アデルバート・スタイナー、33歳。
アレクサンドリア王宮騎士にしてプルート隊隊長。
世界の危機を打ち払う際にも大いに尽力し、
その誉れを不朽のものとした彼が歩んで来た道は、決して平坦なものではなかった。
各地で小競り合いが頻発していた不穏な時代。
運命の皮肉は、世に言う飛空艇革命によってその時代が幕を閉じた正にその年に、
幼いスタイナーから家族を奪い取り、彼は5歳にして戦災孤児となった。
辛くも騎士に命を救われた彼は、その体験を契機に自らも騎士への道を歩み始め、
16歳にして念願の騎士という地位を獲得する。
23歳で迎えた御前試合、まぐれながらも、アレクサンドリア随一の剣士と謳われた
ベアトリクスから見事勝利を奪う事に成功した彼は、その褒賞として、
アレクサンドリア史に栄光を刻むプルート隊の名を冠した新たな部隊の結成を希望。
後にアレクサンドリア本国がさる強大な敵の猛威にさらされた大混乱の中、
縦横無尽の活躍で多くの人々を助けたプルート隊の、これが結成であった。
しかし、彼らがその力を示すのは10年も先の事。
平和なアレクサンドリアにおいて、プルート隊は長らく役立たず同然に見なされ、
うだつのあがらぬ己が部隊の不甲斐無さに、スタイナーは長らく不遇をかこつ事となる。
当たり前の男なら、腐り、堕落してしまいかねない10年。
しかし、スタイナーの持つ剛直なまでの騎士道精神と忠誠心、
そしてアレクサンドリアを愛する心は、いささかたりとも鈍りはしなかった。
スタイナーのそうした本質的な強さは、彼の後々の雄飛の原動力ともなったのである。
「人の為に生きることは真に自分の為なのか 教えて欲しい 何の為に人は生きるのか…」
スタイナーを生き様を象徴する言葉として、広く世に知られている言葉である。
だが、彼も始めからそんな疑問を感じていた訳ではなかった。
美点というものは、得てして微妙なバランスの上で成立している。
だからバランスを維持できなくなった時、美点は往々にして欠点へと転化してしまうものであり、
スタイナーに取っては過剰なまでの忠誠心がそれだった。
彼のアレクサンドリア王室への忠誠心はほとんど信仰に近いものであった。
王家の判断、行動は常に最善のものであり、それに従う事こそが正しい行いであると
固く信じていたスタイナーは、ひたすら忠誠にすがり、自ら正しさを判断する事すら放棄していた。
そんなスタイナーの転機となったのは、ガーネット王女の誘拐という、アレクサンドリア全史にも
未曾有の大事件であった。この事件に巻き込まれたスタイナーは、後々まで因縁浅からぬ関係となる
一人の男と出会う事になる。それが誘拐グループの一員であり、後にはスタイナーとも協力し、
世界に迫った危機を打破する事になる男、盗賊ジタン・トライバルであった。
厳格なスタイナーと奔放なジタンは、事の始めから激しく対立していたと言う。
法の守り手たる王宮騎士と法の外に生きる盗賊では、対立の激しさもいかんともしがたがった。
しかし、ジタンとの火花の散るような心の触れ合いが、彼と共に戦い抜いた過酷な日々が、
加えて事件が契機となった多くの出会い──ジタンの属する盗賊団タンタラス、黒魔道士ビビ、
竜騎士フライヤ、ドクトル・トット、そしてやはり事件を通じて成長したガーネット王女が、
スタイナーを大きく変えたのである。
もはやスタイナーは、盲目的な忠誠にのみ従う頑迷な騎士ではなかった。
自ら最善の道を模索し、場合によっては個人的な反感を抑え、
あれ程嫌っていたジタンにガーネット王女の安全を託すような柔軟な判断力と度量を身につけた。
彼を変えた要因のひとつであったジタンが、自分自身の重い運命に押し潰されそうになった時には、
それまでとは逆にジタンを救う側に立てるような、そんな人間的な厚みも獲得した。
忠誠心と愛国心は変わらず持ち続けたが、ひたすら盲信し、すがるだけの対象としてではなく、
自ら判断した正義の下に選び取った事による健やかな頑健さを加え、遥か高邁なものとなった。
騎士としてだけではなく、一個の漢としてもそれまでより一回り大きく成長したスタイナーは、
さる高潔な女性を愛し、見事にその心を射止めるという快挙をも成し遂げたのである。
「人の為に生きることは真に自分の為なのか 教えて欲しい 何の為に人は生きるのか…」
スタイナーのこの言葉を、今一度想起されたい。
何故、人生において輝かしい勝利を手にした漢を象徴する言葉が、かくも疑問に満ちているのかを。
それは、スタイナーの感じた疑問こそは、万人が自らの答えにたどり着くべき普遍的な問いであり、
人の為に生きること、そして自分の為に生きることを同一のものとしたスタイナーの生き様──
彼が疑問を乗り越えて導き出し、そして体現した回答こそが、何時の世にも真なる漢の道として、
そして一個の理想として燦然と輝き続ける、真理への永遠の憧憬だからではないだろうか。
アデルバート・スタイナー。
アレクサンドリア王宮騎士にしてプルート隊隊長。
彼こそは正しく、漢の中の漢と呼ぶべき一人なのである。