陽ノ下光本スレ裏25

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929名無しくん、、、好きです。。。:2006/06/18(日) 16:55:55 ID:F/FpuABd
>>927の続き

「あ。あなた水無月さんでしょ? 光ちゃんから聞いてるわ。」
「初めまして。」
琴子は礼儀正しく頭を下げる。
「そうだ、これから3人でお昼にしましょうか?」
「はい!」
光は嬉しそうにうなずく。一人っ子の光は華澄のことを本当の姉のようにしたっていた。
そして華澄もそれに応えてきてくれた。
「あ、私は遠慮しておくわ。2人でも積もる話でもあるでしょうから。」
「もう琴子ったらあ。そんなの全然気にしなくていいって。」
「そうよ。光ちゃんのこととか、いろいろ話聞きたいな。」
「ですが……。」
「あ、あの……華澄さん!」
ためらいがちの声に光が振り返ると、向こうから主人公が匠とともに歩いてきていた。
930名無しくん、、、好きです。。。:2006/06/18(日) 17:03:42 ID:F/FpuABd
>>929の続き

「……?」
華澄は「誰?」というように主人公を見ていたが、すぐはっと目を見開き、
「あー! ひょっとして○○○!?」
それまで一転とした高い声をだした。
「はい、お久しぶりです。」
主人公は気づいてもらえて嬉しいのか、ほっとした表情をする。
「えー信じられない! どうしてこの学校にいるの?」
「あ、高校に入ったとき、またこの町に越してきたんです。」
「へえー、ほんとびっくりしちゃった。大きくなったわねー。」
言いながらしげしげと見つめる華澄に、主人公は照れくさそうに鼻をかく。
931名無しくん、、、好きです。。。:2006/06/18(日) 17:18:30 ID:F/FpuABd
>>930の続き

「初めまして、○○○君の友人の坂城匠です。」
匠がさりげない動作で会釈した。
「……えーと華澄さん、よかったらでいいですけど、これから一緒に昼ゴハン食べませんか?
匠の奴が話したいってうるさくて。」
「おいおい、誤解を招く言い方はやめてほしいなあ。
俺は、お前が華澄先生に会いに行こうとしてたところにたまたま同伴させてもらっただけなんだからな。」
事実なのだろう。匠が言うと、主人公はまた照れた仕草をする。
それを、光はじっと見ていた。
「ちょうどよかったわ。今光ちゃんともその話をしてたのよ。だから、みんなで行きましょ?」
「あ、そうですね。」
「……光。」
「あ、ねえ、琴子も行こうよ?」
「……ええ、やっぱり一緒に行くわ。」
琴子は主人公のほうをちらりとみて言った。
932名無しくん、、、好きです。。。:2006/06/18(日) 17:23:09 ID:J86aKDqJ
陽ノ下光の私が総理大臣になったら・・・秘書水無月琴子。
933名無しくん、、、好きです。。。:2006/06/18(日) 17:32:02 ID:F/FpuABd
>>931の続き

「──それじゃあ、華澄先生の趣味って何ですか?」
サンドイッチを片手に匠が訊ねる。あからさまにメモ帳を広げたりするといった野暮なことはしない。
記憶して、あとで記すのだ。
光たちは中庭の芝生に座って、それぞれの昼食を広げていた。『美人の教育実習生』である華澄を独占しているので、
周りにいる生徒達の中には羨ましそうな目をしている者も少なからずいる。
「ピアノとドライブかな。」
懐かしいと喜んで買った学食の菓子パンを食べながら華澄が答えた。
「ピアノですか! いやあ、いいですねえ。ピアノが弾ける女性って素敵ですよ。
そういうのに男はつい、グッときてしまったりするんです。」
「ふふ、ありがと。」
「でも華澄さんって、何やっても上手ですよね。」
手製の弁当をつついて光が言う。
934名無しくん、、、好きです。。。:2006/06/18(日) 17:40:36 ID:F/FpuABd
>>933の続き

「スポーツもだし、料理だって。小さい頃はあやとりとか、いろんな遊びも教えてくれたなあ……。」
そう、華澄はなんだって出来るのだ。そしてそれが嫌味にならないということまで兼ね備えた、
世の中にはそういう人もいるんだと納得させられてしまう、そんな人なのだ。
自分は何ひとつかなわない、と光は思う。
「よく俺に光にクッキーとかケーキとか焼いてくれましたよね。」
実用重視の四角い弁当箱を手に、主人公が思い出すような顔をする。
「そうそう! 2人で楽しみにしてたよね〜!」
「うまかったよなあ……あれよりおいしいクッキーって、俺まだ食べたことないですよ。」
「もう、○○○君大げさよ。」
「へえー、それはぜひ食べてみたいなあ!」
匠が割り込んで、有無を言わせないテンポで詰め寄る。
935名無しくん、、、好きです。。。:2006/06/18(日) 17:48:58 ID:J86aKDqJ
陽ノ下光の恋
936名無しくん、、、好きです。。。:2006/06/19(月) 13:24:03 ID:1XGrUYIe
#2 小さな公園(2)
>>934の続き

