「はえ〜、よかったです・・・・・・」
ペタンと、尻餅をついたまま。佐祐理は小さく呟いた。
もう駄目だと思った、急いで駆けつけようとしたものの転んでしまった彼女はそこから再び立ち上がることができないでいた。
足が、自分の意思で動かせなかったのだ。
ガクガクと膝が笑い続けるのを抑えられなかった、緊張の中で佐祐理の肉体が迎えた限界というのはこうも早かったのだ。
奇声を発する少女は、ただただ撃たれた太ももを押さえながらのた打ち回るだけだった。もう攻撃してくる気配はない。
襲われていた女の子も、気を失ってしまっているだけでもう平気だろう。
その向こう、突如現れた長いストレートの黒髪を揺らす少女が、二人が争ってる際放心していた青年の下に駆け寄り彼の体を起こしているのが目に入る。
「大丈夫ですか、佐祐理さん」
ふと気づくと、音夢も隣まで近づいてきていた。
事が終わったのを確かめたからかだろうか。黒髪の彼女がそうしたように、音夢もまた佐祐理に対し手を差し伸べてくる。
「あはは、ありがとうございます・・・・・・でも、もうちょっと待って貰ってもいいですか?」
「どうかしましたか?」
「いえ、その・・・・・・足に、力が入らなくって」
あはは〜と、苦笑いを浮かべる。本当に格好の悪い話だった。
音夢もまた、ふふっと微笑んでいた。
恥ずかしい気持ちも勿論あったが・・・・・・ここにきて佐祐理は自分が一人じゃなかったという事実に対し、非常に安心感を持つようになっていた。
それは、この襲われた少女を助けようとする際自分一人では何もできなかったかもしれないということ。
焦ってしまい支給されたナイフに対し頭が回らなかった、でも音夢がいたからあの女の子のピンチに対応することができた。
・・・・・・いや、音夢自身は何もしていないが。それでも彼女と出会い、お互いの支給品を見せ合うことで佐祐理はあの行動を起こすことができたのだから。
それに、もし今へたり込んでしまっている自分の隣に誰もいなかったとしたら。それは、想像するだけで非常に心細く感じてしまう。
確かに疑っている面は勿論ある、でも今のところは全く問題なかった。
音夢というパートナーは、確かに佐祐理の人恋しく思う精神を癒す存在になっていた。
「そうですか。ではちょっと待っててください」
だが、そんな佐祐理の心理を知らないからか。
音夢は、今は起き上がれないという佐祐理を置いてそのまま倒れこむ二人の少女の元へと歩を進めたのだった。
・・・・・・彼女が何をしようとするのか、佐祐理は想像できなかった。
気絶してしまった方の女の子を助けるのだろうか、それとも傷を負ったあの少女を・・・・・・。
とにかく意図が分からないので、何も言えなかった。
だが、それでも口にすれば良かったと思う。
何でもいいから、疑問を。「何をするんですか」と、ちゃんと聞いていれば良かったと思う。
それは、後悔だった。
「ぎ・・・・・・ぎゃあああああああああああああぁぁああ!!!!!」
背筋を走り抜ける寒気、あまりのことに佐祐理は息をすることすら忘れてしまった。
ぱくぱくと、魚のように動かすだけの口からは音は漏れない。
その代わり、彼女の大きな瞳からいくつもの涙がこぼれ出してきた。
悲しいとかそういう類のものではなく、ただただ大きな感情の波が襲ってきたことに体が反応してしまっているという状態であった。
「・・・・・・ぁ、あぁぁ!!」
呆然と見やるのは佐祐理だけではなかった、その向こうの男女も・・・・・・あまりのことに、硬直してしまっているようだった。
周囲の人間が唖然とする中、場の中央だけが淡々と流れる時間を表していた。
そして、その中心にいるのが。他でもない、音夢だった。
彼女が今手にしているのは、奇声を上げた少女の持っていた包丁だった。
コンクリートの地面に転がっていたそれを無言で拾い上げ、音夢はそのまま寝転がる二人の少女へと向かった。こうするために。
「・・・・・・・・・!」
「・・・・・・・・・・・・!!」
最早、悲鳴すら聞こえなかった。いや、上げられないのだろう。
ひたすら無造作に振り下ろされるそれを、二人は受け入れるしかなかったのだから。
音夢は無言のまま淡々と、包丁を上下させる運動を繰り返し続けていた。
白いセーラーが赤く染まっていくのも、全く気にしていないようだった。
「双樹、ちゃん・・・・・・?」
孝之の目の前で、少女は肉塊へと変化させられていた。
守ると、言ったのに。結局何もできなかったけれど。
他愛もないおしゃべりの中で言った自分の一言が、孝之の頭の中でグルグルと周っていた。
そう、孝之自身は何もできなかったけれど、でも双樹は命がけの戦いに勝利したはずだった。
それがどうして。どうして、彼女は。
「ふう、これだけやっておけばもう充分でしょうね」
どうして、あのような残虐な仕打ちを、受けているのだろうか。
「何してるの、さっさと逃げないとこっちが餌食になるわよ!」
見知らぬ少女に腕を掴まれる、いつの間にこの子は現れたのだろう。
ああ、そうだ。双樹ちゃんが首を絞められている時、いきなり背後から現れたこの子が双樹ちゃんを救ったんだ。
今でも覚えている、目の前を飛んでいったナイフがあのボブカットの女の子に当たったのを。
かっこよかった、この子がいなければ双樹ちゃんは首を絞められてそのまま命を落としていたのだから。
・・・・・・ああ、なら大丈夫じゃないか。問題、ないじゃないか。
「そ、双樹ちゃんを助けてくれよ・・・・・・」
「はぁ?」
「もう一度、双樹ちゃんを助けてくれよ! 君ならできるだろ、さっきみたいにさ、ほらっ」
何故だろう、何故こんな、この子はこんな汚いものを見るかのような目で。俺を見るのだろう。
「いいから行くわよ、走りなさい!」
「・・・・・・や、だ」
「はぁ?」
「駄目だよ、だって双樹ちゃんが、双樹ちゃんが・・・・・・」
『白鐘双樹といって、双葉探偵事務所というところで助手をやってます。所長の恋太郎は凄い人なんですよ。だから安心して任せてください 』
孝之の頭の中ではにっこりと微笑んだ双樹が、今もその優しい笑みを孝之に向けていた。
強くて優しい、そして銃の扱いを教えてくれた双樹が。一緒に市街地を探索した、二人で色んな店を見て回ったあの双樹が。
「双樹ちゃん・・・・・・」
「・・・・・・」
瑛理子は、何も言わなかった。
ただ無言で、そのまま走り出した。孝之の腕を掴んだまま、あの場に残った人間に背を向け。
ぶつぶつと独り言を繰り返していたが、孝之もつられる形で足を動かしていた。
その歩みは決して早くないけれど、でも。
瑛理子は文句一つ言わず、ただ無言で走り続けていた。
でも、心中では。
(反吐がでるわ・・・・・・)
そんな毒づいた黒い感情が、徐々に広がっていくのを実感するしかなかった。
「何故こんなことをしたか・・・・・・そうとでも、言いたそうですね」
そして誰もいなくなり、場に残されたのは佐祐理と音夢だけになる。
立ち上がり包丁を投げ捨てた音夢は、そのまま周囲に落ちていた双樹のデザートイーグルと・・・・・・少し離れた場所に転がっていた、佐祐理の投げた自動砲を回収しだす。
音夢は作業を続けていた。佐祐理を見ようともせず、ただ黙々と。
「これからのことを考えた上で何をすればいいか、優先順位を自分でつけてみただけなんですよ」
「どういう、ことですか・・・・・・」
か細い、疲れきった声が返ってきて思わず噴出しそうになる。
「言葉の通りですが?」
笑みを湛えながら振り返ると、そこにはよろよろとしたものの何とか立ち上がっている佐祐理が目に入った。
「佐祐理さん、意外と行動力ありますよね。私びっくりしちゃいました、これなら一緒にいても頼もしいですよ」
また双樹の元へ戻り、今度は彼女のデイバッグを漁りだす。
「・・・・・・へえ、予備の弾まで用意されてるんですか。私よりもいい扱いされてますね」
出てきた二種類の予備弾、音夢は特に確認をすることもなくどんどん自分のデイバッグへとそれを移していった。
「これは・・・・・・」
地図やコンパスといった被っている支給品は投げ捨て、食料や水などの必需品も移し終えた後。
これが最後の荷物だろうか。それは、可愛らしい表情の描かれたマグカップだった。
いかにも女の子が好きそうなデザインだった、少し使用感のあることから元は誰かの持ち物だったのかもしれない。
「これは、いりませんね」
だが、音夢はたった一言でそれを片付けた。
そして、ぽいっと。コンクリートの地面の上にそれを。投げ捨てた。
無造作に。地図やコンパス、それに先ほど振るっていた包丁を投げ捨てたのと同じように。
