「ねえ、千砂ちゃん…」
僕が声をあけると千砂ちゃんは未だ赤く紅潮した顔を上げて微笑んだ。
「なんですか、時田さん?」
「好きだよ…」
「はい、わたしもです…」
僕たち二人が情事の後始末をして道場を出ると、もうすでに雨は上がっていた。
あのすごい集中豪雨を降らせた雨雲はもうどこかへ通り過ぎてしまったらしい。
「きれいな夕日ですね……」
「そうだね」
千砂ちゃんの言葉に僕は頷いた。
真っ赤に染まった太陽がビルや家々の隙間から地平線の向こう側へと沈みかかっている。
「わたし、昔から夕日を見ると寂しくなるんです」
「何で?」
僕の言葉に千砂ちゃんはちょっとだけ俯いた。
「…日が沈むと友達と別れてお家に帰らなければいけませんから」
「それはまあ仕方がないよ」
「ええ。ただ楽しかった一日の終わり…その象徴が夕日なんです」
「うん…」
「時田さん…帰っちゃうんですよね?」
千砂ちゃんのその一言に僕は理解した。
千砂ちゃんは僕と別れたくないのだ。
それは僕だって同じだ。
しかし僕が住んでいる町と千砂ちゃんが住んでいるこの町…決して会えない距離ではない。
が気楽に会えるほど、近い距離ではないのだ。
「今度、いつ会えますか?」
「…千砂ちゃんの都合が良い日ならいつでも…って言いたいけど先立つものがないと…」
正直言って今日、ここまでくるにも高校生の僕にはかなりの金額を費やしているのだ。
「ごめんね、千砂ちゃん。ふがいない男で」
「いいえ、そんなことないです!」
千砂ちゃんはそう言ってくれるが、これはやっぱり男としては情けない。
「自由な時間はなくなっちゃうけど…バイトでもしようかな…」
ぽっつり僕が呟くと千砂ちゃんは顔を上げ、僕の目をじっと見つめた。
「あ、あの…それなら良いバイトの心当たりあります」
「本当!?」
「はい。住み込みで三食、おやつ付き…給料はちょっと安いですけど」
「でもそれだと千砂ちゃんと会えなくなっちゃうな…」
僕の言葉に千砂ちゃんは笑った。
「大丈夫です。わたしも一緒ですから」
「へっ、千砂ちゃんもバイトするの?」
「バイトじゃなくてお手伝いです。おばあちゃんがやっている民宿ですから」
「それってもしかして……」
「…ダメですか?」
心配そうに僕の顔をのぞき込む千砂ちゃん。
そんな顔されたら断れるわけないじゃないか。
「それじゃあ一夏、お世話になろうかな?」
僕がそう言うと千砂ちゃんは茶目っ気たっぷりに笑った。
「何でしたら一夏と言わず一生でも構いませんよ♪」