☆☆FFDQ板最萌トーナメント一回戦Round8☆☆

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健やかな寝息を立てて眠る、小さな二つの命。
私と同じ青い髪、私と同じ緑の瞳。この世に生を受けたばかりの私の赤ちゃん。
元々、小さな子は大好き。愛らしくて無邪気で、見ているだけで自然に微笑みが零れてしまう。
だけどこの子達に対する愛おしさは、これまでに感じたことがないものだわ。まだ出会っ
て半日経っていないのに、私の心はこの子達のことでいっぱい。
それはあなたも一緒みたい。さっきからそわそわとして落ち着かない。目蓋が少し動いた
だけで、唇が小さく動いただけで、二人して身を乗り出すように見入ってしまう。その様
子がおかしいと助産婦さんに笑われてしまったけれど、そんな出来事の一つ一つが、胸が
締め付けられる程幸せ。
「男の子の方はお父さんに似てるわね。目元がそっくり。女の子はそうね、やっぱりお母
さん似かしら。将来きっと美人になるわよ」
助産婦さんにそう言われて、あなたと私は照れ笑いを交わした。少年のようなその笑顔に、
私は私の知らない、小さな頃のあなたの影を追う。
「……心のありかたもあなたそっくりになって欲しいわ」
助産婦さんが部屋を出て行った後、私は心の底からそう呟いた。
「あなたのように、どんなに辛いことがあってもくじけない強さと、誰にでも等しく接す
ることの出来る優しさを持った子。純粋で真っ直ぐに育って欲しい」
「褒めすぎだよ、フローラ。俺はそんなに立派な人間じゃない。俺だって弱い部分や汚い
部分を持っている人間なんだよ」
あなたは苦笑して、子供達に視線を落とした。子供達を見つめるあなたの瞳は限りなく優
しくて、ちょっとやきもちをやいてしまいそう。
「俺達はこれから親として、この子達に沢山の愛情を注いであげなくちゃいけないな」
あなたは自分に言い聞かせるように呟いた。
「俺が、奴隷だったあの辛い日々を乗り越えられたのは、沢山の人との楽しい思い出があ
ったからだよ。自分で言うのはおかしいけど、父さんにとって俺は宝物だった。父さんの
愛情と想いが、どんなことにも耐えようとする俺の心を作ってくれたんだと思う」
あなたの大きな手が、子供達の手をそっと握った。
3642:02/04/16 14:43 ID:???
あなたの手は傷だらけ。その傷の一つ一つに、あなたが過ごしてきた日々が刻み込まれて
いる。あなたの腕、足、背中、全身に刻まれた傷の半分でも、私の体に請け負えればいい
と何度思ったかしら。
「人を強く、優しくするのは愛情だと思うんだ。愛されている実感があれば、人は頑張れ
る。みんなの愛情を信じていたから、俺はやってこれたんだ」
「……お義母様も?」
意識せず、私の唇からぽろっとその言葉が零れ落ちた。
「あなたが生まれてすぐに、魔物に攫われてしまったお義母様。お義母様もあなたを愛し
て下さっていると思う?」
「当たり前じゃないか」
あなたは小さく肩を竦めて言った。当たり前のことを聞くなと、その瞳が笑っている。 
何の前触れもなく、私の喉の奥に苛立ちに似た苦い感情が滲んだ。どうしてあなたはそん
なに純粋なのかしら。普段大好きなあなたのその部分が急に憎らしく思えて、私は更に食
い下がった。
「どうして?顔も覚えていないお義母様があなたを愛して下さっているなんて、どうして
言い切れるの?もしかして、そうではないということもあるかもしれないわ」
あなたはきょとんとして私の顔を眺めている。そうこうしているうちにも、汚くて醜い感
情が私の中を駆け巡り、体を熱くしていく。
「両親が必ず自分を愛してくれるなんて、そんなのは根拠も何もない思い込みだわ」
「フローラ、何を言って……」
「だってお義母様がどんな人かも分からないのに、そんなこと言い切れるはず……」
「フローラ!」
珍しく、あなたが怒鳴った。子供達が目を覚まさないのが不思議な程の大きな声だった。
あなたの鋭い怒声は、血の上った私の頭に冷水を浴びせた。私はその時初めて、自分がど
んなに酷い言葉を浴びせたかに気付いた。
3653:02/04/16 14:44 ID:???
