村上春樹的海外サッカー

このエントリーをはてなブックマークに追加
68 
清水。

そしてある日、瑞穂へ向かうバスの中でこの清水という街さえもが突然そのリアリティを
失いはじめる。‥‥‥そう、ここは僕の場所ではない。言葉はいつか消え去り、夢は
いつか崩れ去るだろう。あの永遠に続くようにも思えたワールドカップの熱狂が何処かで
消え失せてしまったように。何もかもが亡び、姿を消したあとに残るものは、おそらく重い
沈黙と無限の闇だろう。

欧州移籍‥‥‥、欧州移籍というのはあのエース・ストライカー、ファン・ソンホンが
言ったように(あるいはユ・サンチョルの言うように)結局は不可能な欲望であるのかも
しれない。どこにも出口などないのだ。

それでも僕はかつてのKリーグMVPとしてのささやかな誇りをトランクの底につめ、
港の石段に腰を下ろし、空白の水平線上にいつか姿を現わすかもしれないスペイン
行きのスロウ・ボートを待とう。そしてマドリッドの街に光り輝くビセンテ・カルデロンを
想い、赤と白のユニフォームを想おう。

だからもう何も恐れるまい。ゴール・キーパーがペナルティ・キックを恐れぬように、
任期を終えた大統領が逮捕されることを恐れぬように。もしそれが本当にかなう
ものなら‥‥‥

友よ、
友よ、スペインはあまりに遠い。