かなり真面目にFFをノベライズしてみる。その3

このエントリーをはてなブックマークに追加
243竜の騎士団
 
 東西に広くその身を連ねる、雄大な山脈の山合から差し込む朝日を受けて、その城は目覚める。
積み上げられた石壁は宵闇の黒から本来の灰色へ、やがて輝くような銀に染まり、見惚れるような
美しい城郭の全貌を燦然と見せつける。その変化が終わらないうちに、尖塔の一つから勇ましい
ラッパの音が響き渡り、たちまち静まりきっていた城内に兵士達の波が溢れかえる。諸外国にその
圧倒的なまでの威を誇る、超軍事国家バロンの夜明けである。
 城下は強固な城塞で守られ、さらにその周囲を広大な海と険しい山脈地帯が囲んでおり、天然の
要塞は外敵の侵入を許さない。また同時に豊富な山川は地に実りを与え、湿潤な気候と豊饒な土が
齎してくれる恩恵は、一国の民が享受しきるにはあまりあるほどである。これら全てのおかげで、
バロンの民は今日も安らかな朝を迎えることができるのだ。だが、このような理想的な環境を手に
するまでには、もちろん容易ならざる道のりがあった。
 もともとバロン地方は魔物のはびこる大地であった。そこに多くの勇猛な部族達が決死の覚悟で
入り込んできたのだ。魔物達から土地を奪った後も彼らの争いが終わることはなく、豊かな土地を
巡って次々と戦が繰り返された。長い戦乱の歴史、その果てについに勝ち残った部族こそが、彼ら
バロンの民だった。
 それを「血塗られた歴史だ」と非難する国もあれば、「栄光の軌跡だ」と褒め讃える国もある。
バロンに生きる人々は、そのどちらでもない。そこは祖先が守ってきた土地であり、また彼らが
守るべき土地であるというだけだ。
 魔物達もこの地を諦めたわけではなく、山陰の奥深くに息を潜めながらも、自分達の領地を取り
戻そうと常に目を光らせている。このため例え争いの無い時でも、バロンの軍備が怠られるような
ことは決してない。
 そのバロンの軍隊は主に陸軍、海軍、空軍の三部隊で構成され、各部隊はさらに複数の兵団に
分かれている。比較的弱戦力である海軍は、海兵団や傭兵団。兵士達の大多数を占める陸軍は、
陸兵団、騎兵団、魔道士団、近衛兵団などで組織されている。そして、強大なバロン軍の中でも
ずば抜けた戦力を誇るのが空軍であり、この部隊はたった二つの兵団で構成されている。

244竜の騎士団:2005/10/14(金) 00:02:07 ID:xePae7Cx
 そしてもう一つが、竜騎士団である。

 彼ら竜騎士は、鍛え抜かれた鋭い槍技、そして見上げるような城壁も一飛びに超える驚異的な
脚力を以て戦うが、もうひとつ、飛空艇に勝るともそうは劣らない強力な武器を持っている。
それが彼らを竜騎士と呼ばしめる由縁、空を馳せる王者、飛竜である。彼らは竜と共に戦うのだ。
 実はバロンの祖が生き残れたのも、この飛竜と言う生物のおかげだ。少数民族であったバロンが
この地の征服者になることができたのも、彼らの助けがあってこそであった。
 古の時から変わらず竜と共に生き、死んでゆく誇り高き竜騎士達。そしてその頂点に立つ男こそ
他でもないセシルの親友、カイン=ハイウィンドである。

 ところで、「カイン=ハイウィンド」という名は彼の本名ではない。
 ハイウィンドとは、空を知り、風を知り、そして竜を知る者の証。歴代の竜騎士団団長にのみ
受け継がれてゆく、偉大なる称号なのだ。
 歴代のハイウィンド達は皆その名に恥じぬ素晴らしい騎士で、よく空を知り、よく風にその身を
乗せて、またよく竜を愛した。そして先代のハイウィンド───つまりカインの父親も、もちろん
例外ではなかった。
 彼は長い歴史の中でも抜きん出た英雄と讃えられるほどの人物で、その実力はもちろんのこと、
誰からも慕われる素晴らしい指揮官だった。温厚で仁愛に満ちた人格はいつも周囲を落ち着かせ、
朗らかな顔に染め、それでいてひとたび槍を振るえば、その勢いたるやさながら鬼神のごとき
凄まじいものだというのだから、部下達はいっそう敬服を深めるばかりであった。
 だが世に英雄と呼ばれる人間の多くがそうであるように、彼にも幸福ならざる結末が用意されて
いた。あるとき治安維持のため魔物の討伐の任に赴いた先で、彼は小さなカインを遺したまま、
戦死してしまったのだ。まだ齢三十にも満たない若さである。誰にとっても、早すぎる死だった。

 人間の価値はその人物の葬儀を見れば判ると言う。王も参列した厳かな葬儀では、同列していた
大勢の騎士達が咽び泣いた。彼らの涙の一雫ずつに、団長の高潔な人柄が窺い知れたことだろう。