その気軽さが、怖かった。
「では行きましょうか。・・・・・・それとも、私とも争います?」
ぞっとするような、問い。再び笑い出す膝に力を入れ直し、佐祐理は音夢と対峙し続けた。
この彼女のいきなりの変容が、何を指すのか。考えようとするものの上手く動かない思考回路が佐祐理の冷静さを奪っていく。
(どう、すれば・・・・・・)
音夢に対し仲間意識を持った矢先がこれだった。
しかし幸い、隠し持つナイフの存在は気づかれていない。ならやりようがあるかもしれない。
(・・・・・・でも、音夢さんは、拳銃を・・・・・・)
少し明けてきた空、薄ら寒さを今になって実感するがきっとそれは時間だけが関係しているわけではないだろう。
佐祐理に与えられた選択は二つ、頭痛が生まれる中佐祐理は懸命にどうすればいいか考えあぐねていた。
「どうぞ、好きにしていいですよ佐祐理さん。あなたに選択権を与えているのですから」
一方余裕を振りまく音夢は、そう言いながら今度はレナのデイバッグへと手を伸ばすのだった。
【B-3 新市街 1日目 黎明】
【二見瑛理子@キミキス】
【装備:無し】
【所持品:支給品一式 ノートパソコン(六時間/六時間) ハリセン】
【状態:健康、この場から逃げ去る】
【思考・行動】
1:孝之をつれて逃亡
2:殺し合いに乗らず、首輪解除とタカノの情報を集める。
【備考】
川澄舞、国崎住人、佐藤良美、杉並、園崎詩音、高嶺悠人、ハクオロ、芙蓉楓、古手梨花、宮小路瑞穂を危険人物を認識しました。
ノートパソコンのバッテリーはコンセントを使わない場合連続六時間までしか使用できません。充電によって使用時間は延ばせます。
ネット内のホームページは随時更新しています。
水澤摩央とは面識はありません。
二見瑛理子が見た物はネット上の「少年少女殺し合い、優勝者は誰だ!?」というホームページです。
現時点では何らかの制限で他のページへのアクセスは出来ません。
【鳴海孝之@君が望む永遠】
【装備:トカレフTT33 9/8+1 】
【所持品:ブロッコリー&カリフラワー@ひぐらしのなく頃に祭 空鍋&おたまセット@SHUFFLE! ON THE STAGE 支給品一式】
【状態:混乱】
【思考・行動】
1:双樹は本当に死んでしまった? いや、そんな訳あるはずない
2:死にたくない
【備考】
二人は東部へと逃げました。
【朝倉音夢@D.C】
【装備: S&W M37 エアーウェイト 弾数5/5 】
【所持品:支給品一式(水と食料×2) IMI デザートイーグル 10/7+1 IMI デザートイーグル の予備マガジン10 トカレフTT33の予備マガジン10 九十七式自動砲弾数7/7(重いので鞄の中に入れています)】
【状態:健康、佐祐理の出方を窺う、レナのデイバッグを漁る】
【思考・行動】
基本:純一と共に生き延びる
1・ことり、さくらを殺す
2・兄さん(朝倉純一)と合流する
3・殺すことでメリット(武器の入手等)があれば殺すことに躊躇は無い。
【備考】
目で見てすぐ分かるくらい、制服が血で汚れてしまっています
※S&W M37は隠し持っています。
【倉田佐祐理@Kanon】
【装備:スペツナズナイフ】
【所持品:支給品一式、だんご×30】
【状態:精神的疲弊、音夢をどうするか思案中】
【思考・行動】
基本:ゲームには乗らない。ただし、危険人物を殺すことには躊躇しない
1・舞や祐一に会いたい
【備考】
※ナイフはスカートの中に隠しています。
【白鐘双樹@フタコイ オルタナティブ 恋と少女とマシンガン 死亡】
【竜宮レナ@ひぐらしのなく頃に祭 死亡】
【備考】
レナの包丁は二人の死体傍に放置
瑛理子のコンバットナイフはレナの左肩に刺さったままです
空に月が浮かび、星々が広がっているいる深夜でありながらも、あちらこちらに設置されている街灯により明るく、完全なる『闇』という概念とは無縁な新市街の一角。
そこをメイドさんのような服を着た一人の少女が歩いていた。
彼女の名はエスペリア、ラキオス王国のスピリット隊に所属するグリーンスピリットにして永遠神剣第七位『献身』の使い手である。
――しかし、今彼女の手に握られている武器は永遠神剣ではない。なんの能力も持たないただの木刀である。
「――それにしても、本当にここは何処なのでしょう?」
この疑問を口にしたのはもう何回目だろうかと思いながらもエスペリアは月を見上げながら呟く。
――少なくとも周辺の建物などの文明レベルとマナの濃度の薄さ――といっても行動に支障をきたすほどではないが――からしてここがファンタズマゴリアではないということは間違いないのだが。
(やはりここはハイペリアなのでしょうか?)
普段と変わらないように見えるが、さすがの彼女も内心は僅かに混乱していた。
無理も無いだろう。異世界という概念はあったが、まさかスピリットである自身が異世界に飛ばされることになるとは思いもしなかったし、しかもその世界の人間にいきなり『殺し合え』などと命令されたのだから。
ほかにも、配られた名簿や地図等には見たことも無い文字がずらずらと書き並べられているのに、それを何の違和感も無く理解し、読むことが出来るという自分自身のこの不思議な状態。
――(ちょっと違うが)悠人がファンタズマゴリアに来たばかりの頃もきっとこんな心境だったのだろうか? そんなことを思いながらエスペリアは市街地の奥へと進んでいく。
同時に、この殺し合いにおいて自身はどうするべきか考えてみた。
まず、この殺し合いに乗るか、乗らないかを考えてみる。
スピリットである自分が人間たちと殺し合う――そんなことがはたして自分に出来るだろうか?
答えは否。無理だ。自身はスピリットである以上、人間を傷つけることなど出来るわけが無い。
この殺し合いの参加者はほとんどが人間だ。しかも皆あのタカノという女性の手により無理矢理参加させられている。おそらく、普段は戦場などというものとはまったく無縁の者たちなのだろう。
そのような者たちを自身の手でマナの霧にする――そんなことをするくらいならば自身がマナの霧になったほうが数倍マシである。
それに――殺し合いに乗るということは悠人やアセリアとも戦うということになる。
敵であった者が味方になり、味方であった者が敵になるということは戦場ではよくあることだ。だが、エスペリアにはそのような真似はどうしても出来なかった。
――――ならば、この殺し合いにおいて自身がやるべきことは決まっているようなものだ。
「私はスピリットである以上、この島にいる人々を一人でも多くお救いしなくては…………」
木刀を持つ手に軽く力を込めると、エスペリアはさらに足を進めた。
それから少し歩いたところで交差点に差し掛かった。
前方の信号には右に行くとプラネタリウム、左に行くと映画館、前に行くと役場方面と表記された看板が掛かっていた。
もちろん、エスペリアは信号がどのようなものか分かるわけがない。したがって看板だけに目が止まる。
どこに行くのが一番よいだろうか、と少し考えた結果、映画館という場所に行ってみようと思い、早速左――すなわち南へと足を進めるエスペリア。
「おんやあ? これはかわいらしい服を着たお嬢さんですなあ。しかし、信号は青になってから渡らなきゃ駄目ですよお、んっふっふ……」
「?」
その時、不意に人の声がした。
声のした方へ目を向けると、そこには一人の男が電柱を背に立っていた。
「何者です!?」
思わず、いつでも戦闘に移行できるように身構えるエスペリア。それを見た男はまあまあとエスペリアをなだめる様な動作を見せながら再び口を開く。
「私は決して怪しいものではございませんよ。私は××県警興宮警察署の大石蔵人というものです」
そう言うと大石というその男は警察手帳を取り出し、それをエスペリアに見せた。
――といってもエスペリアは警察手帳どころか警察というものが何なのかも分からないので、そう言った大石に対して「はぁ」と答えだけである。
「ですから私は自分から相手に危害を加えるような真似はしませんのでご心配なく」
またしても「んっふっふ」と笑いながら大石はエスペリアの方へ一歩、また一歩と近づいていく。
「――私も人間を傷つけるような真似はしたくありません。ですが……万一の場合、抵抗はさせて頂きます」
近づいてくる大石に対してエスペリアは木刀の剣先を彼の方に向け、警戒の意思を示す。
「おお、これはこれは。しかしですねお嬢さん、もし私が殺し合いに乗っていた場合あなたに声などお掛けしませんよ?
