ようやく……ようやくここまで来たんだ。
ボクは、三人の仲間と共についにこの場所、クリスタルタワーまでたどり着いた。
ドーガの館でウネからシリウスの鍵を受け取って以来、ボクはあの出来事を忘れたことはない。
ウネの跡を一部なりとも継いだという事実が気弱だったボクの心を少しだけど強くしてくれた。
そうして今ボクは、シリウスの鍵を持って、扉の前にいる。
そこには、クラスチェンジしたての姿が鏡のような扉の前に映し出されていた。
導師の称号の特徴を現すネコ耳とネコしっぽ、赤いブーツ等と一緒に
赤髪の小さな少年の姿が正面に見えた。
鍵穴を探して手を伸ばすその姿は少し不安気な表情と共に、耳が垂れ、
しっぽが揺れていた。この衣装は着ている者の精神状態を反映するらしいのだ。
「こっ、こんなところでビビっちゃ駄目だ」
「お前がここで緊張するのは分かる。まあ、緊張するなとは言わないが深呼吸でもしてみろや」
ガチガチに固まってるボクの頭を騎士がなでてくれた。
その優しい大きな手の暖かさに、ふっ、と力が抜ける。
ちょうどいいので、奴の言葉に従い、深呼吸をしてみる。
するとさっきよりは随分楽になったらしく、今度は普通に扉の前に立つ事が出来た。
「よ〜し、今度はちゃんと鍵を……」
そうして、無事に鍵をさして回すと、カチャリ、と意外に普通な音がして扉が開く。
と同時に魔力風が扉の周りに吹き荒れ、ボク達はタワーの正面から吹き飛ばされた。
望まない死闘が目の前で繰り広げられていた。
そもそも、巨大飛空挺インビンシブルを手に入れ、
ボクらを暗黒の洞窟へと向かわせたのはドーガとウネだったのに。
土の牙を手に入れ、ドーガの館に戻ったボクらを迎えいれたのは見た事もない洞窟だった。
不思議に思いながらも先に進むと、
二人がその最深部で待っており、いきなり一対一の戦いを仕掛けられたのだ。
既にドーガは倒れ、ボク達の後ろにその屍を晒していた。けれど、その死に顔は何故か安らかだ。
仲間達も今の状況に納得していないようだったけど、
繰り出される攻撃が本物の殺気を感じさせるのには充分強力で、
仲間達はドーガの相手をせざるを得なかった。
けれど、ボクはその戦いには加わらず、その場に立ち尽くすだけだった。
そして、先程、黒魔道士の上級魔法がモンスターと化したドーガを捉え、
伝説の大魔導士ノアの魔力を受け継いだ一人の弟子は息絶えた。
その時、よくは見えなかったのだが、あいつは何かドーガの死に際に言葉を交わしたようだった。
さらに夢の世界の管理を任された弟子がその姿を獣に変え、ボクらに襲いかかる!
「ウネ、何でボクらが戦わなきゃいけないんだ!」
「まだお前さんはそんな事を言ってるのかい?
さっきもほとんど戦いに参加していなかったようだしねえ」
「だって、こんなのボクは納得出来ない! みんなだってそうだ!!」
「馬鹿をお言い、それでも残りの三人はちゃんと戦ってるだろうが。
お前さんだけ現実から目を逸らすんじゃないよ!」
そうウネは言うと見知らぬ魔法を唱えだした。
するとたちまちに洞窟の中に魔力で発生した竜巻が出現し、ボクらに放たれる!
その竜巻は人間だけに反応するらしく、着弾と共に体力を削ぎ落とし、衣服や鎧を破壊していった。
ボクの白魔道士のローブは散々に破け、その下から血が流れ出で、日に晒されぬ白い肌が露出していた。
「どうだい…? 早く魔法を使わないと死んじまうよ!?
それでもいいのかい、仲間を巻き込んでいいのかい!!」
答えようにもさっきの魔法で外見も中身もぼろぼろにされ、口からは血が溢れている。
く……、これはまずい。けど、やっぱり納得出来ない!!
「まだ理解してないのかい、このわからず屋!
回復役のお前がパーティの中でどういう役目だか理解していないとは言わせないよ!!」
……その言葉を聞いてウネと古代遺跡でボクらを案内してくれた時の事を思い出した。
そうだ、特に白魔法をこの世界で得意とするウネは、あの冒険の途中で特にパーティの回復役のボクと
よく話し、その基本を教えてくれた。どうやって周りに気を配り、どのような手段が
最も効率的なサポートなのか、など。今まで自己流の戦い方をしていたボクにはそれが嬉しかった。
黒魔道士はドーガに色々教えてもらってたみたいだったし。
何より、彼女は口は辛かったが、その内容は常に優しかった。また、その意思の強さも充分に感じ取れた。
師匠と弟子っていうのはこんな感じなのかなあ、と思っていたんだ。……けど、だからこそ!
「お前さんが優しいのはよ〜く解ってる。
お前ら光の四戦士の中で慈愛の心がもっとも輝いてたのはお前だったからね。
だが、どっかが足りないとも思っていたよ。
残念だけど、これまでの冒険でその足りない部分が何なのか解らなかったみたいだねえ」
「ボクは……仲間を犠牲にして何かを手に入れたくなんてない!