「ねえ。華澄先生、よかったら作ってきてくださいよ。そうだ、明日にでも!」
「この学校たしかお菓子の持ち込みは禁止じゃなかったかしら?」
さらりとかわした華澄に、匠も「やられた」という苦笑いを浮かべた。
因みに、バレンタインデーとホワイトデーは特例として、チョコに限り持ち込みが許可されている。
「そういえば、あの鐘はまだ壊れたままなの?」
華澄がふっと時計台を見上げた。
「華澄さんがいた頃からだったんですか?」
光が訊ねると、華澄は懐かしそうな、少しはほろ苦い目をしてうなずく。
937名無しくん、、、好きです。。。:2006/06/19(月) 13:32:30 ID:1XGrUYIe
>>936の続き

「私が3年生のときまでは鳴ってたのよね。ほら、あの鐘って伝説があるじゃない?」
「『卒業式に告白してできたカップルがあの鐘の祝福を受けると、永遠に幸せになれる』
ってやつですよね?」
「うん。それで私達もけっこう楽しみにしてたっていうか、意識してたところがあったんだけど……
学年末テストの最終日だったかな、急に壊れちゃったの。」
「何が原因だったんですか?」
「それはわからなかったの。でも、もうじきってときだっただけに、口には出さなかったけど友達とか、
しゅんとしてる子もいたな。」
「そうだったんですか……。」
「実際のところどうだったんですか、あの伝説って。ほんとにそれでカップルは幸せになってましたか?」
匠の質問に華澄はさあ、と微笑んだ。
938名無しくん、、、好きです。。。:2006/06/19(月) 13:41:41 ID:1XGrUYIe
>>937の続き

「でも鐘が鳴ったら、祝福されたんだって思ったら、その2人はきっとお互いの関係を大事にしようとするんじゃないかな。
そういう意味で、伝説は成就されてるんだって私は思うけどね。」
「……。」
その華澄の言葉を聞いて、光は伝説の鐘を見つめる。
いつもと変わらず沈黙している金色の鐘は、やわらかくなった陽を浴びて、
ただ漠然とした優しさだけを漂わせていた。
──鳴らないかなあ……。
「でも本当に華澄さんはすごいですよね。」
話題を変えるように主人公が言う。
「教師になりたいっていう夢をちゃんと実現したんですから。」
「え?」
主人公の言葉が聞こえなかったというように華澄が振り向く。
「俺がガキの頃、話してくれましたよね。教師になりたいって。」
「そうね。そうだったかな。」
「………。」
939名無しくん、、、好きです。。。:2006/06/19(月) 13:49:04 ID:1XGrUYIe
>>938の続き

主人公と華澄の間だけの話があったことに、光は今更のショックを受けた。
「それを言うなら光ちゃんと○○○君もよ。小さい頃よくかけっこしてたけど、
2人とも陸上部に入ってるなんて。」
「えへへ、そうなんです。」
「まあ、なんというか……。」
「○○○君ったら昔、光ちゃんをしょっちゅうおいてけぼりにして泣かしてたわよねー?」
華澄がからかうように首を傾げて訊くと、主人公は目をそらす。
「今もあまり変わってないかもしれませんよ。」
和食で固めた弁当を手に、琴子がさらりと言った。
940名無しくん、、、好きです。。。:2006/06/19(月) 14:01:21 ID:1XGrUYIe
>>939の続き

「あら、そうなの? 困ったわねぇ。」
「いや……まあたしかに、光にはいろいろ迷惑かけてますが……。」
「聞きたいんだけど、○○○君には当時、華澄先生のことをどう思ってたの?」
──琴子っ!
光が肘でつついたが、琴子はあからさまに気づかないふりをする。
「か、華澄さんのこと……?」
主人公の顔が赤くなる。
──あ……。
「そりゃ、こんな綺麗なお姉さんが近くにいて、憧れないほうがおかしいよな〜。」
匠が代弁するように言って楽になったのか、俺はうなずいた。
「あ、ああ、そうだな……。」
「へぇ〜、そうだったの?」
華澄が「お姉さんちっとも知らなかったわ。」という、わざとらしい微笑みをする。
941名無しくん、、、好きです。。。:2006/06/19(月) 14:10:38 ID:1XGrUYIe
>>940の続き