人前に姿を堂々と晒して殺人を犯す殺人犯なんていないと思いますがねえ?」
「…………確かに、言われて見ればその通りです。しかし、見知らぬ相手をそう易々と信じるほど私はお人好しではございません」
「そうですか…………。まあ、私は貴方にちょ〜っとあなたにお聞きしたいことがあっただけので、すぐに退散しますよ」
そう言うと大石はまた「んっふっふ」と笑った。
「そういえば、あなたのお名前を聞いておりませんでしたなあ。お名前は何とおっしゃるのです?」
「……エスペリアです」
「そうですか。ではエスペリアさん、早速本題に入りましょうか。私が聞きたいことは三つだけです。
まずはひとつ目ですが――――赤坂衛という男性、もしくは前原圭一という少年にお会いしませんでしたか?」
大石の口から上げられた二人の人間の名前――その内の一人の名前はエスペリアも聞き覚えがあった。
前原圭一――――確かあの時、タカノという女性と僅かばかりではあるが話しをしていた悠人と同年代の少年の名前だ。
「残念ですが、私はこれまでこの島では誰ともお会いしてはいません」
「そうですか……。では次の質問、あなたはこの殺し合いが始まった時、どこに飛ばされていましたか?」
「――ここです」
エスペリアは地図を取り出し、そう言ってある一箇所を指差した。
――――そこは図書館だった。
「ほう、図書館ですか……。ちなみに私が飛ばされたのはここです」
言う必要があるかは分かりませんがねえ、と付け加えながら大石は博物館を指差す。
「――――こんなことを聞いて、いったい何を考えているのですか?」
「いや……これは私の憶測に過ぎないんですが、この殺し合いの参加者の数は当初65名――そしてこの地図で記されているエリアの数は8×8の計64マスです。
もしかしたら、スタート時は各エリア一箇所につき参加者は最低一名配置されるのでは、などと思っていただけですよ」
大石のその言葉を聞いたエスペリアは、若干はっとすると同時に、その憶測は間違いではないかもしれないと心の中で思った。
そして、実は悠人やアセリアは自分がスタートしたエリアの近隣エリアに配置されていたのではないかなどともと考え、特に何も憶測せずにここまで来てしまったことに少し悔やむ。
「最後の質問に移ってよろしいでしょうか?」
「え? あ、はい……」
大石の声にはっと我に返り、エスペリアは返事をする。
「では、最後の質問ですが…………。ちょっとこんなこと聞くのも馬鹿馬鹿しいかもしれませんがねえ…………」
そう言いながら、大石はどこか苦笑いのような、そして気まずいような顔をする。
それから、数秒ばかりしたところで大石は口を開き、そして言った。
「――――エスペリアさん。あなた、死んだ人間が生き返るなんてことがあると思いますか?」
【D-2 新市街/1日目 黎明】
【大石蔵人@ひぐらしのなく頃に】
【装備:なし】
【所持品:支給品一式、ランダムアイテム不明】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本:不明
1:エスペリアから話を聞き情報を集める。
2:1の後、別の場所に行く。
3:赤坂衛、前原圭一と合流。
【備考】
※綿流し編終了後からの参加です。
【エスペリア@永遠のアセリア】
【装備:木刀】
【所持品:支給品一式、他ランダムアイテム不明】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本1:ゲームには乗らず、スピリットとして人間のために行動する。
基本2:人間と戦ったり、傷つけたくはないが、万一の場合は戦う。
1:死んだ人間が生き返る…………ですか?
2:大石との話が終わったら『映画館』という所に行ってみる。
3:悠人、アセリアと合流。
【備考】
※登場時間軸などは後続の書き手さんにお任せします。
涼宮遙はご機嫌だった。
見つけることすら出来ないと思っていた『マヤウルのおくりもの』が今この手の中にある。
探し物が見つかったとき、それもどれだけ探しても中々見つけられなかったものを手に入れられたときの喜びは一入だ。
快く譲ってくれたあの子には本当に感謝してもしきれないくらいだ。
その上、孝之もさっきの子がここにつれて来てくれるという。
今日はなんて良い日なのだろう。
『マヤウルのおくりもの』がここにあって、孝之も来てくれる。これ以上幸せな日が今まであっただろうか?
これはきっと神様からのプレゼントに違いない。
遙は背後の大樹に背を預ける。その状態から見上げた空にぽっかり浮かぶ月と輝く星々はとても綺麗で……。
ロマンチックな景色は遙の心をときめかせた
「孝之くん、早く来ないかなぁ……」
デートの待ち合わせの時のように胸が高鳴る。
孝之がここに来たらまずなんて声をかけようか? そんな考えばかりが頭の中を駆け巡る。
今の遙には自身の身体のことや現在地についてなど全く眼中に無かった。
ただただ孝之がここに来た後のことに思いを馳せていた。
それも仕方のないことなのかもしれない。
この場にいたのは『3年間の昏睡状態から目覚めた』涼宮遙ではなく、『高校3年当時の恋する乙女』の涼宮遙だったのだから……。
(孝之くんが来るまでどうしよう? 『マヤウルのおくりもの』を読む? うぅん、それは孝之くんが来るまで待ってよう。孝之くんが来たらそのときは二人で一緒に……)
そんなことを考えながらやがて遙は深いまどろみの中に落ちていった……。
◇ ◆ ◇
「……くっ、詰めであんなミスするなんて……お姉のこと言えた義理ありませんね」
園崎詩音は先刻の闘いにおける自身の行動を省みながらそう呟いた。
ベレッタ2丁と暗視ゴーグルという余りにも恵まれた装備だった上、あの女――つぐみが大した反撃を仕掛けてこなかった事も重なって、
自身に気に緩みが生じたのは否定できない。
その結果、致命的な隙を作り、あんな失態を演じる結果になってしまった。
あの時はつぐみがそのまま逃亡を図ったから良かったものの、更に何かしらの武器を隠し持っていたら確実に返り討ちに遭っていただろう。
頭に血が上ってつぐみへの呪咀の言葉を吐いていた時は深く考えられなかったが、
落ち着いて今思い返してみるとかなりヤバい状況だった事に気が付き、詩音は背筋が冷たくなるのを感じずにはいられなかった。
生きて帰るにはさっきのような失態は二度と許されない。
慎重且つ冷静な判断を下さなければならない。まず当面の問題は……。
「これからはどうしましょうかね……まさかこんなところにずっといるわけにはいかないし……」
呟きながら詩音は次の行く先をシミュレートする。
戦術的転進と称してここまで真直ぐ逃げてきたが、一行に森を抜ける様子はない。
まともな目印もないことから断定は出来ないが、山頂の方角を見るに現在地はこのC-4エリアだろう。
現在地と元来た方角から推測すると、先の戦闘ポイントは隣のB-4エリア内ではないだろうか?
少なくともあの女の行った方向だけは避けなくてはならない。
あの女が他の参加者と合流したら絶対私の事を洩らすに決まっている。
手の内もばれている上、徒党を組まれたら勝ち目はない。
(じゃああの女が逃げた方向は?)
つぐみがスタンドグレネード以外の武器を持っていなかったのは止めをささなかったことからも明白。
普通に考えれば他の武器を求めて新市街方面に向かった公算が高い。つまり、北か西……。
今、新市街に抜けるのは危険と見るべきだろう。
かと言って大半が森に覆われた島の南部に今すぐ行く気は起きてこない。
「ここは様子見に撤しますか……ん?」
と、その時、詩音の視界の片隅に何かきらりと光るものが草影から顔をのぞかせているのが映った。
(誰かがあそこにいる?)隠れているつもりなら余りにも御粗末だが、用心に越したことはない。
相手から見えないようさり気なくベレッタを構えつつ、詩音はちらと視線を送り、光沢の元を探る。
(あれか……)
見えたのは手押し車か車椅子らしき物体。が、それの持ち主と思われる人の気配はない。 否、よく耳を澄ませてみれば微かに寝息らしき音が聞こえてくる。
今の状況を考えるとこんなところで寝れる奴がいるとは思えない。 むしろ油断させるための罠と考えるのが妥当だが……
(確認してみる価値はありそうですね)
罠なら罠でいい、その時はベレッタで返り討ちにするまでだ。
詩音は足音を立てないように茂みに近付き、僅かな隙間からそっと覗き込んだ。
そこにいたのは一人の少女だった。
膝の上に絵本を載せ、大樹に寄り掛かりながら心地よさそうな寝息をたてて、その少女は眠っていた。
まるで陽なたぼっこをしながらそのまま寝付いてしまった子供のような、あどけない姿。
本来なら微笑ましい光景なのかもしれないが、まずありえないと断定した展開だった為に完全に毒気を抜かれてしまった。
「……いるんですねぇ、こういうの……お姉並み……いえ、それ以上に空気読めてませ…………」
言いかけて詩音は気がついた。その余りにも病的な体格に……。
よく見れば、辺りにはディバッグの他に薬と思われる錠剤の入ったビンなども散乱している。そして、例の車椅子。
(誰だか知りませんが、かなりの重病人のようですね……)
さらに言えば寝顔を見る限り現状を理解しているのかどうかすら危ういように思える。これはもう空気を読めないとか、そういうレベルではない。
普通の人間ならこんな娘まで参加させた主催の鷹野に対する怒りを抱いたり、少女の境遇に同情したりするところなのだろう。
だがしかし、詩音の考えはそれらとは全く異なっていた。
「これなら、手間はかかりませんね」
詩音は口元に笑みを浮べると、ベレッタの銃口をその少女――涼宮遙に向けた。
相手は眠っているのだから反撃も無ければ、悲鳴をあげることもない。
銃弾だって1発もあれば十分だろう。今ここで引き金を引けば、それで終わるのだ。ああ、なんて楽なのだろう。
「……」
でも何か違う気がする。寝込みを襲って一撃というのは極めて有効だと頭では分かっているが、どうもしっくりこない。
ムカつくぐらい安眠している今すぐ少女を叩き起こして、少しずつ痛めつけながらたっぷりと恐怖を味あわせ、
その表情が絶望に染まる様を愉しみながら嬲り殺しにする。そういうのの方が性に合っている気がする。
だが、ここは拷問道具には事欠かない園崎本家ではないし、反撃も出来ない病人に時間を割く余裕はない。
スピーディーに蹴りをつけるならこのまま夢の世界の中にいてもらった方が都合がいい。
「それじゃあお姉さん、おやすみなさい……って、そういえばもう寝てるのか」
嘲笑うような表情で詩音が引き金にかけた指に力をこめた、その時だった。その言葉とともに遙のがわずかに身動きしたのは……。
「……ん……たかゆき…くん……だいすき……」
(!?)
