「うちの学校にはアーチェリー部もあるので知っているんですけどアーチェリーって機械なんですよ」
「機械?」
「ええ。もう当たるように出来ているんです。ですからアーチェリーはその精度を競う点数制なんです。
しかし弓道で使う和弓は道具ですので的中のための技術を大変要するため、的中数を競うですよ」
「ふ〜ん、難しいんだ」
「はい、難しいんです」
「でも千砂ちゃんは簡単に当てているよ」
「練習していますから」
そう言ってガッツポーズを決める千砂ちゃん。うん、可愛い、可愛い。
「僕もやってみたいな」
「簡単ではないですし、危険ですよ」
「難しいのも危険なのはわかっているよ。でも矢を射ることぐらいどってことないだろ?」
だが千砂ちゃんは首を横に振った。
「矢を射るだけでも危険なんですよ」
「どういう風に?」
「そうですね…例えば下手に射ると耳が弦で吹き飛ばされます」
「嘘だろ!?」
「いいえ、本当ですよ」
「…それはイヤかも……」
「ですから初心者は基礎を徹底的に学ぶんです。わたしだって初めの三ヶ月間はゴム弓だけでしたよ」
「うむむ…」
「それに弓矢は本来武器ですからね。人を簡単に殺すことが出来ます。
時田さん、弓矢の威力ってどれくらいあるかご存じですか?」
「いや、わからないよ」
「フライパンを貫通することが可能です」
「フライパンって結構厚みがあるよね?」
「そうですね」
ニコニコ微笑みながらそう言う千砂ちゃん。僕はもうすっかり弓を射る気にはなれなかった。
「それじゃあ仕方がないね。見物するだけにしておくよ」
「はい、そうしてください」
そして千砂ちゃんは僕の目の前で練習を始めた。
真剣な面持ちで次々と矢を放つ千砂ちゃん。
その光景をずっと眺めていた僕はあることに気が付いた。
「千砂ちゃん、ちょっと良いかな?」
「はい、なんですか?」
手を休めてそう聞いてきた千砂ちゃんに僕は尋ねた。
「その胸当てっていうのかな、それって何でつけているの? 男はつけていないよね?」
すると千砂ちゃんは顔を真っ赤にしてうつむいた。
「それはその…」
「その?」
「…胸がこすれないようにする為の物です…」
「む、胸…そ、そうなんだ…」
ちょっとした好奇心で聞いたのだがこれは失敗だった。
千砂ちゃんのような清純可憐な大和撫子にこんな事を聞いてしまうとは…。
はっきり言ってすっごく気まずい。
だけどそんな千砂ちゃんも可愛いな…と思った僕は思わずハッとした。
「ははは、それじゃあ男は必要ないよね、確かに」
「はい…」
何となく気まずい雰囲気のまま千砂ちゃんは練習を再開。
千砂ちゃんはただ黙々と矢を射続け、僕はじっと無言で見学し続けた。
「はぁ〜、疲れました」
額の汗を胴着の袖でふき取りながらの千砂ちゃんの一言に僕は尋ねた。
「もう練習は終わりかな?」
「はい、今日の練習はおしまいです」
そう言って千砂ちゃんは弓から弦を外し、弦巻に巻く。
そして弓を弓がっぱにしまい込むと、歩き出した。
「どうしたの、千砂ちゃん?」
「射た矢を回収しないといけませんから」
「それじゃあ僕も手伝うよ」
僕がそう言うと千砂ちゃんは嬉しそうな表情を浮かべた。
「よろしいんですか?」
「もちろんだよ。千砂ちゃんだってあんなに射た矢を集めるの大変でしょ」
「ありがとうございます」
というわけで僕と千砂ちゃんは矢取り道を歩いて的場へと向かった。