245竜の騎士団:2005/10/14(金) 00:03:41 ID:xePae7Cx

 もっとも彼の死はある時期まで公にされなかった。当時バロンはまだ開発段階であった飛空艇の
発展に力を入れており、ミスリルとの交易を押し進めている最中だったのだ。優秀な軽金属である
ミスリルはそれだけ扱いが難しく、繊細な技術を持つミスリル人達の協力が不可欠だった。しかし
小心な彼らは軍国であるバロンに警戒を抱いており、交渉はなかなかうまくまとまらず、それでも
慎重に慎重を重ね、王自らも何度か訪問し、ようやく交易の確立にこじつけていた、その折りへの
急報だったのだ。
 この時期に国内のゴタゴタなどが知れて、折角まとまりかけていた交易が延期などということに
なってしまっては元も子もない。王は慚愧の念を飲み込んで、彼の死を伏せることにした。
 治安上の問題もあった。当然その頃の竜騎士団はバロンの最たる戦力であり、団長の急死とも
あればその影響は国の内側だけに留まらない。たちまち周辺の豪族などは活気づき、それに伴って
魔物も騒ぎだすだろう。いずれにせよ、当分は漏らしたくない事実であったということだ。
 結果、このことは竜騎士団と、各兵団の団長にのみ知らされるところとなった。
 そして、もう一つだけ。
 王の念頭には、幼いカインの存在があった。

 七歳を迎えたばかりのカインは、二年前に実の母親を病で亡くしていた。生前の母親は理知的で
穏やかな女性であり、カインもとてもよく懐いていた。それだけに、彼女が死んだときの悲しみも
大きかった。それは五歳の少年にはあまりに受け入れ難い事実で、光に満ち満ちていたカインの
世界は一変してしまった。彼は大好きな槍も捨てて、父親とも口を聞かず、ろくな食事も摂ろうと
せずに、毎日部屋にこもったままベッドの上で泣き伏せるようになった。父親にもどうすることも
できなかった。叱ったり慰めたりしたところでどうにかなるようなことではない。結局、彼自身も
深い悲しみを抱えながら、ただ時の流れに任せるしかなかった。
246竜の騎士団:2005/10/14(金) 00:04:30 ID:5KjLTY+Q
 そんなカインを救ってくれたのは、幼馴染みのローザと、やがて学校で出会ったセシルだった。
ローザは毎日カインを見舞い、懸命に辛抱強く彼の心を癒した。そしてセシルは、彼のやさぐれた
心に再び槍への熱意の火を灯し、離別の悲しみからカインを遠ざけた。
 二年の歳月。時折、かすかな陰りを見せはするものの、ようやくカインの顔に昔の陽気が戻って
きだしていたのだ。
 それなのに。
 そんなカインに父の死を知らせればどうなるか。母の死を乗り越えたばかりの少年は、もう一度
肉親の死を乗り越えることが出来るのだろうか。かつて槍を捨てたように、今度こそ彼は自分の
生すら捨ててしまうのではないだろうか。王は躊躇した。
 既にその頃から大器の片鱗を見せていたカインには将来への期待も高く、できることなら時を
経て、彼が自ら事実を悟ってなおその悲しみに耐えることができるようになるまで待ちたかった。
 以前のバロン王ならば、例えカインを憂う気持ちはあろうとも、仮にも騎士の息子である人間に
そんな甘えは必要ないと思ったかもしれない。だが、セシルというかけがえのない存在を得て、
父親の心を知ったいま、彼にはそれがとても他人事には思えなかったのだ。

 しかし、そんな王よりも、もっとカインの身を案じている人間がひとりいた。


 さて、指導者を失ったとはいえ、依然として竜騎士団はバロンの周辺警備の要である。任務には
それまで以上の気負いであたる必要があり、任務をこなしていく以上、暫定的にでも次の団長を
取り決める必要があった。
 密かに行われた団長の葬儀から数日後。竜騎士団の団員達は騎士団副長の指示のもと、飛竜の
厩舎に集まっていた。厩舎と言っても、牛馬などを養う通常のそれとは規模が比べ物にならない。
何しろ住んでいるのが巨大な飛竜であるから、建物の方も厩舎というにはあまりに立派な代物に
なってしまい、団員達の間では「聖堂」などと呼ばれている。彼らがいかに飛竜を神聖視している
かがわかるというものだ。
 その聖堂の中心には、装飾を施された絢爛な台座が置かれている。飛竜の王座だ。
 玉座には、息をのむような美しい浅葱色の巨体を悠々と構えて、彼らの王が居座っていた。
247竜の騎士団:2005/10/14(金) 00:05:04 ID:5KjLTY+Q
「────では、これより継承の儀を執り行う」
 副長が整列した団員達に向かって宣言する。そう、竜騎士団の長を決めるのは彼ら竜騎士達では
なく、飛竜の王の意志なのだ。すなわち王がその背を許した人間こそハイウィンドの名を冠するに
相応しいということである。この規則のため、騎士団内にはもちろん階級の上下があるものの、
王の心次第で下級団員が団長となった例も過去に何度か見られる。
 副長は静かに王座に進み出た。団員の間に緊迫が走り、気づけば堂内の他の飛竜達も静かに
儀式の様子をうかがっていた。王が首をもたげ、透き通った瞳で彼をじっと見据えた。副長は、
ゆっくりと距離を詰めていった。
 この副長も、実は一角の人物である。寡黙で思慮深い彼は、常に冷静に物事の先を見渡すことの
できる智謀の持ち主で、有能な補佐官としてよく故団長を助けた。補佐官とはいえ、先代の頃には
故団長と同じ階級にあり、彼もまた有望な団長候補の一人と謳われていた。もっとも、彼がその
力を示す前に、王は別の人間を選んでしまったのだが。
 副長はさらに歩を進める。王は先程と変わらず身を横たえたまま微動だにしない。やがて二人の
距離は手を触れられるほどにまで近づいた。団員達は息をするのも忘れて、台上に見入っていた。
触れられれば、それはつまり許されたということである。いよいよという距離まで近づき、副長は
ゆっくりと手を伸ばした。かつては与えられなかった称号。ハイウィンドの名。それが今や目前に
あるのだ。この時ばかりは、冷静な彼の胸も激しく高鳴った。しかし、それはごく数瞬のこと。
彼はすぐに心を静まり返らせた。飛竜は人の心の波を敏感に察する。あくまで安らかに、落ち着き
はらった動作で手を伸ばしてゆく。
 そして彼の指がついに飛竜の身体を撫ぜた────と思われたとき、副長は素早く身を引いた。
一瞬遅れて王の尾が鞭のように撓り、彼のいた場所を叩きつける。後ろの団員達から思わず深い
嘆息がこぼれた。

