「ねえ、まだついて来るよ。あのスライム」
「ちょっとウザいな。かわいい女の子ならまだしも…」
「あんたって、いつもそーゆーのばっかり」
髪をかきあげながら肩をすくめるククールに、ゼシカは少々冷たい視線を送っている。
「あっしがいくら脅しても駄目みたいでガス。兄貴、どうしやす?」
ヤンガスに聞かれた僕は、ちょっと振り返る。
さっきから、ずうっと一匹のスライムが、
僕達の後から少し離れてぷわぷわと、ついて来てしまっているのだ。
さっきの戦闘で、他のモンスター達に襲われていたこのスライムを、
たまたま助けるような形になってしまったんだけど…
別にそんなつもりはなかった。
そのモンスター達が、僕達の方に襲いかかってきたので返り討ちにしただけの事だ。
僕達がその場を離れると、物陰に隠れていたそのスライムが
ぴょんと飛び出して、くるくると回り、うれしそうについて来た。
一撃で倒せる程すんごく弱いだろうし、なんだか殺してしまうのも気がひけて、
ヤンガスが何度も脅して追い払おうとするのだが、ぴゅっと逃げては、またついて来るのだ。
どうしたものか?
僕が考えていると、ゼシカが隣に並んできた。
「ね、もうちょっとあのままにしておこうよ。すごく可愛いもん」
そんな風な目、そんな風な声で彼女に言われると、うなずくしかなかった。
『モンスターは、モンスターを引き寄せる』
という記述を城の兵法書で読んだ事がある。少し気になるけど…
今の所無害だし、もうすぐ街に着く。
そうしたら、あのスライムもさすがに諦めるだろうし。
やがて街に到着した。
さすがに、大勢の人々の気配は怖いのだろう。
僕達が大門をくぐり抜けると、スライムはそれ以上はついて来られなかった。
ぴゅいぴゅいと、悲しげな声?をあげて迷っている。
『行きたいけど、ここは怖い。どうしよう。でもついて行きたい』
そんな様子が伝わってくる。
「もう帰りなさい。あなた、こんな所にいると殺されちゃうから」
言葉なんて通じないと思うけど、ゼシカが思わず説得している。
と、門の近くにいた2人のわんぱく坊主が、
まごまごしているスライムに気づいて『怪物退治だ!』と、小石を次々と投げつけた。
幾つかの石つぶてが当たった。
痛みに悲鳴を上げながら、スライムは逃げていく。
それを見た子供達は、一斉に歓声を上げて追い立てようとする。
「やめなさいっ、あんた達!」
ゼシカの表情が、みるみる怒りに染まってゆく。
その気配をいち早く感じ取ったククールが、すれ違い様に
その2人の子供の襟首をつかんで引っ張り戻した。
「そこまでだ。もう十分だ。これ以上外に出ると危険だぞ、坊主ども」
「あんた達ね…弱い者いじめして何が楽しいの!」
つかつかと詰め寄ってくるゼシカの顔が、限りなく怖い。
「…まあ、別の意味でもあれ以上やるのは危険ってことだ。
片手でモンスター倒せる怖〜いねーちゃんがここにいる。
しかも、おまえ達を怒ってるみたいだぞ。ほれ逃げろ」
小憎たらしく、べ〜っとゼシカに舌を出して子供達は駆け去っていく。
ムカッときたゼシカの肩に、ヤンガスが手を置いて留めた。
「これでいいでヤスよ。ゼシカお嬢」
「だって」
納得がいかないゼシカが、不満のこもった視線をヤンガスに向ける。
年上のこの元盗賊は、静かに口を開いた。
「いつまでも俺達について来てちゃあ、あいつもこんな目に遭うばかりでガスよ。
あっしも、あいつと似たような思いをした事が何度もある。
あいつは、住む世界が違う場所には、これ以上近づかない方がいいんでヤス」
「そっか…そうだよね」
素直にゼシカはうなずいた。
正義感が強くて気丈な彼女も、納得したようだ。
年下の僕を『兄貴』と呼ぶこのヤンガスに、僕は時々驚かされる。
「まあ、もしゼシカが一撃入れたら、あのスライム
あっと言う間におだぶつだしなあ。丁度良かったんじゃないの?」
ククールがにやにやしている。
「あんたね…ってか、
『片手でモンスター倒せる怖いねーちゃん』って、どーゆー事!」
「いや、片手で呪文だろ、怒るとメチャ怖いし…ウソは言ってないな、うん」
「こんのお……あ、待てっ!」
素早く街中へ駆け出したククールを、ゼシカがぷりぷりしながら追いかけてゆく。
残された僕達も肩をすくめて、街に入った。
ちょっと沈んだ雰囲気だったゼシカの様子も、ククールの軽口でたちまち消えてしまっていた。
