女勇者は宿を出ると一人で歩き始めた。
持っているのは大きなふくろ一つで武器などは持っていない。全てふくろの中にしまってあるのだ。
そして今日は自分の腕一つでお金を得なくてはならなかった。
すれ違った村娘が笑顔で頭を下げてくる。
女勇者もまた笑顔で手を振った。
この村に巣食う魔物を倒したのは昨日のことだった。
まさに死闘と呼ぶべき戦いだった。
死人こそ出ていないものの、他の仲間は大怪我を負った者、精根尽き果てている者、眠り続けている者など休養が必要な者ばかりだった。
まさかこのような小さな村にあれほどの強敵が居るとは誰も思わなかったのだ。
しかし今日はポカポカして天気が良い。
昨日の死闘が嘘のようだ。
勇者はゆっくりと背伸びをして太陽に応えた。
噂に違わぬ「実力と優しさを備えたこの勇者御一行様」にとって「お金がない」というのは不覚な話でしかなかった。
この村に着く数日前までには数万ゴールドの大金を持っていたのだが・・・女勇者が兼ねてより欲しかった装備品一式、仲間の趣味への小遣い、自分へのご褒美(・・・スライムのぬいぐるみだが)、などなど今までにないくらいの散財をしてしまったのだ。
その結果現在の所持金は500ゴールドにも満たなかった。
宿のご主人は「命を懸けて魔物を追っ払った勇者御一行様」に対して、非常に丁寧な歓迎と手当て、第一級の大部屋を用意して向かい入れてくれた。
しかし女勇者には分かっていた。
魔物によって疲弊させられたこの村にとってあの「お泊り」がどれだけ大変な物であるかを。
ご主人は笑顔で代金は要らないと言ってくれたが払わないわけには行かない。
今日明日の分・・・いや、明後日の分まで合わせれば1000ゴールドは払っておきたい。
疲弊した村を助けるという意味でも用意しておきたいのである。
実際には500ゴールドでもいいのだが、力の種を宿のツボから取ってしまったのでその分も支払いたい・・・という理由もある。
それもご主人が困らないように出来るだけ早く。
「んー。大変だあ♪」
女勇者は伸びをしたまま明るく素っ頓狂な声を上げた。
首を回しながら再び歩き出す。
道端の道具屋さんが笑顔で手を振っている。
女勇者が手を振り返すとりんごの入った紙袋を投げてくれた。
村を救ったささやかなお礼なのだろう。
女勇者はこんな暖かいお礼が大好きであった。
ちょうど勇者御一行全員分ある。
頭を下げてお礼を言い、紙袋の中の一つにかじりついた。
残りは宿に帰ってからみんなに食べさせてやろう。
そう思うと勇者はふくろにりんごを投げ入れた。
どれだけの物を入れようと一向に重くならない不思議なふくろだ。
数分後村の入り口にまで着いた。
ここに来るまでの間にどれだけ多くの人にお礼を言われたかわからない。
女勇者にとってその一つ一つが小っ恥ずかしいものの元気の出る素であった。
・・・しかし、実はこの物語の主役は彼女ではない。
かといって昨日戦った魔物が復讐をしてくるという話でもなければ、村のみんなが力をあわせるような物語でもないのである。
話を主役の元へと移してみよう。
ドサッ!
大きな音共に何かが舞い降りてきた。
「うっわお!新入りが来たぞーーー!!!」
どこからともなく声が聞こえてくる。
元気で明るい声だ。
「おおっ新しい仲間か。」
今度は低くて深い声だ。
「えーどうでもいいよう。ねむっていたのにうるさいなあ・・・。」
どことなくだるそうな声。
「そういうことを言うもんじゃないでしょ!新しい仲間が来たというのに失礼よ!」
それをしかる高い声。
「いらっしゃいませ。騒がしいのはここの常なのでご勘弁を。ここはどなたでも歓迎いたしますよ。」
最後に落ち着いた声がみなの意向を示した。
ゴロゴロゴロ。
ズルズルズル。
ドスン!
