今更!! ギガスラッシュを偲ぶスレ

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149目覚めない村1
■目覚めない村■

 今、目の前に存る女性に対して、勇者はその怒りを露にしていた。
彼女の主張が全く分からない訳でも無い…だが、それを容認する事など出来る筈も無い。

 その噂を耳にしたのは何日前だっただろうか?呪われた村ノアニール。
その村は、嘗てエルフ達の怒りを買った為に、数年にも渡り村中が決して醒めない眠りに包まれているのだと言う。
正直、半信半疑の話ではあった。例えエルフがどんなに素晴らしい魔力の持ち主であろうと…そんな事が出来るのか。
或いは信じたくなかっただけかもしれない。エルフであれ人間であれ…そんな残酷な事が出来る筈は無いと。
 ただ、その話が真実であれば…見過ごしておけないのも当然の事だった。
自分たちにも用があり、目的があって旅をしているのだが、幸いそれは急を要するものでは無い。
仲間たちの中にも、その勇者の決断に異を唱える者はおらず、出来れば噂であって欲しいと願いながら、ここまでやって来たのだ。
 
 だが、その村は実際に存在した。噂の通り、村中の人間が眠りについたままで。
「まさか…本当に存在するなんて」
 呆然としたまま呟かれた勇者の言葉。仲間たちもその表情を苦々し気に歪めているのが分かった。
村は静寂に、そして薄い霧に包まれており、人の生の気配と云うものが全く感じられない。
ある意味では「死」よりも冷ややかな感覚を背筋に感じながらも、勇者達はその場に立ち尽くしていた。
 偶々、当時村を出ていた為にその呪いから逃れた老人が云う事には、村の若者の一人がエルフの怒りを買ってしまったのだと言う。
その見せしめの為にこの村は醒める事の無い眠りについたのだと。
「ですが、これだけの事をされるなんて…一体、その人は何をしたんですか」
 至極当然の勇者の疑問。だが、老人はそれには苦しげな表情を浮かべるだけで、応えてくれなかった。ただ
「どうかエルフ達に夢見るルビーを返してやって下され…でなければ村にかけられた呪いが解けませぬのじゃ。エルフの隠れの里は西の森の中じゃ」
 そう、何度も何度も繰り返すだけだった。…そして、それも仕方の無い事だったのかもしれない。
150目覚めない村2:02/07/15 13:41 ID:???
 嘗てエルフの怒りを買ったと言う若者。エルフの一族に許しを乞う為に訪れているその父親から、詳しい事情を聞く事が出来たから。
「村が眠らされたのはわしの息子のせいじゃ。あいつがエルフのお姫様と駆け落ちなんかしたから……息子に代わって謝りに来ておるのに ちっとも許してもらえぬ」
 苦悩に歪んだ表情で告げる男の姿。話を聞けば、まだそれ程年を取っている訳では無い。
だが、勇者達が目にする男の姿は、まるで老人ででもあるかの様に老いやつれていた。
それは…息子のせいで村の人間全てが眠りについたにも関わらず…

(一人だけ呪いを逃れてしまった事への負い目からだろうか…)
何とも痛ましい想いを胸に抱きながら、勇者は男を見つめていた。そして、それがエルフ達の意図した事であるのならば…何と残酷な仕打ちなのか。
胸に満ちてくる痛みと、それが伴う明確な怒りに、勇者は僅かに唇を噛んだ。
 そして、その怒りを胸に抱いたまま…勇者達は今、呪いをかけた当人であるエルフの一族の女王に対面していた。
彼女の気持ちが全く分からない訳ではない。大切にしていた一人娘を奪われてしまった怒りと悲しみ。
それをぶつける場所が欲しかったのだと…その気持ちも分からないでもない。だが…
「そんな事、許される筈も無いんだ」

 ぽつり、と呟く様にして勇者は言葉を紡いだ。その言葉に、反応して女王の言葉も荒くなる。
「娘のアンは一人の人間の男を愛してしまった…そして夢見るルビーを持って男のところに行ったまま帰りません。所詮 エルフと人間。 アンは騙されたのに決まっています!」
「そんな…どうしてそんな事が言えるんだ!本人に逢った訳でも、話を聞いた訳でも無いのに!?」
「話を聞くまでも無い事…私達と貴方達人間では余りに違い過ぎるのです。
人は森やその大地を炎と血の色に染め、そうして生き急いで行く生物…
そんな人間を愛した所で、一体何になりましょう…互いに不幸になるだけに決まっています。
そんな事も分からぬ程、アンは愚かな娘ではありません…ありませんでした。可哀想に、あの子は人間に騙されたのに決まっています」
「馬鹿な…そんな憶測と偏見で、ノアニールの村を眠らせたって言うのか…?」
151目覚めない村3:02/07/15 13:44 ID:???
 余りといえば余りな女王の言葉に、勇者はただ呆然と彼女を見つめるしかなかった。
その衝撃が消え去ると、次に訪れたのは、先程よりも一層激しさを増したやるせなさと怒りの感情。その感情に背を押される様にして勇者は叫んでいた。