「じゃあ、今はどうなのかしら?」
──琴子っ!!
光はさらに強くつついたが、琴子はそしらぬ顔で、主人公を見ている。
「……そうだな、今は……。」
──今は……?
「小さい頃の、甘くはかない思い出ってやつだよな〜? うんうん、その気持ちはよ〜くわかるよ。」
主人公はうつむいたまま黙っている。
「ふ〜んそう、今は違うんだー。ちょっと残念だな。」
「えっ!?」
光と主人公が同時に華澄を見る。
「ふふ、な〜んてね。冗談よ。」
華澄は本音の読めない笑顔で言ったあと、自分の腕時計を見た。
「……あ、ごめん。そろそろ授業の用意があるから先に行くわね。」
そう言って華澄は立ち上がる。
「じゃ、またあとでね。」
手を上げて歩いていく華澄を見送りながら、光はちらりと主人公を見る。
主人公はその視線に気づかず、遠ざかる華澄にずっと手を振っていた。
942名無しくん、、、好きです。。。:2006/06/19(月) 14:20:16 ID:1XGrUYIe
>>941の続き

放課後の職員室で、華澄は実習生日誌をつけていた。
実習3日目。やってみると、教育実習というのは大変な反面かなり面白いものだった。
何より教える立場という感覚が新鮮なのだと思う。
「………。」
だが、華澄はそこで溜め息をついてしまう。
「あの……。」
華澄が振り返ると、そこに女生徒がプリントの束を抱えて立っていた。
「プリント持ってきたんですけど、先生は……?」
華澄を担当している教師のことだ。
「今ちょっといらっしゃらないんだけど、私が伝えておくから置いといて。」
華澄が言うと、その少女は助かったという表情で机に束を置く。そして、
「へえー、こういうの書くんですね。」
華澄のつけていた日誌を覗き込んだ。
943名無しくん、、、好きです。。。:2006/06/19(月) 14:29:05 ID:1XGrUYIe
>>942の続き

「あ、見ちゃだめよ。」
「すいません。私もこういうのやりたいなって思ってるんで、つい。」
「こういうのって、教育実習のこと?」
「はい! 私、先生になるのが昔からの夢なんです。」
そう言って、少女は屈託のない笑顔を見せる。
「そう……。」
「やっぱり先生もそうなんですよね?」
「えーと……そうね。」
「ですよねー! 今日先生の授業聞いたんですけど、すごくわかりやすくてよかったんです。
だからきっとそうなんだろうって。」
「…………。」
「じゃ、失礼しました。頑張ってくださいねっ。」
明るい微笑みを残し、少女は職員室から出ていった。
それを見送ってから、華澄は机の上に視線を戻す。そしてペンを取って……それを置いた。
「…………。」
溜め息とともに日誌を閉じ、華澄も職員室を出た。
944名無しくん、、、好きです。。。:2006/06/19(月) 14:38:34 ID:1XGrUYIe
>>943の続き

──嘘だ。
夕日の射し込む音楽室を前に華澄は思う。
そしてふらつくような足どりでピアノの前に座り、鍵盤に触れ、
殆ど無意識にショパンの「幻想即興曲」を奏で始める。
『昔からの夢を実現したんですよね』
主人公の声がよみがえる。
──違う。
そんなことを言った記憶が今はぼんやりよみがえっているが、それはおそらく適当に言ったことなのだ。
鍵盤のタッチが強まり、曲が本来流れる雰囲気から逸脱していく。
ただ、感情をぶつけがなり立てているような、聴いている者を不快にさせる演奏だ。
──現に、私は思っていなかった……。
教師になることが、それが夢であると思ったことはなかった。
──なかった!!
その途端華澄は自分の立てている音のひどさに気づき、はっと手を止める。
音楽室がしんとなった。
945名無しくん、、、好きです。。。:2006/06/19(月) 14:43:31 ID:c17z4jVq
陽ノ下光のそこまで言って委員会
946名無しくん、、、好きです。。。:2006/06/19(月) 14:52:45 ID:1XGrUYIe
>>944の続き

「………。」
華澄は鍵盤を置いたままの手をじっと見つめている。
──なんとなくだった。
昔、主人公に言ったことが無意識にあったのかもしれない。
まるで当然のように大学への進学を選びその資料を見ていたとき、教育学部が他のものより少しよさそうに感じてという、
それだけのことだったのだ。
『華澄さんって、何やっても上手ですよね』
光の言葉がよみがえる。
自分は昔から何をやってもそこそこにこなせた。
だがこのピアノにしたって、音大に行けば自分よりうまい人がきっと何人もいる。
他の、どれにしても。それは結局、何もできないのと同じなのだ。そうなった理由はわかっている。
焦点がないのだ。
自分にできることは、ただ何をやっても『問題のない、いい子』。
そんな最近よく聞く肩書きが、まさに自分のことなのだ。
947名無しくん、、、好きです。。。:2006/06/19(月) 15:00:22 ID:1XGrUYIe
>>946の続き