いくつもの音が重なって近づいてくる。
新入りを一目見ようと多くのものが集ったのだ。
ガヤガヤ。ワイワイ。ザワザワ。
新入りが入るたびに遠くに居たもの同士が話し合うのは定例の行事となっていた。
話題のネタは最近調子はどうか・・・新入りを見てどう思うか・・・○○や××が居なくなった事について噂を聞いたか・・・などなどである。
「なあ・・・そこのねぼすけに賛成するわけじゃないが、最近・・・その・・・増え過ぎじゃないか?」
一つの声が周りの雑音を消してしまった。
話し合いの途中から議論になるのもまた定例の行事であった。
「それは・・・いや・・・どういう意味かね?」
低い声が疑問を投げかける。
「言葉のままだよ。増えすぎだと思うんだ。正直。」
ゆっくりと意見が返ってくる。
「確かに最近は新入りが多いが不都合なことがあるのか?ここはいくらでも広がっている。住む場所は無限だ。」
別の声が反論する。
「俺たちに不都合はないさ・・・でも・・・最近勇者の奴・・・散財し過ぎだと思わないか?」
この意見は更に場の雰囲気を硬くさせてしまった。
「その意見は正しいぜ!ぶっちゃけ要らない奴らが多すぎる!このあいだのあいつ・・・なんていったっけ?モンスターの格好をした奴!何に使うんだよ!」
「ごめんね・・・。役立たずでごめんね・・・。」
鳴き声が聞こえてくる。
「可哀想なこというんじゃないわよ!この子は役に立ってるわよ!勇者ちゃんたら一日に一回はこの子とお話しするんだから!」
「ふん!新入りが来たおかげで用済みになったおばさんは黙ってろ!」
「なんですってーーー!」
「こらこら、そこ。熱くなってはいけないよ。君。暴言はいかんよ。暴言は。」
「いや。まあ確かに言い過ぎたとは思うけど。多いって意見は正しいと思う。だってお金がなくなったら最終手段は・・・。」
そこまで言って暴言を吐いたものは黙り込んでしまった。
「まあ、でも、そうなったら・・・そうなったで構わないんじゃないか。」
「役立たずから居なくなる・・・それだけのことだよ。ぶっちゃけ俺様さえ居れば他の奴ら要らないだろ?」
「極論だ!」
「いや暴言だ!僕たちの存在価値はそんな薄いものじゃない!」
「いいえ。フフフ。不要な物から居なくなる。正しいことじゃなくって?」
こうして更に議論が白熱してしまった。
そのころ・・・女勇者は自分のことでそんな議論が起こっているとは露も知れず、モンスターを探して付近をうろついていた。
「おかしいなー。モンスターさんたちが居ないよー。」
「やっぱり先日魔法使いさんが派手にやりすぎたからみんな隠れてるのかなー。」
「おーい。もんすたーさーん。でておいでー。」
「ここにおいしいおいしい勇者さんが居ますよーーー!」
女勇者は手を振りながら声を掛けて回っていた。
そろそろ出てきてくれないとまずい。
そして場面を変えて再び議論に戻るとしよう。
「バスタードソード君。それは間違っているよ。たとえば破邪の剣君は戦士にとって呪文代わりの存在だし、ドラゴンキラー君はドラゴンに対して君よりも優秀だ。」
「何より噂に名高い破壊の鉄球君やメタルキングの剣君がここに入ってきたら次に出て行くのは君ということになってしまう。」
明るくもしっかりした声が反論している。
この意見はかなり優秀だったらしくバスタードソードは声を言葉を失ってしまった。
「ふっふん!ひのきのぼうは黙ってろ!あんたは随分昔から居るらしいが俺はあんたが使われた所を一回も見たことがないぜ!」
仕方なく出された反論はそんな言葉で終わってしまった。
「ははは。私は最近使われたどころか一回も使われたことがないよ。」
「ほーら見ろ!役立たずじゃないか!」
バスタードソードが声を高らかにして勝ち誇った。
「あんた!さっきから聞いてたら随分と自分に自信があるようね!」
「でもひのきのぼうさんは他の物がしてないことをずっとし続けているのよ!」
「あんたも戦いのたびにお疲れ様といわれたことがあるでしょう!」
水の羽衣が居ても立ってもおられず大声で怒鳴りつけた!
