ポートセルミの港を出た僕は、子供達と共にサンタローズの村へと向かっている。
その道筋は、小さい頃に見た時とは多少さま変わりしていたものの、当時の面影を残していた。
まぶたを閉じるとその頃の思い出が浮かび上がる。
僕は小さい頃から父さんの背中が大好きだった。
まだ、何も世の中の事を知らなくて、無邪気でいられたあの頃。
あの広くて大きな背中を追いかけて、追い越してやるんだ!って夢を見ていたんだ……。
「港に着いたぞー! イカリをおろせー! 帆をたためー!」
船乗りのおじさん達が港に船を止める準備をしているみたいだ。
隣にいた船長のおじさんが、その様子に気付いたらしく、
「どうやら着いたようだな。坊や、下にいってお父さんを呼んで来てあげなさい」
と僕に声を掛けてくれた。
船の中を回っている時はあんまり父さんの側に居られてなかったので、
(船乗りのおじさん達と話をするのは面白かったけど)
会いに行きたい…という気持ちもあって、
その事を伝えにすぐに父さんのいる船室へと向かった。
「おおっ、どうした?」
部屋のドアを開けると、僕が入ってくるのに気付いたらしく、父さんが声をかけてくれた。
その側までトテトテ、と小走りに近づき、港に着いた事を知らせる。
「そうか、港に着いたか! 村に戻るのは、ほぼ2年ぶりだ……。
お前は、まだ小さかったから、村の事を覚えていまい」
確かに僕の記憶には無かったので、コクリ、とその言葉に頷いた。
「フム、やはりそうか。まあ、いい。では行くか。忘れ物はないか?」
うん、とその問に答える僕。
そして父さんは自身の身支度を終えると、
僕の手を引き部屋を離れ、船長のおじさんのいる場所へと向かった。
「じゃあ船長! ずいぶん世話になった……。身体に気をつけてな!」
そう言ってお世話になった船に別れを告げ、僕と父さんは港の中へと足を進めた。
すると途中、遠巻きに父さんの顔を見て、何かびっくりした様子の男の人を見付けた。
その人は、しばらくぼぉっとしていると、突然我を取り戻したように父さんの側に駆け寄り、
「パパスさん! パパスさんじゃないかっ!? 無事に帰ってきたんだね!」
と、大声を挙げながらこっちに近付いてきた。
父さんもその人に気付いたらしく、その精悍な顔を向け、笑みを浮かべると
「わっはっはっ。やせても枯れてもこのパパス、おいそれとは死ぬものか!」
と、豪快に男の人の肩を叩き、応える。
「やっぱりパパスさんか! 良かった〜、さっそく村の連中に知らせないと!!」
口ではそう言いながらも、その人は父さんに会えた事が余程嬉しかったらしく、
しばらく涙ぐんでは父さんの前に立ち尽くしていた。
「まあ、積もる話もあるのだが、ひとまず落ちついてくれ。これでは話も出来まい」
「そ、そうは言ってもやっぱり嬉しいもんは嬉しいもんだよ。よく無事でいてくれた…」
「フム、まいったな」
首をかしげ、考え込む父さん。
「そうだな、父さんはこの人と話があるのでお前はその辺で遊んでいなさい。
ただ、あまり遠くに行かないようにな?」
しばらく、男の人が落ち付きを取り戻せないと思ったのか、
父さんは、そんな事を言い、僕の側から離れて行った。
ちぇっ、港から降りたら船乗りのおじさん達から聞いたお話をしたかったんだけどな。
父さんが向こうに行ってしまった後、
手持ちぶさたになってしまった僕は、港の中をぐるっと回った。
昔この場所にも来た事があるって話だったけど、
やはり、僕の小さい頃の記憶にはその影をうかがわせるような景色は無かった。
けど、さっき父さんがこの港についた事が周囲に伝わったらしく、
周りをぐるりと見てみただけで、色々なところで父さんの事を話している人がいる事が分かった。
皆の話している中身から、父さんが尊敬されているのがよくわかったので、
やっぱり、父さんってすごいんだなあ…、と改めて感心してしまった。
だけど、僕が大きくなったら父さんみたいになれるのかな……?