親と学校の期待に応え、そのとおりに進んで、そしていつか破綻するのだろうか。
「なんでもできる」と尊敬の眼差しで見てくる光のほうこそ、華澄はうらやましいと思う。
彼女はずっと、ひとつのものを目指して走り続けているように見えるからだ。
そのひたむきさが、まぶしい。
華澄は思い余って鍵盤を叩いた。
整った音が穴の開いた消音壁に吸い込まれていく。
「…………。」
こんなときまできちんと和音を押さえてしまった自分に、華澄は苦い笑みを浮かべた。
「……華澄さん?」
振り向くと、戸口にたまたま通りかかったらしい主人公が立っている。着ているのは陸上部のユニフォームだ。
948名無しくん、、、好きです。。。:2006/06/19(月) 15:05:21 ID:c17z4jVq
陽ノ下光の憂鬱
949名無しくん、、、好きです。。。:2006/06/19(月) 15:13:57 ID:1XGrUYIe
>>947の続き

「あ、これからクラブなの?」
華澄は咄嗟に普段の顔をして訊く。
「ええ。ピアノ弾いてたんですか?」
「うん。ちょっと気が向いてね。」
すると、主人公は何かを思い出した様子で、
「そうだ、昔よく弾いてもらってた曲がありましたよね? なんて言ったっけ……。」
「えーと……『獅子王の行進』?」
「あ、そんなタイトルでしたね。久しぶりに弾いてくれませんか?」
「ふふ、いいわよ。」
言って、華澄は再び鍵盤に向き合った。
そしてダンダッダッダッと、弾むメロディーを奏で始めた。
ボワンッ……バラランッ……。
まもなくミスタッチを連発し、華澄は演奏をやめる。
「華澄さん……?」
「ごめんねー、今日調子悪いみたい。」
華澄は、軽い笑顔で言った。
950名無しくん、、、好きです。。。:2006/06/20(火) 10:47:24 ID:Euac9wFC
#2 小さな公園(3)
>>949の続き

また今度、大学にでも遊びにいらっしゃい。
そんな言葉を光に残し、華澄は実習時間を終えてひびきの高校を後にしていった。
2週間の実習のうちに華澄はすっかり生徒達の人気者となり、
別れの際には本気で名残を惜しむ生徒も少なからずいた。
光は日課である風呂上がりのストレッチをしながら、華澄のことを思っている。
──華澄さん、きっといい先生になるだろうな。
光は華澄の実習が終わった寂しさ以上に、そのことを嬉しく思っていた。
そして、同時に安堵していた。
主人公は今でも華澄のことが好きだと思っていたから、
また幼い頃のようにつらい気持ちにさせられてしまうのではないかと恐れていた。
だが、どうやらそれは思い過ごしになりそうだ。
両手の指で足のつま先に触れながら光がつい頬をゆるめたとき、電話の呼び出し音が鳴った。
ストレッチをやめ、光は子機を取る。
951名無しくん、、、好きです。。。:2006/06/20(火) 10:54:20 ID:Euac9wFC
>>950の続き

「はい、陽ノ下ですけど。」
「あ……光か? 俺、○○○だけど。」
──あ。
光の鼓動が高鳴る。
「君が電話かけてくるなんて珍しいね〜。 で、どうしたの? 何か用事?」
別になくてもかまわなかった。
光はしゃがんで受話器を取った姿勢のまま動かずにいる。
『あのさ、明日からの連休、部活休みだろ?』
「うん。」
『それで、明日なんだけどさ……』
──明日?
「う、うん。」
『……ちょっと、付き合ってほしいんだ』
952名無しくん、、、好きです。。。:2006/06/20(火) 11:00:14 ID:Euac9wFC
>>951の続き

──!!
ばくん! と心臓が膨らんだ。
『もしもし……?』
「あ、うん、いいよ! それでどこ? どこに行くのかな? 時間は?」
感情の整理がつかないまま言葉が滑っていく。
──どこでもいい、いつでもいい……。
『ああ、ショッピング街に行こうと思ってるんだ。で……』
「うんうん!」
『それで、華澄さんへのプレゼントを一緒に買わないか?』
──え?
光は主人公の言葉を聞き取れなかったと思った。
が、それを否定するように胸の中は確実にひんやりと、冷たくなっていく。
953名無しくん、、、好きです。。。:2006/06/20(火) 11:03:23 ID:gBKnSWtd
陽ノ下光の楽しい夕食
954名無しくん、、、好きです。。。:2006/06/20(火) 11:11:53 ID:Euac9wFC
>>952の続き

