灯】
【状態:生理、肋骨左右各1本亀裂骨折 肉体的疲労度軽、強い意志、背中が亜沙の血で汚れている、腕や衣服があゆと稟の血で汚れている】
【思考・行動】
行動方針:殺し合いに乗るつもりは今のところ無い。しかし、亜沙を殺した一ノ瀬ことみと佐藤良美は絶対に殺す。
0:睡眠中……ああ〜だりぃ……
1:本当に商店街に向かうかは考え中、あだ討ちに他の参加者を利用できないかと模索
2:二人を殺す為の作戦・手順を練る
3:なるべく神社方面には行かない
4:ことみと良美を警戒
5:ハクオロとその仲間も警戒、信用するに値しない
6:殺し合いに乗った人間を殺す
7:脱出の手段が優勝しかないなら、優勝を目指す
【備考】
※ことみが人殺しと断定しました。良美も危険人物として警戒。二人が手を組んで人を殺して回っていると判断しています。
※ハクオロを危険人物と認識。ついでその仲間も危険と判断。
※魔法の存在を信じました。
※支給品一式はランタンが欠品 。
※生理はそれほど重くありません。ただ無理をすると体調が悪化します。例は発熱、腹痛、体のだるさなど。
※爆弾は作れなかったが、他に何かが作れるかも? 次の書き手さんに任せます。
痛みとは、その人間が生きているという証明である。
今、この殺戮の島においては誰もが心と体に痛みを感じ、それに抗い、もがき、泣き、そして死に到る者もいる。
それはゲームに乗ったものであろうと反逆するものであろうと関係ない。
そして、これから始まる戦いを彩るのも傷つき、痛みを背負った者達だ。
役者は女優が二名。
名を佐藤良美、川澄舞と称す。
観客よ、二人の演じる劇の序章をとくと御覧あれ。
※
(一体何があったのかな)
それはごく単純な疑問にすぎない。
圭一たち三人と武から離れた良美は北西へと移動した結果、山火事の現場へと足を踏み入れていた。
ここに到った事に大きな理由はない。
ただ圭一たちに拘らない為に異なる方向へ向かった結果として、この場所へ来ただけである。
良美が到着したときもまだ炎はあちらこちらで炎上していた。
(馬鹿な誰かさんが、キャンプファイアーをしたわけじゃないよね)
のん気な参加者がいたとしても、自分から人に見つかるようなことをホイホイする奴がいるとは思えない。
いや、一人だけ心あたりがある。
自分の言を信じて乙女と大石に毒を盛ったあの少女ならばやるかもしれない。
(そういえば、あゆちゃんはどこに行ったのかな)
住宅街では圭一たちと一緒に行動していたあゆの姿が、先ほど遭遇したときは見当たらなかった。
あの時、住宅街での戦いの時に美凪がいなくなったとか言っていたような気がしたがよく覚えていない。
救急車の中に引きこもっていたのか、それともどこかで圭一たちから離れたのか。
あゆについても、見つけたら殺す必要があると思う。
彼女が圭一たちと出会ったおかげで自分が圭一の知人である大石を殺した首謀者であるとバレてしまい、更には名雪を説得されてしまうところだった。
あの場は演技で切り抜け、名雪の離脱は避けられたが沙羅は圭一のもとへ走り、仲間として行動している。
そう考えると彼女の存在もまた、良美にとって害毒以外のなんでもない。
いや、この場合自分以外の人間、利用できそうなコマを除けば全員害毒というべきかもしれないが。
(もしあゆちゃんを見つけたらおしおきする必要があるね。あの子のせいでせっかくの包囲網の一角が崩れたんだから)
あの無邪気そうで人を簡単に信じ込む性格は、コマとして使える可能性があった。
だが、もう無理だ。
ならば圭一たちともども殺してしまえばいい。
鬱陶しい圭一たちも自分の小指を奪った武も憎いがこうやって考えればあゆもまた憎い。
なぜエリカやレオが死んで、あの見るからに弱そうな小娘がのうのうと生きているのかと思うと憎しみも増すというものだ。
だがそこまで熱を持ち沸騰しそうなところでレオの言葉を思い出す。
――テンションに流されるな――
そう、ここはクールになってから行動しなければならない。
何のために圭一たちから離れて違う道を歩いてきたか忘れてはならない。
そんなことを考えながら火元近くを離れ、北に進んでいた時あるものを蹴飛ばした。
(何かな?)
良美が拾い上げたモノは携帯電話、いや正しくは携帯電話型のPDAだ。
もっともそれがPDAであると分かっても彼女が拾い上げる理由にはならない。
彼女の興味を引いたのは、液晶画面に表示された画像。
こに写っている人物「倉田佐祐理」が死んでいるのはすぐわかった。
例え額の銃創が前髪で隠れ、目立たない状態であっても遺体の後ろに写る血だまりや皮膚の色がその事実を如実に物語ってくる。
その服装から住宅地で出会った水瀬名雪と同じ学校の生徒であるというのもわかる。
だが、それらも良美の興味を引く理由にはならない。
画像が彼女の興味を引いた最大の理由。
それは「画像の主があまりにも安らかな死に顔だったから」に尽きる。
なぜ、どうしてここまで安らかな、微笑さえ浮かべて死ねるのか?
画像を見たとき良美の中に浮かんだ疑問がそれだった。
彼女がここに到達するまで見てきた死者は皆、苦痛故に絶望と失望の表情を浮かべて死んでいた。
自らが殺した藤林杏や伊達スバルにしかり、死に顔こそ確認しなかったが乙女や大石もそうだったに違いない。
否、すでにここまでの放送で命を落とした30余名は皆そうだと思っていた。
なのになぜ?
良美には笑いながら死ねる彼女の気持ちが理解できない。
まさかどこかのメロドラマみたいに愛する者に殺されたから笑っていられたのか。
だとしても、そんなものは気分を悪くする要素以外のなんでもない。
ズキン……。
その時、切り落とされた小指の跡が再び痛み出す。
痛みとともに湧き上がる苛立ち。
目に入った画像すらうざったく感じ、こんなもの!とばかりに画像を消去してやろうかと良美が思ったその時。
ズガンッ!!
銃声が響き、彼女の脇をかすめる。
莫迦な!?気配を感じなかった?いや、周囲に気を配ってなかったから?
そんなことを良美が考えながら銃声のなった方向を見上げると、そこには一番会いたくない人種がそこにいた。
一番会いたくない人種。
早い話が自分同様このゲームに乗った人種にして、話し合いも策謀も通じないタイプ。
武力の暴風で一方的に突っ込んでくる無差別型マーダー。
その名を川澄舞と言った。
(……千影じゃない……。でも、逃がさない……)
良美の到着前から山火事の現場近くに潜伏していた舞はその姿を確認したとき、わずかに失望した。
千影ならば自分の最強装備であるキャリバー50の予備弾薬を持っているはずだった。
神社が禁止エリアに指定されたことで、こちらに誰か来ると思いながら潜伏しそのときを待っていたが
一時間以上待ち伏せして姿を現したのは一人だけ、それも目当ての人物ではなかった。
千影はああ言っておきながら結局こなかったのか、それとも来られなかったのか。
どうであれ何時までたっても待ち人来ずなら打って出るだけ。
佐祐理の為に他の参加者を皆殺しにするしかない以上は前に進むしかない。
(それに……、あの女の銃や刀を奪えばいいから……)
舞がめざとく見つけた武器類。
良美の手にある一丁の銃に刀に手斧といずれもぜひほしい武器だ。
あれらが手に入ればまた当分は戦える。
だから、自分から仕掛けることにした。
これを誘惑というのか、欲に目がくらんだというのか。
否、舞は勝算あってこそ勝負に出たのだ。
相手は左手に包帯を巻き、負傷してるのを確認したからこそ勝てると踏んだ。
そうでなければ彼女とて本当に仕掛けたかどうか……。
ハッキリしているのは、初弾は当たらず感づかれたということ。
接近戦に持ち込まれればきわめて分が悪いということだった。
(だとしてもあの手の怪我なら、仕留められる――)
今度はよりハッキリと見えた相手の左手の怪我。
その左手には5本あるべきはずの指が4本しかなかった。
一見すると軽症に見えるが、武器を持てばその負担は10本全てそろっているときとは比較にならないはず。
そこまで舞は考えたわけではないが、指のことを確認した時点で勝算は自分にあると確信していた。
(これまでで最大のピンチかもしれないね)
撃たれた良美の方は木に隠れて撃ってきた相手の様子を探ろうとする。
彼女は冷静だったが、冷静だから今の自分がどれだけ危機的な状況にあるかわかっていた。
まず相手が何者なのかわからない。
自分と同じぐらいの年頃の少女というぐらいしか。
次に武装だが、銃を持っているのはわかったがそれが複数なのか一丁なのか。
自分と同様に傷を負っているのかどうかすら分からないのだから。
もっとも、それ以上に彼女をして「ピンチ」と思わせる要素は相手が一方的に撃ってきたという点にある。
考えてみれば、人を騙し利用して優勝を目指す自分にとって必要だったのはコマとして使えそうな他の参加者であって、
狂犬のごとく噛み付いてくる参加者は御免被りたいものだった。
圭一に固執しないために彼らとはあえて逆の方向へ移動したことが、よりによってこんな形で裏目に出るとは。
思わずほぞを噛む気分で表情を歪める良美。
(逃げるのは難しいかな)
ダイナマイトがあればどうにかなっただろうが、アレは武から逃げるために使ったためもうない。
火の中に飛び込んでそのまま走って逃げるという方法はリスクが大きすぎる。
結局のところ戦うしかないという結論に彼女が到達するまで、そうそう時間はかからなかった。
覚悟を決めた良美はS&W M627PCカスタムの弾数を確認する。
だが、自分が拾い上げたPDAが銃撃の主に対する最大の武器となることはさしもの彼女も気がついていない。
それがいいのか悪いのか、果たしてどっちか。
【C-4 森/1日目 夜中】
【佐藤良美@つよきす -Mighty Heart-】
【装備:S&W M627PCカスタム(8/8)、地獄蝶々@つよきす、破邪の巫女さんセット(巫女服のみ)、ハンドアックス(長さは40cmほど)】
【所持品:支給品一式×3、S&W M36(0/5)、錐、食料・水x4、タロットカード@Sister Princess、
大石のデイパック、 S&W M627PCカスタムの予備弾45、肉まん×5@Kanon、虎玉@shuffle、オペラグラス
日本酒x1(アルコール度数は46)、発火装置、医療品一式、倉成武のPDA@Ever17-the out of infinity-、倉田佐祐理の死体の写真】
【状態:左肩に銃創、重度の疑心暗鬼、巫女服の肩の辺りに赤い染み、左手小指損失】
【思考・行動】
基本方針:あらゆる手段を用いて、優勝する。
1:とりあえずは目の前の相手と交戦
2:あらゆるもの、人を利用して優勝を目指す
3:いつか圭一とその仲間を自分の手で殺してやりたい
【備考】
※メイド服はエンジェルモートは想定。現在は【F-4】に放置されています。
※ハクオロを危険人物と認識。(詳細は聞いていない)
※千影の姉妹の情報を得ました(名前のみ)
※名雪の第三回放送の時に神社に居るようにする、の情報を得ました
(禁止エリアになった場合はホテル、小屋、学校、図書館、映画館の順に変化)
※ネリネを危険人物と判断しました(名前のみ)
※大空寺あゆ、ことみのいずれも信用していません。
※大石の鞄に、未確認支給品が1個入っています(武器ではない)
※大石の支給品の一つは鍵です。 現在は倉成武が所有
※商店街で医療品とその他色々なものを入手しました。 具体的に何を手に入れたかは後続書き手任せ。ただし武器は無い)
※次に何処へ行くかは後続の書き手さん任せ。 但し北東(主に学校、図書館方面)にはいかない
※倉田佐祐理の死体の写真は額の銃痕が髪の毛で隠れた綺麗な姿。
撮影時間(一日目夕方)も一緒に写っています。
【川澄舞@Kanon】
【装備:ニューナンブM60(.38スペシャル弾5/5) 学校指定制服(かなり短くなっています)】
【所持品:支給品一式 ニューナンブM60の予備弾32 バナナ(フィリピン産)(3房)、ブラウニング M2 “キャリバー.50”(ベルト給弾式、残弾45) 】
【状態:疲労(中)、肋骨にひび、腹部に痣、肩に刺し傷(止血済。痛いが普通に動かせる)、太腿に切り傷(止血済。痛いが普通に動かせる)、後頭部にたんこぶ】
【思考・行動】
基本方針:佐祐理のためにゲームに乗る
1:目の前の相手を殺し、武器を奪う。
2:佐祐理を救う。
3:全ての参加者を殺す。ことりも千影も殺す。
4:相手が強い場合、多人数の場合は無理はしない。
追記:現在周囲はまだ炎上中。火勢は弱まる傾向。
狭く息苦しい、闇による圧迫。
疲弊した身体を締め付ける荒縄。
重い静寂に包まれた地下室の中で、一人の少女が佇んでいた。
「…………」
千影は柱に縛り付けられた態勢のまま、これからどのように行動すべきか思案していた。
仲間が助けに来てくれるのを待つべきか――否。
そうそう都合良く事が運ぶのは、漫画の世界だけだろう。
自分が囚われているのを知っている者は、ネリネ以外に居ないのだ。
助けが来る可能性は、極めて低いと云わざるを得ない。
ならばこのまま、此処で大人しく捕まっているべきか――否。
それは余りに下策。
ネリネは自分から奪い取った魔力で、人を殺し続ける腹積もりなのだ。
このまま座して待つだけでは、取り返しの付かぬ事態になってしまうだろう。
ならばどうするか?
答えは1つ――即ち、自力で拘束を打ち破っての脱出である。
幸い、ネリネは何処か別の場所に出掛けている様子。
行動に移すなら、今この瞬間以外に有り得ない。
「くぅ…………」
身体を乱暴に揺すって、手首の縄を緩めようと試みる。
だが幾らその動作を続けても、拘束が弱まる気配は無く、手首に赤い痣が出来るに留まった。
足首の縄に関しても同じ試みを行ってみたが、結果は同じ。
どうやら予想以上に強く拘束されてしまっているようで、容易に抜け出せそうも無かった。
それでも千影は諦めずに、何度も何度も動き続ける。
後ろ手に縛られている以上、他の脱出方法は存在しないのだ。
「っ…………!」
やがて縄が手首に食い込み始め、うっすらと血が滲み出てきた。
左肩の傷の状態も悪化し、包帯が赤く染まりつつある。
皮膚や肉の裂ける感触が、神経を直接締め付けるような激痛が、千影を襲う。
だが――問題無い。
「う……ああ……衛く、んっ……」
頭に思い浮かぶは、愛しい妹の顔。
ハクオロに保護されている筈の、衛の笑顔だ。
ハクオロは確かに信頼出来る男だが、圧倒的な魔力を維持したネリネが相手では、流石に分が悪い。
万一襲撃されてしまえば、力及ばず敗れてしまうかも知れない。
そしてハクオロの死は、そのまま衛の死に直結する。
このままでは、衛までもが殺されてしまうかも知れないのだ。
それを避ける為ならば、何を引き換えにしても良い。
腕が引き千切れようが、肩の傷口が裂けようが、何も問題は無い。
衛を守る為ならば、自分がどれだけ傷付こうとも問題などある筈が無い――!
「……あああああっ!」
肉を削ぎ落としてでも脱出するくらいのつもりで、全身に力を籠める。
手首より滴る鮮血も、肩の激痛も無視して、己が全てを振り絞る。
自らの肉が削げ落ちる感触は、地獄の責め苦と呼ぶに相応しい。
それが何秒続いたのかは分からない。
だがしかし、やがて縄が緩み始め、手首の可動範囲が大きく広まった。
千影はそれを見逃さずに、可能な限り手首を動かして、少しずつ縄の緩みを大きくしてゆく。
その作業を何度も何度も繰り返し、遂に手首を縄から抜き取る事に成功した。
続けて自由になった両手を駆使して、あっさりと両足首の拘束も外す。
「…………ふう」
皮が捲り取れ、傷だらけとなってしまった手首の惨状を確認しながら、大きく息を吐く。
思っていた以上に手間取ってしまったが、傷が動脈まで達しなかったのは幸いだ。
余程時間の掛かる用事があるのか、ネリネが戻ってくる気配も無い。
逃げ出すには正しく最高の状況であると云える。
とはいえ、千影とて女だ。
一糸纏わぬ今の姿は、可能ならば何とかしたい。
照明を点けて、地下室の中を見回してみたが、やはり衣服の類いの物は一切置いていないようだった。
「――仕方無いね。格好なんて……気にしてる場合じゃない……」
ネリネの手によって服を奪われた以上、この部屋に着れる物が置いてある可能性は限りなく低い。
敵であるネリネが、逃亡の手助けとなるような真似をする筈も無いのだ。
ともかく、これ以上無駄な時間を食っていられない。
千影は羞恥心をかなぐり捨てて、生まれたままの姿で、正面にある扉へと足を進めた。
そのままドアを押し開けて――瞬間、上方より何かが近付いてくる気配がした。
「――――!?」
反応出来ないまま立ち尽くしている千影の前方に、恐らくは博物館に備え付けられていたものであろう、消火器が落下した。
静まり返った館内に、巨大な金属音が響き渡る。
続けて聞こえてくる、忙しい足音。
「……やられたね。今のは……、私が逃げ出した時の……保険という訳か」
どう考えてもこれは、ネリネが予め仕掛けておいた罠。
傀儡の逃亡を素早く察知する為の監視装置。
事実ネリネのものであろう足音が、凄まじい勢いでこちらに近付いてきている。
こちらの意図がバレてしまった以上、後は単純な速度勝負だ。
千影は形振り構わず、全力で走り始めた。
「――――ハ、フ……ハァ……」
体力を温存する余裕など、有る筈も無い。
今自分は、あの高嶺悠人を倒した張本人であろうネリネに追われているのだ。
此処から無事逃げ果せるには、博物館の外まで全速力で走り抜けるしかない。
疲弊した体に鞭打って、前方に聳え立つ階段を駆け上る。
階段を昇り切った先――展示ホールには、二つの扉と、そして首の無い死体があった。
「っ……どっちだ……!?」
不気味な死体から意識を外し、館外への脱出経路を模索する。
そしてすぐに、片方の扉の上に『EXIT』と書いた案内が貼られているのを発見した。
当然ながらそのドアに狙いを定め、半ば体当たりの要領で乱暴に押し開ける。
だが千影の視界に入ったのは、期待外れとしか言いようが無い光景だった。
「……………そん、な……どうして……?」
眼前に広がるのは、一般的には便所と呼ばれているもの。
窓も備え付けられてはおらず、この場所から外に出られるとは考え難い。
千影には知る由も無い事だが――これは全てネリネが仕組んだ事。
脱出に要する時間を引き延ばす為に、出口案内用の板を、便所の方へと付け替えたのだ。
「っ――――」
千影はすぐに踵を返し、もう一つのドアへと駆け出そうとする。
だがそこで、眼前の地面が銃声と共に弾け飛んだ。
駆ける足は決して止めず、視線だけを銃声のした方に向ける。
「――『器』の分際で、勝手に逃げ出されては困りますね」
「ネリネ、くんっ…………!」
。
殺気に満ちた声が、千影の鼓膜を震わせる。
瞳に映るは、ベネリM3を携えた最悪の襲撃者。
ネリネが逃げる千影を踏み潰さんばかりの勢いで、後方より追跡して来ていた。
散弾銃を手にした冷酷な狩猟者と、必死に逃げる獲物の構図が展開される。
「く――――!」
千影はドアを強引に抉じ開けて、続けて己が勘を信じて横に飛び跳ねる。
次の瞬間には、先程まで千影が居た辺りの地面が、ベネリM3から放たれた粒弾の群れにより破壊し尽くされていた。
コンクリートの破片が飛び散る中、千影はただ一心に駆け続けた。
博物館の入り口を開け放ち、星々が輝く夜空の下に踊り出る。
銃撃される寸前に身を躱し、それ以外の時間は全て疾走に費やす。
少しずつだが確実に、ネリネとの距離が開いてゆく。
ネリネは銃の扱いに慣れていないのか、攻撃を仕掛かけようとする度に足を止める。
それを聞き落としさえしなければ、広範囲に及ぶベネリM3の攻撃でも避けられる。
このまま逃げ切れる――そう思った時だった。
ネリネが鞄より献身を取り出したのは。
「――余分な魔力を使いたくありませんでしたが……仕方ないですね」
「――――ッ!?」
背筋まで凍り付くような声。
次の瞬間には背中に衝撃が奔り、千影は勢い良く地面に倒れこんでいた。
献身によって身体能力を強化したネリネが、恐るべき速度で疾走し、逃げる千影の背中目掛けて当身を放ったのだ。
未だ起き上がれない千影の眼前に、黒髪の死神が迫る。
「……う、ああぁっ…………」
「随分と手間取らせてくれましたね。今後このような事が無いように、足を一本頂きましょうか」
。
。
。
ネリネはそう云って献身を仕舞い、代わりにベネリM3を取り出した。
ゆっくりと銃口を持ち上げ、千影の左足へと狙いを定める。
ネリネの表情には、何の躊躇の色も有りはしない。
その言葉通り、何処までも無慈悲に千影の足を撃ち抜くだろう。
「――――あ……」
千影には向けられた銃口が、深い奈落の底のように見えた。
アレで足を撃ち抜かれてしまえば、もう逃げ延びれる可能性は無くなってしまう。
碌に身動きも取れないまま、良いように利用され続けるだけだろう。
絶望。
そんな一文字が、千影の脳裏を過ぎる。
一秒後に襲い掛かるであろう激痛を想像し、思わず目を閉じてしまう。
だが何時まで経っても、千影の足が撃ち抜かれる事は無かった。
「…………?」
不思議に思い、千影は恐る恐る瞼を開ける。
すると甲高い金属音と共に、ベネリM3が天高く舞っているのが見えた。
「――千影殿。危ない所でしたな」
耳に届くは、とても優しい声。
千影の体に、ロングコートが被せられる。
満天の星空の下、千影の瞳に一人の武士の姿が映った。
月光に紫色の髪を靡かせた、凛々しき女性。
「トウカ……くん?」
。
千影の危機に駆け付けたのは、神社で再会する予定だった筈のトウカだった。
何故、と問い掛ける前にトウカが口を開く。
「銃声を聞きつけて、様子を見に参ったのですが……まさか千影殿が襲われているとは……」
トウカはそう云ってから、ネリネに向けて西洋剣を構え直した。
鋭い視線を一身に受けたネリネは、酷く苛立たしげな表情となった。
じりじりと後ろ足で距離を取りながら、己の失敗を悔やむ。
「……少々厄介な事態になってしまったようですね」
――10分程前。
トウカと智代の様子を監視していたネリネだったが、千影が逃亡を試みた所為で、博物館の中に戻らざるを得なくなった。
そして千影を追う際、魔力を温存すべく銃器に頼ったのだが、それが完全に判断ミスだった。
静まり返った夜中では、例え建物の中で発砲しようとも、音は外にまで漏れ出てしまう。
危急の事態とは云え、もう少し冷静に考えを巡らせれば気付けた筈だ――銃声でトウカを呼び寄せてしまう危険性に。
「女子の衣服を剥ぎ取るとは……。悪漢ネリネ、貴様には誇りというものが無いのか!?」
「誇り……下らない。過程や方法なんてどうでも良い、勝ち残る事こそが全てなんですよ」
ネリネはトウカの言葉を扱き下ろしながら、鞄からデザートイーグルを取り出した。
トウカにとってネリネは誅すべき怨敵であるし、ネリネにとってもトウカは楓の仇に他ならない。
最早二人の対決は不可避。
トウカはネリネと睨み合った状態のまま、以前と似た内容の言葉を千影に告げる。
「千影殿……此処はお逃げ下され。2時間後にエイガカンとやらで合流致しましょう」
「トウカくん……でも……」
「心配無用でござる。既に芙蓉楓は討ち果たした――残る敵は、只一人だけなのですから」
。
。
自信に満ちたその言葉に、千影は抗わなかった。
一度だけ大きく頷いて、足早にその場を離れてゆく。
トウカは今回よりも圧倒的に不利な状況を、自分一人の力で切り抜けている。
ネリネと芙蓉楓の二人に襲われたにも関わらず、敵の片割れを打ち倒しているのだ。
ならばトウカの申し出を断る理由など無い筈、だった。
「――――ハァ――ハァ――」
そして、十分後。
千影は呼吸を荒く乱しながら、思い詰めた表情で走り続けていた。
大丈夫、トウカならきっと何とかしてくれる。
卓越した実力により、悠人とオボロの仇を取ってくれる筈だ。
だと云うのに――
「何なんだろうね……この嫌な感覚は……」
胸騒ぎがする。
悠人が殺されてしまった時をも凌駕する、圧倒的な死の予感。
冷たい手で心臓を握られたような悪寒が、何時まで経っても消えない。
千影の直感が告げている――このままでは、トウカまでもが殺されてしまうと。
それは未来予知にも似た、確信と云えるレベルのもの。
ならば戻るべきか?