ひのきのぼうは自分が役に立たない代わりに、出番が来た仲間たちには常に「がんばれ」「お疲れ様」を言い続けて来たのであった。
それは多くの物が知っていた。
バスタードソードも戦闘に負けた後、その一言には救われた事があったのでそれ以上は何も言い返さなかった。
「そうそう。そういえばそうでした。」
突然頭上から声がしてくる。
落ち着いた声だ。新入りのりんごたちにみなの意向を示した声と同じ物だろう。
「ふくろ」である。
「つい忘れていましたが、ひのきのぼうさんといえば・・・今日は誕生日ではありませんでしたかな?」
「そして同時に今日は勇者が旅立った一周年のはずです。」
「私は覚えてますよ。あの頼り気のなさそうな勇者のお嬢さんが私を受け取って次々と道具を入れて来た初めての日を。」
「いやいや。色々有りましたが一年経てばあの時の「駄目一行」も今では「噂の勇者様御一行」になってしまった。」
「ひのきのぼうさん。おめでとうございます。」
「そうだ!確かにそうだよ!僕もあのときから一緒に居るもの!」
「確か初めて会ったあの日、ひのきのぼうさんは僕に今日できたてホヤホヤなんだと教えてくれた!」
銅の剣が声を荒立てて叫ぶ。
「あらまあ。そうでしたの。おめでとうございます。フフフ。」
光のドレスが心をこめて祝いを述べた。
「おめでとうーーー!」
やくそうが声高々に祝いを言う。
「おめでとうございまーす。」
どこからかゴールドたちの声がする。女勇者は一体何までこの「ふくろ」の中に入れているのだろうか。
「おめでとう。」
いつもは無愛想なドラゴンキラーがぼそりと祝いを言う。
「え・・・ああ。おめでと。」
眠ってばかりいる戦士のパジャマまでもが祝いを言った。聞き耳でも立てていたのだろうか。
それから一分は皆の祝いの言葉で持ちきりだった。
「みんな・・・ありがとう。」
ひのきのぼうがしみじみと言った。
「はーいはいはいはい。提案がありまーす!」
あぶない水着がおおごえを出したのでみなが注目した。
「今日はひのきのぼうさんをみんなでお祝いしてあげましょうよ!」
「お祝いしてあげる?」
力の盾が今ひとつ分からないという感じで聞き返した。
「えっとー。ですからー。うん。そう。みんなで協力して勇者ちゃんにひのきのぼうさんを使ってもらうのよー。」
「ほう。それは面白いアイディアですな。」
魔封じの杖がコロンと音を立ててつぶやいた。
「アイディアなんて言葉を知ってたのか・・・爺さん。」
隣からアサシンダガーが鋭い突込みを加えたが見事にスルーされてしまった。
「賛成!あたし賛成!」
水の羽衣が声を上げる。
「面白い。協力する。」
刃の鎧がどっしりした声でつぶやく。
「私たち武器一同も協力しよう。構わんよな、みんな?」
鋼の剣が確認を取る。
バスタードソードが何か言いかけたが途中で止めた。
「そこの役立たずって言ったお前!ひのきのぼうさんが役に立ったら謝るのよ!」
水の羽衣がそのバスタードソードに面と向かって言い切った。
「ふん!役に立ったらな!」
「やったー。そうこなくっちゃ!私たちのお祝い!受け取っていただけます・・・よね?」
あぶない水着が最後にひのきのぼうに確認を取る。
「はは・・・。恥ずかしい話で緊張していますが。役に立つことなんて想像できませんが。そうなったら人生最良の日です。」
「よし!決まりよ!」
水の羽衣が最後に場を纏め上げた!