『あさって華澄さんの誕生日だろ? 休みのうちは実際にいるっていうからさ、
だから……その、折角だしさ、2人で何か贈らないか?』
「そうだね?」
光の相槌は条件反射的なものだった。心はもう、凍りついてしまっている。
──やっぱり○○○君は華澄さんのこと……。
『でさ光、時間なんだけど……』
──そうだよね……。
『1時に広場集合ってことでいいかな?』
──やっぱり○○○君は……。
『……光?』
──今でも……。
『おい、光? もしもし?』
「えっ! ご、ごめん、何?」
『明日の1時に、広場集合でいいかな?』
「あ、うん……いいよ。」
光は淡い笑みを浮かべて応えた。
『そっか。じゃあ明日な』
「うん。」
そして通話が切れる。
「…………。」
話し中の音が鳴り出しても、光はそのままでいた。
955名無しくん、、、好きです。。。:2006/06/20(火) 11:22:03 ID:Euac9wFC
>>954の続き

文句のない秋晴れだった。
いつもならそれだけで嬉しくなってしまう晴れの日も、今の光にとっては澄んだ空の遠さがただかなしい。
その青空が、足を踏み入れたショッピング街のアーケードにぼやける。
ストライプのフロアがまっすぐに伸び、両脇に並ぶ店にはスペースのシンボルである旗が下げられている。
あちこちに植木やベンチが配置された、南欧の色彩を持つお洒落なスポットだ。
いったい何をしているんだろう。
お気に入りであるスポットを暗い顔で歩きながら、光は思う。
──華澄さんへのプレゼント……。
主人公は、本当は自分と一緒でなく一人で贈りたいのではないだろうか。
でも、それだと突然過ぎるから、こうして2人でという形を……。
956名無しくん、、、好きです。。。:2006/06/20(火) 11:30:30 ID:Euac9wFC
>>955の続き

──違う! 違う!
どうしてそんなことを考えてしまうだろう。勝手に思い詰めてしまうんだろう。
いつもの私らしくない。光はなんだか、自分が嫌になりそうだった。
そして、行けばつらいとわかっているのに、それでも主人公と会えることを楽しみにして、
こうして出てきてしまう自分が最もつらかった。
──○○○君?
待ち合わせた広場にいる主人公が、買い物袋を下げた白いエプロン姿の女の子と話している。
「あ、光!」
主人公がこちらに気づいて手を上げた。
光は気持ちをふるい立たせて、にこっと笑った。
957名無しくん、、、好きです。。。:2006/06/20(火) 11:38:26 ID:Euac9wFC
>>956の続き

「お待たせっ!」
「どうやらおじゃまだったみたいだね、ボク。」
エプロン姿の女の子が、ころころと愛らしい声で言う。
「あ、そんなんじゃ……。」
「いいって、いいって、キミも案外隅におけないね。」
言って、女の子は猫が目を閉じたときのような笑みで光を見てきた。
「だから違うって、茜ちゃん。」
主人公がなおも否定する。
──そうだよね、違うよね……。
光はなにげない表情をしながら、もう帰ってしまいたいという気持ちになっていた。
「まあ、何でもいいけどさ。じゃボクそろそろ行くね。またねーっ。」
そして女の子は重そうな買い物袋を抱えて通りの向こうへ歩いていった。
958名無しくん、、、好きです。。。:2006/06/20(火) 11:43:33 ID:gBKnSWtd
陽ノ下光のどっちの料理ショー
959名無しくん、、、好きです。。。:2006/06/20(火) 11:52:25 ID:Euac9wFC
>>957の続き

「……知り合い?」
主人公がいつまでたっても説明してくれないから、光はつい訊ねる。
「あ、クラスメイトなんだ。一文字茜ちゃん。」
──ちゃん付けなんだ。
「バイトの買い出しだったんだって。茜ちゃんそれで家計支えてるらしくてさ、ホントに偉いよな。」
「ふ〜ん、そうなんだ……。」
そう言った自分の声の低さに光は驚いた。
「……光?」
「あっ、ほら! 華澄さんの誕生日プレゼントを買うんだよね?」
「ああ。どこに行ったらいいかな? 俺、華澄さんが喜ぶものって何かわかんなくてさ。」
「う〜ん、ここはやっぱりファンシーショップかな。」
「え、そうなの?」
主人公が意外そうに聞き返す。多分アクセサリーとか、そういうものをイメージしていたのだろう。
960名無しくん、、、好きです。。。:2006/06/20(火) 12:04:12 ID:Euac9wFC
>>959の続き

