「これから貴様達には殺し合いをしてもらう」
それは脳髄に絡みつくような癇に障る低い声で、まるでそれが当然であるかのように宣言された。
ざわめいていた場内が一瞬で静まり返る。
照明は薄暗く、かなり広いこの大広間。標準的な教会くらいの大きさだろうか。
見渡せば数十人はいるかと思われる大勢の人間、もしくは異形達。
正面の壇上には豪奢な玉座に座っている一人の男がいる。先ほどの言葉はこの男から発せられたのだ。
(殺し合い? 何を、言ってるんだ……)
サントハイムの若き神官クリフトはこの突然の宣言に混乱していた。
彼はサントハイムの教会でいつものように神に祈りを捧げていたはずだった。
しかしその時、突如として見も知らぬこの場所に移動させられていたのだ。
壇上にいる彼の圧倒的な威圧感に心臓が締め付けられ、足がブルブルと震えて倒れそうになる。
クリフトは知らなかったが壇上の男は大神官の名を冠する者だった。
竜の羽を模した頭巾を被り、白い生地に悪魔の刺繍が入ったローブを着ている。
彼の発する重圧で呼吸をするのも難しい。
(は、はは……殺し合い? そんなことできるわけないじゃないか……)
そう文句を言いたいが、恐怖で喉が震えて口から漏れたのは掠れた吐息だけだった。
「ハーゴン!!」
突如として怒号が上がり、会場の視線が一斉に源に注がれる。
そこには青い帽子とゴーグルをつけた戦士がいた。
「何故お前が生きている!? お前は僕たちが滅ぼしたはずだ!」
「久しいな、ローレシアの王子よ。だが今は無粋な真似はよしてもらおう。
しばらく大人しくしているがいい」
ハーゴンと呼ばれた男が指をパチンと弾くと、その青年は急に呻き声を発して膝を突いた。
「うっ、身体が……痺れて」
「だ、大丈夫?」
彼の仲間と思わしき男女が彼のそばに駆け寄っていった。
「話が止まってしまったな。改めて自己紹介しよう。
わたしの名は大神官ハーゴン。フフフフ……今現在諸君らの命を握る者だ」
そう言うとハーゴンは自らの首を指差した。
「ふ、ざ、けるなぁっ!!」
今度は聞き覚えのある声がしてクリフトは振り向いた。
「貴様が何者かは知らんが、黙って言いなりになると思うな!」
黒衣を身に纏い銀色に流れる髪を逆立ててその男は激怒していた。
(ピ、ピサロ!?)
魔物の長、デスピサロ。
かつては敵同士でありながら真の邪悪を倒す為に勇者の供をしていたクリフトたちとは
手を組んだこともある男だ。
そのピサロの足元から幾条もの稲妻が疾走り、ハーゴンへと襲い掛かる。
ジゴスパーク。
地獄から雷を呼び出す高等な技だ。
しかしハーゴンはそれを詰まらなそうに眺めやるだけで動こうともしない。
クリフトはそれを見て絶望的な予感がした。
稲妻はハーゴンに迫るや否やバチィッと大きな音を立てて弾け散る。
ハーゴンには焦げ跡一つ突いていない。
「な、んだと……?」
「やれやれ、わたしは自分の話が中断されるのが嫌いだ」
ため息を一つ吐くとハーゴンはユラリと椅子から立ち上がった。
「ちなみにこの空間内にはわたしの呪詛の粋を極めた結界が張ってある。
よって諸君らの呪文、特技は威力を成さない。
云わばただの賑やかし……蟻を殺すことも出来んのだよ」
「ならば直接その首をへし折るまで!!」
(やめ……やめるんだピサロ!)