次の瞬間、辺りに一発の銃声が響き渡った。
◇ ◆ ◇
彼女の不幸は何所にあったのだろうか?
現状をまるで理解できなかったこと? こんなところで寝てしまったばっかりに詩音に見つかったこと?
否、それはたいした不幸ではない。あのまま順調に事が進んだのなら、遙は幸せな夢の中にいたまま、
地獄のような現状について知ることもなく、一撃で天に召されていたはずだ。
だが、その一撃を遙は回避してしまった。脳天を貫くはずだったその一撃を……。
銃声と耳を銃弾が僅かに掠めた事により遙は幸せな夢から引き摺り下ろされ、地獄の前に放り出されてしまったのだ。
「……ん?……あれ?」
銃声により(といっても遙自身その音が銃声だとは知らなかったが)遙は目を覚ました。
どうやら孝之を待っている間に眠ってしまっていたらしい。
寝起きでまだうっすらとしか見えない視界に誰かが立っていることに気がついたのはその直後だった。
「……孝之くん?」
だが、目の前ににいたのは孝之でもさっきの心優しき少女でもなかった。
そこにいたのは少女の皮をかぶった一匹の鬼だった。
「私にしては珍しく一撃であの世に送ってあげようとおもったのに……病人の分際で見事にコケにしてくれちゃいましたね……」
寝起き直後の上、余りにも突然の展開、遙には訳が分からなかった。
この少女が何者なのかも、なぜここまで憎悪に満ちた顔をこちらに向けているかも、言っている言葉の意味も……。
ただ本能的にこの少女――園崎詩音に対して恐怖を感じ取った遙は後ずさろうとして……出来なかった。
振り返った先にあったのは先程まで寄り掛かっていた大樹。
夜空を見上げる一等席や心地よい眠りを与えてくれた大樹が、障害物となって遙の前に立ちふさがっていた。
「余所見なんかしてる暇、あるんですか?」
「!?」
詩音の声に遙が再び振り返るより早く、右肩に焼けるような熱い感覚が走る。と、同時に衝撃で遙の身体は木の幹に叩きつけられていた。
もろにぶつけた背中の痛みを感じる前に、肩の焼けるような感覚が堪え難い激痛に
「いやあぁっ……ん!?……むぐぅ!?」
あまりの痛みに悲鳴をあげかけた遙の口に詩音は本来、食糧として支給された菓子パンを押し込んだ。
「んんっ!?……むうっ!?」
遙の決して大きいとは言えない口はビニールの包装に包まれたままのパンで完全に塞がれてしまった。
これでは悲鳴はおろかまともに声を出すことすら出来ない。
パン入り袋を取ろうと遙は無傷の左手を動かす。が、それを見逃す程詩音は甘くなかった。
「おっと、動いちゃダメでしょ、お姉さん!」
詩音は動かしかけた遙の左手を掴むと、遙の上に圧し掛かった。
それと、同時に銃口を押しつけられ、遙は恐怖のあまり震え上がる。
「あらあら、そんなに震えちゃって、別に人食い族じゃあるまいし、とって食いはしませんよ」
そんなことを言われたって銃を突き付けられた状態では到底信じられない。
このまま為すすべもなく殺されてしまうのではないか? 遙がそう思ったその時だった。詩音がその言葉を遙に投げ掛けたのは……。
「死ぬのは嫌ですか? 生き延びたいですか?」
普通なら何を当たり前のことを……と、言いたくなる質問だが、今の遙には生を掴み取るための唯一の光明のように思えた。
光明をチャンスにし、そしてこの地獄からの脱出に繋げるため遙は必死に首を縦に振る。
「ん〜、そうですねぇ……私もそんな冷血人間じゃありませんし……分かりました。見逃しましょう」
微笑みながら詩音が言った言葉に遙は心底安堵した。良かった。助かった。
緊張が一気に解け、強ばっていた全身から力が抜けていく……。
その直後だった、詩音の表情が天使の微笑みから悪魔の嘲笑に変わったのは……。
「……なぁんちゃって、やっぱりだめぇぇぇぇぇっっ!!!」
「!!!」
そのおぞましき声に遙が再び身体を強ばらせるより早く、詩音は引き金を立て続けに引いた。
◇ ◆ ◇
涼宮遙は生きていた。
純白のパジャマを自らの血で紅く染め、全身傷だらけの血塗れになり、起き上がることすらままならない状態たが、それでもまだ生きていた。
何発の銃弾を撃ち込まれたのかは分からない。
初撃の右肩を手初めに両足と腰の脇を撃たれたのは確実だが、それ以降は痛みが激しすぎてよく覚えていない。
最低5発は撃たれたはずだが、それでもまだ生きているのは運が良いと言えよう。
全身から死んでしまうのではないかと思える程の激痛に耐えず襲われる状況は決して幸運とは言えないが……。
「うわっ、大して使えるものありませんね。こりゃ……」
遙にしこたま銃弾を撃ち込んだ詩音は遙のディバックを漁っている最中だ。
もう遙の事など眼中にもないらしい。
逃げるなら今のうちなのだろうが、もともと足がまともに動かせなかった身である。
しかも、足と肩に銃撃を受けた今の状況ではまともに動く事すら出来なかった。
口に押し込まれていたパンはいつの間にか外れていたが、声をあげる余力も気力も遙には残されていなかった。
と、その時、遙の視界にあるものが映った。
「……『マヤウルのおくりもの』……?」
おそらく、最初に撃たれて倒れた時に膝から落ちたのだろう。草むらに埋もれるようにそれはそこにあった。
まわりの雑草が盾代わりとなったのか土埃が多少付いている以外、泥も血飛沫も付いていなかった。
遙は全身の痛みすら忘れて『マヤウルのおくりもの』に右手を伸ばす。
撃ち抜かれた右肩が悲鳴を上げるが遙は手を伸ばし続けた。
ようやく手に入れた『マヤウルのおくりもの』
孝之が来たら二人で見ようと決めていた『マヤウルのおくりもの』
それだけは手放したくなかった。手元に置いておきたかった。だから遙は必死になって手を伸ばした。
ゆっくりだがじりじりと遙の手が近づいていく……。
あと10センチ……
「ん〜やっぱり使えるのはこの果物ナイフ位ですかねぇ……」
あと5センチ……
「あんまりいい収穫とは言えませんがよしとしましょう」
あと3センチ……
「さて、それじゃあ……」
あと1センチ……
「やった……届い……」
「死んでください」
刹那、背後から詩音の声と共に軽い音が聞こえ……遙の意識は消失した。
遙の伸ばした手が再び『マヤウルのおくりもの』に触れることは、無かった。
◇ ◆ ◇
「う〜ん、やっぱりこういうときは銃ってやり難いですね。ワザと急所を外すのもそうですけど、無駄弾が多すぎで……」
ベレッタのマガジンを交換しながら詩音は誰にとも無く呟くと、遙の屍には目もくれずその場を後にした。
【C-4 森/1日目 黎明】
【園崎詩音@ひぐらしのなく頃に祭】
【装備:ベレッタM92F×2(9mmパラベラム弾15/15+1,10/15+1】
【所持品:支給品一式、予備マガジン×9 果物ナイフ 暗視ゴーグル】
【状態:やや疲労 視力低下中】
【思考・行動】
1:ゲームに乗って元の世界に帰る。特につぐみは絶対に殺してやる。
2:身を休ませる場所を探す。
3:圭一達部活メンバーは殺したくないが邪魔をするのであれば殺す。
【涼宮遙@君が望む永遠 死亡】
[残り58人]
【備考】
薬及び車椅子、『マヤウルのおくりもの』は死体の傍に放置されています。
水澤摩央は民家の一室で、ぐったりと床に倒れ伏す少年――朝倉純一を眺め下ろしていた。
と言っても、純一は死んでいる訳では無い。麻酔薬の効果で眠っているだけだ。
純一を昏睡させ楓を取り逃した後、摩央は遠くから響いてきた爆発音を聞き取り、慌てて民家の中へと移動したのだった。
一度は人を殺す覚悟を決めた摩央だったが、寝ている人間を問答無用で殺すのは少々気が引ける。
そもそもこのゲームで生き延びる方法は、人を殺す事だけに限られはしないのだ。
勿論自分はゲームから脱出出来るなどとは思っていないし、最終的には優勝を勝ち取るつもりだ。
しかし――だからと言って、序盤から積極的に戦闘へと身を投じる必要は欠片も無い。
それよりも寧ろ、人数が減ってくるまでは善良な人間の皮を被り、集団に身を紛らせて保身に走るべきだ。
どれだけ多く人を殺した所で、自分が死んでしまっては何の意味も無いのだから。
そして善意の参加者を装うには、自分が襲撃してしまった人間へのリカバーが必須となるだろう。
芙蓉楓は既に走り去ってしまったし、話し合う事は不可能だ。
となると、残された手段は一つ。純一を懐柔し、摩央の無実を証明して貰うのだ。
楓がいくら摩央の悪評を吹聴して回った所で、被害者である筈の純一自らが弁護を行ってくれれば問題無い。
だからこそ摩央は純一を敢えて殺さず、説得を試みようとしていたのだった。
「さて、始めるとしますか」
ぼそりと呟くと、摩央は手にしたバケツを持ち上げて、その中身を勢い良く純一の顔へとぶっ掛けた。
「――ぶはっ!?」
直後、顔面に大量の水を浴びせられた純一が、奇声を発しながら上半身を起こす。
「おい音夢、いくら何でもこんな起こし方する事無いだろ!? かったり……?」
純一は顔をぶんぶんと横に振って、水を跳ね飛ばし――目の前にいる摩央と目が合った。
「おはよう朝倉君。お目覚めは如何かしら?」
「――へ?」
状況がまるで把握出来ていない、といった様子の純一に対し、摩央が臆面も無く語り掛ける。
「さっきは悪かったわね。その……私も怖かったのよ」
「……………?」
純一としては、まずは状況の把握が最優先だった。何故このような場所にいるか、まるで分からない。
まずここは自分の部屋では無いし、目の前にいる女性も音夢ではない。
混乱する心を落ち着かせ、冷静に冷静に思考を纏めてゆく。
(えーと……確かいきなり殺し合いをしろって言われて、それから楓と出会って……)
そうだ、自分は楓と出会った後、今目の前にいる水澤摩央を見つけ、そして――
自分が何をされたか思い出した瞬間、純一は傍らに置いてあったデイパックを拾い上げていた。
「クッ――!」
「キャッ!?」
そのまま力任せにデイパックを振り回し、摩央に向かって殴り掛かる。
摩央は咄嗟の反応で真横に飛び退き、鞄の中に隠し持った鉄扇に手を添えながら、大声を上げる。
「ちょっと待ちなさいよ! 私は話し合おうと……」
「うっせえ、もう騙されねえぞ!」
純一は摩央の言葉を途中で遮ると、そのまま踵を返して部屋を飛び出した。
右手に見える玄関に駆け寄り鍵を開け、一目散に外へと躍り出る。
そのまま勢いを緩めずに、ただひたすら夜の住宅街を走り抜けてゆく。
(クソッ、こんな所で死んで堪るかよ!)