 王は彼を選ばなかった。

248竜の騎士団:2005/10/14(金) 00:06:27 ID:xePae7Cx

 無理もない。むしろ当然の結果といえた。そもそも飛竜は、一生のうち一人の人間にしか心を
許さない。しかも成長すればするほど彼らは頑になる。そのため、通常は新たな王の誕生と、
主人の認識の儀式をもって竜騎士団長の位を継承することになっていた。それでも副長ならば、
あるいは────という一抹の希望があったのだが。彼ほどの男が認められなかった以上、
他に挑もうとする者もほとんどいなかった。
 結局その後にわずかな数人が挑み、最後の一人は逃げ遅れて尾撃の餌食になるという苦々しい
顛末をもらって、先行きに暗い影を残しながら儀式は中断に終わった。

 翌日から、とりあえず儀式については保留することにして、次期団長の取り決めについての
会議が開かれることになった。
 が、これがいっこうにまとまらなかった。
「ともかく早急に団長を決める必要があります。西方への遠征も控えているのですから」
「そうはいっても、我々の一案だけで裁ききれるほど容易い問題でもありますまい」
「王に決めていただいては如何か? 飛竜の王が裁かぬ以上、我らの王にご決断を仰ぐべきかと」
「王はこの件に関与しないと言われている。騎士団が解決すべき問題だと仰せだ」
「ならば私は副長殿をお立てしたい。副長殿ならば人格、能力ともに申し分無いでしょう」
「お待ちください! 継承の儀は初代の頃から守られてきた鉄の掟!
 それをないがしろにするのは、騎士団の教えに背く振る舞いではありませんか?」
「しかし儀式は行った! だが現に飛竜は主を選ばなかったでしょう」
「今は産卵期で、飛竜も気が立っております。時期を見て再度儀式を行えば……!」
「悠長な話だ! 早急な対処が必要であると申し上げたはずですぞ!」
「それは儀式に挑まなかった貴公の申し上げる所ではないでしょう!」
「そちらこそ、負け惜しみではないのか!?」
「何をッ!!」
 こんな具合である。
 次の日以後も、飽きもせずに毎回同じような議論の応酬の繰り返し。副長は、馬鹿馬鹿しいやら
苛立たしいやらでほとほとうんざりしていた。
249竜の騎士団:2005/10/14(金) 00:07:20 ID:xePae7Cx
 彼の頭を痛ませているのはそれだけではない。このところよく耳にする、団長の死についての
噂がそれだ。団員達が団長は暗殺されたのではないかなどと騒いでいるらしいのである。そんな
話が広まるにしても、良くも悪くも団長は皆に愛されていたということなのだろうが。
 だが、指揮官を失って騎士団に強い結束が必要とされている時期であるだけに、それを内側から
崩すような真似を見過すわけにはいかない。まことしやかな噂の類いを耳にする度に、副長は強く
部下を叱責した。自分が悪意ある噂の標的にされているらしいこともまた気に食わなかったが、
彼が真実案じていたのは、何かのはずみでその誹謗がカインの耳に入ることだった。
 副長は団長の急死以来、実によくカインを気遣った。ほとんど毎日のように、足繁くカインの
もとに赴き、近頃では自宅よりもカインの家にいることの方が多いくらいだった。
 というより、そこはもはや彼の家でもあった。彼は団長の死後すぐに、養う者のいなくなった
カインの後見を王に申し出ていたのだ。

 それは副長という立場にあった彼の忠誠心からの行為だったのだろうか?

「こんにちはご子息」
「こんにちは、フクチョウ」
 その日も学校帰りのカインを捕まえ、そのまま家路をともにした。
 ご子息、という言葉の意味を解していない様子のカインは初め、私の名はカインです、などと
主張していたものだったが、やがてそのルールに気がついたらしく、素直に彼をフクチョウと
呼ぶようになった。副長はこのやりとりが大好きだった。
「傷だらけのところをみると、どうやら槍の稽古の帰りですかな?」
「うん、またセシルと訓練をしたのです。今日は私の方が負けてしまいました」
 すこし悔しそうに、けれどどこか誇らしそうに語るカインの横顔を見ながら、副長は内心で舌を
巻いた。生まれ持った天賦の才に加え、玩具の代わりに槍を使い続けてきたカインの成長ぶりは、
その幼少の頃から良く見知っている。技だけなら、もはや騎士団の下級団員すら打ち負かせるほど
だろう。
 そのカインを負かすとは……。
 子供というのはまったく末恐ろしい。そう思う自分は随分年をとったものだなと、ふいに何だか
可笑しくなり、笑った。カインも笑った。

250竜の騎士団:2005/10/14(金) 00:07:51 ID:5KjLTY+Q
「でも私もだいぶ上達したと思います。父上にもぜひ見ていただきたいものです。今度の遠征は
随分と長いようですから、お稽古を付けていただくのが待ち遠しいです」
 かりそめの陽気がうすれ、また副長の心にいつもの罪悪感がたちこめだした。
 父はもういない。何度も何度も顔を合わせながら、彼にはどうしてもこの子にその残酷な事実を
告げることができないでいた。

