古いラジオがせせらぎのような音をたてながら、静かにお昼のニュースを告げた。
内容はいつもどおり、ウィンフィルからは遠く離れた戦火について。
ぴたり、とアスパラをつついていたフォークを止めて、あなたはそれに聞き入ってしまった。
しょうがないわよね、自称ジャーナリスト志望なんだもの。
あと5分は皿は片付かないでしょうね。
じゃあ、私は暖かい紅茶でもいれるとしましょう。
「エルオーネ、トマトを残しちゃダメよ」
小さいエルオーネが、お皿の上の赤色のこ憎たらしいやつと私を交互に恨めしそうに見てる。
いつもなら。そう、いつもなら、大好きなラグナおじちゃんが、
私の隙をみてぱくっと食べてくれるのにね。
今日はダメよ、今日はダメ。おじちゃんはすっかりラジオに夢中だから。
3人分、マグに紅茶を注いで戻ってきても、テーブルの上には相変わらずトマトとアスパラが並んでた。
あなたの視線はどこか遠く……私の知らない場所に向かってる。
一番小さなマグをエルオーネの目の前において、ちょっぴり叱るのが私の役目。
「エルオーネ」
「だって…」
エルオーネがもじもじしてあなたを横目で見てたのよ。気付かなかったでしょうけど。
これは教育を考え直さなきゃね。男親はいつだって子供に甘いのよ。
そう貴方に言ってから、二人で照れてしまった日を思いだしてしまったわ。
思わずほころびそうになる顔をできるかぎりしかめて、もう一度私は呼びかける。
「ちゃんと食べなきゃダメでしょう」
でも、ここで事態は急展開。
ラジオがバカみたいに陽気に、新しい芝刈り機のコマーシャルを流し始めたから。
しっかりキョウイクするチャンスだったのに。……残念。
「お、エル〜、トマト食わないならおじさんが食っちまうぞ」
「いいよ?」
「じゃ、おじさんのアスパラとトレードだな〜」
ささっと目の前の皿を交換すると、私が口を挟む間もなくトマトはあなたの口の中。
「もうラグナったら。エルオーネの好き嫌いが治らないじゃない」
「好き嫌いじゃないよなー、エル?」
「うん、わたしじゃないよ。トマトがわたしを嫌いなの」
……どこでそんなへ理屈を覚えたんだか。呆れてしまうわ。
やっと空いたお皿を流しに運んでいく途中で、
流行りの曲がラジオから流れ出すのを私は背中で聞いていた。
〜shall I be the one for you〜
"わたしはあなたのたった一人の大切なひとになれるのかしら?"
女性歌手の、甘くて切ない歌声が耳をかすめていく。
あなたは夢見るひと。
あなたの目がどこか遠くをみていても
わたしはあなたのたった一人の大切なひとになれるのかしら?
そう、この歌のタイトルはたしか……
"Eyes on Me"
"私に注がれるまなざし"
逆だわ、全くの逆。
理想と現実のギャップは激しいのよ。
好き嫌い言う子にどうやってトマトを食べさせるか。
今私にさしせまっている課題はそれ。
現実なんてそんなものなのよ。
だってあなたの目は、もっとずっと遠い所を見てる…
ウィンフィルから離れた遠く遠く。
私の知らない場所を見ているんだって、そう思ってたのよ。
だから。
何気なく振り向いた瞬間、あなたと思いきり目があってしまって、
思わず私、真っ赤になってしまったわ。
誤魔化そうとして「もういっぱいお茶いる?」なんて
聞いてしまったけどあれは失敗ね。
声はすっかりうわずっていたし、だいいち、
もうあなたのマグも洗っちゃってたんだもの。
たどたどしい手付きでお茶をいれる私の背中を、
あなたは見ていてくれたのかしら?
ねえ、ラグナ?
fin