「・・・で何が決まったの?」
戦士のパジャマが眠たそうに隣の幸せの靴にたずねた。
「あんた・・・幸せもんだねぇ。」
幸せの靴はそう呟いた。
その後みんなが作戦を立てている中、幸せの靴は何度も戦士のパジャマを起こしては説明してやらなくてはならなかったことは言うまでもない。
そのころ・・・女勇者はそんな作戦が展開されているとは露も知れず、やっと探し当てたモンスターと対峙していた。
イエティが大量にいる。
もっともこの程度のモンスターは女勇者の実力を持ってすれば大した相手ではなかった。
しかしライオンはウサギを狩るときも、常に全力で挑むモノである。
ましてや今は万が一怪我でもしてお金をかけるわけには行かないのだ。
ここはフル装備で行くべきであろう。
女勇者は「ちょっとまっててねー♪」と笑顔を振りまきながら「ふくろ」に手を突っ込んだ。
バスタードソードか炎の剣があればちょうど良い。
ガサガサ・・・。ゴソゴソ・・・。
では場面を変えて「ふくろ」の中を見てみよう。
「みんなーーーうまくかわすのよー!」
水の羽衣に激を飛ばされて多くの物が転がり始めた。
ゴロゴロゴロゴロ。
ズルズル・・・ズルズルズル。
ズシンズシン。
大分好調だ。
「ふくろ」の真ん中ではひのきのぼうがそわそわしながら待ち続けている。
ガチャン!
「痛っ!んもお!おまえなあ!もっとうまく動け!」
「おまえこそ!」
・・・怪我人・・・もとい傷み物が出てこなければいいが。
「ふくろ」の中に手が降りてくる。中に居る物から見れば大きな手だ。
「ふくろ」の入り口が狭いので勇者は手探りで道具を探さなくてはならない。
勇者の手が入ってきた瞬間、何かつぶやき息を荒立てた「ふくろ」に関してはこの際無視しよう。
勇者の手がバスタードソードを探している。
バスタードソードは動く気配はない。
「バスタードォォォ〜!」
「バスタードソードさん・・・。」
「バスタード君。」
「ふん!必要とされずに使われるなんて、本当の活躍なんかじゃないんだ!」
バスタードソードはそういい捨てるとしぶしぶと隠れだした。
勇者の手が何かを探しているが空回りだ。
考えを変えたのか自然と炎の剣の方へ手が赴く。
しかし当然炎の剣はゴロゴロと転がり続けている。
そして勇者の手がもはや何でもいいといわんかのように「ふくろ」の中を回り始めた。
一つの物にぶつかる。
ひのきのぼうだ。
そのころ・・・女勇者は片手を縦にして謝る動作をモンスターに向けていた。
「えっとー。ほら。ごめん。もう少しだけ待っててよ。ね。いい子だから。お願い。」
「おかしいなー。あっ。ほら。なんか当たった。うん。今。準備終わるから♪」
イエティが何ともいえない表情で様子を見ている。
「ふくろ」の中では勇者の手がひのきのぼうを掴んだ。
ひのきのぼうはドキドキしている。
少しずつ上に上がっていく。
今まで見たこともない景色だ。
みんなが自分を見つめている。
そんなどうとも言い表せない感情を抱いてひのきのぼうは入り口に近づいた。
初めての出番だった。
女勇者はえい♪という掛け声と共に「ふくろ」からひのきのぼうを引き出した!
女勇者はひのきのぼうを見て驚いている。
が・・・決して落胆したわけではない。
この明るい勇者様にとってはひのきのぼうもお洒落なアイテムに見えるのだ。
驚いたのはこのアイテムが「ふくろ」の中に眠っていたことそれ自体だった。
ひのきのぼうを忘れていた女勇者は旅立ちのときに手に入れて、それからたまたま見てなかったこの武器をたまたま引き出したことに驚いたのだ。
その驚きは嬉しい感情に近かった。
「ひのきのぼうかー。そういえばもらったなあ。おうさまにー。よーし。たまにはこいつで戦うというのも面白いか♪」
作戦は大成功!
