今更!! ギガスラッシュを偲ぶスレ

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141旅立ちの朝1
■旅立ちの朝■
 …・・・夢を見ていた。今も色褪せる事の無いあの日の夢を。ずっとこの瞳に焼きついたままのあの日の夢を。
「…それじゃあ行って来る」
穏やかな微笑みを浮かべてこちらを見つめる瞳。
「出来るだけ早く帰って来るから…それまで母さんを頼んだぞ」
大きな掌が、皮手袋の感触ごしにぐしゃぐしゃと『僕』の固い髪の毛を撫でる。

(もしも、この時に…)
 貴方を、引きとめておけば良かったのだろうか?
少しずつ薄れていく温もり…・込み上げてくる不安。
『僕』の頭を撫でたその手を引き止めて・・・そして、こう言えば良かったのだろうか?
『行かないで父さん…僕とお母さんを置いて、そんな危険な所に行かないでよ』
 …けれど、それは叶わぬまま…結局『僕』に出来たのは、精一杯の笑顔を作って父さんに頷き返す事。
「大丈夫だよ、父さん…心配しないで。僕が母さんを守るから。
父さんが帰って来るまで…その時まで僕が母さんを守るから。
だから、父さんは世界の皆を助けてあげてよ。父さんが帰ってくるのを…僕達は、ずっと、待っているから」

 その言葉に、父さんはまた…今度は大きく頷いて、それから微笑みを浮べたまま踵を返して歩き始めた。
『僕』の言葉は、きちんと父さんに伝わっただろうか?
無理矢理、心に押しこんだ不安に揺れてはいなかっただろうか?
使命を背負って旅立つ父さんに…余計な心配をかけたりはしていなかっただろうか?
(…本当は…貴方を引きとめたかった)
隣で、同じ様に不安を押し殺して微笑んでいる母さんの分まで
『なんで父さんが行かなくちゃいけないの』
と問い詰めて、我が侭を言って、貴方を引きとめてしまいたかった。
……そんな事出来る筈が無いと分かっていても・・・

 勇者の息子だから。英雄オルテガの息子だから。父の名に恥じぬ「男」でなければならないから…。
結局『僕』は…あの日の『俺』は、何も云えずに父さんを見送る事しか出来ないままで…
そして最後にこの目に焼きついたのは、遠ざかっていく父さんの大きくて広い背中だけだった。
142旅立ちの朝2:02/07/15 10:27 ID:???
「…………つっ」
 冷ややかに背中を濡らす雫の感触に目を覚ましたのは久し振りだった。
ゆうるりと残る夢の名残を、2、3頭を振る事で払いながら、彼は状態を起こし寝台を抜け出した。
そのまま歩を進め、窓から覗く夜空へと視線を向ける。
僅かに開いていた隙間を自分の意思で更に押し開け、外気に寝ぼけた身体を触れさせた。
既に地上の星は全て消えうせ、瞬くのは淀んだ夜空から僅かに覗く星々だけ。
(それもその筈だ・・)
 時刻は既に深夜を大きく回り、夜明け近くと云っても良い程の時間になっていた。
ふと見ると、正面の酒場からも既に一切の照明が失せている。
静かな…自分以外は星さえも眠りについてしまっているかの様な夜、だが…

「…眠れないの?」
不意にかけられた声に、彼は驚いて背後を振りかえった。そこには、自分と同じ様に寝着に身を包んだ母が佇んでいた。
「母さん、まだ起きていたの?」
「いいえ、窓を開ける音が聞えたから…お前が緊張して眠れないのかと思って」
「………残念ながら、そこまで繊細な神経の持ち主じゃないよ」
 そう云って彼が笑みを見せると、母もまた微笑みながら近付いてくる。

「緊張しても仕方の無い事よ…明日はお前の16歳の誕生日、そして…」
「ああ…分かってるよ」
 それに続く言葉を、母が敢えて口にしなかった事に彼は気付いていた。
毅然として、一見すれば強い女に見える母の弱い部分。それを、彼は誰よりも知っていたから。
(そう…あの時も)
 脳裏にぼんやりと甦る記憶。
そうだ、あの時もこんな…今にも降り出しそうな夜更けだった。あの夜…父の訃報を告げる城からの急使が訪れたのも。
(特に寝ぼけている訳でも無く、意識ははっきりとしていた筈なのに…)
不思議なもので、その時の事は余り鮮明に覚えていない。
それよりもずっと以前…幼い頃に父を見送った朝の事は、残った温もりまではきり覚えていると云うのに。
 父の訃報を知った夜。あの時の事で覚えているのは・・

