このお題でFFDQ創作小説を書いてみよう【第二章】
某アニメのEDを聞いていたら、物語が浮かびました。
DQ5で魔界に行く理由が家族でピクニック気分か、
と感じるところがあったので書いてみました。
【Life Goes On】
伝説の勇者が腕を掲げると、眩いばかりの稲妻が、目の前の祠を自然へと還していく。
これで完全に、いや少なくとも新たな英雄が産声を上げるまでには、
青球界と魔界を遮断することができる。
たとえ王族といえども、家族を巻き込んでまで、
平和のために戦わなければならないのだろうか。
――僕一人が犠牲になる。
それがわずか十歳の少年に過ぎない、勇者の出した答えだった。
大地があり、草が生え、木が茂り、山が連なり、空が広がる。
魔界とは、人の手が掛かっていない、原始の青球界であった。
金髪と細い首を包みこむ、青地のマントを引き摺りながら、
勇者レックスは殺伐とした荒野を見た。
これから自らが命を懸けて剣を振るうであろう戦場を、
レックスは一刻もしない間に目を背けた。そこが余りにも強者の世界だったからだ。
力があり、大きい者が勝つ。もしこれを自然の淘汰と呼ぶのならば、
いずれ青球界も魔界と何ら変わらない世界になることだろう。
「まさか、あなた達が来てしまうなんて……」
突然レックスの頭に女性の声が響いた。まるで優しく懐かしい子守唄のように思える。
後ろを振り返ると、レックスに同調した二体の魔物、スライムに跨った騎士ピエールと
緑のローブに身を包んだ老魔術師マーリンが頷いた。彼らにもこの声は届いているようだ。
かつて魔王を封じるとまで言われた伝説の聖女、マーサ。そしてレックスの祖母でもある。
「あぁ、神よ。不甲斐ない私をお許しください。このような幼子を巻き込んで……」
「違います、おばあさん。僕は勇者としての運命を受け入れます」
レックスの凛とした決意にマーサの声は嗚咽混じりになった。
「あぁ……レックス……レックス……」
たとえ声だけでもレックスの瞳には、手を広げ幼き勇者を抱き締める聖女の姿が
はっきりと映し出されていた。
その様子をもどかしく見ていたピエールは、今にも声を張り上げそうになるのを、
ぐっと堪えている。マーサが何処にでもいる少女だった頃から知る彼にとっては、
彼女の救出、いやただ一度彼女と話せるだけで全てが救われる気がしていた。
しかし、彼女への思いが募れば募るほど、水入らずの時を汚すわけにはいかなかった。
感動の再会を一人マーリンだけが素直に喜べなかった。邪悪な気配がしだいに強まっている。
しかもこの禍禍しく厭らしい気は奴に相違なかった。――来た。
「ほぉぉーほほほほほ」不気味な悪声を上げ、空中に暗黒の球体が現れたかと思うと、
中から紫のローブを着込んだ魔術師が姿をひけらかした。
レックスにとっては青球界を陥れ、祖父の命を奪った、宿敵であるゲマだ。
ゲマの笑い声と共にマーサの声も消えてしまった。レックスは勇者の証である、
天空の剣を背中の鞘から引き抜いた。ピエールも倣い、隼の剣を構える。
ゲマが空中で奇声を上げながら、指のそれぞれを細かく上下に動かすと、
荒野に罅が入り、青光りする金属の身体を持ち赤い一つ目の魔物が、続々と這い出て来た。
キラーマシンと恐れられる、心を持たない究極の殺戮者達だ。
魔界に躊躇など存在しない。レックスとピエールは前方に敵に対して突撃していた。
剣を振り回し、自らが知り得る最強の呪文を放った。が、効果があるとは思えない。
しかもこの無機質の敵は、羽根のように軽いと言われる隼の剣とほぼ同じ速度で
剣と弓を操るのだ。青球界の魔物とは次元の異なる強さだった。
一方、暗黒雲に覆われた上空ではマーリンとゲマによる一騎打ちが始まっていた。
十本の指一つひとつから放たれた閃光呪文が、光輝く龍となってゲマを襲う。
返すは、二つの巨大な火球が防御と攻撃の役目を果たし、マーリンを苦しめた。
「ほぉぉーほほほほほ。私に興味があるのは勇者の命……いえ、血筋の断絶です。
これほどの力が持つあなたを、魔界は歓迎致しますよ」
「……ふふっ、褒めてくれるのか、このワシを。他の魔物と違って、お前に対する嫉妬と
復讐心でここまで来たワシを……」
「……貴様……そうか、研究所で」
「ふんっ、道を誤った同僚の一人くらい道連れにしてやろうと思ってな。
元々同じ落ちこぼれにすぎなかったお前だ。難しいことではあるまい?」
「……きっ、貴様! こっ、こっ、殺してやる!」
暗黒雲が稲光を発するがごとく、幾度も幾度も轟音と爆発を繰り返す。
その様子を一瞬見上げ、マーリンの生存を確かめたレックスとピエール。
しかし状況は刻々と悪化していた。レックスの服で傷を負っていない場所はない。
何度か腹部に直撃を受けたために、口の中には血と胃酸が広がっている。
ピエールに至っては、左腕が使い物にならなくなっていた。
それでも敵は次々と這い出してくる。もはや作戦などなく、ただ闇雲に突っ走るしかなかった。
傷が深いピエールの分までと焦るレックスは、さらに敵中深くに進んでいく。
「レックス!」ピエールが叫ぶのに気付いたが時既に遅く、後方から一つ目が迫り、
斬撃が振り下ろされた。
死を覚悟し、レックスが身を屈めた瞬間、閃光龍がキラーマシンを次々と食い千切った。
マーリンが上級閃光呪文を放ったのだ。しかし安堵も束の間、隙を見逃すゲマではない。
緑のローブは火球に包まれ、地面へと叩きつけられた。
マーリンを助けるため、レックスが駆けようとすると、目前に巨大な火球が迫っていた。
その身をピエールが跳ね飛ばし、代わりに直撃を受け止める。
薄れいく意識の中で、ピエールはマーサの忘れ形見に目を向け、
彼女への忠誠が最期まで果たせられないことを悔やんだ。
――もし生まれ変われたのなら、今度はあなたと一緒に……。
レックスは剣を杖代わりによろよろと立ち上がった。
もう頼れる仲間はいない。敵は整然と堵列している。その中央を紫のローブが歩んできた。
「よく頑張りましたね。私の光の教団計画が潰えた今、あなた方の世界には手を出すつもりは
ありませんでした。つまり無駄死にですよ、坊や。しかも魔界の魔物と戦って分かったでしょう?