「そうだよ。ほら、こっっちこっち!」
言って、光は駆け出した。
「お、おい光……っ。」
「アハハ! おいてっちゃうよ〜!」
光は笑いながら主人公を呼ぶ。何も考えなくてすむように、光は一生懸命はしゃぐことにしたのだった。
「……なあ光、ホントにここでいいのか?」
主人公は不安そうにパステルカラーの店内を見渡し、籐かごに入ったカエルのキーホルダーをつまむ。
その目は石ころでも見ているようだ。男にとっては退屈以外の何ものでもない場所なんだろう。
「いいの〜。華澄さんって、こういう可愛いのが好きなんだから。」
「ホントに?」
「あ〜疑ってる〜! いいよ別に、信じてくれないんなら。じゃあ他の店に行こっか〜?」
「あ、ごめんごめん。なんていうか、全然想像してなかったからさ……よし。」
言ったと同時に、主人公のグッズを見る目が真剣になる。
ひとつひとつ手に取って「む〜」とかうなって、いいと思えるものを探そうとしている。
961名無しくん、、、好きです。。。:2006/06/20(火) 12:22:00 ID:Euac9wFC
>>960の続き

「光、これなんかどうかな?」
「う〜ん。まあ、君がそれにするって言うんなら……。」
「あ、やめとく。えーと他に……はは、何だこりゃ。」
「私は可愛いと思うけどなあ。」
「そ、そうなのか? う〜ん。」
…………。
ころころ変わる主人公の表情を見つめながら、光はだんだんと悲しい気持ちになってきた。
主人公の迷う顔も、笑う顔も、意識も、表情も、全てプレゼントを選ぶことに──華澄のところへ向いている。
主人公はこんなに近くにいて、でも自分のそばにはいない。
「…………。」
光は店内の一角に目をやる。実は入ったときから、華澄が一番喜びそうなものを見つけていた。
大きくて、毛のふさふさした犬のぬいぐるみだ。
962名無しくん、、、好きです。。。:2006/06/20(火) 12:45:43 ID:gBKnSWtd
陽ノ下光の朝ズバッ!
963名無しくん、、、好きです。。。:2006/06/20(火) 12:50:29 ID:Euac9wFC
>>961の続き

「……ごめん光、やっぱりまかせるよ。」
「え?」
振り向くと、主人公の苦笑いとぶつかった。
「俺わかんないからさ……だから、光が選んだものを買おう?」
「でも……。」
「頼むよ。」
「えーと、じゃあ〜…。」
光はぐるりと店内を見回す仕草をする。だが、迷っているのはどれを選ぶかではない。
「ごめんな、光。」
…………。
そして光は、すっとひとつのものを指さした。
964名無しくん、、、好きです。。。:2006/06/20(火) 12:57:52 ID:Euac9wFC
>>963の続き

「あの犬のぬいぐるみなんていいんじゃないかな? 華澄さん、きっと喜んでくれるよ。」
「そうか。じゃあ俺、買ってくるよ。……あの、すいません。」
店員のもとへ行く主人公の背中を見ながら、光はそれまで保っていた笑みをゆっくりと崩し、
切なげに目元を細めた。
そして主人公がぬいぐるみを入れたペーパーバッグを受け取って振り返ったとき、
まるで「だるまさんが転んだ」みたいに明るい表情へと戻すのだった。
「え〜と、いくらだった?」
「あ、いいよ。光は選んでくれたからさ。」
「そういうわけにはいかないでしょ。これは……。」
2人で贈るプレゼントなんだから。
そう言おうとして、光はやめた。
965名無しくん、、、好きです。。。:2006/06/20(火) 13:05:32 ID:Euac9wFC
>>964の続き

「光?」
「えっと、じゃあ、お言葉に甘えておくね。」
「ああ。じゃあ明日、2人でこれを華澄さんの家に届けに行こう。」
「え……。」
「でさ、光。実はそのときに。」
「あのさ……私、明日は約束があるんだ。」
「そうなのか……?」
光はうん、とうなずくふりをして主人公から目をそらす。
「ゴメンね! ずっと前からの大事な約束なんだ!……だから、
華澄さんの家には君だけで行ってくれないかな?」
「うん、しょうがないよな。わかった。華澄さんにはちゃんと言っとくよ。」
「ホント、ごめんね。」
「いいって。」
そう言って店を出たとき、主人公はちょっと上を見てから光に訊いた。
966名無しくん、、、好きです。。。:2006/06/20(火) 13:15:15 ID:Euac9wFC
>>965の続き