「……戻った所で……私に……何が出来ると云うんだい……」
。
。
多分に自嘲の意を含んだ呟き。
これまで自分は、殆ど何も出来なかった。
トウカには一方的に助けられているだけだったし、悠人も救えなかった。
そんな自分が戦場に戻った所で、犬死にするだけの可能性が高い。
第一自分が最優先に考えるべきは、衛と共に生き延びる事である筈。
トウカとの約束を無視して映画館に行かなければ、ネリネの追撃も躱せるだろう。
「だけど……トウカくんは……私を何度も、助けてくれた……」
これまで自分は既に何度も、トウカのお陰で命を拾っている。
トウカが居なければ、オボロに襲撃された時点で殺されてしまっていただろう。
自分が人質に取られた時も、トウカは自らの身を犠牲にして庇ってくれた。
トウカは他人の為に命を投げ出せる、尊敬に値する人物なのだ。
そんな人間を見捨てて良いものか。
「衛くん……悠人くん……トウカくん……。私は……」
このまま逃げ続けろと囁く自分と、今すぐ戻れと叫ぶ自分が居る。
あくまで自分と妹の命を優先するか、それとも決死の覚悟でトウカを助けにいくべきか。
千影が出した答えは――
◇ ◇ ◇ ◇
千影が走り去った後の戦場で、ネリネは優雅な微笑みを浮かべる。
走り去った『器』を追おうともせずに、眼前のトウカを眺め見る。
「ふふ……私の前で合流場所を云ってしまって良かったんですか? 後で私が、千影さんを襲いに行くかも知れませんよ?」
「それは有り得ぬ事だ。1対1ならば某は負けぬ――お主は此処で死ぬのだ、ネリネ」
。
。
絶対の確信を以って、トウカは告げる。
この前の戦いの経験から、トウカはネリネ1人ならばどうにか打ち倒す自信があった。
だが武士の自信を、ネリネは一笑に付す。
「1対1? それも良いですが――貴女に用がある方は、私以外にもいらっしゃるようですよ?」
ネリネはそう云って、愉快そうにトウカの背後を指差した。
トウカは振り返ろうとして――咄嗟の判断で、思い切り飛び跳ねた。
その直後、トウカの真横を鋭い白刃が通過する。
突然の奇襲にトウカは驚きを隠せなかったが、襲撃者の姿を視認した瞬間、驚愕は倍以上に膨れ上がった。
「――外したか。流石にやるな」
「智代……殿……?」
トウカの喉奥から、弱々しく掠れた声が絞りだされる。
襲撃者の正体は、数刻前に決別した坂上智代だったのだ。
トウカはそのまま唖然とした表情となっていたが、やがて眉を鋭く吊り上げた。
「お主、一体どういうつもりだ!? 某達が争う理由など――」
「トウカさんには無くとも、私にはあるさ。春原の仇を取るという、大事な理由が」
「――――っ!!」
告げられた言葉に、トウカの目が大きく見開かれる。
とどのつまり、智代は復讐の為に自分の命を狙っているのだ。
春原陽平を斬り殺した所為で、自分は智代の『復讐』の対象になってしまった。
そう――自分の所為で、智代は文字通り復讐鬼と化してしまったのだ。
「あらあら、2対1になってしまいましたね。さてトウカさん、どうしますか?」
。
ネリネは底意地の悪い笑みを浮かべて、困惑するトウカに語り掛ける。
詳しい事情は分からぬが、智代という少女が、仇討ちの為にトウカを狙っているのは明らかだった。
だがネリネの哄笑を、智代の冷たい一声が遮る。
「そこのお前、誰だか知らないが勘違いするな」
「……え?」
「私は誰とも協力するつもりなど無い。お前もトウカさんごと葬り去ってやるさ」
智代からすれば、この島に居る全生存者が等しく殺害対象だ。
例外は一人として存在しない。
当然の事ながら、ネリネも打ち倒すべき敵に分類される。
智代の言葉を受け、ネリネは少し考え込むような表情となったが、やがて結論を導き出した。
「……そうですか。それなら貴女も――」
間近で睨み合う智代とトウカ。
そんな二人から少し離れた位置で、ゆっくりと口を開くネリネ。
そのネリネの双眸に、肉食獣のソレを更に上回る圧倒的な殺気が宿った。
場の緊迫感が一気に膨れ上がり、これから何が起こるかを全員が全員、半ば本能的に察知する。
「――今すぐ殺して差し上げます」
ネリネの腕がすっと持ち上げられ、デザートイーグルの銃口がトウカ達へと向けられる。
そして鳴り響いた銃声と共に、死闘の火蓋は切って落とされた。
「……ネリネ、覚悟ぉぉ!!」
支援
。
トウカは素早い動作でデザートイーグルの銃弾を躱し、標的をネリネに定めて疾駆する。
トウカにとってネリネは、オボロの生き様を愚弄した誅すべき怨敵。
智代相手ならばこちらに非があるのは明白だが、ネリネを斬る事には何の躊躇いも無い。
迎撃として放たれる銃弾を正確に見切りながら、驚嘆に値する速度で走り続ける。
ネリネも距離を取るべく後ろ足で後退しているが、明らかにトウカの方が早い。
やがてネリネのデザートイーグルが弾切れを訴え、回避する必要の無くなったトウカは益々速度を上げる。
だがトウカの背後より忍び寄る影が1つ――坂上智代だ。
トウカがネリネに狙いを定めていたのと同様、智代はトウカに攻撃を仕掛けようとしていた。
トウカはくるりと後ろを振り向き、それと同時に迫る白刃を西洋剣で受け止める。
「私を忘れて貰っては困るな」
「く……智代殿っ……!!」
鍔迫り合いの態勢で、トウカは己を狙う復讐鬼と睨み合う。
間近で見る智代の瞳は、最早どうしようも無い程憎しみの色に染まり切っていた。
修羅と化してしまった智代の姿に、トウカは胸が締め付けられるような思いを禁じ得なかった。
それでも歯を食い縛って、極力落ち着いた口調になるよう努めながら語り掛ける。
「……某が憎いと云うのなら、斬って頂いても構わぬ。だが某には成さねばならぬ事がある、タカノを打倒するまで待っては貰えぬか?」
「お断りだ。私はもう全てを奪われた……だから! 誰一人としてこの島から生きて帰しはしない!!」
智代の握り締めた永遠神剣第七位『存在』が振るわれる。
数瞬の間に放たれた斬撃は二発――トウカの左肩と右脇腹を抉り取らんとするもの。
常人ならば決して防ぎ切れぬソレを、しかしトウカは確実に裁いてゆく。
「憎しみで自分を見失ってはならぬ! 落ち着いて――」
「お前が……春原を殺したお前が言うなああぁぁぁっ!」
。
制止を求めたトウカの声は、呪詛の言葉により遮られる。
激情の籠められた豪剣が、次々とトウカへと打ち込まれる。
矢継ぎ早に繰り出される剣戟は、憎悪の嵐と呼ぶに相応しい。
一方的に攻め立てる智代と、罪悪感に苦しみながら耐え凌ぐトウカ。
智代の憎悪が収まる事は決して有り得ないが、単純な力量ではトウカが大幅に上回る。
どれだけ智代が猛攻を続けようとも、トウカの防御はそう簡単に破れないだろう。
故にトウカと智代の戦いは、長きに渡って続く筈だった――此処に居るのが二人だけならば。
「――御託は要りません。二人纏めて死になさい!」
密かに九十七式自動砲を取り出していたネリネが、献身で身体能力を強化しながら、敵を一掃すべく砲撃する。
戦車すらも破壊し得る超高火力が、漁夫の利を狙う形でトウカと智代に襲い掛かる。
だがトウカも智代も、こと闘争に関しては、天才としか表現しようが無い程のセンスを持っている。
それに加えて、此度の殺人遊戯での経験。
数々の修羅場を潜り抜けた天才二人に、生半可な奇襲など通用する筈も無い。
恐るべき速さで危険を察知したトウカと智代は、既にそれぞれ別方向へと退避していた。
当然の帰結として、ライフル弾は誰にも命中せず、奥に聳え立つ博物館の壁を一部破壊するに留まった。
闇夜に不釣合いな轟音が響き渡る中、智代が標的をネリネに切り替えて駆ける。
ネリネの持つ九十七式自動砲は圧倒的な破壊力を誇っているが、いかんせん高重量。
間合いを詰められてしまった場合、大きな足枷となってしまう。
素早い回避行動の取れないネリネ目掛けて、智代の白刃が振り下ろされる。
「たあああああっ!!」
「っ……………!」
済んでの所でネリネは九十七式自動砲を投げ捨てて、迫る大剣から身を躱した。
それと同時に、接近戦に耐え得る程の身体能力を入手すべく、献身に送り込む魔力量を増加させる。
身体中の細胞一つ一つが熱くなるような感覚と共に、溢れ出しかねない程の力が湧き上がってくる。
続けてネリネは思考を攻撃に切り替えて、恐るべき速度の突きを放った。
。
「ク――――」
かつては同じラキオス陣営で振るわれていた永遠神剣――『存在』と『献身』がぶつかり合う。
智代は驚異的な反射神経でネリネの突きを防いだものの、受け止めた衝撃で右肩に激痛が奔った。
痛みで一瞬怯んでしまい、その隙を狙ったネリネの刺突が矢継ぎ早に繰り出される。
それを受け止める度に、強い衝撃が智代の右肩を襲う。
テンポ良く鳴り響く金属音とは対照的に、智代の表情がどんどん苦痛に歪んでゆく。
智代の苦悶を見て取ったネリネが、攻める手は休めぬままに余裕の笑みを浮かべた。
「ふふ……拙いですね。その程度の実力で私やトウカさんを倒すつもりですか?」
「何……だとっ……!」
浴びせられた罵倒の言葉に、智代は激しい怒りを抑え切れなかった。
右肩の痛みを強引に噛み殺して、『存在』を天高く振り上げる。
だが激情に任せて行った攻撃の動作は、破壊力のみに重点を置いた、大振りに過ぎるものだった。
ネリネはサイドステップを踏む事により、迫る一撃をあっさりと空転させ、智代の無防備な側面に回り込む。
「あっさりと挑発に乗ってくれましたね――さようなら」
攻撃直後の硬直を狙って、ネリネは献身による鋭い刺突を放とうとする。
それは確実に智代の腹部を突き破り、勝負を決める一撃となるだろう。
だが絶対の好機を目前にしたネリネの背後から、一陣の突風が迫る。
済んでの所で振り返ったネリネの瞳には、猛然と迫るトウカの姿があった。
「チ――――!」
ネリネは舌打ちしながら攻撃を中断し、トウカと智代から距離を取るべく後退していった。
魔力消費を考えると、身体能力の強化が必須である近接戦を続けるのは下策。
あのまま押し切れれば良かったのだが、好機を潰されてしまった以上、一旦仕切り直すべきだった。
。
「智代殿っ……! 某は――――」
「五月蝿いっ! どれだけ謝ろうともお前の五臓六腑まで引き裂いて、絶対に殺してやる!!」
そして智代もトウカも、下がるネリネを追おうとはせず、唯只お互いの剣を交差させる。
今のトウカの心には、様々な想いが渦巻いている。
――あの時春原陽平を斬り殺したのは、間違いだったのでは無いか。
――春原陽平は確かに許し難き悪漢だったが、もう少し穏便に事を進めれたのでは無いか。
そんな後悔に囚われていた。
そして迷いのある状態では、いかに実力で上回っていようとも、勝負の行方は分からなくなる。
己が憎しみ全てを叩き付けるような智代の猛攻とは対照的に、トウカの攻撃は酷く手緩いものだった。
速度も、破壊力も、鋭さも、全力時には遠く及ばない。
躊躇いがちに放たれたトウカの剣戟を、智代は全力を以って迎え受ける。
「……甘いっ!」
「しまっ――――!?」
憎悪に駆られし修羅は、罪悪感に囚われた武士を凌駕した。
智代の振るう大剣が、トウカの手元から西洋剣を弾き飛したのだ。
そして徒手空拳の状態となったトウカに、次なる剣戟が迫る。
猛獣の牙の如く、真っ直ぐ腹部を抉り取りに来る一撃。
「ぐ、っ――――」
トウカは全力で身体を翻して、どうにか九死に一生を得る。
だが自分だけ得物が無い以上、避けた所で効果的な反撃など不可能だ。
例え渾身の拳を打ち込めたとしても、相打ち覚悟で攻撃されてしまえば終わりなのだから。
「――――っ、く、あ――――」
。
至近距離で繰り出される攻撃を、体捌きのみを頼りに凌ぐトウカだったが、流石に無傷という訳にはいかない。
トウカの身体に、少しずつ裂傷が刻み込まれてゆく。
地に落ちている西洋剣を拾い上げる暇など、与えて貰える筈も無い。
反撃はまず不可能な上、防御すらも一時凌ぎ程度の役目しか果たさない。
此処にきて、トウカは絶望的な窮地に陥っていた。
そしてそんな二人の死闘を、涼しげな表情で見守る人物が一人。
「さて……どうしましょうか」
ネリネは永遠神剣第三位“時詠”を手に、これからどうすべきか思案していた。
戦況を見るに、トウカが敗れるのは最早確実。
このまま静観を続ければ、自分は勝ち残った智代と戦う事になるだろう。
先程はトウカの邪魔さえなければ、智代を屠る事が出来た。
自分の実力は智代を大きく上回っている――ならば『時詠』の力を試してみる、良い機会では無いか。
試し斬りには打ってつけの状況だ。
だが一方で、多少の余裕があろうとも、不用意に時詠を使用するのは不味い気もする。
大きな力を得るには、それだけの代償を支払う必要がある。
用途を知らぬまま使ってしまえば、取り返しの付かない事態になってしまう恐れもあった。
「そうですね……やはり此処は堅実にいきましょうか」
焦らずとも映画館に行けば、千影から時詠の使用方法を聞き出す機会が得られるのだ。
此処で無理に博打する事は無いだろう。
智代がトウカを打ち倒したその瞬間、背中をデザートイーグルで撃ち抜いてやれば良い。
怨敵を討ち果たして油断した時ならば、難無く狙撃出来る筈。
そう判断したネリネは、時詠を鞄に戻そうとして――横から飛び出してきた何者かによって、時詠を奪い取られた。
「なっ――――!?」
。
そんな莫迦な。
有り得ない。
今自分に奇襲を仕掛けられる者など居ない筈だ。
未だにトウカと智代は戦っているというのに、一体誰が――!?
混乱した思考を纏めきれないまま、視線を動かしたネリネが見た者は。
「新手の敵、とはね……。どうやら……戻って来て正解だった……みたいだ……」
「ち、千影さん――――」
映画館に向けて逸早く逃げ出した筈の、千影だった。
以前の戦いでは足手纏いに過ぎなかった千影が、明確な意思を持って戻ってきたのだ。
驚愕の表情を浮かべるネリネには目もくれず、千影はロングコートを風に靡かせながら駆ける。
窮地に晒されているトウカを救うべく、時詠の力を発動させる。
タイムアクセラレイトにより自身の時間を加速させ、瞬く間にトウカと智代の間に割り込んだ。
トウカに向けて振り下ろされる大剣を、時詠の刀身で受け止める。
「このっ……邪魔をするなぁぁぁ!!」
「……トウカ、くんは……殺させないよっ……!!」
「――――な、どうして」
憤りの声は智代のもの、そして問い掛ける声はトウカのものだ。
だが今の千影には、トウカの疑問に答えている暇は無い。
今も鍔迫り合いの態勢で、智代の剣が獲物を噛み千切るべく千影に迫っている。
そして千影の膂力では、智代相手に長い時間耐え凌ぐなど不可能なのだ。
「それよりも……今のうちに武器をっ……!」
。
トウカはその言葉だけで千影の意図を汲み取り、すぐさま周囲へと視線を動かした。
程なくして地面に落ちている西洋剣を発見し、それを拾い上げる。
間髪置かずに跳ね起き、千影を押し潰さんとしている智代の剣に向けて、渾身の剣戟を放つ。
一際大きな金属音が、闇夜の空気を震わせた。
「ガッ――――」
トウカの攻撃を受けた智代は、たたらを踏んで後退する。
かろうじて剣を取り落とす事だけは防いだものの、予期せぬ衝撃の所為で両腕に強い痺れが奔る。
智代は足を止めて、新たなる参戦者に向けて問い掛けた。
「お前は……さっき逃げ出した奴だな。お前もトウカさんの仲間なのか?」
「……そうだよ。私は……トウカくんの、仲間だ」
「――――くっ」
己が不利を実感し、智代は苛立たしげに表情を歪めた。
千影が逃げ出す場面は目撃していたが、まさか戻って来るとは思わなかった。
1対1でもトウカ相手では厳しいと云うのに、敵が二人に増えてしまえば勝ち目は薄い。
ネリネと一時的な休戦協定を結ぶという手もあるが、何時裏切られるか分かったものでは無い。
このまま此処で戦い続ければ、恐らく自分は死ぬだろう――ハクオロを殺せぬままに。
それだけは絶対に避けねばならない。
陽平を殺したトウカも憎いが、全ての元凶はハクオロ。
少し見方を変えれば、トウカすらもハクオロに利用され続けた被害者と云えるのだ。
ハクオロを殺すまで、自分は絶対に死ねない。
ならば此処で玉砕覚悟の決戦を挑むのは、どう考えても避けるべきだろう。
修羅と化した少女は、目に映る全てを破壊し尽くすような殺気を纏ったまま、無言で闇夜の中へと走り去った。
。
。
未だ戦場に残るもう一人の修羅――ネリネ。
対峙するは、各々の決意を胸に秘めた戦士達。
その片割れであるトウカが、剣を深く構えて臨戦態勢となる。
「……終わりだ、ネリネ。今度こそその首、貰い受ける!」
トウカは千影が何故戻ってきたのか知らないし、千影は今しがた立ち去ったばかりの智代について、何の情報も持ち合わせていない。
お互いに尋ねたい事はある。
だが今はその時でない。
全ては、眼前の難敵を討ち滅ぼしてからだ。
敵はオボロを撃ち殺し、高嶺悠人を焼き殺した、恐るべき狩猟者だ。
その狡猾な戦い方と、人間では及びも付かない強大な魔力は、魔王と呼ぶに相応しい程のもの。
だが人数で勝るこの状況ならば、トウカ達の優位は揺るぎない。
楽な戦いになるとは思えないが、全力を尽くせば必ず勝利出来る筈だった。
にも関わらず、ネリネはあくまで余裕を保ったまま、微笑混じりに言葉を紡ぐ。
「ふふ……それは無理ですよ。貴女は此処で死ぬ事になります」
告げられた言葉は自信に満ち溢れており、自らの勝利をまるで疑っていないという事が伝わってくる。
決して、強がりなどでは無い。
トウカは一瞬訝しげな顔付きとなったが、すぐに眉を吊り上げた。
「戯言を……死ぬのは貴様だ!」
一喝。
トウカは真正面から斬り掛かろうとして、
。
。
「――――ッ!?」
絶対の死を予期し、真横に飛び退いた。
直後、辺りに響き渡るタイプライターのような轟音。
連続して放たれた破壊の塊が、トウカの背後にあった空間を切り裂いてゆく。
「……最悪の展開、だね」
眼前で展開された光景に、千影は戦慄を覚えざるを得なかった。
ネリネの手元に、恐るべき殺傷能力を秘めた短機関銃――イングラムM10が存在していた。
この島に於いて最強の武器とは、一体何だろうか。
永遠神剣の中でも飛び抜けた力を持つ時詠。
対物用重機関銃であるブラウニング M2 “キャリバー.50”。
確かにこれらの武器は、条件さえ整えば無敵の力を発揮するだろう。
だが時詠の使用には大きなリスクを伴うし、ブラウニング M2 “キャリバー.50”はその重量の所為で扱いが難しい。
とても万能とは云い難い。
だがネリネの持つイングラムM10は違う。
重量にして僅か2.84kg、発砲時の反動は小さくないものの、身体能力を強化したネリネなら十分に片手で扱える。
そして、僅か一分間で1050発もの銃弾を放つ超高火力。
一発一発の破壊力ではキャリバーや九十七式自動砲に劣るものの、人を殺す分には何の問題も無い。
イングラムM10は人間の命を奪うという用途に特化した、最強最悪の兵器なのだ。
トウカ達の動揺を見て取ったネリネが、心底愉しげに告げる――絶望の宴の始まりを。
「――さあ、踊り狂いなさい! 私の掌の中でっ!!」
。
。
ネリネの手元が火花を噴き、9ミリパラベラム弾が一斉に発射される。
イングラムM10から放たれる攻撃は、決して逃れられぬ死を運ぶ暴風雨だった。
単発式の拳銃による攻撃などとは、まるで桁が違う。
態勢を立て直す時間など、存在しない。
銃撃の軌道を見極める余裕など、存在しない。
掃射の標的となったトウカは、反撃に移る事も出来ず、降り注ぐ銃弾の中を唯只逃げ惑う。
「ほらトウカさん、もっと速く走らないと避け切れませんよ?」
「――――ク―――ア――――おのれっ……!」
懸命に駆けるトウカのすぐ横を、列を成した銃弾の群れが通過してゆく。
ネリネは標的との誤差を修正すべく、銃口の向きを微調整した。
銃弾の列が、逃げるトウカを追尾するような軌道で線を描く。
そして唸りを上げる銃弾が、遂にトウカの身体を貫いた。
「うぐアアアアぁああっ!!」
闇夜の下、響き渡る絶叫。
左肩を撃ち抜かれたトウカが、苦悶の声を上げる。
だがネリネはトウカに追撃しようとはせず、くるりと左方向に振り向いて、向き終えた時にはもうトリガーを引き絞っていた。
トウカを援護すべく駆けていた千影の足元が、派手な銃声と共に弾け飛ぶ。
「一度だけ……警告して差し上げます。死にたくなかったら、トウカさんを殺すまで大人しくしておいて下さい。
貴女を殺してしまえば、また『器』を探す羽目になりますから」
「…………っ!」
イングラムM10の照準を正確に向けられて、千影は大きく息を飲む。
ネリネの先の銃撃は、所謂威嚇射撃――『その気になれば、お前など何時でも殺せる』というメッセージに他ならない。
時詠の時間加速を使えば、ネリネに肉薄する事は可能だ。
だが千影程度の技量では、たとえ近距離まで踏み込めたとしても、ネリネを仕留め切るのは難しい。
そしてもし攻撃を仕掛けて失敗すれば、確実に撃ち殺されてしまうだろう。
絶対的な脅威を前にして、千影は動くに動けなくなった。
。
。
「そう、それで良いんですよ。邪魔さえしなければ、当分は生かしておいてあげますから」
千影の動きが止まったのを見て取ったネリネは、満足げに微笑んだ後、視線をトウカの方へと戻した。
見ればトウカは、左肩から血を垂れ流しながらも、必死の形相でこちらに駆け寄って来ている。
ネリネは静かに銃口を動かしたが、トリガーを引くや否や、ガチッという音と共にイングラムM10が弾切れを訴える。
それは銃火器を用いる以上、絶対に起こる事態。
そしてトウカにとっては、最大の好機。
「――ハアアアアッッ!!」
トウカは裂帛の気合が籠められた咆哮を上げ、かつてない速度でネリネ目掛けて疾駆する。
ネリネが銃弾の装填を終える前に斬り伏せる――それが、トウカが勝利し得る唯一の手段。
ならば今この時、この瞬間に、己が持ち得る全ての力を爆発させるは必定。
だが銃火器の弱点が弾切れである事くらい、ネリネとて当然理解している。
ならば親切にその隙を狙わせてやる必要など、何処にも存在しない。
ネリネは献身に送り込む魔力を増加させ、より高い身体能力を引き出した。
敵は銃器を持っていない以上、背中を撃たれる心配も無い。
トウカと然程変わらぬ速度で逃亡しながら、左手の指全てと、右手の人差し指、中指を使って、器用に予備マガジンを装填する。
ネリネは装填し終えると同時にトウカの方へ向き直り、再び掃射を開始した。
「――――は、く、あ、っ……!」
絶え間なく降り注ぐ銃弾の嵐によって、トウカは回避を強要される。
ある時は飛び跳ね、ある時は地面を転がり回り、泥だらけになりながらも耐え凌ぐ。
唯一の勝機すらも完全に潰された以上、最早希望など無いと云うのに、それでも決して諦めない。
どんなに無様な姿を晒そうとも、次なる好機の到来を待ち続ける。
だが短機関銃による猛攻は、例え全力を尽くそうとも躱し切るのは難しい。
。
。
放たれる銃弾とトウカの距離が、徐々に縮まってゆく。
今度こそ致命傷を与えるべく、銃弾の群れが線を成して、トウカの身体へと迫る。
トウカは地面に滑り込んで逃れるが、未だ掃射は終わらない。
よろよろと起き上がるトウカの背中に向けて、トドメと云わんばかりに9ミリパラベラム弾が放たれた。
だがトウカが撃ち抜かれる寸前、その身体が宙に浮いた。
「ち、千影殿っ……!?」
「トウカくん……行くよっ……!」
千影はトウカを抱き上げて、全速力で疾走する。
残る体力と魔力を全て使い尽くすくらいのつもりで、時詠に力を注ぎ込む。
身体能力を強化し、己が時間も可能な限り加速させる。
「千影さん……どうやら早死にしたいようですね」
突き刺すようなネリネの声が聞こえてきたが、千影は止まらない。
第一、脅された程度でずっと大人しくして居られるのなら、わざわざこんな死地に舞い戻って来たりはしない。
自分は殺されてしまう危険性すら承知の上で、トウカを救いに戻って来たのだ。
だからこそ千影は身体の限界から目を逸らして、時詠の力を引き出し続ける。
ネリネの銃撃を躱しながら、トウカの身体を抱き上げながら、確実に間合いを縮めてゆく。
ネリネのイングラムM10が弾切れを引き起こした瞬間、トウカを地面に降ろす。
そのまま大きく助走して――
「……たあああああっ!!」
全力で時詠を放り投げた。
時間加速と身体能力強化の両方を駆使して放たれたソレは、凄まじい勢いでネリネの方へと飛んでゆく。
。
「な――――」
弓矢さながらの速度で迫る時詠に、ネリネは驚きを隠し切れなかった。
イングラムM10に予備マガジンを詰めている最中だったが、このままでは身体を貫かれてしまう。
ネリネは銃弾の装填作業を中断して、横に飛び跳ねる事で時詠から身を躱す。
それは、時間にして僅か一秒足らずの出来事。
だがその一秒をモノにすべく、ネリネの懐へ飛び込む武士が居た。
「……ネリネェェッッ!!」
「くっ――――この……!」
遂に間合いを詰め切ったトウカが、全力の居合い切りを放つ。
ネリネはそれを献身で受け止めたが、激しい衝撃に見舞われ、次の動作への移行が遅れてしまう。
トウカは即座に狙いを切り替え、ネリネの持つイングラムM10に向けて剣を振り下ろした。
急な目標変更に、ネリネの対応は間に合わず――グシャリ、という音と共にイングラM10の銃身がへし折れた。
「フ――――ハァ……ハァ……」
トウカは後退するネリネを追おうとせずに、乱れた呼吸をゆっくりと整える。
最大の脅威であったイングラM10を破壊した以上、無理に勝負を急ぐ必要は無かった。
服にこびり付いた泥を払い除けた後、真っ直ぐな瞳でネリネを見据える。
。
「どうだ、ネリネ。これでも未だ余裕を保っていられるか?」
「……っ……ぐ……今のは流石に、骨が折れた……けどね……」
千影がよろよろとした足取りで、トウカの横に並び掛ける。
時詠の連続使用による弊害は甚大で、魔力は完全に空の状態となってしまっている。
身体もボロボロで、気を抜けば意識が飛んでしまいかねない程だ。
明らかに、戦える状態ではない。
「…………っ!」
それでもネリネは言葉を返せない。
イングラムM10と献身の併用――それがネリネの取り得る最強の戦術だった。
最強のカードを破られてしまった以上、最早逆転の策など無い。
千影が事実上無力化していようとも、未だトウカが残っている。
献身による身体能力強化を用いても、トウカとは剣の腕が違い過ぎる。
残る銃火器を用いても、トウカに単発の銃撃が通じるとは思えない。
とても、敵わない。
「――終焉の時だ。数々の悪行、その身で償うが良い」
短く告げた後、トウカは一歩ずつ足を踏み出し始めた。
月明かりの下、トウカとネリネの距離が段々と近付いてゆく。
「う……あああっ……………」
。
ネリネの目には、迫るトウカの姿が死神であるかのように映っていた。
戦っても勝ち目は無い。
逃げようとしても、この難敵から逃げ切れるとは思えない。
このままでは、殺される。
自分は此処で終わってしまう。
敢えて良心を放棄して、人を狩り続ける修羅と化したのに。
親しかった時雨亜沙すらも、この手で殺してしまったのに。
未だ土見稟の遺体を、埋葬してもいないのに。
この命は――自分だけのものじゃないのに。
幼い頃、自分はリコリスと同化する事で、二人分の命を得た。
リコリスの生命力も、魔力も、歌も、想いも、全てを奪い去ったのだ。
此処で終わってしまっては、リコリスの想いが無駄になってしまう。
「駄目……です……」
「む……?」
此処で自分が死んだら、土見稟を愛していた少女の想いが、無駄になってしまうのだ。
そんな事、認められない。
「私は負けない……負けられない」
死ぬのは怖くない。
犯した大罪の責を負って、刑に服す覚悟だってある。
だけど、それは今じゃない。
自分は土見稟の死体を埋葬しなければならない。
生きて元の世界に戻り、魔族の総力を結集して、主催者達に復讐しなければならない。
リコリスの想いを、完遂しなければならないのだ。
そんな自分がこんな所で諦めるなど、許される筈が無い――!
