213 :
1:
ソロはまだフライヤの見せた動きが信じられなかった。
完全に捉えていたのだ。
剣を振り下ろせば体を真っ二つにした死体のできあがり、のはずだった。
あんな速度で動く魔物など見たことない。
(負けるわけがない、負けるはずがないんだ)
落ち着きを取り戻さなければならない。
ゆっくり息を吸い込んで、一気に吐き出す。 繰り返すこと数回。
フライヤを見据える。まるで肩一つ揺れていない。厚い毛に覆われた顔から鋭い視線を感じる。
(くっ……)
フライヤの恐ろしいほどの冷静さを前にソロは再び動揺した。それを見透かせられまいと、己を鼓舞する
ために声を上げる。
「僕は世界で唯一人の勇者だ! 僕だけが特別なんだ。 シンシアたちは僕が勇者だと
信じて死んでいったんだ!」
剣を握る手に汗が滲む。
ソロの体は燃え上がる程の気迫で包まれた。周りの空気もそれに呼応するかのように熱くなる。
「えええいっ!」
肌を突き刺すような殺気がソロの全身からほとばしる。 そばで見ていたピエールは圧倒された。
フライヤは飽くまでもその殺気を冷静に受け流す――
ソロが全速で駆ける。 魔物めえ、今度こそ!! 剣を握る手に一層力を込めた。
喉元を狙った必殺の突き。
だがフライヤは退がらず、前に出た!
(なっ、右でも左でもなく…)
一瞬の躊躇。 突然フライヤが目の前から消えた。冷たいものが足元に滑り込んでくるような感覚を覚える。
その瞬間、腹が爆発したかのように熱くなった。
「がはっ……」
姿が消えたように見えたのは下に潜り込んだため。
フライヤの拳がソロの腹にめり込んでいた。
214 :
2:02/12/07 18:21 ID:???
猛烈に熱いものが喉をつきあげてくる。
めり込んだ拳がまだ離れない。 剣を振るおうにも力が入らない。
どん、と空いた手でフライヤがおもいっきりソロを突き飛ばす。
「うげえっ!」ソロは胃の内容物を吐き散らしながら後方に転がっていった。
「勝負あった……」
ソロが倒れたまま動かないのを見て、ピエールはフライヤのもとへ駆け寄る。
「あまりに殺気を出しすぎるから、こちらもつい力が入ってしまった……」
フライヤは少し後悔した。まだソロは腹を押さえて呻いている。
「彼はどうします?」
「細かい事情はわからぬが……何やら自分に不満があって暴走しているのではないか」
フライヤは先程の戦いでソロが洩らした言葉だけで、彼のことがわかったような気がしていた。
「放っておくのは危険じゃ。今度こそ誰かを、いや既に人を殺めているやもしれぬ。
この場で息の根を止めておく」
それを聞いてピエールの顔が一瞬険しくなる。
「と言いたいところじゃが、それでは私も同じになってしまう。 武器を取り上げておけばよいじゃろ
それに、よく見ればまだ子供じゃ」
ピエールはほっとしたように、
「承知しました。やはり貴女は勇猛なだけの方ではなかった……」
ピエールは片膝をついて(スライムの上で)、王族に挨拶するが如くうやうやしく礼をした。
「フライヤ様、このピエール、御身の為に命を懸ける所存であります」
「ど、どうしたのだ、ピエール殿」
フライヤは目を丸くして驚いた。 冗談で言っているようには見えない。
「ピエール殿、頭を上げるのじゃ。その、ジタンたちはどうしたか」
しどろもどろになっていると、突然動物のような唸り声が耳を打った。
ハッとなって身構えた。 ピエールもたちまち警戒の姿勢を見せる。
声の主はソロだとすぐにわかった。 獲物を狙う野獣のような視線が二人に向けられた。
215 :
3:02/12/07 18:22 ID:???
「魔物ども…怪物どもめ! どうしてさっさと殺さない。 僕を生かしておいたことを後悔させてやる」
全身を自分の吐いた汚物に塗れながら、ソロは血走った目で威嚇する。
その姿こそまさに怪物そのものなのだが。
「まだやる気か」
ソロはエンハンスソードを持とうとすらせず、ただ体をぶるぶると震わせている。
凄まじい殺気は前と変わらない。 だが今度はフライヤも冷静ではいられなかった。
体にのしかかる圧迫感。 全身の毛が逆立つ感覚はこの男におぞ気を感じるから…?
いや、重力に逆らい直立する毛並みは現実のもの! フライヤは天を見上げた。考えられるのは一つ。
「ピエール殿、珊瑚の剣を私に!」
フライヤは飛翔した。逃げるのではなく受け止めるために。
ソロの慢心を打ち砕くために。
ピエールはフライヤのやることに間違いはないと確信していた。だからこそ躊躇いなく自分の剣を投げ渡す。
空中で受け取った珊瑚の剣はフライヤの意図によって逆手で握られ、ある構えを作り出した。
「ライデイーンッ!」
ソロは喉が千切れるほどの声で叫んだ。空に立ち込める暗雲にたちまち雷が走る。
「黒コゲになって落ちろおっ!」
轟音が域内に響き渡る。稲妻はフライヤの腕部を直撃した。 ――確かにそう見えた。
「……!?」
勝ち誇った表情のソロの目に驚愕の映像が飛び込んでくる。 認めるはずのない現実。
雷神がフライヤに味方した。 電流を帯びた珊瑚の剣は雷神の息吹に姿を変えていた。
そのまま逆手に構えた珊瑚の剣を全力で前に振り出せば、完成。
ライデインストラッシュ。
216 :
4:02/12/07 18:23 ID:???
「終わりじゃ。行こう、ピエール殿」
フライヤは背を向けてさっさと歩き始めた。
「フ、フライヤ殿、終わりとはどういうことですか?」
ピエールはソロが棒きれのように突っ立っているのを見た。
「あとは自分自身の問題じゃ」
フライヤは立ち止まらなかった。
後ろの方で、なぎ倒された樹木がぶすぶすと燻っている。
髪にべっとりと付着した汚物の甘酸っぱい臭いが鼻をつく。
その不快感を堪えながら、ソロは叫んだ。
「僕は、勇者なんだ! 世界でたった一人の……ううっ、勇者なんだ」
自分が何者であるか確かめるように叫ぶ。 その目に涙を浮かべて。
「でも、今は……」
ソロは血で汚れたエンハンスソードを曇る目で見つめた。
自分を見失った代償はあまりにも大きかった。
【フライヤ、ピエール 行動方針:ジタンたちを探す 所持武器:エストック、珊瑚の剣
ソロ 行動方針:なし 所持武器:スーツケース核爆弾、エンハンスソード 現在位置:ロンダルキア南】