ドラゴンクエスト・バトルロワイアルII Lv6 [転載禁止]©2ch.net
時は少し遡る。
この最後の戦いが始まる、少し前の話。
決戦の地へと向かうため、ヘルハーブの井戸に飛び込んだ一行。
真っ暗闇の中、光を見つけたテリーが真っ先に叫んだ。
「みんな! こっちだ!」
そしてその光を見失わないように体を傾けながら、一番近くにいたソフィアの腕を掴む。
連鎖するようにソフィアがカインを、カインがゼシカを、ゼシカがビアンカを、ビアンカがゲロゲロを。
最後に、ゲロゲロがロッシュの腕を掴んだ。
そして、闇を切り抜けた先で最後の戦いは始まった。
ここまでは、皆が記憶しているとおりだ。
だが、ここで一つだけ、忘れていることがある。
「おい、ロッシュ」
ビアンカが錬金で道を切り開かんとしていたとき、テリーがロッシュに問う。
「うるふわ、どこ行った」
共に飛び込んだはずの、一匹の狼の所在を。
彼が一人の少女とこの世界を旅した、証明ともいえるその存在を。
だが、その問いかけに対し、ロッシュは俯く。
「……届かなかった、ゴメン」
伸ばした手は、届かなかった、と。
連れてこようにも、連れてくることが出来なかった、と。
後悔の表情を浮かべたロッシュを見て、テリーは察した。
それ以上を問いかけることはせず、今はやるべき事をやるべきだと、頭を切り替えていった。
ひとつ、嘘をついた。
だが、テリーはおろか、その場にいる誰もがそれを嘘だと知り得なかった。
井戸の闇の中から光へと向かう途中、その最後。
ロッシュは、その存在を認識し、あまつさえ手を伸ばして救うことすら出来たはずなのに。
その手を伸ばさず、狼が闇に飲まれていくのを、ただ、じっと見つめていた。
暗い、暗い、闇の中。
一人取り残された狼が駆ける。
一点の光すらない世界の中、ただ狼は走り続ける。
進んでも進んでも変わらない景色と、突き刺さるように冷たい空気の中。
めげることもなく、ただ前へと突き進んでいく。
その先に"いる"気がして、仕方がないから。
じっとなんてしていられなくて、ただ、前へ進んでいく。
終わりはおろか"光"すら見えない。
自分が向かっている方角は正しいのかすら、分からない。
けれど、構うことなく足を進める。
息が上がっても、足がどれだけ重くなっても。
気にも止めることなく、ただただ走り続ける。
けれど、何事にも限界がある。
狼とて、それは同じ事。
体力の限界は、等しく訪れるものだ。
鉄枷が着いたかのように重い足、上がりっぱなしの呼吸。
立ち止まってはいられないと分かっていても、体が言うことを聞かないのだ。
前に、前に進まなければと思っても、たった一歩すら踏み出すことも出来ない。
一歩進むために持ち上げようとしても、持ち上がらない。
ただ、そこに立っていることしか、出来なかった。
そして、ついに。
狼は止まることを強いられ、力なくその場に倒れ込んだ。
急激に意識が遠くなるのが分かる。
溜まりに溜まった疲れが、自身の体に警鐘を鳴らしているのか。
抗うことなど出来るわけもなく。
その意識を、闇に落としていった。
目が覚めた。
そこに広がっていたのは、闇ではない。
一面に広がる草原と、雲一つ無い綺麗な青空。
澄んだ空気が、胸一杯に染み渡っていく。
どれだけ長い間眠っていたのかは分からないが、立ち上がれるくらいには体力を取り戻したようだ。
それを理解し、狼はゆっくりと立ち上がる。
「あら、めずらしい……」
それとほぼ同時に、声をかけられる。
声のする方を向けば、太陽の用に輝くドレスに身を纏った妙齢の女性が、狼をじっと見つめていた。
女性はまるで一国の王女のように美しく、思わず見とれてしまう。
緑が生い茂る中だからこそ、ひときわ目立つ姿は、正直眩しいくらいだった。
「どこから、いらしたのかしら」
女性はゆっくりと屈み込み、狼に笑いかける。
野生の狼だというのに、全く怖じ気づく事なく、手を伸ばしていく。
怯えることも警戒することもなく、狼は差し伸べられる手を待った。
ふわりと毛皮を撫でる、やわらかくて暖かい手。
ああ、なんて心地よい感覚なのだろうか。
叶うことなら、ずっとこうしていたいと思うほどだ。
