FFのストーリーがDQのより優れているというのか?
855 :
名前が無い@ただの名無しのようだ:
DQは言わば“絵本”のような理想的なストーリー展開が基本だと思う。
簡潔にはドラゴンボールのように、絶対的な悪と主人公らが対峙するといえば良いか。
世界のために絶対に倒すべきだと万人が思う敵に対し、少年のような無垢な、そして一見無力な主人公パーティーが協力することで初めて強敵を打破する。
その絶対悪もどこかキャラクター的に人間味を持たせることで終盤もドロドロとすることがなく展開する。
そこが小学生から大人まで万人向けと評される要因だろう。
子供の目線でも分かりやすいし、大人から見ればゲームの中とはいえ“理想”を見出せることは心地よいはずである。
一方、FFの場合現実社会を投影したストーリ展開といえるのではないか?
FFでは“悪vs正義”といった容易な俯瞰はできない。
悪と正義の立場が立ち代ってもなんら不思議ではない微妙な均衡による世界で展開するストーリは、人間の脆弱さを露呈するものであるけれどもそこが人の同調を誘い引き付ける。
主人公の脆さに自分の脆さを重ね合わせることができる。
このような要因からFFのやりこみ度が自然と高くなるのも容易に想像がつく。
エンディングに釈然としないという意見もその人間社会のような悪と正義の関係から来ているのではないか?
水戸黄門のような簡潔な終幕になれている我々にとって“終わりのないエンディング”に心残りを感じるのもうかがい知る事ができる。
DQとFFはRPGという分野として合致するが既に否なる文化を持ったものであると考える。
ちょうど野球とサッカーの関係にも似ている。
そのようなものを対比させること自体ナンセンスではないだろうか?というのが私の結論であります。