飯じゃがね、これは冷たいにかぎる。
たきたてのあたたかいのは、第一からだに悪いし歯にもよくないし、
おまけに飯そのものの味もないのじゃ。
本当の飯の味が知りたいなら、冬すこし凍っている位のひや飯へ水をかけて、
ゆっくりゆっくりと沢庵で食べてみることじゃ、
この味は恐らくわしのような坊主でなくては知るまいが、うまいものじゃ。
この時にきいた、飯の味は冷飯が本物だということは間違いない。
私は道重さんの話をきいて一体本当かどうかと、試してみたのが病みつきで、
三十年来飯は冷やに限るとしている。寒中に冷飯へ水をかけて沢庵で、
なんてところまでは行かないが、絶対熱い飯は喰わない。いや、喰えなくなってしまった。
そのため朝など、女中さんが困ることもあるらしいが、少し硬目の冷飯に、その代わり
だしのよく利いた舌の焼けるようなうまい味噌汁、これが私の一番の好物で、ずっと
今日までこれをやっているのだから、道重さんも地下で微笑していられるかもしれない。
冷飯にすると味噌汁の味は実によくわかる。自然味噌をああでもないこうでもない
と言うようになって、私は縁を求めて方々から送って貰っているが、昨今は主として
大阪の米忠さんから貰っている。実は多く何も入れない。豆腐を賽の目に切ったり、
新しい野菜をほんの生の程度ぽっちり入れたり、山菜、なめこ、じゅんさいなどいろいろやるが、
だしのいい空汁に過ぎたことはない。
子母沢寛「味覚極楽」より