「ローラ、どうしたんだい」
ローラと呼ばれた女性の後ろから、壮年の男性が声をかける。
威厳を持ちながらも、優しさを兼ね揃えたその姿。
半ば見とれるように、狼はその男を見続けた。
「いえ、狼なんて珍しいと思って」
投げかけられた問いに答えながら、ローラは狼を撫で続ける。
ローラの隣に男もゆっくりと座り込み、彼もまた狼へと手を伸ばす。
少しゴツゴツしている大きな手が、狼を撫でる。
だが、狼は嫌がらず、それを受け入れる。
何故なら、男の手もまた、違う暖かみがあったから。
「ひどく……疲れてるようだ」
撫でる途中、男は小さく言葉を呟く。
手先からあふれ出した光が、すうっと狼を包み込んでいく。
ローラの手とも、男の手とも違う暖かさ。
体の奥底から、力が沸いてくる。
正直、自分にまだこんな力があったのかと、驚いているくらいだ。
「どこかへ、行くんだろ?」
男の問いかけに、狼はじっと目を見つめ、こくりと一度頷く。
言葉は理解できなくても、気持ちは何となくわかる。
生まれた種族こそ違えど、通じるものは確かにあるのだ。
男と狼のやりとりをみて、ローラが「まあ」と小さくこぼしてから、ゆっくりと立ち上がる。
「でしたら」
そして、両手を広げて、空を仰いで。
「この歌を、持って行ってください」
歌を、歌い始めた。
綺麗な青空に溶け込むように、澄み渡っていく歌声。
それに呼応するように、木と草が揺れていく。
いや、それだけではない。
水が、大地が、空気が、生きるもの全てが。
まるで、"愛"を象っているように。
ローラと共に、歌を歌っていた。
歌が終わり、唐突に静けさが訪れる。
誰に向けたものでもない一礼と同時に、男の拍手が響き渡る。
「……いい歌だろ」
狼を見つめ、自慢げに男は笑う。
男は、もう何度もこの歌を聴いているのだろうか。
だとすればそれは、とても幸せな事だろう。
こんなにも暖かく、こんなにも優しい気持ちになれるのだから。
「俺がお前に託すのは、勇気だ」
その言葉と共に、大きな手で狼の前足を握る。
じっ、とそのまま、祈るように男は固まる。
ただ、前足を握られているだけ、それだけなのに。
心の底から、力と勇気がどんどん沸いてくる。
先ほどまで、鉛のように重かったはずの足は、もう重くない。
何が起こったのかわからない、とでも言いたげに、狼は男の顔を見上げる。
そんな狼を見つめ、男は満面の笑みを浮かべて、頭を撫でる。
「じゃあ、頼んだぜ」
それ以上、言葉は必要なかった。
やるべき事がある、そしてそれをやるだけの力を手にした。
立ち止まっている理由など、どこにもない。
狼はぺこりと頭を下げてから、どこかへと駆けだしていった。
「……行ってしまわれましたね」
走り去っていく狼を見つめる、二人。
「ああ」
決して手が届くことのない場所へと向かう、一つの希望に全てを。
「後は俺たちの"未来"が、頑張るのを見届けるしかないさ」
最後まで、見守っていた。
抜け落ちる、色。
崩壊していく、世界。
だが、狼は目もくれずに駆けだしていく。
止まってはいけない、止まってしまえば、そこで終わりだから。
見えなくなっていく足場に、怖じることもなく。
ただ、ただ前へと駆けだしていく。
まっすぐ、まっすぐ駆け抜けた先、闇に光がともり、色を作っていく。
瞬く間にそれは世界となり、狼を包み込んで――――
びゅうう、と凍えてしまいそうなほど冷たい風が、吹き抜ける。
突き刺さるように冷えた石の地面が、その冷たさを加速させる。
打って変わって狭苦しい場所に、狼は少し警戒心を強める。
「狼……? こんな場所に?」
聞こえた声、咄嗟に振り向いた先。
そこに鎮座していたのは、一人の男。
二対の燭台に挟まれ、玉座に腰を据えたまま、狼を見ている。
禍々しい気が張りつめる中、狼は喉を鳴らし、男を睨みつけた。
そんな狼の視線は気にも止めず、けれども驚いたような表情で、男は狼を見続けていた。
睨み合いが、続いていく。
まるで凍ったような時の中、風だけが吹き抜けていく。
そして、両者共に動かぬまま、しばらく経ったとき。
かつん、かつんと、もう一つの足音が響き始めた。
.