そんなのはエリアの時だけでもうたくさんだ!!」
「それがお前さんが心に強く残している後悔なんだね……。だけど、その想いだけでは駄目なんだよ。
水の巫女は、そんな思いをお前らに残したかった訳じゃあるまい」
そう言ったウネの顔は何故か寂しげだった。まるで、何か覚悟を決めたような。
「なら……そうだね、自分が仲間を残して死ぬって状況は理解出来るかい?
もっともあいつらはほとんど死んでるようなもんだがね。
さっきから回復無しであのドーガと戦っていたんだからねえ。
そこでトルネドを食らっちゃ立ち上がれまいよ」
「ウネ……、何をするつもりなの」
「言葉通りさ、お前は結局甘ちゃんのままだった。それならこのまま死んで貰う」
そう言い放つ彼女の表情には微塵も嘘を感じさせなかった。本気なんだ……。けど、ボクは……。
「……じゃあ覚悟はいいかい? 大気を切り裂く神の息吹よ、この者に天罰を下し給え、エアロガ!」
覚悟を決める間もなく放たれた魔法に、思わず目を閉じた。
空気を裂く爆発音が大気に伝わり部屋が振動で震える! けど、その衝撃はボクにやってこなかった。
恐怖で閉じたまぶたを開けると目の前には大きな影が。上を見上げるとそこには騎士の姿があった。
「ちっ、ドジったか……?」
そのセリフで糸が切れたように倒れる騎士。どう見ても致命傷だ。
「なっ、なんでボクを庇ったりしたんだよ!」
「さっきさ……、お前とウネの話を後ろで聞いてた。俺達もエリアの事はショックだったけど、
お前がそんなに心を痛めてるとは思ってなかった。気付けなくて悪かったな」
「そんな事今は関係ないじゃないか!」
「はははっ、やっぱこういう時でもお前は怒るんだなあ。まあ、その方がらしいぜ」
そう言いながらも、騎士の口からは血が流れ、地面に落ちていった。
「でも、怒るって事は少しは元気、出たか?」
「しゃ、しゃべっちゃ駄目だ。い、今魔法を使うから」
いや、解っていた。この傷では魔法を使っても治る見込みが無い事を。
ボクの魔力のレベルもあるが、レイズやケアルガと言えど、傷のレベルによっては回復しきれないのだ。
「自分の身体の事くらい自分で分かるさ。俺はこれじゃ助からないだろ?
だから最後に……言っておく。ウネばーさんが何を言いたいのか……お前には……分かっている……」
だが、最後までその言葉を伝えきることはなく、騎士は息を引き取った。
その瞬間何かがボクの中で変化した。
「お別れは済んだかい? お前さんの優柔不断さが奴の息の根を止めたのさ」
どこまでも辛辣な言葉を投げかけるウネ。
だけど、騎士の最後に残してくれた言葉で何かが解ったような気がする。
体内の魔力の高まりを感じ、ソレに同調し始める。
と、同時にボロボロだったローブが真新しい衣装に変り始めた。
「……! ついに来たか!!」
……今の状態ならひょっとしてレイズも効果があるかもしれない!
そう思い、側に横たえられた騎士の死体に手を伸ばす。魔法力を高め、蘇生に全力を尽くした。
するとわずかな時間で騎士の身体から心臓の音がするのが分かった。やった、成功だ!!
「この空間の特性とは言え、こいつはすごいね!」
「ウネ! あとはあなたを倒すだけだ!!」
「覚悟を決めたのかい? 身内と戦う覚悟を??」
「そういう事じゃない。ボクはあなたを超えてみせる! あなた達が見せた覚悟を継いでみせる!!」
そう言い、今度は神に祈りを捧げ、新たな魔法を構成し始める。
「全能なる父よ、聖なる光をこの者に降らせ給え! ホーリー!!」
浮かんだ言葉を紡ぎ合わせ、見知らぬ魔法が発動する!
すると空間に聖なる光が満ち、ウネを包み込んだ。爆発音。その時満足気な彼女の顔がちらりと見えた。
そして、魔法の発動を確認すると同時に魔力の高まりは失せ、元の姿に戻った。
洞窟に広がった煙が晴れる頃に確認出来たのは、二つの鍵だった。
クリスタルタワーの封印を解くシリウスの鍵と、禁断の地エウレカへの道を開くエウレカの鍵。
これを作るためだけに、彼女達は逝ってしまった。
「ウネ、ドーガ。ボクはもっと強くなるからね。絶対に闇には……ザンデには負けないからね」
クリスタルタワーの封印の衝撃と同時に吹き飛ばされ、しばらく気を失っていたみたいだ。
そして後ろには鎧のゴツイ感触が。どうやら騎士が庇ってくれてたみたい。まったく、このお人よしは……。
「おいっ、いつまで寝てる気だ! そろそろ起きろよ!!」
ゴツン、と頭を叩いて起こす。
「いってえ、もう少し優しく起こしてくれてもいいだろうがよ」
「文句を言わない! ついで他の二人も起こす!!」
「全くよお……、アレ以来少しは優しくなったかと思えば結局地はこっちなのかよ〜」
「はいはい、文句言わない。さあ、クリスタルタワーの封印は解けたんだから、
あとは突っ込むだけだよ!」
ぴょこん、と耳を元気にたて、ボクは騎士を蹴飛ばしながら開いたタワーの中へと向かった。