◆◇El Blanco Real Madrid 290◇◆

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145ステロイドーイ終了祭
私が以前別の信仰を持っていた時---それはもちろん異教であるが---ご神前のご神体(信仰の的)を傷つ
けようとして暴漢などが押し入って来そうになった場合、上長から 「 何をしているのですか! 」 とドヤされる
のは私達信徒であった。 神の教会にそのような暴漢が入りそうになったこと自体、 それを許したこと自体に
おいて私達の信仰が責められるのである。曰く、「 祈りが足りないからです! 御用が足りないからです! 」
もちろんそれは異教の話である。われらの天主の唯一の真の宗教ではないところの話である。何の正当な
根拠もない。しかし、いちおう宗教文化的に比較して言わせて頂ければ、 「 悪魔・悪霊というものに対する
認識において、カトリック教会には 何という " 甘さ " あるものか 」 と思わずにはいられない。 聖堂内部で
神父が殺害されてさえのんびりしている。まずまず世間一般の事件の一つだと思っている。「残念だけれど、
教会と言えども人間の世界だから、こういうことも時にはあるのだ 」とまとめている。「 悪魔・悪霊の働き 」
などほとんど思わない。私達の祈りの不足を思わない。祈りを「 防備 」だと思わない。

果たして現代の( 否、過去においてだって意外とそうだったかも知れないが )カトリック司祭は、「 悪魔 」
「 悪霊 」 「 黒ミサ 」 「 黒魔術 」 と いうものに関して、 どれだけの " 現実感 " を持っているだろうか?
エクソシズムを苦笑する人達ばかりなのか?また、信者にしてもそうである。もしこの事件の犯人の身内が
それらについて認識があり、彼の所持している書物やアクセサリーなどに敏感に気づいていたなら、この
事件は阻止できていたかも知れない。(事実、これら「 黒ミサ 」や「 黒魔術 」が決して少なくない西欧では、
少なくとも日本よりは警戒心があるようである。)