〜〜FFDQ板最燃男トーナメント!! Round8〜〜

このエントリーをはてなブックマークに追加
902旅立ちの朝1
■旅立ちの朝■
 …・・・夢を見ていた。今も色褪せる事の無いあの日の夢を。ずっとこの瞳に焼きついたままのあの日の夢を。
「…それじゃあ行って来る」
穏やかな微笑みを浮かべてこちらを見つめる瞳。
「出来るだけ早く帰って来るから…それまで母さんを頼んだぞ」
大きな掌が、皮手袋の感触ごしにぐしゃぐしゃと『僕』の固い髪の毛を撫でる。

(もしも、この時に…)
 貴方を、引きとめておけば良かったのだろうか?
少しずつ薄れていく温もり…・込み上げてくる不安。
『僕』の頭を撫でたその手を引き止めて・・・そして、こう言えば良かったのだろうか?
『行かないで父さん…僕とお母さんを置いて、そんな危険な所に行かないでよ』
 …けれど、それは叶わぬまま…結局『僕』に出来たのは、精一杯の笑顔を作って父さんに頷き返す事。
「大丈夫だよ、父さん…心配しないで。僕が母さんを守るから。
父さんが帰って来るまで…その時まで僕が母さんを守るから。
だから、父さんは世界の皆を助けてあげてよ。父さんが帰ってくるのを…僕達は、ずっと、待っているから」

 その言葉に、父さんはまた…今度は大きく頷いて、それから微笑みを浮べたまま踵を返して歩き始めた。
『僕』の言葉は、きちんと父さんに伝わっただろうか?
無理矢理、心に押しこんだ不安に揺れてはいなかっただろうか?
使命を背負って旅立つ父さんに…余計な心配をかけたりはしていなかっただろうか?
(…本当は…貴方を引きとめたかった)
隣で、同じ様に不安を押し殺して微笑んでいる母さんの分まで
『なんで父さんが行かなくちゃいけないの』
と問い詰めて、我が侭を言って、貴方を引きとめてしまいたかった。
……そんな事出来る筈が無いと分かっていても・・・

 勇者の息子だから。英雄オルテガの息子だから。父の名に恥じぬ「男」でなければならないから…。
結局『僕』は…あの日の『俺』は、何も云えずに父さんを見送る事しか出来ないままで…
そして最後にこの目に焼きついたのは、遠ざかっていく父さんの大きくて広い背中だけだった。
903旅立ちの朝2:02/07/15 01:11 ID:faiDoS2Y
「…………つっ」
 冷ややかに背中を濡らす雫の感触に目を覚ましたのは久し振りだった。
ゆうるりと残る夢の名残を、2、3頭を振る事で払いながら、彼は状態を起こし寝台を抜け出した。
そのまま歩を進め、窓から覗く夜空へと視線を向ける。
僅かに開いていた隙間を自分の意思で更に押し開け、外気に寝ぼけた身体を触れさせた。
既に地上の星は全て消えうせ、瞬くのは淀んだ夜空から僅かに覗く星々だけ。
(それもその筈だ・・)
 時刻は既に深夜を大きく回り、夜明け近くと云っても良い程の時間になっていた。
ふと見ると、正面の酒場からも既に一切の照明が失せている。
静かな…自分以外は星さえも眠りについてしまっているかの様な夜、だが…

「…眠れないの?」
不意にかけられた声に、彼は驚いて背後を振りかえった。そこには、自分と同じ様に寝着に身を包んだ母が佇んでいた。
「母さん、まだ起きていたの?」
「いいえ、窓を開ける音が聞えたから…お前が緊張して眠れないのかと思って」
「………残念ながら、そこまで繊細な神経の持ち主じゃないよ」
 そう云って彼が笑みを見せると、母もまた微笑みながら近付いてくる。

「緊張しても仕方の無い事よ…明日はお前の16歳の誕生日、そして…」
「ああ…分かってるよ」
 それに続く言葉を、母が敢えて口にしなかった事に彼は気付いていた。
毅然として、一見すれば強い女に見える母の弱い部分。それを、彼は誰よりも知っていたから。
(そう…あの時も)
 脳裏にぼんやりと甦る記憶。
そうだ、あの時もこんな…今にも降り出しそうな夜更けだった。あの夜…父の訃報を告げる城からの急使が訪れたのも。
(特に寝ぼけている訳でも無く、意識ははっきりとしていた筈なのに…)
不思議なもので、その時の事は余り鮮明に覚えていない。
それよりもずっと以前…幼い頃に父を見送った朝の事は、残った温もりまではきり覚えていると云うのに。
 父の訃報を知った夜。あの時の事で覚えているのは・・

