■ロマリアの大盗賊■
「わりィな…残念だがよ、こんなガキに俺もやられる訳にはいかねぇんだよ。許してくれな」
喉元に付きつけられた冷たい斧の刃の感触を感じながらも、勇者は男を睨みつけていた。
薄い布で顔を隠した男。「大盗賊」と自ら名乗る自信は、その鍛えられた肉体から来たものだろうか?その男が浮かべる悪びれた表情を、勇者は苦々しい思いで見つめていた。
「まぁ心配すんなよ。おめぇらみてぇな子供の命まで取ったりしねぇからよ…
ちぃとばかり、その懐のモンを置いて行ってくれりゃあそれで勘弁してやらぁ」
声に揶揄するような笑みを含んだまま、男は…大盗賊カンダタと呼ばれる男は言葉を続ける。
「く…っ」
このまま為す術も無く負けるしかないのか、自分の力はこの程度でしか無いのか。
込み上げてくる云い様の無い屈辱に、勇者は唇を噛んだ。せめてもの抵抗とばかりに、強い視線でカンダタを睨みつける。と…
「…………おめぇ…」
一瞬、カンダタの表情に訝しむ様な色が浮かんだ。
「おめぇ、以前に何処かで…いや、まさかな…そんな筈はねぇ」
ぶつぶつと何事かを呟きながら、思案に更ける。それは、時間にすれば一瞬…瞬きの間ほどの、ほんの数秒の事であっただろう。
だが、その時間はカンダタにとっては命取りだった。その僅かな隙を見逃すような勇者では無かった。
「………っ!」
カンダタが張り詰めていた筋肉から力を抜いた一瞬に、勇者は上体を反らし。右の足でカンダタの腕を横に蹴り上げていた。自らの考えに没頭していた盗賊に、それを防ぐ術は無い。そのまま、ガタンと音を立てて鉄の斧が床に落ちる。
「お、親分!」
二人の様子を眺めていたカンダタの手下達も、慌ててその名を呼び、自らも身構えようとするが、遅い。それより早く行動を起こしていた仲間達が各々に彼等に攻撃をしかけた。
「ちっ…ガキだと思って油断しちまったか」
声に苦々しい響きを含みながらカンダタは斧を拾い上げ、薄布の下から勇者を睨みつけた。先程には無かった光がその目には宿っている。
それは明確な怒りの感情だ。もっともそれが勇者に対する怒りなのか、それとも油断していた自分自身に対する怒りなのか…それは、勇者にもカンダタ本人にも分からなかった。
その視線を真っ直ぐに受けとめながら、勇者も先日ノアニールで手に入れたばかりの鋼の剣を握りなおした。
単純な攻撃力、殺傷能力と云う点では、おそらく鉄の斧には叶わない…事実、先程はそれで苦汁を舐めさせられた。ならば・・・
(力押しでは無い方法で戦うしかない)
出した答えに我知らず頷いて、勇者はその答を自分自身にも確認させる。
(一度負けた相手には負けない・・・絶対に!)
自分に言い聞かせる様に心の中で叫ぶと、勇者はカンダタに向かって駆け出した!
「おおぉぉぉぉぉぉ……・…・!!!」
剣を斜めに構え、勢いのままに床を蹴る。その勇者の攻撃に、カンダタは微動だにせず、正面から彼を待ち構えている。
勇者がそのカンダタの懐に飛び込もうとする刹那。カンダタはその身体めがけて、思いきり斧を振り下ろした。先程と同じパターン。先程は受けとめた剣ごと払いのけられた。だから…
「なに…・っ!?」
その瞬間、カンダタの斧は大きく空間を切り裂いた。本来受けとめる筈だった手応えを無くした腕は、勢いのまま床へと向かい、其処に斧の刃が突き刺さる。当然上体は大きくバランスを崩し…それがそのまま今回の戦いの勝敗を分けた。
ひやり、と付きつけられた冷たい刃物の感触を感じる事になったのは、今度はカンダタの方だった。背後から首筋に鋼の刃を突きつけたのは、僅かに息を荒げたままの勇者だったのだ。
「…はぁ…はぁ、はぁ」
冷たい汗を拭いながら、勇者も暫く動けないままだった。
あの一瞬。鉄の斧が振り下ろされた瞬間に、敢えてその刃を受けとめる事はせず、両の脚に思いきり力を込めてカンダタの斧をかいくぐる様にして左へ飛んだのだ。
そのまま背後を取ったものの、斧の刃は流石に完全に避けきれずに、僅かに黒髪を掠めている。だが、今度は紛れも無く勇者の勝ちだった。
「ま、参った…金の冠は返す。返すから…その剣を引いてくれ」
背中を汗に濡らしながら、カンダタが口を開いた。その言葉に、勇者も無言で剣を引き、鞘に収める。
その隙を見てカンダタが再び襲いかかってくる可能性もあるだろう。
だが、勇者にはカンダタがそんな男では無いと…漠然とだがそう信じる事が出来た。
周囲を見ると、カンダタの子分達も、既に仲間の手によって床に倒されている…勿論命まで奪っている訳では無いだろう。
仲間の一人がこちらを見てにやりと笑う。そして…
「あっはっはっはっ…悪かったな、ガキだと思って見くびっちまって。参った、参った…今回は俺の完敗だ」
それよりもはっきりと、大きな笑い声を上げたのは以外にもカンダタの方だった。