あの女は友好を装い自分達に接近してきて、突如裏切り銃を放ったのだ。
何故撃たれた筈の自分が生きてるかは分からないが、今はそれよりも逃げ延びるのが重要だ。
――話し合い?
冗談も大概にしろ。どうせまた何か良からぬ事を考えているに決まってる。
折角拾ったこの命をむざむざと差し出すつもりなど毛頭無い。
このゲームに乗った人間……しかも、騙まし討ちを行おうとしている人間は確実に存在する。
自分が思っていた以上に、この島は危険地帯と化しているのだ。
ならばこんな所で死ぬ訳にはいかない。仲間を――特に、音夢を絶対守ってやらなければならない。
妹は身体が弱いから一番心配だというのもある。だがそれ以上に、今の自分には音夢を守ってやりたい理由が存在する。
数日前、自分は音夢と初めて口付けを交わした。
それはぎこちなく、子供っぽいキスだったが、信じられないくらい暖かいものだった。
幸せだった。音夢の好意にはとうの昔から気付いていたが、ようやく自分も同じ気持ちを持てたのだ。
長い年月を経て二人の気持ちは、一つになった。ずっと一緒に過ごせると思っていた。
それなのに突然、こんな残酷な殺し合いの舞台へと放り込まれたのだ。
(そうだ……俺達はまだ始まったばかりじゃないか。こんな所で終われるかよ!)
だから純一は駆けた。何としてでも生き延び、妹を、そして他の仲間も守る為に走り続けた。
――純一が走り去った後の室内。
「あーもうっ……ホント、最悪!」
摩央は己の失敗を悔いていた。まさか話し合いをする暇すら与えられないとは思わなかった。
優男に見えたあの純一がいきなり攻撃を仕掛けてくるとは……完全に予想外だった。
これで確実に自分の悪評は広まってしまうだろうし、集団に紛れ込むのはもう絶望的だ。
こんな事になるくらいなら、最初から躊躇わずに殺しておいた方が良かっただろう。
しかし後悔先に立たずという諺もあるように、悔やんでも仕方ない。
こうなった以上は単独行動を基本とし、人を殺し続けて優勝を掴み取るしかないだろう。
新たな武器――鉄扇は純一が寝てる間に奪い取っておいた。
麻酔銃自体には殺傷力が無いが、相手を眠らせさえすれば、後はこの鉄扇で喉を切り裂いてやればよい。
人の身体を切り裂くなどといった行為は、とても気の進むものでは無いが、もうそうも言っていられない。
自分は何としてでも生き延びて――光一の所へと帰らなければならないのだから。
少女は決意を新たにし、ゆっくりとした足取りで民家を後にした。
* * * *
懺劇の舞台となった、新市街地。無機質なコンクリートの上には、闘争の犠牲者達が横たわっている。
そんな中で勝者の座を勝ち取った朝倉音夢は、元は竜宮レナの物であるデイパックを漁っていた。
ポケットの中にある銃をいつでも取り出せるよう気構えだけは怠らず、しかし外面上は余裕を保ちながら口を開く。
「もう、早く選んでくださいね? 私に協力するか、それとも――ここで無駄死にするかを」
「協力とは……具体的に何をしろと言うんですか?」
倉田佐祐理は震える声で、しかし要点を外さずに返答した。
――ここで軽率な判断は絶対にしてはならない。
スペツナズナイフの存在に気付かれていない以上勝算はあるが、何も戦う事だけが打開策ではない。
決戦を挑むのは、相手の意図を完全に把握してからでも遅くは無いのだ。
「簡単ですよ。泥棒猫――芳乃さくらと白河ことりの退治を手伝ってくれれば良いんです」
「…………」
予想通り……やはり音夢は、芳乃さくらと白河ことりを殺すつもりだ。
しかしそれだけなら別に自分には関係無い。問題はもっと別の所にある。
「それだけですか? 他の参加者の方々を殺せ、とは言わないんですか?」
それが一番の問題だった。音夢が優勝を狙うつもりなら、川澄舞や相沢祐一も危険に晒される。
それだけは絶対に許容出来ない。たとえここで刺し違えようとも、阻止しなければいけない。
音夢は少し目を細めて、それからあくまで軽い調子で言った。
「ええ、今の所そんなつもりはありませんよ。この人達を殺したのは武器が欲しかっただけですし、これだけあればもう十分ですからね」
戦利品をたっぷりと詰めたバッグを肩に架け、満足げな笑顔を浮かべるその姿に、佐祐理は心底寒気を覚えた。
もうこれ以上この場に居たくない。相手の狙いが分かった以上、一秒でも早くこの場を離れたい。
「そうですか。なら佐祐理は――三つ目の選択肢を選びます!」
「――!?」
佐祐理は沸き上がる衝動に抗おうとはせず、すぐに踵を返して走り出した。
こんな女と一緒にいては、いつ寝首を掻かれるか分かったものではない。協力するのも、ここで戦うのも御免だった。
「……佐祐理さん、よほど死にたいらしいですね」
音夢は眉を吊り上げ、しかし口元は笑みの形に歪めたままで言葉を紡ぐ。
大量に装備が手に入った以上、音夢はもう銃弾の消費を惜しむつもりは無かった。
あっという間に遠ざかってゆく佐祐理の背中に向けて、音夢はS&W M37を放つ。
しかし所詮素人に過ぎない音夢の狙いは甘く、銃弾はあらぬ方向へと飛んでいった。
撃鉄を起こし、今度はしっかりと狙いをつけて引き金を絞る。
それでも身体の中心部を撃ちぬく事は出来なかったけれど、佐祐理の肩口を掠めたのが分かった。
佐祐理は肩を抑えて呻いていたが――足だけは決して止めなかった。
そのまま佐祐理は角を曲がり、建物の向こうへと消えていった。
音夢は後を追うか一瞬迷ったが、止めておく事にした。
身体の弱い自分が走った所で、どうせ追いつけないだろうと判断したからだ。
佐祐理の生死などどうでもいい。ここで起きた出来事を吹聴されても問題無い。
純一なら、見知らぬ他人をいくら殺しても、最終的にはきっと許してくれる。
兄にとっては他人などより、妹の事の方が何倍も大切に決まっている。
しかし――『あの女』が相手の場合は別だ。
『あの女』を殺す場面を目撃されてしまった場合、純一は決して自分を許してはくれないだろう。
音夢はもう佐祐理の追撃に固執せず、数日前の出来事へと思いを巡らせた。
卒業パーティーでミスコンが行われたあの時。
純一は自分の懸命な呼び掛けを振り切って、さくらと共に何処かへ行ってしまった。
自分はミスコンなどに興味は無い。ただ純一にもっと見て欲しかっただけなのに……兄の目は、こちらを見てなどいなかった。
今まで兄の横にいるのはずっと自分だったし、それはこれからも続く筈だったのに。
純一の心は泥棒猫、芳乃さくらが完全に盗み取っていってしまったのだ。
そんな事、許せない――許せる訳が無い。
あの女は窃盗罪を犯した。ならば相応の報いを与えてやる必要がある。
当然軽い懲罰で済ますつもりなど微塵も無い。この世で一番大事な兄の心を奪った罪は、死を以って償わせる。
自分の居場所は、自分の手で取り戻すのだ。
そして音夢にとっては、犯罪者予備軍である白河ことり。
あの女も放っておけば、兄の心を奪おうとしてしまうかも知れない。
犯罪は未然に防ぐのが肝要なのだから、今回の好機に乗じてことりも始末しておくべきだ。
目撃者は残さない。秘密裏に、迅速に、目的を成し遂げてみせる。
「そうよ……誰にも兄さんは渡さないんだからっ……!」
静まり返った市街地の中に、少女の暗い――どこまでも暗い声が、響き渡った。
【F-4 住宅街 1日目 黎明】
【水澤摩央@キミキス】
【装備:麻酔銃(IMI ジェリコ941型)】