「任せてよいのだな」
 後見を申し出たとき、王は副長にそう尋ねた。くたびれた目尻にいっそう皺を寄せ、王は冷たい
押しつぶすような眼差しを副長にぶつける。静かな威圧が、言葉以上に雄弁に問いかけた。
 時期を得てカインに事実を告げると言う大任。それを委ねてよいのだな、と。
 彼は即座に頷いた。
 だが、実際それはあまりに重い役目だった。第一、事実を告げればその重圧はそのままカインに
のしかかるのだ。副長は隣を歩くカインに目をやる。視線に気づいたカインは、無邪気な笑顔で
それに応えた。この笑顔を曇らすことなど、どうして自分に出来るはずがあろうか。
 彼は本当にカインを良く知っていたのだ。しわくちゃな顔で泣きわめく赤子の頃も、槍を支えに
立ちだした頃も、そして母を失った苦しみに悶えていた頃も、ずっと見ていた。初めてゴブリンを
倒したときも側にいた。入学式に参列した時などは、本当に我が子のような気すらしたものだ。
 けれど、カインは彼の息子などではない。たとえ副長が後見を引き受けようとも、カインが父の
死を知らない以上、彼はカイン=ハイウィンドであり続ける。そしてカインがそれを知ったとき、
彼が何を選ぶかは誰にも分からない。

 まだ早い。
 そうしてまた、彼はいつものいいわけを心の中でつぶやいた。まだ早い、と。
 その言葉が通用しなくなる時期は、すぐに訪れると分かっていながら。
 そして今日も、空っぽのあの家にカインと歩いていくのだ。
251竜の騎士団:2005/10/14(金) 00:08:41 ID:xePae7Cx
「それではご子息、いっそのこと、これを機に父上を追い抜かしてしまってはどうです? 
 お帰りになったお父上がさぞ驚かれることでしょう」
 その提案は、カインの幼心に火をつけたようだった。
「そうだ! 今のうちなんだ!」
 言葉遣いに気をつけるのも忘れ、興奮した様子で槍を振り回しながらカインは駆け出す。
その様子をとても愛おしく思いながら、副長は淋しげなため息を漏らした。
「フクチョウ、お願いします! 稽古を付けてください!」
「もちろん喜んで。ただし、夕食を食べ終わってからですよ」
 にわかに夕日が沈みだし、城下を歩く二人の先に真っ赤な影を引いていた。


「しばしよろしいか? ひとつ気になったことがあるのだが…」
 相も変わらず煮え切らない会議の最中、一人が唐突に口を開いた。
「いったい誰が飛竜の世話をされているのか?」
 同席していた一同ははっと驚き、顔を見合わせた。
 飛竜は恐ろしく誇り高く、そしてまた忠実な生き物である。主人以外の一切の者を受け入れず、
誰も近づけようとしない。であるから、飛竜の世話は当然その主君にしかできない役目である。
そして、子を産み主人に先立たれ、役目を果たした飛竜は食することもせず、ついにはそのまま
息絶えてしまう。本来ならば長命な飛竜が、その気高さゆえに自ら死を選ぶのだ。
 一般にあまり知られていない事実だが、恐ろしいことにバロンにおける飛竜の死因の九分九厘は
「餓死」である。固い鱗に覆われた強靭な肉体は魔物の鋭い爪も通さず、疫病も彼らを蝕むことは
出来ない。飛竜を傷つけられるのは、彼ら自身の内に光る、「誇り」と言う刃だけなのである。
 加うるに、若き王竜にはまだ子がいなかった。王の血縁が絶たれては取り返しがつかない。
 飛竜の身を案じた団員達はすぐに会議を中止し、すぐに聖堂に向かった。ところが、台座に王の
姿はなかった。厩番に尋ねてみても飛竜はどこかに飛び去っていったきり戻ってこないと言う。
そう聞いてとくに焦る様子もなく、騎士達は聖堂を後にした。忠義深い飛竜が、しかもその王が、
わけもなくバロンを遠く離れるようなことはあり得ない。となれば自ずとその行方も絞られる。
副長はよく知っている道を部下を連れて、城外のハイウィンド家に向かった。
252竜の騎士団:2005/10/14(金) 00:11:57 ID:5KjLTY+Q
 夜分、それもだしぬけに騎士団の重鎮達がやってきたものだから、初老の女中はひどく驚き、
すっかり取り乱してしまった。飛竜はどこにいるかと声高に問いつめると、震える声で中庭に
案内された。庭に出た一同は、息をのんだ。
 そこには果実を食みながら静かに横たわる飛竜と、小さな少年の姿があった。

 皆、唖然としていた。カインは自分をみつめる大人たちに気づき、ぺこりと頭を下げてから、
彼らの見守る前で飛竜に果実をあてがった。
「……ご子息、どうやってその飛竜を手なずけたのです」
 副長が代表して聞いた。カインは落ち着きはらって答えた。
「いいえ、手なずけてなどおりません。私は父の帰りを待っておりました。それでどうやら、
父の竜も同じのようでした。ですからこうして二人で待っているだけです」
 カインが飛竜の首筋をなでてやると、竜は穏やかに喉を鳴らした。 
 騎士達はそれでもなお信じがたいという表情で立ち尽くしていた。その中で副長がただひとり、
その身を深く恥に染めていた。
 何ということだろう。自分はいったい何年もの間、竜と共に生きてきたのか……。
 この若々しい竜は知らないのだ。己が主君の死を。未だに主の帰りを待ち続けているのだ。
それを新たな主人に従わせようなどと、屈辱もいい所である。誇り高い飛竜が二心など抱こう
はずもなかった。
 なんと自分は浅はかで、傲慢だったことか。……それなのにこの子は……カインは…。
「────ご子息、とんだ夜分にお邪魔をいたしました。これにて我々は失礼いたします」
 顔を上げた副長が一礼してその場を去ると、呆然としていた男達も我に返り、その後に続いて
ちらほらと引き上げていった。
 カインは黙って飛竜にもたれこんだまま、ぼうっと空を見つめていた。
 不思議と、その瞳は飛竜のそれととてもよく似ていた。