「えーと光、これからどうする? 折角だし、どこか寄ってこうか?」
「あ……。」
光は言葉をつまらせる。少しでも長く、主人公といたい気持ちが働いてしまう。
けれど……。
「ちょっと、これから用事があるんだ。」
「そうだったんだ……。ごめんな、忙しいときに誘ったりして。」
「そんなこと……!」
光の胸が痛む。
「……あの、ごめん。私、そろそろ行くね! じゃ!」
手を上げると、光は小走りで主人公から離れた。
それから主人公が見えなくなって、随分行ったところでまた歩き出す。
「…………。」
すれ違う人の中にまぎれて、光は長い溜め息をつく。
それまで保っていた気持ちが尽きて、胸には鉛の重さと吹きさらしのからっぽさが一緒になった、
奇妙な感覚だけが残った。
967名無しくん、、、好きです。。。:2006/06/20(火) 13:31:57 ID:gBKnSWtd
陽ノ下光の東京フレンドパークU
968名無しくん、、、好きです。。。:2006/06/20(火) 13:39:13 ID:Euac9wFC
>>966の続き

「……それで、その『大事な約束』とやらでここにいるわけ?」
言ってから、琴子は麦茶をひと口飲んだ。
「…………。」
ちゃぶ台ごしに、光がしゅんとうつむいている。
窓にかけられた簾が6畳の和室をちょうどよい明るさに保っている。
必要最低限のものだけの簡素で慎ましやかな調度類。琴子の部屋だった。
休日の昼過ぎ、いきなり転がり込んできた光から、琴子は昨日あったという顛末を聞き終えたところだった。
969名無しくん、、、好きです。。。:2006/06/20(火) 13:49:04 ID:Euac9wFC
>>968の続き

──まったく……。琴子は。はぁ、と少し荒い溜め息をつく。
前に一度、主人公と放課後のグラウンド近くではなしたとき、琴子は彼も明らかに光のことが好きなのだと感じた。
だから、多少の不満は残るものの、光のために2人がうまくいくよう後押しをしてきたつもりだ。
──なのにあの男ときたら……!
突然「憧れだったお姉さん」が現れたものだから、のぼせて、光から乗り換えたのだろうか。
「……だとしたら、手討ちだわ。」
「え?」
「何でもない……。」
だが、もし主人公が華澄に熱を上げたにせよ、光のことを好きだという推測自体が間違いだったかもしれないのだ。
それを考えると、今の時点で彼を責めるわけにはいかない。
それに、問題は別のところにある。
970名無しくん、、、好きです。。。:2006/06/20(火) 13:57:25 ID:Euac9wFC
>>969の続き

「……ま、いい機会じゃないの。光もあんな男にいつまでも執着する必要はないわ。」
琴子が言ってみると、光は滅多にしない異議のありげな目を向けてくる。琴子はさらに言葉を重ねた。
「だいたいあの男は凡庸だし。」
「そんなことないよ!」
「意志薄弱だし。」
「そんなことないよ!」
「鈍いし。」
「……それはちょっとあるかもしれないけど。」
光は仕方なさそうに言ったが、またすぐに「でも」と勢いを取り戻す。
「前にも話したでしょ? ○○○君、すごく真面目に練習してて、タイムもどんどん縮まってきてて、
このままいったら来年にはインターハイにだって出られるかもしれないんだよ!?」
そこまで言って、光は首を振る。
971名無しくん、、、好きです。。。:2006/06/20(火) 14:28:52 ID:Euac9wFC
>>970の続き

「ううん、それがなくたって、○○○君は琴子が言うような冴えない男の子なんかじゃないよ……!」
主人公のことを語る光の瞳は、こんなときまで少しも変わっていない。
「……光も光よ。」
琴子はちょっと厳しい視線を向ける。
そう、問題は光のほうなのだ。
「そんなに彼が好きなら、どうしてあなたはこんな所にいるの?」
「…………。」
光はもとのようにうつむいた。
「なんであっさり引き下がるの?」
琴子が追及すると、光は怒られた子供のようにつぶやく。
「……だって、○○○君が華澄さんのこと好きだったから、私はもう……。」
「じゃあ諦めるのね?」
「…………。」
「○○○君と華澄先生が一緒になっても全然かまわないのね?」
「…………。」
黙っている光の表情に、「それは嫌だ」という色が浮かぶ。
972名無しくん、、、好きです。。。:2006/06/20(火) 14:38:10 ID:Euac9wFC
>>971の続き