これだけの強さがあれば、人間の抹殺など容易いことなのです」
言いながらゲマは血の色に染められた死神の鎌を異空間から取り出した。
「何故しないかって? それはミルドラ―ス様が人間だからです、あなた達と同じね。
この世界は神、竜の二種が支配してきました。魔とは神や竜がお互いを倒すために作り出した、
戦いの玩具でしかないのです。それをミルドラ―ス様は人の世に戻そうとしていたのですよ」
ゲマが一歩一歩近づいてくる。
「それを勇者と勘違いした愚かな一族が、神や竜の手先となってきた。これは忌々しき事態です。
人が作り出した最初の魔、機械によって引き裂かれるのも一興ですが……」
ゲマが鎌を構える。「恨むならマスタードラゴンとやらを恨みなさい。ほぉぉーほほほほほ」
レックスは目を閉じている。そして幼いなりに戦いの意義について考えていた。
もし、ゲマが言っていることが事実ならば、人は一体何のために戦ってきたのか。
もし、勇者として選ばれなければ、レックスは戦いを続けただろうか。
そしてプツンと糸が切れたかのように、レックスの瞳から涙がぽろぽろと溢れてきた。
もはや脳裏に浮かべるまでもなく、それは口から声にならずに零れた。
――帰りたい。
その時、俄かに信じられない光景が広がった。レックスの足元を中心に花畑が萌し始めたのである。
さらに背中からレックスを包み込む女性の姿があった。やがて彼女はレックスの金色の後頭部から
自らの額、緑髪へと重なるように一つになっていく。そして彼と彼女は黄金の花弁と
深緑のうてなを持つ一輪の花へと変わった。
レックスの記憶の泉に別の支流が流れ込み、映像となって蘇る。彼女は名をソフィアと言った。
親友の死から始まった勇者としての日々。心強い仲間に支えられながらも、
何か満たされない中で、一人の男性を愛してしまう。それが仇であり魔族の王であるとも知らずに。
訪れるべくして訪れた、お互いの真実。魔族の王は彼を支えた女性の死によって狂っていく。
ソフィアは、それでも剣を握り続けた。そして数々の激闘の末、ついに魔族の王は倒された。
全てを終えた後、勇者が流した涙、その本当の意味を知る者は少ない。
「どんなに世界を守りたいという気持ちがあっても、私の根底には親友を奪われ、
それでも愛そうとした恩讐があった。でも君は違う。本当に守りたい人々と、
帰る場所があるのだから」
――そうだ。僕には帰りたい場所がある。
「強がらないで、弱さを受け入れて。運命ではなくて、君自身の意志で」
レックスに父と母、そして双子の妹が、瞳いっぱいに思い起こされた。
――僕は帰りたい。でも僕の力が必要とされているのならば、できるところまでやってみよう。
だから、今は生きなければならないんだ。
目を開いたレックスに迷いはなかった。その穏やかな表情に、ゲマは恐怖し飛び退いた。
そして手を掲げ、キラーマシンを差し向ける。しかし、先程とは打って変わって
金属の殺戮者達は累々たる残骸を晒さなければならなかった。
ゲマは見た。レックスに背後に重なる、かつての伝説の勇者の姿を。
そして天空の剣が光に包まれていくのを。
危機感は極大の火球となって現れた。周りの機械も危機を最大の攻撃目標と転換し、
赤い一つ目に呪文とも息とも違う、細かな粒子を増幅し始める。
剣を握るレックスは、後は漲る力を解き放つだけだと分かっていた。
しかし、敵はすでに準備を終え、凄まじい熱量を発し、火球とそれを押し出す光線の帯が
目と鼻の先まで迫っている。不意に火球を前へ押し返すと小さな光球と帯が示現し、
レックスはその帯の先を追った。
それはピエールとマーリンだった。片腕を辛うじて掲げ、残された魔力を振り絞る。
レックスは何も言わずに敵を振り返ると、自らの魔力を刀身に込め、
身体を一度回旋させ、祈りを飛翔させた。
「ギガスラッシュッ!」
紫のローブが裂け、命からがら異空間に消えるゲマ。意思を持たない機械達にとって、
大破は他の者の戦闘を阻害することになる。そこで自らによる機能の停止、
それが彼らにとっての死だった。
極光の帯がその神威を失った時、魔界の辺境に深い爪痕を残した。
重い身体を引き摺り、荒野を行く三人。そんな中、レックスは岩陰に半開する一輪の花を見る。
名も知らないその小さな花は、影に身を潜めながらも、瀟洒な美を誇っていた。