「自分の、どうしようも無い無力さだけだ…」
「…・・・…・・・」
 ぽつり、と思わず唇から洩れ出た言葉に母は気付いていただろう。
おそらく、それでも敢えて気付かぬ振りをしてくれているのだ。
(…そう、あの時の無力さを…俺は、今も忘れていない)
143旅立ちの朝2:02/07/15 10:29 ID:???
 父が死んだと聞いた時。腹から込み上げる怒りと憎しみのままに、剣を取って駆け出しそうだった。
父を殺した魔王に、父を旅立たせた人間に、そしてそれを見送るしか出来なかった自分自身への怒りと憎しみ。
そのどす黒い感情に身を任せて、自分が壊れるまで暴れまわってしまいたかった。だが…
『それまで、母さんを頼んだぞ』
 今も鮮明に記憶に残る父との約束…彼が交わした、父さんとの最後の誓い。その言葉を思うと…結局それも出来ないままで。
ぽつり、ぽつりと俄かに降り出した雨の音を聞きながら…彼に出来たのは、ただ、震える母の細い肩を抱きしめていてやる事だけだった。

「あの時から…父さんがいなくなった時から、もう何年も経つんだよな・・」
「ええ、そうね…」
 再び呟かれた言葉に、今度は母も応じた。そのまま、真っ直ぐに彼の事をみつめてくる。
「そして、明日はとうとう貴方の旅立つ番。この日の為に母さんはお前を勇敢な男の子として育てたつもりです」
「ああ…分かっているよ」
 そんな母の言葉に苦笑を浮かべながら、彼は僅かに頷いた。
「父さんの分も、俺は立派に戦ってみせる。そして…必ず帰って来るよ」
「王様にきちんと挨拶するのですよ?」
「ああ、もう、分かってるよ」
 先程よりもはっきりとした苦笑と共に大きく頷く。
ふふふふ、と可笑しそうな笑みを漏らす母に背を向け、窓からの光景に視線を戻した。

 其処に在るのは、やはり先程と同じ黒く淀んだ…今にも降り出しそうな夜空の姿。
「・・…・明日は降るかしら?」
「いや」
すっと肩を並べて空を見上げ、母が心配そうに呟いた。
その言葉を、彼は静かに…けれどはっきりと否定する。
「明日は晴れるよ。きっと…必ず」
 …そう、今はあの時とは違う。悲しみに震える母の肩を抱いていただけのあの時とは違う。
自分自身に言い聞かせる為にも、一言一言を噛み締める様に言葉を紡ぐ。
「折角の、待ち続けた旅立ちの日なのに、雨なんか降る筈無いだろ?」
「ええ…そうだったわね」
 そして、そんな彼の言葉に母も大きく頷いた。
母の表情に笑みが浮かんで存る事を確認すると、彼は開かれていた窓を再び閉める。
「じゃあ、俺はもう一度休むよ。お休み、母さん」
「…お休みなさい」
144旅立ちの朝4:02/07/15 10:32 ID:???
 微笑んで自分を見つめる母の視線。
その視線が反らされ、彼女の小さな姿が部屋から出ていくと、彼は再び寝台に潜りこんだ。
 先程見た東の空からは微かに…ほんの微かにだが、確かに光が昇ろうとしている。
今からでは充分に休む事など出来ないかもしれない。
(だが、それでも休んでおこう)
 そんな事を、薄れ行く意識の中で彼はぼんやりと考えていた。
こうしてこの場所で休める時は、明日からはそうそう来ないだろう。
次に…再び目を醒ました時には、今までとは全く異なる新しい日常が待っているのだから。

 それは『彼』が『勇者』と呼ばれる事になる前の、最後の朝の事だった。

>>143のタイトルは「旅立ちの朝3」です…間違えてしまいました…済みません。
145新世界へのいざない1:02/07/15 10:42 ID:???
■新世界へのいざない■

それは、突然勇者に襲いかかってきた。
「・・・・・・・・・っ?」
初めての感覚では決して無い。生まれてからの16年…その間に何度も経験して来た感覚。
だが、こんな所で、こんなふうに急激に訪れる睡魔に襲われたのは初めての事だった。
「なっ…」
 そして、その睡魔を感じたのもほんの一瞬。
次の瞬間には信じられないくらいの熱が、彼の背中を焼いていた。

「うあぁぁぁぁぁあぁぁぁっ」
 なんとかその熱さから逃れ様と、背中を床にこすりつける様にして倒れこむ。
その摩擦で何とか勢いを顰めた炎は、一瞬の間に彼のマントに大きな穴を開けていた。
「くっ…皆、皆、大丈夫か!?」
 ひりひりと背中を今も焼き続ける痛みを噛み殺しながら、顔を上げて勇者は叫んだ。
だが、その呼びかけに応じる声は無い。
其処にあるのは、ぐったりと力を失って倒れる中間達の姿。
そして…闇の向こう側から覗く、明らかに邪悪な意思を帯びた二対の瞳。

