ドラクエ4★女勇者かわいーーー ぱーと3

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73解けない魔法1/2
「こんなところにいたんですか」
 馬車から少し離れた岩場で座りこんでいる女勇者に、ミネアは話しかけた。夕食をとった後、姿が見えなくなっていたので心配したのだ。
「……どうかしたんですか、元気がないようですけど」
 柔らかな緑色の髪が、俯いた顔を隠している。ミネアが辛抱強く待っていると、やがてその唇から細い声が漏れた。
「マネマネはさ」
 意外な言葉に、ミネアは戸惑う。そういえば、今日は新しいモンスターに出会ったのだった。メラゴースト系の化け物で、特殊魔法を使ってくる嫌な敵だった。
「倒したら、モシャスが解けるじゃない?」
 女勇者はまだ俯いたままだ。
「マネマネだけじゃなくて、普通、モシャスってそうよね? 術者が死んだら、解けちゃうものじゃない」
 女勇者は淡々と話し続ける。その静かな声から、そして髪に隠れた表情からも、感情をうかがうことはできない。けれども、何故だかミネアは胸が締めつけられるような気がした。
「だけどね、わたし、解けなかった魔法を知ってるの」
 自分の姿を映して、敵の手にかかったシンシア。魔物たちは――デスピサロさえも――シンシアを勇者だと信じて疑ってなかった。
「そんなことって、できるのかな。自分が死んだ後も、モシャスを解かずにおくなんて」
 ミネアはシンシアのことは知らない。女勇者は、あの惨劇のことをまだ誰にも話していなかった。うち明けようと思ったことは何度もある。仲間への信頼が増すごとに、その気持ちは強くなった。
74解けない魔法2/2:02/05/02 02:37 ID:???
 だが、話せなかった。あの日のことは、彼女の中に傷となって残っている。過去が幸せだったぶんだけ、その傷は深い。まだ語るには辛すぎた。
 今も、本当は『彼女』のことに触れるつもりはなかった。ただ、つい口からこぼれてしまったのだ。
 きっと、ミネアにとってはわけのわからない質問だろうな。
 そう思っていたから、ミネアから返事があったとき、女勇者は本当に驚いた。
「……私が魔法を習った占い師が言ってました。魔法というものは、人の精神力をその力の源にしている。だから、想いが強ければ強いほど、魔法も強力になるのだと」
 思わず顔をあげた女勇者に、ミネアは柔らかく微笑んだ。
「貴女がご存じのその方は、きっととても強い想いをお持ちだったのでしょうね」
 女勇者の蒼灰色の瞳が見開かれる。
『いつまでも、こうしていられたらいいのにね』
 花畑で。どこか遠い目をして、そういったひと。
『あなたのこと、妹のように思っていたのよ』
 透き通った笑みを浮かべて、抱きしめてくれたひと。
 女勇者は、瞳を閉じる。辛くて、苦しくて、ずっと思い出さないようにしてきた。けれども――シンシアの声、シンシアの瞳、シンシアの笑顔――忘れるはずはない……!
「ええ、彼女は……シンシアは、とても強くて……素敵な人だったわ」
 瞼の裏に、シンシアの姿が鮮やかに甦る。女勇者の唇がゆっくりとほころんだ。
 彼女を思うとき、今でも胸は痛む。けれども、同時にとても優しい気持ちになれる自分に、女勇者は気がついた。
 愛しい、という気持ちを、最初に教えてくれたひと。
 瞳を開けると、女勇者はゆっくりと立ち上がった。その口元には、いまだ笑みが残っている。
「そろそろ、みんなのところに戻ろうか?」
 土を払うと、ミネアに手を差し伸べる。「そうですね」と頷きながら、ミネアが手を重ねてくる。
 歩きながら、女勇者は小さく呟く。
「今度、彼女の――シンシアのこと、話すわね。聞いてもらえる?」
 きっと話せると思った。話したいと思った。自分の大切な人たちのことを。
 ――わたしが、愛したひとのことを。
                  (終)