。
「『献身』、リコちゃん――――私に力を貸して頂戴ッッ!!!」
「な……貴様、一体っ……!?」
魔力が暴走する危険性もあるが、最早そんな事に構っては居られない。
ネリネは自分が持ち得る全ての――否、自分とリコリスの二人が秘めた、全魔力を引き出した。
その瞬間、トウカの眼前で信じ難い事態が起こった。
ネリネの手元にある『献身』を中心として、空気が激しく渦巻く。
刀身から放たれる眩いばかりの閃光が、闇夜を照らし上げる。
「ぐぅ――――これは、何事かっ……!?」
「……っ……なんて……膨大な魔力だ……!」
余りの光に、トウカも千影も思わず瞼を閉じてしまう。
閉じた視界の中、空気が収束してゆくのが肌越しに伝えられる。
手足を痺れさせる程の悪寒がする。
絶望的な予感が、際限無く膨らんでゆく。
この場に居るだけで、命までも吸い取られてしまうような、そんな感覚。
そしてようやく光が収まった時、二人の前には――緑色のオーラに包み込まれたネリネが屹立していた。
制限というものが存在する以上、この事態は通常ならば有り得ない。
たとえエトランジェであろうとも、不可能な筈の芸当。
だがネリネの注ぎ込んだ魔力は、想いは、余りにも膨大過ぎた。
スピリットやエトランジェすらも凌駕する、桁外れの量だった。
そのお陰でネリネは、制限されているにも関わらず、オーラフォトンの力を手に入れる事が出来たのだ。
。
「…………っ」
眼前の少女が放つ圧倒的重圧に気圧され、トウカは意図せず後退した。
本能が、数々の戦場を潜り抜けて得た直感が、今すぐ此処から逃げ出せと訴えている。
それ程に、今のネリネから伝わってくる重圧は強大だった。
千影もトウカと同じ様子で、絶望に染まり切った表情をしている。
そんな中、ネリネの唇がぴくりと動いた。
「――――ソニック……」
紡ぐ言葉は、何処までも静かに。
楓を殺された恨みも、何度も梃子摺らされた怒りも、今は忘れよう。
勝利さえ得られれば、それ以上は何も欲さない。
ネリネはかつてのようにトウカ達を罵倒したりせず、ただ純粋に己が目的を果たそうとする。
ネリネの身体を包むオーラの輝きが増し、放たれる殺気が膨れ上がった。
そして、トウカが反射的に西洋剣を構えた、その瞬間。
「ストライク――――!」
ネリネはソニックストライク――献身で繰り出せる技の中で、最強を誇る突撃技――を放った。
トウカとネリネの距離は二十メートル、決して近距離だとは云い難い。
だが間合いなど即座に零となり、制限さえ無ければ音速すらも突破する槍撃が、トウカに襲い掛かる。
その速度、その威力には、いかなトウカとて対抗出来なかった。
「……ガアアァァアアアアァッ!!」
「ト、トウカくん――――!!」
血の霧が大きく広がり、苦悶の絶叫が木霊する。
ほんの一瞬、ただの一合でトウカの脇腹が深く切り裂かれたのだ。
だが何故かネリネはすぐに追撃しようとせず、トウカの前で無防備に立ったままだった。
。
「う………アアアアッ!!」
意識が飛びそうな激痛を強引に噛み殺して、トウカは西洋剣を打ち下ろす。
繰り出された剣戟は、正確にネリネの頭部へと吸い込まれてゆく。
だが、その切っ先が標的を捉える刹那。
「……ウインドウィスパー!」
「――――――――!?」
ネリネの足元に緑色の魔方陣が浮かび上がり、その身体を強烈な風が覆った。
一瞬にして発動されたウィンドウィスパー――風を身に纏う防御魔法――が、トウカの剣を跳ね返す。
そして攻撃の終わり際を狙い、ネリネの槍が再び突き出された。
ソニックストライク程では無いと云えども、十分過ぎる鋭さを伴った一撃。
素早く飛び退こうとしたトウカだったが、その右太股を献身の刃先が掠めた。
「ぁ――――ぐああっ…………!」
受身をとるような余裕すらも、今のトウカには無い。
トウカは空中で大きくバランスを崩してしまい、背中から地面に倒れ込んだ。
「……トウカくん!」
千影は慌ててトウカに駆け寄って、その身体を抱き起こした。
トウカの脇腹から流れ落ちる鮮血が、地面を赤く濡らしてゆく。
これだけ傷が深ければ、止血処置をしないと命すらも危ういかも知れない。
あれ程の戦闘能力を誇ったトウカが、まともに打ち合う事すら出来ないまま倒された。
今のネリネは、余りにも強過ぎる。
別行動をしているハクオロ達と共に挑んだとしても、到底倒せまい。
だがそこで、千影の脳裏に沸き上がる疑問。
千影は哀しみに満ちた紫色の瞳で、眼前の怪物をじっと眺め見た。
。
「どうして……。それ程の力が有るのに……どうして、殺し合いを……続けようとするんだい。
今のネリネくんなら……主催者がどんなに……強かったとしても、十分に……討ち滅ぼせるじゃないか」
それは当然の疑問。
主催者を大きく上回る力があるのならば、このような下らぬ殺人遊戯に付き合う必要は無い。
首輪の解除方法を速やかに確保した後、主催者を倒してしまえば良いのだ。
だがネリネは瞼を閉じて、ゆっくりと首を横に振った。
「それが出来たらどんなに良かったか。でもね、不可能なんです」
「……どうしてだい?」
「私は魔王の娘……居なくなってしまえば、必ず世界中が騒ぎになる。
お父様はきっと、魔族の軍隊を総動員して捜索活動に励んでくれた筈です」
ネリネの父親である魔王フォーベシイは、心の底から娘を溺愛している。
彼がどのような行動を取ったかなど、火を見るよりも明らかだろう。
「勿論、私自身も稟さまを守る為に頑張りました。良心を捨てて、友人すらもこの手にかけました。
お父様も、私も必死に……本当に必死に努力しました。だけど――」
閉じられていたネリネの目が、大きく開かれた。
ネリネの瞳は――涙に濡れていた。
「だけどっ……駄目だった! 稟さまを救えなかった!」
修羅の仮面を脱ぎ捨てたネリネの絶叫は、酷く悲痛なものだった。
怪物でも狩猟者でもない、年相応の少女のものだった。
聞いているだけで、こちらの胸までもが痛くなってくる。
「私は稟さまを救えなかった! お父様でも救えなかった! 私達がどれだけ頑張っても、稟さまを救えなかったんです!!」
。
。
様々な想いの入り混じった叫びに、千影は何も言葉を挟めない。
大切な者の為に良心を捨て、人を殺し続けて、それでも救えなかった悲しみがどれ程のものか、想像も付かない。
闇の落ちた博物館前で、ネリネの嗚咽だけが響き渡る。
だが、それも長くは続かない。
ネリネは涙を服の袖で拭き取って、再び修羅の仮面を装った。
「……この殺し合いの主催者は、余りにも強大過ぎます。そう、魔族の軍隊の介入すらも防ぎ切れる程に。
この島に居る方々だけで倒すなんて不可能です。ですから――――私は人を殺し続ける」
再び戦闘態勢に移行すべく、献身に魔力が注ぎ込まれる。
ネリネの身体を、緑色のオーラが覆い尽くす。
「殺し合いに優勝して、稟さまを埋葬して差し上げる。それから魔族の総力を結集して、全ての元凶である主催者達を殲滅する。
それが私が稟さまにしてあげられる、最後の奉仕!」
「稟くんは、きっとそれを……望まないよ。それでもかい……?」
ネリネの内に秘められた想いを知った千影が、一縷の望みを以って問い掛ける。
だがネリネは何の迷いも無く、何処までも澄んだ声で答えを返す。
「――ええ、それでもです」
そう告げたネリネの笑顔は、千影がこれまで見たどんな表情よりも悲しいものだった。
悲痛な、そして決して変わる事が無いであろう決意の籠められた言葉。
その言葉に、満身創痍の武士が応える。
「ならば――――某がお主を倒す」
トウカは西洋剣を地面に突き刺して、杖代わりに用いていた。
そうしなければ倒れてしまいかねない程の重傷だと云うのに、揺ぎ無い声で告げる。
。
「お主が根からの悪人で無い事は良く分かった。だがこれからも、罪無き人々を殺すつもりだと云うのなら、某が倒す。
エヴェンクルガの武士として、オボロの友として、悪鬼と化したお主を討つ」
その言葉には、ネリネにも劣らぬ程の決意が秘められている。
トウカとネリネは、静かに視線を交錯させる。
嘗てお互いを仇として憎み合った二人だったが、最早そのような感情は消え失せつつあった。
有るのは己の信念を貫き続けた者に対する、強い敬意だけだ。
「トウカさん。貴女は本当に強い……この状況でも未だ、諦めた目をしていない」
ネリネの言葉に、嘘偽りは一切混じっていない。
本心から、未だ戦い続けようとするトウカを褒め称えているのだ。
だから――敵の強さを認めたからこそ、ネリネは一切手を抜かない。
「――せめてもの手向けです。私の魔力、その殆どを結集した、最強最大の一撃で葬って差し上げます」
ネリネはそう云うと、献身に更なる魔力を送り始めた。
献身の輝きが益々強まり、ネリネを包むオーラの濃度が増してゆく。
激しい突風が渦巻いて、周囲の空気を振動させる。
そんな中、千影が申し訳なさそうな表情でトウカに語り掛ける。
「トウカくん……すまないね……」
「……何がでござるか?」
「トウカくんは……知り合ったばかりの私を、何度も助けてくれた。その所為で何度も……傷付いてしまった。
今回だって私を見捨てて……逃げていれば、トウカくんは、助かった筈さ……」
それは紛れも無い事実だろう。
わざわざ千影を助けようとしなければ、トウカは余計な戦いを回避出来た。
主であるハクオロを守る事に、全ての力を注ぎ込めた筈だった。
こんな所で命を落とす事など、無い筈だったのだ。
。
「正しき者を守るのが、エヴェンクルガ族である某の役目。知り合ったばかりかどうかなど、関係ござらん」
「でも……私は少し前まで、姉妹達の事しか……考えていなかったんだ。
トウカくんの事は……考えてあげられなかったんだ……」
そうだ――自分は姉妹の事しか考えていなかった。
衛が死んでしまった場合は、殺し合いに乗るつもりだった。
トウカとは比べるべくもない、酷く身内贔屓の思考。
だというのに、トウカはまるで翳りの無い顔で答える。
「――構いませぬ。少なくとも先程の千影殿は、某と一緒に戦って下さったではないか。
そんな千影殿を守って逝けるのなら、某は本望です」
「トウカくん……」
「それに某は未だ諦めてなど居ない。ネリネを打ち倒す方法は存在する。千影殿、耳をお貸し下され」
トウカは千影に耳打ちし、最後の作戦を告げる。
だがそれは千影にとって、受け入れ難い内容だった。
「な……駄目だ、それではトウカくんが! そんな事……私には出来ない……!!」
「千影殿……此処で二人共倒れたら、全てが終わってしまう。
某は未だ、己が役目を果たせてはいない……。己が失態の責を取れてはいない……」
トウカには役目があった――ハクオロや、千影とその姉妹達を守り続けるという役目が。
トウカには責任があった――自分の所為で修羅と化した智代を、止めるという責任が。
エヴェンクルガの武士として成し遂げねばならぬ目標は、未達成のままだ。
それでも――
「ですが、遺志を引き継いでくれる人間さえ居れば、某は本当の意味で死んだ事にはなりませぬ。
千影殿なら……一人で逃げる事も出来たのに、逃げなかった千影殿ならば、きっと某の意思を引き継げる」
命懸けで千影を守った事が、間違いだとは思っていないから。
エヴェンクルガの信念に則って歩んだ人生は、正しいものだと信じているから。
だからこそトウカは、真っ直ぐな瞳、満面の笑顔で告げた。
。
「ですから――某には、悔いなどござらん」
「っ…………」
それで、千影が口に出せる言葉など無くなった。
トウカはもう、何を云っても止まらない事が分かってしまったのだ。
千影は万感の想いを込めて、死に逝くトウカを眺め見る。
だが今生の別れになるであろうソレも、ほんの数秒しか許されない。
「――お喋りの時間は終わりです……行きますよ」
全てを凍り付かせるような殺気。
ネリネの声を合図として、遂に決戦は始まった。
「死になさい……」
ネリネの身体を、余りにも巨大なオーラが包み込む。
制限さえ無ければ街一つ破壊し尽くせる程の、最強の魔力。
それらの全てが、永遠神剣『献身』に吸い込まれたのだ。
そして膨大な魔力はオーラへと変換され、信じ難い力を生み出す。
放たれる一撃は最早、生身の人間がどうこう出来るレベルのものでは無いだろう。
。
「エルルゥ殿、アルルゥ殿、カルラ殿、オボロ、聖上、千影殿……」
トウカは剣を鞘に戻し、所謂居合い切りの態勢となった。
自分には魔力など無い。
ならば鍛えに鍛え抜いた技巧と、仲間達より受け継ぎし、想いの力に全てを懸けるだけ。
武人としての己が生き様に全てを懸けるだけだ。
「――――ソニックゥゥゥ…………」
口を開くは、最強の魔力を秘めし少女。
爆発的な加速力を生み出すべく、ネリネを覆うオーラが一層肥大化する。
「――――皆、見ていて下され。これが……」
口を開くは、剣の道を極めし武士。
全身全霊の一撃を放つべく、トウカの腰が沈み込む。
「ストライク――――!!!」
「武士の生き様でござる――――!!!」
トルネードのような巨大な暴風が、周囲一体に吹き荒れる。
渦巻く突風の中、彗星と化したネリネがトウカに襲い掛かる。
トウカはネリネが射程に入った瞬間、鞘から西洋剣を抜き放った。
。
視認すら困難な勢いで振り下ろされた一撃。
洗練された動作で繰り出された居合い切り。
それら二つがぶつかり合う。
魔力と技。
究極の衝突とも云える対決は――
「――――ガ、――ハ…………!!」
砕け散った西洋剣、左腕を斬り落されたトウカの姿と共に、ネリネの勝利で終わった。
(勝った……!)
ネリネは自らの勝利を確信していた。
トウカの得物を粉砕し、心臓に近い左腕を斬り落とす事で、致命傷も与えた。
崩れ落ちるトウカから視線を外し、残る千影へと視線を移す。
千影はベネリM3を拾い上げていたが、散弾銃如きでは何の脅威にも成り得ない。
荒れ狂う風の防御を、粒弾如きで貫ける筈が無い。
ネリネは防御魔法を発動させようとして――
「――――そんな物、今の私には……!?」
突如衝撃が奔り、手元から献身が零れ落ちた。
身体を覆っていたオーラが、あっという間に霧散してゆく。
驚愕したネリネが下に視線を移すと、そこには。
「トウカ――――さんっ…………!?」
得物と左腕を失った程度では、覚悟を決めた武士は止まらない。
トウカは徒手空拳で献身を叩き落し、そのままネリネの腰に組み付いていたのだ。
先の衝突では、即死さえ避けられれば良かった。
敵の意表を突く為には、致命傷を受けた方が好都合。
己が命と引き換えにネリネから献身を奪い取り、動きさえも封じ込める。
それがトウカの狙い……!!
「トウカくん……今まで有り難う。……また……来世で……」
ベネリM3の銃口がネリネ達へと向けられる。
別れの言葉と共に、千影はトリガーを引き絞った。
「―――――――り、稟さまああアアアアアアァァァ!!!」
ネリネが絶叫する。
そして――
。
「アアアアアアアァァァァアアアッッ!!」
叫ぶ声はネリネのものか、或いはトウカのものか。
唸りを上げる流星群。
ベネリM3から放たれた粒弾の嵐が、トウカごとネリネを貫いた。
◇ ◇ ◇ ◇
決戦が終わった後の戦場は、酷く静まり返っている。
ネリネが倒れた影響からか、あれ程激しく吹き荒れていた風も、今はもうすっかり止んでいた。
トウカは満足気な笑顔を浮かべたまま、そしてネリネは大きく目を見開いたまま、二度と動かぬ屍と化している。
「…………」
そんな中、千影はベネリM3を手にしたまま、独り立ち尽くしていた。
トウカの提案した作戦通りだった。
自分はやり遂げた。
一撃で確実にネリネの命を奪い去った――そう、仲間であるトウカ諸共。
他に勝利し得る方法など、無かった。
正面から実力勝負を挑んでは、味方が何人いようともネリネには勝てなかっただろう。
トウカごと撃つのを躊躇っていれば、銃撃を躱されてしまっていただろう。
「――でも、トウカくん……」
分かっている。
こうするしか無かったのは分かっているし、トウカが自分に何を託して逝ったのかも理解している。
自分はトウカの意思を受け継いで、強く、強く、生きてゆかなければならない。
悪を誅し、罪無き善良な人々を助けなければならない。
そんな事は十分過ぎる程に分かっているが、それでも――
「やっぱり……こんなの、悲し過ぎるよ……」
零れ落ちた一言こそが、少女の紛れも無い本心だった。
けれど、泣き言はそれで終わり。
どれ程の悲しみに苛まれようとも、前を向いて生き続けるのが自分の責務だ。
千影はよろよろとした足取りで歩を進め、地面に落ちていた時詠を拾い上げる。
永遠神剣第三位『時詠』――自らの時を加速させる魔具。
優れた身体能力を持たぬ自分にとって、時詠は間違いなく最高の武器だ。
大きなリスクを伴いはするが、使用すれば十分な戦闘能力を得る事が出来る。
だがそれも魔力があれば、の話だ。
ほぼ全ての魔力を使い尽くした今の自分では、時を加速させるなど不可能だろう。
生き延びる為には、銃火器の類にも頼らなければならない。
千影はネリネの死体に歩み寄って、見開かれたままの目を閉じさせてやってから、彼女のデイパックを拾い上げた。
照明は微かな月光しか無い為、ただ見るだけではデイパックの中身全てを窺い知る事は出来ない。
実際に鞄の中身を、一つ一つ取り出して確認し始める。
最初に洋服を発見したので、まずはそれを身に纏う。
だが続けてデザートイーグルを取り出したその時、横から雑草を踏み締める音が聞こえてきた。
。
「――――っ!?」
予期せぬ事態にデザートイーグルを取り落としながらも、音のした方へと振り返る。
千影の振り向いた先、博物館の壁面近くに銀髪の少女が立っていた。
「君は……さっきの……」
「……これは予想外だったな。トウカさんが死んでしまうとは思わなかった」
少女――坂上智代は、トウカの殺害を諦めた訳では無かった。
一度戦場から逃亡した後、少し離れた場所で乱入する好機を待っていた。
そして戦いの喧騒が止んだのを聞き取って、疲れ果てているであろう勝利者を打ち破るべく、戦場に舞い戻ったのだ。
再び現われた修羅の姿に、千影が少しずつ後ずさりしながら口を開く。
「……私は千影。君の名前は……何て云うんだい?」
「坂上智代だ」
「智代くん……。君は、殺し合いに……乗っているのか?」
千影がそう問い掛けると、智代は皮肉げに歪んだ笑みを浮かべた。
「――フン、答えが分かっている癖に聞くな。そうさ、私は全ての人間を殺し尽くすつもりだ」
何の迷いも無く告げる言葉には、もう憎悪しか含まれて居なかった。
この少女もネリネと同じで、決して引き返せぬ殺戮の道を選んだのだ。
その事実を認識した千影は、揺るぎの無い声で告げる。
「そうかい……。なら、トウカくんの代わりに……私が君を倒す。今は無理だけど……傷を癒して、いずれ必ず君を止める」
「傷を癒す? 傷付いた獲物を、みすみす見逃してやるとでも思っているのか?」
凍り付いた視線が千影に突き刺さる。
智代の手にした永遠神剣第七位『存在』が、ゆっくりと持ち上げられる。
身体能力の差を、そして消耗度合いの差を考えれば、単純な走力勝負で千影が逃げ切るのは不可能だ。
だが千影は焦る様子一つ見せないで、自分のデイパックからベネリM3を取り出した。
。
「怪我をしたくなければ……そうするしか、ないよ。私にはこれが……あるからね。
散弾銃を……避け切れる自信があるなら……追って来れば良い」
「…………」
話す間も千影の足は後退を続けており、二人の距離が少しずつ離れてゆく。
智代は追えない。
散弾銃の攻撃は、素早い猛獣すらも仕留め切る程広範囲に及ぶ。
回避に徹するのならばともかく、追撃しながら躱すなど不可能に近い。
結局智代は追撃を諦めて、千影が去るのを黙って見守った後、戦場に残された武器を回収する事にした。
まずは周囲をくまなく歩き回って、落ちていた武器を一つ残さず拾い上げる。
その結果、九十七式自動砲やデザートイーグル、献身と云った武器を入手出来た。
続けてネリネの死体を物色し、そのポケットからデザートイーグルの予備マガジンを回収する。
トウカの死体も調べたが、こちらは何も隠し持っていなかった。
「ふう……これで全部か。思った以上に収穫があったな」
強力な武器の数々を手に入れた智代は、満足気に戦場を離れようとする。
最後にトウカの死体を改めて眺め見たが――何の感慨も、沸いては来なかった。
智代に残された感情は、最早唯一つだけ。
「見ていてくれ春原……。ハクオロは、私が必ず殺してやるからなっ……!」
そう――絶対的な、憎悪のみだ。
【ネリネ@SHUFFLE! ON THE STAGE 死亡】
【トウカ@うたわれるもの 散りゆくものへの子守唄 死亡】
。
【C-3 博物館周辺/1日目 真夜中】
【千影@Sister Princess】
【装備:洋服、トウカのロングコート、ベネリM3(1/7)、12ゲージショットシェル127発、永遠神剣第三位“時詠”@永遠 のアセリア −この大地の果てで−】
【所持品1:支給品一式×7、九十七式自動砲の予備弾95発、S&W M37 エアーウェイト 弾数0/5 コンバットナイフ
出刃包丁@ひぐらしのなく頃に 祭 イングラムの予備マガジン(9ミリパラベラム弾32発)×7 9ミリパラベラム弾68発】
【所持品2:トカレフTT33の予備マガジン10 洋服・アクセサリー・染髪剤いずれも複数、食料品・飲み物多数】
【所持品3:朝倉音夢の生首(左目損失・ラム酒漬け) 朝倉音夢の制服 桜の花 びら コントロール室の鍵 ホテル内の見取り図ファイル】
【所持品4:謎ジャム(半分消費)@Kanon、『参加者の術、魔法一覧』、デザートイーグルの予備弾92発】
【所持品5:C120入りのアンプル×8と注射器@ひぐらしのなく頃に、ゴルフクラ ブ、各種医薬品】
【所持品6:銃火器予備弾セット各100発(クロスボウの予備ボルトのみ残数80/100)、 バナナ(フィリピン産)(2房)】 】
【状態:洋服の上から、トウカのロングコートを羽織っている。両手首に重度の擦り傷、左肩重傷(治療済み)、魔力残量皆無、肉体的疲労極大、極めて強い決意】
【思考・行動】
基本行動方針:罪無き人々を救い、殺し合いに乗った者は倒す。
0:今後の移動先は、次の書き手さん任せ
1:衛を守る
2:また会う事があれば智代を倒す
3:永遠神剣に興味
4:北川潤、月宮あゆ、朝倉純一の捜索
5:魔力を持つ人間とコンタクトを取りたい
6:『時詠』を使って首輪が外せないか考える
7:もう一度舞に会いたい
※千影は『時詠』により以下のスキルが使用可能です。 但し魔力・体力の双方を消耗します。
タイムコンポーズ:最大効果を発揮する行動を選択して未来を再構成する。
タイムアクセラレイト…自分自身の時間を加速する。他のスキルの運用は現時点では未知数です。 詳しくはwiki参照。
エターナル化は何らかの力によって妨害されています。
また『時詠』に魔力を送れば送る程、身体能力を強化出来ます(但し、原作程圧倒的な強化はほぼ不可能)。
。
※未来視は時詠の力ではありません。
※四葉とオボロの事は衛と悠人には話してません(衛には話すつもりは無い)
※千影は原作義妹エンド後から参戦。
※ハクオロ、悠人を強く信頼。
※悠人は死んだと思っています。
※ネリネの遺体から回収した鞄の中身を殆ど確認出来ていません。その為、朝倉音夢の生首などにも気付いていません。
【C-3 博物館前/1日目 真夜中】
【坂上智代@CLANNAD】
【装備:IMI デザートイーグル 3/10+1 IMI デザートイーグル の予備マガジン10 】
【所持品:支給品一式×3、九十七式自動砲 弾数6/7 永遠神剣第七位『存在』@永遠のアセリア−この大地の果てで−
サバイバルナイフ、トランシーバー×2、多機能ボイス レコーダー(ラジオ付き)、十徳工具@うたわれるもの、スタンガン、
催涙スプレー(残り2分の1)、ホログラムペンダント@Ever17 -the out of infinity-、
永遠神剣第七位“献身” 】
【状態:疲労大、血塗れ、左胸に軽度の打撲、右肩刺し傷(動かすと激しく痛む・応急処置済み)、両腕共に筋肉痛、
左耳朶損失、全ての参加者に対する強い殺意】
【思考・行動】
基本方針:全ての参加者を殺害する。
1:何としてでもハクオロを殺害する。
2:ハクオロに組し得る者、即ち全ての参加者を殺害する。
【備考】
※舞を危険人物として認識しています。
※『声真似』の技能を持った殺人鬼がいると考えています。
※トウカからトゥスクルとハクオロの人となりについてを聞いています。
※永遠神剣第七位"存在"
アセリア・ブルースピリットが元の持ち主。両刃の大剣。
魔力を持つ者は水の力を行使できる。
ウォーターシールド…水の壁を作り出し、敵の攻撃を受け止める。