それが、彼独特の優しさなんだろう。
彼女は全然、気づいていないみたいだけど。
まあ、とにもかくにも、結果的に追い払う事ができた。これで良しとしておこう。
僕達の考えは、甘かった。
翌日、街を出ると、どこからかすぐにあのスライムが飛び出してきたのだ。
うれしいのか、ゼシカの足元近くまで寄ってきて、
ぷわぷわと飛び跳ねている。
昨日の事もあって、わあっと反射的に思わず手を差し出したゼシカに、
スライムはぴょいと、彼女の胸に飛び込んできた。
「あははっ。あんた大丈夫だったの? 怪我しなかった?」
ぎゅっとスライムを胸に抱きしめている。
彼女の胸の中で、ぷるぷるとスライムが動いている。元気そうだ。
「かわいい〜っ!」
ゼシカは、輝かんばかりの笑顔に溢れている。
そんな様子をしげしげと眺めながら、ククールがヤンガスに耳打ちしている。
「(おい、なんかエロいな。あそこにスライムが3匹いるみたいだな!)」
「(う〜ん、どっちが柔らかいか、ってなモンでガスかねえ…揺れがすごいっす)」
「(くそ、あのスライムめ! 俺と替われ!)」
トロデ王も、何やらう〜むとうなずいている。
僕は聞こえない振りをする。とても会話についていけない。
ミーティアが、すぐ後ろでなんかそっぽ向いて
ひづめで地面叩いてるし…(確実に彼女には聞こえてる)
そんなこんなで、このスライムとしばらく一緒に旅することになってしまった。
なんていうか、『ゼシカのペット』という感じだろうか?
(それと彼女が抱き上げた時の、ククール達の目の保養という役割だろうか)
ゼシカは、「スラちゃん」という、安直な名前をつけて可愛がっている。
一緒に寝ている。エサを作ってあげている。何かと話し掛けている。
ヤンガスと少し話したけど、
『あっしも、あんまりいいことだとは思ってないですがね。
でも、ゼシカお嬢も、きっと寂しいんでガスよ。
なんだかんだ強がってても、兄さんを殺されて、家族とも離れて、
一人の女の子が旅に出てる訳ですから。いつか別れは来るでしょうけど…
最近は、もうちょっと、ここままでもいいかもって感じてるんでヤスよ』
別れは、突然やってきた。
僕達が、森の中で手強い相手に苦戦していた時のことだった。
足を滑らせて転んだゼシカに魔物の手が伸びた瞬間、
スライムが飛び出して割って入ったのだ。
とてもかなう相手ではない。
うるさそうに振り払われた。
スライムなら、こんなに強い魔物から本能的に逃げ出すはずだ。
それなのに、再びスライムは相手に飛びかかっていった。
「スラちゃんっ!」
ゼシカが立ち上がって体勢を立て直した時、
その目の前で、スライムの体が魔物の一撃で砕け散った。
激しい戦闘は、それからしばらくして終わった。
逆上してキレたゼシカの怒りに、その魔物達がかなうはずがなかった。
スライムの体は粉々になって、溶け込むように地面に吸い込まれ、
生き返らせる事もできなくなっていた。
先程の戦闘の様子からは想像できないくらい、
力無く地面にへたり込んでいるゼシカがいる。
両手で、スライムが消えていった所を何度も何度も撫でている。
「ごめんね、ごめんね…」
ポロポロと彼女の頬をつたう涙が、地面に吸い込まれていく。
そんな彼女の隣にククールが膝をつき、小刻みに震えている肩にそっと手を置いた。
「ゼシカのせいじゃない。誰のせいでもないさ。
あいつは、自分がそうしたくて戦ったんだ。
誰に頼まれたのでも、命令されたのでもなく」
静かな沈黙が、森の中に訪れる。
聞こえるのは、ゼシカのすすり泣きだけだった。
と、突然大声が上がった。ヤンガスだ。
「生き様、しかと見届けやした!」
斧を高々と掲げ、天にも届けとばかりに、大音声が辺りに響き渡る。
少しあっけにとられた皆が注目する中、ヤンガスはゼシカににっこりと微笑んだ。
「俺達がこれからの戦いで生きて戻ってくる事。こいつを忘れないこと。
それが何より、こいつが体を張って生きた証になりやす」
「うん…そうだね。そうだよね」
「さ、みんなで、墓を作ってやりやしょうや」
「うん」
涙をぬぐって、ゼシカは素直にうなずいた。
土を盛って石を立て、墓を作った。
静かに皆で祈りを捧げ、僕達は立ち去った。
まだ、僕達の旅は続く。
これから先、幾度も魔物達と戦うことになるだろう。
「(できれば、もうスライムとは戦いたくないな)」
僕は、そう思った。