「まさか、こんな所にまで追いかけて来るなんてな」
 今はもう目と鼻の先に存在する、静かな水面を称えた泉。
嘗て、彼の生まれる以前に起こった大戦時。その際に封印されたと言う「旅の扉」。
海域が強力な力を持った魔物に犯された今、勇者達がアリアハンを脱出する為に選んだのは、この「旅の扉」の封印を解くと言う手段だった。
 だが、長く封印されていた洞窟に「魔法の玉」を使って無事進入したものの、其処は既に魔物の巣窟と成り果てていた。
お陰で、予想していなかった戦闘を強いられながらも、何とか「旅の扉」まで辿り付いたものの、最後の最後でモンスター達が突然襲いかかって来たのだ。

(しかも、厄介な事にこいつらか)
 心の中で僅かに舌打しながら、勇者はもう一度銅の剣を握り直した。
じんわりと広がる冷たい汗の感触に、意識して自分自身を奮い立たせる。
現れたのは、この洞窟で最も彼等が手を焼いたモンスターたちだった。魔法使いとアルミラージ。
一方は「メラ」の、一方は「ラりホー」を使うこの魔物達に、何度苦戦を強いられたか分からない。
 丁度今、勇者は前方をアルミラージに、後方を魔法使いに遮られる様にして立っていた。
仲間が目を覚ます気配はまだ無い。
146新世界へのいざない2:02/07/15 10:52 ID:???
「絶望的な状況か…」
 自分自身でも意識しないままに呟いた言葉。その言葉に、今度は実際に舌打ちをする。
こんな時でも…どんな状況でも。逃げる事など出来る筈も無い。
仲間を置いて、新しい世界を目の前にして逃げる事。そんな事が出来る筈は無かった。
「だったら…戦うしかないだろうッ!」
 瞬間。覚悟を決めた様に、勇者は床を蹴った。その勢いで魔法使いへと一気に間合いを詰める。

 そして、そんな彼の動きに反応してモンスター達も行動を起こした。
魔法使いは蓄えていた魔力で火炎を生み出し、アルミラージがその角を突き出す様にして背後に迫る。
三者の動きで、最初にその行動を完了させたのは魔法使いだった。
深紅の炎がごう、と唸り声を上げながら指先を離れ、真っ直ぐに勇者の方へ襲いかかる、だが…
「………く…っ」
メラの炎が勇者の視界を染めるほんの一瞬前。突如としてその軌道上から勇者の姿が消えた。
駆け出した勢いを殺し、彼はその両膝を床へと付けると、上体を折りメラの起動から自分自身の身を反らしたのだ。
そのまま、彼の真上を通り過ぎた炎は、すぐ背後まで迫っていたアルミラージの身体を包み込んだ。
「・・・・・・・・・アァァァァッ」
 声にならぬ声、音にならぬ声でアルミラージが哀しげな悲鳴をあげる。
そしてそれと同時に勇者はついていた両膝に渾身の力を込め立ち上がると、勢いを剣に乗せてそのまま魔法使いの身体を逆袈裟に切り裂いた。
「・・・・・・・」
 こちらは声も上げぬまま、ぐったりとその身体から力を失った。
どう、と、彼の代わりに大きな音を立てて、その身が床に倒れ臥す。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
荒くなった息を懸命に整えながら、勇者は剣を鞘に収めた。だが…
147新世界へのいざない3:02/07/15 11:00 ID:???
(なっ…)
 その背中に、既に事切れたと思っていたアルミラージが襲いかかってきた。
炎に焼かれた身体は焼け焦げてはいたが、瞳には先程よりも一層濃い憎悪の色を浮かべ、額の角は迷う事無く勇者の心臓のある場所を狙っていた。
「しまった…ッ!」
 自分自身の爪の甘さを呪いながら勇者は身を翻し、先程納めたばかりの剣を抜き放つ。
だが、遅い…間に合わない!アルミラージの殺意を帯びた鋭利な角が正面から勇者の心臓を貫く…その一瞬前。
「危ない、勇者ぁっ!!」
 流石に意識を取り戻したのだろう。目覚めた仲間の一撃が、無防備だったアルミラージの生命を、今度こそ完全に奪っていた。
 背後に魔法使いの、目の前にアルミラージの躯を見下ろしながら、勇者は再び冷たい汗を拭った。
「ふぅ…済まない、助かった」
 まだ僅かに引きつった顔で不器用な笑みを浮かべながら礼を言うと、仲間は苦笑しながら左右に首を振った。
元々、ラリホーの魔法にかかってしまったのは自分達なのだからと。
「・・…・お互い様って云う事かな…でも、有り難う」
 そんな仲間の心遣いに感謝しながら、勇者は今度は心からの笑みを浮かべた。
そうして改めて、そちらに視界を戻す。先程、目の前で生死を賭けた戦いがあった事など知らぬふうに、旅の扉は穏やかな水面を称えている。
「じゃあ改めて…行こうか皆、新しい世界へ!」
 勇者は仲間達に大きく頷くと、一気にその身を泉の中へと躍らせた。
冷たい感触、そして次に襲ってくる光の洪水。その眩い光の渦に飲まれる様に、勇者の意識は遠のいていった…・・・・・・・・・・・・