試合開始の号令が響いた時には大勢の熱気に包まれたコロシアムの会場が
今は恐ろしいほどに静まりかえっている。
コロシアムの中心には銀髪の男が不敵な笑みを浮かべながら佇み、
その足元に亜麻色の髪をした少女が倒れていた。
「こんな事が…」
そう呟いた黒髪の神官の拳が硬く握られ、隣に控えていた老齢の魔術師の顔も険しく歪んだ。
「…っ…」
倒れていた少女が身じろぎ、体を起こし懸命に立ち上がる。
満身創痍の体でありながらその眼光にはまだ闘志の炎は消えていない。
「アリーナ姫様!!」
二人の従者のうちどちらの叫び声だったのか―――
再び沸き起こった大観衆と体を蝕む激痛にかき消されてアリーナには判らなかった。
「まだ続けるつもりか小娘?」
銀髪の男『デスピサロ』は不敵に笑い続ける。
「まだ負けた訳じゃないわ!」
再び身構えて叫ぶアリーナはデスピサロとの間合いを取る。
―――この男は強い――――
スピードも力もこれまでの対戦者とは次元が違う。
しかも魔力も桁違いだ。
言われっぱなしが悔しくて言い返したはものの、勝てる自信はない。
ひょっとしなくても適わないかもしれない…。
それでも。
それでもこの男に一矢報いてやらねば気がすまない。
「たぁーーーーーっ!」
コロシアムの土を蹴ってアリーナがデスピサロに飛びかかった。
繰り出される拳も蹴りもまるで見透かされたように避けられてゆく。
「…ふん。」
デスピサロがつまらなそうに溜息をついたその一瞬をアリーナは見逃さなかった。
ドンッ
試合開始から初めて、今までの中で最速、会心の拳がデスピサロの鳩尾に入りその音は誰の耳にも響いた。
高まる大喝采、クリフトとブライの歓声、拳から直に伝わる感触。
アリーナを含めた誰もが勝利を確信した。
だが――――
「貴様…」
呟いた男の目におぞましい殺意の光をアリーナは見た。
デスピサロがアリーナの腕を掴み無造作に振り上げ、すさまじい勢いでコロシアムの壁に叩きつける。
アリーナの体それ自体が弾丸の様に打ち付けられ、
相当の強度で作られただろう壁がもろく崩れ落ちる。
「ぁ…っぐ…!!」
――――人ではない何か、だ―――――
薄れ行く意識の中でアリーナはその禍々しい正体を感じながら
沈み、微動だにしなくなった。
「なかなかの一撃だった。勇者にあらずとも貴様のような奴がこの茶番劇に出てくるとはな…
我等目的の障害になる可能性…死ね。」
デスピサロはアリーナに向かって右手をあげ何事か呟き始めた。
「姫様ーーーーっ!!!!」
クリフトが剣を抜いて観客席から身を乗り出し、ブライが高く杖を振りかざそうとしたその時
コロシアムの空に一匹の魔物が舞い込んだ。
「デスピサロ様!デスピサロ様!」
キイキイと飛び回る魔物に会場内が騒然とする。
「うわぁぁああああ魔物だーーーー!!」
「きゃーーーーーっ!!」
悲鳴と怒号が入り混じり騒然する観客達のなか、戦いを見守っていたエンドール王が立ち上がる。
「おのれ!何故魔物が?!衛兵!衛兵!!」
すぐに控えていた衛兵達から空を飛び回る魔物に向かって弓矢や魔法が放たれたが
まるで何かの魔力に阻害されるように魔物の手前で消滅していった。
「?!!!」
人々の動揺に拍車がかかり我先に逃げ出そうとする観客で会場は混沌の渦と化した。
魔物はデスピサロに近づき、耳元に何事か呟くと人には判別できない笑い声を上げて
再びデスピサロの上を嬉しそうに飛び回った。
「そうか、見つけたか。ふ、ふふふ。ならば優先すべきは勇者の抹殺。
このような茶番に付き合う暇はない。すぐにでも向かわねば!
