その日は酷く気が立っていた。原因は実技試験での凡ミスが七割を占めていたが、残りの三割
にこそ本当のストレス元が隠れていることを、サイファーは、薄々ながら感じていた。
自室に戻ると、コートとブーツを投げ捨てて、ベッドに容赦ないボディプレスを見舞った。
胸糞悪い。ひたすらにそれだけだ。
ベッドサイドに備え付けられている有線ラジオのスイッチを弾き、自分からの雑音が聞こえない
ように、大きくボリュームを捻った。
運悪く、ハードコアバンドの演奏は終わりを迎え、遠吠えを思わせるギターの余韻が引いていく
ところだった。
「……けっ」
サイファーは、気の利かないDJのしゃべりに気分を毛羽立たされる前にベッドを離れ、ダイニング
に向かった。
台所は狭く、電熱コンロに流しと小型冷蔵庫があるだけだが、毎朝トーストを三枚焼き、出来合い
の惣菜を温め直す分には贅沢すぎる設備だ。
冷蔵庫の扉を引き、ミネラルウォーターの小瓶を引き出す。
背後に気配を感じて振り返った。
「またお前か?」
気配は空を滑りながら、部屋へ戻っていった。
心霊の類ではない。それは、サイファーの最も側にいる存在であり、唯一のルームメイトだった
からだ。
サイファーは、ミネラルウォーターの瓶を手に、ベッドに腰を下ろした。
ラジオからは次の楽曲が流れていた。重厚なドラム、ベースの絡みが心地良い。
封を切った瓶を口に当て、一息に半分手前まで飲み干した。
すぅ、と風が過ぎていった。
「今日はどうしたんだ?」
微かに冷気をまとった存在は、音もなくサイファーの前に下りてきた。
「貴方の方こそ、随分と荒れているみたいだけど?」
そう言いながら床につま先を当てると、風に巻き上げられたスカーフさながらに空を泳いでいく。
静かに舞い降り、サイファーの横に並んだ。
青く透き通る肌の魔人。氷の女神、シヴァだ。
「どうしたの? また彼と喧嘩した?」
「……そんなんじゃねえよ」
サイファーは、瓶を傾ける合間に短く答えた。
「全部わかってるくせに、余計なこと言うな」
シヴァは日常的にジャンクションしているガーディアン・フォースだ。
使用者の心の片隅を住処として、文字通り一心同体となって行動を共にしている。サイファーの
生活の約半分は、シヴァと共有しているといっても構わないだろう。
心に住まうものに嘘はつけない。
ただ、サイファーの考えることが完全に把握されているというわけではなかった。
幻獣と人間では、思考形態や物事の捉え方が異なるために、思い違いや擦れ違いは少なくな
かった。
「お前に話すようなことじゃねえって」
「彼女のこと?」
サイファーは、何も言わなかった。
「……図星だね」
正解だ。
冷気を司る精霊でありながら、シヴァの性格はガーデンの中でも陽気な部類に入る方だった。
「リノアちゃん、ていったっけ。この間電話してくれた子」
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何気に性格大破してる気もしないではないですがご勘弁を(倒)