異端者の部屋

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81ウィーグラフ戦記<飛翔編>1
「残っているのは何人だ?」
「およそ五十人程かと」
ウィーグラフの質問に、近くにいたまだ若い団員が答えた。
貴族達に虐げられた平民の苦しみを少しだけでも思い知らせる。ここに残っている若者達は
そのための捨て石になろうというウィーグラフの言葉に従って付いてきてくれた者達だっ
た。ウィーグラフを見つめるその眼はまだ絶望に淀んでいない。
「同志達よ。このまま座して最期の時を迎えるのは無駄死に以外の何物でもない」
立ち上がり演説を始めたウィーグラフを皆が見つめた。
「我々は今から北天騎士団に最後の攻撃を掛ける。俺が先頭に立って血路を開く。皆、毅然
として戦い抜き、我々の誇りを奴らに見せつけてくれ」
ウィーグラフの言葉に団員達は決意を固めて立ち上がった。
その、ウィーグラフを疑うことのない団員達の瞳にウィーグラフの胸が痛んだ。
(俺は結局団員達を利用しているのか?)
しかし今さらこの戦いを止めることは出来ない。
「ウィーグラフ、腕の包帯から血がにじんでるぜ。突撃前にちゃんと止血し直しておいた方
がいい」
団員の一人がかけてきた言葉に「そうか、」とだけ答えると血の滲み始めた左腕を押さえそ
の場に座り込んだ。
殺戮と死の待つ戦場を前にして団員達は奇妙に高ぶっている。ウィーグラフはその空気を
寒々しく感じながら腕に巻かれた包帯を再び巻き直した。
822:02/07/03 17:29 ID:???
その傷は、アジトにしていたフォボハム平原の風車小屋から撤退する時、ベオルブ家の子
弟、ラムザ=ベオルブに付けられたものだった。
ミルウーダが殺されたと聞いた時、妹は我々を人間とは認めていないような高慢な貴族達た
ちに嬲り殺された物と思った。
しかし妹を殺したのは、まだ若く青臭い子供だった。
ラムザはウィーグラフに言った。
「命を奪おうと最初から考えていたわけじゃない!」
「戦わなくても、他に方法があるんじゃないのかッ? 話し合うことはできないのかッ?」
ラムザのその青さがウィーグラフの癇に障った。
ミルウーダを殺した人間が今さら綺麗事を並べ立てるのが許せなかった。
「命を奪おうと最初から考えていたわけじゃない!」
「戦わなくても、他に方法があるんじゃないのかッ? 話し合うことはできないのかッ?」
ラムザが続けたその言葉をウィーグラフは嘲笑するしかなかった。
ギュスタブが引き起こしたエルムドア侯爵誘拐事件は、実は邪魔者を抹殺しようというダイ
スダーグ=ベオルブの企んだことだった。ギュスタブは愚かにもダイスダーグの謀略に乗せ
られたのだ。しかし目の前の若者は兄の企みにまったく気付いていない。
ラムザ=ベオルブのその純朴さが憎かった。
貴族に生まれたと言うだけで自分とは比べ物にならない優位な環境におかれ、そしてそのこ
とに気づきもせず、自分のおかれた状況を知ろうともしていなかった。そして口だけでは綺
麗事を並べ立てる。
833:02/07/03 17:30 ID:???
ウィーグラフは怒りにまかせ剣を交えた。しかし、冷静さを欠くウィーグラの剣はラムザに
は届かなかった。
からくも逃げだし、ジークデン砦から逃げ出してきた仲間達と合流は出来たものの状況は更
に切迫してきていた。
腕の傷を包帯できつく縛り上げるとき、ウィーグラフの脳裏にラムザが必死に自分を説得し
ようとしていたときの顔が再び思い浮かんだ。
そして、その時怒りの中に微かに去来した懐かしさの正体が不意に理解できたのだ。
あの青臭さ、あの熱さ、まだ世界に絶望していないあの純真さ。
それはまるで、村を出る前の、知性と理性こそが全てに勝る確実な物だと信じていた自分の
姿だった。
しかしその理想は圧倒的な力の前に無惨に砕かれ踏みにじられた。
あの頃の情熱を思い出させる少年。
(ラムザ。その理想を持ったまま、どこまでやれるか、せいぜい頑張るがいい。いつかお前
も現実の厳しさに打ちひしがれ絶望するときが来るのだ。それまで綺麗事でもほざいている
がいい)
ウィーグラフは不敵に笑った。
(だが……、できることなら………………)
ウィーグラフが腰を上げるのにあわせて団員達も立ち上がっていく。
ウィーグラフは剣を抜いて自らが進む方角を指し示した。
「我々の目標は、我々の誇りを、存在を奴らにしっかりと刻み込むこと。………………そし
て出来るなら……一人でも多く生き残りこの戦いを続けてくれ」
844:02/07/03 17:31 ID:???
ウィーグラフの最後の言葉に団員達は少し戸惑った表情を見せながらも表情を引き締め頷い
た。
ウィーグラフは動きを悟られないよう密やかな動きで歩き出し、団員達もそれに従った。
ウィーグラフはもう一度ラムザの顔を思い出す。
まだ現実を知らない、青臭い理想に燃える男。幸薄かった妹を殺した憎い男。だが、
(出来ることなら、ラムザよ。苦い現実を知り全てに絶望したあとでも、己の道を探し続け
て見せろ。そしていつか誰もが納得するような、俺をも引きつけずにいられるような道を示
して見せてくれ)
ウィーグラフは再び不敵に笑った。
(出来る物ならばな!)
そして彼は、北天騎士団の待つ山道へと駈けだしていった。


                   予告
   「ウィーグラフ戦記」後半三部作<邂逅編><魔界転生編><残照編>
             2回戦にて公開(するかも)