「だったら、どうしたいの?」
そう訊ねたきり、部屋にゆっくり沈黙がおりていく。
窓の外で、琴子が外さずにいる風鈴がちりりん、と綺麗に鳴った。
琴子が表情もなく自分の麦茶をつぎ足したとき、
「……わからないよ。」
光が言った。
目の前にある麦茶や羊羹には一切手をつけず、ただ眉をひそめ、唇をきつく結んでいる。
──きっと、本当にわかんないんだわ。
おかれた状況で、自分の望みを言葉にできずにいる。それを避けている。
我を迎えて、そこから逃げて、悩んでいる。何をというのではなく、ただ悩んでいる。
ならば、自分が言ってあげないと。背中を押してあげないと。
973名無しくん、、、好きです。。。:2006/06/20(火) 14:45:31 ID:Euac9wFC
>>972の続き

「○○○君と、相愛になりたいんでしょう?」
琴子が言ったとき、光は知らなかった事実を聞かされたように見返してくる。
「そうでしょ?」
すると光は間をおいて、それとわからないほどかすかにうなずいた。今更に照れた様子で。
「でも、○○○君は華澄さんのことが……。」
堂々巡りだ。
「○○○君はいいの。」
琴子はやや声を大きくした。
「彼が好きなんでしょ?」
「……うん。」
「一緒になりたいんでしょ?」
「……うん。」
「だったら何よりまず自分の気持ちを伝えるべきじゃない。○○○君が華澄先生を好きだとしても。」
「……できないよ。」
光が小さく首を振る。そこにいつもの明るさはなく、座布団に座った姿は震える小鳥のように弱々しい。
974名無しくん、、、好きです。。。:2006/06/20(火) 15:15:58 ID:Euac9wFC
>>973の続き

「どうして?」
「そんなこと言ったら、○○○君きっと困るよ……。」
「…………。」
琴子は額に手をあてた。
やはり光には無理だ。この性格は変わりそうもない。
何か良い考えはないかと悩んだとき、琴子ははっと気づいた。
「ねえ琴子。私、○○○君のこと好きだよ。だから……○○○君が華澄さんのことを好きなんだったら、私は。」
「言ったの?」
「え?」
「だから、『俺は華澄さんのことが好きだ』って○○○君が一度でも言ったの? 聞いたの?」
「…………。」
光の目があっけにとられたように丸くなり、まもなくふせられた。
975名無しくん、、、好きです。。。:2006/06/20(火) 15:26:28 ID:Euac9wFC
>>974の続き

「……でも、○○○君は小さい頃華澄さんに憧れてて、好きで、今でも……。」
「昔の話でしょ。それに『今でも』っていうのは、光が勝手に思ってることだわ。」
「誕生日にプレゼントしたいって……すごく真剣で……。」
「○○○君は光は共同で、って言ったんでしょう?」
「だから、それは……いきなり一人で贈ったら華澄さんが戸惑うからって、それで私と一緒っていう形で……。」
「あなたと共同で贈り物して、華澄先生が○○○君のことどう思うっていうの?
どんな発展が見込めるっていうの? これほど無意味なことを、どうして彼はわざわざ提案したのかしらね?」
「…………。」
「わかった? ぜーんぶあなたの思い込みなのよ。」
琴子はばっさり斬り捨て、羊羹をひと切れ慣れた手つきで口に運んだ。
「…………。」
そうする間に光の口もとが綻び始め、いつもの太陽を思わせる明るさが戻ってくる。
そして、にこにこと笑い出した。
──あなたは、そうでなきゃね。
琴子はすっかりいつもどおりの光を、少し眩しそうに見つめる。
976名無しくん、、、好きです。。。:2006/06/20(火) 15:32:12 ID:Euac9wFC
>>975の続き

「だから光、もう告白しなさい。」
「え!?」
「あなたも今後、余計な心配して落ち込みたくないでしょ?」
「で、でも……。」
「それに、折角休日でのんびりしてたところに押しかけられるのは、もう御免だわ。」
「ちゃんと想いを伝えて、彼に振り向いてもらいなさい。」
琴子は口の端を上げる。
「もう、おいてけぼりは嫌でしょ?」
「……うん。」
光は大切なものを見る瞳を琴子に向けて、こくりとうなずいた。
977名無しくん、、、好きです。。。:2006/06/20(火) 15:38:20 ID:Euac9wFC
>>976の続き

「よろしい。ほら、羊羹食べて。甘いものは元気が出るんだから。」
「そうだね。じゃ、いただきま〜す!」
光は羊羹を食べた。
「どう? 明治創業の名店の逸品よ。……頂き物だけどね。」
「アハハ! うん、おいしいね!」
「そうでしょうとも。」
いつのまにか傾いた陽射しが簾を抜けて部屋の中に入ってきている。
それは向かい合った2人を蜜柑色に照らし、縞々の影を落としていった。
978名無しくん、、、好きです。。。
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