アグリアス様に萌えるスレ Part7

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939ハートのクイーン1 ◆ewQwlmXZSk
「ラムザ、起きて。起きなさい」
 誰かが肩を揺さぶっている。
 少年はまどろみから目覚めた。ぼやけた頭は、まだ状況を認識できない。
「おはよう」
 豊かな金髪に一瞬目を奪われた。眼鏡の奥の青い瞳が意味ありげに煌き、細い眉は微妙
なカーブを描いている。ラムザは急速に覚醒した。
「え……わっ、アグリアス先生、すみませんっ」
 金髪の女性は、ため息をついて肩をすくめた。
「ようやくお目覚めね」
 確認するまでもなくここはラムザの私室であり、今は勉強中であり、アグリアス・オー
クスは家庭教師なのであった。出された数学の問題に頭を悩ませるうちに、つい居眠りを
してしまったようだ。
「面目ない」
 ラムザはうな垂れた。わざわざ士官アカデミーの受験準備に付き合ってくれているアグ
リアスに、とんだ失礼をしてしまった。しかも憧れの女性と二人きりだというのに、眠っ
てしまうとはなんと勿体無い……。
「まあいいわ。この問題は宿題にするので、次来る時までにちゃんとやっておくこと」
 アグリアスは、広げたペンや書物を片付け始めた。居眠りなんかしてしまったせいで、
今日はちっとも会話が出来なかった。ラムザは慌てた。
「も、もうすぐ夕食ですから、ぜひご一緒に! それまで……そうだ、お茶を淹れますか
らっ」
「嬉しいけど、そうそう何度も……」
「遠慮なんかしないでください。アルマやティータも喜びますから。そうだ、寄宿舎に使
いを出させます」
 地方貴族であるアグリアスの起居するのは、士官アカデミー付属の寄宿舎であった。食
事の準備を無駄にさせれば、アグリアスが後でいやみなマリエルに何を言われるか分から
ない。量と栄養バランス以外にはまったく注意を払われていない寄宿舎の食事よりも、ベ
オルブの料理人の作る暖かい食事の方が幸せなはずである。ラムザは勝手にそう結論付け、
やや強引にアグリアスを居間へと誘った。
 アグリアスは結局断りきれない。それも、いつものことだった。
940ハートのクイーン2 ◆ewQwlmXZSk :03/05/16 23:09 ID:jBeEsrNL
 少年に付き添われながら、寮へと戻る。ぎりぎり、門限に間に合いそうだった。
 年下の、彼女よりも10センチも背の低い少年だったが、彼はアグリアスと言葉を交わ
しながらも周囲に目を配ることを忘れない。勿論少年は、彼女の護衛をしているのだ。
 アグリアスはあまり剣が得意ではない。もともと性別によるハンデがあったし、彼女の
嗜好はどちらかというと歴史や地政学に向いていた。教会史も得意な科目だ。士官アカデ
ミーに入ることができたのも、地元教会からの熱烈な推薦があったからこそである。
 貧乏貴族であるオークス家の当主である父親は、アグリアスの才能に期待していた。な
ぜか、婿を取ることを差し置いて娘を進学させたのである。この時代の貴族としては異例
な行動であった。
 しかし、結局のところ軍隊は男社会であり、アグリアスは異端児だった。彼女の入学に
骨を折った父親に感謝はしていたが、それが報われることは無いだろうと思っていた。ど
んなに戦史や戦術や戦略に才があろうと、所詮は貧乏貴族の小娘である。卒業と同時に騎
士の叙勲を受け騎乗することは許されるだろうが、もし戦が起こっても彼女には指揮すべ
き一兵すら与えられない。剣も馬も上手く使えず、おまけに目も悪いとあっては、的にな
って真っ先に命を落とすだろうことは自明であった。
941ハートのクイーン3 ◆ewQwlmXZSk :03/05/16 23:09 ID:jBeEsrNL
 そんな彼女の生活に変化を与えたのは、ベオルブ家の令嬢との出会いだった。修道院の
書庫整理に駆り出された時に、併設された寄宿学校の女生徒達と一緒に作業を行うことに
なったのである。アグリアスと同じ班に割り当てられたのが、アルマ・ベオルブとティー
タ・ハイラルだった。
 名門貴族に対する偏見はすぐに氷解した。二人はどちらも明るく優しい娘であり、貴族
社会の因習に疲れていたアグリアスの心に、涼風を吹き込んでくれた。実を言えばティー
タは平民の娘であり、アカデミーの中にあって立場の弱いアグリアスと共感する部分も大
きかったのだ。3人はすぐに打ち解け、さまざまな秘密を共有する仲になった。
 そして、里帰りした彼女達に請われて訪れたベオルブ家で、彼女はアカデミーの受験を
控えた三男坊と出会うことになる。紆余曲折を経て家庭教師と生徒という関係になったそ
の少年が、ラムザ・ベオルブであった。
942ハートのクイーン4 ◆ewQwlmXZSk :03/05/16 23:12 ID:hyFrTpIu
「今日は居眠りしちゃってすいませんでした」
 街の入り口で帰そうとしたのだがラムザは頑として譲らず、結局寮の入り口まで送られ
てきてしまった。かえって、ここから引き返す少年の方が心配になる。大貴族の子弟であ
るからにはこっそり護衛がついている可能性もあったが、ベオルブ家の家風ではあまり考
えにくい。何より武門の家である。当主である『天騎士』バルバネスが、『己の身も守れ
ぬ跡継ぎは必要ない』と言っても、誰も驚かないだろう。
「こちらこそ、送ってくれてありがとう。頼もしかったわ」
 礼を言うと、少年の顔が誇らしげに輝いた。
 紛れもない好意を向けられ、アグリアスの胸は弾んだ。女としての自分の魅力を意識す
ることはあまりないが、ラムザを見ているとまんざらでも無いと思う。自分のために背伸
びをする少年を見るたびと、えもいわれぬ感慨が沸き起こるのだ。
 彼は不思議な少年だった。会ってから間もないのだが、ずっと昔から一緒にいたような
気がする。会った瞬間からどういう気質の持ち主であるか知っていたし、彼の考えること
は手に取るように分かってしまう。彼を守ってやらねばと思う反面、一緒にいるときには
強く安心感を感じることができる。たとえばずっと、背中を守り守られてきたような。
 ……馬鹿馬鹿しいことだった。ラムザと一緒に戦うどころか、アグリアスはまだ一度も
実戦など経験していないのだ。しかも戦闘になったりすれば、間違いなく今の自分は足手
まといである。背中を守るどころか、味方を切り倒しかねない。
943ハートのクイーン5 ◆ewQwlmXZSk :03/05/16 23:12 ID:hyFrTpIu
「それじゃあ、また来週」
「さようなら。宿題忘れちゃ駄目よ」
 アグリアスは手を振った。ラムザは何度も振り返りながら帰っていった。最近は、家庭
教師に行く日を心待ちにしている自分がいる。週に2回などと言わず、もっと回数を増や
してもいいかも知れない、と考えた。きっと彼は断らないだろう。
 いつもいつもご馳走になっているのも悪いし、次は何か手料理を差し入れしよう。絶対
に喜んでくれる確信があった。ラムザは甘いものが好きだから、お茶菓子にしようか。そ
う、確かシナモンパイが好きだったはず──。

 ──やはり、何かがおかしかった。
 ラムザとシナモンパイを食べたことなんか無いはずなのに、どうして私は彼の好物を知
っているのだろう?

                                  『ハートのクイーン』の章 END