253竜の騎士団:2005/10/14(金) 00:12:40 ID:5KjLTY+Q

 それからひと月ほどがたったある日のこと。
「副長! 外を!!」
 血相を変えた部下が執務室にかけこみ、副長を外に連れ出した。
 まもなく耳に入ってきた巨大な羽ばたきの音で彼は事態を察した。
「ご子息!」
 優雅な白い両翼を広げた飛竜の王が、その背にカインをのせて飛んでいた。
(────信じられない! 飛竜が主人以外の人間を背に乗せるなど!)
 しかし現実にカインは竜の首を撫でて誘導すると、副長のそばまでゆっくりと近づいてきた。
「フクチョウ、父を捜して参ります。どうかご心配なさらないでください」
「カインッ!!」
 思わずその名を呼び止めた時には、既に飛竜は空の彼方を泳いでいた。
 ────言えなかった。あの子に事実を、言えなかった。
 しばし立ち尽くしてから、彼はやっと思い立って自分の飛竜を呼び寄せようとしたが、すぐに
やめた。彼の竜では王に追いつけるはずもなかった。
 

 数日後。

 帰ってきたカインは異様だった。
 

「ご子息……」
 カインは飛び去った時と同じ、訓練場に戻ってきた。既に集まっていた騎士達を押しのけ、
広場の中心にいるカインの姿を見ると副長は思わず声を漏らした。
 ひどい有様だった。たった数日前まで陽気に溢れていた顔は、いまや生気を失った土気色で、
丸みを帯びていた頬は痩せこけて骨が浮き出ている。大きな瞳は落ち窪み、灯火の消えたような
哀しい色に染まっていた。────あの時と同じだ。
254竜の騎士団:2005/10/14(金) 00:13:28 ID:5KjLTY+Q
 だが、ひとつだけ違う。カインはうずくまりながら、一本の槍を抱え込んでいた。その場の
誰一人としてその槍に見覚えのないものはいない。切っ先だけでなくその柄までを黒ずんだ血糊に
染めた長槍は、彼らの団長、カインの父のものだった。
 そんなカインと槍を包み込むように、飛竜がその身を寄せていた。
「………」
 はじめに、途方もない無力感。次に思い出したような責任感が、そして洪水のようにおしよせた
言葉がめまぐるしく副長の頭をかき回した。
 恐れていたことが現実となってしまった。とうとうカインを守ってやることが出来なかった。
 悔いたところで今さらどうにもならないだろう。今はただこの子を救いだせる言葉が欲しい。
 だが何を言ってやればいいのだ。いや、何か言う権利が自分にはあるのだろうか。
 わからない。誰か教えてくれ。私はどうすればいいんだ。どうすればこの子の力になれる……。

 困惑しながら目を伏せていた副長は、ふいに背後で騎士達がざわめくのを感じた。
 顔を上げると、いつのまにかカインは立ち上がっていた。そしてぎこちない手つきで槍を返し、
その切っ先をゆっくりと顔に近づけた。
「よせッ!!」
 危険を感じた副長は槍を取り上げようと駆け寄りかけたが、彼の予想に反してカインは刃先の
血を拭っただけで、すぐに槍を握り直すと、そっと飛竜の首筋に手を這わせた。そして彼の首に
かけられた一条の金色の綱を断ち切った。飛竜の王たる印、そしてその束縛を解き放ったのだ。
 その場の全員が呆気にとられた。王から王へと受け継がれる偉大な勲章を、ほんの七歳の子供が
あっさりと切ってしまったのだ。飛竜自身も戸惑っているようだった。訝しげに首をひねったり、
身をよじったりして、そのうち足下のカインに目を向けた。カインが頷いてやる。すると竜は
勢いよく飛び上がり、雄大な両翼をはためかせて遥か上空を舞い踊った。主人を失った悲しみと、
自由を与えられた歓び、その両方に彼は高々と雄叫びをあげた。
255竜の騎士団:2005/10/14(金) 00:15:16 ID:5KjLTY+Q
 その様子を見上げ、カインはほんの少しだけ笑った。そして副長に向き直った。
「フクチョウ。ご心配をおかけしました……」
「…ご子息……」
「父の………槍です」
 両手で槍を差し出すと、少年は深々と頭を下げた。彼がそうしたまま、しばらくの時が流れた。
副長の心にはまたいくつもの言葉が駆け巡った。慰め、謝罪、賞讃、そしてそれらは全部、やがて
ひとつの想いに溶けていった。何も必要な言葉などない。ただ誇らしかった、なぜなら。
顔を上げたカインは、もう幼子ではない精悍な男子の面構えになっていたから。

 再び羽ばたきが近づき、見上げると飛竜が戻ってきていた。忠臣である飛竜は、自由をその翼に
与えられてなお、迷っているようだった。
 そんな飛竜を後押ししてやるように、カインは淋しげに首を振った。

