異端者の部屋

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72ウィーグラフ戦記<慟哭編>1
畏国と鴎国の戦乱は開戦から約五十年後、実質的な畏国の敗戦で終わりを迎えた。
ながい混乱の結果国土は荒れ民衆は疲弊し国中に不平と不満が満ちあふれた。
戦争末期、慢性的な兵力不足に悩んだ畏国が募った義勇兵達は「骸騎士団」と名付けられ、
独立部隊として前線に送られた。少ない糧食や不思議なほど激戦区にばかり配備される待遇
に耐え、骸騎士団は果敢に戦いを続けた。
しかし、敗戦後、彼らに与えられた報酬は「貴公らの働きに感謝する」と言う国王の書き付
けと解散命令。それだけだった。
彼らの殆どは報奨金を目当てに集まった者達だった。跳ね上がる税金に耐えかね、度重なる
一揆反乱に耕す土地を追われ、報奨金に最後の生きる術を求めたのだ。
彼らにとって近隣諸国に対する戦争借款の返済や勝利国に対する賠償金の支払などなんの関
係もなかった。
今、食べ物を手に入れなければ飢えて死ぬのだ。
骸騎士団の生き残りは身を寄せ合い、自分たちの生きる術を模索し始めていた。
732:02/07/03 12:21 ID:???
「ここが私達の村だって言うの!?、嘘でしょう!?」
ウィーグラフは隣で立ち尽くす妹に声を掛けることが出来なかった。なぜならあまりの衝撃
にウィーグラフもまた、言葉を失ってしまったからだった。
ささやかながらも暖かい佇まいを見せていた家々は、焼けこげ崩れ落ちた煉瓦の跡を残して
消えてしまっていた。よく手入れされた畑達は無惨に踏み荒らされ、僅かに実っていたはず
の穀物も全て刈り取られ、持ち去られていた。
報奨金も手に入れることが出来ず、疲労だけが満ちた体で二人は村への帰路に就いた。しか
しその途上、故郷の村について聞かされる噂は不吉極まりないことばかりだった。
曰く、近隣の村で大規模な農民の反乱が起こったこと、騎士団が反乱の制圧に乗り込んでき
たこと、反乱軍達が騎士団に追われ村に逃げ込んできたこと、そして、騎士団が反乱民をか
くまった故郷の村の村人まで虐殺してしまったのではないか、ということ。
二人はその話がどうしても信じられず足を早めた。
そんな村に着いた二人を出迎えたのは、噂以上に荒れきった無人の荒野だった。
「どうしてこんな事になるの?」
ミルウーダは村の外れに乱雑に盛られた土饅頭達の前に座り込んだ。その、墓標もない盛り
土の数から死者はかなりの数と思われた。例え逃げ出した村人がいたとしてもとても、再び
この地を耕し村を再興できるほどの人数は望めないだろう。
村は死んでしまったのだ。
勤勉で正直だった村人達も、自分の質問に一生懸命答えてくる教え子達も、酒場で憩う男達
も、全てが失われてしまった。
いや、奪われたのだ!!
地面に拳を叩きつけた音に、墓前に手向ける花を探していたミルウーダが振り返った。
743:02/07/03 12:22 ID:???
「…………兄さん」
「……ミルウーダ、どうして俺はこの村を離れたんだ!、俺がいればこんな事には……」
ウィーグラフの白くなるほど握りしめた拳にミルウーダは声を掛けず無言で唇を噛んだ。
ウィーグラフは必死で拳を握りしめた。そうして後悔と怒りと憎しみと悲しみで気がおかし
くなりそうな自分を必死で押さえ込んだ。
「ウィーグラフ!、良かった、やっと見つかった」
不意に辺りに似つかわしくない明るい声が響いたのはその時だった。ウィーグラフが振り返
るとそこには骸騎士団で一緒だった義勇兵ゴラグロスがチョコボに乗って立っていた。
「やっと追いついた、ずっと追いかけていたんだがお前は足が速いから」
そこまでしゃべりチョコボから降りたところでゴラグロスはやっと辺りの状況を理解したの
か、急に顔を曇らせた。
「ここがお前の?」