「確かに、人は血を流し争う事もあるかもしれない。だけど、決してそれだけじゃない!誰かを思いやったり、誰かを愛したり…そうして命を紡いでいく事も出来る生物なんだ。
貴方がたエルフの様に長い長い時間を生きる者から見れば、それは所詮滑稽な事なのかもしれない…
だが、人間はその与えられた短い時間の間に、精一杯の命を使って生きているんだ。
貴方にとってはたかが4・5年…ノアニールが眠りについていたのは僅かな時間に過ぎないのかもしれない。
でも、その4・5年の時間は、人間にとっては掛け替えの無い、大切な時間なんだよ!」

 …そう、例えば無力な子供が旅立つ為の力を蓄える事が出来る程に。
その僅か数年の間に…出会い、別れ、思いを交わし…一体どれだけの事が出来るだろう。
その全ての権利を、ノアニールの人々は…眠っている者も、かろうじて呪いから逃れた者も、抗う術さえ持たぬままに奪われてしまったのだ。

「ならば何故あの子は夢見るルビーを持ち出したのです?我々が大切に守ってきた宝…その事はこの里に生まれたアンにも分かっている筈です。にも関わらず夢見るルビーを持ち出したのは、相手の男がアンを唆したからではないのですか?」
「そ…それは…」
 だが、その事を指摘されてしまうと、勇者には返す言葉が無かった。確かに、純粋に愛し合って駆け落ちしただけならば…夢見るルビーを持ち出す必要は何処にも無いのだ。
 そんな勇者の様子を見て、話は終わったとばかりに女王は瞳を閉じる。
「さぁ、もう行きなさい。人間など見たくもありません…立ち去りなさい」
 そして、女王の言葉が終わるが早いか、周囲にいたエルフの近衛が勇者達を女王の宮から押し出した。
152目覚めない村4:02/07/15 13:45 ID:???
 これからどうするのか、と仲間の一人が勇者の顔を覗きこんでくる。勇者は沈黙したまま口を開かない。ただ、瞳を反らさず、真っ直ぐに一点を見つめていた。
その視線の先…其処には、先ほど言葉を交わしたあの男がいた。
何年も何年も…それが唯一出来る贖罪であるかの様に、追い帰されては訪れ、追い帰されては訪れ、毎日宮を訪れていた男。
彼にとっては、村に呪いが降りかかってからの数年は、果たしてどの様なものだったのだろう。
エルフの里に訪れては蔑まれ、拒まれ、息子が犯したと言われる罪を全て押しつけられて。
村に戻っては言葉を交わす者さえ無く、灯り一つ灯る事の無い場所で孤独な夜を過ごすのだ。
それはおそらく雨の日も風の日も…毎日毎日途絶える事も無く。
月日にすれば4・5年。人の生きる月日にしても決して短いものでは無いその年月は、彼にとってはその更に何倍も長く苦しいものに感じられただろう。

「…行こう」
 そんな男の姿を目にした時に、勇者の心は決まっていた。
「アン達が姿を消したノアニールの西の洞窟に。俺にはどうしても、女王の言葉全てが真実だとは思えない。
あの人の息子が…アンを騙して宝を奪う様な、そんな人間には思えないんだ。
きっと、彼もそう思っている…息子を信じているから、こうして何年もここに来る事が出来るんだよ。
だったら・・せめて俺達だけでも、彼の息子を信じてあげたいと思う…アン達の真実を、女王にも知って欲しいと思う」

 自分自身に言い聞かせる様に紡がれる言葉。その言葉に仲間たちも大きく頷いた。
例えどんな理由があろうと、どんな事情があろうと…時の流れを止め、その時間を奪い去る等と言う事が許される筈も無い。
どんな罪を犯そうと、どんな過ちを犯そうと、時が流れているからこそそれを償う事も出来るのだ。
 けれどノアニールの住人たちは、その権利も与えられぬまま…今も眠り続けている。
(その眠りを醒まし、エルフ達の抱いた人への偏見を正す為にも…行かなくちゃならない)
仲間たちの瞳を見つめ、微かに頷くと、勇者は深い深い森の奥へと更なる一歩を踏み出した。