 だが、彼は飛び去らなかった。じっと宙に浮いたまま、カインを見つめていた。
 カインはもう一度首を振る。そうして手で示した。お前は自由なんだよ。空に帰るんだ。
 けれど、飛竜は深い穏やかな真紅の目にカインを映し続け、やがて再び声を上げた。そして
カインのもとに降り立つと、頭を垂れて双瞼を閉じた。
 

 王は、カインを認めたのだ。

256竜の騎士団:2005/10/14(金) 00:21:26 ID:5KjLTY+Q

 騎士達はうち震えていた。
 ある者は胸に手を当て、ある者は槍を掲げ、またある者は感服の涙を流していた。
 彼らは同じ竜と生きるものとして、幼いカインに対する畏敬の念を隠せなかった。
 そしてこの日、副長の提案と共に、バロン竜騎士団全員の賛をもってある決定が下された。

『バロン竜騎士団団長は不在とする!
 カイン=ハイウィンドが竜騎士となるその時まで!』


 当然ながら前例のないのことであったが、騎士団全員のたっての願いともあり、王もこれを
認めた。彼もまた王である前にひとりの騎士だった。
 また、もちろんこの決定はカインに知らされることはなかった。慢心かあるいは重圧か、その
どちらにしてもカインに与える理由はなかったし、カインならば必ず自ずから相応しい騎士に
なるだろうと誰もが確信していた。
 そのカインだが、このことがあってから彼は少しばかり無口になり、昔ほど感情を外に出さない
ようになった。もっとも彼と親しい人間からしてみれば、中身はちっとも変わってなどいないと
いうことらしかったが。
 それからハイウィンド家はそのまま残された。副長はカインに後見の旨を告げ、自分の邸宅に
移住することもできると話したが、カインは家に残りたいと言った。副長もその方がいいと思った
らしく、カインはまた空っぽの家に帰る日々を送った。それでも彼らはたびたびお互いの邸宅を
行き来したし、カインはすっかり彼を父親として受け入れていた。傍目にも、二人は本当の親子の
ように見えた。
 副長は事実上の団長という地位にありながら、長きにわたって補佐という名目を守り続けた。
彼はことあるごとに団長と言う言葉を口にし、常に自分の上に指揮官がいるように振るまった。
はじめそれはひどく奇妙に見えたが、いつのまにか団員達も見えない指揮官を信頼するように
なっていった。騎士団は不思議な結束で力強く保たれていた。
 そしてカインが竜騎士となったその日、架空の指揮官は現実となったのだ。

257名前が無い@ただの名無しのようだ:2005/10/14(金) 00:40:10 ID:Yyy4taEY
・ゲーム中で描写の無かった、登場人物の過去等についての短編
ってやつですね。
>>297
カインかっこいいよ
Gj
258297:2005/10/14(金) 00:42:27 ID:5KjLTY+Q
ごめん、回線不調。まだ終わってない……。

あと>>244投稿ミスしました。


 一つは言わずと知れた飛空艇団、通称「赤い翼」だ。空を覆い尽くす鋼鉄の船団から落とされる
爆撃はいかなる堅固な城塞もたちどころに粉砕し、暗黒騎士セシルが率いる精鋭騎士団は無敵を誇る。
 そしてもう一つが、竜騎士団である。



ではもう少し続きを。
259297:2005/10/14(金) 00:43:19 ID:5KjLTY+Q

 竜騎士団の入団式。
 この年の式はバロンの歴史に刻まれる一日となった。

 若き見習い騎士達はひとりずつのその名を呼ばれ、彼らの所属を申し伝えられる。名を呼ばれた
青年達は次々と壇上に上がり、騎士勲章を受け取ると、まだ幼さの残る顔を誇らしげに輝かせて、
各々の隊の列に散っていった。
 ところが、カインの名だけが呼ばれない。
 そして、
「続いて騎士団長任命の式典を行う」
 途端に会場内の騎士達が一斉に立ち上がった。どうやら事情を聞いていたらしい新人騎士も
すぐに立ち上がり、何も知らない者だけが慌ててそれに習った。式典進行の騎士は、再び声を
張り上げる。
「竜騎士カイン=ハイウィンド、前へ!!」
 驚きながらも前に進み出るカインの目に、壇上で待つ副長の姿が映った。そうして壇に上がった
カインが礼をしようとした時、それを遮るように副長は深く跪いた。 
「副長……! これは……!?」
「お待ちしておりました、団長」
 驚くカインに、副長は優しく事実を告げる。
「団長? まさか…!?」
「そうです。我々はあの日から、ずっと貴方をお待ちしていたのです。
 ………長い間でした。これでようやく肩の荷が降りた思いです」
「お待ちください! そんなっ、私はそのような器では!」
「いいえ、貴方は長として必要な資質を全て備えられている。それでも足りぬと言うのなら、
どうか我々に貴方をお支えさせていただきたい」
「ですが……副長…」
「さあ、この槍をお返ししましょう。これは貴方が持つべきものです」
 副長は一本の槍を差し出す。忘れるはずもない、幼い日の彼自身が見つけ出した槍だ。
 彼の手はあの時よりもずっと大きくなったのに、槍はなおいっそう長く重々しく感じられた。

260竜の騎士団:2005/10/14(金) 00:44:44 ID:5KjLTY+Q

「団長、後ろをご覧なさい」
 振り返ると、背後には整然と立ち並ぶ騎士達の姿があった。よく知った顔も、嫌いな顔もあり、
幼い頃に憧れた者の顔もあった。誰一人として彼より若いものなどいない。その全員が、自分に
敬礼をしているのだ。カインは身震いした。
「副長……彼らが私などを認めるはずがありません。私には……」
「ご子息」
 副長は、彼ら二人だけの間の暖かい口調で囁いた。
「貴方はご自分の名をお忘れか?」

