放送直後のこと。
静かな雪原。
静寂が辺りを包む。
ボコッ…!
突如何もない雪原から手が現れる。
ゆっくりとその身を現わす。
旗から見ればゾンビと思えなくはない。
…いや、実際ゾンビなんだけど。
とんぬらの姿はない。近くにもいない。真っ白の雪原には足跡はないからだ。
かなりの雪崩だったがどうやらあまり流されてはいない。
彼女はそんなことを気に留めることなくとんぬらを求めるようにふらふらと歩き出した。
懐にしまってあったマンイーターはあの雪崩でどこかに流れてしまった。
…今の彼女にとってさほど大きな問題ではないのだけど。
「…待て。」
アイラは振り返る。
アグリアスも埋もれた雪の下から姿を現した。
遠くなりそうな意識をオヴェリアへの忠誠心のみで繋ぎ止めここに現る。
相手は一人、先ほどの奇襲はあの女のために失敗した。
悪い作戦ではなかった。確かに裏をかいたのだから。
アグリアスはダイヤソードを構える。
相手は丸腰、だが油断はしない。
「大気乱す力震え…」
仕掛けようと行動を先に起こしたのはアグリアス。ダイヤソードに氣を込める。間合いは十分。
氣を放出するその瞬間、彼女は何気なく目を瞑る。次の瞬間。
「うっ!?」
顔面に雪玉が直撃する。アイラの石つぶてならぬ雪つぶて。放出されるべき氣が散開する。
雪で足がもつれる。アグリアスが雪を払ったそのときにはすでにアイラは一気に間合いを詰めていた。
ムーンサルトで迫る。アグリアスの剣は完全に引かれていた。剣を構えるも…すでに遅い。
胸部に食らって派手に吹っ飛ぶ。
再び深い雪に身を沈める。
急いで身を起こすもすでにアグリアスの敗北は確定していた。
手に感触がない。ダイアソードが宙を舞う。
それは剣がアグリアスを拒絶したのか。
たとえ、その身が呪いで蝕まれていたとしても、たとえ、守るべき主君がすでに亡くとも…
守ること、救うことを忘れない者を剣は選ぶというのか。
ダイアソードはアイラの手に渡った。
すぐさまアイラは剣の舞を繰り出す。
アグリアスに刃が届かんとした刹那。アグリアスは詠唱を完了していた。
ヘイスト。
間合いを取り一気に背を向ける。
「…情けないっ!」
それは自分の何に対しての言葉か。アグリアスは逃げ出した。たとえなんであろうとも生きなければならなかったからだ。
静かに見送るアイラ。アイラは追撃の意思はなかった。…と、言うか、今はとんぬらに会うことが彼女にとっての最優先事項であったからだ。
アイラはアグリアスとは全くの反対方向、山を下っていった。
【アイラ(ゾンビ) 所持武器:ダイアソード 死者の指輪 現在位置:祠西の山脈中腹付近→山を下る
行動方針:ゾンビ状態中はとんぬらを探していく。死者の指輪が外れたら???】
(マンイーターはどこかに流れていった。見つけるのは至難の業。)
【アグリアス(ヘイスト) ジョブ:ホーリーナイト スキル:時魔法 装備武器:スリングショット なべのふた
現在位置:祠西の山岳地帯中腹→山を登る 行動方針:ゲームにのる】
「……ざっと、片付いたか。」
「どういう意味だよ?」
「わしの部下も、宿敵も、皆逝ってしまった。それだけの事だ。」
うん?どうした?二人供何を妙な顔をしておる?
「………」
「部下の方はこのゲームの前に壊滅しておる、だいたいわしは部下の為に貴様に協力した訳ではない。」
「じゃあ何であんたみたいな悪党がこんな真似をしてるんだ?」
失礼な奴だな。
「第一に、わしの世界ではこんなゲームの話は聞いた事が無い、つまり奴等のいう事は信用できない。
第二に、わしは唯々諾々とこんなゲームの駒になれる程腑抜けではない。」
奴等にわしの真意を知られる訳にはいかん、この程度の方便は使わせて貰うぞ。
「………で、どうするんだ?」
「今日は呪文を使い過ぎた、神殿に引き返して明日に備える。」
「そんなチンタラやってたらっ!」
「失敗は許されんのだっ!慎重に振舞って何が悪い!」
大体だな、貴様があんな所で凍ってなければメラミやメラを使わずに済んだのだぞ?
「……それに神殿まで戻れば上手くすれば1人分ぐらいは確保できるあてがある、今は黙って付いて来い。」
若干の装備の交換を行った後、我々は神殿に移動を開始した。
【ジタン: 所持アイテム:仕込み杖、グロック17、ギザールの笛 現在位置:小島隠し通路
行動方針:ゲームから脱出】
【ハーゴン(あと二日で呪文使用不能、左手喪失)
武器:グレネード複数、裁きの杖、ムーンの首、グレーテの首、首輪×3
現在位置:隠し通路 行動方針:授業 ゲームの破壊】
【マゴット(MP減少) 武器:死神の鎌 現在位置:隠し通路 行動方針:ゲームから脱出、仲間と合流】
《午前11時40分前後の話》
どぅんっ!どどどどぅんっ!
