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7月6日 朝日 サッカー面「W杯を語ろう」
早く大人になりたい
作家 馳 星周さん(41)
代表への思い 熱く 冷静に
ハンブルグのスタジアムに我々が到着したその時間、ベルリンでは白熱したドイツ対アルゼンチンの
PK戦が行われていた。
スタジアムの係官のだれもが携帯を使いつつその行方をかたずをのんで見守っていた。
当然、観客の入場も滞る。チケットをチェックする係の人間たちも仕事どころではなく、中に入りたいと
訴えても、もう少し待ってくれと首を振るばかりだった。
仕方がないので、わたしはPK戦の経過を尋ねた。すると、彼らは相好を崩し「3−1でドイツが
リードしている、俺たちが勝つぞ」と叫ぶのだ。
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もし(本当に可能性の低い「もし」だが)日本代表が同じ状況に陥ったとして、日本人は同じように
仕事を放り出すだろうかと考えて、私はあきらめに似た微笑を浮かべた。
この差がつまり、ドイツ代表と日本代表の差に如実に表れているのだ。W杯がはじまる前の日本人と
ドイツ人も実に対照的だった。日本人はなんの根拠もなく、というより自らの判断を停止してメディアの
狂騒に乗っかり、わけもなく日本代表はベスト16に進むのだと妄信して、結果、深い失望を味わった。
それとは逆に、ドイツ人は、ドイツ代表の力をまったく信じず、しかし、大会がはじまるのと同時に
はじまったドイツの快進撃に熱狂していった。
天真らんまんな子供と、うたぐり深い大人のような対比がここにある。国民が大人にならないかぎり、
その国の代表も強豪と呼ばれる存在にはなれないのだ。早く大人になりたい。私は切にそう願う。
275 :
:2006/07/07(金) 14:35:10 ID:ZzjI1as80
ハンブルグで見たイタリア対ウクライナは非常に退屈なゲームだった。イタリアのサポーターは歓喜し、
ウクライナのサポーターは絶望にうなだれ、ドイツ人は宿敵イタリアの敗退を願いつつ、しかし、これが
サッカーだとしたり顔をしていた。その横では、イタリア代表のユニホームを着た日本人がはしゃいでいた。
中立であるドイツ人は、子供を除いては普段着か、ドイツ代表のユニホームを着ている。
日韓W杯の時、多くの日本人は自分の好きな選手が属する国のユニホームをまとってスタジアムに
足を運んだ。対戦相手の国民がそんな日本人を見てどう思うかなど、考えもせずに。応援された国は
日本に親近感を抱くだろう。だが、逆の対応をされた国は日本に対して怒りや憎しみに似た感情を抱く。
開催国は、自国代表を応援する時以外は、中立であるべきなのだ。
ハンブルグでもフランクフルトでも、ドイツ人たちに「ドイツはすごいね」と話しかけると、
一様に破顔した。我々日本人が同じ笑顔を浮かべられる日は、いつ来るのだろうか。
(本人執筆、撮影・越田省吾、フランクフルトで)
はせ・せいしゅう 65年2月、北海道生まれ。本名は坂東齢人(としひと)、ファンだった
香港映画スター「周星馳」をひっくり返してペンネームとした。横浜市立大卒後、出版社勤務を経て、
書評家として活躍。96年に「不夜城」で作家デビュー、同作品で吉川英治文学新人賞を受賞した。
暴力や犯罪など人間の悪を徹底的に描き、日本のノワール(暗黒)小説の第一人者として活躍する。
自ら観戦のために欧州に足を運ぶサッカー通で、98年W杯の観戦を日記風につづった「蹴球中毒」
などの著書