……嫌な女。私、何てことを言ってしまったんだろう……
「……ごめんなさい」
私が項垂れると、あなたは小さく溜息をついて、怒らせていた肩の力を抜いた。
「何の理由も根拠もないよ。俺が勝手にそう信じているだけだ」
淡々とした口調。だけどまだ怒りの色は消えてない。
「だけど今日、生まれた子供達を見ていて、俺は自分が間違っていないことを確信した。
俺はこの子達がいとおしいよ。何に代えても守りたいと思う。きっと、いいや絶対、母さ
んだって俺のことをそう思ってくれているはずなんだ」
あなたは私の目を覗きこむと、小さな子に言い聞かせるみたいに言ったわ。
「フローラ、一体、何を疑う必要があるんだ?」
私は視線を落とした。ゆりかごの中に眠る小さな双子の兄妹。
……私は今、無条件でこの子達を愛している……
本当ね、本当だわ。両親の愛情を、どうして疑う必要があったのかしら。
「……ねえあなた。私、ずっと言いたかったことがあるの」
子供達の手を握ったままのあなたの手に、私は自分のそれを重ねた。暖かくて骨ばったあ
なたの手が、私は大好きよ。
「私ね、本当は父と母の実の娘じゃないのよ。まだ赤ちゃんだった時に今の両親に拾われ
たの」
それを偶然聞いてしまったのは私が十歳の時。修道院に行く話が出るほんの少し前。
その夜怖い夢を見た私は、眠れなくなって両親の部屋に向かった。そして僅かに開いてい
た扉から漏れてきた両親の会話に、その真実を知ったの。
「私、ずっと悩んでいた。実の親に捨てられてしまう私は、そんなにもいらない子供だっ
たのかしらって。そう考え始めると、今でも眠られなくなるの」
微笑もうとしたけれど、顔の筋肉が強張ってどうしてもうまくいかない。
「でもそれは間違いね。あなたに言われて目が覚めたわ。私はこの子達がいとおしい。こ
の子達と別れ別れになるくらいなら、死んでしまった方がまし。私の両親もきっとそう思
ってくれたはずね。私もそう、信じてみるわ」
以前何かの本で、母親にとって、子供は自分の肉が千切れて出来た存在だと読んだことが
ある。その時は怖い表現だとしか思わなかったけど、今の私にはその言葉の重みが分かる。
3664:02/04/16 14:45 ID:???
「フローラ。お義父さんやお義母さんだって、例え血のつながりがなくても、君をとても
愛しているじゃないか。そのことを忘れてはいけないよ」
「分かっているわ。今の両親の愛情を疑ったことはないの。だけど……だけど、捨てられ
たって言う事実が……ずっとずっと寂しかったの……」
泣くつもりなんてなかったのに、勝手に涙が零れ落ちた。私は母親になったのに。しっか
りしなくちゃいけないのに。
だけど涙が止まらない。次から次へと溢れてくる。どうしようもなくなって両手で顔を覆
った私を、あなたは何も言わず抱きしめてくれた。
あなたの匂いがする。初夏の草原を渡る風の匂い。この匂いに包まれると、私は子供に戻
ったみたいに安心出来る。
「……私を修道院に預けたのは、有名な占い師の勧めだったんですって。この子は不思議
な運命を背負っているから、それに耐えられるような澄んだ心を持たせなさいって」
私はあなたの胸にぎゅっと頬を押し付けた。
「今の両親は何時だって私のことを考えてくれていたわ。修道院に入れたのも私を思って
のこと、指輪を見つけ出せる強い人を募ったのも私の幸せを考えてのこと……」
そこで一旦言葉を切った後、私は万感の思いを込めて囁いた。
「そしてあなたと出会うことが出来て、私はこんなにも幸せ。今の私も、沢山の人の愛情
に支えられているんだわ」
私もこの子達の人生を、愛情溢れる素敵なものにしてあげたい。私を取り囲む沢山の人が
そうしてくれたように、私も力いっぱいこの子達を愛したい。
「占い師の言葉がどういう意味なのか、私にはよく分からないけど……今はただ、この子
達を一生懸命育てるわ」
背中に回されたあなたの手に、優しい力が篭る。私は目を瞑って、あなたの力強い鼓動に
耳を澄ました。
この子達が大きくなる頃、世界はどんな風になっているのかしら。
あなたと私、そして双子の赤ちゃん。家族四人の幸せが、ずっと続きますように……。