石段を上りきり、辺りをぐるりと見渡していく。
最上階の開けた部屋に、ぽつんとそこにある玉座と燭台。
そして、そこに居るのはたった一人。
今もなお世界を恐怖に陥れんとする、邪神官として恐れられる男、ハーゴンの姿だけだ。
「どうした、ベリアル」
石段を上り、最上階へと現れた黄色い悪魔、ベリアルへとは問いかけていく。
その問いかけを受け、ベリアルはもう一度左右を見渡して、答えていく。
「いえ、何か気配がしたものですから」
わずかな気配、ハーゴンとは違う何かを感じ取り、異常かどうかを確かめに来た。
だが、登ってみれば、なんて事はない。
いつもと変わらぬ、ハーゴンの姿がそこにあるだけ。
「フン、破壊神様の怒りにでも触れたのではないか?」
呆れたように笑いながら、ベリアルに答えていく。
玉座に構えたまま、肘をついて笑うその姿は、何よりも悪魔と呼ぶに相応しい姿だった。
「……ハーゴン様がご冗談とは珍しい」
ベリアルもまた、笑い返す。
だが、ただ笑い返すだけではない。
妙なのだ、目の前の男がそんな軽口を叩くことも。
そして、未だに"違和感"が拭えないことも。
もっと何か、別の。
「おいベリアル! 何やってんだよ!」
そこまで考えたところで、紫の毛に覆われた悪魔、バズズが慌てて登ってくる。
彼ほどの者が慌てているのだ、何事かと考えることもなく、二の句は予想がつく。
「敵襲だ! アトラスが食い止めてるッ! テメェも早く来るんだよッ!!」
想像通りの言葉が、待っていた。
ロンダルキアを突破し、この神殿へとたどり着かんとする者。
そんな事ができる存在は、限られている。
「では、失礼いたします」
真実かどうかわからない"違和感"より、今目の前にある危機だ。
頭を切り替え、一礼の後、ベリアルはバズズの後を追うように最上階を後にした。
「上手く行った、か」
ベリアルが姿を消した後、鳴り響き始めた戦闘音を聞きながら、ハーゴンは言葉を漏らす。
玉座の裏、一歩ずつゆっくりと姿を現す狼を見て、思わず安堵のため息をつく。
「……何故だろうな、お前を見ていると懐かしさを覚える」
何故、疑われる危険を負ってまで、狼を庇ったのか。
腕を一振りすれば、その命を奪い去ることすら容易だったのに。
ハーゴンはそれをせず、部下から狼を庇うように立ち回った。
「まるで、共に旅をしていた仲間のような、そんな感覚すら覚える」
一時の感情の迷いか、それとも本当に懐かしんでいたのか。
少なくとも、命を奪うような真似をする気分には、なれなかった。
妙な日もあるものだ、と自分自身を振り返り。
「……くだらん、仲間など居る訳もないのに」
自分で自分をあざ笑う。
全てを破壊すると言っておきながら、目の前の命一つすら奪えない。
まだまだ、気持ちに迷いがあるという事なのか。
こんな様では、自分こそ破壊神に笑われてしまう。
自分が飛ばした冗談が、皮肉となって跳ね返ってくるとは。
「さあ行け、この世界が滅んでしまう前にな」
どこへ向かうでもなく、狼が駆けだしていく。
その後ろ姿をじっと見つめ、邪神官は再びため息をついた。
破壊神を蘇らせるという、夢。
それが叶うのは、まだ――――――――
突き破る、というよりはすり抜ける、といった表現が近かったか。
何かに誘われるように走り出した先の石の壁が、狼の足を遮ることはなかった。
一瞬の暗闇を経て、また違う景色が広がっていく。
草の一本すらない、荒れ果てた大地。
雪に包まれた先ほどとは違う、冷たい風が狼を撫でる。
今度は一体、何が待っているというのか。
「狼? 珍しい」
また、声をかけられる。
見つかると言うよりは、誰かの前に現れてしまう、と言った方が正しいか。
透き通る水色の髪、燃え上がるような赤い眼、そして凛とした佇まい。
今度の相手は、この女のようだ。
「……こんな世界で、お前のような生き物を見るとはな」
気がつけば、一歩退いていた。
殺意とも取れる何かが、肌を突き刺していく。
生存本能がけたたましく警鐘を鳴らすが、それを放つ当の本人にその気はないようだ。
無意識の、威圧。
安っぽい言葉になるが、それは"覇気"と呼ぶに相応しかった。
狼がそれに威圧されているのを知らずか、女は視線を落とし、姿勢を崩して狼を見つめていく。
逃げた方がいい、そうは思っていても足が全く動かない。
まるで大きな釘でも刺さっているかのように、ぴくりとも動かない。
ただ、差し出される手の行方を、見つめることしかできない。
そして、その手がゆっくりと狼の体に触れる。
「ひとり、か」
撫でられた。
それどころか、回復呪文までかけられている。
初めの男と同じようで、また違う暖かさが、狼を包む。
当の狼は、全く予想していなかった出来事に困惑することしかできなかった。
毛並みに沿い、付いている土埃を払うように、女の手が綺麗に流れる。
時を重ねるにつれ、初めに抱いていた警戒心は薄れ、安らぎへと変わっていった。
「ああ、そうか」
ふと、女が呟く。
狼に向けて、誰かに向けて。
感じ取ったというよりは、悟っていた。
「アレルは、自由になったのだな」
狼を撫でる手が、ぴたりと止まる。
そして、ゆっくりと座り込み、言葉を続ける。
「……私程度が縛れる存在ではない、とうに知っていた」
何者にも縛られず、自由を追い求める。
無法の強さの裏にあるのは、確固たる意志だった。
自分でさえも、その望みを絶ちきることなど、出来はしないのだろう。
「だからこそ、恋い焦がれる」
だからこそ、だからこそなのだ。
常に上に立ち続ける"強さ"があるからこそ、彼女は彼に惚れた。
追いついたと思っても、また離される。
けれど、それは追い続けられるということ。
