最初に感じたのは頭の下の柔らかい感触と何だかほっとするようないい匂いだった。
目を開けるとレナとクルルが心配そうな顔で俺の顔を覗き込んでいた。
「バッツ、大丈夫?」
どうやら先刻の戦闘で体力を限界まで消耗してしまったらしい。
体のあちらこちらが痛むが俺は何とか笑顔をつくった。
「大丈……」
起きあがろうとする俺の肩を、後ろから押さえ込むする力があった。
振り返ると怒ったようなファリスの顔があった。
「…………ケアルラかけているところだから大人しく寝ていろ」
「えっ?、でも……」
そのまま頭を降ろすとファリスの膝を枕にすることになる。
「いいから寝ろ」
相変わらずむっとしたままのファリスに俺は何も言えずに頭を降ろした。
意識が戻る前に感じた、柔らかな感触と、いい匂いがする。
怒ったままのファリスに何も言えずに俺は目を閉じた。
食事の準備をして来るというレナとクルルに頷くと、する事がなくなった。
白魔法の詠唱の声に耳を傾けているとひどく穏やかな気持ちになってくる。
ファリスの掌から白魔法の暖かい力が伝わってきて体から痛みが引いてきた。
「……なんであんな事をした」
不意に上から声が振ってきて、俺はファリスの顔を見上げた。
「あんなことって?」
ファリスはむっとした顔を崩さず、言った。
「……俺よりお前の方がずっと体力限界に近かっただろう?」
ファリスの眉間のしわはますます深くなる。
「体力なくてゼイゼイ言ってるのに俺を庇ったりするからやれてしまうんだろうが」
どうやら本気で怒ってるらしい。
俺は慌てて取り繕おうとした。
「ああ、そのこと?。俺は今ナイトだぜ。女を守るのは当たり前のことだろう?」
「…………なんだよ、それ」
今度こそ本当に頭に来た様子でファリスが言った。
その顔を見て俺は思い切り焦った。大失敗だ。
ファリスは女扱いをされるのが大嫌いなのだ。
ドレスを着ればとてもキレイなのに、絶対に女らしい仕草なんて見せようとしない。
始めて会ったときだって今だって、その姿は綺麗な男、そのものだ。
そんなファリスと一緒にいるうちに俺は一つ気づいたことがあった。
ファリスは男になりたいわけじゃない。
ただ誰かを守ろうと必死になっているだけなのだ。
馬鹿にされる、とかそんなのではなく、守る力を持てるように男であろうとしている。
そんなファリスに「女」という言葉は禁句なのだ。
「ごめん、悪かった。でも俺は今ナイトなんだ。誰かを守ろうとするのは本能なんだよ、
自分で止めようとしても止まるものでもないんだ」
しどろもどろになりながらも言い訳をする。
俺は一生懸命嘘をつく。
ナイトの本能だけじゃない。
本当は好きな女を守ろうとする男の本能。
でもその言葉は、まだ言わない。
もう少し、世界に平和が戻って、ファリスの守りたいものを一緒に守れるような力が俺に付いて、……ファリスが俺の気持ちに気づいても戸惑わないくらい大人になってくれるまで(これが一番遠いような気がする)、それまで俺達は。
「仲間を守ろうとしたっていいだろう?」
俺はとどめのせりふを言った。
<仲間>
この言葉にファリスは弱い。
ファリスが一番大切にしているもの、仲間。
だから今はまだ、俺達は「仲間」のままででいようと思う。
「おい、いつまで頭乗っけてるんだよ」
ファリスが膝を動かす。どうやら治療が終わったらしい。
俺はファリスの膝枕に少し未練を残しながら立ち上がった。
「ケアルラ、ありがとうな」
ファリスの白魔法のおかげで体はすっかり元に戻っている。
「バッツ」
ファリスが口を開ける。先ほどまでの怒った顔とはまた違うがやはり真剣な顔だ。
「今度はお前が白魔導師になれよ」
俺が訳が判らずポカンとしていると、ファリスは口の端をつり上げてにやりと笑った。
「その時は俺がナイトになってお前を庇ってやる。それで帳消しだ」
言うとファリスは片手をあげて行ってしまった。
やはり道は遠そうだ。
しかしそれもまたよし、か。
そう思える自分がいる。
俺は苦笑いをこぼすとファリスの後を追った。