フローズンアーマー…周囲の温度を急激に低下させ、水分を凍結させ鎧とする。
他のスキルの運用については不明。
※永遠神剣第七位“献身”は制限を受けて、以下のような性能となっています。
永遠神剣の自我は消し去られている。
魔力を送れば送る程、所有者の身体能力を強化する(但し、原作程圧倒的な強化はほぼ不可能)。
魔力持ちの敵に突き刺せば、ある程度魔力を奪い取れる。
以下の魔法が使えます。
尚、使える、といってもウインドウィスパー以外は、実際に使った訳では無いので、どの位の強さなのかは後続の書き手に委ねます。
アースプライヤー 回復魔法。単体回復。大地からの暖かな光によって、マナが活性化し傷を癒す。
ウィンドウィスパー 防御魔法。風を身体の周りに纏うことで、僅かな間だけ防御力を高める。 強度は使用者の魔力に依存。
ハーベスト 回復魔法。全体回復。戦闘域そのものを活性化させ、戦う仲間に力を与える。
ソニックストライク 音速を突破する速度で繰り出される槍技。但し余程強大な魔力が無ければ、使用不可能。
【備考】
※イングラムM10、舞の剣は大破。
※九十七式自動砲により、博物館の壁が一部破壊されました
太陽が落ちて、すっかり暗くなった町。
いつの間にか空の月は輝きを増し、その下にある全てのものに、美しく、やさしく、そして無慈悲な光をそそいでいた。
その光の中、南に向かって進む一団があった。
「……鳴海孝之が…………そう、……なの」
「ええ、鳴海さんはこの島の現実に耐えられず、夢の中に逃げ込む事しか出来なかったようです」
「………………」
「………………」
天才少女、二見瑛理子。
エルダーシスター、宮小路瑞穂。
ブルースピリット、アセリア。
そして、人形使い、国崎住人。
彼女ら四人は、共に行動することを決めた後、F-2地区を南下し、次の目的地である図書館へと向かっていた。
本来なら、住人の疲労を考え、休憩するべきだったのだが、
本人が、
「俺の事はいい、既に俺のせいで大分時間を使った。
ただでさえ俺達のルートが一番長いんだ、これ以上時間を掛けては予定に間に合わなくなる。
休憩は、図書館か港で人を探す間だけでいい」
と言ったので、――幾分ゆっくりとしたペースではあるが――そのまま図書館へと移動することにした。
そして、その道中に、色々と情報交換を行っていた…………のだが、
話をしているのは、専ら瑛理子と瑞穂の二人だけだった。
瑞穂は、やはりまだ住人の事は割り切れてはいないため、住人に対してはどうしても話のテンポが悪くなる。
住人も、そのことは理解しているので、自分からはほとんど話に参加していかなかった。
それに彼自身、消耗が激しい為、あまり話す元気もなかったという事もあった。
そしてアセリアは、元々口数の多いほうではないのだが、住人と全く話そうとしないばかりか、露骨にあさっての方角を向いている。
やっている事は丸っきり拗ねた子供のそれなのだが、こちらの話はちゃんと聞いているようなので、そのままにさせている。
それに、日が落ちたこの状況下では、戦いに慣れたアセリアの感覚だけが、周囲を警戒する手段でもあるので、二人とも無理に話に参加させようとはしなかった。
そうして、瑛理子と瑞穂は情報交換を行っていたのだが、瑞穂達がハクオロ達からほとんど話を聞かずに別れたと聞いて、瑛理子が
“首輪は盗聴されている”
と書いた紙を見せた為、
落ち着いて話の(筆談の)出来る図書館に着くまでは、瑞穂がほとんど一方的に話をし、時たま瑛理子が補足を求めるという状況だった。
そうして、温泉での約束や、アルルゥ、アセリアとの出会いの話を経て、茜を殺した狂人、鳴海孝之の話に差し掛かった時、僅かに瑛理子の様子が変わった。
最初は、あまり歓迎していない雰囲気だったが、瑞穂の話が進むにつれて、徐々に口数が減っていった。
そうして、瑞穂がその手で孝之の命を絶った事を話した頃、
漸く住宅街のはずれにある、周りよりも遥かに大きな建造物――図書館が一行の視界へと入ってきた。
◇ ◇ ◇ ◇
「思っていたよりも大きそうな図書館ですね」
瑞穂が口にした内容に、俺も内心で同意しておいた。
俺は図書館なんてそんなに知っている訳じゃあないが、それ専用の建物を持っているとなると、そこそこ大きい町にでも行かなければ無さそうな規模だ。
「あれなら、かなり詳しい専門書もあるかもしれないわね」
瑛理子は妙に大きな声でそう言うと、少しペースを上げて歩き出した。
彼女だって足を怪我している筈なのに、女ってのはたくましいもんだ、と苦笑しながらもそれに続く。
体は元々痛みっぱなしなので、そんなに負担は変わらなかったが、やはり根本的に動かし辛く感じ、瑛理子よりも若干遅いペースで進む。
そんな俺を見て、瑞穂が若干迷ったような表情をみせていた。
だが、俺はその視線を無視して、また少しペースを上げた。
……瑛理子にしろ、瑞穂にしろ、優し過ぎる。
俺には、既にその優しさに甘える資格なんて無い。
ハクオロ、瑛理子、高嶺、瑞穂、…………観鈴。
今の俺は、皆の優しさと強さによって、ここにいる。
だから、これ以上、皆の優しさに甘えるわけにはいかない。
今のこの身は、ただ犯した罪を償い、背負い続ける為だけに存在している。
安息なんて望んでは、いけない。
そうして、瑛理子に続いて図書館の正面側に周った時、不自然なものが俺の視界に入った。
図書館の入り口の近くに、白いボディに赤いペイントがされた車――救急車が停まっていた。
それは、明らかに不自然。
病院ならともかく、こんな所に救急車がある理由……そんなもの、一つしか思いつかない。
「誰か、中にいる……そう考えるのが自然ね」
「ああ、だけど……」
そのことは疑いようがない、だが問題なのは『何故、こんな目立つ場所に救急車が置いてあるのか』ということだ。
言うまでもなく、あんな所に救急車があれば、誰だって図書館に人がいると思うだろう。
つまり、中にいる相手は、自分(達?)の存在を主張しているということになる。
問題は、その意図が何なのか、だ。
「中に居るって主張してるということは、こちらに入って来いと言っている訳よね」
「仲間を集めている、と考えるのは危険過ぎますね」
「ああ、むしろ罠がある、と考えるべきだろうな」
重要なことなので、俺が話かけても、瑞穂は何も言わなかった。
そうして三人で意見を出し合ったのだが、話し合ったところで答えが出るものでもない。
念の為、と救急車を調べてみたが、キーが抜いてあるだけで、ガソリンはまだ残っている。
つまり、乗り捨てて行ったのではなく、図書館に居るのは確実と見ていいだろう。
そうして、どうしたものかと考え込んでいたその時、
一人会話に参加していなかったアセリアが、堂々と図書館の入り口の方へと向かって行った。
慌てた瑞穂が、
「あ、あのアセリアさん、そんな堂々と入っては危険だと思いますが」
と声を掛けたが、
「ん、考えても分からない」
一蹴されてしまった。
だが、アセリアの言う通り、考えたところで答えは出ない。
なら普通に入って行くしか方法は無い。
そう考えた俺が後に続いたので、瑛理子と瑞穂もしぶしぶといった感じだが、ついて来た。
だが、入り口の近くまで来て、見える範囲に人がいなそうなのが確認出来たところで、俺はアセリアに声を掛けた。
「アセリア」
「…………」
見事に無視された。
だが、へこたれている場合ではないので、もう一度、今度は用件を伝える事にした。
「俺が先に図書館に入る。
アセリアは俺の少し後ろに続いてくれないか」
「……………………何故」
ひどく不機嫌そうな返事が来た、無視するわけにもいかないので、渋々答えたと言う感じだ。
「俺達の中で、一番の戦力はアセリアだ。
だから、罠があるかもしれない所に入られて、傷を負われては困る。
まずは俺が罠や待ち伏せが無いか調べるから、その後に続いてくれ」
627 :
代理投下:2007/09/20(木) 08:05:15 ID:G7aZPAnH
アセリアに傷を負われては、戦うことも、逃げることも難しくなる。
図書館に近づくまでは、何時でも下がれる為、戦闘に慣れたアセリアに先行してもらったが、危険度と選択が増える屋内では、アセリアをフリーにしておいた方が選択の幅は広い。
そう思って発言したら、
「国崎住人、あんたさっきの話をもう忘れたとか言わないわよね」
瑛理子から怒りの篭った言葉を頂戴した。
だが、まあ来るだろうとは思っていたので、そんなに慌てずに済んだ。
「まさか、俺にはもう自分から死を選ぶ権利なんて無い。
俺は、これが最も安全だと思っている。
もし、中に危険があった場合、アセリアになにかあれば、それだけで俺達全員の危険度は増す。
だから、アセリアの次に戦いに慣れている俺が先行して、アセリアには状況に応じて動いてもらう。
これが『俺達全員にとって』最も安全な選択だ」
なので、今の正直な意見を告げた。
三人とも、少しポカンとしていたので、その隙に、
「だから俺が先頭、その少し後にアセリアで、瑞穂はその後ろでバックアップを頼む。
瑛理子は怪我しているから、一緒には入らないで、合図があったら続くようにしてくれ」
それだけ告げて、俺はさっさと図書館のドアを開けて、何もなさそうなことを確認すると、中に入った。
どうやら、見た目通り二階建てで、ロビーにはカウンターと事務室、そして大きめの階段がある。
上か、下か。
629 :
代理投下:2007/09/20(木) 08:06:18 ID:G7aZPAnH
篭城するつもりなら、周辺の監視のしやすい上にいるだろう、と当たりをつけ、二階フロアが少し見える位置まで移動した時、
二階の奥の方から複数の人影がやってくるのが見えた。
それに対して銃を向けようとして、そのうちの一人の顔が見えた時、俺は思わず反応できなかった。
「待ってくれ!俺達は殺しあ「住人さん!!」いに……」
何か言おうとした少年の声を遮って、聞き慣れた声が聞こえた。
「……美凪……か」
◇ ◇ ◇ ◇
倉成武と佐藤良美を退けた圭一達は、住人たちよりも30分ほど前に図書館に到着していた。
彼らの仲間である武を助ける手段を探す為、そして追ってくる武と良美を待ち伏せする為、彼らは、車を停めてすぐに、図書館の中に入った。
そうして、まずは武の症状と思われるH173、及び特効薬らしいC120について調べようとしたのだが、すぐに行き詰ってしまった。
なにしろ、何を調べていいのか解らないのだ。
詳しい情報を調べる為に、沙羅の持つフロッピーを調べようとも考えたのだが、後2枚しかない上に、図書館にある全てのパソコンが使えなくなってしまうとあっては、
簡単に使うわけにもいかず、だが他に手も無いので、パソコンを立ち上げたところで、入り口の方から人の声がすることに気付いた。
それで、慌てて入り口の方へと移動したのだが、圭一が目にしたのは、倉成武ではなく、見知らぬ男性の姿だった。
それで圭一はまず、自分達が殺し合いに乗っていないことを伝えようとして、
「待ってくれ!俺達は殺しあ「住人さん!!」いに……」
美凪の声に遮られた。
空白
631 :
代理投下:2007/09/20(木) 08:08:01 ID:G7aZPAnH
◇ ◇ ◇ ◇
俺の呼びかけは、遠野さんの声に遮られた。
住人という名前は、遠野さんから聞いたことがある、と思った時に、
「……美凪……か」
と、目の前にいる男性――住人さんで間違いないらしい、が遠野さんに声を掛けた。
「はい、住人さん、……お久しぶりです」
住人さんの声に答えて、遠野さんが返事をする。
その声には、安堵、歓喜、困惑などなど様々な気持ちが込められていた。
遠野さんの知り合い、それは間違いない、だけど、
「……美凪と一緒にいる少年、俺は、……いや、俺達は殺し合いには乗っていない。
美凪と一緒にいるって事は、恐らく君達もそうなんだろ」
こちらの気持ちを見透かしたかのように、住人さんが俺に声を掛けてきた。
「俺達ってことは、仲間がいるってことですか?」
美凪さんの知り合いというなら、それだけでほとんど信用してもいいと思ったが、一応気になることを聞いておいた。
仲間がいるとなれば、殺し合いに乗っている確立は、グンと低くなるからだ。
「ああ、俺達は4人。 それと別の場所で待ち合わせしている仲間が4人いる。
君達は2人だけか?」
「いや、あと一人、奥にいます。
……とりあえず、奥の方で話しませんか」
8人とはまたえらい大所帯だ。
そして、それだけの人数で殺し合いに乗っているなんて、まず考えられない。
なので、住人さん達を奥へと誘った。
「ああ、すまない。
……アセリア、それに瑞穂と瑛理子、ここは大丈夫みたいだ」
そう声をかけた少し後、三人の女の人が、図書館に入って来た。
そのまま、俺達は図書館の二階で待っていた沙羅さんのところまで行き、事情を説明した。
そして、閲覧スペースでお互いの自己紹介ということになった。
632 :
代理投下:2007/09/20(木) 08:08:32 ID:G7aZPAnH
まず、唯一の男性が住人さん、遠野さんの知り合い。そしてえらくボロボロな人だ。
その横の傘を杖代わりに使っている人が二見瑛理子さん。 なかなかキツそうな人だ。
長い髪で、いかにもお嬢様といった雰囲気が漂っているのが綾小路瑞穂さん。 俺の周りにはいないタイプだ。
……武さんの仲間の人だと思う。
そして、すこし離れている外人さんがアセリアさん。 どうでもいいが青い髪と目に、鎧って何処の国の人だ?
とりあえず、レナが生きていたら間違いなくお持ち帰りされそうな面々と自己紹介をしたところで、住人さんが、
「エルルゥ、倉田佐祐理、エスペリア、アルルゥ、神尾観鈴、この中に知り合いが居たら、教えてくれないか」
という、妙な質問をしてきた。
どれも、放送で呼ばれた名前だ。
それに神尾観鈴って、そもそも美凪さんたちの知り合いだろ?
訳が分からないが、とりあえず答えを返した。
俺達の答えを聞いた後、住人さんは俺達に、主に遠野さんに向けて、『そのこと』を話し出した。
俺達は、その内容に声も無く、ただ呆然と聞いていた。
そうして、住人さんが遠野さんに
「……すまない」
と言って、話は終わった。
そうしてしばらく誰も何も言わなかったが、やがて遠野さんが住人さんのそばに近づき、
パチッ
という音が響いた。
「…………は…反省しました、で賞は、あげません」
住人さんの頬を叩いて、遠野さんはそう言った。
その、大した力の篭っていない一撃は、おそらくどんな拳よりも響いただろう。
「……すまない」
そうして、放たれる真摯な言葉。
633 :
代理投下:2007/09/20(木) 08:09:04 ID:G7aZPAnH
だが、そんなもので、犯した罪は消えるはずが無い。
「住人さんは……ずるいです。 ……観鈴さんが、そう言ったのなら、私は住人さんには…………何も、言えません」
泣きそうな声で、遠野さんが言った。
その言葉は、何よりも住人さんの心を抉るだろう。
そしてその間、俺も沙羅さんも、動けなかった。
当然だろう、誰が罪を犯した――人を殺した相手と共に居られるだろう。
だから、俺達は何も出来なかった。
けれど、
“圭一を、許しましょう”
どこで聞いたのか思い出せない声が、俺の頭の中に響いた。
そうだ、犯した罪は消えない、でも、その罪を自覚し償おうとしている。
ならば、それ以上、その罪が責められるべきではない。
住人さんは、許される事は望んでいない。
そして、遠野さんも、責めるべきではないと分かっている。
だから、
「俺は、住人さんを信用する」
そう、告げた。
その言葉に皆が俺の方を向く
「住人さんは、ちゃんと自分の罪を自覚して、向き合っている。
許されたいと思っていないけど、ちゃんと償おうとしている。
俺には、住人さんの罪は許すことは出来ない。
でも、全てを話してくれた住人さんを、信じることは出来る」
かつて、どこかで言われた言葉を、俺の言葉で、告げた。
罪を犯した俺を、皆は仲間だと言ってくれた。
□□ちゃんは、許すと言ってくれた。
俺には、住人さんの罪を許す資格はない。
でも、遠野さんが信じている住人さんを、信じることは出来る。
634 :
代理投下:2007/09/20(木) 08:09:41 ID:G7aZPAnH
◇ ◇ ◇ ◇
前原くんというらしい男の子には驚かされた。
彼がどういう人間なのか、大体のところは理解出来た。
恐らく彼は、決して人を見捨てたりはしない。
……鳴海孝之の顛末は、私に衝撃を与えた。
彼が狂う事になった原因は、私にもあるのだろう。 それが私の罪であるかは兎も角としてだ。
私の理性は、私の行動が間違いでないと告げている。
けど、私の感情は、それで良かったのかと言っている。
どちらが正しいのかは、わからない。
ただ、前原圭一の言葉によって、私たちと彼らの距離が、随分狭くなった。
その後は、話はスムーズに進んだ。
まず、彼らの当面の目的は、仲間である倉成武(瑞穂の仲間でもある)を救う為らしい。
H173という薬は聞いた事も無い。
そもそも、具体的な病名がわからなければ、どうしようもない。
なので、そのC120とやらに頼るしかないのだけど、それについては瑞穂と圭一の話で当たりがついた。
瑞穂が温泉で倉成武と別れたとき、彼は平穏そのものだったらしい。
そして、その後病院で圭一達と会った後にはそのような薬品に心当たりはないそうだ。
(前原くん達の話だと、病院は随分なダメージを受けているらしい、実際に見てみなければ判断出来ないけど)
ならば、恐らく、誰かの支給品。
もしくは、可能性は低いけど病院で投与された、そのどちらかと考えるのが自然だ。
ただ、懸念するべきは前者。
誰かの、といわれても特定なんて出来ないし、それが死者なら探すことも難しい。(そして他人に投与するとなると、可能性は圧倒的に前者の方が高い)
635 :
代理投下:2007/09/20(木) 08:10:13 ID:G7aZPAnH
ただ、その言葉を受けて、
「もしかしたら、誰かの支給品にまぎれているかもしれない」
ということで、皆の持ち物検査をすることになった。
そして机の上に、支給品が広げられたのだが、案の定そんな薬はなかった。
それはいい、でももう一つ、有るべきものが無かった。
「瑞穂……鳴海孝之の荷物の中に、ノートパソコンは無かった?」
「ノートパソコンですか? いえ、彼が持っていたのは武器と、このボイスレコーダーだけでしたよ」
どこかで落としたのかしら?
まあ、考えても仕方の無いことなんだけど、沙羅の話を聞いてから、少し気になっていたことがある。
この図書館だけではなく、レジャービルにもパソコンはあったらしい。
そして、衛の話から考えると、この島の至る所で物が拾えるらしい。
なら、既に禁止エリアではあるけど百貨店、あるいはその辺りの民家に行けば、ノートパソコンがある可能性は高い。
なら、何故ノートパソコンが支給されたのか、特に意味がないという可能性もあるけど、何か重要な意味があるのかもしれない。
と、そこまで考えたところで、
.
637 :
代理投下:2007/09/20(木) 08:12:56 ID:G7aZPAnH
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という声によって私の思考は遮られた。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………………………俺?」
「『国崎最高ボタン』……茜さんの支給品だそうです……」
瑞穂の説明が入ったけど、誰も反応が取れなかった。
何ソレ?
どんな意味があるのよ。
なんでわざわざ住人を崇めなきゃいけないのか。
そんな皆の気持ちが一つになった所に。
639 :
代理投下:2007/09/20(木) 08:13:34 ID:G7aZPAnH
“イヤッホォォォオゥ国崎最高!!”
再び、例の声が響いた。
何故だか、アセリアが押したらしい。
そのアセリアは“じ〜〜〜〜”という擬音を浮かべながら、
ポチッ
“イヤッホォォォオゥ国崎最高!!”
ポチッ
“イヤッホォォォオゥ国崎最高!!”
ポチッ
“さあ、楽しい人形劇の始まりだ”
ポチッ
“イヤッホォォォオゥ国崎最高!!”
何故か知らないけど、ボタンを連打していた。
…………貴方住人の事嫌いじゃなかったの?
◇ ◇ ◇ ◇
“イヤッホォォォオゥ国崎最高!!”
“イヤッホォォォオゥ国崎最高!!”
私たちの中に、いい感じに倦怠感が流れていた。
アセリアさんはまだアレを連打している。
でも、そんな事をしていられないと思ったのか、瑛理子さんが“パンパン”と手を叩いて皆の注目を集めた。
「とりあえず今後の事を“イヤッホォォォオゥ国崎最高!!”うわよ……って、
後にしなさい!!」
机を叩きながら、瑛理子さんがアセリアさんに言った。
「じゃあ、気を取り直して話をするわよ」
今度は邪魔は入らなかった。
瑛理子さんは最初、没収しようとしていたけど、ここにいる人間では物理的に不可能なので、国崎最高ボタンは今もアセリアさんが持っている。
また押したりしないか心配だ……。
そんな心配をよそに、会話は進んだ。
瑛理子さんが、話の前に“首輪には盗聴器がしかけられている”という紙を見せた為、筆談も交えて進行していた。
その際、瑛理子さんは、筆談も警戒されている可能性を訴え、文字を書いていても問題のない状況、それぞれの情報を紙に纏める事を提案した。
幸い此処は図書館なので、コピー機があるから丁度いい機会だった。
「まず、私たちは3チームに分かれて、参加者を探しながら、次の放送までに病院を目指しているの、当面の拠点としてね」
“首輪の解体が可能かもしれないしね”
そして、遠野さんの支給品だという、顔写真付名簿を捲りながら続けた。
「仲間の名前は、高嶺悠人、千影、ハクオロ、衛、この4人よ、それで」
「待ってくれ!!」
瑛理子さんの話を、前原さんが遮って、
「ハクオロ、だって? アイツは危険な人間なんだぞ!!」
そう、続けた。
「ハクオロが危険? そんなはずはないわ」
「ああ、ハクオロは信頼出来る仲間だ。
アイツが居なければ、俺は今此処にはいない」
瑛理子さんの言葉に、住人さんが続ける。
……私は何も言わなかったけど、ほとんど同じ意見だった。
アルルゥちゃんがあんなに懐いていた人が、そんな人間とは思えない。
けど、前原さんは、
「いや、ハクオロは大石さん達を騙した人間なんだ!」
と否定した。
大石といえば、既に放送で名前が呼ばれている人物だ。
「とりあえず、詳しく話してもらえませんか」
その相手が、何を言ったのだろうか。
それで前原さんは、月宮あゆさんという方から聞いたという話をした。
……恐らくだけど、そのあゆさんが嘘を吐いている可能性は低いと思う。
わざわざ自分が人を殺したという嘘を吐く人間がいるとは思えないから。
けれど、その話の途中で、
「ちょっと待って、……暴発?」
意外な人物がその会話を遮った。
「沙羅さん、それがどうかしたのか?」
「うん、ちょっと心当たりがあるの」
そう言って、沙羅さんは自分の支給品だという、フロッピーディスクの話をした。
それによると、支給品の中には暴発する銃が含まれているそうです。
「だから、ハクオロがその大石さんに対して、害意があったかは半々だと思うわ」
そう沙羅さんが言い、
「まあ、その話は私も初耳だから、本人にも直接聞いてみるべきね」
瑛理子さんが繋げた。
それを聞いて
「……解かった、本人に会うまでは確定はしない」
前原さんも矛を収めてくれた。
◇ ◇ ◇ ◇
……大石さんの件は、一旦ここまでみたいです。
あゆちゃんが嘘を吐いているとは思えませんから、どちらかが本当なのでしょう。
……そういえば、あゆちゃんは無事でしょうか。
名前が呼ばれていないから、どこかで生きていてくれているのでしょうけど。
と、そこで住人さんがなにか思い出したみたいで、机の上にあったノートを手に取りました。
なんでも、その大石さんが残したノートらしいです。
.
.
……住人さんがやってしまった事は、許されることではありません。
でも、住人さんはそのことに向き合い続けています。
……だから、私は許さないけど、許します。
「これによると、圭一は鷹野の知り合いらしいな」
“とりあえず、読んでみてくれ。 ただ、決して声は上げないでくれよ”
「ええ、って言っても、俺が知っている鷹野さんはただの、 !! ……その、看護婦さんですよ」
前原さんは、ノートを見てなんだか驚いたみたいです。
気になって私も覗き込んでみたのですが、
……びっくりです、なんと前原さんは既に死んでいるのだそうです。
ゾンビ……でしょうか、でもゾンビって血が出るものなのでしょうか?