ハーゴンへと飛び掛っていくピサロをクリフトは必死で止めようとするが、
身体が竦んで声を出すことが出来なかった。
そしてハーゴンが再び指を鳴らすと、ピサロはその場に崩れ落ちた。
「ぐ、うぅ……馬鹿な」
「賢人の話は最後まで聞くものだ。諸君らには逆らえないようにある細工がしてある。
自らの首に輪具が嵌められているだろう?」
言われてクリフトは首に手を触れた。固い手触り。
周りの人物にもそれは嵌っていて鈍く黒光りしていた。
それはまるで鎖につながれた犬のように――クリフトは逃げられないことを悟った。
「その首輪を嵌めている限りわたしに逆らうことはできない。
わたしの合図でいつでも諸君らを無力化できるし、それでも言うことを聞かない輩には……
死をくれてやることもできる」
「な、何……?」
身体を痙攣させながらも必死にピサロは身体を起こし、ハーゴンを見上げる。
その様子をニヤニヤと眺め、ハーゴンは指を立てた。
「ではその証明のために実践してやろう」
ピーーピーーピーーピーー
「キャァアアアアアアっ!!」
ハーゴンの言葉とともに何処からか電子音が鳴り響き、そして悲鳴が上がった。
「ロザリーッ!?」
ピサロの顔が悲鳴の主を見て恐怖に引きつる。
「貴様はこのゲームにおいていろいろと活躍してくれそうなのでな。
見せしめに殺すのは別の奴にしておいてやろう。良かったなぁ……クックック」
嘲笑うハーゴンを見上げピサロは叫ぶ。
「止め、ろ! 殺すならば俺を殺せ、ハーゴン!!」
「もう遅い」
ピピピピピピピ
電子音の間隔が次第に短くなっていく。そして――
「ピサロさ……」
ボンッ
クリフトはまるで喜劇でも見ているかのような錯覚を覚えた。
ロザリーの首はまるで玩具のように舞い上がり……そして地に落ちた。
……ドサ
「お、ぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおっ!!」
ピサロは力を振り絞って立ち上がるとロザリーの首へと駆け寄り、拾い上げる。
「う、くぅ……ロザリー……」
誰も言葉を発さない。発することが出来ない。
ある者は恐怖に呑まれ。ある者は隙を突く機を窺うため。
だがハーゴンは常に全員を見渡せる壇上にいる。隙を突くことは難しかった。
「さて、自らのおかれた立場が理解できたかな? わたしに逆らえば誰もがああなる」
全員がハーゴンを注視し、そして沈黙した。
「結構。では改めてゲームの説明をしよう……悪魔神官」
ハーゴンは満足そうに頷くと再び椅子に座り部下を呼んだ。
呼ばれたその者は仮面とローブを纏い、その姿を窺い知ることはできないが少なくとも人間に見えた。
「では私の方からこのゲームの説明をさせてもらう。
諸君らの生命に関わることなのでよく注意して聞いてもらいたい」
そしてこの殺戮ゲームの説明が始まった。
………
「以上だ。ではハーゴン様」
悪魔神官は説明を終えるとハーゴンに一礼をして後ろに下がった。
そしてハーゴンは立ち上がり参加者たちに向け両手を広げる。
「もう一度言おう。貴様たちにはこれから殺し合いをしてもらう。だが悪いことばかりではない。
このゲームに勝ち残り最後の一人となったものには私直々に褒美を取らせよう。
元の世界に戻すのは当然、富も名誉も思いのままだ。そして……死者を甦らせることもな」
「!」
ずっとロザリーの生首を抱きしめ俯いていたピサロがその言葉に反応し顔を上げた。
(……ピサロ)
その時ピサロが何を考えたのか……クリフトには想像することしか出来ない。
憎き相手の言葉を信用するかしないか。クリフトはピサロのプライドを信じるしかなかった。
そして自分は……どうするべきなのか。
答えの出ないまま、始まりのときは訪れた。
「では諸君! 健闘を祈る!!」
ハーゴンの言葉とともに会場全体が輝きに包まれ……クリフトは意識を失った。
「ついに……始まりましたな、ハーゴン様」
「うむ、再び破壊神を降臨させるのだ……今度こそは完全にな。
……思えばロトの末裔どもに邪魔をされた時は生贄はわたし一人。
祈りも途中で中断し、不完全なものだった」
ハーゴンは口惜しそうに唇を噛む。
「そうでなければ我らが神が敗れるはずもございますまい」
「うむ、だが今度は完全な召喚に必要な倍以上の生贄がある。
そして残った最後の一人はさぞや神を降臨させるための良き依り代となるだろう……ククク」
拳を握り締めハーゴンは哂った。
破壊の神シドーはロトの末裔に敗れ元の世界に戻る時に、最期の力を振り絞り
ハーゴン達を蘇生させて、この神の目の届かぬ異空間においてのみ万能の力を与えた。
それは全て自分を完全に復活させるためだ。
薄暗い広間の中、ハーゴンの笑声と共に玉座に飾られた邪神の像が薄く哂った様な気がした。
【ロザリー 死亡】
【残り43人】
【ゲームスタート】