終わらない鍛錬の道を歩み続けられるからこそだ。
「無駄話が過ぎたか、独り言が多くなるのは年を取った証拠と言えるな」
ゆっくりと立ち上がる。
そう、彼女にはまだやるべき事があるのだ。
こんな場所で道草をしている場合ではない。
けれど、その道草のおかげで再認識することができた。
自分が未熟であることと、自分が成長できることを。
「話を聞いてくれた礼だ、受け取れ」
懐から取り出した、一枚のカード。
それは、万物に勝ると言われている一枚のカードだ。
あの時、あの魔術師は自分をこのカードに例えた。
だが、今はそうではないと否定できる。
万物に勝る存在であると、自負するにはまだ早すぎるからだ。
「さあ行け、ここはお前の居るべき場所ではない」
狼がそのカードを落とさぬよう、袋に入れて背中に括り付けてやり、その背中をとん、と押す。
反射的に、狼は駆け出す。
薄暗く緑の一つもない、途方もなく広い荒れ果てた大地を。
遠く、遠く、遙か彼方に消えていくまで。
彼女は、狼の姿を見守っていた。
「……私はアレルと共にいられるほどの、存在ではない」
狼の姿が見えなくなったあたりで、女は再び口を開く。
事実を再認識するための、小さくて、大きな呟き。
「それは私が非力で、無力で、弱い所為だ」
一歩一歩、足を進めながら、今の自分を噛みしめていく。
自惚れを捨て去り、鍛錬に勤しむために。
自分は、弱いのだと認識していく。
「だから……彼の自由を邪魔せぬほど、私が強くなればいい」
そして、やるべき事を口に出す。
自分が弱いのだから、やることははっきりしている。
もっともっと、強くなる。
あの男の側に、いられるほどに。
「そう思うだろう、なあ」
そこまで再認識し終えたところで、剣を抜く。
「リンリン」
そして、剣先を一人の少女に向けてニヤリと笑う。
「まあカーラったら、呼び出しておいて何かと思えば、そんな独り言を聞かせる為でしたの?」
リンリンは、カーラを小馬鹿にするようにそう答えていく。
その顔に笑顔は、無い。
「はっ、まさか」
笑う。
ただただ、荒れ果てた大地が広がる、この地獄のような世界。
そんな場所で、カーラがリンリンを求めた理由。
「一度、真剣に向き合ってみたいと思っていた。訓練ではなく、実戦で、命を懸けて」
強くなるには、強き者と戦う必要がある。
目指す場所にたどり着くまでに、立ちはだかる壁を乗り越える必要がある。
そして、そこを目指しているのは自分だけではない。
目の前にいる彼女とて、同じ道を歩もうとしている。
「さあ行くぞ、私はアレルに相応しい女になる」
剣を構え、カーラは笑う。
「お言葉ですけど、それは私の台詞ですわ。
タダで済むとお思いにならない方が、よろしくてよ?」
拳を構え、リンリンは笑う。
「その方が都合がいい」
地獄の中、たった二人きり。
「私が、強くなれるからな!!」
終わらない戦いが、幕を開ける。
地獄を抜け出し、三度目の闇を抜け出した先。
そこは、少し高い空の上。
着地しようにも地面が無く、一番近いところでもかなり遠く感じる空の上だ。
背中に翼があれば、話が変わるかもしれないが、無いものをねだったところでどうしようもない。
抗えない自然の摂理に沿って、ただただ、落ちていくだけ。
着地できるか? できたとして無傷でいられるのか?
そんなことを考えている間にも、自分の体は速度を増していく。
そして、あと少しで地面だと認識したとき。
「うわ、わわわわっ!!」
少し間の抜けた、少女の声が聞こえた。
間もなくして衝突音、幸か不幸か、少女がクッションになる形になり、狼は傷を免れた。
狼はゆっくりと立ち上がり、少女の姿を見つめる。
「痛たたた……あ、ご、ごめんね! 痛くなかった?」
少女もまた、痛みを押しながら立ち上がり、狼へと語りかけていく。
差し伸べられた腕は細く、けれども力強さを兼ね揃えていた。
大した外傷も無く済んだのは、やはり彼女のおかげだろう。
返事代わりに小さく吠えると、少女はとても嬉しそうに笑顔をこぼした。
「ちょっとアリーナ! 突然走り出してどうしたのよ!」
森の奥の方から、数人が駆け寄ってくる。
褐色の肌と紫の髪の双子と、リボンが特徴的な一騎の鎧。
きっと、彼女の仲間なのだろう。
特に怯えることもなく、狼は四人を見つめ続ける。
「ごめんごめん、何となく空を見てたら、この子が落ちてきそうだったから、助けなきゃって……」
ゆっくりと立ち上がり、えへへ、と小さく笑いをこぼしながら、両手を広げて無傷をアピールしていく。
安堵のため息をもらす双子に対し、鎧はその姿をじっと見つめていた。
そして、一歩前に踏み込み、アリーナの背中へと回り込んでいく。
「ベホイミ」
わずかに血が染み込んでいた背中を見逃さず、回復呪文を当てていく。
アリーナの体が暖かい光に包まれ、ゆっくりと傷が塞がっていく。
「無理は、するなよ」
治療の後、そんな彼女にかけられたのは、心配の言葉だった。
大事に思ってもらっている、それを再確認できただけで、十分である。
「ありがと」
恥ずかしそうに笑い、小さな感謝の言葉を届ける。
そして、心配をかけたことに対し、頭を下げて謝罪していく。
「サイモンさん、すっかり上手になりましたね」
回復呪文を放った鎧を見て、双子の妹の方が感嘆の声を上げる。
見て学んできたとは言え、これだけしっかりとした呪文を使えるのは、立派なものだから。
「ミネアのおかげだ」
鎧もまた、少し恥ずかしそうに感謝を述べる。
「ちぇ、アタシが教えてあげた時はそんなこと言わなかったのに」
反面、それを見ていた姉はつまらなそうに愚痴をこぼす。
何も彼に教えたのは回復呪文だけではない。
攻めのための呪文だって、彼女が教えていた。