になったかに思えた・・・が、
「おっまったせー♪」
勇者がそんな声を上げた瞬間、イエティたちは集団でとある特技を使った。
なめまわし。
人によっては最も嫌うと言われている特技のひとつである。
この底抜けに明るい女勇者も例外ではなかった。
「いやぁぁぁあああ!」
勇者の悲鳴がこだまする。
顔をぺろりとなめまわされた勇者はその特技に身震いし不快感をあらわにした。
「ひどーい!ひどーーーい!ひどいひどい!最低ーーー!!!」
「許さないんだから!絶対!ぜっーーーたい!許さないんだから!」
「イオラ!イオライオライオラ!」
あろうことか女勇者はひのきのぼうを投げ捨て両手で呪文を唱え始めたのだ。
イエティの大部分が焦げて倒れこむ。
一部のイエティは逃げ出そうとしたが勇者に回りこまれてしまった。
「もう二度とこんなことしようと思わないようにおねいさんがお仕置きしてあげる!」
「私の鉄拳制裁をぉぉぉ!」
ズコン!
メキメキメキ!
ぐしゃっ。ぐちょっ。
ズーリズーリ・・・。
バシィィィン!
バキバキバキバキ!
ズーリズーリ・・・。
ドッグウァオオーーーン!!!
その惨状を目の辺りにした「ふくろ」はつい目をそむけてしまった。
女性の・・・それも勇者の怒りに触れてしまうとはここのイエティたちも不憫なものだった。
その後勇者は付近のイエティたちに「イオラ」や果てには「ギガディン」、あるいは「鉄拳制裁」でお仕置きをし続けた。
呪文を使い過ぎ、だるくなって呪文が使えなくなった彼女は、落ちているひのきのぼうを「ふくろ」に押し込め、お金を拾って村へと戻って行った。
ひのきのぼうが降って来る。
「ふくろ」の中では仲間たちが顔をうつむけていた。
「ふくろ」に中で実況をしてもらっていたのだ。
女勇者が手にひのきのぼうで闘う宣言をした時は拍手喝さいだったが・・・今ではその雰囲気は微塵としてない。
「みなさん。ありがとうございます。その、結果はこうでしたけど、外に出られただけでも僕は嬉しかったです・・・。」
「ごめんなさい。わたしがこんな提案をしたから・・・。」
あぶない水着は出せないはずの涙を今にも流しそうだった。
「いえ。本当に感謝しているんです・・・。」
「ふん!だから言っただろう!必要の無いものはこうなるんだ!」
「出ていたのが俺様か炎の剣ならそのまま叩斬ってくれたに違いないぜ!」
バスタードソードはそこまで言ってみんなの視線に耐え切れず顔を背いてしまった。
水の羽衣が睨みつけている。
「ははは。バスタードソードさんは正しい。その通りだったかもしれません。ははは・・・。」
その後しばらくはみんな黙りきってしまった。
上からゴールドが降ってくる。
イエティを倒して稼いだお金だろう。
女勇者が数えきったのだ。
「イエイ!エブリワン!元気にしているかい?」
「総勢536ゴールド様がご登場だーーー!」
「・・・・・・・・・。」
いつものはこのノリで来られたら大勢が拍手をするものだが今日はそんな物は一つも居なかった。
元々居たゴールドの一つが転がって行き事情を説明する。
「合わせて1005ゴールドか・・・。嫌な予感がするのう。」
魔封じの杖がポツリと呟く。
「どういう意味だい。爺さん。」
隣でアサシンダガーが質問をした。
・・・そのころ、女勇者は道具屋の前に居た。
「道具屋さん!さっきはおいしいりんごありがとーー!」
いつものようにすっ飛んだ勇者の声が鳴り響く。
「いやいや。こっちこそ感謝の言葉を言い切れないよ。」
「ところで何のようだい?」
「あのですねー。ですねー。何か物を買ってほしいんです。」
「5ゴールドで売れればいいですから。」
「おやおや。そのくらいだったら無料で出しますよ。謝礼にもなりませんが。」
「駄目です!勇者ともあろう物がただで貰うわけには行きません!」
「買ってやってください。高い物は出しませんから。」
「分かりました。それじゃあ何か出してください。1000ゴールドまでなら払いますよ。」
「はーい。あっ。それとりんごを一つ売ってください。そこの10ゴールドと書いてある奴をー。」
