ゼ・マリア様がみてる アブラの森

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「私、監督のオファーをもらった時、すごく幸せな気分になったんです」
宏史ちゃんは、うっすらと笑った。
その時の気持ちを思い出したのか、その時の自分を振り返って笑ったのか。
岩爺にはわからなかった。
「ナビスコ優勝だけの下位クラブ。自動降格の境界線が点線でうっすら書いてあった
 り、負けの数だけが書いてあったり。私はこれから、このチームの中に戦術を作る。
 フォーメーションを作る。前線にブラジル人を置き、ゲームによってはDFラインま
 で管理する。私は、私のチームの前では、神様のようにゲームを思いのままにでき
 るんだ、って。なぜって、まだチームは何も構築できてはいないんだから」
その時の宏史ちゃんの心情にピッタリ重なるかどうかはともかく、その気持ちはわからないでもなかった。
弱小クラブには、心を沸き立たせる不思議な力がある。
「でも、シーズンが進んで、少しずつ対戦表も埋まっていくと、私は気付いたんです。
 そんなにうまくいくものでもないんだ、って。私はどこにも負けないチームを作ろ
 うと思っていたのに、出来上がったチームは、私の思い描いていたものとはまった
 く別の物でしたから。私は、年間優勝できるような完璧なチームをこしらえたかっ
 た。なのに、出来上がったそれは、16位を超えられなかった」
宏史ちゃんの表情が曇った。
「キラキラしていたはずのチームは、次第に輝きを失いました。もう、元には戻りま
 せん。私が降格させてしまったから」
そんなこと当たり前じゃないか、といって笑い飛ばすことなんてできなかった。
入れ替え戦の宏史ちゃんの前にあったのは、間違いなく絶望だった。
それを運んできたものが、たまたま甲府の形をしていただけの話だ。