「遊び好きのロマリア王にちょっとお灸を据えてやるつもりだったんだがなぁ…まさか、おめぇらみてぇな奴が来るとはな…逆にこっちが諌められちまったみてぇだ…おう」
そこまで言って、カンダタは手下の一人に目配せをした。その仕草に、子分の一人が奥の部屋から小さな包みを持ってくる。
「これが…」
「おう、これが「金の冠」だ…もうおめぇのモンだよ、持って行きな」
ゆっくりと勇者が包みを取ると、其処からは黄金に輝く冠が現れた。所々に多彩な宝石が散りばめられ、勇者の素人目にも随分と高価なものである事が分かる。
「どうして、売らなかったんだ?」
ふっと浮かんだ疑問が自然と勇者の口をついて出た。確かに公の場では扱えないだろうが…王家とか、品物の出所など気にしない、正規から外れたルートなど幾らでも存在するだろう。
この王冠がカンダタの手に渡ってから随分時間が経つと云う、にも関わらずまだここに在るとは正直思っていなかったのだ。その質問に、カンダタはにやりと人の悪い笑みを見せる。
「云っただろ?王様にちょっとばっかしお灸を据えてやるつもりだったって。その内返してやるつもりだったんだよ…あの王様が反省した頃にな」
「…反省?」
「ああ、この国の王様はよ。悪い奴じゃねぇんだが…こう、困ったお人でな。時折公務をほったらかしてフラフラ遊びに出ちまう事があるんだよ、それで…」
そこまで口を開いておいて、ほんの少しだけ、可笑しそうな…悪戯のばれた子供の様な表情を浮かべた。
「その…困り果てた大臣が俺の所に言って来た訳だ。ちぃっと、王様にお灸をすえてやってくれってな」
「な……」
その言葉に勇者はぽかんと口をあけたまま絶句してしまった。道理で…城の人間が複雑な表情をしていた筈だ。その勇者の様子に、カンダタは再びがはは、と豪快に笑った。
事の真相に仲間たちも苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべている。確かに…その為にモンスターだらけの塔の最上階まで登らされたのだから溜まったものでは無かった。
「まぁ良いじゃねぇか…これも経験、修行の内だと思えば腹も立たねぇだろ?」
「…・・・…そう思って置く事にするよ」
苦笑を返しながら勇者は金の冠を荷袋の中に押しこんだ。これからまた歩いてロマリアまで帰るつもりはさらさら無い。リレミトとルーラで早々に依頼を片付けたかった。
『この国の王様はよ。悪い奴じゃねぇんだが…こう、困ったお人でな。時折公務をほったらかしてフラフラ遊びに出ちまう事があるんだよ』
カンダタのこの言葉を、勇者がその身に染みて実感するのはロマリアに帰ってからの事だった。
■インターミッション1「王様生活」■
ふぅ…退屈じゃのう…何かまた楽しい事は無いものじゃろうか…。
外を見ればあんなにぽかぽかとお日様が照っておるのに…窓を開ければこんなにそよそよと風が吹いておるのに…
どうして、こんな王宮の奥なんぞで座っておらねばならぬのか。
「はぁ…全く退屈じゃわい」
「何か仰いましたか?」
おっとっと、思わず口にしとったか…危ない危ない。
ジロリとこちらを睨む大臣の視線から顔を反らしながら、またこっそりと溜息を付く。
(全く…またこうしてここに座らねばならんとはな…)
どうしてあの時に
「嫌なものを続けさすわけにもゆくまい。あい分かった!勇者よ!そなたはやはり旅を続けるが良かろう!」
等と言ってしまったのか。まぁ、闘技場で勝ちが続いておったからの…ちぃとばかり気分が大きくなっていたのもあるのかのう。
あの時?あの時と言うのは勿論あの時じゃよ…ほれ、アリアハンの勇者が「金の冠」を持ち帰って来た時じゃ。
流石のわしも驚いたぞ…いくらオルテガの息子と言えども、まさかあのカンダタから取り返して来るとは思わなんだでな。
お陰で大臣との「勇者が持ち帰って来たら一月は真面目に公務をこなす」と云う賭けにも負けてしもうたわい…わっはっは。
それでな、それがイヤでイヤで…つい言ってしもうたのじゃよ。
「そなたこそ真の勇者!どうじゃ?わしに代わってこの国を治めてみる気はないか?」
とな。いや、面白かったわい。あの時の勇者の表情。鳩が豆鉄砲食らったと言うのはまさにあれじゃろう。
「・・・・・・・は?」
口をぽかんと開けたきり二の句が告げなかった様での。大臣の
「お、王様…一体何を仰います」
と言う悲鳴にようやく我を取り戻した様じゃった…そう言えばあの時の大臣の顔も見物であったの…今でもはっきり覚えておるぞ。
それでそこまで言ってしまってな、わしはふと気付いたのじゃよ。
それが…意外にイケテル考えなんじゃないかとな。
勇者の度量と腕は王となるにしても遜色のないモノであったし、馴れない内は大臣達が上手く補佐してくれるじゃろう。
何よりも隣で頬染めたわしの姫が嬉しそうだったし、わし自身も煩わしい公務から解放される!
