俺は、気絶した梨代を抱きかかえると、足音を立てないようにして階段を上った。
あんなものを間近で見てしまっては、梨代が倒れてしまうのも無理はない。
・・・梨代と俺が見たもの。
それは、ついさっきまで物静かな笑みを浮かべていた少女のなきがらだった。
まばたきもせず、にこりともしない魂のぬけがらは、
見た物を恐怖に至らしめるだけの絶望感を十分に与えてくれた。
俺自身、胸の中で何かが逆流するのを必死にこらえている。
そのせいか、一歩一歩歩くごとに息が切れる。
梨代を介抱したい一身で、俺はあの部屋へ向かって歩きつづけた。
「開かずの間」
間抜けな落書きがかかれたドアを、俺はそっと開けた。
ちょっとの間とはいえ、片手で女の子一人を抱えるのは堪える。
半開きになったドアを足で無理に押し広げ、
目の前のとベッドにそっと寝かせた。
梨代のとなりに腰掛けてそっと手を握ると、冷たい感触が感覚を刺激する。
不安になった俺は、思わず梨代の手を両手で握り締めた。
10分、いや、もっと経過したかもしれない。
梨代が再び現実の世界に戻ってきてくれたのは。
「大丈夫かい。」
と俺は言う。
梨代の不安をできるだけ取り除きたい一心で。
一瞬間を置いて、「ここは」
と梨代が弱々しい声で聞き返してくれた。
「さっき梨代がいた部屋だ。しばらくここで休むといい」
梨代は自分の周りの状況がようやく変わっていることに気づいてくれたらしく、
「ありがとう」と一言いうと、上体を起こして俺の顔を見る
「こわい・・・こわいの。私たち、どうすればいい?」
梨代はまだ完全にショックから立ち直れないようだ。
まあこんな状況で立ち直れというのが無理だけど。
「今はへたに動き回らないほうがいいとおもう。
だれがあんなことをしたのか分からない状況でうごくのは危険だよ。ちょっと梨代、立てる?」
そう言って俺は、梨代が横になっていたときに考えていたことを試みた。
まだ足取りがぎこちない梨代をベッドの横に立たせると、俺は渾身の力をこめてベットを動かした。
そう、ドアのところにこいつを置いて、文字通り「開かずの間」にしてしまおうという計画だ。
これだけの重量があれば、俺のささやかな野望は達成されたも同然だ。
「梨代、これでしばらくは誰も入ってこれないよ。まあ、ベッドに腰掛けてしばらく落ち着こうよ。」
俺は梨代の肩に手をまわすと、梨代とベッドに向かった。
偶然思い出した、梨代と2人3脚をしたときのことを考えながら。
2人ベッドに腰掛けると、不意に梨代が口を開いた。
「優しいんだね。私なんか、千砂さんになんにもしてあげられなかったのに。」
梨代らしいせりふだ。
「そんなことないさ。そうやって他人を思いやることができるの、一番梨代らしいと思う」
無意識のうちに、そんな言葉が口をついて出た。
「あなたのそんなとこ、ぜんぜん変わってないよね。
・・・わたし、あなたのそういうところ、昔から・・・好きだった。」
突然の展開に、俺はさすがに返す言葉がなかった。梨代は続ける。
「みんなのためにこんなに必死になってるような人とわたしみたいな女の子じゃ、つりあわないよね。
だからこれ以上言うのは恥ずかしいけど・・・好き。」
正直、驚いていた。梨代が、俺のことをそんなふうに想ってくれていたなんて。
同時に、そういわれて、すごく意識してしまった。
なぜもっと梨代の気持ちに気づかなかったんだろう?
嫌いだったから?・・・違う。
・・・怖かったんだ。梨代との関係が壊れてしまうことを。
でも、梨代がそんなちっぽけな垣根を、壊してくれた。
だから、俺自身も梨代に答えを出さないといけないんだ。
俺は、口を開いた。
「俺なんかで、後悔しなければ・・・」
「後悔なんて、・・・しない。」
俺は、梨代の方をそっと抱き寄せた。