夢の中で何かに追われていたらしいリュックは、熱を計るために額に触れたアーロンの手を放そうとは
しなかった。
(行かないで…)
小さく呟いて、彼の腕に縋りついたリュック。
目覚めたリュックは夢の中で何を呟いたかを覚えておらず、彼もまた夢の中のことだと忘れようとした。
うわ言を聞いていないと言ったのもそのためだ。
所詮、夢に過ぎない――そう思ってはいても、リュックを愛しく思う気持ちが、彼女に触れたいと願った。
だから、触れた。
(感傷に浸っている場合ではないのに)
驚いた様子のリュックを思い出して、アーロンは自嘲気味に笑う。
だが彼女の額に触れた指先には、まだその感触が残っていた。
(俺の物語は既に終わった)
『死人』だという現実を苦く受け止める。
(過去に囚われて生きる俺に、あいつを想うことなど…できない)
彼が過去から解放されるのは、ユウナたちの決断がスピラに真の意味での平和をもたらしたときで、それ
はまた二人の友が待つ『異界』へ旅立つときでもあるのだ。
リュックと共に未来を歩めない自分が、惹かれているという気持ちを彼女に告げることはないだろう――多分、永遠に。
いずれ訪れる別れを思って、アーロンはテラスの柱に寄り掛かり、静かに目を伏せる。
今、この瞬間だけは、轟いている雷鳴すら彼の耳には届かなかった。
〜終〜