遠慮のない、耳障りな音がロックの鼓膜を打ち付けた。
身体を隠す大木の幹に、小さな穴が大量に生まれる。
(くそ…もう何時間こうしてるんだ…。)
大木をかりそめの盾としていたロックが、小さく舌打ちして木の陰から飛んだ。
木の陰から木の陰へ飛ぶ一瞬の間に、大量の弾丸と黒の爆圧が彼を追いかける。
クイックシルバーに残った弾丸を全て…正真正銘、全て敵に向かって吐き出させながらソレを回避し、隠れる。
ぜぇぜぇと息を荒らげながら、ロックはクイックシルバーを投げ捨てた。
もう一発も入っていない。弾の入っていない銃など、ただの鉄の塊に過ぎない。
「ちくしょう……。」
もう一度、うめく。今度は声に出して。
コレまでずっと、隠れながらの弾丸の交換を繰り返していた。
ロックのクイックシルバーと敵…黒衣の騎士セシルのギガスマッシャーと暗黒波はお互いを殺そうと幾度も牙を剥き…
結局、ここまで一度もソレをなしえなかった。
ロックがここまで生きていられた…それも、無傷で生きていられたのは、彼の実力とソレに数倍する運のたまものだろう。
だが、彼が闘っている暗黒騎士…セシルの場合、その比率は逆転する。つまり、彼の運とそれに数倍する実力。
「何とか逃げ切らないと…。」
身体を庇う木が、無数の弾丸の洗礼にさらされているのを感じながら、ロックは逃げ切るための思考を始めた。
右手に掴んだ巨大な銃が、何の遠慮もなく怒声を発し、そして怒声は弾丸となって敵が隠れた木の幹をえぐり取る。
ただひたすらに敵を殺すべく、暗黒騎士セシルは弾丸を撃ち続けていた。
今戦っている…と言うにはやや一方的だが…バンダナの男、ロックはよく頑張っていると言えた。
もう三時間近く、危険な賭けに出る事もなくただひたすらに隙をうかがい続ける。並みの人間に出来る事ではない。
だが、それももう終わりだ。
ロックが、弾を撃ち尽くしたクイックシルバーを捨てるのをセシルは見た。
敵には銃がない。おまけに魔法を使える様子もない。だがこちらには銃と…暗黒の力がある。
「もらった…!」
セシルはもう一度、ギガスマッシャーに弾丸の怒声をあげさせるべく指に力を込めた。
…それから数分が過ぎて…ロックが、動いた。
再び別の木の陰へ飛び出し、隠れようとする。
だが、それを見逃すほどセシルはうかつではないし、寛容でもない。
「終わりだ!」
叫び、引き金を引く。
撃ち放たれた弾丸がロックの身体を浅く引き裂くのが見えた。
そして、ロックがこちらに何かを投げつけるのが見えた。
そして、セシルの視界はいきなり白に閉ざされた。ものすごい重量と共に。
うまくいった!
身体を鉄の飛礫に引き裂かれた痛みを強引に無視して、ロックは歓声を上げた。
ついさっきまでセシルが立っていた位置には、こんもりとした雪の山が出来ている。
その足下には、アモスのミスリルシールド。その後ろには、雪化粧を落としてスッキリした巨木が一本。
ロックの投げたシールドはセシルの後ろの巨木に命中し、その衝撃で落ちてきた雪が彼の身体を覆い隠したのだ。
ロックはそれを確認すると、振り返りもせず賭けだした。
エリアの走っていった方に向かって。
「くそ…。」
セシルは小さく毒づきながら雪の山から這い出した。
まんまとしてやられた。まさかこんな事をするなんて思っても見なかった…甘かった。
セシルは完全に雪山から這い出ると、その場にどっかりと座り込んだ。
暗黒波の撃ちすぎで、体力が消耗していた。
【セシル(やや体力を消耗) 所持武器:暗黒騎士の鎧 ブラッドソード 源氏の兜 リフレクトリング 弓矢(手製) ギガスマッシャー
現在位置:ロンタルギア東の森(狭い方) 行動方針:皆殺し(ハーゴンorエドガーを最優先ただし遭遇すれば他のキャラでも殺す)】
【ロック(全身に浅い傷) 所持武器:吹雪の剣 現在位置:ロンタルギア東の森(狭い方)から北へ
行動方針:エリアを守る】
(弾切れのクイックシルバーとミスリルシールドは森に放置されています)
あぼーん
《午後0時》
「参加者の諸君。如何過ごしているか…?」
突然ロンタルギアの大地に声が響いた。よく知っている声。背筋が冷たくなり、産毛がそそけ立つような…。
「ゾーマ…?」
バッツは、意外そうに言って、立ち止まった。
後ろからついてきているクーパーもそれに習う。
(どうして…)
そんな言葉が、二人の脳裏に同時に過ぎる。
放送のはまだだいぶ先のハズだが…正午?放送の回数が増えたのだろうか?
クーパーはぽかんと空を見上げ、バッツは麻痺しかけた頭を再回転させる。
だが、ソレは…バッツの頭の再回転は…一瞬後に、凍結した。
「闇の中におちた参加者の名を読み上げる。
アモス、ホイミン、イリーナ、レナ、ファリス…」
……空を見上げていたクーパーの身体が、びくりと痙攣した。驚きに。
レナと、ファリス。さっき、バッツが話していた名前…。
まさか。探しに行こうと言う所だったのに。もう、死んでいる?
…放送が終わった。寒々とした声は途切れ、静寂が戻る。
クーパーは、バッツを見た。見ただけで、声をかける事が出来なかった。
バッツの背中が見えた。顔は、表情は見えなかった。
ただ、分かった。彼の周りの空気が一瞬変わったのが。
ゾーマとは違う方向の恐怖を感じる。魔の覇王と相対した時の威圧感ではなく、凶悪な魔物と出会ってしまった時の絶望感。
だが、ソレはすぐにさっと引いていき…戻った、いつものバッツに。いつものバッツを取り巻く空気に。