昔から東京は「履き倒れ」、京都は「着倒れ」、そして大阪は「食い倒れ」といわれます。
この「食い倒れ」とは一体どういうことなんでしょうか。
広辞苑には次のようにあります。『飲み食いに贅沢して貧乏になること』と。たしかに、
よっぽどのお金持ちならいざ知らず、普通の人なら飲み食いに贅沢すれば途端に貧しくなって
しまいますね。当たり前の話です。ですが、私は更にこのように解釈します。
これは一言でいえば「エンゲル係数が高い」ということだと思います。
飲み食いに家計を傾けることそのものが、贅沢だととらえられるかもしれませんが、
大阪人はたしかにそういったところがあると思います。
その理由としては、大阪は他の地域に比べて海の幸、山の幸に恵まれているからです。
大阪湾や瀬戸内海の新鮮な魚介類、また、畿内では昔からよい野菜がたくさん作られていました。
これらが、目の前に出揃うわけですからたまったものではないですね。つい買って食べてしまう。
ただ、それは贅沢な高級なものばかりをたべていたわけではないんです。
そんなことしたらまさに「食い倒れ」てしまいます。あくまでもその家の家計に合わせて、
その時期のおいしいものを買うんです。
また大阪の人は、ものを味わうことに大変熱心で、食材を大切に扱い、とにかく無駄を出さず、
極力捨てるということをせず、上手に料理をしてしまうんです。
おいしく食べるためなら時間と労力を惜しまず、家庭の主婦なら家族のため、
料理屋ならお客をうならせるためには技に磨きをかけてお客をうならせる料理を作る。
「食い倒れ」という言葉のなかには、このような意味と大阪人の気持ちが含まれているんだと思います。
まず、最初に大阪は新鮮でおいしい食材に恵まれたているということがあります。
日本料理は、何といっても素材です。良い素材が手に入れば料理はしめたもの。
そういう意味では大阪は地理的に最高に恵まれているんですね。
例えば魚介類でしたらこのようなことなんです。大阪に「難波」という地名がありますね。
「難波」という地名の由来は今でこそ信じられませんが、昔は大阪城付近まで海が
入り込んでいましたので、潮の流れが急で船を止めることができなかったからと
いうところからつけられているんです。「なんば」と読みますが別の読み方では、
「なにわ」とも読みます。「なにわ」 は「魚庭」とも書き、すなわち魚介類が豊富なことを
意味しています。大阪湾は、昔から鰯の宝庫でした。その餌になる鰯を追って多くの魚が
湾にはいってきたんですね。新鮮な魚が手に入れば美味しい料理ができるにきまっています。
そして、次に野菜に関してですが、大阪の特産物といってもぴんとこないかもしれませんが、
例えば泉州地方でしたら水茄子、玉葱、里芋などがあります。河内地方なら千両茄子、
紅ずいき、空豆、石川子芋、海老芋などがあるんです。大阪は平野部では盛んに良い野菜が
つくられていたんです。何と昭和の初めには、セロリ、芽キャベツ、カリフラワー、
レッドキャベツは、東京へも出荷していたとのことです。
大阪は、南北に長い島国日本のほぼ中央に位置していますので、気候的には
ちょうど温暖な所です。また、その土地も南北に肥沃な大阪平野が広がり、
淀川の豊富な水にも恵まれています。気候も土地にも恵まれ、野菜類・米麦を作るには
大変適していたと言えます。自然に、大阪の農家は昔ら品質が良くて
商品となるような野菜を多く作ることに力を注げたのですね。
そして大阪には堺の刃物の存在があります。
料理をするのに包丁は欠かせませんね。どんな素晴らしい素材や腕の良い料理人がいても、
包丁がなければ話にも何もなりません。この包丁という部分で堺の存在というのは
たいへん大きいのです。
『もののはじまりみな堺』といわれたほどで、鉄砲や織物などの製造もいち早く始められ
刃物も盛んに作られました。堺の刃物の発展は、豊臣時代から徳川時代の初期にかけてと
いわれています。これは、天文年間にポルトガルからたばこが輸入され、喫煙の習慣が
急速に広まり、たばこの葉を刻む包丁の需要が高まったため、堺の鍛冶職人が
たばこ包丁の製造に着手したことに始まります。やがて、徳川幕府の保護を受け、
堺のたばこ包丁は唯一の産地として発展するとともに全国に堺包丁の名を広めたと
いわれています。元禄年間には、出刃包丁・薄刃包丁などの調理包丁が製造され、
今日へと維持されています。料理の発展にかなり貢献していますよね。
今まで、具体的に例を挙げて説明いたしました。
大阪が「食い倒れ」の町といわれる理由は、まず新鮮な食材に大いに恵まれたこと
そして質の高い包丁が作られそれを使いこなす腕の良い職人が多くいたためなんです。
私は、日本料理は、大阪が一番だと思っています。これには反感をもたれる方も
いらっしゃるかも知れませんが、そう思っている根拠は今までの説明の中で
おわかりいただけるのではないかと思います。
大阪以外にこのようなところがあるでしょうか。素材の点だけとらえれば、
日本各地においしいものが沢山あることは認めますが、料理という全体の形で
みた場合どうかというと、その点やはり大阪は一番優れていると思います。
そして、銘酒の里、灘、池田、伊丹をひかえていたこと。料理に酒は、つきものです。
料理のあっての酒ですし、酒あっての料理ですよね。酒と料理は切っても切り離せない
ものですが、大阪の周辺では良質の酒が豊富に作られていましたから、料理も
自然とそれに見合う質の高いものができますよね。
やはり、日本料理は、その素材の持ち味を殺さないように、食べて美味しく、
そして日本料理は「目で食べる」といわれますが、視覚的にも綺麗に仕上げなければ
なりません。また、料理を引き立てるお酒のような存在もなくてはならないものです。
そして、そのすべてが大阪の食文化には昔からすべて揃っていたというわけです。