勇者が「はい」と言えば、万事が万事解決じゃ…後ろにいる勇者の仲間たちは渋い顔をしておった様じゃがの。
ところが…ところがじゃ。事もあろうに勇者の奴、その申し出を断りおった。
「あ…有り難い申し出だとは思いますが、私にはまだするべき事が残っています。
それを半ばにして、その様な大儀を受け賜る事は出来ません」
とな。だからわしも言ってやったのじゃ。
「まあそう言わず なにごとも経験じゃよ」
と…そう言って聞かせると、勇者もついに折れた。何だか少し情けなさそうな顔をしておったがの。
……何?強引に押しつけたんじゃないかじゃと?そんな訳無かろう。
まぁ確かに…6回…7回…いや、もう少し多かったかの?
勇者が「いいえ」と応えるたびに「まあそう言わず なにごとも経験じゃよ」と諭してはやったのじゃが。
とにかく、そんなこんなでわしも一時はこの堅苦しい王様生活から解放された訳じゃ。
全く庶民の生活は溜まらんかったわい…何処に行くにも自由で、面倒な公務に縛られる事も無くての。
思ってみれば、わしは生まれてからずっと王宮で育った…そこから出る事は叶わんかったからの。
見るもの全てが面白く、新鮮に感じられたものじゃ。特に闘技場にははまったぞ。
闘技場と云うのはな、その、あれじゃ。モンスター同士を捕まえてきて戦わせるのじゃよ。
そして、どのモンスターが勝つかを賭けて勝負する…ま、庶民の娯楽の一つじゃな。
だが、これが簡単な様で結構難しくての…かといって予想屋が立てた予想もそうそう当たる訳でも無い。
まさに、自分の運と勘に全てが委ねられる訳じゃ…其処が逆に面白くての。
勝った時など、嬉しくて嬉しくて笑いが止まらんのじゃよ。
勇者がこれまた情けなさそうな顔をして訪れたのも、丁度そんなわしが「ツイテいる」時じゃった。
わしの気分の良い時を狙ってきたのかどうかは分からんがの。もしもそうだったのじゃとしたら、かなりの策士じゃのう。
ともかく、その情けな〜い顔で「もう王様は結構です」と言って来おった。
その様子が余りに憐れでの…しかも良く見ると、後ろの方で、仲間達も同じ顔をしておるではないか。
思わず「嫌なものを続けさすわけにもゆくまい。あい分かった!勇者よ!そなたはやはり旅を続けるが良かろう!」
と言ってしまったのじゃよ…どうしてそんな事を言ってしまったのかのう…
まぁ、そうした訳で、わしはまたこうしてここに座っておるわけじゃ。あれからも、勇者が来る度に
「わしはそなたにこの国を譲りたかったのに。まあ 仕方あるまい。ところでどうじゃ?もう一度わしの代わりをやってみたいじゃろ?」
とは言っておるのじゃがの、その度にあの情けなさそうな顔をして首を横に振るものじゃから、無理強いする事も出来んのじゃよ。
…はぁ…外はあんなにも良いお天気での、城下の者はあんなにも楽しそうな声を上げておる。
今日もおそらく闘技場には民が集まって、モンスター当てに一喜一憂しておるのじゃろう。
わしはここでこうしてぼんやりと座っておる事しか出来んと言うのにのぅ…
じゃがの、その一連の事で気付いた事があるのじゃよ。
つまり…ある意味では王様と云う職業は、勇者よりもずっとずっと大変な仕事じゃと云う事じゃ。
だってそうじゃろう?でなければ、わざわざあんな顔で「また旅に戻らせて下さい」等と言う筈も無かろう。
勇者には勇者の苦労があり、王様には王様の苦労がある…わしがこうして退屈を噛み殺しておる様にの。
だから…これはナイショじゃがの、今でも時折こっそり城を抜け出して行くのじゃよ。
その・・・・城下の者のフリをしての、こっそりと闘技場に行くのじゃよ。
だって仕方が無いとは思わぬか?勇者さえ音を上げる程の苦労を背負う者…それが王様と云う職業なんじゃからのう。
……………アリアハンの勇者が「金の冠」を取り返して以来。
夜な夜な市民の格好をして、城を抜け出す王様の姿を城の兵士が目にしているが
「もう二度とあんな事の無い様に見て見ぬ様にしてやってくれ」
と言う大臣の言葉に、誰もが気付かぬフリをしているのだと言う…