「おや。失礼しました。お仲間さんの分も合わせてちょうど渡したつもりだったのですが足りませんでしたか。」
「へへへ。食べちゃったんですよ。一つ。さっき。今度のは私の分確保のためでーす♪」
「あっそうそう。それと今日は変わってる日でしたよー。武器が全然ふくろから出てくれなかったんです。」
「ははは。何でも入る不思議なふくろですからね。そういう日もありますよ。」
道具屋はそう言ってりんごを取り出した。
「ふくろ」の中では大騒ぎになった。
女勇者の言動を聞き続けていたからだ。
みんな逃げ回った。
売られるということはとても恐ろしいことなのだ。
誰に渡るかも分からない。どう使われるかも分からない。挙句の果てには倉庫の中に一生眠ることにもなりかねない。
紙の代わりに火をつけられた布の服の噂は入れ替わるゴールドたちによってもたらされ伝説となっていた。
それだけではない。この「ふくろ」の中は居心地がよかった。
仲間は楽しいし、勇者たちは心を込めて大切に使ってくれる。何より勇者の元ほど人の役に立っていると実感できる場所はなかった。
勇者の手が伸びてくる。
多くの物が逃げ惑う。
まずは10ゴールドが持っていかれた。
ゴールドたちは逃げない。
常に行き来する彼らにとって移動と消費こそが喜びなのだ。
案外回りまわってまた「ふくろ」の中に入ってくることも珍しくない。
再び勇者の手が何かを探す。
やくそうか・・・どくけしそうか・・・可能性の高い物たちは何となく覚悟が出来ていた。
道具屋との会話からか高価すぎる物たちはどこか安心している。
しかしあろうことか「ふくろ」のど真ん中に居る物がいる。
ひのきのぼうだ!
「ひのきのぼうさん!」
やくそうが絶望の更に低い場所から押し上げたような声を出した。
他の者たちも逃げろといっている。
どくけしそうなんぞは俺が行くといわんばかりに真ん中にやってきた。
「いけませんよ。誕生日に売られるなんて・・・。ゆるしませんよ・・・。ここに居る者たちみんながゆるしません。」
天使のローブが消え入るような声を出した。
「違うよ。やっと役に立つときが来たんだ。勇者さんだけではなくここに居るみんなの役立てるときが。」
「やくそう君やどくけしそう君は勇者に使ってもらいなさい。そのために生まれてきたんだから。」
「私にはもうここにいるべきではない。労いをしながらもうすうすは気づいていた。だが決断は出来なかった。今は・・・出来る。」
「ぐすぐすん。」
水の羽衣が泣いたような声を出した。
ぴちゃぴちゃと震える音がまるで涙の落ちた音のように聞こえる。
しかしそんな声を出しているのは一人や二人ではなかった。
勇者の手がひのきのぼうを掴み取った。
どんどん上に上がっていく。
「ひのきのぼう!俺、俺・・・。」
バスタードソードが口ごもりながら叫んでいる。
「バスタードソード君。君は勇者さんの役に立つ。これからもがんばれ・・・。」
「ふくろ」の外に出た。
「りんご♪りんご♪」
「あー。またひのきのぼうか。今日は良く見るなー。うふふ。」
勇者が意気揚々とテーブルの上にひのきのぼうを乗せる。
10ゴールドは既に並べられている。
10ゴールドの中の大半が驚きの色をあらわにした。
「ふくろ」の中でのやり取りを知らなかったからだ。
「そんな・・・そんな・・・。」
「ははは。勇者様。5ゴールドはしまっていただいて構わないんですよ。差し引きゼロですから。」
「あっ。そっか。ははは。みんなには内緒でお願いします。馬鹿って言われちゃうから。」
勇者の手が5ゴールドを掴み取り「ふくろ」に戻そうとする。
ひのきのぼうは動じない。
悔いはある。
しかしもはや覚悟は決まっている。
しかしその時・・・たった一つの1ゴールドがもう一つの覚悟を決めた。
移動と消費が喜びの彼らにとってもっとも危険な賭け。
一生を地獄で過ごさなければならない危険な賭け。
だが、「このまま後悔するよりは・・・ましだ!」彼はそう考えた。
1ゴールドがするりと勇者の手を抜け落ちて転がって行く。
コロコロコロ・・・転がる先は・・・道具屋さんのたんすと壁の隙間だ!