【所持品:支給品一式 麻酔薬入り注射器×4 H173入り注射器×5、ハクオロの鉄扇@うたわれるもの】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:何としても生き延びる
1:他の参加者と出会ったら躊躇わずに殺すが、無茶はしない
【備考】
麻酔銃について。
装弾数は1で、一回一回のコッキングが必要になります。
注射器について。
麻酔の効力は約一時間程度。
H173は雛見沢症候群を引き起こす劇薬ですが、摩央はH173自体が何の薬だか分かっていません。
【F-4 住宅街 1日目 黎明】
【朝倉純一@D.C.P.S.】
【装備:無し】
【所持品:支給品一式 エルルゥの傷薬@うたわれるもの オオアリクイのヌイグルミ@Kanon】
【状態:体力消費小、焦り】
【思考・行動】
基本行動方針:人を殺さない
1.まずはもっと離れた所へ逃げる。
2.何としてでも音夢を探し出して守る
3.ことり、さくら、杉並を探す。
4.楓も可能なら探したい
5.殺し合いからの脱出方法を考える。
6.水澤摩央を強く警戒
【備考】
芙蓉楓の知人の情報を入手している。
純一の参加時期は、音夢シナリオの初キス直後の時期に設定。
純一の逃げた方向は後続の書き手さん任せ
【B-3 新市街 1日目 黎明】
【朝倉音夢@D.C】
【装備: S&W M37 エアーウェイト 弾数3/5 】
【所持品@:支給品一式(水と食料×3) IMI デザートイーグル 10/7+1 IMI デザートイーグル の予備マガジン10 トカレフTT33の予備マガジン10】
【所持品A:出刃包丁、コンバットナイフ、九十七式自動砲弾数7/7(重いので鞄の中に入れています)】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本:純一と共に生き延びる
1・何としてでも泥棒猫のさくらを殺す
2・犯罪者予備軍であることりも殺す
3・兄さん(朝倉純一)と合流する
4・殺すことでメリットがあれば殺すことに躊躇は無い。
【備考】
目で見てすぐ分かるくらい、制服が血で汚れてしまっています
音夢の参加時期は、さくらルートの卒業パーティー直後の時期に設定。
【B-3 新市街 1日目 黎明】
【倉田佐祐理@Kanon】
【装備:スペツナズナイフ】
【所持品:支給品一式、だんご×30】
【状態:体力消費小、右肩軽傷、精神的疲弊】
【思考・行動】
基本:ゲームには乗らない。ただし、危険人物を殺すことには躊躇しない
1.まずはもっと離れた所へ逃げる
2.舞や祐一に会いたい
3.朝倉音夢を強く警戒
【備考】
※ナイフはスカートの中に隠しています。
佐祐理の逃げた方向は後続の書き手さん任せ
「ふぅー、堪能した堪能した〜☆」
「・・・・・・」
そう言って、霧夜エリカは揉みしだき続けていた坂上智代の乳からやっと手を離した。
「やっぱりおっぱいはいいわね。おっぱいは人の心を潤してくれるわ、リリンの生み出した文化の極みよ」
「・・・・・・」
「どうしたの、ともりん。感じすぎてイっちゃったかしら?」
「!! ふざけるなっ」
顔を真っ赤に染めた智代が、自身の胸部を両手で隠すようにしながら怒鳴り返す。
ワナワナと全身を振るわせるその姿、さながら小動物のような愛らしさにエリカはニンマリとした笑みを浮かべた。
そして、そのまま追い詰めるかの如く智代への急接近を再び図ろうとする。
「んもう、気持ちよかったくせに〜。素直にならない子はもう一度ぉ・・・・・・」
「も、もういい! 来るな」
逃げ腰になって後ずさりする智代、そのまま足をとられ尻餅をついてしまう様子の一部始終をエリカはじっと見つめていた。
あまりに愉快。滑稽。そして・・・・・・可愛らしい、そんな形容詞がお似合いな智代をどうやらこの姫様は大層気に入られたらしい。
「あっはははー! ごめんごめーん、ともりん可愛いんだもん。からかいすぎちゃったわね」
「くそっ、こんな屈辱初めてだ・・・・・・」
しょぼくれて身を竦める智代の姿を笑い飛ばしながら、エリカはちっちっちっと人差し指を振り止めとばかりに言ってのける。
「違うでしょ? こんな快感、初めてでしょ♪」
もう、智代は何も言えなかった。
さて。気を取り直したところで、二人はやっと今後についての話し合いをし始めた。
「なるべく人がいる所がいい、エリカの知り合いが行きそうな所はあるか?」
「うーん、対馬君達が行きそうな場所ねぇ・・・・・・どうなんだろ、私普段あの子達と個人的に遊びに行ったりしないから分からないわ」
お手上げといった風に両手を上げるエリカ、親友である佐藤良美が向かいそうな場所というのも彼女は思いつけなかった。
一方智代はというと、何故か苦虫を噛み潰したような表情でじっと地図を睨みつけていた。
「ともりん?」
さすがにおかしいと思ったのか、すかさずエリカが声をかける。
ビクッと大きく肩を震わせた後、智代はゆっくりと視線をエリカに合わせながら、口を開いた。
「・・・・・・一人、心当たりがあるんだ」
「何々?」
相変わらずの難しい顔、微妙な雰囲気を保ったままの智代は薄くつけられたランタンの明かりの中で、見合っていた地図の左下を徐に指差した。
エリカも顔を近づける。どうやらそこは、何かの施設のようだった。
「温泉?」
「・・・・・・」
「何でまた・・・・・・ああ、成る程・・・・・・」
「聞くな、何も聞くな!」
手をポンッとつき、納得といった感じで頷くエリカの様子を見ていられないのか、智代はがっくりと地面に手をつけ勝手に落ち込みだす。
悪いヤツではないんだ、多分・・・・・・そんなフォローを口にする彼女、エリカはこれまたニンマリと微笑むと智代に近づき耳打ちした。
「もしかして、朋也君?」
「と、朋也はあんな変態とは違う!」
「あ、そうなの? まぁ、誰でもいいんだけどね」
とりあえず今思い描けるのは、温泉だったら智代の知り合いが向かうかもしれないというというあやふやな情報だけだった。
エリカ自身特に希望の行き先があったわけではないので、そこに不満がある訳ではない。
いや、むしろ。彼女の場合、期待の方が上回っていた。
(ん〜、温泉ねぇ・・・・・・っということは)
温泉 → お風呂に入るなら、勿論裸になる → おっぱい見放題キャッホウッ!( ゚∀゚)o彡゜
「いいわね、早速行きましょう! さっさと行きましょうっ!」
いきなりやる気が全開になった姫様の様子に、智代が訝しげな視線を這わす。
しかしエリカはそんなものを全く気にすることなく、素早くランタンを片付け座り込んでいる智代の腕を取り無理矢理立ち上がらせるのだった。
「善は急げってね、行くわよともりんっ」
「お、おい、何なんだいきなり」
「ん? いやーね、ともりん美乳をお目に出来るチャンスがあるなんて、もう超ラッキーって感じ♪」
「な・・・・・・っ?!」
あんぐりと口を開いて放心する智代を無視し、エリカはさっさと歩き出す。
軽やかな足取り、智代は彼女といること自分の貞操が危ないのではと今更ながら不安に思うのであった。
「ほら、ともりん。さっさと行くわよ〜・・・・・・ニヤニヤニヤニヤニヤ」
「そ、その顔を止めろっ!」
智代の道は、前途多難である。
【D-4/1日目 時間 深夜】
【霧夜エリカ@つよきす】
【装備:スタンガン@ひぐらしのなく頃に】
【所持品:支給品一式、十徳工具@うたわれるもの】
【状態:健康。乳ハンター】
【思考・行動】
1:智代と行動を共にし、仲間の捜索。
2:くだらないゲームをぶっつぶし、主催者を後悔させる。
3:( ゚∀゚)o彡゜オッパイ!オッパイ!
