「セッツァー! しっかりしろよ!!」
全身血だらけで、それでも操縦桿から手を離そうとはしないセッツァーの背中に、
リルムはありったけの大声で呼び掛ける。
それでも、彼は反応を示さなかった。まるで何かに憑かれたように、一心不乱に
操縦桿を握り前方を見据えて――その視界に、目の前の光景が映っているかは
別として――いる彼の姿は、鬼気迫るものがある。
数多くのモンスターを目の前に、そして命の危機にだって何度も直面して来た、
とても11歳の少女とは思えぬ度量を備えたリルムの、足が竦む。
それは目の前に立ちはだかるデスゲイズになのか、それとも血塗れのセッツァー
の姿になのか、にわかには判断できなかった。
「……っ!」
それでもリルムは意を決し、筆を宙に走らせた。
この状況下でこれ程の巨大なモンスターをスケッチする事など、ピクトマンサー
の能力をもってしても不可能かも知れない――しかし、成功させなければ後はな
い――小さな身体にかかる大きな重圧に、筆を持つ手が僅かに震えた。
「……!?」
その隙をつくかのようなデスゲイズの攻撃に、リルムがようやく気付いた頃に
は時既に遅く、放たれたのは即死魔法・デス。その効力が間近に迫るのを感じな
がらも、スケッチの態勢では防御魔法を唱える事も叶わない。
それでも筆を動かす手を止めようとはしなかった。止めたら本当にお終いだか
ら、ここで諦めるわけにはいかない。
(……え……?)
しかし、そんな彼女の手が止まった。
筆を握りしめていた手の先から湧き出る不思議な感覚。やがてそれは、全身へと
広がり、ついには目の前を覆うような淡い光に包み込まれた。
その光はまるで、デスゲイズからリルムの身を庇うように。
(……指輪……が?)
光っている。ほんの僅かだが、確かに光っていた。
それは物心ついた頃には既にいなかった彼女の両親が遺してくれた品。
記憶にはない彼らの、唯一の思い出だからと肌身離さず持っていた形見の指輪
だった。
(…………)
何も言わず、リルムはただ俯いて――笑った。
ありがとう。声には出さず口だけでそう呟くと、再び正面を向いて叫んだ。
「セッツァー待ってな! 加勢するよ!!」
リルムの前に立つ血塗れのセッツァー、奥に控えるデスゲイズ。そして、その
遙か後方の空で輝く、一際明るい星の姿を見つめながら。