「あっ。」
勇者が声を出したときにはもう既に遅かった。
たんすの隙間に手は入るものの、奥まで入ったゴールドには届かない。
「どうしよう・・・。」
勇者が困った顔をする。よっぽどりんごが気に入っていたらしい。
「1ゴールドくらい構いませんよ。私の家にあるのですし。」
道具屋さんが笑顔でりんごを差し出す。
「まって・・・。・・・太いけど・・・長い。」
そういって勇者の手はテーブルの方へと向かって行った。
ギギッ・・・。
ギリギリの太さだ。
奥へ奥へと入っていく。
きたない・・・よごれた中を突き進んでいく。
ガコン。
ギギギッ。
ぶつかる。擦りつく。ゴールドを救い出すという行為がなかなか難しいらしい。
「えい・・・もうちょっと。そこっ。そこなのに。もうちょっと突き出して・・・。」
「こんどはゆっくりと・・・。」
「やったーーー!」
勇者の声と共にゴールドが隙間から転がってくる。
「あはは。汚れちゃった。」
勇者は手でひのきのぼうを擦ってあげた。
ひのきのぼうは夢のようだった。
まさかこんな所で役に立つなんて。
汚れるほど役に立つなんて。
そしてその汚れを取ってもらえるなんて・・・。
1ゴールドが道具屋さんの手の中でキラリと光る。
なんて大きな餞別だろう。
身をていして仕事をくれた彼を忘れることはない。
これで・・・悔いはない。
「ふくろ」の中では拍手喝さいだった。
興奮した「ふくろ」が実況を続けている。
「とうとう・・・とうとうゴールドを救出しましたーーー!」
1ゴールドをたたえる声。
僕だったら床を燃やしちゃうよとひのきのぼうを褒める声。
さっきまでの雰囲気が嘘のようだ。
「ごめん。おじさん。三十分ほど時間をください。」
女勇者が突然話し出した。
その手にはひのきのぼうが握り締められている。
「なんだか、このひのきのぼうとは縁があるみたいなんで・・・。呪文が使えないし、手も痛いから諦めてたけど、コイツでびしばしイエティをお仕置きしてきます。」
女勇者はそういって走り出した。
「ふくろ」の中は大騒ぎだ。
熱狂的に叫んでいる物も居れば大声で泣いている物も居る。
ウオオオォォォと大声を出して喜んでいるのはあろうことかバスタードソードだ。
幸せの靴がまた戦士のパジャマに何が起きたか説明している。
魔封じの杖がとても素晴らしい格言を言ったが聞こえたのは隣のアサシンダガーだけだった。
水の羽衣はぴちゃぴちゃと泣く音がどんどん大きくなったが誰も怒る者は居ない。
数十分後、いくつかのゴールドと一つのりんごとそれは「ふくろ」の中央に降ってきた。
井の一番にバスタードソードが駆け寄った。
「あなたは本当の意味で活躍しました。あれは俺には出来ません。正しかったのは貴方です。ごめんなさい。そして・・・お疲れ様です。」
それは笑顔で言った。
「ありがとう。いつもと掛ける言葉が逆になってしまいましたね。」
・・・と。
・・・数年後、女勇者は大魔王を倒した。
もちろんかのひのきのぼうはこのあとから活躍したことはない。
しかし、更に数年たった今も女勇者のお洒落な道具コレクションの一つとして「ふくろ」の中に押し込まれている。
そしてゴールドたちによってもたらされたこの「勇者様に愛されたひのきのぼうの噂」は・・・
今もなお、冒険者たちの「ふくろ」の中で伝説とされている。
おしまい。