「コレをみる限り、警察の大石さんでも看護婦さんとしか知らないみたいですね」
“…………正直、出鱈目と思いたいですが、大石さんがこんな出鱈目を書くとも思えません”
「そうか……それじゃあ、それに書いてある黒幕とやらについても知らないか」
“念のために聞くが、圭一達の世界にはそういう力は無いんだな”
「ええ、残念ながら。 あ、でも俺達の村の神社が丸ごと再現されていたので、もしかしたらオヤシロさまなのかも。
んー、でもそうなるとやっぱり鷹野さんが出てくる理由がないな」
“世界? とりあえず、俺達は普通の学生ですよ”
前原さんと同じように、私もクエスチョンマークを浮かべました。
世界ってどういうことでしょう?
すると、横で内容を紙に纏めていた二見さんが説明してくれました。
なんでも、この島にいる人たちは別々の世界? から連れてこられたのだそうです。
二見さんの仲間の高嶺さんという方が、私たちと同じような世界から、アセリアさんの世界に呼ばれた経験があるそうです。
……珍しい外人さんだと思ったら、外世界人さんだったみたいです。
もしかして、これが世界初の異世界文化交流というものになるのでしょうか。
その事について詳しく話してみたら、どうやら前原さんも、外世界人さんだったみたいです。
.
パソコンを知らないから、おかしいなと思っていたら、なんと前原さんは昭和58年の人らしいです。
年上だったんですね。
そうして、世界の話も終わって、
「で、圭一はその神社が怪しいと思うわけか」
「ああ、わざわざ古手神社をそのまま作るなんてことは、何か意味があると思う。
多分、梨花ちゃんならもう少し詳しい事を知っていると思うんだ。
といっても、禁止エリアになっちゃったけどな」
“首輪が解除出来たなら、真っ先に行ってみるべきだと思う”
「そうか、じゃあこれ以上はわからないか。
……念のため、このノートは圭一が持っていてくれないか、何か俺にはわからないことがわかるかもしれないからな」
そう、住人さんが話を締めました。
今は、これ以上のことはわからないみたいです。
◇ ◇ ◇ ◇
そうして、纏めた情報をコピーしようとしたら、アセリアさんが私のほうを“じ〜〜〜〜”っと見ている事に気が付いた。
なんだろう?
「えーと、何か用事?」
とりあえず聞いてみた。
アセリアさんはほとんど喋らないから、どんな人なのかよく分からない。
分かっているのは、とても強いらしいということと、例のボタンがお気に入りということだけ。
「…………『冥加』」
.
,
は?
ミョウガ? …………ああ、そういえばこの刀がそんな名前だったような。
「えーと、この刀の事、知っているの?」
「ん……ウルカの神剣」
ウルカって誰だろう。
それを聞こうと思ったら、
「神剣、って例の高嶺くん達が持ったら強くなるっていう剣だったわね。
それもそうなの?」
「ん……」
持ったら強くなる剣?
なにそれ、剣道三倍段みたいな意味とは違うの?
なんでも、アセリアさんはスピリットっていう人間じゃない存在で、この神剣というのを使うことが出来るらしい。……と、瑛理子さんが説明してくれた。
それで、瑛理子さんの仲間の高嶺さんの話では、この島ではその神剣の本来の持ち主以外でも、力が使えるとか。
それで、いい機会だからその神剣の力というのを見てみようという事になった。
それで、冥加をアセリアさんに渡して、他の皆と見物することにした。
そして、すこし離れたところで、アセリアさんが冥加を構えた。
そしたら、その瞬間
「…………はね?」
「…………だな……」
なんか、アセリアさんに白い羽が生えた。
いや、厳密にいうと生えているわけではないみたいだけど。
そんな私たちを尻目に、アセリアさんは
「冥加よ……力を……」
と言った。
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その後は、なんとか目で追えた。
加速した車ほどの速度で、アセリアさんは本棚のそばに移動して、それを両断していた。
「…………すげえ……」
誰かが声を出した、それは私も同感だった。
さっきまでの胡散臭さが見事に消えた。 確かに私たちよりも、ううん、人間よりも遥かに強い。
そう思っていたら、なんだかアセリアさんはそのままスタスタとこっちに歩いてきた。
そして、
「ミズホ、その辺の本を何冊か投げてくれないか」
といった。
「あ、はい、わかりました」
そう、瑞穂さんは答えながら、本棚から何冊か本を抜き出して(しかも余り使い道のない図鑑類)アセリアさんに向かって投げた。
「ん…………」
今度は、反射光しか見えなかった。
ただ、投げた本が、全て空中で4分の1に分割されて、床に落ちた。
やっぱり凄い、なんていうか達人といった感じだ。
そうして、何回か冥加を素振りしていたアセリアさんは、やがて鞘に納めると、
「…………使い辛い」
と言った。
「「「「…………は?」」」」
私たちの声が重なった。
使い辛い?
「ん…………柄が短いし、軽いから振り回しにくい。
ウルカの真似もしてみたけど……あんまり……。
だから、返す」
そう言って、私の方に冥加を差し出してきた。
「「「「…………アセリア(さん)」」」」
「…………ん?」
次の瞬間、私たちの叫びが図書館に響いた。
.
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◇ ◇ ◇ ◇
…………使い辛いのに……。
ウルカには悪いけど、あんまり好きになれそうに無い。
振り回し難いし、守りにも使えなそうだ。
それに、なんだか威力も低いし、凄く疲れる。
だから、「存在」が欲しいといったら、また怒られた。
それでも、凄く疲れる事を主張したら、なんとか探してくれる事になった。
そうそう、私は図書館でしばらく待っていることになった。
なんでも、タケシとヨシミという二人組みが此処に来るらしいので、その二人を取り押さえろということらしい。
それだとユートに謝りに行けない、と言ったのだけど、
「また、後で会えるわよ、此処では貴方の力が必要なの」
と言われた。
それは、解ってる。
ユートには何時でも会える、だから危険を排除することの方が重要だ。
でも……ユートは怒ってないかな。
なるべく早く謝りたいな。
後、図書館にはミズホとケーイチ、サラが残る。
サラは調べ物、ケーイチはタケシを止めたいらしい。
ミズホは…………私の為に残ってくれるらしい。(タケシに聞きたい事があるとも言っていたけど)
…………嬉しかった。
それで、病院にはエリコとユキト、それにハクオロに会う為にミナギも行くそうだ。
……ハクオロの事なんて疑う必要ないのに……。
それで、次の放送までに、病院から電話(エーテル通信機みたいなもの)が来るらしい。
エリコが言うには、誰も居ないけど、電話は生きているそうだ。
なお、向こうから電話が無い場合は、1時間ごとに、こちらから連絡をして、とりあえず4時間は待つ事にするらしい。
夜だから丁度いいな。
.
それで、情報を纏めた紙を受け取った後、エリコ達は図書館から旅立った。
皆で見送りながら無事を祈っていたので、私も
“イヤッホォォォオゥ国崎最高!!”
と、無事を祈った。
…………怒られた。
※それぞれの持っている情報を紙に纏めました。
以下の内容が記されています。
始めに:首輪には盗聴器がついている。 なので、必ず黙読すること。
また、屋外や、監視カメラのあるところでは見ないこと。
@:ハクオロ、二見瑛理子、国崎住人、綾小路瑞穂、アセリア、高嶺悠人、衛、千影、前原圭一、遠野美凪、白鐘沙羅、月宮あゆ、蟹沢きぬ、春原陽平、以上の人間は殺し合いに参加するつもりはない。
但し、国崎住人はかつて殺し合いに乗っていた。
その時の犠牲者はエルルゥ、アルルゥ、エスペリア、倉田佐祐理、神尾観鈴。
彼女達の知り合いに、彼を許せとは言わない。 けれど、島を出るまでは待ってあげて欲しい。
A:佐藤良美、川澄舞、倉成武、以上の人間は殺し合いに乗っている。
但し、倉成武に関しては、H173という薬品の効能(人が信じられなくなる)が原因であり、特効薬であるC120という薬品があれば緩和されるらしい。(未確認)
恐らく、誰かの支給品の中にあると思われる。
なお、倉成武以外にも、薬品によって殺し合いに乗った人物がいる可能性もある。
B鷹野には、黒幕が存在している。(どのような存在なのかは不明)
また、それに関与していると思われる事項として、神社は鷹野の知っている場所(古手神社という名前)であるらしい。
ただ、祭具殿という建物に差異が存在している。
また、鷹野は優勝者の願いを、何でも一つ叶えると言っている。
C首輪は禁止エリアに進入してから、30秒後に爆発する。
また、カメラ等は付いていない。
D支給品について
ノートパソコンは重要な機能がある可能性あり。
銃火気の中には暴発するものが含まれている。
永遠神剣「存在」、「求め」はそれぞれアセリア、高嶺悠人に多大なアドバンテージを与える。
Eその他
海の家には移動手段(トロッコ)が存在している。ただ、希望通りの目的地に着くかは定かでない。
島内の電話は使用可能。(但し盗聴されている可能性あり)
廃坑の入り口は地図に載っている以外にも存在する可能性あり。
パソコン内に、隠しフォルダが存在している可能性あり。
港のクルーザーは動かない。
※顔写真付名簿のコピー(モノクロ)も添付されています。
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【F-3 図書館/1日目 夜中】
【女子三人+K】
1:図書館で武と良美を待ち受ける。
2:その間に情報を集める。
※救急車(鍵付き)のガソリンはレギュラーです。現在の燃料は僅かです。
【前原圭一@ひぐらしのなく頃に祭】
【状態:精神安定、右拳軽傷、体全体に軽度の打撲と無数の切り傷、左肩刺し傷(左腕を動かすと、大きな痛みを伴う)】
【装備:悟史のバット@ひぐらしのなく頃に】
【所持品:支給品一式×2、折れた柳也の刀@AIR(柄と刃の部分に別れてます)、キックボード(折り畳み式)、大石のノート、情報を纏めた紙×2】
【思考・行動】
基本方針:仲間を集めてロワからの脱出、殺し合いには乗らない、人を信じる
0:武を待つ
1:沙羅と瑞穂を守る、出来ればアセリアも守りたいけど無理かも。
2:知り合いとの合流、または合流手段の模索
3:あゆについては態度保留、但し大石を殺したことを許す気は今のところない。
4:良美を警戒
5:ハクオロに対しては一応警戒。
6:いつか祭具殿の中へ入りたい
7:例の音声が頭から離れない。
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【備考】
※大石のノートを途中までしか読んでいません。
先には大石なりの更なる考察が書かれています
※国崎住人、二見瑛理子、綾小路瑞穂、アセリアを信頼
※春原陽平、小町つぐみの情報を得ました
【白鐘沙羅@フタコイ オルタナティブ 恋と少女とマシンガン】
【装備: ワルサー P99 (8/16)】
【所持品:支給品一式 フロッピーディスク二枚(中身は下記) ワルサー P99 の予備マガジン8 カンパン30個入り(10/10) 500mlペットボトル4本、情報を纏めた紙×2】
【状態:軽度の疲労・強い決意・若干の血の汚れ】
【思考・行動】
基本行動方針:一人でも多くの人間が助かるように行動する
1:瑛理子達と再会後、フロッピーディスクをもう一度調べる
2:H173の治療法を探す
3:首輪を解除できそうな人にフロッピーを渡す
4:情報端末を探す。
5:混乱している人やパニックの人を見つけ次第保護。
6:最終的にはタカノを倒し、殺し合いを止める。 タカノ、というかこのFDを作った奴は絶対に泣かす
7:例の音声が頭から離れない。
【備考】
※FDの中身は様々な情報です。ただし、真偽は定かではありません。
※紙に書かれた事以外にも情報があるかもしれません。
※“最後に.txt .exe ”を実行するとその付近のPC全てが爆発します。
※↑に首輪の技術が使われている可能性があります。ただしこれは沙羅の推測です。
※図書館のパソコンにある動画ファイルは不定期配信されます。現在、『開催!!.avi』のみ存在します。
※武がH173に感染していることに気が付きました
【アセリア@永遠のアセリア】
【装備:永遠神剣第六位冥加@永遠のアセリア −この大地の果てで− 】
【所持品:支給品一式 鉄串(短)x1、鉄パイプ、国崎最高ボタン、ひぐらし@ひぐらしのなく頃に、フカヒレのコンドーム(12/12)@つよきす-Mighty Heart-、情報を纏めた紙×2】
【状態:嬉しい、肉体的疲労中、右耳損失(応急手当済み)、頬に掠り傷、ガラスの破片による裂傷(応急手当済み)】
【思考・行動】
基本:ゲームには乗らない
0:イヤッホォォォオゥ国崎最高!!(でもユキトは嫌い)
1:仲間を守る
2:無闇に人を殺さない(但し、殺し合いに乗った襲撃者は殺す)
3:強者と戦う
4:存在を探す
5:冥加が使い辛い
6:悠人とハクオロに謝りたい
7:川澄舞を強く警戒
8:国崎往人に対する微妙な感情
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【宮小路瑞穂@乙女はお姉さまに恋してる】
【装備:ベレッタM92F(9mmパラベラム弾15/15+)】
【所持品:支給品一式×3、フカヒレのギャルゲー@つよきす-Mighty Heart-、
多機能ボイスレコーダー(ラジオ付き)、斧、レザーソー、投げナイフ3本、
フック付きワイヤーロープ(5メートル型、10メートル型各1本)、茜手製の廃坑内部の地図(全体の2〜3割ほど完成)、予備マガジンx3、情報を纏めた紙×2 】
【状態:決意】
【思考・行動】
0:アセリア達と武を待つ。
1:エルダー・シスターとして、悲しみの連鎖を終わらせる(殺し合いを止める)
2:アセリアと瑛理子を守る
3:国崎往人に対する微妙な感情
4:川澄舞を警戒
5:例の音声が頭から離れない。
【備考】
※往人に対して罪を赦すつもりはないが、殺意は霧散。
※参加者全員に性別のことは隠し続けることにしました。
※現在、バーベナ学園の制服を着用。以前の血塗れの制服はE-2地点に放置。
※フカヒレのギャルゲー@つよきす について
プラスチックケースと中のディスクでセットです。
ケースの外側に鮫菅新一と名前が油性ペンで記してあります。
ディスクの内容は不明です。
【F-3 図書館近辺/1日目 夜中】
【最高と女子二人】
1:港を経由して病院へ。 出来ればその前に車が欲しい
2:放送後、図書館に電話して情報交換。
【国崎往人@AIR】
【装備:コルトM1917(残り6/6発)】
【所持品:支給品一式×2、コルトM1917の予備弾32、たいやき(3/3)@KANNON、情報を纏めた紙×2】
【状態:強い決意、深い罪悪感、肉体的疲労極大、精神的疲労中、右腕と左膝を打撲、
右手の甲に水脹れ、左腕上腕部粉砕骨折、左肩軽傷、脇腹に亀裂骨折一本、全身の至る所に打撲】
【思考・行動】基本:観鈴との約束を守る、人殺しには絶対乗らない
1:もう人殺しには絶対乗らない
2:瑛理子たちを護る
3:困ってる人を助ける
4:あゆを探す
5:エスペリアの仲間に謝る。
6:倉田佐祐理の仲間に謝る
7:最終的には仲間と共に脱出し、観鈴の母親に謝りに行く
8:例の音声が頭から離れない。
【備考】
※エスペリアのデイパック(ランダム支給品x2)はD-3雑木林に放置。
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【二見瑛理子@キミキス】
【装備:トカレフTT33 7/8+1】
【所持品:支給品一式、ブロッコリー&カリフラワー@ひぐらしのなく頃に祭、空鍋&おたまセット@SHUFFLE! ON THE STAGE
エスペリアの首輪、映画館にあったメモ、家庭用工具セット情報を纏めた紙×10】
【状態:強い決意、左足首捻挫(処置済み)】
【思考・行動】
基本:殺し合いに乗らず、首輪解除とタカノの情報を集める。
1:港を経由して病院へ
2:圭一達の参入を歓迎
3:陽平のように錯乱している者や、足手まといになりそうな者とは出来れば行動したくない
4:陽平には出来れば二度と出会いたくない。
5:例の音声が頭から離れない。
【備考】
※往人を信頼していますが、罪は赦してません。
※鳴海孝之に対して僅かに罪悪感を抱いています。
※パソコンで挙がっていた人物は、この殺し合いで有益な力を持っているのでは? と考えています。
※首輪が爆発しなかった理由について、
1:監視体制は完全ではない
2:筆談も監視されている(方法は不明)
のどちらかだと思っています。
※家庭用工具セットについて
観鈴が衛から受け取った日用品の一つです。
ドライバー、ニッパー、ペンチ、ピンセットなどの基本的な工具の詰め合わせである。
なお全体的に小型なので武器には向いていないと思われます。
【遠野美凪@AIR】
【状態:軽度の疲労】
【装備:包丁】
【所持品:支給品一式×2、救急箱、人形(詳細不明)、服(詳細不明)、顔写真付き名簿(圭一と美凪の写真は切り抜かれています)情報を纏めた紙×2】
1:住人達とともに病院へ。 ハクオロと会う。
2:知り合いと合流する
3:佐藤良美を警戒
4:例の音声が頭から離れない。
※春原陽平、小町つぐみの情報を得ました
※武がH173に感染していることに気が付きました
「はっ・・・はっ・・・はっ・・・!」
校舎内の廊下を二人の影が疾走する。
ハクオロと衛はそれぞれの不安と焦りを押し殺しながら、とにかく背後から迫る脅威から逃げ回っていた。
後ろから響く駆動音、学校中に響く高笑い、暴力的な全身凶器が暴風となって襲い掛かってくる。
そんな危険な状況下でも、二人の思考は別のところにあった。
あんな大きな物体が狭い教室や廊下に入ってこれるはずがない。そんな余裕があったから、二人は別のことに思考を巡らせていた。
(どうすればいいのだ・・・)
ハクオロは苦悩する。
仲間を募るために人手を割いて、こうして危険を冒しながらも保護をしてきたというのに。
少女、ことみはハクオロを誤解していた。仲間を殺した犯人なのだ、と。殺し合いに乗った男なのだ、と誤解されていた。
唯一、無実を証明してくれる観鈴はもうこの世にはいない。
大石に渡した銃も、暴発するなんて考えもしなかった。そもそも、銃というものが暴発する、ということすら知らなかった。
そしてハクオロが殺した、とされる仲間は衛の姉妹だと言うのだ。これでは、衛にまで疑いの目を向けられてしまう。
何度考えても、どんな言葉を捜そうとも、誤解を解く方法はなかった。分からないまま、ただ走ることしか出来なかった。
(どうすればいいんだろ・・・?)
先ほどのことみの言葉を思い出し、衛は苦悩する。
四葉をハクオロが殺した、という青天の霹靂のような言葉に衛の心は散り散りになりかけている。
ハクオロのことは信頼できる。観鈴さんや瑛理子さんが信頼していた。人となりも分かっているつもりだった。
だけど、衛は心のどこかで湧き上がった疑心を持て余していた。
ことみのあの表情を思い出した。
泣き出しそうな、今まで腹の中に溜めていた憎悪を吐き出すような剣幕。あれが演技にはとても見えなかった。
初めて出逢ったことみと、今まで衛を慰めてくれたリーダーのハクオロ。どちらが信頼に値するなんて、考えるまでもない。
だから、ハクオロには違うと言って欲しかった。たとえ証拠がなくても、ただ必死に違うんだ、と否定してくれれば衛もそれを信じられた。
結局、まだその願いは果たされない。ハクオロに手を引かれるまま、衛は廊下を延々と走り続けた。
「よし・・・ここまでくれば大丈夫だろうっ・・・」
「そうだね・・・さ、さすがにここまでは・・・」
二人して立ち止まる。機械の駆動音はまだ外から聞こえている。
きっと、どこか入れる場所はないかと捜しているのだろう。そんな場所はない、と知っているからこそハクオロは足を止めていた。
「衛・・・あれは何なんだ・・・? 私の世界には、あんなものはなかったのだが・・・」
「えっと・・・ショベルカーって名前で・・・あまり詳しいことは分からないけど、地面を掘ったりする車のことだよ」
「クルマ・・・?」
「・・・ごめん、それが分からないって言われたら、ちょっと説明できないかも」
時代の違いならぬ、世界の違いを思い知った瞬間だった。
呆れとも諦めとも取れる衛のため息に、ハクオロは申し訳ない気持ちになった。とはいえ、分からないものは分からない。
何気なく、廊下からグラウンドを見る。
月光が校舎を照らし、大きな機械がこちらに向けて魔手を伸ばそうとしていた。
「見ぃ〜つけた・・・」
背筋が凍った。
凄惨に見開かれた両の瞳。振り上げられる鉄の牙。
それが何をしようとしているかに気づいた刹那、ハクオロは衛の身体を抱えると横っ飛びに飛んだ。
「死んじゃえぇぇえええええええええっ!!!!」
「衛、危ないっ・・・!!」
「えっ、えっ・・・?」
ゴォォオオオオオオオオン――――!!
ここならショベルカーは入れない。だから安全だ――――否。
地面を掘る機械なら殺傷能力はない。だから安全だ――――否。
いくら何でも、学校を破壊できるはずがない――――否、否、否!
かの武装は時速55kmで疾走する鉄の獣。
木々を薙ぎ倒し、コンクリートの壁など軽々と葬り去る圧倒的な力。地面はおろか、破壊できないものなど存在しない。
そして搭乗している少女は、もはや理性も道徳も理論も常識も、その一切のものを無くした殺戮の申し子。
目から血を流し、頭に包帯を巻いたボロボロの少女。片目しかない瞳が、ようやく発見した獲物に歓喜を称えていた。
「莫迦なっ・・・こんなことがっ・・・!」
かろうじて破壊されたコンクリートの破片から逃れたハクオロたちは、その機械を見て硬直する。
それは悪魔にしか見えなかった。高い位置から見下ろす少女、名雪はすべてを制する優越感に身体を震わせている。
衛はその異様な光景に恐怖した。あのショベルカーは確実に人の命を奪える。
そして説得など皆無、どう考えても殺し合いに乗ったとしか思えない。
何も行動することなく、この少女は敵なのだと直感した。もはやどうにもならない、狂気に触れた人間の末路なのだ、と。
「あはははははははは、皆殺しぃぃぃぃぃぃいいいいいっ!!!!」
鋼鉄の牙が振り上げられる。
ハクオロはそれが攻撃の合図だと気づき、衛の手を引いて逃走を図る。
いくら建物を破壊しながら追ってくるとしても、生身の人間を追う速力など持っていないはずなのだから。
だが、それすらも名雪は覆す。
時速55kmの脚力を存分に生かし、ショベルを振り回して追撃を仕掛けてきた。
確かに全力で走行は出来ないが、破壊されるたびに飛んでくるコンクリートの破片が襲い掛かってくる。
「化け物めっ・・・衛、ここから二手に別れて逃げるぞっ・・・!」
「どうするのっ・・・!?」
「二人より一人ずつのほうが逃げやすい! 私が少しの間だけ食い止めるから、その間にっ!」
「だ、ダメだよ、そんなのは・・・!」
あんな怪物のような敵を相手に、ハクオロを一人だけ残すなんて容認できなかった。
四葉を殺した犯人かも知れない。だけど、そんなのとは別のところで仲間を足止めに使うようなことはしたくなかった。
悠人なら、ここでハクオロを見捨てる衛のことをどう思うか。そんな、今は関係ないことを漠然と考えた。
「私は千影と約束したっ・・・衛はこの身に代えても護るのだ、と・・・約束は果たさないといけないっ!」
「でもっ・・・でも!」
「私が稼げる時間はあまりない! 頼む、聞き分けてくれ、衛!」
ギリ、と衛の歯が鳴った。
この身に代えても護る、と言ってくれた。千影との約束を決して破ろうとしなかった。
そんな人を一瞬でも疑っていた自分が馬鹿馬鹿しくなった。今のハクオロは仲間なのだ、と・・・それを思い出した。
「絶対だよっ・・・後で、四葉ちゃんのことを聞きたいんだからっ・・・死んじゃダメだよ、絶対にっ!」
「ああ、約束だっ!」
その言葉を最後にして、ハクオロと衛は道を分けた。
ハクオロは立ち止まり、衛はそのまま真っ直ぐに走り去るように。
決死の表情で武器を構えるハクオロを、名雪は歓喜の表情で迎え入れるのだった。
◇ ◇ ◇ ◇
私は改めて自分の武装を確認する。
一丁の銃と、今は亡きオボロの双剣。私に扱えるのはこの二つだけだ。
敵は圧倒的に巨大な機械に乗った、狂ってしまった少女。説得などはもはや無意味、ここで引導を渡す必要があるだろう。
狂う、とは現実を受け入れられなくなった悲しい結末。ここで殺してしまうのが、一番の情けかも知れない。
「このカトンボぉぉぉぉぉお、まずはお前からだぁぁああああああっ!!!」
「なんのっ・・・」
鉄の牙が振り下ろされる。当然、受け止めるなんて選択肢は存在しない。
障害物を利用して攻撃を避けながら、私は思考を巡らせる。このショベルカーというのは、おそらく少女が動かして初めて意味を持つもの。
その破壊力、圧巻という他はない。だが、搭乗者さえ倒してしまえばいい。
幸い、こちらには飛び道具がある。そして、敵は操縦に夢中で丸腰だ。二撃目を避け、照準を少女に合わせて三発発砲した。
だが。
私の放った全ての銃弾はむなしく、透明な何かで弾き飛ばされた。
「なにっ・・・!?」
「無駄無駄無駄無駄ぁぁーーーー、けろぴーにそんなのは通じないんだよぉぉおおおっ!!?」
初めてだった、銃弾を防がれたというのは。
これは魔法なのか、と思った。あの少女を護るかのように透明な何かが張り巡らされている。
続いてもう二発、銃を撃つ。だが、結果は変わらなかった。私の弾丸は少女に届くことはない。これはどういうことだろうか。
(どういうことだ・・・ウルトリィやカミュのように、あの少女は魔法を使えるというのか・・・?)
