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 城は大騒ぎだった。 
 若干六歳の王子が、今は行方不明のリュカ王の残していった天空の武器を装備してのけたのだ。
 リュカ王が世界中を旅しながら探していた天空の勇者が、彼自身の息子であったとはなんという皮肉。
 しかしそれ以上に、伝説と思われていた勇者の再来に、グランバニアの人々は歓喜にわきかえっていた。


 その騒ぎから遠ざかり、ソラは城から程はなれた丘の上にいた。
 この樫の樹のそばからは、グランバニア城の大きな姿が一望できる。
 もう夜も遅いというのに、城の窓という窓には煌々と明かりが灯り、まるでその辺りだけ昼が降りてきて
いるようだった。
 ソラはすとんと木の根のそばに腰を下ろして、大きく息をついた。
 頭上は、銀の粉を撒いたような星楡の空だ。
 あの空の向こうに、天空の城があると物語で読んだことがある。
 ――おにいちゃんは、あのお空からつかわされたゆうしゃさま。……なんだか、うそみたい。
 昨日までは誰よりも身近な双子のかたわれだったのに。
 今はなぜか、ソラには兄が遠く思えた。
 ソラは膝に顔をうずめる。
 兄のテンが天空の剣を装備したあと、もちろんソラも、自分も装備できるのではないかと試してみた。
 けれども駄目だった。
 他の大勢の人間が試したときと同じように、剣の柄は冷たく、刃は鈍く、まるでソラの手にあることを
拒絶するかのようにどっしりと重かったのだった。


「ソラ――ぁ」
 ソラはハッと顔をあげた。
 兄の屈託ない声がする。
 今は兄のあの無邪気な顔に会いたくない。きっと自分はいま、ひどい顔をしているから。
 涙に腫れた目と、赤くなった頬。そして何より、嫉妬と羨望の混じったまなざしを、兄に向けてしまいそうで
いやだった。
 けれどもテンはソラのいちばんのお気に入りのこの場所を知っていた。
 息を切らせながら、笑顔でソラのそばにまっすぐ駆け寄ってくる。
 いまさら逃げ出すこともできず、ソラは体をかたくしてテンが駆けてくるのを見守っていた。
「ソラ、探しちゃったよ! どうしたのさ、こんな夜遅くに城を抜け出すなんて」
「いいでしょう。ほうっておいて」
 ソラは自分でもドキッとするほどきつい口調で、兄の声をはねのけた。
「よくないよ。みんな心配するよ」
「心配なんかしないもの! 心配されるのは『天空の勇者』のお兄ちゃんの方でしょう、お兄ちゃんはさっさと
お城に帰ってあげたら!」
「なんだよそれ……どういう意味?」
「そのまんまの意味よっ。わたしは『勇者』じゃないもん、だからっ……」
 感情のままに言葉をはきだそうとして、ソラはテンの途方に暮れたような表情に気づいた。
 熱かった胸が、冷水を浴びたように縮み上がる。
 自分のしているのは八つ当たりだった、テンに申し訳ない――という気持ちと、それでもどうしたらいいか
わからない気持ちで、ソラはくちびるをかんだ。
 目から一粒、涙がこぼれ落ちる。
 頬を転がり落ちていく涙の感触に、ソラは声を上げて泣き出しそうになるのをぐっとこらえた。
「ねえ、テン……わたしたち、どうして双子なんかに生まれたの……」
「ソラ?」
「テンは、わかるよ。テンは天空の勇者さまだもの。――でも、わたしはなんなの。わたしはいらないじゃない。
テンのおまけじゃない!」
 同じ日、同じときに生まれながら、わたしの方は勇者の力を授からなかった。
 せめて双子なんかに生まれなければ、こんなに悲しい思いをしなくてすんだのに。
「ソラ……」
 テンはソラの顔をじっとのぞきこんだあと、ソラの隣に座りなおした。
 そして星空を見上げながら大きく伸びをする。やがてしばらくの沈黙ののち、少し照れた口調でこう言った。
「――ソラにだけは、話しておくね」
 黙ったまま、ソラは涙を拭っている。
「ぼくね、本当は怖いんだ。天空の勇者に生まれたからって、地獄の帝王なんて怖そうなヤツと
戦わなくちゃいけないなんて、なんか納得いかないよ。今も本当は、逃げ出したくて仕方ない」
 ソラは驚いて顔を上げた。
 いつも笑顔で前向きな兄の言葉とは思えない言葉だった。
「そんなの……ウソよ」
「ウソじゃないよ。本当に怖いんだ。逃げようって、何度思ったか知れやしない」
 そう言ったあと、テンはソラの方に向き直った。
 天空の色をうつしたような青い瞳が、確かな輝きを帯びながらソラに語りかける。ソラと同じ色をした瞳。
「でもね、そのたびに心に浮かぶのはソラのことなんだ。ぼくが逃げ出したら、ソラはどうなる。
……そう思うたびに、心の中に萎えかけてたはずの勇気がわいてくるんだ。何度も何度も」
「テン……」
「世界を救うなんて大きなことは、ぼくにはまだ全然わからない。でもこれだけはわかる。ソラを守りたい。
だからそのためなら、どんなに大変なことだってやり遂げられるよ。ソラは世界でたった一人の、ぼくのかたわれだから」
 生まれたときから――いや、生まれる前からテンとずっと一緒にいた、ソラには分かった。
 テンの言葉に嘘はない。
 心の底からの想いを、言葉にしてソラに贈ってくれているのだと。
 テンは少し恥ずかしそうに笑って、言った。
「きっと天の神様が、意気地なしのぼくのために、ソラっていう勇気をくれたんだと思う。
ソラはおまけなんかじゃないよ。ソラがいるから、ぼくは戦えるんだ」
「――テン!」
 ソラはたまらなくなって、テンの首に抱きついた。
「つまらない意地はってごめんなさい! 双子に生まれなきゃよかったなんてうそ……テンがお兄ちゃんでよかった。
大好きよ、テン!」
「こら、ソラってばまた泣いてる。ソラの泣き虫」
「だって…、だって……」
 ソラは泣きながら笑い声を上げた。
 嬉しさでいっぱいで、何がなんだかわからないほど感情がごちゃまぜだったけれども、
ソラは心のうちで空に向かって語りかけていた。


 まだ顔も知らないおとうさん。
 まだ顔も知らないおかあさん。
 わたしたち、元気でやっています。
 もしも会える日が来たなら。
わたし、こんなに素敵な片割れをくれてありがとう、って真っ先にお礼を言うわ。