町での用事を済ませて、馬車に帰る道の途中。
久しぶりの2人の時間と、綺麗な夕焼けにはしゃいでいた私は
足場の悪い土手を斜めに行ったり来たりして、道草しながら歩いていた。
「危ないですよ」
上からクリフトが注意を呼びかけてくる。
「へーき、へーき!…あっ」
勢いよく踏み出した足が、伸び放題の草に取られて滑った。
「うわわっ」
バランスを崩した体勢を立て直そうと、闇雲に腕を振り回してみたって
慌てた手は虚しく空を掴むだけ。転ぶ、と目をつぶりそうになった瞬間だった。
見慣れた黒手袋が私の腰に回されて、後ろから抱きとめられた。
…私が転ぶのなんて、どうせ彼にはお見通しだったんだろう。
クリフトの落ち着いた行動が、私の悪戯心に火をつけた。
大丈夫ですか、と言う彼を無視して、後ろにぐい、と背伸びするように体重をかける。
「う、わ!?」
そのまま倒れていく背中から小さな悲鳴が聞こえた。
クリフトは私の下敷きになって、私に両の手を回した格好のまま尻餅をついてしまった。
受け身を取れなかったから、痛かったろう。…ちょっとやりすぎたかな。
私は彼の怒った顔を想像しながら、おそるおそる振り返った。
「ーーだから言ったじゃないですか」
クリフトは怒っているというより、言う事をきかない私に呆れたといった様子で
小さくため息をついた。
いつもそう、彼は滅多に本気で怒らない(小言はしょっちゅうだけども)。
というより、感情をストレートに出そうとしない。
だけど私を見つめる碧の瞳は、どんな詩人の言葉より雄弁に『愛してる』を語りかける。
照れくさくなった私は、彼の瞳の中の自分から顔を背けて
この甘い空気から逃れるように戯けて言った。
「ため息をついたら幸せが逃げちゃうよ」
「ため息が追いつかないくらい幸せだからいいんですよ」
そう言って、彼は私の頬を優しく撫でた。
「!」
心臓が高鳴る。どきどきしながら睫毛を伏せた私に、彼はしれっと言った。
「草がついてました」
「あ、そ!」
不機嫌な声を出しても、彼は優しい瞳をこちらに向けたまま。
なんだかムシャクシャして立ち上がり、クリフトを置いたまま土手を駆け上がった。
顔が熱いのは、夕焼けに照らされたせいだけじゃないだろう。
憎たらしい男!
いつのまにかクリフトは私の隣に立っていて、服についた土埃や草を払っている。
汚れてしまった手袋を外している姿を見ると、さすがに申し訳なくなってきた。
「服とか、汚れちゃったね」
「あなたといるとね、慣れっこですよ」
ーー前言撤回。ふん、と私は鼻を鳴らした。
でも、私だって彼をどきどきさせることが出来る。
私は彼に手を差し出した。
「クリフト、帰ろう!」
彼は躊躇した。いつものように黒手袋をしていないから。
そんなクリフトに、私は更にぐい、と手を突き出す。もちろん極上の笑顔と一緒に。
「…帰りましょうか、ブライ様」
「うん」
私はクリフトの手を、ぎゅっと握った。彼は今、どきどきしてるに違いない。
オワリ