ゴラグロスの質問にウィーグラフは首を縦に振った。
「……ここに来るまでの間どこも酷いもんだったが、お前の村もこんなに……」
ウィーグラフは答える気力もなく、ただ頷いた。
「……そうか、悪いところに邪魔したな。頼みがあってお前を追いかけたんだが、今日のと
ころは辞めておくよ、後で連絡を取れるか?」
「頼み…………?、なんだ、言ってみろ」
結成時の骸騎士団には国から派遣された司令官がいた。しかし司令官は寄せ集めの騎士団に
飛ばされた不平に凝り固まり、集まった義勇兵達をまとめるあげることなど出来なかった。
団員達は次第に自分たちの意志を統合する人物を求め始め、自然に剣も弁も立つウィーグラ
フに白羽の矢が立った。それから終戦までの数年間、ウィーグラフは骸騎士団の団長として
実質的に彼らを率い、各地を転戦したのだ。
754:02/07/03 12:23 ID:???
故郷を奪われた今となっては骸騎士団だけが彼の仲間である。自分に出来ることならば出来
るだけのことはしてやりたいと思った。
「骸騎士団が解散しても帰るところがない人間が沢山いたのは知ってるだろう?」
ゴラグロスは大げさに身振りを交えて話し始めた。
「俺達はあの戦争で必死に戦ったんだ。なのに貴族の奴らは俺達を利用するだけ利用して、
国が負けたとなったら報奨金も払わずにさっさと追い払いやがった。それで……、俺達骸騎
士団の生き残りで今度は、……貴族達から、無理矢理にでも正当な報酬を頂くことにしたん
だ。それで本当はギュスタブがみんなをまとめて行くはずだったんだけど、次から次に失業
騎士や盗賊達も流れ込んできてまとめ切れそうにないんだ。だから、やっぱりウィーグラ
フ、お前に……」
「盗賊団の団長になれ、と?」
ウィーグラフが寄せた軽蔑するような視線にウィーグラフが必死に反論した。
「だって仕方ないだろう!?。そうでもしないと俺達は生きていけないんだ。大体先に奪っ
たのは奴らなんだぜ。絞り上げるだけ絞り上げ利用するだけ利用して自分たちはのうのうと
生きている。奴らに少しぐらい思い知らせてやったって罰は当たらないはずだ!」
「…………兄さん」
それまで黙って聞いていたミルウーダが不意に口を開いた。
「……私はゴラグロスと一緒に行くわ」
「ミルウーダ!」
ウィーグラフの諫める声にミルウーダは厳しい目を向けた。
「奴らは全てを奪っていったわ」
その眼はいつまでも理想を捨てきれない兄を非難しているようだった。
「だったら私達も奪い返すのよ。貴族達に思い知らせてやるわ。私達が彼らと同じ人間だ、
家畜なんかじゃないって事を!」
ウィーグラフとミルウーダはそのまま睨み合った。
765:02/07/03 12:24 ID:???
しかし少しも揺るごうとしないミルウーダの瞳の強さにウィーグラフは覚悟を決めた。
「………………我々の誇りを取り戻すこと、我々の子供達の為に誰にも虐げられない世界を
築き上げること。その為の戦いならば……、喜んで参加しよう」
「良かった!、ウィーグラフ、来てくれるんだな!」
ゴラグロスは心の底から嬉しそうな声を上げた。
「ああ、だが一日待ってくれないか」
言いながらミルウーダを見ると、彼の思いが判ったのか静かに頷き返してきた。
辺り一面荒れ果て、とても望めないことかも知れないが、僅かな花でもいいからせめて墓前
に供えたかったのだ。
貴族達との戦いは終わりのない永く苦しい物になる筈だった。もしかすると二度とこの地に
帰ることはないかも知れない。
だからこそ、最後の別れを…………。

骸旅団の名が人々に囁かれ始めたのはそれから間もなくのことであった。


                予告
         ウィーグラフ戦記第三部  < 飛 翔 編>
北天騎士団に囲まれたウィーグラフは最後の突撃をかけようとしていた。その時彼の脳裏に去来する一人の人物の姿があった。