という不安も同時に僕を襲う。
父さんが大好きで、あの背中を追いかけて立派な大人になりたいとは思っているけれど、
大き過ぎる背中にちょっぴり背を向けたくなってしまう事もある。
そういう時は最近始めた剣の特訓とかをしてるんだけど……。
人で賑わっているこの港じゃあ、そんな場所はなさそうだった。
どうしようかな? と考えていると、近くを僕と父さんと同じ位の親子が通りかかる。
「ねえ、お父さん。サンタローズの村ってどうやって行くの?」
「ああ、港を出て西へ向かうんだ。
ただし、近くの森はモンスターが出やすくて危ないからな。
なるべく街道沿いを歩くんだ」
「へえ〜、そうなんだ」
その言葉でピンと来た僕は、そのまま親子の後ろを追い、港を出た。
港を出ると、正面には平原が広がっていた。
この道をまっすぐ進めば、父さんの言っていた
サンタローズの村に着けるんだろうけど、目的は別にある。
剣の訓練がしたかった僕は、その平原の方とは別に左手に見える森を目指した。
昼間過ぎだと言うのに、向かった森は、たくさん生える木々のおかげで、暗かった。
日の光を通し辛い環境のせいだろう。
ひとまず背中に背負っていた袋から必要な物を取り出す。
父さんとの稽古に使っているひのきの棒だ。
本当は早く父さんみたいな本物の剣をもってみたいんだけど、
その話をすると父さんは、
「お前にはまだまだ早い。それよりも今はまだゆっくりと大きくなるんだぞ」
と言い、僕の大好きな髭の生えた顔を向け、頭を撫でてくれる。
そういう時は、嬉しくなって顔をくしゃっとほころばせてしまい、お願いしたことを忘れてしまうのだった。
そんな風に、しばらく父さんの手の感触を思い出しながら、
細長いひのきの棒で素振りをしていると、木々の間から何かが移動している音がした。
すると葉陰からぽよん、とスライムが飛び出してきた!
しまった!! そう思ったが、既に遅く、三方から現れたスライムに囲まれてしまう。
威嚇のつもりか、奴らはその骨の無い身体を精一杯ゆすっている。
……逃げられない、と思った僕は、練習で汗ばんでいたひのきの棒を構え直した。
僕だって父さんの息子なんだ。スライムくらいに負けない!!
それに、これは訓練の成果を試すチャンスだ。
そう自分を奮いたたせ、震える腕を抑えこみ奴らと対峙した。
まず、最初に木から降りて来たスライムが宙を舞い、僕の方へと突進してきた。
ゆっくりと動きを見極めてから、その攻撃をかわす。
チャンスだ……! そう思い、避けると同時に振りかぶったひのきの棒を叩きつける!!
その勢いのまま地面に叩きつけられるスライム。どうやら動き出す気配はない。
よしっ! ちゃんと身体が動くぞ、僕も真似事だけじゃなくてちゃんと戦えるんだ!!
思わず喜んでしまい、意識から残った奴らの事を消してしまった。
その隙をスライム達が見逃すはずもなく、無防備になった背中に一撃を受けてしまう。
そのまま倒れてしまい、さらにもう一匹が被さってきた。
ま、まずい。どうしよう……。
その後、被さってきたスライムが僕の手足を塞ぎ、
残りの一匹が突進を攻撃を繰り返していた。
けれど、僕は手に握った棒を離さずにまだ、抵抗を続けていた。
父さんの息子ならこのくらいのピンチなんかで、諦めないっ……!!
そう思い、少ないチャンスを狙う。
が、中々捕まっている手足を動かせずに攻撃を食らいつづけて、
どんどんと体力を消耗してしまう。
だんだんと握っていた手の力が抜け、視界が閉じそうになってきたその時、
見慣れた背中が僕の前に立ちはだかった。
背中から剣を引き抜き、一刀でスライムを断ち切り、
僕の身体に巻き付いていたスライムをはがし、追い払う。
消え去りそうな意識を繋ぎとめ、僕の自慢の背中をぼぉっと見続けた。
「大丈夫か?」
息を切らせてそう言う父さんの姿からは、必死でいなくなった僕を探してくれた事が分かる。
その姿を見て、戦っていた時の緊張感が切れた僕は、思わず泣き出してしまった。
「全く……、遠くに行ってはいかんと言っただろう!」
抱き付いてきた僕を、言葉のように叱りつけず受けとめてくれた父さんは、
そのまましばらく泣き止むまで抱きしめてくれた……。
その日、夕暮れを迎える頃、薬草で傷の手当てをしてもらった僕は、
父さんの背中におぶってもらい、一緒にサンタローズの村を目指していた。
その後泣き止んだ僕は、改めてしっかりとお説教をもらったけど、
ちゃんと稽古の成果が有った事を言うと、父さんは少し驚いたようで、
「そうか。お前も私と一緒に戦いたいか?」
と、言われた。
背中越しに振り向かれた顔に向かってコクコクと頷くと、
「だが、まだまだ表の一人歩きは危険だ。これからは気をつけるんだぞ」
とたしなめられてしまったけれど。
その後も、しばらく初めて魔物と戦った興奮を伝えている内に、
僕はその広く大きな背中で眠ってしまったらしい。
後で父さんに起こされて気付いたのは既に村の入り口だったからね。
村に着く前にキャンプを張る事になった。
準備を終えると、息子が後ろの方から向かってくるのが分かる。
「お父さん! 剣の稽古に付き合ってください!!」
息子が当時の僕のような眼差しを向け、こちらへ歩いてくる。
「今度はボクが一本取らせてもらいますからね!」
「ああ、だがそう簡単にはいかないぞ、覚悟はしておけ?」
振り向いて息子に答える僕。
今、父親になった僕はあの父さんのように彼に立派な背中を見せているのだろうか。
……せめて僕の記憶の中の父さんの姿に恥じないように、この子の前に立っていたい。
そう、切に願い、剣を構えた。