今日、僕たちは十三人姉弟の長女の、亞里亞姉さんの屋敷に遊びに来ている。
たち、と言うのは十一人の姉のことで、亞里亞姉さんにお茶会に招待されたのだ。
亞里亞姉さんの家はとても大きく、広大な庭に、屋外プールはもちろんのこと、
メリーゴーランドにコーヒーカップと、遊園地にあるような設備まで揃っていて、
他にも屋内プールや、本物のお菓子で出来た部屋があったり・・・・・
ここはまるで、御伽噺に出てくるようなお屋敷なのだ。
そんな家に住む亞里亞姉さんも自身も、御伽噺に出てくるような人だったりする。
いつも豪奢なドレスを身に纏い、側にはお付のメイドさんがいて、この家に二人きりで住んでいる。
広い家をたった一人で取り仕切るメイドさんは、亞里亞姉さんの教育係でもあり、
姉さんの小さい頃からずっと側にいた人なので、僕たちよりも亞里亞姉さんのことに詳しい。
「こんにちは」
「こんにちは、弟さん。ようこそいらっしゃいました。ささ、こちらへ」
実は今日、僕はある決意を胸にここに来た。
そう、亞里亞姉さんに、ただお茶会に呼ばれてきたつもりじゃない。
他の姉さん達も、僕の決意を支援するために来た。
僕は、亞里亞姉さんに言いたいことがあるのだ。
「本当におっしゃるのですね?」
「はい・・・。決めたことですし、姉さん達にも話をしてあります」
「・・・あとは、亞里亞様がなんと応えるか、と言うことですわね」
「えぇ。あの、姉さんたいは?」
「ご安心ください。咲耶様と一緒にいらっしゃいます」
「・・・・・」
「では、私はここで失礼します」
中庭に案内してくれたあと、お付のメイドさんは屋敷へ戻っていった。
亞里亞姉さんは、涼風に髪を靡かせながら、小さな本を片手にお茶を啜っていた。
その姿に見とれて、一瞬、決意が揺らいでしまいそうになる。
慌てて頭を振って平常心を取り戻す。
静かに歩み寄って亞里亞姉さんに声をかける。
「亞里亞姉さん、こんにちは」
「こんにちは。待ってましたの。さぁ、亞里亞の隣にお座りになって」
「はい」
「ウフフ、そんなに固くならないで下さい」
着席を促す亞里亞姉さんに応えて、姉さんの隣の椅子を引いて席に着く。
僕が席に着くのを待って、姉さんはティーポットを手にとってカップに紅茶を注いでいく。
差し出されたカップを受け取り、一口お茶を啜って雑談をした。
話の内容は、他者からすれば大したことの無いものだ。
だが、亞里亞姉さんの興味を引くには十分だった。
姉さんは、この大きな屋敷で毎日を過ごしており、外出することは滅多に無い。
その滅多に無い外出も自由なものではなく、車に乗って移動するものがほとんど。
僕たちみたいに、一人で街中を堂々と歩き回ることは無い。
何処に行くにも、お付のメイドさんが必ず一緒にいるのだ。
(亞里亞姉さん・・・)
「どうしました?」
「あ、なんでもないよ」
「?」
「ほ、本当だから。なんでもない」
「それならいいです。もっと外の事を聞かせて下さいの」
「うん。それで、この前のことなんだけど・・・・・」
外に出ないからこそ溜まるものがある。
一つは外の世界を知りたいという欲求だ。
姉さんの家に来るたびに、僕は姉さんに外の世界のことを話している。
僕たちからすれば、どんなに些細なことでも、亞里亞姉さんには輝いて見える。
自由の無い生活を送る姉さんが可哀想に思えたことがある。
けど、姉さん本人はそんなことを思ったことも無いようで、今の生活を維持したいようだった。
ふと、草むらからガサリと音が聞こえた。
草むらに目をやると、咲耶姉さんが隠れていた。
「どうしました?あなた、さっきから本当に変ですの」
「・・・・・」
もう、言うしかない。
僕たちの居場所に気づいて、他の姉さん達も少しずつ集まりだしている。
お付のメイドさんも、屋敷への入り口の柱に隠れてに立ってこちらを伺っている。
「亞里亞姉さん!」
「は、はい!?」
思わず大声を出して姉さんを驚かしてしまった。
緊張が増してきた。
何とかさっきと同じように落ち気持ちを着かせる。
亞里亞姉さんの目を見て、僕は姉さんに言いたかったことを口にした。
「─────!」
「姉さん・・・僕は・・・」
「ダメです・・・できません」
「姉さん、それじゃだめなんだ!」
「いいえ、亞里亞は・・・」
「亞里亞様!」
「亞里亞ちゃん!」
「亞里亞姉さん!」
草むらに隠れていた咲耶姉さんや他の姉さん達、お付のメイドさんも姿を現した。
「ダメです!亞里亞は!」
「お願いだよ・・・お願いだよ、亞里亞姉さん・・・少しはダイエットしてよ!!」
「いやですぅ〜!!」
「あ、逃げた!!」
「皆さんお願いします!亞里亞様を止めてください!」
「姉さん、逃げちゃダメだ!!」
「亞里亞ちゃんダメよ、現実と戦わなきゃ!!」
「亞里亞様、このままでは、亞里亞様の体重は、十代の女性の平均体重を上回ってしまいます!!」
「いやですの!!亞里亞、甘いものが食べられない生活なんて嫌ですのーーーー!!」
「お願いだから逃げないでよ姉さん。そんあ重たいドレス着て走ったら転ぶよ!!」
そう、僕が言いたかったこと。
それは、亞里亞姉さんにダイエットをして欲しいということだった。
何故、こんな事を言う決意をしたのかって?
屋敷に閉じこもりで殆ど運動もせず、それなのに毎日甘味物を貪る姉さんの体重は、
十三人姉妹の中で、一番重たかったのだ。
容姿端麗、頭脳明晰の立派なレディーとなるように育てられてきた亞里亞姉さん。
このままでは、お腹だけが立派になってしまうので、それを何とかして防ぐために僕は決意をした。
・・・・・外の世界に出なければ、体重だって溜まるのだ。
重たいドレスを着て走ること自体に無理があった。
全員に囲まれて、亞里亞姉さんは御用となった。
そして、連れて行かれた先は、亞里亞姉さんのためだけに用意されたフィットネスルームだった。
今日からここで、姉さんのダイエット生活が始まる。
「お願いです!甘いものは別腹だって咲耶ちゃん言ってましたの!」
「亞里亞ちゃん、あれは単なる例えなのよ」
「ゴメンね姉さん。これも姉さんのためなんだ」
「あなたまで裏切るなんて酷いの!お願い、亞里亞を助けて!」
「それでは皆さん、本当にありがとうございました。特に弟さんには、大変感謝します」
「いいえ。これも亞里亞姉さんの為ですから」
「それでは、私たちはこれで失礼いたします」
「はい。皆さん、気をつけてお帰りください」
こうして、僕たちの亞里亞姉さんのダイエット支援計画は終わった。
亞里亞姉さんは泣き叫びながら助けを求めていたが、僕たちは早急にその場を引き上げた。
───────それから、亞里亞姉さんのダイエットが完了したのは五ヵ月後のことだった。
= 完 =