誰もいない教室で、俺は窓から外を見つめていた。
雨が降っていた。無数の透明な線が上から下へ落ちていく。
少し窓を開けると、風と共に数滴の雨粒が入り込んで来た。
「………」
俺は目を瞑って雨の奏でる音色を聴いていた。こうする事が好きだった。
どこか自分を客観的な位置から見ているような… そんな感覚になれるから。
「あんた、まだいたの?」
不意に誰かから声をかけられ、俺の意識は自分の体へと戻される。
「帰ろうとしたら急に降り出してきやがってな。」
俺は視線を窓に向けたまま、声の主にそう答えた。
窓には俺の姿と、フルートを持った碧髪の少女の姿がうっすらと映し出されていた。
「傘は?」
「いつも遅刻ギリギリの俺が天気予報を見ると思うか?」
背後から小さくため息をつく音が聞こえてくる。
「あたしはもう帰るけど、あんたはどうするの?」
「そうだな… 下校時刻まで止まなかったら、諦めて濡れて帰る。」
「…風邪引くわよ?」
「そうなったら優しく看病しに来てくれ。」
「素直に傘に入れてくれって言いなさいよ。」
別にいい――― そう言おうとしたが、その言葉を口から出すのはやめた。
窓に映し出された少女が、その少しきつめの口調とは異なり、とても心配そうな顔で俺の背中を見つめていたから…
「それじゃ、仕方ないから傘に入ってやるか。」
「やっぱり濡れて帰れ。」
俺がそう言うと、憎まれ口を叩きながらも少女の表情は先程より和らいでいた。
ほんと、おせっかいな奴だ―――
「眞子。」
「なによ?」
「ありがとな。」
「……いいから行くわよ。」
そう言って眞子は先に教室を出て行った。
俺は窓に映し出された青年に向かって軽く会釈をした後、戸締りを確認してから眞子の後を追った。