308 :
297:
FINAL FANTASY IV #0041 1章 3節 光を求めて(1)
「ほらほら、セシル早く!」
「ま、まってくれよリディア……」
「まてないー、遅いよっ!」
エメラルドグリーンの美しい髪をたなびかせながら、無邪気に駆け回るリディアが先を急かす。
その爛漫な姿はまるで、砂上に輝くオアシスの妖精のようであったが、後ろに控えている暗黒騎士は、
それはみじめな有り様だった。自慢の鎧は吹き付ける砂によってその鮮やかな漆黒を汚され、全身を包む
その黒色がたっぷりと日光を吸収して、中の男ーーセシルは蒸し風呂のような責め苦を味わっていた。
おまけに、彼の背中には巨大な買い物袋が累々と積み上げられていた。
「セシルが言い出したんだからねー」
「わかってるよ……でも、ちょっと休ませて」
耐えきれなくなったセシルはドカドカと荷物を下ろすと、日陰に腰を下ろした。
暑いのには変わりないが、日なたとは偉い違いである。全く、信じられない暑さだ。
兜を外し大きく息をつくと、リディアも横にチョコンと座り、汗をふいてくれた。
309 :
297:05/01/25 21:04:17 ID:zhyW8WTb
FINAL FANTASY IV #0043 1章 3節 光を求めて(2)
昨夜のこと。
リディアを抱き締めながら、セシルはなんとか彼女を元気づける手段を考えていた。
しかし、どんな慰めの言葉があると言うのだ。考えれば考えるほど、彼女の境遇はあまりにも不憫だった。
「大丈夫?」
「………うん」
「もう寝た方がいい。僕が見張っているから安心して」
「………うん」
彼女はまだなにか言いたげだった。だが、彼はそれを聞くのがなぜだか怖かった。
そっと体を離すと、リディアに向って微笑んだ。
「さっきもいったけど、君のために、僕にできる限りの事をさせてほしい」
「………うん」
リディアの背中を撫でていると、ふと、ミストでの騒動や砂漠を歩いてきたせいだろうか、
彼女の服のあちこちが擦り切れているのに気付いた。
「とりあえず、まずは君に服をプレゼントする」
「………うん」
「おやすみ」
オヤスミ、と聞き取れないような小さな声で呟き、リディアは布団をかぶった。
さいごの「うん」にかすかに明るさを感じとれて、セシルはほんの少しだけ救われたような気がした。
ところが翌朝、
「おにいちゃん、おそいよー!」
食堂に行くと、驚いたことにリディアがとっくに食事を済ませて騒いでいた。
それも、”かすかに”どころかとびきりの明るい笑顔をふりまいている。
旅館の主人も、昨日の今日での彼女の回復ぶりに目を丸くしていた。
「早く済ませて、買い物してくれるんでしょ!」
セシルが昨夜誓ったことをおぼろげに後悔しだしたのはこの時である。
310 :
297:05/01/25 21:06:11 ID:zhyW8WTb
FINAL FANTASY IV #0044 1章 3節 光を求めて(3)
以後、朝からずっと町中を引きずり回されているわけだ。砂漠の焼きつけるような陽射しに
長時間晒されっぱなしで、セシルの意識は朦朧としていた。しかし鎧を脱ぐわけにはいかなかった。
当分追っ手はないと思うが、それでも念のためと言うことがある。用心にこしたことはない。
横を見るとリディアは踊子の服を着ている。サイズがまるで合ってないのだが、気にしていないらしい。
「わたしにもお水ちょうだい」
生温くなった水を流し込み、セシルはリディアに水筒を渡した。にっこりと笑うと、
彼女はそれをさもおいしそうに飲み干した。
リディアは不自然なくらい明るかった。実際、不自然だった。もちろんその半分ぐらいは、
彼女の素なのだろうが。自分のために無理をして明るく振舞う、その幼さに不釣り合いな優しさに、
セシルはつくづく感謝していた。
「ね、そろそろいこうよ。荷物わたしも持つから」
「いやいや、心配しないで。僕が持つから」
火傷しそうなほど熱を帯びている兜をかぶりなおし、セシルは勢いよく立ち上がると、
よりかかっていた民家の石壁の窓辺に手をついた。
「荷物もてる?一回宿屋に戻ろうか?
ねえ、さっきあっちで聞いたんだけど、向こうで男のひと用の服も売ってるんだって。
セシルも買いなよ、私が選んであげるよ。それと……」
返事が返ってこないのでリディアが訝しげに振り返ると、セシルは民家の窓をじっと見ていた。
言葉を失ったように微動だにしないセシルの視線の先には、ベッドに臥せている美しい女性の姿があった。
「……ーザ」
「えっ?」
リディアがセシルに触れようとした瞬間、突然彼は走り出した。
呆気にとられ、民家の中に駆け込んでいくセシルと置き去りにされた荷物を見比べ、
それから慌てて裾を踏んづけながら、セシルの後を追いかけた。
311 :
297:05/01/25 21:09:47 ID:zhyW8WTb
FINAL FANTASY IV #0045 1章 3節 光を求めて(4)
「ローザ!ローザ、僕だよローザ。ローザ……」
セシルは先程の女性に寄り添い、何度も何度も名前を呼びかけている。
家の主の老人は突然の来訪者に戸惑い、どうしたものかと困りこんでいた。
「セシル……?」
リディアは恐る恐る呼びかけたが、彼女の声は全く届いていないようだった。
セシルは一心に女性に話しかけている。
「どうやら、彼女は彼の想い人らしいのう」
「…オモイビト?」
「おや、お嬢ちゃんにはちょいとわからんかのう」老人は髭をかきながら、穏やかに笑った。
オモイビト、という言葉の意味がリディアには分からなかったが、
大切そうに女性の顔に手を添えるセシルに、なぜだか無性に腹が立っていた。