 そうして彼は、カインの持つ槍の柄をゆっくりとなぞった。槍は美しく磨き上げられており、
そして、かつては血糊で見えなかった、柄に刻まれているその文字をカインは見た。

 ハイウィンド。

 胸が震えた。先程の震えとは違う。身体の底から、突き上げるような震え。
 血が騒いでいるのだ。カインは悟った。そして槍を強く握りしめると、ふいにその重みは風の
ように消え失せた。
 ハイウィンドの血が、カインの右腕を高々と押し上げた。
「────騎士団に栄光あれ!!!」
『騎士団に栄光あれ!!!』
 騎士達は沸いた。若き騎士達はその威容に見惚れ、往年の団員達は懐古に胸を焦がした。
 誰もが確信していた。竜騎士団は不滅だ。誇り高き騎士団に、栄光あれ。

 王を失った竜達は、あらたな王の帰還に雄々しく吼えた。


261竜の騎士団:2005/10/14(金) 00:47:20 ID:5KjLTY+Q
 式典が終わり、にぎやかな祝宴の幕が開いた。街中の酒屋から集めてきた酒樽をひっくり返し、
一同浴びるように飲みまくる。厳正な規律を重んじる騎士団とはいえ、この日だけは無礼講だ。
熟練の隊長も、青臭い見習い騎士も、まるで百年の友のように肩を組んで酒を飲み交わす。
 そのうち壇上に人が集まりだした。宴会恒例の時間が訪れたのである。竜騎士団の入団式では、
新人騎士達が練習仕合を披露することになっているのだ。もちろん既にかなり酔いが回った頃合に
行われるから、素面なら見れたものじゃない泥仕合がほとんどになってしまうのだが、祝酒の肴と
しては十分というものだ。
 もっとも今年はカインがいたため、かなり一方的な展開が繰り広げられた。同年代どころか、
城内を探してもほとんど無双の腕前を持つカインである。多少酔っていても、その凄まじい槍技は
粗を見せない。流石は団長よ、と観衆も大いに沸き立っていた。
 そして、最後に壇上に上がった一人によって、観客はさらに盛り上がる。
「……胸をお借りしてよろしいですかな、団長?」
「望むところです、副長……!」
 一礼を交わし、副長とカインは向き合う。槍を構えたまま彼らは微動だにしない。お互いが機を
窺いあっているのだ。いつしか騒いでいた一同もぐっと壇上に釘付けになっていた。
 勝負は一瞬で終わった。
 目にも止まらぬ速さで突き出された槍は、互いの武器を寸分無く捉え、キインと鋭い音を立てて
頭上高く二本の槍が舞った。相打ちだ。
「とうとう追いつかれてしまいましたな」副長が悔しげな顔をつくり、頭をかいてみせる。
「酒のおかげでしょう」
 笑いあい、二人は握手を交わした。
 素晴らしい試合に一同惜しみない喝采を贈り、後はもう日が暮れるまでひたすら飲んだ。
 副長も彼にしては本当に珍しく、どっぷりと酔っていた。彼に付き合わされていたカインは、
後ろの方で伸びている。やがて宴は全員での団歌熱唱で幕を引き、皆千鳥足で夜道を引き上げ、
残りのものはその場で泥のように眠った。
 空では星がひときわ美しく光っていた。


 そしてその夜。


 副長は自決した。
262竜の騎士団:2005/10/14(金) 00:48:20 ID:5KjLTY+Q

 彼は「ご子息へ」と記した短い手紙を書き残して、寝室で自ら腹を切った。手紙には淡々と
彼の葛藤が刻まれていた。
 ずっと先からカインの母を愛していたこと。母が父と結ばれてからも、その想いは断ち切れず、
むしろいっそう募るばかりであったこと。そして父がその母をむざむざ死なせてしまったこと。
どれだけ鍛錬を積んでも父を超えることができなかったこと。殺したいほど父を憎んでいたこと。
しかし、心の底では彼への尊敬の念を拭いきれなかったこと。孤独であった自分が、母の面影を
強く残していたカインをどれだけ大切に思っていたかということ。
 そして、父が死んだ日のこと。