とにかく、銃が通じない。これ以上は弾の無駄になるだろう。
続いて投げナイフを取り出し、投擲する。狙いは正確に、少女の胸元に目掛けて飛んでいった。
(ぐっ・・・これもダメなのかっ・・・)
それすらも弾かれる。投げナイフは明後日の方向・・・グラウンドへと飛んでいった。
こうなれば、仕方がない。飛び道具の類は通じないと見るべきだろう。
銃をデイパックに直し、オボロの双剣のうちの一本を取り出した。危険だが、あれの正体を突き止めなければならない。
「はぁぁああああっ!!!」
「潰れろぉぉおおおおっ!!!!」
迫るショベルを跳躍して避ける。このショベルカーの攻撃方法は、あの鉄の牙にだけ気をつけていればいい。
激しく動き回る暴風の中を、私は掻い潜りながら少女へと近づく。
そして乾坤一擲、機械を足場にして登り詰め、直接オボロの剣で敵を切りつけようと、刃を振り下ろした。
だが、それでも結果は同じ。
刃は弾かれ、手が痺れた。近距離で少女の禍々しい笑顔を見た。
酷い有様だった。何よりもその瞳が、完全に死んでいた。狂ってしまっていて、もう二度と元の目には戻らないのだろう。
(そうか・・・これは魔法じゃないっ・・・)
そこまで至ってようやく気がついた。
今までこれと同じものを何度も見たはずだった。それなのに、どうしてそれに気づかなかったのか。
この学校で何度も目にした『それ』の正体。銃弾も剣も弾いたその絶対防壁の名前は、学校の教室にも廊下にもあるガラス。
私の世界にもあったはずのものを、どうして気づくことができなかったのか。
固定概念だ。
銃弾も剣を弾くことができるガラス。そんなものが存在するはずがない――――そんな甘い考えが、私の思考に皹を入れたのだ。
「あっははははははははっ!!すごいすごい、けろぴーは凄いよぉぉぉぉおおおおっ!!!」
「がっ・・・はっ・・・」
その隙に頭を殴打された。
無様に地面に転がり込む私。そのまま轢き殺そうとする少女から逃げるため、私は起き上がった。
幸い、頭を殴打したのはコンクリートの破片。軽傷だ、何の問題もない。
もう衛も逃げ切ってくれただろうか。今の私にはこの少女を倒す手段が思いつかない。こうなれば退くしか方法がないのだが・・・
「逃がさないよぉぉおおおっ!!!」
そのときだった。
私の行動を敏感に察知した少女による、鉄の牙の一撃。
十分に警戒していた。いつでも避ける自信があった・・・だが、それは今まで以上の速度で振り回され、ただ反応することができなかった。
たった一撃で、私の身体は宙を舞った。
グラウンドまで跳ね飛ばされ、そのまま少し動けない。その隙を見逃すはずがない。
勝敗はここに決した。
少女は勝利を宣言するように歓喜の笑い声をあげながら、私を殺すために進軍してきた。
◇ ◇ ◇ ◇
(あった・・・中庭の抜け穴・・・!)
ことみは目当てのそれを見つけて、心の中で喜んだ。
これすえあれば学校から抜け出せる。あのショベルカーの少女も標的を変更してくれたから、後はここから逃げるだけで危機から脱せる。
もう、疲労は極限の状態。本来デスクワーク派な彼女は、良くここまで走ってこれたものだ、と自分に感心した。
これで逃げられる。まずはここから逃げて、そして。
(ここから逃げて・・・どうするの?)
ふと、そんなことを考える。
仲間はすべて失った。恋太郎、亜沙、四葉・・・対主催を目的とするパーティは完全に崩壊し、生き残ったのは自分だけ。
誤解もされた。大空寺あゆ・・・よりによって恋太郎を殺した犯人と言われた。なんて、悲しいことなのだろうか。
敵に襲われた。佐藤良美やショベルカーに乗った少女。
そして誰だか分からないが、頭を殴られて支給品をすべて失った。ほんとに転がり落ちるだけだった、と独白する。
このまま逃げて、何が変わるというのだろう。
また、何の装備もなしにこの島を歩き回るというのか。それでは、いつか殺されてしまう。
いや、そもそもとして。
―――――また、逃げるのか?
恋太郎が殺されたときと同じように。
また、自分の安全だけを考えるのか。また、怖いものから目を背けようというのか。
ハクオロの元には、四葉の姉妹がまだ残っているというのに。
(っ・・・!)
また、見殺しにするというのか。
このままでは確実に衛の命はない。ハクオロのこと、衛を盾にしてあのショベルカーの少女から逃げ出そうとするかもしれない。
今この場に、四葉の姉妹を救えるのは自分しかいない。なのに、また逃げ出すことを是としていいのか。
(違うっ・・・違うの・・・)
過ちを繰り返してはいけないのだ。
四葉のためにも、恋太郎のためにも、どんな危険を冒してでも衛を救い出さなければいけない。
多分、今までで一番危険なことをしようとしているのだと思う。敵はマーダー二人、その中で衛を救い出すのは至難の業。
(だけど・・・それでも、やらなければいけないことがあるのっ・・・!!)
勇気を出せ、一ノ瀬ことみ。
恐れるな、臆せば死ぬ。衛をハクオロの魔の手から救い出すのが、ことみの残された贖罪の行為。
心の中で覚悟を決めて・・・亜沙に少しばかりの感謝をして、ことみは学校のグラウンドへと舞い戻った。
だが、ことみはこのとき、ひとつだけ読み違えた。
ことみが指したマーダーはハクオロと名雪の二人のこと。だが、校門の前にもう一人。
現在、生存するマーダーの中でも屈指の実力と実績を誇る男が迫っていることを、ことみは想像することすらできなかった。
◇ ◇ ◇ ◇
(これは・・・機械の動く音、か?)
倉成武。
現在は妻である小町つぐみに、キュレイウィルスをワクチンとして投与された青年。
テロメアの無限回復、不老不死、代謝機能の著しい上昇、DNAの書き換え、あらゆる病気・ウィルスに対する抗生。
小町つぐみほどでないにしても、武の身体能力は大きく向上している。その力を発揮して、これまで戦い抜いてきた。
705 :
名無しくん、、、好きです。。。:2007/09/21(金) 09:57:11 ID:mc68CEOM
この島にかけられた制限のおかげで、全力を発揮することはできない。
だが、それを差し置いても武の実力は身体能力的な見地において、マーダーの中でもトップクラスの実力を誇るのだ。
そして武装は永遠神剣第四位『求め』・・・これまた、現在の刀剣類の支給品において、最強クラス。
(つまり・・・この先に殺し合いに乗った奴らがいるってことか)
身体中に刻まれた激戦を思わせる傷跡。
そう、傷跡だ。よほど深い傷でない限り、浅い傷はすでに出血が止まり、瘡蓋を残す程度となっている。
これすらも驚くに値しない。
制限のない小町つぐみなら、命に関わる傷も数時間程度で癒され、傷跡が残るだけ。
彼女ほどではないにしても、武の治癒能力は一般人のそれをはるかに超えている。だからこそ、武はキュレイウィルスを信じて疑わなかった。
(この先にいるのは圭一か、それとも他の誰かか・・・とにかく、善人ぶって俺を騙そうとする奴は、全員殺してやる)
得物である『求め』を握り締める武。その体内ではキュレイとL5、ふたつのウィルスが互いに鬩ぎあっている。
本来ならキュレイのほうが圧倒的に強い。だが、この島の制限によってその力は半減させられているため、排除することはできなかった。
キュレイにできることは侵攻を食い止めることだけ。もはやキュレイだけでは、L5を駆逐することはできないのだ。
『あはははははははは、皆殺しぃぃぃぃぃぃいいいいいっ!!!!』
武の思考が硬直する。
拡声器から響く狂った少女の皆殺し宣言。武の中で警戒心が一気に増加した。
間違いない、殺し合いに乗った人間がいる。良識のない狂った女の声だった。こいつらを殺すのが自分の使命だ。
「圭一、佐藤、美凪、瑞穂、春原・・・他の奴らもだ。どいつもこいつも、殺し合いに乗りやがるっ・・・」
誰も信じられない。皆、自分を利用して殺し合いに勝とうとする奴らなのだ、と。
膨れ上がった疑心暗鬼。そいつらに復讐してやる。そして、つぐみと共にこの島から脱出するのだ。それが武の最終目標。
主催者も自分とつぐみの二人だけで打倒してやる。
(俺たちならできる・・・そうだろ、つぐみ?)
学校へと足を踏み入れる。向こうからは工事現場のような、破砕音。
さて、殺し合いに乗っている人間がいる。つまり、襲われている人間はどんな奴なのだろう。
そんなことを考えていると、向こう側からローラースケートで走ってくる少女の姿を発見した。かなり焦っているようにも見えた。
(よし・・・)
明らかにつぐみではない。つまり、自分とつぐみ以外の参加者だ。
向こうも武を見つけて、何か希望を見つけたかのような表情で近寄ってくる。そんな少女を迎え入れて・・・
(まずはあいつから殺してやる)
利用できる駒を見つけたと喜ぶ、善人面した少女を最初の殺害目標に定めた。
◇ ◇ ◇ ◇
「はっ・・・はっ・・・はっ・・・」
ローラースケートで学校のグラウンドを横断する衛。
ハクオロの提案に反発はしたが、それでも自分が早く逃げ出さないと、ハクオロが逃げる時間すら無くなってしまう。
この学校で生じた疑心よりも、たったひとつのことが衛の心を深く縛り上げていた。
(また・・・僕は護られたっ・・・)
悠人の言葉を思い出しながら、それでも悔しくて唇を噛んだ。
結局、衛に戦う術はない。あんなショベルカーなんて反則だと思うのだが、そんなことを言っている場合ではない。
いつも、護られるだけ。こんな悔しいことはなかった。結局、ハクオロにも悠人にも迷惑をかけているだけなのか、と。
「はっ・・・はっ・・・あ、あれ・・・?」
真っ直ぐ、校門を目指していた衛は人影を見つけた。
青年だった。年の程は二十歳前後、向こうもこちらに気づいたらしく、目が合った。右手には無骨そうな剣が握られている。
無我夢中で衛は青年の元へと走る。
「お、お願いっ・・・助けて! ハクオロさんを助けてあげてっ!」
遠くから大声で呼んだ。僅か数十メートルの距離が煩わしい。
すぐに接近して、詳しい事情を話すつもりだった。青年―――武が殺し合いに乗っているかも、なんて考えもしなかった。
だから、武と衛の距離がボーダーライン。
これがまだ離れていた。それが、衛の命をこの瞬間は救った。
「おおおぉおおおおっ!!!」
「えっ・・・くっ・・・!?」
武の足は地面を強く蹴って踏み込まれ、剣は衛の身体を両断しようと雄叫びをあげて振り下ろされる。
衛の反応は僅かに早かった。距離を詰められたと思った瞬間、進路を変更した。
結果的に武の『求め』は空を切り、衛はかろうじて死の一撃を避けた。慌てて距離をとり、武と相対することになる。
「ど、どうして・・・? 貴方も、この殺し合いに乗ってるの・・・!?」
「殺し合いに乗っているのはそっちだろう。助けを求める振りをして、俺を殺すつもりじゃないのか?」
「ちっ・・・違うよ! 僕はハクオロさんを助けてほしいだけだよ!」
「嘘をつけっ!! お前も俺を利用するつもりなんだろう!? その手にはもう乗らねえぞっ!!」
仲間だと思っていた。仲間だと信じていた圭一の裏切り。
脅されたとはいえ、つぐみを引き合いに出して俺を利用しようとしていた佐藤良美。
仲間、なんて信じない。この少女も、きっと俺を利用しようとしているんだ。そして用済みになったら、圭一のように捨てるんだ。
そんな疑心暗鬼が、常日頃の武なら絶対に思わない言葉の羅列で事態を重くしていく。
さらに、武もハクオロの名前を知っていたことが拍車をかけた。
それは警戒していた危険人物の名前。
殺し合いに乗っていると言われたハクオロを助けろ、ということは・・・そう、ハクオロと少女は仲間で、二人で人を殺して回っているのだ、と。
「ハクオロを助けろ、だと・・・? お前たちはそうやって、何人も殺してきたんだろう!?」
「違うよぉ・・・信じてよおっ!!」
「誰も信じない・・・善人ぶった顔しやがって・・・覚悟しろっ、この人でなしがっ!!」
武の一喝、衛の身体がびくりと震える。
この人はダメだ、と衛は思った。きっと仲間に裏切られて疑心暗鬼になってしまった人なんだ、と助けを求めるのを諦めた。
だが、このままでは逃げられない。校門は武が占拠している。無理やりに横を抜けることなんて、絶対にできない。
そして衛が知る限り、学校を抜け出す方法はこの正門を通る他はない。どこか、別の出入り口を探さないといけない。
(きっと・・・裏口があるはずっ・・・危険だけど、そこから逃げるしか・・・!)
踵を返して学校へと戻る。
もちろん、それを見送る武ではない。瞳には憎悪と疑心を称えて『求め』を構えたまま後を追った。
(やっぱりっ・・・あいつは俺を騙そうとした!)
騙しきれないと思ったから、逃げようとしている。
逃がさない、お前のような化けの皮が剥がれた人でなしは・・・全員、殺してやるのだと息巻いた。
ローラースケートを履いた衛と、キュレイの身体能力で追いかける武の速度は互角。
かくして、学園の戦いに五人の参加者が舞い戻る。
始まりの場所、ここから皇の物語が始まった。
戦いは激化の一途をたどり、混戦と化す僅かな時間。見上げた先には参加者を称えるように月が映える。
月光が惨劇の舞台を眩く照らしていた。
◇ ◇ ◇ ◇
「ぐっ・・・」
「あははははははははははははははははっ!!!!!」
ハクオロはグラウンドに倒れこんでいた。
少し遠くからは機械音が聞こえる。どんどん、どんどん近づいてくるようだった。
轢き殺すのではなく、動けない相手はあくまで鉄の腕で潰してやろうということだろう。ゆっくりと、勝利を噛み締めるように接近してくる。
一撃でも食らえば大きなダメージだった。
衝撃としては軽車両と交通事故を起こしたぐらいの衝撃だ。身体のあちこちが汚れ、そして出血もある。
衛はうまく逃げられただろうか。このままでは自分は為す術もなく殺される。
両足を確認した。大丈夫、骨も折れていない。まだ動く、まだ立つことができる、まだ諦めるには値しない。
「痛っ・・・やってくれたな・・・」
「あはっ、まだ立ち上がるんだカトンボぉぉぉおおおおっ!!!」
シャベルが大きく上に上がる。このまま下に振り下ろせば、それだけで常人は死んでしまう。
頭を打ったのか、少し目の前がぼやける。このままでは攻撃に反応することはできない。
ハクオロには名雪の一撃を正確に判断することができない。
それはまさに絶好の隙、せめて反応さえできれば避けられる無骨な一撃だというのに。視界が歪むハクオロに、自力で避けることはできなかった。
「死んじゃええぇぇぇえええええっ!!!」
「ハクオロさんっ!!!!」
まるで濁流のような名雪の叫び声。その中を一条の光のように切り裂いていく凛とした声色。
誰かに突き飛ばされ、その人物と一緒に再び地面を転がった。それと同時に地震でも起きたかのような、地面を割る爆砕音。
ハクオロはその声の主に心当たりがある。咄嗟に腕で庇いながら、そのまま立ち上がる。
「助かったっ・・・だが衛、何故戻ってきたっ!?」
「ごめんハクオロさん、だけど説明してる時間はないんだよっ・・・今は逃げないと! 早くしないとあの人がやってくる!」
「あの人・・・? 何を言って・・・」
言葉にできたのはそれだけだ。
ハクオロは神がかり的な反射速度で、オボロの剣を構える。衛の背後から迫る凶刃を、火花を散らして防ぎきる。
倉成武。今までの男のマーダーの中でも随一の実力を誇る、キュレイウィルスのキャリアだ。
一撃を受け止めただけで手が痺れた。この男の膂力、その力は本気を出せば出すほどに、凄まじい威力を生み出せる。
「貴様っ、何者だ・・・!」
「お前がハクオロか・・・殺し合いに乗った奴は俺が殺す!」
「違うっ・・・私は殺し合いになど」
「騙されるかっ!!! ここで、その女と一緒に死にやがれっ!!!」
一撃、二撃と刃が宙で弾かれる。
衛を庇いながら、慣れない剣で戦うハクオロでは勝てない。武は容赦ない斬撃でハクオロを攻め立てる。
このままではハクオロに勝機はなかった。そう、この場にはもう一人のマーダーがいなければ。
「私を無視しないでほしいなぁぁああああああああっ!!!!」
鉄の牙がハクオロと武の間に振り下ろされる。
咄嗟に距離をとるハクオロと武。地面が完全に穿たれ、陥没してしまっている。空に舞い上がる土が視界を埋める。
ハクオロと衛は十分に距離をとって警戒する。この場において、ハクオロたちは絶望的な状況下にいた。
ショベルカーを操る名雪だけでも歯が立たないのに、やはり殺し合いに乗っていると誤解している青年まで登場した。
どんな経緯かはわからないが、やはり大石の件やことみの件などを聞いて勘違いしているのだろう。
分割作戦がまるで役に立たない。ハクオロはさっきまでの苦悩していた事柄をもう一度思い出した。
自分がいるから仲間を募ることすらできない。これは自分たちのチームだけでなく、他のチームでも影響していることだろう。
どうすればいいのか、その答えは出そうになかった。今はこの場を衛と共に逃げ切ること。それだけだった。
(どうする・・・? 敵は二人、衛を庇いながら戦うことなどできない・・・二人が相手では時間稼ぎも・・・?)
ふと、そこで気がついた。
こうして考えをまとめている間に、あの二人からの攻撃がない。それは何故だろう。
答えは簡単だった。
確かに殺し合いに乗った参加者は二人だ。だが、その二人が敵か味方かというと、それは考えるまでもない。
武はハクオロだけでなく、名雪までを殺害標的として判断し。
名雪は新しく現れたゴミ虫を迎え入れ、この場にいる全員の殺害を決定していた。
「邪魔をするな」
「あはっ、あははは、また一匹出てきたよぉぉ?」
「あの時、美凪たちと戦った女だな。焦らなくてもお前も一緒に殺してやる」
「うふ、ふふふ、ふふふふふふっ・・・皆、みーんな、皆殺しだぁぁあああああっ!!!!!」
。
振り上げられる鉄の牙を、武は絶妙なタイミングと身体能力で避ける。
そのままシャベルの上に乗り、再び稼動する前に一気に跳躍。名雪の身体に目掛けて『求め』を一気に振り下ろした。
最高クラスの刀剣類と呼ばれる『求め』の一撃はしかし、無常にも弾かれる。防弾ガラスを破壊することはできなかった。
このショベルカーの防弾ガラスの質は最高と言っていい。武と再び大地に足を踏み入れたとき、傷ひとつ付かないガラスがそこにあった。
「ハクオロさん、今のうちに・・・!」
「ああ・・・ぐっ」
「ハクオロさん!」
ハクオロは衛に手を引かれながら逃げようとするが、左肩を痛めたらしく激痛が走る。
このまま学校から逃げ出すなんて出来そうにない。このまま無理に逃げても、進軍してくる名雪たちから逃れられるはずがない。
(まずは身を隠さなきゃ・・・それに)
まずは治療をしなければ。衛はローラースケートを直すと、すぐに行動に移った。
幸い、医療品はたくさん揃えている。ここが学校なら、保健室か救護室だってあるはずだ。
後ろから高笑いと機械音が響く中、衛はハクオロの右手を掴むと、そのまま校舎の中へと避難していった。
◇ ◇ ◇ ◇
「おおぉぉおおおおっ!!!!」
「あははははははははっ!!!」
この島では珍しい、マーダー同士の真剣勝負だった。
東軍、倉成武。永遠神剣『求め』を駆使し、まるで動く城や要塞を相手にするような戦いを展開する。
西軍、水瀬名雪。通常の殺し合いでは有り得ない、ショベルカーを使った戦い。ハクオロもまったく歯が立たなかった相手だ。
一見するとショベルカーで殺しあうなんて、馬鹿げたこととしか聞こえない。
そんな小回りの利かないものより、もっとマシな武装があるのではないか、と倉庫に入った常人ならば考えるだろう。
だが、名雪にとってこのショベルカー・・・命名『けろぴー』は、通常の概念を軽々と打ち破ることに成功した。
「がっ・・・づぁぁああああっ!!!」
武が三度目ともなる、防弾ガラスへの直接攻撃。
キュレイによる身体能力向上まで使った、裁断の斬撃。本来『求め』は魔力を注ぎ込めば威力を単純に増幅することが出来る。
武に魔力はない。元は一般人だったのだから。だから『求め』の真価を発揮することは武には出来ない。
だが、武にはそれすら無用。
永遠神剣の力を使わずとも、その腕力は常人が『求め』の力を引き出したときと、何ら変わらない威力を持っている。
同じだけの威力、一撃を叩きだせるのなら・・・武は十二分に『求め』を使いこなしている。
ガァァンッ!!!
その一撃を持ってすら、名雪を護る防弾ガラスは傷つかない。
名雪にとってそのガラスは生命線だ。銃弾や斬撃で破壊されるはずがない。そんなことは許されない。
「ちいっ・・・!!」
「あははははッ、最強だよ!!! やっぱり、けろぴーは最強なんだっ!!」
。
この鉄壁の防御力。
最高速度55km、人を轢き殺せるだけの速力。
そして鋼鉄の牙は生身の人間がまともに受ければ、一撃で昏倒させられるほどの攻撃力。
断言しよう。
現時点、これを超える戦闘力を持つ武装は存在しないということを。
「くそっ・・・ふざけやがって!」
「あはっ、あはっ、けろぴー強い! この圧倒的な力っ・・・これこそが正義だよぉおおおおっ!!!」
もちろん、武装だけで全てを決定するようなことはしない。
だが、一般人が扱える武装。この点において、たとえマシンガンを持っていようと『けろぴー』には通じない。
魔力持ちなどの特殊な人間を除けば、もっとも一般人にとって武器となるのが、この走行する城砦だった。
「・・・だったら」
だが、それで諦める武ではない。
どんな状況下、どんな極限状態でも諦めない。それが倉成武だと知人は口を揃えて証言する。
ならば、彼がここで退く理由など何一つない。
「今までの一撃を、全部。一点集中させるだけだっ・・・!!!」
今の彼を見れば、誰もが変わってしまったと思うだろう。
だが、それでも小町つぐみだけはこう答える。根本的なところは何一つ変わっていないのだ、と。
一歩間違えれば殺される、という極限状態。普通なら強いストレスがかかるだろう、そんな環境の中で。
ただ無心に目の前の敵を倒したい。それだけを考えている彼は、目的の方向性こそ違うが・・・それでも、武は武なのだ。
。
「ぶっ潰れろぉぉぉおおおおおっ!!!!」
「うらぁぁあああああっ!!!」
鋼鉄の攻撃を二度、三度と回避する。
その隙を突いて、武は何度も防弾ガラスを殴打した。いくら銃弾も剣も通じない絶対の護りでも、一転集中ならば打ち破れる。
唐竹、袈裟斬り、薙ぎ払い。
だが、なかなか防弾ガラスを打ち砕くことは出来ない。武自身、ここに来て疲労が溜まっていることもあった。
汗で『求め』が滑ってしまう。足場が不確かで、全力を持って叩きつけることも出来ない。一歩間違えれば轢き殺される。
様々な制限が武を襲う。この状況下、互角の戦いを生身で演じている武だが、崩れるのは時間の問題だった。
疲れを知らない機械と、疲れを知る人間の体。長期戦になればなるほど、武が不利になるのは目に見えている。
(信じるしかないかっ・・・追い風が、吹くのをっ・・・!!)
その追い風がいつ吹くのかは分からない。
どういう形で吹くのかも分からない。燃料が尽きるのを待つか、それとも名雪が突然持病の発作にでもなるのを待つか。
もはや絶望的な可能性にしか賭けられない。
だが、神様とやらはまだ武を見捨てなかった。
その追い風が吹くように、この死闘の舞台に新たな役者が上がったのだ。
衛を保護するため、ハクオロたちと戦うことを決意した一人の少女。まるで神に捧げられた可愛らしい子羊のように。
一ノ瀬ことみがそこに立っていた。
。
◇ ◇ ◇ ◇
「あ・・・あっ・・・」
ことみは震えるしかなかった。
水瀬名雪、倉成武。この学校に存在する正真正銘のマーダー二人が揃って、ことみに視線を向けている。
どちらも、獲物を見つけた狩人のように。いや、今日の餌を前にした肉食動物のようなギラギラした視線。それが注がれていた。
あたりを見回してもハクオロや衛の姿はない。
そこに立っているのは恐れていたショベルカーの少女ともう一人、無骨な剣を持った青年だった。
その青年を味方と考えることは出来なかった。それを証拠に、武は剣を構えたまま、名雪との戦いを放棄してこちらへと向かってくる。
(こいつも殺し合いに乗った人間・・・?)
武は新たな参入者のほうに向かいながら、漠然とことみの観察をする。
本来ならつぐみ以外の参加者は信じない。だが、ことみは武器はおろかデイパックすら持っていない少女に過ぎない。
確かに安心は出来ないが、震えている光景を見て武は思う。もしかしたら、と。
(貴子のように・・・良識のある人間・・・いや、そんなはずが・・・)
まずは接近してみることにした。見敵必殺とまではいかないが、即座に殺すつもりはなかった。
ことみの怯えた表情。とても計算高い雰囲気には見えない。
だが、突然ことみは武から逃げ出した。やはり敵か、と冷静な部分で判断しようとした瞬間、武の後ろから拡声器で響く歓喜の声。
「見つけたぁああああああ、あの時のカトンボだぁぁあああ、殺してやるぅううううっ!!!!」
武の少し後ろから進軍してくる侵略者。
ことみは恐怖に震えながら逃げ出そうとするが、今までの極限疲労が祟ったのか、躓いてしまう。
その間に武がことみを見下ろすように立ち、そのさらに向こう側からショベルカーが轢き殺そうとして襲い掛かる。
一秒しかない猶予。
ことみは誰かに抱えられ、そのまま中空に投げ飛ばされていた。
「え、え、えぇぇええええ!?」
乱暴な行為に驚いている暇もなく、地面に激突する。左手の肘を強く打撲した。
突然、追いつかれたと思った青年に抱きかかえられ、そのまま校舎方面へとぶん投げられたのだ。
もう、分けが分からない。殺そうとするならあの剣で頭を叩き割ればいい。なのに、どうしてこんなことを。
(・・・まさか、助けてもらったの・・・?)
