思い出に残る食事 2

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257もぐもぐ名無しさん
私の父親は、亭主関白と言えば聞こえもそれなりだが、単なる我儘乱暴親父だった。
とにかく機嫌が悪くなると家族に当る当る。家族が集まる食事時は、親父の鬱憤晴らしの
恰好の場だった。怒鳴り散らし、物を投げ、場合によっては張り倒される恐怖と戦いながら
食う飯の、なんと不味かったことか。文字通り砂を噛むような思いだった。

ある年のクリスマスシーズン。2〜3日前から親父の機嫌が悪かった。
母は父の機嫌を取るために、一生懸命クリスマスディナーを作った。
テーブルの中央にケーキを飾って、鶏の腿肉を焼いて…。
我々子供たちも手伝って、テーブルセッティングを終え、父の帰宅を待った。
いつもなら7時には帰ってくる父が、その日に限って帰って来ない。
8時になっても、9時を過ぎても帰って来ない。
先に食ったりすれば、それでなくともこの数日機嫌の悪い父のこと。どれほど暴れるか
想像もつかない。母は子供らをなだめながら、黙々と待った。

父が帰ってきたのは、午前零時。酒が入っていたのだろう、妙にご機嫌だった。
食堂で家族全員がじっと待っているのを見た父は、バカにしたような顔つきで
「おや、皆さん、どうかしたんですか?」と日頃は家族に絶対使わない丁寧語で
言い放ち、振り返りもせず寝室へ直行した。

母は黙って食卓を片付けた。食欲など皆失せはてていた。