…小娘、命拾いをしたな。これに懲りて二度と魔族に逆らおうなどと思わぬ事だ。ふはははははは!!」
デスピサロはそう高らかに笑うと左手を天掲げ叫んだ。
「ルーラ!」
魔法特有の光がデスピサロを包み、遥か高い天に向かって消えていった…
残されたのは呆然と立ちつくす人々と
倒れた少女だけだった。
「姫様!アリーナ姫様!!」
倒れたアリーナの元にクリフトとブライが駆け寄る。
クリフトはアリーナの身を起こし持てる魔力の全て彼女の傷を治癒した。
ブライもまたエンドールの侍従に薬草、血や泥をふき取る水や布などを手配してもらう。
「…う…っ」
与えられた傷の酷さ故に完全とまではいかなかったがアリーナにようやく意識が戻る。
「…姫様!」
「……よかった。」
クリフトの膝にまだ立てないアリーナの頭が乗せられ、横たえられた。
アリーナが目を開けるとクリフトの目を潤ませた顔とブライの疲れたような顔が目に入る。
二人に相当の心配をかけてしまった事をアリーナは心底悔やんだ。
「…私は…負けたのね…。」
「姫様…。」
「…………。」
アリーナの呟きにクリフトもブライも困ったように頭を振る。
「…殺されるところだったんですよ。」
「あやつはどうやら魔族のようですな。姫様は人間、勝てずとも仕方ありますまい。」
「そうね…ごめんね…でも…」
アリーナは目を閉じてコロシアムの土ごと拳を強く握り締めた。
「悔しい。私、悔しいわ……。」
アリーナの目から一粒小さな雫が零れ落ちた。
自分達がよく知る気丈で勝気な姫の涙を二人はただ黙って見守るしかなかった――――
武術大会はデスピサロが魔族であった事、試合終了の号令が出る前に姿を消した事で
形式上はアリーナの優勝とされた。
だが、アリーナにとってみればそれは侮辱以外の何者でもなくアリーナの心に大きな火種を残した。
そしてサントハイムの一報。
父王を初め、住民達は姿を消し、慣れ親しんだ城には魔物が闊歩する。
エンドールの旅の扉で辛うじて生き延びたサントハイム兵士の口からは
『デスピサロ』のが紡がれた。
「許さない。私、絶対にデスピサロを許さないわ。」
すでに魔物の城と化してしまったサントハム城の裏前でアリーナの手が小刻みに震えている。
恐怖ではなく怒りで。
火種は燃え盛り、アリーナの心を激しく焦がす。
生死の境を彷徨うような傷などその炎の熱さに比べれば何と軽いものか。
「姫様…。」
クリフトが心配そうに頭一つ下のアリーナを見下ろし、隣に控えているブライに視線を送った。
「姫…。」
ブライが物申そうと頭一つ上のアリーナを見る。
その目には強い強い決意と闘志、希望の光。
「今のままじゃ駄目。もっと、もっと、訓練して、強くなるわ。
私には武術しかないけれど魔族の事、魔法の事ももっと勉強して強くなるわ。
必ずデスピサロに武術大会の借りを返して…勝つわ。そして皆を助けるのよ!!」
もう誰にも何も言えなかった。
まだ見ぬ未開の地を渡る不安も、襲いくる魔物への恐怖も、この方の障害にはなりはしない。と。
「ほんに困った御方じゃの…。」
そう言うブライの顔に非難の色は見えない。
「…判りました。このクリフト、姫様がデスピサロを倒すその日まで御身の為に尽くします!」
クリフトの顔にも決意の表情が見える。
まるで自分の決意が二人に移っていくかのように。
アリーナは気恥ずかしくなって誤魔化すようにお気に入りの帽子をかぶり直して
二人に背を向ける。
「ありがとう。心配かけてごめんね…。」
後ろで二人が笑う気配がした。
「さぁ、行くわよ。行ってきます、お父様。必ず帰ってくるからね!」
てな感じかね。
と勝手に投下してみた。
ちなみに自分の一番のお気に入りはライアンだったりするんだがwww