戦闘で使える程度になった時でも、鎧はそんなことを言わなかったというのに。
「……すまない、マーニャ」
「あ"あっ! そうやってアタシが苦手なパターンに持ち込む!!」
気まずさに思わず謝罪してしまう鎧に対し、マーニャが怒りを露わにしていく。
皮肉を大まじめにとられるのが、一番苦手なパターンなのだ。
だから、いつもこうしてマーニャが一人で拗ねてしまうパターンに入る。
変わらない、なんて事はないやりとり。
それを見て、アリーナは笑う。
ずっとずっと、楽しい時間はこうやって続いていくのだ。
「もう、行くでしょ?」
視線を落とし、狼に問いかけていく。
空から降ってきたときから、普通ではないと思っていた。
けれど、それ以外にも何か、狼が使命を背負っているのは、薄々感じていたのだ。
こくり、と小さく頷いた狼に対し、アリーナは言葉を続ける。
「みんなに、伝えてくれるかな」
彼女が願うのは、ただ一つ。
「あたし達は、ずーっと友達だよ、って」
出会った者達と、いつまでも友達でいること。
ずっとずっと、忘れなければ、友達でいられるから。
自分は忘れない、出会った人々を、友達のことを。
だから、忘れないでほしかった。
仲間を、自分を、アリーナという一人の少女を。
友達として、胸に刻んでおいてほしかったのだ。
「行ってらっしゃい、頑張ってね!!」
アリーナの願いを背負い、狼はまたどこかへと走っていく。
その姿が見えなくなるまで、アリーナ達はその後ろ姿を見送っていた。
太陽が輝いている。
森の中、暖かい木漏れ日と共に、足を進めていく。
何の変哲もないただの森を進んでいく理由。
それは、"友達"を迎えに行くため。
「……やっと、見つけた」
こんな森の奥深くで、一人でずっと泣いていた、桃色の髪の少女に。
「迎えに、来たよ」
手を、差し伸べるため。
四度目ともなれば、もう慣れたものか。
抜け落ちていく世界も、生まれてくる世界も、特に驚くことはない。
自分は、それをただ駆け抜けるだけなのだから。
次なる場所はどこかのか、次こそは"光"を手にできるのか。
走らなければ分からないことだから、走り続けるしかない。
駆け抜けた先、そこは薄暗い洞窟の中。
次は、どこに向かうべきなのかと考えていたとき。
「あっ、狼さんだ!!」
「ホント!? どこどこ!?」
元気な二つの声が、洞窟中に響く。
間もなくして、どたどたと二つの足音が聞こえ、こちらに近づいてくる。
警戒するべきか、否か、それを考えるのに時間は必要なかった。
その正体は、輝くような笑顔の、二人の子供だったからだ。
むしろ、自分の姿に怖がらないのか、と狼が驚いているほどだ。
「か〜わいい〜〜!」
出会うや否や、首もとからがっしりと抱きついてきて、全身を撫でられる。
少し苦しいけれど、柔らかくって、暖かくて、優しい。
無邪気な二人の接触に、狼は満更でもない顔でそれを受けていた。
「ねえねえ、どこからきたの? あたし、タバサ! よろしくね!」
「僕はレックス、よろしくね!」
ひとしきり撫で終わった後に一歩退き、二人ほぼ同時に自己紹介をする。
言葉が通じる相手ではないというのに、何の疑いを持つこともない。
本当に純粋な、子供らしい眼をした二人に、狼は少しだけたじろいでしまう。
「ああ、やはりここにいましたか」
「あっ、ピエール!」
そんなとき、もう一つの声が響く。
呼びかけられたレックスの声とほぼ同時に現れたのは、一匹の魔物。
狼はその姿を見て、条件反射でうなり声を漏らしてしまう。
が、それに気づいたタバサが、微笑みながら狼を撫でる。
大丈夫、という無言のメッセージが籠もったその手に、狼はひとまず安心することにした。
「裏山探検もいいですが、そろそろお食事の時間ですよ」
「は〜い」
とても魔物とは思えないほど、優しい声。
とてとて、とついていくレックスの後を追うように、タバサもついていこうとする。
「あ、そうだ!」
そこで、何かを思い出したかのように立ち止まり、振り向いて微笑む。
再び、差し伸べられる暖かい手。
「ねっ、狼さんっ、一緒に行こうよ!」
受ける理由はなかったが、断る理由もない。
こんなにも優しく差し伸べられた手を、はねのけるほどの事も無い。
狼は、差し伸べられた手に答えるように、ゆっくりと前に進んでいった。
大まかな移動は転移呪文だった。
間もなくして目の前に現れたのは大きな城が一つ。
ここが、どうやら彼らの家のようだ。
招かれるままに、城へと足を進めていく。
少し太った召使いらしき男のお帰りなさい、という暖かい声。
それに反応するように、城中から声が聞こえてくる。
それだけでも、二人がどういう存在なのか、はっきりと分かる。
大通りを抜け、最上階のある部屋の前に立ったとき、子供たちと同じ青さの髪を持つ、綺麗な女性が現れた。
「おかあさん」と、二人が声を上げる。
どうやら、彼女が二人の母親らしい。
現れた彼女は、少し申し訳なさそうな顔をして、二人に語りかける。
「ごめんね、もうちょっとだけ準備に時間がかかるから、待ってくれる?」
二人は少しだけ困った顔を浮かべた後、さぞ名案が浮かんだかのように、顔を明るくさせる。
「じゃ、お城を探検しようよ!」
時間があるなら、できることはある。
大事な客人に、自分の"家"を案内できる時間になる。
そうと決まれば動きは早く、二人は狼を連れて階段を駆け下りていった。
真っ先に向かったのは、城の少し外。
そこで、黒髪の派手な女性が、複数の魔物を相手に剣を握っていた。
煉瓦で出来た巨人、刀と矢を手にした機械、
どれもこれも、屈強な魔物たち。
到底、一人で相手できるとは思えない、が。
「ゴレムス、ギーガ! 隙を意識しなさい!