 その日、竜騎士団はバロン南方の山脈に魔物の討伐に出ていた。飛竜達は産卵期を迎えて気が
立っていたため、騎士達だけでの遠征であったが、空を駆ける彼らに山道など物の数でもない。
魔物をたやすく退けながら、彼らは着々と任務を進め、やがて夜を迎えて山中に陣を張った。
 最前線に構えた天幕の中で、団長と副長は戦況を話し合っていた。 
「兵の状況は?」
「今のところ負傷者はおりません。魔物どもは窪地の周辺に逃げ込んだようです」
「順調だな。この分なら、明日には引き上げられそうだ」
「嬉しそうですね、団長」
「いや、そうでもないさ。家ではおそらく、カインの奴が槍を構えて待っていることだろう。
稽古をせがむつもりでな。まったくあいつと来たら、魔物の相手の方が何十倍も楽だよ」
 団長は苦笑しながら肩をすくめてみせる。副長も微笑を返したが、彼の幸福に満ちた愚痴に、
その心中は煮えくり返っていた。
(────なぜ貴方にはカインがいる)
(────あのひとを見殺しにしたというのに)
(────いつか貴方はカインをも傷つけてしまうんじゃないか)
263竜の騎士団:2005/10/14(金) 00:49:21 ID:5KjLTY+Q
 団長の口からカインという言葉を耳にするたび、孤独な彼の胸は憎悪の火に燃えるのだった。
 だがその一方で、彼は心から団長のことを敬っていた。そしてまた、彼には団長しか友と呼べる
ような人間がいなかった。
 そのため、相反する想いはいっそう膨れ上がり、彼の胸を震わせた。あまり胸がざわめくので、
彼はそれを抑えようと手をあてがった。だが、それでも何かがまだ妙だった。
 ようやくそのことに気づいて副長が顔を上げると、団長は既に槍を握っていた。戦いに身を置く
者なら嫌でも感じ取ってしまう、あの魔物特有のおぞましい気配がそこら中に漂っていたのだ。
 天幕の外に出て、二人は目を見開いた。
 山が黒くうねっていた。窪地から、おびただしい数の魔物が駆け上がってきている。木々が
なぎ倒されていく音がここまで響いてきていた。
「全軍に知らせろ、ここで食い止める!!」
「団長!」
 横の林から飛び出してきたフロータイボールを、団長が一振りで切り伏せる。
「急げ!!!」
 副長は後陣に走った。既に異変を察知していた数名が外に出ており、副長のただならぬ様子に
血相を変えて詰め寄ってきた。
「副長、何事です!?」
「急襲だ! 大群がすぐそこまで来ている!!」
「副長! ご指示を!」
「団長はなんとご命令を!? 副長!」
「命令は……!」
 そのとき、彼の頭をひとすじの光が過った。
 彼の運命を曲げてしまう、声が聞こえたのだ。



 ────カインが待っている────
264竜の騎士団:2005/10/14(金) 00:49:58 ID:5KjLTY+Q


「……撤退だ」
「は?」
「聞こえただろう、撤退だ。団長も既に場を離れられた、総員退避だ!!」
「はっ! おい、撤退だ!! 全軍撤退!!」

 騎士団は素早く陣営を引き上げた。魔物の追撃をかわしながら山道を走り抜け、夜明け前には
全軍が安全な山麓にたどり着くことが出来た。────ただ一人を除いて。

 彼は団長を置き去りにしたのだ。


 皮肉な事に、結果としてこの時の副長の指示は正しかった。魔物の数は彼らの数十倍にも及び、
飛竜なしに勝てるような相手ではなかった。その場に留まれば、全滅は避けられなかっただろう。
このため彼の言葉が疑われるようなことはなく、団長は不運の死を遂げたとされた。
 帰還後すぐに彼らは全軍を率いて引き返してきたが、団長の遺骸も、その槍も、ついに見つから
ないまま失われてしまった。やがて小さなカインが見つけるまで。
 
 ・
 ・
265竜の騎士団:2005/10/14(金) 00:50:39 ID:5KjLTY+Q

 副長の死は、やはり騎士団に少なからず波紋を及ぼした。長きにわたって騎士団を守ってきた
人間の穴は簡単には埋まらず、彼を敬愛する多くの者が哀しみに暮れた。折しも飛空艇の完成が
騒がれていた時期であり、竜騎士団は落ち目であるような空気がバロン内に漂った。
 だがこの時期、カインは信じられないほどの働きを見せる。その最たる偉業の一つが、飛竜達の
救済だった。彼は主を失った後に命を絶とうとする飛竜達を軒並み救っていった。もちろん誇り
高い飛竜達に新たな主人をあてがうような真似はせず、カインは王の許しを得て、周辺の山脈に
飛竜の地を築いたのだ。主を亡くした竜達が、自由に生きることの出来るようにと。
 その最初の救済者は、他でもない副長の竜だった。主人の死を悟り、自らもその後を追おうと
していたかの飛竜は、カインに心を開くことで救われた。決して新しい主を受け入れようとは
しなかったが、彼女は騎士団に仕え続け、やがて王の子を宿すことになる。
 この効果はめざましい結果となって現れた。バロン付近の魔物が激減したのだ。王はこれを
褒めたたえ、自信を失いかけていた騎士団は活気を取り戻していった。またこの一件で、年若き
団長を侮っていた一部の連中も、すっかりその影を潜めた。
 一方。とうに忘れ去られていたはずの噂も、再び広まりだした。副長は、団長を暗殺した罪過に
耐えられず、その命を絶ったのではないかと。
 カインはそれらについてまったく介入しなかった。何一つ言及せず、否定も肯定もしなかった。 手紙の内容についても同様に、決して誰にも口外しなかった。親友のセシルや、ローザにすら。
当の手紙もカインがその場で破り捨ててしまっていたため、副長の名誉が汚されるようなことは
なかった。やがて噂は消え、後には栄光のみが残る。かつて素晴らしい騎士がおり、そして死んだと。


 カインは彼を許したのだろうか。心の底は誰にも分からない。時には本人にさえも。


 けれど、

266竜の騎士団:2005/10/14(金) 00:51:48 ID:5KjLTY+Q

 バロン城の地下深く、歴代の名将達を弔う墓室。そこに団長と副長の墓碑がある。
 団長の墓前には、たゆまぬ敬意と栄誉を誓って、そう記されたカインの槍が捧げられている。
 そして隣の副長の墓には、勇猛な竜騎士団団長ハイウィンドの名が刻まれた偉大な槍が手向け
られている。この者の不屈の騎士道を称えて、と。


 そしてカインの手には────





「俺には竜騎士が性に合っている。いつも父を感じられる気がするからな」






 終