【備考】坂上智代と情報を交換しました。
十徳工具の機能:ナイフ・コルク抜き・+ドライバー・−ドライバー・LEDライト・糸通し・栓抜き・ハサミ・ヤスリ・ルーペ
【坂上智代@CLANNAD】
【装備:FNブローニングM1910 6+1発(.380ACP)】
【所持品:支給品一式、ランダムアイテム不明】
【状態:健康。エリカのペースに乗せられっぱなし】
【思考・行動】
1:エリカと共に朋也を始めとした知り合いの捜索
2:ゲームからの脱出
【備考】霧夜エリカと情報を交換しました。
FNブローニングM1910:女性の護身用拳銃としてよく用いられている。ちなみに、ルパン三世の峰不二子、鋼の錬金術師のホークアイ中尉などが使用している。
【備考】
二人はB-7・温泉へと移動を開始しました
二挺拳銃の女――園崎詩音から辛くも逃亡を果たしたつぐみはいつしか森を抜け市街地に出ていた。
コンパスの指し示す北の方角と背後――南南東にそびえる山の頂を地図に照らし合わせると現在位置はB-3エリアあたりなのだろうか。
街は一切人の気配が感じられないのに関わらず、街灯だけが煌々と闇を照らし出していた。
「電気代がもったいないわね……」
ひとりごちるつぐみ、人がいないのにどこか生活臭がするある種異様な風景。
街は食べかけの朝食やカップに入ったままのコーヒーを残して船員全てが忽然と消失したマリー・セレスト号をつぐみの脳裏に思い出させていた。
つぐみは道の路肩に駐車している車に注目する。
普段なら白いチョークが引かれ違反キップが切られている、何の変哲のない白い乗用車。
もしかした乗れるかもと思い近づくがドアはしっかりとロックされていた。
「持ち主の人には悪いけど……」
つぐみは曲げた肘を窓ガラスに打ち付ける。割れた窓ガラスは粉々になって車内に散乱した。
打ち付けた左腕がかすかに痛む、治りかけの肩の傷が疼いていた。
やはりキュレイウィルスの力は消滅していない、時間をおけばこれぐらいの傷は勝手に治癒される。
「大した化け物よね私」
自嘲めいた笑みを浮かべ、車内を散策する。
が、結局めぼしい物はみつからず、キーが無いのではエンジンも動かせない。
つぐみは車の調査を早々に打ち切ってこの場を後にしようとした。
その時だった。
『あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは』
突如街に木霊する甲高い女の声。笑い声。
それは哄笑といったレベルじゃない、狂笑。もはやまともな人間が上げる声の質を大きく逸脱している。
つぐみは車の陰に隠れて全身の神経を周囲の情報収集に集中させる。
しかしこの周囲に人の気配は感じられず。だがどこで?
絶叫さらに銃声。何者かが交戦、近い。またさらに銃声。悲鳴。悲鳴。悲鳴。大体の方角は掴んだ。
そして――静寂。
※ ※ ※ ※ ※ ※
つぐみがその場所にやって来た時は既に大勢が決した後だった。
電柱とゴミを入れたポリバケツの間に隠れ、惨劇の後を伺う。
むせ返るような血の臭い、その中心に佇む二人の少女と二つの肉の塊。
黙々とハイエナのように死体を漁る少女。
その光景をただ呆然と見つめる少女。
二人は何か会話をしている。
耳を澄ませ会話の内容を聞き取ろうとした。
『……とは……を……しろと……ですか?』
『簡単…………と……良い……す』
小声でぼそぼそと話しているようで何を言っているかまではさっぱりわからない。
だがこれ以上は近づくと向こうにも気づかれる。さてどうしたものか――
すると突然、片方の少女が猛スピードでこちらに駆け出して来たのである。
まずい、見つかった!?
身構えるつぐみ、その後に響く二発の銃声。
もう一人の少女が放った物だ。
駆け出した少女は電柱の陰に隠れるつぐみに目もくれず、交差点の角を曲がり街の闇の中へ消えて行った。
「仲間割れ……かしら」
つぐみは消えた少女を追うことなくその場にしゃがみ込んでいた。
あの二人に何があったのか気になるところだが、いつまでもここに居てはいられない。
早くここから立ち去ろう、そう思い立ち上がって足を動かした時――
ガンッ!
勢いあまった足が。
勢いよくゴミが満載のポリバケツにヒット。
「しまっ……!」
当然ながらバランスを崩したポリバケツは、派手な音とゴミを撒き散らしながら転がっていった。
「誰ッ!?」
少女の声、今度ははっきりと聞こえる大きな声。
まずい完全に気づかれた。
距離にして約十五メートル、近い。背中を見せて逃走する?
答えはNO、背後から撃たれる。再生力が弱い現在、下手に被弾はしたくない。
「出て来なさい、そこの電柱の陰にいるのはわかってるんだから」
怒気と殺気を孕んだ少女の声。
「……私を見逃してくれるの?」
正直に現在の気持ちを少女に伝える。
「あなたの言動次第ですね」
なるほど……問答無用と言う訳では無いらしい。交渉の余地はあり、か。
「わかったわ……今の私はほぼ丸腰なの、別にあなたをどうこうするつもりはさらさらないわ」
「なら、手を上げてそこから出て来なさい。……変な仕草を見せたら撃ちます。あっ荷物はそこに置いてて下さいね」
「しょうがないわねえ……これでいい?」
雲に隠れていた月が再び夜空に浮かび上がると同時につぐみは電柱から姿を現す。
両手を上げ少女の前に姿を見せる。
月光が少女を青く照らし出したその光景につぐみは息を飲んだ。
少女の足元に転がる二つの肉塊――おびただしい量の血の海に沈み絶命している二人の少女。
そして二人分の返り血を浴び、真っ赤に染まったセーラー服を身に纏いこちらに銃を向けている少女の姿があった。
「ゆっくりとこっちに来なさい……っとそこで立ち止まって背中を見せて」
つぐみは少女から約五メートル離れた位置に立ち止まらせられる。
そして背中を向けた。
「よろしい、じゃあ幾つか質問をしますね」
「3サイズは秘密よ」
「ふざけないで、本当に撃ちますよ?」
彼女は本気、まあ当然だ。既に二人の人間を殺害してるのであるから。
「あなたの名前は?」
「小町つぐみ」
「目的は?」
「探したい人がいるの、名前は倉成武。それとこの島からの脱出」
「いつからここに?」
「街中でおかしな笑い声と銃声が聞こえたからここに。来た時はあなたが死体を漁っていた所ね」
彼女の神経を逆撫でさせないように正直に尋問に答えて行く。
武なら要らないこと言って殺されてしまうのがオチだろう。
「これで気が済んだ? そろそろその物騒なモノを下げてくれない?」
「あなたが不審な行動をとらないのであれば」
「銃を持っている相手と無闇に戦うほど私は無茶はしない、何かしたら遠慮なくズドンとどうぞ」
――もっとも一発や二発の弾丸で死ねるような身体ではないが。
「それに今のあなたは私の話に聞く耳を持ってくれている。つまりある程度私の話を信用してくれてるのでしょう?」
「……わかりました。前を向いてもいいです」
音夢は銃を下ろしつぐみに前を向くように促す。
彼女の許可を受け、つぐみは振り向き彼女を見据える。茶色のショートカットの髪と鈴の付いたチョーカーと、元は白かったであろう紅いセーラー服が特徴的な少女だ。
とても人を殺すような人間には見えなかった。
「あなたの名前は? 私だけ名乗るのも不公平でしょう」
「……朝倉音夢」
「合歓?」
「漢字が違います! 音に夢と書いてね・むです」
「……変わった名前ね」
「大きなお世話です!」
顔を膨れっ面にして怒る音夢、どことなく可愛らしい仕草。自然と警戒レベルが下がりそうなのを堪えるつぐみ。
「ねえ」
「何ですか?」
「さっきまでの出来事を覗き見しといてなんだけど……あなた、私と組まない?」
つぐみの口から出た言葉、それは音夢にとってあまりにも突拍子のない提案だった。
「つぐみさん……あなた」
音夢の殺気が膨れ上がる。
たった今、倉田佐祐理に裏切られた彼女にとってあまりにふざけた提案。
「別に『仲間』になろうなんてこれっぽっちも言うつもりはないわよ。私が言ってるのはお互いの目的の遂行のため、お互いを利用し合おうと言いたいの」
「私の目的を知らないのにそんな事を?」
「じゃあ教えてもらえる?」
音夢は歯痒かった。
二人の少女を殺した人間に向かって臆すること無くこの女は堂々としているのだろうか?
さっきの女――倉田佐祐理はどうだ。自分に恐れを成して逃げ出した。
面白い……なら自分の目的を素直に話してつぐみを試してやる。これでつぐみが自分に恐怖を感じたら即殺してやる。
音夢は唇の端を歪めてつぐみに言った。
「兄さんを探しているの、名前は朝倉純一、目的は彼と一緒に生き延びること。それと――」
音夢の声のトーンが下がる。それは地獄の底から響く亡者の声。
「私から兄さんを奪った泥棒猫二人を――殺してやる」
音夢の瞳が闇色に染まる。憎悪、殺意、怨念、呪詛に囚われた瞳。
さあ小町つぐみ私を恐れよ、恐れを抱いて死ね。
「へえ……なるほど……美しい兄妹愛だこと」
だがつぐみは恐れることも無く目を細め含み笑うだけだった。
「何が……可笑しいんですか」
「あなたが誰を殺そうと止めるつもりはないわ、肝心なのは私の敵ではないことよ。今の所私の目的とあなたの目的は対立しない、ならお互いを利用し合ったほうが生き延びられる確率が上がるんじゃないかしら?」
「あなたは……私を怖いとか狂ってるとか思わないのですか」
「別に、私は人殺しなんてダメ! なんてヒューマニズムを唱えるつもりは無いから、それに狂ってるだの狂ってないのだの所詮は第三者の客観的な視点。自分が狂ってないと思えばそうなのよ。それともあなたは自分が狂ってるとお思いで?」
「さあ? しかしつぐみさんもなかなかの悪人ですねえ。私の殺人を見逃そうなんて武さんが聞いたら悲しみますよ」
「あなたこそ既に二人を殺しさらにもう二人殺す、それもお兄様の知り合いを。きっと彼は悲しむでしょうね、ふふふふ」
二人の雰囲気が若干、和やかなムードに切り替わる。
音夢は思う、倉田佐祐理の時のように仲間と言いつつお互いの腹の中を探り合うぐらいなら――
「あはははは、良いですよつぐみさんせいぜい利用してあげますから、囮と弾避けぐらいには役に立って下さいね。用済みになったら殺してしまうかもしれませんよ」
最初からこうやって利用し合うと宣言したほうが後腐れが無いのではと。
「それはお互い様、私に寝首を掻かれることなんて無いようにね、音夢」
そう言って二人は左手を差し出して握手をする。
右手では無く左手、それはお互いの利害が対立すれば容赦なく敵対する意思表示。
仲間とは到底言えない関係、お互いが利用する物とされる者。
※ ※ ※ ※ ※ ※
「しかし……派手にやったわねえ……」
つぐみは音夢の足元に転がる死体を見て、改めて現場を凄惨さを感じていた。
「ここに来る前、変な笑い声を聞いたけどあれって音夢の声?」
「失礼ですね! 私がそんな声出すわけないじゃないですか。この人よこの人!」
音夢はがんっがんっと足元の少女の死体を何度も蹴り上げる。
固まりつつある大量の血液が跳ね、音夢に返り血となって付着する。
「酷い顔ね。どうしたらこんな表情になるのかしら? あなたが無茶苦茶に殴ったんじゃないの?」
「違いますー最初からこんな顔で現れたんですー」
少女の顔は醜く歪んでおり、この世のものとは思えない凄まじい形相をしていた。
「そう言えば自分のこと『レナ』って呼んでました。『あははははは駄目だよ駄目だよ! レナを撃つ? 撃つ? 違うね、それはあなたの意志じゃなくて宇宙人が与えた指令なんだよ!