ロビン、エミリー! 守りが足りないわ!
リンガー、オークス! 真正面を破られるわよ! もっと踏み込みなさい!」
戦いの主導権を握っているのは、常に女性だった。
鮮やかで、流れるような剣捌きと、荒れ狂い猛る呪文。
それらによる力強い攻めは、屈強な魔物たちを圧倒するに十分な技量であった。
聞けば、あの母親の姉らしく、旅で培った戦闘技量を買われ、つい最近、魔物たちの指導要員になったのだとか。
見た目とは裏腹に力強い攻めの数々が、何よりの証拠だろう。
魔物たちの戦いのクセを見抜き、正確に指摘している。
「ピピン、分かった?」
「あ、はっ、はい」
「もう、本当に分かってるの?」
その中に、一人混じっていた少し気の弱そうな男に、彼女は問いかける。
ピピンと呼ばれた男はこの城の近衛兵のようだが……正直、女性の方が力強く、心強いと思うのは間違いではなさそうだ。
小さなため息が漏れた後、彼女は子供たちに気がつく。
「あら、今日は珍しいわね。ありがと、もう行くわ」
おそらく、普段は先ほどの魔物が迎えに来るのだろう。
わしわし、と二人の頭を撫でた後、魔物たちに声をかけてから、彼女も城へと戻っていった。
次に向かったのは、城の地下。
広大な場所にいるのは、無数の魔物だった。
けれど、殺意も敵意も感じない、むしろ感じるのは優しさと暖かさだ。
「チロルーーーーっ!!」
タバサが、すぐ近くにいた大きな獣へと飛びついていく。
獣は嫌がるわけでもなく、むしろ満更でもなさそうな表情で、まるで猫のように転がっていた。
「あっ、レックス様!」
一匹のスライムが、レックスの姿を見て飛び跳ねる。
それに反応するように、次々に魔物たちがレックスの方を向く。
「お帰りなさいませ」
真っ先に反応したのは、赤い体と山羊の頭を持つ魔物。
そして、兜だけの魔物が嬉しそうに飛び跳ね、二色のリンゴもごろごろとあたりを転がっている。
子供たちの何倍も大きな姿の巨竜も、上から笑顔で見守っている。
空を飛ぶ蝙蝠や怪鳥や宝石、踊るスライム達など、誰も彼もが本当に嬉しそうな表情を浮かべていた。
「すごいでしょ」
そんな魔物たちに囲まれながら、レックスは自慢げに笑う。
「みんな、お父さんの友達なんだよ」
ここにいるのは、みなが仲間。
一人一人が、大切な彼の友達であり、仲間なのだ。
その証は、互いに信頼しあった表情と、安堵の顔。
そして何よりも笑顔。
暖かく、輝く空間が、そこに確かにあった。
そこで、ゆっくりと地下に、先ほどレックス達を迎えにきた魔物が降りてくる。
「レックス様、タバサ様、お食事の準備が整いましたよ。手を洗って、うがいをお済ませ下さい」
どうやら、食事の準備が整ったようだ。
子供たちは元気よく返事をし、仲間たちに別れを告げてから、最上階へと足を進めていった。
「いつもありがとう、ピエール」
最上階の広間の前、手を洗いに行った子供たちと入れ違いに現れたのは、ターバンの男だった。
スライムの騎士が、一礼をする。
「リュカ様、戻られたのですか」
リュカと呼ばれた男は、子供たちの目付役であったスライムの騎士の頭を撫でる。
母親と同じ、輝くような笑顔。
ああ、この笑顔が子供たちにも、引き継がれたのだろうと分かる。
「今し方、ね」
その笑顔が、自分にも振りまかれていることに気づき、狼は返事代わりに少し鳴いた。
腰を下ろし、狼に目線を合わせ、頭を撫でていく。
「今日はお客の多い一日だねえ」
「はい?」
その言葉がどういう意味なのか、騎士には分からなかった。
けれど、狼には何となく分かっていた。
と、いうよりは悟られていた、が近いだろうか。
「ふふっ、なんでもないさ」
頭を撫でながら、リュカは立ち上がる。
「……背中は押した、未練はないし、見送ってきたつもりさ」
ゆっくり、ゆっくりと、食事場に向かうリュカは独り言のように漏らしていく。
「けれど、もし許されるなら」
そして、狼へと振り向く。
「僕たちは変わらず、"幸せ"だと、伝えてほしい」
その言葉と、温もりを狼に乗せて。
「きっと、彼らの力になる」
己の"幸せ"を、託した。
「さ、行っておいで」
再び、背中を押す。
突き動かされるように、狼が走り出す。
石壁に生まれた裂け目、見えない闇に溶け込んでいくその姿を。
リュカとフローラは、じっと見つめていた。
「あれ? お父さん、お母さん、狼さんは?」
ちょうど戻ってきた、子供たちが彼らに問う。