「自分の、どうしようも無い無力さだけだ…」
「…・・・…・・・」
 ぽつり、と思わず唇から洩れ出た言葉に母は気付いていただろう。
おそらく、それでも敢えて気付かぬ振りをしてくれているのだ。
(…そう、あの時の無力さを…俺は、今も忘れていない)
904旅立ちの朝3:02/07/15 01:12 ID:faiDoS2Y
 父が死んだと聞いた時。腹から込み上げる怒りと憎しみのままに、剣を取って駆け出しそうだった。
父を殺した魔王に、父を旅立たせた人間に、そしてそれを見送るしか出来なかった自分自身への怒りと憎しみ。
そのどす黒い感情に身を任せて、自分が壊れるまで暴れまわってしまいたかった。だが…
『それまで、母さんを頼んだぞ』
 今も鮮明に記憶に残る父との約束…彼が交わした、父さんとの最後の誓い。その言葉を思うと…結局それも出来ないままで。
ぽつり、ぽつりと俄かに降り出した雨の音を聞きながら…彼に出来たのは、ただ、震える母の細い肩を抱きしめていてやる事だけだった。

「あの時から…父さんがいなくなった時から、もう何年も経つんだよな・・」
「ええ、そうね…」
 再び呟かれた言葉に、今度は母も応じた。そのまま、真っ直ぐに彼の事をみつめてくる。
「そして、明日はとうとう貴方の旅立つ番。この日の為に母さんはお前を勇敢な男の子として育てたつもりです」
「ああ…分かっているよ」
 そんな母の言葉に苦笑を浮かべながら、彼は僅かに頷いた。
「父さんの分も、俺は立派に戦ってみせる。そして…必ず帰って来るよ」
「王様にきちんと挨拶するのですよ?」
「ああ、もう、分かってるよ」
 先程よりもはっきりとした苦笑と共に大きく頷く。
ふふふふ、と可笑しそうな笑みを漏らす母に背を向け、窓からの光景に視線を戻した。

 其処に在るのは、やはり先程と同じ黒く淀んだ…今にも降り出しそうな夜空の姿。
「・・…・明日は降るかしら?」
「いや」
すっと肩を並べて空を見上げ、母が心配そうに呟いた。
その言葉を、彼は静かに…けれどはっきりと否定する。
「明日は晴れるよ。きっと…必ず」
 …そう、今はあの時とは違う。悲しみに震える母の肩を抱いていただけのあの時とは違う。
自分自身に言い聞かせる為にも、一言一言を噛み締める様に言葉を紡ぐ。
「折角の、待ち続けた旅立ちの日なのに、雨なんか降る筈無いだろ?」
「ええ…そうだったわね」
 そして、そんな彼の言葉に母も大きく頷いた。
母の表情に笑みが浮かんで存る事を確認すると、彼は開かれていた窓を再び閉める。
「じゃあ、俺はもう一度休むよ。お休み、母さん」
「…お休みなさい」
905旅立ちの朝4:02/07/15 01:13 ID:faiDoS2Y
 微笑んで自分を見つめる母の視線。
その視線が反らされ、彼女の小さな姿が部屋から出ていくと、彼は再び寝台に潜りこんだ。
 先程見た東の空からは微かに…ほんの微かにだが、確かに光が昇ろうとしている。
今からでは充分に休む事など出来ないかもしれない。
(だが、それでも休んでおこう)
 そんな事を、薄れ行く意識の中で彼はぼんやりと考えていた。
こうしてこの場所で休める時は、明日からはそうそう来ないだろう。
次に…再び目を醒ました時には、今までとは全く異なる新しい日常が待っているのだから。

 それは『彼』が『勇者』と呼ばれる事になる前の、最後の朝の事だった。



 済みません、4レス程お借りしました…勇者の支援になっていると良いのですが(汗)
と言う訳で<<3勇者>>に1票です。ついでに初めてですが自炊支援です〜。

http://cgi2.mediamix.ne.jp/~t7834/imgboard/img-box/img20020715010713.gif