ようやく、しおらしくなってきた韓国サッカー3417

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419'22歳 7年次' 李剛陣 "痛いだけ得ました" 1/2
(熊本=連合ニュース) 玉物心記者 = "私もうプロ 7年次ですが!"
日本熊本で転地訓練をしているプロサッカー K-リーグ釜山子供パークの若い守備手李剛
陣(22).

1986年生まれにまだ 20代初盤である彼は新たに出帆するファン・ソンホン社団で数少な
い '代表級資源'だ.

中学校だけ出てしまった十六つだった 2002年豪華軍団水原三星に入団した. とても幼か
ったせいなのか 1群で走る機会はなかった.

ただ一競技(景気)出場したのが全部. しかし 17歳以下(u-17) 代表チームに選ばれたし同
じ年齢年ではアジアオールスターにも名前をあげた.

20歳以下(U-20) 代表チーム, オリンピック代表チームに引き続き国家代表チームまで呼
ぶことを受けた.

2004年には 18歳に日本プロサッカー J-リーグにも進出した. 首都軟膏チームである東京
ヴェルディで走りながらその年天皇盃優勝カップを持ち上げたし起伏があったがそれなり
に適応もした.

しかし不思議なことに大極戦士ユニホームさえ着れば意図しない負傷が尋ねて来た.

去年 2月イギリスで開かれたギリシアと Aマッチを控えてベオベックホのコールを受けた
が訓練途中足指が骨折したし去る夏オリンピック代表チーム召集の時にも筋肉痛で中途下
車しなければならなかった.

"体の調子が完全ではなかったが代表チーム競争では必ず生き残らなければならないと思
うから意欲が先に進んだのです. それでいつもけがをしたし去年下半期がサッカーを始め
た以後一番大変だった瞬間だったです"
李剛陣は 2006年 K-リーグに帰って来た時大型中央守備手に成長する人材と言う評価を聞
いたが去年釜山ではわずか 6競技しか出ることができなかった.
420'22歳 7年次' 李剛陣 "痛いだけ得ました" 2/2:2008/02/15(金) 18:01:51 ID:ftgPdSLq0
"どうしてこんなによくけがをするのかつくづくと考えて見たがまず欲心を捨てなくちゃ
いけないたかったんですよ. 負傷が私に多いことを教えてくれたのです"
慢性的な負傷に苦しみながら '硝子足首'ではないかと言う疑心まで受けた.

歳月は一目散に経って李剛陣はもうプロ入団 7年目に迎えるようになる. 他人達より最小
3-4年は早く入門したはずで時間を儲けた感じもあったが反対に焦燥もそれほど大きかっ
たと言う.

彼は "'あ, サッカーというのが思い次第になるのではないね'と感じ始めました. これ以
上けがをしてはいけないのねする考えもそれでしました"と言う.

李剛陣はファン・ソンホン社団で新しいシーズンを始めながら補職を変えた.

黄監督が '守備型ミッドフィルダーをさせて見るつもりなのに自信あるのか'と言って気
経に受け入れたと言う. 中央守備手より活動量が多くなければならなくて, どんなに見れ
ば負傷危険がもっと大きいかも知れない席だがそれほどもっと魅力を感じると言った.

同じ位である年にもうちょうどプロ生活を始める同輩たちが '若年寄り'のように話すの
を見れば鼻が高く感じないと問うとやっぱり不適な返事が帰って来た.

"プロはとにかく実力で見せてくれることしかないでしょう. 私が 7年の間感じたことも
それだけです"
李剛陣は去る 12日 J2リーグ社間ドスと練習試合をして退場された. J-リーグ生活で煮っ
た日本語でその地域日本人審判に気持ち悪い言葉を吐き出してからついレッドカードを受
けなければならなかった.

"負傷を払い落として久しぶりに走って見るから心の中がコントロールにならなかったで
す. 監督様に手酷く叱責されたんです"
'22歳プロ 7年次' 李剛陣はこのごろ考えが複雑だ. その間痛かった位成熟したが新しく
学ぶのがもっと多いからだ. 

[email protected] (終り) 2008/02/15 07:56 送稿