ようやく、しおらしくなってきた韓国サッカー5664

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日刊スポーツ | ギムミンギュ | 入力 2013.10.23 01:17
[日刊スポーツギムミンギュ]

リュスングウ(20・中央大)はドルットムント(ドイツ)とレアル・マドリード(スペイン)の提案を断った.
彼はフリーランスで Kリーグ行を選んだ.
一部ファンはビッククルロブの提案を振りはなしたリュスングウを切なく眺めた. しかし経験的証拠で一番適切な選択と見える.
2013年 10月現在ヨーロッパ主要リーグで活躍している韓国選手 14人の利敵パターンを分析して見た.
その結果 Kリーグを経って海外に進出した場合安定的にヨーロッパ舞台に適応する確率が高いことで現われた.

リュスングウの選択が握手ではなかった.

◇ パク・チソンルート
日本 Jリーグや韓国 Kリーグを経ってヨーロッパ中・上位圏リーグで基盤を修めた後ビッグリーグで進出する方式だ.
パク・チソンは日本京都パープルサンガでプロ生活を始めたし, PSV エイントホボンで移籍してヨーロッパ舞台に適応を始めた.
以後マンチェスターユナイテッドで 7シーズンを活躍した.
パク・チソンのように Jリーグを経ってヨーロッパに出た選手が金ボキョンとパク・ジュホだ. 二人の選手皆韓国舞台を経らないで Jリーグを経ってヨーロッパに行った.

金ボキョンはイングランドチャンピオンシップ所属のカーディフシティで移籍してチームが昇格してビッグリーグ入城の夢をつかんだ.
パク・ジュホはスイスバーゼルを経って来るシーズンマインツで移籍してビッグリーグに進出した.
一方気成用は韓国 Kリーグ FCソウルで走っている途中セルティック(スコットランド)に先に進出した.
そしてイングランドプレミアリーグのスウォンジーシティで移籍した.

パク・チソンルートは韓国でプロ生活に適応して, 比較的競争が熾烈ではないヨーロッパ中・上位圏リーグで海外生活に適応することができる長所がある.
>>238

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◇ イチォングヨングルート
韓国 Kリーグを経ってすぐヨーロッパビッグリーグに挑戦状を出した場合だ.
イチォングヨングは FCソウルで走っている途中すぐボルトンウォンたまにスロー移籍した. 結果は大成功だった.
プレミアリーグですぐ適応してパク・チソンの後を引き継ぐことができた. 以後地動院と旧磁鉄, 洪正号がこんな式でビッグリーグ進出に成功した.
地動院は全南でサンダーランド(イングランド)で移籍したし, 旧磁鉄と洪正号は済州でそれぞれボルプスブルクとアウクスブルク(以上ドイツ)に行った.
洪正号は現在進行形だが, 三人の選手皆ビッグリーグで早く適応した. Kリーグの競争力を見られる書き入れ時だ.

リュスングウもこんな方式に従う思いを持っている.

◇ ソンフングミンルート
賭博だ. アマチュア時代ヨーロッパビッグリーグに直行する方式だ.
リュスングウがドルットムントやレアル・マドリードに行ったらこんな方式でヨーロッパに進出するのだ.
しかしソンフングミンを除いてこのルートで成功したケースは珍しい. ソンフングミンは東北高時代大韓サッカー協会奨学生でドイツ留学を行った.
彼はハムブルグで早く適応して主戦でジャンプしたし, 今年のシーズンレボクゼンで移籍して成功神話を書いている.
しかしソンフングミン外にも朴正賓(カルスルに)とユンズテ(フランクフルト), キム・キョンジュン(カング) などが
アマチュア時代すぐヨーロッパで進出したが, まだ腰を据えることができない.
ナムテフィ(レクィは)や石硯与えた(卵アフルリ) などはヨーロッパ舞台で多くの機会をつかむことができずに中東に移籍したりした.
去る 7月 20歳以下ワールドカップで負傷にあったリュスングウ立場(入場)でも失敗確率が高いルートを選択しないのだ.

ギムミンギュ記者 [email protected]