296 :
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さすがはドラゴン。
自分の目に狂いはなかった、とジーコは誇らしげにうなずいた。
ボールを持たない時は、ただの穏やかな男といった感のあるクボであったが、
なるほど今年度のミスター・ドラゴン。やる時はやる。格好いいじゃないか。
センターサークルからオマーンの最後の攻撃が始まった。
さすがに中田は、声を詰まらせたりはしない。憎たらしいほど落ち着きはらっている。
297 :
:04/02/20 12:24 ID:pRX0HlqY
最後の最後まで、そつなく優等生であり続けるわけだ。
「思い返せば、代表の一年半は――」
中村の声を聞きながら、ジーコは目を閉じた。眠くなったわけではない。
最後のゴールを、心にしっかりと刻みつけたかったのだ。
代表監督の一年半はいろいろなことがあった。ブチとは十年、
鹿島になると何と十余年ものつき合いとなるのだ。
十余年。
それは取りも直さず、ジーコが日本で過ごした年月であった。
あと一年日本に留まる道もあったが、
外に出るには丁度いい時期であるような気がする。
298 :
:04/02/20 12:25 ID:pRX0HlqY
今更、なぜ。――監督業に回った時、よくそう聞かれた。
セレソン時代からつき合いのある友人たちには特に、
チームが国内組では駄目だという理由を求められた。
今更、なぜ。そう尋ねられても、なかなか明快な答えは導き出せないものだった。
日本はいい国だ。不満はない。
では、どうして。
たぶん満足したからであろう、とジーコは漠然とであるが思った。
日本での選手生活が満ち足りたから、心残りなく、新たなる世界へと旅立った
選手に拘るのだろう、と。
あまりに取り留めがないので、例の質問には「やりたいサッカーが日本にはない」と
答えるようにしていた。それも間違いではないが、正解ではない。
本当にやりたいサッカーが見つからないから、それを探すために体調不良の選手を起用するのだ。
だから、突き詰めていけば、五輪から平山相太を引き抜いたってよかったはずだった。
自分自身、心の中をすべてわかっているわけではないから。取りあえず、わかりやすい理由を掲げただけだ。
299 :
:04/02/20 12:26 ID:pRX0HlqY
キャプテンのインタビューがもうすぐ終わる。
今、代表監督を去るにあたり、やはりいろいろなことが思い出されるものである。
一番意義があったのはレイクで活動できたこと。
そして、そこで得た金と友。それらは、かけがえのない財産だった。
(あ、まずい。感傷的になっている)
これから、もっと面白いことを探そうというのに。しんみりしてどうする。
ジーコは、自分自身に喝を入れた。
でも。
少しだけ目尻に溜まった涙ぐらいは、大目に見てやる。
今日くらいは、泣いたっていいのだ。責める人間などどこにいよう。