「ああ、家に帰らなくちゃならなくなったみたいなんだ、だから、先に失礼するって言ってたよ」
「ええ〜っ、お別れしたかったなぁーっ」
残念そうな顔をする子供たちの頭を撫で、リュカは笑う。
「大丈夫、また逢えるさ」
どこかを、見上げて。
「そう、きっと、必ず――――」
「聞いてくれよミレーユゥ〜〜!! チャモロの奴ったらそれからビースカ泣いてよぉ〜!!」
「嘘に決まってるでしょう! ハッサン! どこまで嘘を……」
「おおっ、嘘だって言うならあの時の台詞を言ってやろうか? "お母さん、お母さん、おかおか"――――」
「だーーーーっ!!」
次の世界、真っ先に飛び込んできたのは、そんな酔っぱらいの声だった。
たき火を囲んで楽しそうに会話する、三人の男女。
モヒカンの男が茶化し、不思議な帽子の少年がそれに怒り、金髪の美女が笑う。
なんて事はない、とある仲間たちの夜。
「あら、迷子?」
それを少し遠くで見つめていた栗色の髪の少女が、狼に気づく。
これまでの世界の人間と同じように、少女もまた座り込み、狼に目線を合わせていく。
「少し、付き合ってくれない?」
そのまま手を後ろにつき、木にもたれ掛かる形で座る。
狼を横に、楽しそうに笑う仲間を見て、少女は一人呟く。
「こうやってさ、皆と笑いあえるだけで、良かったんだ」
乾いた笑いと共に、語り続ける。
その表情にはどこか影があって、わずかに涙が浮かんでいる。
「ずっと、ずっとこの楽しい時間が続けば良いなって、思ってる」
笑いながら語り合う仲間、それを遠くで見つめる自分。
何気ないこと、けれど一生は続かないと分かっていること。
だから、一歩離れた場所にいる。
「これは小さな幸せ、私が掴もうとして、掴めなかった、叶わなかった小さな"夢"」
願った、願い続けた。
だから、自身と同じ夢として残り続けている。
小さくて、叶いそうで、叶わない夢。
「大魔王を倒しても、こんな小さな夢すら叶わないのに、ね」
この世界を夢見て生きて、戦って、前に進んできたはずなのに。
手にした未来は、夢は、違っていて。
ただ、黒い未来を受け入れることしかできなかった。
「それに、さ。私はもっと大きな"夢"を、抱えちゃったんだ」
そんな小さな夢ですら叶わない世界で、彼女はさらに大きな夢を抱えていた。
夢は夢、願うことは自由。
小さくても、大きくても、願い続ける事は自由だ。
「……それは私がどう頑張っても叶わない」
けれど、それが叶うという保証はどこにもない。
環境、自身の力、時期。
現実という重くて変え難い壁は、いくつもの夢を切り裂いていく。
「だって、あの人の心は、一人で占められてるから」
そう、例えば――――恋心。
「ねえ、狼さん」
ふふ、と笑ってから、少女は狼に語りかける。
馬鹿らしいとは思うが、馬鹿らしいからこその夢である。
だから見続けられるのだし、追い続けられるのだ。
「もし、もし届けられるなら、届けてほしい」
けれど、それが叶わないと分かったとき。
"夢"だった"もの"を抱え続けてしまう。
だったら、だったら。
「"大好き"って」
それをもう一度、"夢"に戻すことくらい、願ってもいいのではないか。
自分勝手な願いだとは分かっている。
けれど、もう一度、もう一度夢が見れるのならば。
「……もう、行くんでしょ? ごめんね、呼び止めて」
夢を見れることに、賭けてみたくなったのだ。
「じゃあね」
その夢を叶えられる使者を、彼女は見送る。
一方的な話を黙って聞いてくれただけ、むしろ聞いていたのかどうかすら怪しい。
けれど、彼女は確信していた。
きっと狼は、その願いを届けてくれるのだろう、と。
「……どうしたの?」
談笑していた仲間のうちの一人が、心配そうに彼女の元へ寄ってくる。
浮かんでいた涙を拭い、彼女は笑って答える。
「願い事。ひとつだけ、ね」
長い、長い闇の中。
慣れにも近い感覚を覚えながらも、この場所をさまようのはまだ不安が残る。
だから、目の前にぼうっと光が見えたときが、一番安心するのだ。
「ああ〜っ!!」
今度の光の正体は、よく見知った顔。
小さな体に、欠けた歯、少しぼろぼろのローブに身を包んだ少年。
もとい、かつて同じ狼であった少年だった。
「久しぶりだな〜!! 元気してたか〜?」
わしわし、と自分のことを撫でる彼は、暗闇の中に確かに存在していた。
一体どうして? とは不思議と思わなかった。
様々な世界を転々としてきた所為か、そういうことに疑問を抱かなくなってきていたのかもしれない。