可哀想可哀想、レナが早く解放してあげる。その支配からの脱却っ、あはははは! 楽にしてあげるからね、すぐだよすぐ!』って叫びながら」
「何よそれ、変な薬でもキメてたんじゃない」
「かもしれませんね」
「こっちの娘は?」
つぐみはもう一方の少女を見る。レナと同じく血の海に沈んでいるがその顔は穏やかでまるで眠っているかのようだった。
「最初に私と交差点の角越しに睨み合っていたんです。お互いが動けない一触即発な状態な時に――この女が現れたの」
「この子――『双樹』と呼ばれていたと思います。この女――『レナ』の足に一発弾を当てて安心したのかそのまま気絶してしまいました。
その後動けなくなった二人を私が仕留めました。『レナ』を殺すのは当然として『双樹』も私と敵対する可能性がありましたもの、後方の憂いを絶つという意味で」
二人を殺したことへの罪悪感は微塵も感じられない口調で、音夢はさらりと言ってのける。
「どうしましたつぐみさん? 少し顔色が悪いんじゃないですか?」
「いいえ、音夢が相当な悪党だということを再確認しただけよ。それより『双樹』と呼ばれていたって……あなた達以外に誰かここにいたの?」
「はい、知らない男の人と女の人。おそらく『双樹』の同行者だろうと」
知らない男女……つぐみは男が武ではないかと思ったが、その推測は音夢の言葉によって打ち消された。
「彼女が私に殺されている間、何もできずに呆然としていた上もう一人の女に手を引かれて逃げ出したヘタレです。兄さんの足元にも及ばない男です」
どうやらそれは武では無いようである。いや武であるはずがない。
武ならきっと自分の命を賭してまでこの少女を救い出そうとするだろう。それがあの男の性分だ。
「もしかしてつぐみさんの探してる人だったりしますか?」
「そんな訳ないでしょう、私の武をそんなヘタレと一緒にしないで」
鳴海孝之はヘタレである――それが二人の共通認識だった。
哀れ孝之、頑張れヘタレキング。
「さて、いつまでもここに居ていられませんよね。そろそろ移動しませんか? 私は東の森から来たんですけど……」
「私は南の森から来たわ。だけど南の森は行くのはやめといたほうがいいと思うわ」
「どうしてですか?」
音夢の質問につぐみは園崎詩音に襲われた時の状況を思い出しながら答えた。
「あなたと出会う前に一度襲われてるの。二挺拳銃と暗視ゴーグルを持った女、あなたと違って話し合いすら応じずいきなり仕掛けてきたわ。おかげで肩に鉛弾をプレゼントされてしまってね」
そう言ってつぐみは服の袖を捲り上げ、肩の傷口を見せた。
傷口にはべったりと乾いた血液が付いており、その中心は確かに抉られたような痕があった。
「え……撃たれたって……でもそれほとんど治りかけじゃ……」
混乱する音夢。まあ当然だろう、銃で撃たれた傷が数時間で治るなんてありえない。
「詳しい説明は省略するわ、そのほうがロマンチックだし。簡単に説明すると私の身体は普通の人間と比べて異常なまでに自然治癒力が高いの」
つぐみは自らの呪われた身体について簡単に説明をする。
「本当ならこの程度の傷、数分で治るところなんだけど……どういうわけかこの島に連れて来られてから傷の治りが遅い」
「それが本当なら……くすくす、つぐみさんも人が悪い。そんな隠し玉を持ってるなんて」
本当に囮と弾避けには持って来いじゃないか。音夢は唇を歪める。
「あなたに銃を向けられても一発や二発喰らいながら取り押さえることができたけど……再生力が落ちている状態で危ない真似はしたくなかったの。それに治ると言っても当たれば当然滅茶苦茶痛いんだから」
音夢は感情に任せてつぐみを撃たなかった事に安堵の息を吐いた。
撃っていたら間違いなく敗れていたのは自分だろう。
つぐみを殺す時は豆鉄砲では無く、双樹から奪った大口径の銃を使うことにしよう。
「私を殺したかったらマグナム銃か象撃ち用ライフルでも持ってくることね。もっとも、背中を見せて逃げる相手を仕留められなかったあなたにそれを扱えるとは思えないけど」
つぐみは音夢の心の中を見透かしたかのように言葉を綴った。
「その時はその時に考えますよ。それでつぐみさん? そんな二挺拳銃からよく逃げられましたね」
「相手の油断もあったけど……とりあえずあれのおかげね」
つぐみは電柱の脇に放置されているデイパックを指差した。
「取って来てもいいかしら?」
「どうぞ……背中を見せた瞬間撃つかもしれませんよ」
「一発で頭を狙える技量を持っているならどうぞ。外したら終わりよ?」
「あはは、そうですね。つぐみさんみたいな化物相手に戦いを挑むつもりはありませんよ。あなたには盾としての利用価値がありますから」
つぐみは背中で音夢の言葉を聞きながら地面に置かれたデイパックを担ぎ上げた。
音夢も攻撃を仕掛けてくる様子は無い。つぐみはアスファルトの路をしっかり踏みしめながら戻ってきた。
「手榴弾ですかこれ?」
「いいえ、音と光で相手を怯ませるスタングレネード。殺傷力は無いけど戦闘能力を封じるのには十分よ」
「そんな危ない人がうろついてるなんて……その女も殺すリストに追加ですね」
自分の事を棚に上げて兄の心配をする音夢。
「音夢、あなたも危ない人だから」
すかさずつぐみのツッコミが入る。
「う〜〜〜、酷いです。そんなことより早くここから移動しましょ。ね、つぐみさん」
つぐみは荷物をまとめ足早に立ち去ろうとする音夢に声をかける。
「どうでも良いけど……その格好なんとかしたほうが良いんじゃない?」
「え!?」
つぐみの言葉で音夢は今自分がどんな姿をしているか気がついた。
セーラー服を赤黒く染めた異様な姿。
「あーーーっ! こっこんな姿兄さんに見られたらどうしよう〜〜〜〜!!!」
「まずは服を探すのが先決ね」
こんな妹を持ってしまった朝倉純一に同情したつぐみだった。
【B-3 新市街 1日目 黎明】
【小町つぐみ@Ever17】
【装備:スタングレネード×9】
【所持品:支給品一式 天使の人形@Kanon】
【状態:健康(肩の傷はほぼ完治)】
【思考・行動】
基本:武と合流して元の世界に戻る方法を見つける。
1:ゲームに進んで乗らないが、自分と武を襲う者は容赦しない(音夢の殺人は黙認)
2:音夢を利用する(朝倉純一の捜索に協力)
3:音夢の服を探す。
【備考】
赤外線視力のためある程度夜目が効きます。紫外線に弱いため日中はさらに身体能力が低下。
参加時期はEver17グランドフィナーレ後。
【朝倉音夢@D.C】
【装備:S&W M37 エアーウェイト 弾数3/5】
【所持品1:支給品一式 MI デザートイーグル 10/7+1 IMI デザートイーグル の予備マガジン10 トカレフTT33の予備マガジン10】
【所持品2:出刃包丁 コンバットナイフ 九十七式自動砲弾数7/7(重いので鞄の中に入れています)】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本:純一と共に生き延びる。
1.何としてでも泥棒猫のさくらを殺す
2.犯罪者予備軍であることりも殺す
3.純一に危害を加えるであろう者も殺す
4.兄さん(朝倉純一)と合流する
5.殺すことでメリットがあれば殺すことに躊躇は無い
6.つぐみを利用する(倉成武の捜索に協力)
7.服を探す
【備考】
目で見てすぐ分かるくらい、制服が血で汚れてしまっています。
音夢の参加時期は、さくらルートの卒業パーティー直後の時期に設定。
今のところつぐみを殺すつもりはありません。
【備考】
二人の行き先は後の書き手さんに任せます。