「つまりあれだ、貴女の言わんとするのは。最近ラムザがかまってくれなくてさびしい、と」
「だっ……」
アグリアスは一瞬絶句し、怒りも露わにジョッキをテーブルに叩きつけた。
「誰がそんなことを言ったかッ! 私は隊の運営の……」
怒鳴られた男――ベイオウーフはアグリアスの剣幕に動じた風もなく、笑みを浮かべて悠然と杯を傾けている。飄々としたまなざしに、ふと心の奥をのぞき込まれた気がして、アグリアスは口ごもった。深呼吸を一つして、高ぶった気を無理に落ち着ける。
「……私は、隊の運営の話をしている」
「そうなんだろうがね」
ベイオウーフは可笑しそうにうなずきながら、瓶に残った最後の酒を自分とアグリアスに等分に注ぐ。自分の分を一息に飲み干すと立ち上がり、
「貴女は怖いが面白い人だ、と聞かされたが、その通りだな。いいところだ、ここは」
「誰から聞かされたのだ、そんなことを」
ベイオウーフは聞こえないふりをして出ていった。レーゼのいる厩舎へ行くのだろう。
あの異国の剣士と不思議な竜、その前はバリンテン大公の子飼いだった暗殺者の兄妹、ゴーグで掘り出した珍妙な機械人形、そしてつい先日はヴォルマルフの娘の女騎士。
それがラムザの長所だというのはわかる。素性の知れない者や、かつて敵対していた者までも取り込んで味方に……否、「仲間」に変えていく、それは人徳という得がたい才であり、教会に追われる身の自分たちにこの上ない助けとなってくれていることはわかっている。
新参者であれば早く馴染めるよう気も配ってやらなくてはならないし、その一方で監視もしなくてはならない。全部を任せられるほどの腹心は多くはないから、しぜん新入りの世話は主にラムザが奔走することになる。それも、納得はしている。
しかし、だ。
(そのために、旧くからいる者たちとの意志疎通をおろそかにしていいはずはあるまい)
と、思う。
(それでは皆のまとまりがなくなり、士気も下がる。不満をいだく者も出よう。本末転倒ではないか)
「最近ラムザが忙しくてさあ、遊べなくて困るよな」
ムスタディオ等のぼやきにも、今は同調したくなる。一方で、マラークやメリアドールとは毎日のように膝をつきあわせて話をしているのを見れば、
(私など、もう二日もラムザと会話らしい会話をしていないのだぞ)
何のことはない、一番不満をいだいているのは自分なのだが、まるで自覚のないアグリアスなのであった。
(やはり、一度言っておかねば……)
そう、決意を固めたとき、二階のドアがそっと開き、手すりの上に金色のくせっ毛がトコトコ下りてくるのが見えた。
「あの、メリアドールさん知りませんか」
「……!」
その第一声で、アグリアスの忍耐の緒が切れた。
「ラムザ!」
すっくと立ち上がり、階段を下りきった所できょとんとしているラムザにつかつかと歩み寄る。
(隊の運営を何だと思っているのか、問い質してやらねばならん。このままでは離反者さえ出かねんのだということを教えてやらねば)
邪魔なテーブルを乱暴におしのけ、
(私は皆の士気のことを考えているのだ。断じて、かまってもらえなくてさびしいなどと、そんなことはない!)
驚いた顔のムスタディオの横をすり抜け、
(大体、なぜラムザがかまってくれないからといって、私がさびしがらねばならないのだ。そんな、子供みたいな、問題にすべきは隊の運営のことであって私がさびしいなどということでは)
転がった椅子を踏み越え、ラムザに指をつきつけて、
「なぜ、お前は最近かまってくれないのだ!」
静寂。
(間違えた───────────────────!!!)
しばらくして戻ってきたベイオウーフは、泣きはらした目をしたアグリアスに「お前がよけいなことを言うからだーっ!」とものすごい剣幕で怒られたのだが、ついにその理由はわからなかったとか。