「お〜い! みんな〜!!」
少年が声を上げる。
すると、どこからともなく三人の男女が現れた。
「うるふわ! 心配したじゃない!!」
真っ先に頭巾の少女が狼に抱きつく。
いつだったか、こんな感じに抱きしめられていた。
あの時と同じように、少し首が締まっているのは相変わらずだった。
「う、うるふわ?」
狼に抱きついて離れない少女に、緑の服の少年が問いかけていく。
うるふわ、という名前の出所に対して、だ。
「そうよ、私が名付けてあげたのよ」
「センスの欠片も感じない……」
返ってきた答えに対するリアクションを受け、少女が少年の腹に拳をたたき込むまでにかかった時間は、わずかだった。
胸ぐらを掴み、この世の物とは思えない罵詈雑言が飛び交っている。
ぽかんとしている狼少年をさしおき、側で見ていた女性が苦笑いしながら少女を止めていく。
「はい、はい、どおどお」
女性に押さえられながらも、少女はまだ言葉を止めない。
まあ、こうなると分かっていただろうにそれを言い放った少年に非がないとは言い切れないが。
「よく……ここまで頑張ったな、えらいぞ」
そんな喧嘩を横目に、狼少年は自由となった狼を撫でていく。
体の所々に見える傷の跡は、彼に何かを伝えるには十分すぎた。
そして、少女を宥め終わった女性が、頭をなで続けられている狼にゆっくりと近づいていく。
「ここは、"願い"の行き着く先。
人々の、誰もが願う"夢"の、終着点」
この場所の、この世界の真実を、狼に向けて放つ。
「私たちは、もう死んでしまった。だから、こうして叶わない"夢"だけがぼんやりと浮いてる。
普通の人なら、ここまで来ることは無いわ。それまでにある、他の"夢"に捕まってしまうから」
狼が見てきたもの、そして出会った人々。
今目の前にいる彼らでさえも、幻であり夢である。
願う力が実体を持つ世界だからこそ、純粋な願いが生き続けていられるのだ。
もっとも、人間であればそれよりも上にある、表面上の願いの世界に引っかかってしまう訳だが。
「あなただったからこそ、こんな深くまで来れたのかもしれないわね」
まだ、願いが薄かった狼だったからこの"深層"までやって来れたのかもしれない。
誰もが持つ、"夢"と"願い"の根底へと。
「さあ、もう一踏ん張りよ、ここを抜ければ、もう近いはずだから」
背負った物の数は多い、切り抜けるための力も貰った。
だから、後少し、もう少し走れば、元に戻れる。
きっと、彼らは先に戦っているはずだから。
託された願いと共に、そこにたどり着かねばならないのだ。
「頑張れよ! オイラ、応援してるからな!」
今にも走り出そうとする狼を、少年が激励する。
それを受けて、狼は走りだそうとする。
「待って」
それを止める、少女の声。
振り向いた時に彼女は俯いていて、声も少し上擦っていた。
「言えなかったの、だから伝えてほしい」
これから"世界"へ戻る狼へ。
言いたくても、声に出来なかった、最後の"願い"を。
一人の男に向けた"言葉"を。
「"ありがとう"って」
託していく。
きっと、それが届くと信じるために。
「僕からもだ」
そして、少年も狼を呼び止める。
「"ありがとう"を、伝えてほしい」
彼女と同じで、でも少し違う。
そんな気持ちと、少しだけ共に戦った仲間に向けて。
同じ言葉を、託していく。
そして、狼は小さく頷き、走り出していった。
"願い"の集いし世界の奥深く。
そこで眠り続けていた、叶うことはない、いくつもの"夢"。
もしかしたら、現実になっていたかもしれない"それ"。
その"夢"たちの"願い"を背負い、狼は駆け出す。
"闇"を、切り裂くために。
【うるふわ(ガボの狼)@DQ7】
[状態]:"願い"をその背に
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]:駆ける
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以上で投下終了です。
オ、オールスター…!
全員の夢を背に受けて、うるふわも決戦の地に進む。
乙です!
いよいよ終焉が近づいてきた感じ
再び一堂に会する時果たして何が起こるのか
乙
過去作見たらこのロワの5のキラーパンサーの名前プックルだったでござる
75話「対魔神戦用意!」と78話「追憶」で名前出とる
でもまあ夢の世界だし名前違うのも別にあり得るのか