ふと、気がつく。多少乱暴だったとはいえ、あのままなら武に殺されずとも轢き殺されていた。
それを救ってくれたのかも知れない。ことみは、そんな希望を抱いた。
そして気がつく、そんなことに意識を向けている場合ではないことを。
名雪の標的は未だ、自分に向けられているのだ。方向を変え、今度は校舎方面へと侵攻してくる移動要塞。
慌てて逃げ出そうとして、ことみはその人物に気がついた。
名雪はことみしか目に入っていない。今まで歯が立たなかった武には目もくれない。新しい玩具に向かう子供のように一途な突撃。
「へっ・・・」
シャベルカーの上、かなり激しく揺れるそこに、デイパックの中を漁る武の姿があった。
◇ ◇ ◇ ◇
「ハクオロさん、ちょっと待ってね。すぐに包帯を用意するから」
「ああ、すまないな」
保健室は東棟、少し遠かったので西棟の救護室へと飛び込んでいた。
学校に救護室、というには不自然が残るがなんでもいい。衛が甲斐甲斐しく世話をしてくれる中で、ハクオロはベッドに腰をかけている。
ここは武や名雪たちが戦っている校舎の中だが、それでも端っこのほうにある。駆動音は少し遠くから聞こえてくる。
警戒さえしていれば、それなりに安全なはずだ。ショベルカーの音が聞こえている間は、武もそこで戦っているのだから。
(しかし、こうまで私を誤解する人間が多いとなると・・・いつか、私は殺されてしまうかも知れないな)
命を奪われる覚悟はあったが、保護すべき対象から命を狙われるとなると別だ。
近い将来、その誤解が身を滅ぼすような気がしてならない。
自惚れるつもりはないが、リーダーの自分が倒れれば対主催連合に亀裂が生じる可能性がある。
それだけは許せなかった。せめて仲間だけでも元の世界に帰してやりたかった。
(私が死んだときのために・・・一筆、したためておくか。ふっ・・・まさか遺書を書くことになるとはな)
衛には見られないように、メモとペンを取り出した。
ハクオロは自分の役割を考える。対主催連合を作り出しはしたが、実際のところ運営は瑛理子に任せっぱなしだ。
だが、リーダーの責務まで抱え込ませるわけにはいかない。
あくまで瑛理子は優秀な参謀として、チームのブレーンとして活躍してもらうほうがいい。
(候補としては宮小路瑞穂あたりだろうか・・・いや、瑛理子や国崎は逢っていない。信用はしないだろうな)
瑞穂のリーダーシップというものには、ハクオロも一目を置いていた。
リーダーとしては彼女が一番効率がいいのだが、やはり正式に連合に加わっているとは言えないことを考えると何とも。
それに連れのアセリアは往人に憎悪の感情を抱いていることを考えると、次のリーダーには選べない。
もっとも、この頃にはすでに往人とアセリアは和解を果たし、すでに聖上連合に加入しているのだが、知るはずもなく。
ここはやはり、という人物について一筆を示すことにした。
(やはり高嶺悠人が適任だろう。戦闘能力も信頼もさることながら、リーダーシップも悪くない)
そのことを綴り、ついでにこれが人の手に渡ったことも鑑みて文章を記す。
短い文章だが、ある程度書いたところで衛が包帯を持ってきた。メモとペンをデイパックの中に直して迎え入れる。
「・・・ハクオロさん?」
何を書いてたの、とは聞かなかった。
盗聴されていることを考えると、筆談が常になっている。特に不思議にも思わなかったが、ハクオロは笑うだけだった。
この少女が一番、悠人のことを慕っている。もしも自分の身に何かあったときも、彼を支えてくれるだろう。
「衛、この紙を持っていてくれ。そして病院についたら悠人に渡してほしい」
「これは?」
「なに、ちょっとした頼みごとだ。何というか、念のための保険というやつだな」
薄く笑って誤魔化した。正直に話せばきっと怒られてしまう。
それよりも、とハクオロは前置きする。とりあえず、仲間の誤解だけは解いておかないといけないのだ。
「衛、四葉という少女について聞きたいのだろう?」
「あっ、うん・・・でも」
「構わない。ただ、私は無実だ。まだ誰も手にかけていない。四葉という少女についても、今その名前を知った」
そうして学校で起きた出来事を話す。
ことみたち四人組を殺し合いに乗っている人間と勘違いし、脱出するために放送を利用したこと。
大石の件についても暴発することは本当に知らなかったこと。あの銃は学校に落ちていたのを拾っただけ、ということ。
証明してくれるのは観鈴だけだ、と。かなり絶望的な内容ではあった。
証拠が何一つない弁解。これではことみを説得することなど不可能だ。それはおろか、衛でも信用できるかどうか半々と言ったところ。
「うん、分かった・・・その言葉を信じるよ」
それを衛は受け入れた。
さっきまでの僅かな疑心暗鬼はもうない。ハクオロは信頼に足る人物なのだから。
千影の約束を護ろうとしてくれた人を疑うなんて、どうして出来るだろうか。そんな気持ちがあったのだから。
「ありがとう。・・・さあ、ここから出よう。もうここに協力を申し出れる参加者はいない」
「うん、このまま病院へ向かうよ。きっと悠人さんも待って・・・――――!?」
話を紡げたのはそこまでだった。
ガガガガガガガ、と学校の校舎が揺れる。救護室の包帯やら何やらが派手に床に散らばっていく。
地震か、などと思った。だが、この校舎を破壊できる存在を思い出して舌打ちする。
「しまっ・・・衛っ!!」
「えっ、えっ・・・!?」
ハクオロの行動は早かった。衛をベッドの下へと押し込め、自身もそこに隠れる。
何が起こっているのか、わからない。ここまで酷い揺れの原因も分かっていない。だが、ひとつだけ確実なことがある。
学校はこれから、崩れ落ちようとしているのだということだけ。
◇ ◇ ◇ ◇
ショベルカー搭乗席、名雪にとって自分が絶対の強者であると錯覚させてくれる特等席。
誰もが自分を見上げている。見えるのは月と最強たる自分の姿だと思うと興奮する。もう、高笑いがとまらなかった。
今度はあの女だ、轢き殺すために速度を最大まで上げる。きっとミンチ肉とアカイアカイそれで、『けろぴー』は綺麗に彩られるだろう。
「あはははははははははっ、死んじゃえぇぇええええええええっ!!!!!」
まさに絶好調。まさに最高潮。
自分より上の存在なんて有り得ない。誰よりも高い位置からカトンボ共を見下ろしているのだから。
だから名雪は気づかない。
搭乗席よりもさらに上、自分よりもさらに高い場所に彼がいることは。
天井に張り付き、あるものを構えてニヤリと笑うのは武。すでにこの時点でこの戦いの勝負はついていたのか。
「あっ・・・」
ことみは目の前に迫ってくる全身凶器に目がいってなかった。
ただ、その上にいる武の姿だけしか見えなかった。漠然と何の理由もなく、何の根拠もなく、彼なら何とかしてくれるような気がした。
もちろん、身体はショベルカーを避けようと行動している。だが、自分一人で逃げ出すことは出来ない。そこまでの速度なのだ。
武はある物をデイパックから取り出していた。
殺し合いの最中には有り得ない物体。かなり高価な逸品だと思えるほどの、そんなカメラ。
カシャリ!
「ひうっ・・・!!?」
真っ暗闇、ショベルカーのライトだけが頼りの空間に、目を瞑るほどの眩い光が照らされた。
有頂天だった名雪の目を暗まし、一瞬だけハンドル操作に乱れが生じる。
冨竹のカメラのフラッシュを炊いた結果、片目しかない名雪は数秒間だけ何も見えない状態に。
ようやく目を開けると、防弾ガラスにへばり付くように。
まるで生粋の殺人鬼のような、凄惨な表情。これから殺す獲物の怯えを楽しむかのように。
武が名雪の視界全開に存在していた。
「よう、夢は見れたか?」
「ひっ・・・ひぁぁあああああああああっ!!?」
武を振り落とそうと名雪がハンドルを目いっぱい切る。
完全に方向転換し、ことみはショベルカーを回避することに成功する。そして武もまた、あっさりと名雪の視界から消えうせる。
「あ、あは、あ・・・あぁぁああああああああっ!!?」
一瞬、『けろぴー』の力に負けて逃げ出したのだと、哂った。
だが、武がいなくなっても視界は埋め尽くされていた。時速55km、ショベルカーの最高速度のまま、全てを校舎の壁が埋め尽くしていた。
ブレーキを踏む暇もない。もはや防ぐ方法などない。
そのまま名雪は校舎に激突し、その衝撃が学校全体を襲った。
ハクオロたちを襲うために、無闇に壁や至るところを破壊したのもまずかった。
まるで爆弾によるビル倒壊シーンの焼き増しのように、武とことみが校舎から離れるその1シーン。
西棟、4階立ての校舎は断末魔の叫び声をあげて崩落した。
◇ ◇ ◇ ◇
「す、すごいの・・・」
ことみは武に駆け寄りながら感激する。
まさか、あれほど圧倒的な武装を相手に一歩も引かず、そして撃破してしまうなんて。
とにかく、助けてもらったお礼を言いたかった。ことみは武に駆け寄ろうとして、振り向いた武の表情を見て足を止めた。
何故なら、次の標的はお前だと言うように、武はことみに向けて『求め』を構えていたのだから。
「近寄るな、お前も殺し合いに乗った人間じゃないのか?」
「えっ・・ち、違うの。乗っていないし、武器も何もかも奪われてしまったの」
「信じられるか。なら、武器を奪われておいてどうしてまだ生きてるんだ」
「それはっ・・・私が聞きたいぐらいなのっ・・・!」
味方だと思っていた。第一印象は怖かったけど、それでも助けてくれたのだと。
でも、今の武は『求め』を構えて丸腰のことみを襲おうとする。殺し合いに乗った人間と何ら変わらない。
「それに・・・貴方は、私を助けてくれたの!」
「っ・・・違う。利用しただけだ。おかげで、あの女の注意が惹けた」
「そんな・・・」
全部、計算済みの行動だったというのか。
それは違うと思いたい。一瞬、答えに淀みがあったのだから。これは嘘なんだ、と信じたい。
だが、じりじりと武は接近する。ことみを殺そうと少しずつ近づいてくる。
同じように少しずつ後ろに下がろうとすることみの足に、何かが当たった。金属音、校舎の瓦礫では断じてない。
(これは・・・ナイフ?)
名雪との戦いでハクオロが投擲した投げナイフ。
慌ててそれを拾って構える。このまま殺されてやるつもりは毛頭なかった。そのために戻ってきたわけじゃなかった。
武はそんなことみを見て、僅かに表情を曇らせる。
「まだ殺されるわけにはいかないの・・・ハクオロから、衛ちゃんを救い出さなければいけないから」
「・・・・・・」
一瞬の沈黙があった。
これが打ち破られたとき、ことみは恐らく死ぬのだと直感した。それほどまでの静寂、もはや寂滅に近い。
覚悟を決めてすう、と息を吸う。その瞬間に武に襲われることは折込済み。でも殺されるわけにはいかない、と決意を固めた。
「あは」
それを破ったのは武でもなく、ことみでもなかった。
崩れ落ちた瓦礫の山、僅かに聞こえる駆動音。そして・・・倒したはずの少女の、狂気に満ちた笑い声。
「あはははははははははははははははははははははははははははははっ!!!!!!」
瓦礫の山が崩れ落ちる。中から災厄とも呼べる存在が再び闊歩する。
それは武にとっても、ことみにとっても予想外。確実に倒したと思っていた相手。まさか生き延びるなんて想像もしなかった。
酷い損壊や、致命傷らしいものもショベルカーは受けていない。
ところどころがボロボロではあるが、ほぼ五体満足でショベルカー『けろぴー』は復活した。狂ってしまった少女と共に。
「っ・・・ざけんなよ。本当にふざけた化け物だ」
「―――――っ!」
苦虫を噛み潰すような武を尻目に、これを好機とことみは走る。
その動きに武が気づかないはずがなかった。だが、追おうとはしなかった。
一瞬の気の迷いかは分からない。だがあの時、武は確かにことみを救うために行動した。どこかで人を信じてみたかった。
(ダメなんだ・・・この島では、誰にも心を許しちゃいけないんだ)
しかし目の前の脅威が消えた瞬間、次に恐ろしい存在がことみに摩り替わった。
やはり、誰も信じられなかった。信じたくても信じられなかった。それが無常に悲しかった。
「決めた、決めた決めた!まずはお前、お前からきっちり殺してやるぅぅううううっ!!!」
「このゾンビめ、完全にめちゃくちゃだな」
名雪本人が無傷なはずがなかった。
防弾ガラスに頭を強く殴打したのか、頭から血が流れている。窓ガラスにも血痕が飛び散っていた。
そして防弾ガラスもまた、瓦礫の直撃には耐えられなかったのか、武が攻撃を集中させたところに皹が入ってしまっている。
だが、それでも名雪は戦意を喪失していない。
かつて鳴海孝之が狂ってしまったときと同じように、水瀬名雪もまた理性と引き換えにこの精神力を得た。
全参加者を殺し、月宮あゆをこれ以上ないぐらい惨い方法で殺すまで、彼女はもはや止まらない。
鋼鉄の牙が振り上げられる。
これ以上の戦闘は不利だ。そう考えた武は、真っ直ぐに校門へと走り出した。
◇ ◇ ◇ ◇
「ぐっ・・・はあ、はあ、はあっ・・・!」
救護室が校舎の端っこのほうにあったのが救いだった。
そしてベッドの下に隠れられたのは幸いだった。教室の机や教壇ではとても防ぎきることなんて出来なかった。
ハクオロは傷ついた衛を抱えて、ようやく渡り廊下へとたどり着いた。
渡り廊下も崩落の影響を受け、閉まっていた防火扉は破壊されている。渡り廊下から中庭が見渡せるほどオープンになっている。
「はあっ・・・はあっ・・・衛! しっかりするんだ、衛!」
「ぁ・・・んっ、ぐ・・・は、はくぉろさん・・・?」
「何故あんなことをした! どうして私を庇ったりした!」
いくらベッドとはいえ、瓦礫を完全に防ぐことは出来なかった。
せめて衛だけは護り通そうとしたハクオロの手を、衛は振り払った。それどころか、ハクオロの上に覆いかぶさった。
そうしてベッドが潰れてしまい、その圧力を直接受けた衛は重傷を負ってしまった。
もしもあのままなら重傷を負っていたのはハクオロだった。衛が庇ったからこそ、こうして左肩を痛めただけで終わったのだ。
「だっ・・・て、ハクオロさんが・・・怪我した、ら・・・ぼく一人じゃ、瓦礫から、逃げ・・・だせないから・・・」
「くっ・・・少し待て! すぐに治療を施す!」
幸い、デイパックは無事だ。中には医療道具一式が揃っている。
見たところ衛の症状は全身打撲。こういうとき、エルルゥがいてくれれば、とハクオロらしくもない弱音を吐いた。
命に別状はなさそうだ。今のところは、ということだが。
一通りの治療を施したが、これは病院に早いところ行ったほうがいい。少し無理をさせるかもしれないが、抱きかかえようとしたところで。
「あっ・・・ああぁぁぁああああああああっ!!!!」
誰かの、悲痛な叫びが聞こえた。
◇ ◇ ◇ ◇
「どうしてっ・・・どうして!」
ただ悔しかった。ようやく仲間に巡り合えたと思っていた。
私は倒壊した校舎を東側から回りこむように走っている。後ろから追ってくる様子はない。
ただ、あの名も知らない青年の言葉が痛かった。すごく悲しくて涙が出た。
瓦礫の山となった校舎のさらに向こう側に、もうひとつの校舎がある。
崩壊したのが西棟とすると、こちらが東棟。幸い、ここまで被害は出ていない。渡り廊下が壊れてしまっているだけだ。
(えっ・・・あれ、は・・・?)
その渡り廊下の先で、見つけてしまった。
もうとっくに脱出したと思っていた、四葉ちゃんの仇。そして四葉ちゃんの姉妹。
さらにもうひとつ、アクセントが加わっていた。
ハクオロは肩から血を流していて・・・そして、衛ちゃんは全身がボロボロになるぐらいの大怪我を負っているということ。
(あっ・・・あああ・・・)
あの倒壊に巻き込まれたのだろう。
だが、どうして衛ちゃんは重傷で・・・そしてハクオロは左肩を痛めただけだったのか。
決まってる。
ハクオロが衛ちゃんを盾にしたんだ。
「あっ・・・ああぁぁぁああああああああっ!!!!」
まるで思考がただひとつのことしか考えられない単細胞になったかのように。
ただ唯一の武装、投げナイフに全身全霊をかけて。
ただ、ハクオロを殺すためだけに、地面を強く踏んで飛び掛った。
◇ ◇ ◇ ◇
「どこに行ったぁぁあああああっ!!?」
学校の外、校門まで出て行った名雪は怒りをあらわにしていた。
武は学校の正門を超えると、すぐに姿を消した。遠いところを眺めるが、武の姿はどこにもない。
(まずはあいつから・・・ミンチにして、ぐちゃぐちゃにしてやる・・・そう決めたんだ!)
そのまま名雪は学校を出て行く。もう、学校に残っているカトンボにも興味はない。
武を追う。ここまで虚仮にされた借りを返さないといけない。
どこに行ったのかは分からない。きっと夢中で『けろぴー』から逃げようとしているのだろう。その光景はなんて可愛いんだろう。
このまま南下したらどこに着くだろう。
小屋、廃線、教会。そこまで考えて名雪は思いだした。彼女にとって素敵で楽しいことを。
(そうだ・・・あゆちゃんのために硫酸を持っていかないと)
学校の理科室にあるかな、とも思ったが、それでは武を追うことは出来ない。
ならば武を追いかけながら硫酸を確保できるような場所はあるか。そんな都合のいい場所があるか?
あった。もともと学校なんて不確かなものに頼らなくても良かった。
病院だ。武もここを目指して逃げているに違いない。
そしてここには硫酸をはじめとした、残酷で甘美な代物がたくさん眠っている。なんて魅力的なんだろう。
「あはは、ひゃははははははははっ!!!!」
夜空を見上げる。
倒錯的な光景、全てが名雪のためにあるかのような異常な日常。
月に落ちていくような感覚のもと、『けろぴー』の背中に揺られて名雪は侵攻を開始した。
【E-6(マップ上) 学校校庭/1日目 夜中】
【水瀬名雪@kanon】
【装備:槍 手術用メス 学校指定制服(若干の汚れと血の雫)けろぴーに搭乗(パワーショベルカー、運転席のガラスは全て防弾仕様)】
【所持品:支給品一式 破邪の巫女さんセット(弓矢のみ(10/10本))@D.C.P.S.、乙女と大石のメモ、乙女のデイパック】
【状態:疲労中、右目破裂(頭に包帯を巻いています)、頭蓋骨にひび、左側頭部に出血、発狂】
【思考・行動】
0:武(容姿のみ)を追いながら病院に進軍、硫酸を初めとした凶器を手に入れる
1:全参加者の殺害
2:月宮あゆをこれ以上ないくらい惨いやり方で殺す
【備考】
※名雪が持っている槍は、何の変哲もないただの槍で、振り回すのは困難です(長さは約二メートル)
※古手梨花・赤坂衛の情報を得ました(名前のみ)
※ハクオロという人物を警戒(詳細は聞いていないし、現在目の前にいるのがハクオロだとは気づいていない)
※千影の姉妹の情報を得ました(名前のみ、よって目の前にいるのが衛だとは気づいていない)
※乙女と大石のメモは目を通していません。
※自分以外の全ての人間を殺し合いに乗った人物だと思っています。
※パワーショベルの最高速度は55km。夜間なのでライトを点灯させています。またショベルには拡声器が積まれており、搭乗者の声が辺りに聞こえた可能性があります。
※また、防弾ガラスにヒビが入っています。よほど強い衝撃なら貫けるかも。
※第三回放送はまるで聞いていません。
◇ ◇ ◇ ◇
「あああぁあああああっ!!!」
「うあっ・・・!?」
ことみの投げナイフを、ギリギリのところで銃で受け止める。
完全にことみは錯乱してしまって、こちらの声を聞くつもりはないと言わんばかりにナイフを閃かせる。
「衛ちゃんから離れるの、この人殺しっ・・・!!」
「待て、違う・・・!」
「騙されないの! 貴方が四葉ちゃんをっ・・・衛ちゃんをっ・・・!!」
もはや決別は決定的だった。
今のハクオロでは誤解を解く方法など、何一つない。ことみを止める手段なんてない。
もともと武装や身体能力において、ことみがハクオロに勝てるものなどない。
戦う気のなかったハクオロだが、こうなっては仕方ない。ことみの手首を捻りあげると、そのまま地面に押し倒すしかなかった。
「うあっ・・・放すのっ・・・!!」
「聞いてくれっ、私は殺し合いに乗ってなど・・・!」
「嘘! そんな嘘なのっ・・・!!」
聞く耳持たない。そんな状態だった。
気づけばいつの間にかパワーショベルカーの音が聞こえなくなっていた。どうやら、この学校から離れていったらしい。
これでしばらくは安心なはずだ。誤解されているとはいえ、この少女を放っておくつもりはなかった。
「君の、名前は・・・?」
「一ノ瀬ことみっ・・・四葉ちゃんと恋太郎さんと亜沙さんのっ・・・仲間なの!」
「皆、殺し合いには乗っていなかったんだな?」
「そうなの! 皆で主催者を打倒しようって・・・そう決めていたのにっ・・・いたのにぃ!」
感情のままに喚き散らす。
ハクオロはその全てをまず吐き出させようと思った。そうすればそれなりに冷静さを取り戻すはずだ、と。
衛は少し悲しそうな顔でことみを見ていた。あまり喋らせないほうがいいので、弁解はしないように釘を刺している。
だが、それが致命的なまでにまずかった。
ハクオロは名雪がいなくなったことで安心してしまった。ことみは大声でハクオロへの恨み言を口にしてしまった。
まだ、危機が去ったわけではない。
その名雪と互角に渡り合っていたマーダーの存在を、ハクオロたちは失念していたのだ。
「ここにいたか、人殺し共」
絶対的な殺意、そして明確な敵意を意志の中に孕んだまま。
名雪が追いかけていったと思われていた武が、未だこの学校内に。ことみの叫び声を聞きつけて現れた。
(しまった・・・まだ、奴がいたか・・・)
(・・・今なら!)
ハクオロに生じた刹那の動揺を、ことみは見逃さなかった。
拘束を外し、取り落としていたナイフでハクオロを斬りつける。さすがにそれには反応できたハクオロだが、僅かに腹部を刺されてしまった。
衛の悲鳴にも近い叫び声と同時に、ことみはハクオロの元から離れる。もちろん、武の傍にもいかない。
「痛っ・・・待つんだ、ことみ。私は・・・」
「はくおろさんっ・・・!! 待って、ことみさんっ・・・ハク、おろさんは・・・!」
「そこで待ってるの、衛ちゃん。絶対に私が救って見せるから」
「役者は揃った、ってやつか? ともあれ、殺し合いに乗った奴らは全員、殺すだけだ」
何故、武はここにいるのか。
それは今までの流れが全て武の作戦によるものだったからだ。
武は名雪をうまく校門まで誘導すると、その後は茂みに姿を隠した。
通常、人は探し人を追跡するとき、ついつい遠くに目を向けてしまう。そんな心理効果を利用し、名雪を体よく学校から追い出させたのだ。
名雪を殺すことは出来ないが、他の三人なら自分だけで始末できる。
「まだ、名前は聞いてなかったな・・・何者だ、貴様は」
「俺か? 武だ、倉成武。もっとも・・・名乗ってもあまり意味がないけどな」
倉成武、その名前はどこかで聞いたことがあるような気がした。
だが、今はそんなことに構っている余裕はない。
ハクオロと重傷の衛、一ノ瀬ことみ、倉成武・・・三つの派閥に分かれてしまっている。どちらも味方じゃない。
学校で初めて生じた誤解。
それが今、唸りを上げてハクオロに襲いかかろうとしていた。
◇ ◇ ◇ ◇
(ハクオロと・・・知らない女が二人。一人はどう見てもハクオロと敵対している・・・)
俺は何か、妙な違和感を覚えていた。
ハクオロはどう考えても人殺し、殺し合いに乗った男だ。こいつは確実に殺してしまうべき。
だが、さっきまで俺を騙そうとしていた、あの小柄な女は大怪我を負っている。誰が、そんな目にあわせたのか。
きっとハクオロだ。
つまり、あの女はただ利用されていただけなんだ。諸悪の根源はあの仮面の男、そうに違いない。
ついこの前の俺が、あの女。きっと人質か何かを取られて仕方なく従っていた。そして俺を騙そうとして、失敗したからあんな目にあったのか。
「ハクオロはいいとして、他の二人の名前は聞いてなかったな。一応、教えてくれるか?」
「・・・私は一ノ瀬ことみ、この子は衛ちゃんって言うの」
「・・・・・・衛?」
頭の中で何かが弾けた。記憶の奥底からその言葉が流れ込んできた。
それはこの島で今のところ唯一、俺がこの手で殺した女の名前。殺し合いに乗っていたあの女の最期の言葉。
『ま、もる……ちか……げ…………す、ぐ……から……待って……て……』
違う、あの女は殺し合いに乗っていた。
たとえあの小柄な女がそうだとしても、俺には関係ない。あいつも脅されたとはいえ殺し合いに乗ったんだ。
この島では誰にも心を許してはいけない。甘えを捨てろ、優しさを捨てろ。
ガリッ!
―――――俺には、関係ない? 本当に?
『……分かった。 お前の妹は俺が守る…… 』
そう誓ったのは誰だったか。
そんな偽善を、そんな自己満足を殺した女に投げかけたのは誰だったか。
他ならぬ俺の口から飛び出した言葉ではなかったか。
「違う・・・俺は」
つぐみ以外の参加者を殺す、と誓った。俺が誓ったのはそんな偽善じゃない。
圭一や佐藤のような、善人ぶって俺を騙し、利用しようとした奴らを全て殺すと誓ったのだ。そんなこと、言ってはいない。
こうしている間にもつぐみが危険な目にあっているかも知れない。
つぐみなら大抵のことは大丈夫だろうが、早くに合流したい。俺が信じられるのはこの島で唯一、あいつだけなんだ。
「あっ・・・あぐ・・・っ・・・」
悔しさが胸を去来した。
裏切った圭一、美凪たち・・・俺は本当にあいつらのことを、仲間だと思っていたんだ。
それこそあの海難事故で出逢った、つぐみを含めた仲間たちと同じ。それだけの信頼を寄せていたのに。
ガリッ!
