《午後0時》
「参加者の諸君。如何過ごしているか…?」
突然ロンタルギアの大地に声が響いた。よく知っている声。背筋が冷たくなり、産毛がそそけ立つような…。
「ゾーマ…?」
バッツは、意外そうに言って、立ち止まった。
後ろからついてきているクーパーもそれに習う。
(どうして…)
そんな言葉が、二人の脳裏に同時に過ぎる。
放送のはまだだいぶ先のハズだが…正午?放送の回数が増えたのだろうか?
クーパーはぽかんと空を見上げ、バッツは麻痺しかけた頭を再回転させる。
だが、ソレは…バッツの頭の再回転は…一瞬後に、凍結した。
「闇の中におちた参加者の名を読み上げる。
アモス、ホイミン、イリーナ、レナ、ファリス…」
……空を見上げていたクーパーの身体が、びくりと痙攣した。驚きに。
レナと、ファリス。さっき、バッツが話していた名前…。
まさか。探しに行こうと言う所だったのに。もう、死んでいる?
…放送が終わった。寒々とした声は途切れ、静寂が戻る。
クーパーは、バッツを見た。見ただけで、声をかける事が出来なかった。
バッツの背中が見えた。顔は、表情は見えなかった。
ただ、分かった。彼の周りの空気が一瞬変わったのが。
ゾーマとは違う方向の恐怖を感じる。魔の覇王と相対した時の威圧感ではなく、凶悪な魔物と出会ってしまった時の絶望感。
だが、ソレはすぐにさっと引いていき…戻った、いつものバッツに。いつものバッツを取り巻く空気に。
恐る恐る、声をかけてみる。何となく…まだ、怖い。バッツが。
「……大丈夫だ。」
バッツは答えた。力強く、だがどこか震えた声で。
バッツがこちらを振り向いた。そして、笑った。いつもの、ただ少しだけ力のない笑顔で。
「泣いたり怒ったりしてるヒマなんて…無いからな。」
「でも……だって…。」
「子供(ガキ)が余計な気を遣うなよ…大丈夫だ…俺は。」
クーパーの頭に、バッツの手がぽんと置かれた。
その表面は冷気で冷え切っていたが、芯からぼんやりとした暖かさが伝わってくる。
だけど、その手は震えていた。ブルブルと小刻みに。恐怖ではなく…怒りに。
「これ以上誰かが死ぬ前に…ってことだ。行くぞ。」
「…うん。」
クーパーは頷いた。頷く事しかできなかった。
それ以外の言葉を今のバッツにかけてしまったら…バッツがどうなってしまうか、分からないから。
今回のゾーマの宣告は…バッツにとって間違いなく最悪の知らせだった。
二人が死んだ?死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ…殺された。
(誰が殺した?)
バッツがバッツ自身に問いかける。答えが分かるはずもないが、それでも問いかける。
そのとたん、バッツの思考は血の赤と闇の黒に向かっていきなり急降下していった。
凄惨な殺戮が脳内で瞬時に展開される。
あの、ゾーマの城にいた全ての顔が、その殺戮の海の中にいた。
広い雪の大地の中央に、綺麗な顔のレナとファリスの身体。もう動かない二人の身体。
その周りに、もはやほとんど原型をとどめぬ死体の山。
死体の誰かが、二人を殺した。死体の全ては、バッツが“壊した”。
(みんな殺してしまえ。)
ゾーマの声が…ゾーマの声色をしたバッツ自身が、バッツにそっと囁いた。
(みんな殺してしまえばいい。その内の誰かは確実に二人を殺した。)
バッツが死体の山を見た。知った顔が…クーパーの、アニーの、このゲームで知った全ての顔があった。
(殺れ殺れ殺れ殺れ殺れ殺れ殺れ殺れ殺れ殺れ…)
(止めろ!)
バッツが絶叫する。喉はすでに用をなさなかったが、それでも心の中で絶叫する。
そのとたん、凄惨な地獄の風景の空想は消え失せ、現実の地獄が目の前に広がった。
どうかなってしまいそうだった。右手が動く。剣を手に取ろうと…。
「バッツ…兄ちゃん…?」
クーパーの不安そうな声が後ろから響き、そのとたん、動こうとした体が止まる。
(そうだよ…クーパーがこんなにしっかりしてるのに、俺がコレじゃ…。)
まだ、やらなければならない事がある。そうだ、やらなけらればならない事が。
「……大丈夫だ。泣いたり怒ったりしてるヒマなんて…無いからな。」
そう返事をしてやる。クーパーを安心させるように、笑顔を作って。
「でも……だって…。」
「子供(ガキ)が余計な気を遣うなよ…大丈夫だ…俺は。」
なるべく平静を装って、バッツは言った。ついでにクーパーの頭を撫でてやる。
「これ以上誰かが死ぬ前に…ってことだ。行くぞ。」
「…うん。」
バッツの言葉にクーパーが応える。
ソレを確認してから、バッツは再び雪原を歩き出した。
体の中で風が唸る。全てを切り裂き、血祭りに上げろと叫ぶ。
だが、その“殺意”は、一つの対象に向けられようとしていた。
…人がナイフで刺されて殺されても、ナイフの罪を糾弾する人間などいない。
罪は、ナイフを振った人間にある。
このゲームにおいて全ての参加者はナイフであり、同時に刺される被害者を兼ねる。
ナイフを振う人間の役割を担うのは、ただ一人。
(待っていろ、ゾーマ。)
バッツは、空に向かって心の中で叫んだ。
(ゲームからみんなを逃がしたら…真っ先にお前の目の前に現れてやる。お前を滅ぼしてやる…!)
【バッツ(魔法剣士 時魔法)/クーパー
所持武器:ブレイブブレイド/天空の盾 現在位置:ロンタルギアの北西の森から南へ(中央の砂漠を通る)
行動方針:アリーナ(アニー)、とんぬら、パパス、エーコの仲間(名前しか知らない)を捜す。最終的にはゲームを抜け、ゾーマを倒す】