所詮、あいつらは俺を利用していただけなんだ。
LeMUの仲間たちのような存在じゃない。比べるだけ失礼な話だった。
優、空、少年、ココ・・・そしてつぐみ。巻き込まれたのはつぐみだけというのが、安心なのかどうか。
ガリッ!
本物の仲間に逢いたかった。
そのためには、殺し合いに乗った奴らは全員殺さないといけない。偽者の仲間面する奴らに騙されるな。
(この島で生き残るためには・・・誰も信用してはいけないんだっ・・・!)
落ち着け、落ち着くんだ。
皆が慌てたときはいつもこの言葉を投げた。落ち着け、そして俺自身も落ち着け、と。
さあ、過去に涙している暇はない。俺はここで・・・ハクオロたちを殺さなければならないんだ。
◇ ◇ ◇ ◇
「・・・ことみ、無理を承知で頼みがある」
ハクオロの言葉に一番驚いたのは、他ならぬことみだったことは言うまでもない。
敵対している相手、それも恨み心頭となっている者に対して『頼み』をしたいと言う。
ことみはどんな提案が来ても拒む気でいた。
すでに武と共にハクオロを殺す決意すら固めようとしていた。たとえその後、武に殺されることになろうとも。
欲を言えば衛を安全な場所に連れ出したかったが・・・ハクオロも武も、それを易々と許しはしないだろう、と。
だからハクオロの提案は、ことみにとって意外すぎる一言になった。
「私が時間を稼ぐ。衛を連れて逃げてくれないか」
「は・・・?」
それは何の冗談か、と思った。
武のほうを一瞬だけ見ると、何やら顔をしかめながら『違う・・・違う・・・』と口に出して何かを否定している。
どうやらこちらの言葉は聞こえていない。ハクオロもそれを承知でことみにこの提案をしているのだ。
ハクオロはデイパックから双剣を取り出すと、残りのデイパックを全てことみのほうに放り投げた。
「なんのつもり、なの・・・?」
「弁明も釈明も説明もしている時間はない。どうするのだ・・・承諾か、拒絶か」
ことみは混乱する思考の中、極めて冷静な部分で一所懸命に考察を開始する。
自分にとって何一つデメリットのない提案。衛も楽々と救えるし、武に殺される心配事もない。
ハクオロは放っておけば武に殺されてしまうだろうし、デイパックと一緒に放り出されたのはハクオロが持っていた銃だ。
これがあればハクオロが心変わりしても、十分に対処できる。後はハクオロが他に武器を隠し持っていないかどうか、だが。
「その話、乗ったの」
ことみの凛とした声に、ハクオロが微笑する。
何もかも恐れていては何も出来ない。何より、衛の傷は重い。こんなところに放置していれば戦いに巻き込まれる。
ハクオロがどんな策を考えているのか知らないが、それでも優先順位を間違えてはいけない、と言い聞かせた。
「感謝する・・・今後については衛に聞いてくれ。少し落ち着かせればいい」
「礼なんていらない、全然嬉しくないの」
「そうだったな・・・それでは、衛のことを頼む」
ハクオロが一歩、前に出る。ことみと衛を背中に隠すかのように。
ことみには訳が分からない。後ろからこの引き金を引けば、容易にハクオロの命を奪えるというのに。
どうして衛と自分を庇うようなことをするのか。ハクオロは四葉を殺した人殺し、極悪人ではなかったのか。
疑問の上に疑問が圧し掛かってくる。ことみは訳も分からないまま、衛に肩を貸してゆっくりとその場を後にする。
「衛ちゃん、しっかりするの・・・私は四葉ちゃんの仲間だった、信用してほしいの」
「ぅ・・・ん・・・だ、いじょ・・・うぶ・・・あのね、こと、みちゃん・・・はくぉろさんは、ね・・・」
「今はいいの。まずはこの場から離れるから、しっかり掴まってて」
ことみが肩を貸す背後で、殺意は際限なく湧き上がっていく。
武は改めてハクオロを敵と見定め、ハクオロは武を足止めしようと剣を構える。
学校の戦い、最後の激突。
傷ついた皇の退却戦、人間不信の青年の殲滅戦の幕が。
「征くぞぉぉおおおおっ!!!」
「応っ・・・!!!」
月光に照らされた今、斬って落とされた。
◇ ◇ ◇ ◇
「はぁぁあああっ!!!」
先手はハクオロ。
この戦いは武の気を自分に向けなければならない戦い。
ならば守りに徹するな、攻めて攻めて攻め落とせ。双剣は扱わない、ただ一本を使う。残るひとつは鞘に収めて腰に挿す。
軽々と斬撃を武は受け止める。
永遠神剣『求め』に自我はないが、それでも爛々と輝く刃は血を欲しているようにも見える。
武はハクオロの攻撃を弾き、返す刀で首を狙う。
「死ねっ!」
「ぐっ・・・なんのっ・・・」
首をそらして、剣を避ける。すごい風圧が顔に当たり、ひやりと冷や汗を流した。
あの一撃は人を両断することも可能な一撃だ。
ハクオロは五合ほど打ち合ったあと、少し距離をとる。自分の武器を見て、嫌な汗が止まらなくなった。
(たった何度かの攻撃で刃こぼれか・・・これは単純な斬りあいでは時間稼ぎも出来ないな)
僅かに背後を見る。
疲労困憊のことみと重傷の衛、その逃げ足は当然遅い。とはいえ、さすがに見えなくなっていた。
瓦礫の山に感謝する。これで武の目標は自分だけ。思う存分、この学校内で戦えるはずだ。
西棟はすでに瓦礫の山・・・ならば、自分が活路を見出す先は、東棟の校舎にある。
「ぐっ・・・あああああっ!!」
「うぉぉおおりゃあああああっ!!!」
六合目、オボロの剣のうちのひとつが打ち砕かれた。
確実に敵の得物を打ち砕いた感触に、武の口元が釣りあがる。だが、それはすぐに憤りへと変化することとなる。
刀が折れることなど百も承知。もともとオボロの刀は速度を重視した軽量化、片手で扱える剣。
名剣ともいえる『求め』を相手にはできない。だからこそ、ハクオロは刀が折れた瞬間に東棟へと走り出した。
「逃がすかよっ!」
もちろん、武はその後を追う。
戦いの舞台は渡り廊下から東棟へ。
「はあ、はあ、はあっ・・・」
残った唯一の武器、オボロのもう一本の剣を床に捨てる。
これでは武に太刀打ちできないのは明白。それらことみに刺された腹部からは今も出血している状態だ。
このコンディションで戦うなど、愚の骨頂。
(これか・・・)
まずは校舎内の案内表に目を通す。
破壊された西棟に何があったかは知らない。だが、東棟ならハクオロは熟知していた。
心の中に去来する仲間の姿。最悪の出逢いだったが、きっと最良の仲間に巡り合えた。
そして今また、彼女に・・・神尾観鈴に感謝する。
彼女との出逢いの場所、放送室。
結局、誤解の末に悲劇を生んでしまったあの策略。だが、今回こそはきっと良い方向に導いてくれるだろうと信じて。
放送室に到着する。
武は今頃、別のところを探しているだろう。もう一本のオボロの剣を廊下に置いてきた。
本来なら階段において、二階に行ったと錯覚させるべきだが、武の疑心暗鬼をうまく利用させてもらう。
深読みし、二階に行ってくれるだろう。
(・・・これなら)
本来ならハクオロの世界に、これらの知識はない。
だが、記憶のどこかでこれの使い方を知っている自分がいた。これもまた、記憶喪失である自分への謎のひとつなのだろうか。
今はそんなことを考えている暇はない。
ハクオロは武を誘き寄せるため、そのための準備を執り行った。
◇ ◇ ◇ ◇
「・・・こ、ここまでくれば大丈夫・・・」
ことみは学校を亜沙の抜け穴を伝って脱出し、そのまま南下して小屋へと身を寄せていた。
参加者が寄ってくるかもしれないので、電気はつけられない。月明かりだけが頼りだ。
少し粗末だが、ベッドの上に衛を寝かせる。衛は意識も途絶え途絶えで、ここまで来るのにも苦労した。
「衛ちゃん、私の声が聞こえる?」
「う・・・ん、聞こえるよ」
「少しだけここで休むの。その後、何がしたいの?」
この先の行動は考えていない。そして黙って逃がしたハクオロの真意も分からない。
ことみにとって衛だけが情報を握っている存在だった。そしてやっと見つけた四葉の姉妹だった。
衛は少しだけ考え込むと、年相応に少しだけ照れくさそうな笑みを浮かべて。
「悠人さん・・・千影ちゃん・・・」
「え・・・?」
「ぁ・・・ぃ・・・たぃよ・・・ぁのふたりに逢いたいよ・・・」
そんな、まるで儚い夢を語るような小さなつぶやき。
恋する少女は静かに可愛らしく笑い、ことみは安心させるように微笑みを返した。
月をおぼろげに見上げる。黄色い月は幻想的な光景を連想させ、ことみの意識は少しずつ落ちていく。
やがて、僅か一時間にも満たない時間。少女たちは休息を迎えるのだった。
【E-5 小屋/1日目 夜中】
【衛@Sister Princess】
【装備:TVカメラ付きラジコンカー(カッターナイフ付き バッテリー残量50分/1時間)】
【所持品:支給品一式、ローラースケート@Sister Princess、スーパーで入手した食料品、飲み物、日用品、医薬品多数】
【状態:精神、思考状態は回復、疲労大、全身打撲により重傷】
【思考・行動】
基本方針1:死体を発見し遙や四葉の死に遭遇したが、ゲームには乗らない。
基本方針2:あにぃに会いたい
基本方針3:悠人さんがいなくてもくじけない
0:悠人さんと・・・千影ちゃんに、逢いたいな・・・
1:少しの間、休眠を取る
2:別れたメンバーを心配
3:ハクオロのことを心配、ことみには四葉のことを聞いてみたい
4:ネリネをマーダーとして警戒。
【備考】
※悠人の本音を聞いた事と互いの気持ちをぶつけた事で絆が深まりました。
※TVカメラ付きラジコンカーは一般家庭用のコンセントからでも充電可能です。充電すれば何度でも使えます。
※ラジコンカーには紐でカッターナイフがくくりつけられてます。
※医薬品は包帯、傷薬、消毒液、風邪薬など、一通りそろっています。軽症であればそれなりの人数、治療は可能です。
※日用品の詳細は次の書き手さんにまかせます。
※それなりの応急処置を施しましたが、重傷です。少し休まなければ一人で歩くことも出来ません。
【E-5 小屋/1日目 夜中】
【一ノ瀬ことみ@CLANNAD】
【装備:Mk.22(3/8)】
【所持品:投げナイフ×2、ビニール傘、ランダム支給品2(確認済み、武器ではない)
支給品一式×3、予備マガジン(8)x4、スーパーで入手した品(日用品、医薬品多数)、タオル、陽平のデイバック】
【状態:肉体的疲労極大、腹部に軽い打撲、精神的疲労小、後頭部に痛み、かなり困惑】
【思考・行動】
基本:ゲームには乗らない
0:休眠中・・・なの
1:ハクオロに矛盾した不信感
2:今後必要な物を集める為に商店街へ向かう
3:衛を見守りながら身体を休ませる
4:神社から離れる
5:工場あるいは倉庫に向かい爆弾の材料を入手する(但し知人の居場所に関する情報が手に入った場合は、この限りでない)
6:鷹野の居場所を突き止める
7:ネリネとハクオロ、そして武と名雪(外見だけ)を強く警戒
※ハクオロが四葉を殺害したと思っています。(ほぼ確信しています)
※首輪の盗聴に気付いています。
※魔法についての分析を始めました。
※あゆは自分にとっては危険人物。良美に不信感。
※良美のNGワードが『汚い』であると推測
◇ ◇ ◇ ◇
ところ変わって、武。
ハクオロの後を追って校舎の中に入ってきたはいいが、障害物を使われてあまく隠れられてしまった。
学校は広い。一度見失ってしまうと、見つけるのには苦労する。
「ん・・・? あれは」
階段と廊下、二つの道へと続く分かれ道。
廊下のほうに、ハクオロが持っていたものと思われる剣が落ちていた。
(大急ぎで逃げたから落としたのか・・・? 唯一の武器を?)
そんな間の抜けた話が有り得るか?
自問してすぐに首を振る。いくら莫迦とはいえ、ハクオロにとって唯一の抵抗の証を落としたままにするはずがない。
要するに、これは誘き寄せ。武器を捨ててでも逃げ出すことに特化させた、苦し紛れの策と武は断じた。
それはハクオロの思惑通り。
武はオボロの剣を拾い、また床に捨てると『求め』で叩き折った。刀剣類は『求め』だけあればいい。
一度は使えるか、とも思ったが意味がない。『求め』のように、これだけ頑丈な剣なら折れる心配もないのだから。
「さあ、出てこいよハクオロ・・・お前は俺が殺してやる」
ガリガリと首を掻きながら、そして周囲を警戒しながら二階へとあがる。
二階には誰もいなかった。ならば三階、四階と上って行く。屋上まで上ってみたが、仮面の男の姿はなし。
どこかでやり過ごされたか、と舌打ちする。すぐに踵を返そうとしたところで。
『あー、あー・・・聞こえるか、倉成武』
「・・・!」
聞こえてきたのは、若干ひび割れたハクオロの声。
武は弾かれたように顔を上げる。この音声は放送室・・・奴は絶対にそこにいる。
逃がすものか、と足に力を込めて疾走する。放送室がどこにあるのかは知らない、まずは案内板を見つけなければ。
『勘違いしているようだから、言っておく。私は殺し合いになど乗ってはいない』
(今更、そんな言葉なんて信じられねえよ・・・!)
階段を駆け下りる。
案内板は一階にあったはずだ。
放送が終わる前に見つけ、今度こそきっちり殺してやる。そんな思いで武は走る。
『だが、お前が殺し合いに乗っているというのなら、私は全力でお前を倒す』
「っ・・・殺し合いに乗ってるのはお前らだろうがっ・・・!」
憤りながら、一階まで駆け下りた。
案内板を見つけ、目を通す。そして焦る心の中でよし、と心でガッツポーズ。
放送室はここと同じ一階だ。つまり、今も視界に入っている・・・そう、あの部屋。あの向こう側にハクオロはいる。
『もしも私と殺し合うことを望むのなら、屋上まで登って来い』
(莫迦め・・・お前は放送室で死ぬんだよ)
今の奴に武器はない。
大方、屋上に移動させるよう騙して、その隙に逃げ出そうと考えているのだろう。
武にはその意図はお見通しだった。ハクオロはこのまま、ろくな抵抗も出来ないまま、ここで殺される。
そんな光景を幻視しながら、武は放送室のドアを『求め』で叩き壊した。
「うぉぉおおらぁぁあああっ!!!」
そのまま放送室に雪崩れ込む。
まだ放送は続いているのだから、ハクオロはそこにいる。袋小路で逃げる場所なんてない。
固定概念に支配されて、武はそう思い込まされていた。
『そこで決着をつけよう・・・私はそこで待つ、勇気があるのなら追って来い』
「なっ・・・あっ・・・」
考える力があまりの怒りで沸騰する。
放送機材はそのままスイッチが入っており、武の声まで学校中に響いたことだろう。
重要なのはそこではない。その機材の上に、放送室にはあって当然の機械類がある。
「かっ、カセットテープ、だと・・・!?」
ハクオロの放送はそこから流れていた。
録音された機械が、ひび割れたハクオロの音声を忠実に再現。武をうまく放送室まで誘き出した。
「ふっ・・・ふざけんなぁぁああああっ!!!」
◇ ◇ ◇ ◇
「・・・ふう、何とかなったようだな」
武の地獄の奥底から響いてくるような、怒りに任せた雄たけび。
それを背後に聞きながら、ハクオロは正門までたどり着いていた。死ぬ気はなかったが、無事でいられることに安堵した。
正直、さすがに今回は死を覚悟していた。とはいえ、一難が去っただけに過ぎない。
(デイパックは全て失ったし、衛たちもここからはだいぶ離れているだろうな・・・)
実際は小屋の中で休憩しているため、そんなに距離は離れていない。
そんなことをハクオロが知る由もない。このまま一人で歩くのは危険だと思うのだが、命があるだけで十分。
贅沢なことは言ってられない。
まずはこれからの身の振り方を考えなければ。病院へと行くルートはふたつ。
このまま小屋、廃線と南下して病院を目指すルート。
少し回り道をし、商店街を経由して病院に行くルート。
(さあ、私はどうするべきか)
◇ ◇ ◇ ◇
「はあっ・・・はあっ・・・はあっ・・・」
カセットテープと、放送機材一式を武は怒りに任せて破壊し尽くしていた。
ハクオロの手の内で踊らされていたと思うと、我慢ならなかった。
だが、ここで怒りに全てを流されてはいけない。落ち着け、落ち着け、と心の中で反芻する。
(そうだ・・・俺がここに来た理由は、圭一を追うこと。ハクオロを殺すことなんて、二の次だ)
それに、学校に来た理由はもうひとつある。
富竹のカメラ・・・ここに写っているフィルムを現像することが目的だった。学校か、映画館なら出来るはずなのだから。
首筋をガリガリと掻き毟る。
雛見沢症候群の侵攻を、キュレイウィルスが堰きとめる。
少しの猶予のあと、武は立ち上がった。
学校が半壊している今、現像できるかどうかは分からないが。
「圭一たちはここに来ていない・・・なら、どこにいるんだ?」
武はカメラを現像できる場所を探しながら、再会すべき怨敵に思いを馳せていた。
【F-4(マップ左下) 平地/1日目 夜】
【ハクオロ@うたわれるもの】
【装備:なし】
【所持品:なし】
【状態:精神疲労、左肩脱臼、腹部に刺し傷(応急処置済み)】
【思考・行動】
基本方針:ゲームには乗らない。
0:どちらかのルートを選択し、病院へ向かう
1:衛とことみが心配
2:仲間や同志と合流しタカノたちを倒す
3:トウカがマーダーに間違われるようなうっかりをしていないか不安
4:悠人の思考が若干心配。(精神状態が安定した事に気付いてない)
5:ことみからの疑いを晴らしたい。
6:武、名雪(外見だけ)を強く警戒
7:自衛のために武器がほしい
【備考】
※校舎の周辺の地形とレジャービルの内部状況を把握済み。
※オボロの刀(×2)は大破。
【E-4 学校校舎東棟/1日目 夜中】
【倉成武@Ever17】
【装備:投げナイフ2本、永遠神剣第四位「求め」@永遠のアセリア、貴子のリボン(右手首に巻きつけてる)】
【所持品:支給品一式 ジッポライター、富竹のカメラ&フィルム4本@ひぐらしのなく頃に
ナポリタンの帽子@永遠のアセリア、可憐のロケット@Sister Princess、首輪(厳島貴子)、鍵】】
【状態:L5侵蝕中。中度の疲労。極度の疑心暗鬼。頭蓋骨に皹(内出血の恐れあり)。頬と口内裂傷(ほぼ回復)。頚部に痒み。脇腹と肩に銃傷。刀傷が無数。服に返り血】
【思考・行動】
基本方針:つぐみ以外誰も信用する気はない
0:フィルムを調べる
1:圭一たちの居場所を把握し、殺しに行く
2:つぐみを探す
3:圭一たちと良美を殺す。今度はもう躊躇しない
4:陽平と瑞穂にもう一度会いたい
5:ハクオロを強く警戒
6:衛とことみについて、若干の罪悪感
【備考】
※キュレイウィルスにより、L5の侵蝕が遅れています、現在はL3相当の状態で疑心や強いストレスによって症状はさらに進行します
※前原圭一、遠野美凪の知り合いの情報を得ました。
※富竹のカメラは普通のカメラです(以外と上物)フラッシュは上手く使えば目潰しになるかも
※永遠神剣第四位「求め」について
「求め」の本来の主は高嶺悠人、魔力持ちなら以下のスキルを使用可能、制限により持ち主を支配することは不可能。
ヘビーアタック:神剣によって上昇した能力での攻撃。
オーラフォトンバリア:マナによる強固なバリア、制限により銃弾を半減程度)
※キュレイにより少しづつですが傷の治療が行われています。
※もし、学校で現像できなかった場合、映画館に向かうことを考えています。ルートは後続の書き手さんに任せます
※所有している鍵は祭具殿のものと考えていますが別の物への鍵にしても構いません
「つ…………だる……」
急に、眼が覚めた。
ゴシゴシと眼を擦りながら、自問自答。
あたしは誰?――大空寺あゆ。
今どうしてこんな所にいる?――鷹野とか言う糞ボケに殺人ゲームに参加させられている。
当面の目的は?――佐藤良美と一ノ瀬ことみをブッ殺す。
……オーケイ、正常だ。すぐさま時間を確認。
丁度十一時になったぐらい、か。
床についたのが八時だから丁度三時間あまり眠っていた事になる。
うん、結構な休息を取る事が出来たのではないだろうか。
この状況下で三時間の睡眠。
十分過ぎる程のアドバンテージだ。もうすぐでゲームが始まってから一日が経過する。
さすがに二十四時間起きっ放しで身体に支障を来たさない人間は極少数のはず。
ゲームに乗った人間も乗っていない人間も含めて、だ。
壁に立て掛けてあったデイパックを背負い、立ち上がる。
……ああ、やっぱ無理か。痛みは完全に引いてはいなかった。
そう簡単にこの気だるさが無くなる訳がないのだ。お馴染みの下腹部で鉛が暴れ回っている感覚。
"女"として生まれたからにはずっと付き合っていかなければいかないもの。
散々理解している事だから今更何を言う必要も無いのだが。
まぁソレでも眠る前とは雲泥の差だ。
これならば動くのが無理と断定する程の支障は無い、はず。
軍隊の女兵士が一般的ではない理由をこんな所で実感した。
あたしはその後、薬局と洋装店に寄り必要な道具を入手してから、住宅街を後にした。
■
何故あたしは数時間前に来た道をもう一度辿っているのだろうか。
そんな疑問が湧くが封殺。
こんな生きるか死ぬかの場面でも好奇心には勝てない場合もあるのだ。
目的はただ一つ。
『月宮あゆ』の死に様を拝む。コレだけだ。
彼女の名前は第三回放送では呼ばれなかった。
確かにあの時点ではあたしがアイツを放置してF-5を出てから、一時間も経っていなかった。
最後に見た時、生きてはいたのだから意外とアイツは体力が残っていたという事だろう。そうに決まっている。
だが今は状況が異なるのだ。
月宮あゆと別れてから約六時間が経過。
ここまで来れば"奴は100%死んでいる"と自信を持って言える。
万が一生きているとすれば、ソレは他者の介入があったと言う事。
どうしようも無いお人よしがアイツを介護し、命を永らえさせたという可能性だ。
が、もちろん現実的な考えではない。
と言うかあそこまで血を流してボロボロになった人間を延命させる事の出来る名医など存在するはずがない。
腕が一本もがれるくらいの傷なのだ。どう考えても出血多量で死んでいるはず。
……ほら見えて来た。例の血塗れのトロッコだ。血の臭いもプンプンする。
遠目からでも分かる。未だに箱の中には男の死体。そしてその影には月宮あゆの死体が……ッ!?
「馬鹿なッ!!!!」
瞬間、あたしは駆け出していた。
なぜならトロッコの側には"何も"無かったのだから。
数メートルの距離まで接近する。やはり月宮あゆの姿は無い。何処にも見受けられない。
彼女がまるで消えてしまったか、飛んでいってしまったみたいに。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
糞が。何でこんなに息を切らしてんだい。
若干のイラつきを自分自身にぶつける。
この疲労の原因は全力疾走した事じゃない――在り得ない現実に対してだって分かっているのに。
トロッコの周りの状況は、あたしが最後に見た時とほとんど変わっていなかった。
いや、変わった場所を挙げた方が楽か。
つまり"月宮あゆの有無"。コレだけの違いなのだから。
三つ、仮説を立てた。
一つ、予想通り亜沙ばりのお人よしが死ぬ寸前、もしくは死んだ月宮あゆを発見。何らかの手段を使ってどこかに連れ去った。
一つ、あたしの前に突然現れた時と同じようにどこかに飛ばされた。
一つ、月宮あゆはゾンビだった。あの後、普通に自分の足で立ち上がってどこかへ歩いて行った。
……駄目だ。どちらも無理やり紡ぎだした暴論に過ぎない。
特に三つめなんてB級シネマの世界に足を突っ込んでいる。
仮説を立証するための否定材料が多過ぎる。
まず、月宮あゆの状態。
アイツは確実に放っておけば出血多量で死ぬような傷を負っていた。
あたしは医者じゃないから正確な死亡予定時間を割り出す事は出来なかったが、少なくともアレは一、二時間持てば奇跡レベルの重症のはず。
あの後、他の人間と出会ってもアイツを介抱しようとする人間はおそらくほとんどいない。
なにしろ無理やり動かしたら、ソレだけでも死んでしまいそうなくらいの大怪我なのだ。
心根の優しい人間であれば安らかに死なせてやった方がマシ、という判断をおそらく下すはず。
どこかに飛ばされたという仮説も……というか既にコレは仮説とは呼べない。
SF小説では無いのだから、理知的な頭で考える場合こういう考えは取捨するべきである。
とはいえ……正直、コレが一番妥当な案なのが悔しい。
一応、ワープして来たのだからもう一度ワープされる可能性もあるにはあるのだ。
仕方ない、作戦変更だ。
ひとまず放送を待つ。月宮の死を確認する事が先決。
とりあえずはこの血生臭い場所を離れて――ッ!!
「……銃……声?」
聞こえた。確かに相当遠くだが北の方角から誰かが銃をぶっ放す音が。
独特の鼓膜に残響を刻み付ける火薬が爆発する音が響いた。
ゲームに乗った人間が誰かに攻撃したのだろうか。
さすがにこんな時間になってまで、出会った人間を誤射するような馬鹿が生き残っている可能性は低い。
つまりソレは明確な敵意を持って発射された、という事だ。
ふと腰に差したS&W M10が眼に入る。通称、ミリタリーポリス。
適当に和訳すれば軍人警察。
警察、市民を守り悪を退ける存在。
皮肉なものだ。
守るべき者の命をみすみす奪われ、修羅の道を歩む選択肢さえ脳内に浮かべている人間がコレを所持しているなんて。
すぐ側にはおそらくゲームに乗った人間がいるはず。
私はこの銃を何のために使う? 殺すため、守るため? どうすればいいのだろう。
「そうだ……じゃあ、こうしようか」